Rinsho Shinkeigaku
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Case Reports
A patient with recurrent multiloculated hydrocephalus after Cryptococcal ventriculitis
Ryusuke TakakiMitsuto HaniharaTakahiro NatoriMai TsuchiyaHiroyuki KinouchiYoshihisa Takiyama
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2021 Volume 61 Issue 11 Pages 733-738

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要旨

症例は63歳男性.2011年クリプトコッカス脳室炎で入院,約1年間の治療で症状は改善した.数年後に左側脳室下角に限局した非交通性水頭症による近時記憶障害の悪化を認め,2019年に左側脳室下角へ脳室腹腔シャント術(ventriculoperitoneal shunt,以下VPSと略記)を行った.2020年に両側側脳室前角の拡大による排尿障害と歩行障害の悪化を認めたため,右側脳室前角へVPSを施行し,症状の改善を認めた.脳室炎後の多発性隔壁形成のため,慢性期に水頭症を生じた成人例はきわめて稀である.本例では,多房性の水頭症により脳室の一部が特に拡大し,その部位に応じた症候が出現することが示唆された.

Abstract

We report here a rare case of adult-onset multiloculated hydrocephalus (MLH) after Cryptococcal meningitis. A 63-year-old man had Cryptococcal ventriculitis in 2011, and he recovered with treatment of antimycotic drugs. However, he was admitted again because of disorientation and amnesia, and brain MRI showed dilation of the inferior horn of the left lateral ventricle. He underwent a ventriculoperitoneal shunt (VPS) for noncommunicating hydrocephalus in 2019, and the disorientation and amnesia improved. One year after the VPS, he was admitted because of urinary dysfunction and gait disturbance. Brain MRI showed dilation of the bilateral anterior horns of the lateral ventricles. He underwent an additional VPS into the space in 2020, and urinary dysfunction and gait disturbance improved. This case was supposed that the symptom in agreement with the dilated ventricle by MLH was shown.

はじめに

本症例は2015年に本誌掲載の「緩徐進行性の歩行障害と記銘力低下で発症したクリプトコッカス脳室炎の1例」1と同一症例である.脳室炎後の脳室上衣下の炎症による脳室内の隔壁形成は,新生児や乳児ではしばしば認めるが,成人ではきわめて稀である.脳室内の多発性の隔壁形成によって生じる多房性の水頭症(multiloculated hydrocephalus,以下MLHと略記)は病態が複雑であり,治療に難渋するケースも多く,マルチシャントの設置を余儀なくされる場合もある2)~4.我々は成人発症でMLHを呈した症例を報告する.

症例

症例:63歳,男性,右利き

主訴:物忘れ

既往歴:2007年 糖尿病.

家族歴:特記事項なし.

生活歴:飲酒歴なし,喫煙歴なし,ペット飼育なし.

現病歴:2010年12月上旬に歩行障害が出現し,緩徐に症状進行を認め独歩困難,記銘力障害が出現し,2011年2月当院入院となった.精査の結果,クリプトコッカス脳室炎の診断となった.抗真菌剤による加療で緩徐に症状改善を認め,約1年の入院治療で独歩可能となり,見当識障害,近時記憶障害も改善(HDS-R 12→21点)を認めた.軽度の記憶障害,注意力障害は残存したが,尿失禁はなく,日常生活も見守りで問題ない程度であった.脳室炎治療中の2011年の頭部MRIで左側脳室下角の軽度拡大,隔壁形成を認めたが,歩行障害,記銘力障害は改善したことから,水頭症の症状ではなく,脳室炎による脳実質の炎症による症状であると考えられた(Fig. 1).2017年8月頃(脳室炎治癒から5年半後)からそれまで可能であった携帯電話の操作が困難となり,1時間前に言ったことを忘れるなど近時記憶障害の悪化を認めるようになった.2017年12月頭部MRIで左側脳室下角の拡大を認め,クリプトコッカス脳室炎の再発や非交通性水頭症疑いで検査入院となった.髄液検査は正常で,クリプトコッカス抗原も陰性であり,脳室炎の再発は否定的であった.非交通性の水頭症と考えたが,症状は近時記憶障害,見当識障害の悪化のみで,歩行障害や排尿障害等のADL低下を認めなかったため,経過観察の方針となった.しかし,その後も緩徐に側脳室拡大の進行を認めたため,2019年5月脳室腹腔シャント術(ventriculoperitoneal shunt,以下VPSと略記)目的に入院となった.

Fig. 1 Brain MRI.

A and B (Brain MRI in 2011, FLAIR images, axial view, TR 8,000 ms, TE 141 ms, 1.5 T): Brain MRI shows adhesion of the inferior horn of the right lateral ventricle and a dilation of the inferior horn of the left lateral ventricle. It also shows multiple septum formations (arrowheads) in the lateral ventricles. C and D (Brain MRI in 2013, FLAIR images, axial view, TR 8,000 ms, TE 142 ms, 1.5 T): Brain MRI shows greater dilation of the lateral ventricles in 2013 than in 2011. E, F, G, and H (Brain MRI in 2019, FLAIR images, axial view, TR 8,000 ms, TE 135 ms, 1.5 T): Brain MRI shows greater dilation of the lateral ventricles in 2019 than in 2013.

入院時現症:身長168 cm,体重81 kg 体温36.4°C,血圧136/71 mmHg,脈拍67回/分・整で,一般身体所見では特記すべき異常所見はない.

神経学的所見:意識清明,HDS-R 9/30点であり,見当識障害と近時記憶障害を認めた(Table 1).腱反射は上肢で低下,下肢で消失,振動覚は両下肢で9秒と軽度低下を認めた.歩行は正常であった.

Table 1  Course of Hasegawa’s Dementia Scale-Revised (HDS-R).
After
Ventriculitis
(February,
2013)
Before
VPS ①
(May,
2019)
After
VPS ①
(June,
2019)
Before
VPS ①'
(January,
2020)
After
VPS ①'
(January,
2020)
Before
VPS ②
(October,
2020)
After
VPS ②
(October,
2020)
HDS-R total score 21 9 12 6 14 9 12
1 Age 1 0 0 0 1 0 0
2 Orientation in time 4 1 0 0 2 1 1
3 Orientation in place 2 2 2 2 2 2 2
4 Repeating 3 words 3 3 3 3 3 3 3
5 Serial subtractions of 7s 2 0 0 0 1 0 0
6 Digits backward 1 1 0 0 0 1 0
7 Recalling of 3 words 3 0 4 0 1 0 2
8 Recalling 5 objects 5 2 3 1 4 2 4
9 Generating vegetables 0 0 0 0 0 0 0

入院時検査所見:血液検査はBUN 23.8 mg/dl,CRE 2.03 mg/dl,eGFR 27 ml/minと腎機能低下を認め,空腹時血糖133 mg/dl,HbA1c 6.8%と上昇を認めた.

髄液検査は圧120 mmH2O,細胞数1/μl(単核球1),蛋白190 mg/dl,糖60 mg/dl,髄液中クリプトコッカス抗原陰性.

頭部MRI:側脳室から第4脳室まで拡大を認め,特に左側脳室下角の拡大は顕著であり,両側側脳室内に多発性に隔壁形成を認めた(Fig. 1).その他,右側脳室下角から両側の側脳室三角部に数珠状に脳室拡大を認めた.

脳槽造影検査:全脳室への造影剤の流入を認めず,非交通性の水頭症と診断した.

入院後経過(Fig. 2):左側脳室下角の非交通性水頭症による見当識障害や近時記憶障害の悪化と考え,脳外科にて左側脳室下角穿刺によるVPSおよび神経内視鏡下の隔壁開窓術を行った.手術時の脳室穿刺圧は100 mmH2Oであり,脳室内に多数の隔壁形成を認め,隔壁がない脳室壁も薄い膜様の変性所見を認めた(Fig. 3).血管増生の少ない隔壁のみ除去(開窓術)を行い,その後左側脳室下角-腹腔シャント術(以下,VPS①と略記)を行った.その結果,左側脳室下角の縮小を認め,HDS-Rは9点→12点(遅延再生で0→4点)と改善した.しかし,両側側脳室前角,第3脳室,中脳水道,第4脳室の拡大は改善を認めなかった.その後,外来フォロー中の2019年12月,朝食を食べたことを忘れる等の近時記憶障害やボールペンを自動車と言う,靴を「着る」と言うなどの語性錯語を認めた.頭部MRIで左側脳室下角の再拡大を認めた.シャント閉塞と考え,2020年1月同部位に再度VPS施行(以下,VPS①'と略記)し,手術時の脳室穿刺圧は70 mmH2O以下であった.VPS①'後,近時記憶障害や語性錯語の改善(HDS-R6点→14点)を認めた(Fig. 4).2020年8月(脳室炎治癒から8年半後)これまで認めなかった尿失禁を毎回のように認めるようになった.便失禁も認めるようになり,同時期に歩行障害も出現し,階段昇降時に,左足が出づらく右足から1段ずつ上るようになった.日常生活では認知障害の悪化は明らかではなかったが,HDS-Rは9点(VPS①'後は14点)と見当識障害,近時記憶障害の悪化を認めた.髄液検査は圧210 mmH2O,細胞数1/μl(単核球1),蛋白170 mg/dl,糖66 mg/dl,髄液中クリプトコッカス抗原陰性,頭部MRIでは右側脳室前角優位に両側側脳室前角から第4脳室までの拡大を認めたため,2020年10月右の側脳室前角-腹腔シャント術(以下,VPS②と略記)を施行し,手術時の脳室穿刺圧は40 mmH2Oであった.術後尿失禁や便失禁は一度もなく,排尿障害は顕著に改善を認めた.階段昇降も両足で交互に登れるようになり,歩行障害も改善を認めた.HDS-Rは12点と近時記憶障害の改善を認めた.頭部MRIで両側側脳室前角から第4脳室まで水頭症所見が改善していたが,当初から癒着を認めた右側脳室下角の数珠状の脳室拡大は変化を認めなかった(Fig. 5).

Fig. 2 Clinical course of the patient.

The cognitive impairment in the patient gradually improved with a year of treatment in 2011. However, it got worse gradually from 2017. The symptoms improved after ventriculoperitoneal shunt (VPS) ①. Gait disturbance and urinary dysfunction got worse from 2020. The symptoms improved after VPS ②.

VPS ①: VPS into the dilated inferior horn of the left lateral ventricle.

VPS ①': VPS again into the dilated inferior horn of the left lateral ventricle because of shunt occlusion.

VPS ②: VPS into the dilated anterior horn of the right lateral ventricle.

Fig. 3 Neuro-endoscopic lateral ventriculostomy.

A. Septum formation in a columnar shape and in a membrane shape. B. Membrane formed on the surface of the lateral ventricles, some of the lateral ventricles had septum formation. C. Endoscopic lateral ventricular fenestration.

Fig. 4 A and B: Brain CT cisternography before VPS ①. C and D: Brain MRI before VPS ①'. E and F: Brain MRI after VPS ① + ①'.

(A and B: axial view) They show the process is noncommunicating with all ventricles. (C and D: axial view) FLAIR (TR 8,000 ms, TE 135 ms, 1.5 T) images show dilated lateral ventricles, especially the inferior horn of the left lateral ventricle. (E and F: axial view) FLAIR (TR 9,000 ms, TE 117 ms, 1.5 T) images show that the dilated inferior horn of the left lateral ventricle improved.

Fig. 5 A and B: Brain CT cisternography before VPS ②. C and D: Brain MRI before VPS ②. E, F, G, and H: Brain MRI after VPS ②.

(A and B: axial view) They show the process is noncommunicating with all ventricles except the inferior horn of the left lateral ventricle. (C and D: axial view) FLAIR (TR 8,000 ms, TE 143 ms, 1.5 T) images show dilated lateral ventricles, especially the anterior horn of the right lateral ventricle. (E and F: axial view) FLAIR (TR 9,000 ms, TE 117 ms, 1.5 T) images show that the dilated anterior horn of the right lateral ventricle improved, but the inferior horn of the right lateral ventricle did not improve. (G, H: axial view) FIESTA (TR 7.36, TE 2.77 ms, 1.5 T) images show the dilated inferior horn of the right lateral ventricle and trigone-like ‘beads’.

考察

本症例の特徴は1. 成人での脳室炎後の多発性の脳室内隔壁形成と2. MLHにより生じた特徴的な症状の2点である.前者に関しては,脳室炎に限らず髄膜炎,脳腫瘍,脳血管障害等により急性期に非交通性の水頭症が併発することは一般的に認めるが,多発性の脳室内隔壁形成のため,治療後数年を経過した慢性期に部分的な水頭症を呈することはきわめて稀である.新生児や乳児では,化膿性髄膜炎に脳室炎を併発し,脳室炎後の約30%で多発性の脳室内隔壁形成が認められると報告されている5.しかし,成人ではきわめて稀であり,我々が渉猟した限りでは,脳室炎後にMLHを呈した成人発症例は見出せなかった.

小児の化膿性髄膜炎・脳室炎は圧倒的に新生児や乳児が多く,幼児以降は激減する.その理由として,新生児は免疫能,特に血液中の細菌を殺菌するための重要な補体系が弱く,さらに血液脳関門・血液脳脊髄液関門が未熟で透過性が高いため,細菌が容易に髄液中に侵入すると推測されている67.脳室炎合併が多い理由として,新生児の髄膜炎は起炎菌が血流に乗ってまず脈絡叢に到達して脈絡叢炎を起こし,その後脳室炎からくも膜炎へと進行すると考えられている8.すなわち,新生児は病巣の主座が脳室炎の中でも脈絡叢炎であるのに対し,成人の脳室炎は外傷や脳膿瘍の脳室穿破,手術による脳室周囲の処置を契機に発症することが多く,脈絡叢炎が主座ではない.一方,本症例は頭部造影MRIでも脈絡叢炎を認め,生検にて脈絡叢に菌体を検出しており1,さらに脈絡叢の少ない側脳室前角は脳室炎の所見が軽度であることからも(Fig. 1),脈絡叢炎が主体であると考えられた.これは新生児の脳室炎と同様であり,成人例ではほとんど報告のないMLHを認めた要因と考えた.本症例での隔壁形成は脳室炎の治療中である2011年の頭部MRIですでに認めており(Fig. 1),脳室炎治癒直後には隔壁形成は完成していたと考えられた.その理由として,緩徐進行性に脳室が拡大したため隔壁が明瞭化しているものの,脳室炎治癒後から現在までに新たな隔壁形成は認めなかった.

隔壁形成は脳室上衣下の炎症性産物に沿ったglial tuftの対向脳室壁方向への進展,増殖が考えられている910.高山は,髄膜炎によるくも膜下腔の炎症と異なり,脳室内の炎症では,脳室上衣は容易に剝離して,脳実質の破壊が起こりやすいと報告している11.本症例も頭部MRI検査で右側脳室下角から三角部にかけて脳室壁が癒着しており,神経内視鏡検査では左側脳室下角内は全体的に薄い膜が張り,その一部が隔壁形成を起こしており,脳室上衣下の強い炎症性変化の所見を認めている.新生児や乳児の既報告を見ても,本症例のようなMLHは病態が複雑であり,開窓術やシャント術など単発の治療では完治しないことが多いとされている3412

本症例のもう一つの特徴であるMLHによる症状に関して,「どこに水頭症が起こるとどのような症状を認めるか」ということは必ずしもよく理解されていない.そのため,側脳室全体が拡大する二次性水頭症において,三徴である認知障害,歩行障害,排尿障害の病態は,未だ完全に解明されていない.その理由として以下の2点が挙げられる.1点目は,MLHは新生児や乳児がほとんどであり,症状は易刺激性,不機嫌,嘔吐,傾眠,巨頭,頭皮静脈の怒張などで成人の症状とは異なること,2点目は脳室炎などの急性期合併症として起こるため,脳室炎の症状なのか水頭症の症状なのか判断しにくいことである.しかし,本症例は成人発症であり,治療後数年の経過で緩徐に生じているため,脳室炎の症状と水頭症の症状を分けて考えることが可能であると思われる.クリプトコッカス脳室炎でも急性期に水頭症を呈した報告はあるが13)~16,隔壁形成により慢性期に水頭症を呈した報告はない.本症例では,VPS①時は見当識障害,近時記憶障害を認め,VPS②時は排尿障害,歩行障害,近時記憶障害を認めた.いずれの症状もVPSの前後で改善を認めており,VPS①時は左側脳室下角周囲の左側頭葉の機能低下が関連し,VPS②時は両側側脳室前角周囲の両側前頭葉や基底核の機能低下が関連していることが考えられた.

本症例では水頭症の三徴を部分的に認めている点が興味深い.認知障害は語想起能力,作動記憶(ワーキングメモリー),注意機能の低下が主であることから前頭葉機能障害が考えられている17.次に排尿障害は,榊原らの脳血流SPECTを用いた評価から前頭前野(前頭葉排尿中枢)の障害が考えられている1819.最後に歩行障害は,PETや拡散テンソル画像から線条体や皮質脊髄路との関連が考えられている2021.本症例では,VPS①,①'の際に左側頭葉障害による近時記憶障害と語性錯語を呈し,前頭葉機能障害による認知障害とは異なっていた.また,尿失禁や歩行障害は認めなかった.次にVPS②の際に側脳室の中では前角のみ水頭症の改善を認めたことから,側脳室前角の水頭症が,排尿障害と歩行障害の原因である可能性が考えられた.以上より,水頭症で生じる排尿障害と歩行障害は,側脳室全体の拡大の中でも特に側脳室前角の拡大が影響している可能性があり,前頭前野や線条体の機能低下との関連があることに矛盾しない結果であった.本症例は,クリプトコッカス脳室炎後に生じたMLHのため,水頭症の排尿障害,歩行障害の病態解明につながる可能性があると考えられた.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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