日本先天異常学会会報
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ポリ塩化ビフェニル(PCB)の胎児組織内蓄積 : 環境化学物質によるヒト胎児汚染の問題に関する一考察
塩田 浩平
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1976 年 16 巻 1 号 p. 9-16

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抄録
ポリ塩化ビフェニル(PCB)は,最も広く分布する環境汚染物質の一つであり,1968年の日本に於ける油症の発生以来,多くの実験的ならびに疫学的研究によって,その毒性が解明されてきた.PCBは実験動物において,肝細胞毒性,肝 microsome 酵素の誘導,生殖及び胎児に対する障害,免疫抑制,発癌などの作用を有することが認められている.そのうち,妊娠中に摂取されたPCBが胎児に及ぼす影響に関しては,ヒトで新生児油症の例が報告されている他に,マウス,ラット,ウサギ等においても子宮内発育抑制などの胎児障害効果をもたらすことが知られている.一方,ヒトや他の動物の組織中からPCBが検出されており,PCBによる生態系の汚染がしばしば指摘されている.西村ら(印刷中)は,主として人工妊娠中絶によって得られた日本人ヒト胎芽・胎児及び新生児の器官(脳,心臓,肝臓,腎臓,皮膚)をガスクロマドグラフにより分析し,それらの組織中のPCB量を同定した.その結果,ヒト胎芽からはPCBは検出されなかったが,胎児と新生児の組織からはいずれもPCBが検出された.その濃度は,脂肪組織の豊富な皮膚に最も高く,脳に最も低かった.胎児組織中のPCB濃度は,幼児や成人のそれよりも低く,PCBが胎児に濃縮して蓄積される危険はないと判断された.なお,PCBの経胎盤移行は,マウス,ラット,ウサギ等の実験動物においても確認されている.一般に,胎芽ならび胎児には,催奇形物質などの外因に対して感受性が高いが,胎児に移行した比較的徴量のPCBが,器官または個体に如何なる影響を及ぼすかについては,殆ど明らかでない.実験動物においてもPCBの胎児障害作用が報告されているが,その障害の程度と胎児へのPCB移行量との関係も殆ど解明されていない.胎児毒性はじめ化学物質の毒性は,一般に体重当りの投与量で表わされるが,難分解性・組織残留性の物質については,その組織内濃度と毒性の関係が明らかになれば,当該物質の組織内レベルを同定することにより,起り得る影響を予知することが可能となる.また,人工流産胎芽や胎児についての分析値は,その人口集団における胎芽・胎児の「正常値」と見徴すことができ,こうした作業を系統的に行なえば,環境化学物質による胎児汚染のモニタリングを行なうに際して有用な指標になると考えられる.
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© 1976 日本先天異常学会
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