抄録
脊髄裂は無脳症と同様,神経管の閉鎖不全により成立するという考え方が一般に認められているが,一且閉鎖した神経管が破裂することにより成立するという考え方もあり,その形態形成機序には複雑な過程があると考えられる.そこで,脊髄裂の形態形成機序を実験的に明らかにするために,Wistarラットの妊娠8日にtrypanblue水溶液40mg/kgを腹腔内に注射し,胎生10〜20日の各発生段階の胚・胎仔に成立した脊髄裂を外形的および組織学的に観察した.胚・胎仔の死亡率は胎生10日から13日まで漸上抑しそれ以後は増加しなかった.脊髄裂の成立頻度は胎生10日で最高で,胎生13日まで漸減するがそれ以後は変化しなかった.これらの結果より,胎生13日まで生存した脊髄裂をもつ胚はそれ以後胎生末期まで生存可能であると考えられる.脊髄裂の形態形成過程の早期である胎生10〜12日における外形観察では,脊髄裂には嚢腫状のものと嚢腫状でないものとの二つの型がみとめられ,大部分が前者であった.胎生10〜12日の嚢腫状の脊髄裂は外形的には脊髄嚢瘤として観察されたが,嚢腫は披裂反転した神経管で形成され,その内部に出血のある場合とない場合があった.胚の発育に伴なって,嚢腫中の血液ないし液体は徐々に吸収され嚢腫が小形化し,胎生13日以後では嚢腫状の脊髄裂はほとんどみられなかった.披裂反転し露出した神経組織では,胎生17日頃までは表面から退行変性が進行したが同時に脊髄としての発育・分化も進行した.しかしそれ以後は退行変性が発育・分化を上まわり,胎生20日では表面に退行変性におちいった神経組織をわずかに残したspina bifida apertaの状態が観察された.胎生11および12日では嚢腫状でない脊髄裂が少数ながら観察された.これらの例の形態形成機序は上述した出血ないし液体貯留を伴なった嚢腫状で始まるものとは異なるが,胎生13日以後では両者の差異は明瞭ではなかった.かようにtrypanblue投与でラット胎仔に成立する脊髄裂の形態形成機序は単純ではなく,月台生末期の形態は同様でも早期の観察では二つの異なった形成過程がみとめられた.