Rinsho Shinkeigaku
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Case Reports
A case of subacute hypertrophic pachymeningitis caused by Pseudomonas aeruginosa infection presenting with subdural hygroma
Misako KuniiMitsuo OkamotoDan TakeiShun KubotaHaruko NakamuraFumiaki Tanaka
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2020 Volume 60 Issue 8 Pages 538-542

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要旨

78歳女性.右眼窩先端症候群・両側真菌性副鼻腔炎に対する内視鏡下右視神経管開放術・副鼻腔手術施行2ヶ月後,精神症状,異常行動が出現した.当初右慢性硬膜下血腫の診断であったが,穿頭ドレナージ術により高蛋白の滲出液貯留が確認された.原因は不明であり,10日後に液体再貯留と硬膜肥厚を認めた.硬膜生検による組織培養にて初めて緑膿菌が検出され,レボフロキサシンの内服により軽快した.局所の緑膿菌感染に続発する肥厚性硬膜炎は,疼痛を初発症状とし進行すると脳神経麻痺などを呈する経過が典型的であるが,疼痛なしに硬膜下水腫を伴い亜急性の精神症状でのみ発症した症例は報告されておらず,本例は稀な症例と考えられた.

Abstract

A 78-year-old woman with bilateral fungal sinusitis, which resulted in right orbital apex syndrome, underwent endoscopic sinus surgery and optic nerve decompression. Two months after the operation, she complained of anxiety and insomnia. Head CT showed subdural hematoma-like effusion and burr hole drainage was conducted. The collected fluid was not hematoma, but bloody, xanthochromic effusion with no pathogenic bacteria. Ten days later, she underwent drainage and dural biopsy after craniotomy because of relapse of subdural hygroma and progression of hypertrophic pachymeningitis associated with aggravation of psychiatric symptoms. A sample of the dura mater showed dense fibrosis with thickening, and Pseudomonas aeruginosa (P. aeruginosa) was detected by culture. Although otitis or sinusitis secondary to P. aeruginosa infection has been reported as a leading cause of infectious pachymeningitis, psychiatric symptoms alone and concomitant refractory subdural hygroma are atypical and unreported manifestations. In patients with pachymeningitis and a history of transnasal endoscopic surgery, P. aeruginosa infection should be considered, irrespective of an atypical clinical course and negative blood or fluid culture. Additionally, dural biopsy might help in detection of pathogenic bacteria.

はじめに

肥厚性硬膜炎の原因としてはANCA関連血管炎やIgG4関連疾患を含めた自己免疫疾患,感染,悪性腫瘍などが知られている1.感染性の肥厚性硬膜炎の中では,特に外耳道炎から骨破壊を伴う激しい炎症が波及する緑膿菌感染による悪性外耳道炎(malignant external otitis,近年は“necrotizing external otitis”とも称される)2が重要な原因として特筆されている1.悪性外耳道炎に共通する症状は頭痛,耳痛など局所の疼痛であり,頭蓋底骨髄炎などに至ると脳神経障害など多彩な症状を合併する34.今回我々は,硬膜下水腫を伴い,亜急性の精神症状で発症した疼痛のない肥厚性硬膜炎症例に対し硬膜生検を行い,緑膿菌感染を証明した.感染性肥厚性硬膜炎の経過としては非典型的であり,貴重な症例と考えられたため報告する.

症例

症例:78歳女性

主訴:精神的に参っている

既往歴:30代に痔核手術.

家族歴:特記すべき事なし.

現病歴:76歳時(2018年2月上旬),頭痛,右眼視力低下,複視を自覚し近医を受診した.両側真菌性副鼻腔炎および右眼窩先端症候群と診断され,3月上旬に当院にて経鼻的内視鏡下に右視神経管開放術・両側副鼻腔手術が施行された.退院後1ヶ月間自己鼻腔洗浄を継続し,治療は終了した.頭痛,複視は軽快したが,後遺症として右眼視力低下(光覚弁)が残存していた.術後2ヶ月経過した2018年5月頃よりいらいら感,不安,食欲低下などが徐々に出現したため近医精神科を受診した.頭部CTでは異常は指摘されず(Fig. 1A),改訂長谷川式認知症スケールは23点であり,軽度認知機能障害及び抑うつ状態の診断で少量のオランザピンが処方開始となった.同時に採血上貧血を指摘され,上部消化管内視鏡による精査の結果,早期胃癌が発見された.抗精神病薬の内服が調整されたが,徐々に家族への暴言が激しくなるなど精神症状は改善せず,胃癌に対するさらなる精査加療は困難であった.さらに,奇声を上げる,回覧板に火をつけるなどの異常行動も出現したため8月下旬近医精神科にて再度頭部CTが施行され,右慢性硬膜下血腫の診断(Fig. 1B)で当院脳神経外科へ紹介された.保存的に経過を見られたが,貯留液増大が認められた(Fig. 1C)ため9月上旬に入院し穿頭ドレナージ術が施行された.吸引された内容液は淡黄色で起泡性の高い高蛋白の滲出液(Fig. 2A)であり,塗抹・細菌および抗酸菌培養からは原因微生物は検出されなかった.手術により液体貯留は除去されたものの(Fig. 1D)精神症状は全く改善せず,興奮状態が持続したため一時的に精神科病院へ転院となった.術後10日目に外来受診し,頭部CTを再検したところ右硬膜下に液体の再貯留を認めたため(Fig. 1E),精査目的に当科入院となった.

Fig. 1 Clinical course and serial CT images.

CAZ; ceftazidime, LVFX; levofloxacin, mo; months, ADM; admission. The upper panel shows the clinical course of the patient. (A)–(H) in the middle panel show serial CT images. The time when each CT was performed is indicated below the time axis in the clinical course. The lower panel shows a higher magnification of “E” in the middle panel. Thickened dura mater extending from the orbit can be seen. The patient’s psychiatric symptoms appeared 2 months after endoscopic surgery and worsened. Despite removal of the subdural hygroma, hygroma relapsed in 10 days after drainage. The amount of hygroma was relatively small and was not related to the psychiatric symptoms. Antibiotics for Pseudomonas aeruginosa were effective.

Fig. 2 CSF and gross and microscopic findings of the biopsied dura mater.

(A) Bloody, xanthochromic, foamy fluid from burr hole drainage of the subdural hygroma. (B) Sample of the dura mater showing dense fibrosis and thickening. (C) Dural biopsy section stained with hematoxylin and eosin. Necrosis and neutrophil infiltration with microabscess formation were observed. Bar = 50 μm.

入院時現症:身長152 cm,体重41.2 kg.体温36.4°C,血圧122/65 mmHg,脈拍79/分 整.頭痛,眼痛,耳痛などなく,その他にも特記すべき所見を認めなかった.

神経学的所見:診察に対する抵抗や暴言,暴力があり,易怒的で検査にも非協力的であった.見当識障害,全般性注意障害を認め,意識レベルJCS I-2と判断した.右眼眼窩先端症候群後遺症としての右視力低下,右瞳孔散大,右対光反射消失が残存していた.上肢に麻痺はなく,左下肢Mingazzini徴候のみ軽度陽性であった.感覚に異常はなく,腱反射は左上下肢で軽度亢進していたが,髄膜刺激徴候は認めなかった.

血液検査所見:Hb 7.9 g/dlと貧血を認め,CRP 3.9 mg/dlと軽度高値を認める他には,一般生化学的には異常を認めなかった.血清における結核菌PCR,HIV PCR,抗HTLV-1抗体,クリプトコッカス抗原,カンジダ抗原,アスペルギルス抗原はいずれも陰性で,血液培養からも起炎菌は同定されなかった.抗核抗体,抗SS-AおよびSS-B抗体,抗甲状腺抗体,抗PR-3およびMPO-ANCA抗体,抗Scl-70抗体など各種自己抗体は陰性であり,IgG4も139 mg/dlと正常範囲内であった.

臨床経過:入院時の頭部単純CTでは,右眼窩より側頭部へ連続して硬膜肥厚がみられていたため,入院第3日目に脳神経外科において硬膜下貯留液体除去術ならびに硬膜生検術を施行した(Fig. 1E下段).貯留液体は細胞数7/μl単核球100%,蛋白4,600 mg/dlと高蛋白の滲出液であった.摘出された硬膜は白色の線維組織が重なり5 mm程度まで肥厚しており,表面は黄色に変化していた(Fig. 2B).病理学的には壊死が主体であり,泡沫状の組織球を伴う膿瘍状の好中球浸潤を認め(Fig. 2C),組織培養により起炎菌は緑膿菌であることが判明した.入院第4日目よりセフタジジム(CAZ)点滴にて加療を開始したが,術後も不穏が著しく,点滴ルートを噛みちぎるなどの異常行動がみられため,四肢抑制の上,精神科病棟隔離室での管理を余儀なくされた.画像上もわずかに硬膜下液体が再貯留傾向にあり(Fig. 1G),緑膿菌の感受性結果をふまえて入院第11日目より,抗生剤をより感受性の高いレボフロキサシン(LVFX)の経鼻胃管投与へ変更したところ,徐々に疎通性が良好となり言動が穏やかになっていった.画像上も硬膜下液体貯留の悪化はなくLVFXに対する治療反応は良好と判断し,当院感染症科と協議の上サンフォード感染症治療ガイド20195を踏まえ500 mgから750 mgへ増量した.入院第20日目には一般病棟へ転棟可能となり,胃管も抜去し経口摂取も行えるようになった.改訂長谷川式認知症スケールは16点と依然として低値ではあったが,精神症状は軽快しており穏やかに他者との会話が成立する状態にまで改善した.その後硬膜下液体貯留の再燃も認めず(Fig. 1H),入院第43日目に自宅退院となった.その後中断していた胃癌に対する精査を再開し,根治術施行に至っている.

考察

緑膿菌感染による肥厚性硬膜炎では,頭痛,耳痛を伴う悪性外耳道炎が重要な原因として知られている.本症例に外耳道炎はなく,眼窩・副鼻腔の手術を契機に緑膿菌感染による肥厚性硬膜炎,硬膜下液体貯留をきたしたと考えられるが,頭痛や局所の疼痛を全く伴わず,数ヶ月で亜急性に増悪する精神症状で発症しており,緑膿菌感染に伴う悪性外耳道炎とそれに起因する肥厚性硬膜炎においてよく知られている経過とは異なっていた.また,当初のCT画像で慢性硬膜下血腫と診断されたが,貯留液体は少量であるにも関わらず精神症状・意識障害が強く,また液体除去によっても症状の改善がみられなかったことは通常の慢性硬膜下血腫とは異なる経過であり,実際の液体の性状も血腫ではなく滲出液であった.緑膿菌から分泌されるエキソトキシンやエラスターゼ,アルカリプロテアーゼなどの多様な病原性因子は,細胞膜や細胞骨格の破壊や透過性亢進を起こすことが知られており6,本症例の強い滲出液産生に寄与している可能性がある.しかし経過から液体貯留そのものによる脳の圧排が精神症状・意識障害を引き起こしたとは考えにくく,一つには,緑膿菌による硬膜の炎症が髄膜・脳実質へ波及し症状を引き起こした可能性が考えられた.肥厚性硬膜炎において,脳実質への炎症波及によりてんかんを生じることは時に見られるが78,本症例の脳波では明らかな突発性異常波は認めなかった.また,硬膜下液体貯留のため髄液は採取していないが,項部硬直,ケルニッヒ徴候などの髄膜炎の臨床所見も認めていない.一方で,精神症状・意識障害のもう一つの機序として肥厚した硬膜による静脈還流の障害や,炎症細胞浸潤によるVirchow-Robin腔の塞栓などにより局所的な脳浮腫をきたした可能性が考えられる9.本症例では脳実質の異常信号は脳MRIでも認められず,静脈洞血栓も認めていないが,微小な循環障害が脳実質の局所で起こり,精神症状・意識障害に寄与した可能性は否定できない.さらに,緑膿菌を含むグラム陰性桿菌の菌体成分であるLipopolysaccharide(LPS)は,実験動物への全身投与にて抑うつ症状を出現させるという報告10もあり,緑膿菌の病原性因子そのものが精神症状に影響した可能性もある.このように,本症例における精神症状・意識障害の機序は明確ではないが,外科的に硬膜下貯留液体をドレナージしても感染症未治療の状態では10日で液体の再貯留が見られていることからも,緑膿菌感染に伴う炎症の強さが窺える.しかし,硬膜下液体は,培養でも陰性であったことから,膿形成ではなく硬膜の炎症に伴う二次的な滲出液産生によると思われた.また,血液培養やドレナージ術時の滲出液培養も陰性で,硬膜生検術時の組織培養でようやく起炎菌が判明した点は,診断上示唆に富む.肥厚性硬膜炎の原因確定には硬膜生検が有用であり1112,感染性が疑われるにも関わらず,各種培養で起炎菌の同定が困難な場合には,病理学的検索に加え,積極的に生検組織の培養を検討すべきと考えられる.

免疫不全患者の副鼻腔炎では緑膿菌が検出される頻度が高く13,内視鏡的副鼻腔手術後の合併症でも緑膿菌感染は主要なものである14.しかし,本症例では明らかな免疫不全の背景はなく,また,副鼻腔炎自体の原因は真菌であることから,緑膿菌感染に影響した因子として自己鼻腔洗浄時の不十分な清潔操作が最も疑われる.さらに,本症例では眼窩先端症候群・副鼻腔炎の手術後に右眼窩内側の骨変形が出現していることから(Fig. 3),手術に伴う骨損傷が緑膿菌の頭蓋内への侵入を惹起した可能性を考えている.

Fig. 3 Bone window of CT images at pre- (A) and post- (B) endoscopic sinus surgery and optic nerve decompression.

(B) A medial orbital wall deformity can be seen.

本症例から同定された緑膿菌は幸い各種抗菌薬に対する耐性に乏しく,抗菌加療に良好に反応したが,近年では多剤耐性緑膿菌が問題視されている15)~17.緑膿菌感染に起因する肥厚性硬膜炎に際しては,今後も抗菌薬の感受性動向を確認し治療にあたる必要があると思われた.

検索し得た範囲内では,感染性肥厚性硬膜炎において難治性の硬膜下水腫を伴う症例や,頭部顔面領域からの感染で一般的な局所の疼痛を伴わず,精神症状でのみ発症した症例は認めなかった.頭部顔面領域の手術既往がある患者の肥厚性硬膜炎・硬膜下水腫では,非典型的な経過でも緑膿菌感染の可能性を常に疑う必要がある.また,本症例のように血液培養,穿刺ドレナージ吸引液培養で起炎菌の同定に至らない場合,積極的に硬膜生検を考慮すべきであると考えられた.

Acknowledgments

謝辞:硬膜の病理学的評価を行っていただいた横浜市立大学附属病院病理部 山中正二先生,穿頭ドレナージ術及び開頭硬膜生検術を施行していただいた横浜市立大学附属病院脳神経外科 池谷直樹先生に深謝いたします.

Notes

本報告の要旨は,第228回日本神経学会関東・甲信越地方会で発表し,会長推薦演題に選ばれた.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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