2020 Volume 60 Issue 8 Pages 527-532
症例は49歳女性.左眼瞼下垂,複視を主訴とし,左動眼神経麻痺による複視と眼瞼下垂,また右小脳性運動失調を認めた.MRI拡散強調画像で中脳上丘レベルの左側傍正中領域に腹側から中脳水道前方まで伸展する急性期脳梗塞を認めた.本例では,左眼瞼下垂と複視は左動眼神経核下性線維(oculomotor fascicles)が,右小脳性運動失調は左上小脳脚交叉がそれぞれ責任病巣と考えられた.責任血管はinner superior medial mesencephalic branchと推察された.従来から提唱されているモデルで説明可能であり,神経解剖学と血管支配についての知識の融合が要求される1例であった.
We describe herein a case with left-side ptosis induced by pure midbrain infarction in a 49-year-old woman. She also presented with diplopia and right-side cerebellar ataxia. MRI demonstrated new ischemic stroke of the left ventral paramedian midbrain. In this case, ischemia of the left oculomotor fascicles caused the left-side ptosis and diplopia, and ischemia of the left decussation of the superior cerebellar peduncle caused the right-side cerebellar ataxia. These symptoms resulted from inner superior medial mesencephalic branch infraction. This case offers an educational example that can be explained by models proposed in the past and requires knowledge of neuroanatomy and cerebrovasculature.
中脳に限局した脳梗塞は虚血性脳卒中の0.6%を占めるとされている1).中脳梗塞の症状はその障害部位により多彩であるため,患者が呈した症状から中脳梗塞を鑑別にあげ,その局在を検討するためには神経解剖学と脳血管支配についての知識の両方を要する.今回我々は一側の眼瞼下垂で発症した中脳梗塞を経験し,その考察の共有が有益であると考えられたため報告する.
症例:49歳女性
主訴:左瞼が重い,物が二重に見える
既往歴:白内障.
家族歴:心・血管疾患の家族歴なし.
嗜好:飲酒は1,400 ml/日を連日.タバコは10本/日×20年で現在も喫煙.
現病歴:2019年5月某日午前1時頃に突然,左瞼が重たく,物が二重に見えることを自覚した.午前9時頃に近医眼科を受診した.眼科医師から左眼瞼下垂と複視の指摘を受け,同日当科を紹介受診した.精査加療目的に即日当科入院した.
入院時現症:血圧120/73 mmHg,脈拍60/min・整,体温36.9°C,頸部血管雑音なし,胸腹部診察で異常なし.神経診察所見では意識清明であった.脳神経では直接対光反射も間接対光反射もいずれも正常,瞳孔は左右ともに3 mmかつ正円であった.左眼瞼下垂(眼裂;右10 mm,左2 mm)と左眼の上転,内転,下転,上内転の運動障害を認め,左動眼神経麻痺が示唆された(Fig. 1A).上斜筋は保たれており滑車神経麻痺は認めなかった.輻輳不能であった.眼球陥凹はなく,顔面感覚は正常,顔面筋の麻痺と構音障害はなかった.右踵膝試験は軽度拙劣で,軽度の小脳性歩行を認めた.運動,反射,感覚,自律神経に特記すべき異常所見なく,National Institutes of Health Stroke Scale(NIHSS)は2点であった.

(A) Primary gaze position shows marked left-side ptosis. Upward, right, and downward gaze are impaired in the left eye on admission (upward gaze photo is missing). (B) On day 35, ptosis, upward, right, and downward gaze of the left eye show partial improvement. Fig. 1 is published with patient’s permission.
入院時検査所見:LDLコレステロール68 mg/dl,HbA1c(NGSP)5.3%,血糖81 mg/dlであった.突然発症であり脳梗塞が鑑別にあがった.頭部MRIを施行したところ,拡散強調画像(DWI)で中脳上丘レベルの左側傍正中領域に腹側から中脳水道前方まで伸展する急性期脳梗塞を認めた(Fig. 2A~L).頭部MRAでは主幹動脈の壁不整や狭窄を認めなかった(Fig. 2K).

(A–J) Axial [A–C] and coronal [D–J] DWI (3.0 T: TR 2,077 ms, TE 64 ms, b-value 2,000 s/mm2) on admission shows a slightly hyperintense lesion on the left side of the midbrain reaching before the ventral surface. (K) MRA (time of flight, TR 28 ms, TE 3.45 ms) shows almost no arteriosclerotic changes to intracranial arteries. (L) Reference images for (A) to (J).
入院後経過:クロピトグレル75 mg/dayの内服とリハビリテーション加療,禁酒および禁煙指導を行った.発症3日後に再度施行した頭部MRIではDWIで梗塞領域の軽度拡大を認めたが,神経症状の悪化はなかった.(Fig. 3A~L).頭部MRAでは入院当日と画像と比較して動脈解離を示唆するような頭蓋内血管の狭窄や拡張は認めなかった(Fig. 3K).原因検索ではホルター型心電図,頸動脈エコー,経胸壁心エコーを行うも塞栓源は指摘できず,追加の血液検査ではビタミンB1 4.8 μg/dl(基準値:2.6~5.8 μg/dl),ビタミンB12 423 pg/ml(基準値:233~914 pg/ml),葉酸4.9 ng/ml(基準値:2.6~5.8 ng/ml),でありアルコールとの関連は否定的であり,またその他の血液検査でも明らかな異常は認めなかった.小脳性歩行は改善したが,左眼瞼下垂と複視の改善は部分的だった(Fig. 1B).試験外泊で自宅療養が可能なことを確認して発症44日後に退院した.(退院時NIHSS 1点).発症3か月後NIHSSは1点,modified Rankin ScaleはGrade 2であった.

(A–J) Axial [A–C] and coronal [D–J] DWI (3.0 T: TR 2,073 ms, TE 64 ms, b-value 2,000 s/mm2) 3 days after admission show a high-intensity lesion on the left side of the midbrain reaching before the ventral surface. Compared to Fig. 2, infarct area is slightly enlarged. (K) MRA (time of flight, TR 28 ms, TE 3.45 ms) shows no morphological changes in intracranial arteries compared with Fig. 2K. (L) Reference images for (A) to (J).
本症例は中脳傍正中領域に限局した脳梗塞により患側の眼瞼下垂,動眼神経麻痺による複視と健側の小脳性運動失調を呈したことが特徴的であった.中脳に限局した脳梗塞と一側性眼瞼下垂について,過去6年以内の英語論文に絞って渉猟したところ,複数の症例報告が散見された2)~9).脳卒中診療に携わる脳神経内科医師にとって,中脳梗塞による一側性眼瞼下垂を呈する症例は案外遭遇する可能性が多いのかもしれない.
眼瞼下垂に関与するのは上眼瞼挙筋である.その上眼瞼挙筋は動眼神経核複合体の後背部正中部に位置する単一構造であるcentral caudal nucleusにより両側性支配を受けるため,核性の障害では両側眼瞼下垂が生じる10).しかし中脳病変で一側性眼瞼下垂を呈する場合,動眼神経核下性線維(oculomotor fascicles)の障害が想定されている.
中脳と血管支配の関係を示す(Fig. 4).中脳傍正中領域への主要な血管の中でもinner superior medial mesencephalic branch(inner sMMB)と呼ばれる後大脳動脈の穿通枝が両側の赤核の間を通って,内側縦束を抜け,動眼神経核や中脳水道の周囲の中心灰白質へ灌流する重要な血管となっている11)12).このinner sMMBが動眼神経核下性線維を内側から血流を供給している2)11).動眼神経核下性線維はまた,黒質内側部を通って赤核の外側をまわり中心被蓋路へ抜けていく同じく後大脳動脈の穿通枝であるouter sMMBが外側から血流を供給するとされている2)11)12).本症例の頭部MRIでは中脳上丘レベルの左側傍正中領域を中心にDWI高信号を呈し(Fig. 2A),その信号変化は正中側でより明瞭であったことから,本症例の梗塞領域はinner sMMBの灌流領域とほぼ一致していると考えた.

The paramedian area of the rostral midbrain is supplied by the superior medial mesencephalic branch (sMMB). The inner sMMB runs between the red nucleus on both sides and perfuses from the inner side to the gray matter around the midbrain aqueduct and oculomotor nucleus. Oculomotor fascicles are mainly supplied by the inner sMMB.
眼瞼下垂の鑑別には,Horner syndromeの眼裂狭小化がある.脳幹で交感神経が障害を受けると,その支配筋であるmüller muscleの麻痺をきたす.Müller muscleは瞼板を眼窩の奥に引き込む作用を有するため,上眼瞼でのmüller muscleの麻痺は眼瞼を下垂させるが,下眼瞼では逆に眼瞼が挙上する.ゆえに全体として眼裂が狭小化する.中脳病変でHorner syndromeを呈した症例報告によれば,その対側の滑車神経麻痺も呈しており,背側縦束の障害と滑車神経核あるいはその核下性線維の障害の関与を指摘していた13).しかし本例では左下眼瞼の挙上や縮瞳,眼球陥凹を合併しておらず,また頭部MRIでは病変は背側縦束には及んでいないため,Horner syndromeに由来する眼瞼狭小化ではないと考えた.
動眼神経核下性線維とその局在について,Castroらはその構造に関して二次元モデルを提唱している14)(Fig. 5A).その後若干の改訂がなされ,SchwartzらやKsiazekらは動眼神経核下性線維とその周辺の構造物に関する三次元モデルを提唱している15)16)(Fig. 5B).いずれのモデルも動眼神経核下性線維を内側と外側から挟むような配置でinner sMMBとouter sMMBがそれぞれ描かれている.中脳梗塞と中脳出血を比較した報告において,梗塞症例では瞳孔括約筋と下直筋が保たれたのに対し,出血症例ではこれらの障害を認めた結果5)および中脳梗塞の症例において瞳孔括約筋の障害を認めた場合は,下直筋,内直筋,上眼瞼挙筋,上斜筋,内直筋すべてが障害されて中脳出血が原因で障害を受けた時と同様のパターンの動眼神経麻痺と一側性眼瞼下垂を呈していた結果8)からは,動眼神経核下性線維の各線維と血流支配に関しては,穿通枝であるinner sMMBからより遠位側の線維ほど虚血に対して脆弱である,すなわちinner sMMBがouter sMMBと比較してより優位に障害に影響すると考えられる.本症例をこれらのモデルに当てはめて解釈すると,inner sMMBの近位側にある瞳孔括約筋の支配線維は保たれたが,それ以外は虚血に暴露されたと推測された(Fig. 5C).これらモデル内の各線維の配置に関して,topographyを用いた解析の報告からも,動眼神経核下性線維内の局在において瞳孔括約筋の支配線維は穿通枝の根元に近い最腹側にあることを指摘している17).

This scheme represents the relationship among perforating branches, red nucleus, decussation of the superior cerebellar peduncle and oculomotor fascicles. (A) Two-dimensional model proposed by Castro et al. (B) Three-dimensional model proposed by Ksiazek et al. The oculomotor fascicles are arranged as shown in (A) or (B). Two penetrating arteries (inner sMMB and outer sMMB) are located medially and laterally, respectively. (B) The red nucleus is rostral and the decussation of the superior cerebellar peduncle is caudal to the oculomotor fascicles. The ellipses (C) and (D) indicate the infarcted area in our case, respectively. Abbreviations: inner sMMB; inner superior medial mesencephalic branch, io; inferior oblique, ir; inferior rectus, mr; medial rectus, outer sMMB; outer superior medial mesencephalic branch, ps; pupillary sphincter, spl; superior palpebral levator, sr; superior rectus.
本例では小脳性運動失調も認めていた.中脳下部の傍正中領域では小脳歯状核から出力した線維が対側の赤核に入力するため交叉している18).Schwartzらが提示した三次元モデルでも上小脳脚交叉が動眼神経核下性線維の尾側に記されている(Fig. 5B).本症例の頭部MRIでは中脳下丘レベルの左側傍正中領域にも梗塞を認め(Fig. 3C),小脳からの線維が交叉後に障害されたことで対側の失調が生じたと推測した(Fig. 5D).その他に発症しうる症状として,Kimらは傍正中領域の中脳梗塞では外眼筋の障害を16人(89%),失調を16人(89%),感覚の変化を訴えたのが7人(39%)であったと報告している1).しかし本例は感覚障害の訴えは一貫して認めなかった.
本報告の限界点は臨床病型こそラクナ症候群(ataxic hemiparesis)に矛盾しなかったものの,脳梗塞の正確な病因を特定できなかったことである.中脳に限局した脳梗塞の連続37症例では,傍正中領域の梗塞は18症例あり,10症例はsmall vessel diseaseであったのに対し,腹側から背側まで伸展していた8症例はアテローム血栓性のlarge vessel diseaseであったと報告している1).また本症例は神経学的所見については進行性の増悪は認めなかったが,頭部MRI画像では梗塞領域が拡大し,その長径は17 mmとなり,ラクナ梗塞の定義からは逸脱していた19)20).母血管である後大脳動脈近位部あるいは脳底動脈のプラークが関与していた可能性がある.本症例では頭部MRAで主幹動脈の壁不整や狭窄の所見に乏しいためプラークイメージングによる評価を行っておらず,反省すべき点であった.最近,本雑誌から3 T MRIと脳血管造影検査のfusion imageを用いることでプラークと梗塞責任穿通枝の関係を明らかにすることができた症例報告がある21).その侵襲性について議論は必要だが,本例のように一見プラークイメージングの適応がないように思われる症例でこそ,より詳細な検査が必要なのかもしれない.
一側の眼瞼下垂で発症した中脳梗塞の1例を報告した.同様の症状をみた場合に中脳に限局した脳梗塞の可能性を考慮する必要があり,動眼神経核下性線維など神経解剖学に対する知識とそれを支配する脳血管の構造に関する知識がそれぞれ求められる.
本報告の要旨は,第105回日本神経学会北海道地方会で発表し,会長推薦演題に選ばれた.
※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.