Rinsho Shinkeigaku
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Case Reports
A case of Guillain–Barré syndrome following hepatitis E virus infection
Monami TarisawaRyo AndoKatsuki EguchiMegumi AbeMasaaki MatsushimaIchiro Yabe
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2021 Volume 61 Issue 12 Pages 869-873

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要旨

症例は81歳男性.豚レバー摂取後約10日で四肢脱力と異常感覚が出現した.徒手筋力検査では下肢優位の筋力低下があり,深部腱反射は四肢で低下していた.髄液検査で蛋白細胞解離,神経伝導検査では四肢で脱髄所見を認めた.血液検査ではE型肝炎ウイルス(hepatitis E virus,以下HEVと略記)-IgA,HEV-RNAがともに陽性であり,HEV感染を契機としたGuillain–Barré症候群(GBS)と診断した.免疫グロブリン大量静注療法を施行し,筋力低下・異常感覚はともに軽快した.近年HEV感染によるGBSの報告数は増加傾向であり,豚肉の摂食歴や原因不明の肝機能障害がある症例においては,HEV感染も考慮し精査を行うべきである.

Abstract

An 81-year-old man presented with limb weakness and dysesthesia approximately 10 days after eating pork liver. His neurological examination revealed muscle weakness predominantly centered in the lower limbs and absence of deep tendon reflex, and cerebrospinal fluid analysis showed elevated proteins with normal cell counts. Furthermore, his nerve conduction studies revealed distal motor latency prolongation and decreased motor nerve conduction velocities in the bilateral median, ulnar, tibial, and peroneal nerves. Lastly, serological analysis was performed for hepatitis E virus markers, resulting in a positive result for hepatitis E virus (HEV)-IgA antibody and HEV-RNA. Given all these findings, the patient was diagnosed with acute HEV-associated Guillain–Barré syndrome (GBS), and intravenous immunoglobulin treatment was administered for five days. Following this, muscle weakness and dysesthesia gradually improved. As observed in this report, the number of HEV-associated GBS cases has been increasing over the past several years. Therefore, HEV infection should be considered in GBS patients who have a history of pork consumption or have been suffering from liver dysfunction.

はじめに

Guillain–Barré症候群(Guillain–Barré syndrome,以下GBSと略記)は,急性進行性の末梢神経障害の中で最も頻度が高い疾患であり,その特徴は両側対称性の四肢筋力低下で,時に球麻痺や表情筋麻痺といった脳神経症状や呼吸障害を伴う.GBSは感染症,または他の炎症性の機序により末梢神経を標的とした自己免疫応答が誘発されることで発症する.先行感染は約2/3の患者にみられ,病原体としてはCampylobacter jejuni,サイトメガロウイルス,Epstein–Barrウイルスなどが代表的である12.今回我々は,E型肝炎ウイルス(hepatitis E virus,以下HEVと略記)感染を契機にGBSを発症した症例を経験した.近年HEVの先行感染から発症したGBSの報告数は増加傾向であるが,本邦では十分周知されていない可能性がある.豚肉など動物肉の摂食歴や肝機能障害がある症例においては,HEV感染も考慮すべきである.

症例

症例:81歳男性

主訴:四肢のしびれ,脱力

既往歴:53歳 胃ポリープ,55歳 高血圧症,脂質異常症,65歳 腸閉塞,73歳 狭心症(経皮的冠動脈インターベンション施行),77歳 頸部脊柱管狭窄症,左内頸動脈未破裂動脈瘤(クリッピング術施行),78歳 白内障

家族歴:母 脳梗塞,他神経筋疾患の家族歴なし.

生活歴:特記事項なし.

現病歴:元々日常生活動作は自立していた.2020年12月下旬に加熱が不十分な豚レバーの炒め物を摂取した.摂取から約10日後(第1病日)に右上肢の異常感覚が出現し,第2病日に右第4,5手指の表在覚低下が生じた.第3病日起床後から自立歩行困難となり,近医を受診した.診察上両下肢優位の筋力低下を認めたが,脳・脊髄MRIでは原因となるような病変は指摘されなかった.血液検査で肝逸脱酵素の上昇を認めたため,肝疾患に伴う脱力が疑われ消化器内科に入院となった.入院後四肢の筋力低下は進行し,嚥下障害と夜間の酸素飽和度低下も出現した.神経疾患が疑われ,精査加療を目的に第11病日に当科に転院となった.

入院時現症:身長175 cm,体重73.5 kg,体温37.6°C,心拍数104 bpm,血圧150/93 mmHg,酸素飽和度(室内気)94%.一般身体所見として,眼球結膜や皮膚の軽度黄染を認めた.腹部は平坦・軟,触診で肝脾腫は認めなかった.神経学的所見は,意識清明で,脳神経症状として眼輪筋・口輪筋の筋力低下と嚥下障害を認めた.四肢の徒手筋力検査{manual muscle testing(MMT),右/左}は頸部屈筋3,三角筋4/4,上腕二頭筋4/4,上腕三頭筋3/3,手関節背屈3/3,手関節掌屈3/3,腸腰筋2/2,大腿四頭筋3/3,大腿二頭筋2/2,前脛骨筋1/1,下腿三頭筋1/1と下肢優位の四肢筋力低下を認め,深部腱反射は四肢いずれの筋でも消失していた.また両側近位指節骨間関節と両下肢の股関節以遠に異常感覚を認めた.上肢の運動失調は認めず,下肢は評価不能であった.座位・立位保持は困難で,起立歩行は不可能であった.明らかな自律神経症状は認めなかった.

検査所見:血液検査では白血球 8,800/μl,CRP 3.95 mg/dlと炎症反応が軽度亢進しており,直接ビリルビン 0.8 mg/dl,AST 334 U/l,ALT 792 U/l,γ-GTP 186 U/l,ALP 522 U/lと肝機能障害がみられた.ビタミンB1およびB12濃度の低下は認めなかった.抗核抗体が80倍であった他は膠原病や血管炎を示唆する自己抗体は認めなかった.抗糖脂質抗体はGM1-IgM,GM1-IgG/phospholipidic acid(PA),GD1b-IgG/PAが陽性であった.感染症検査でHEV-IgAが陽性,HEV-RNAは4.2 logコピー/mlであった.脳脊髄液検査は初圧190 mmH2O,細胞数1/μl(単核球1/μl),蛋白107 mg/dl,髄液糖66 mg/dl(同時血糖100 mg/dl)であり,蛋白細胞解離がみられた.第17病日の神経伝導検査では参考基準値と比較し3,四肢において遠位潜時の延長,運動神経伝導速度の低下,複合筋活動電位の振幅低下を認め,脱髄所見と判断した.また検査したすべての神経においてF波は導出されなかった(Table 1, Fig. 1).

Table 1  Nerve conduction study results.
Median, L Median, R Ulnar, L Ulnar, R
Day 17 Day 39 Day 17 Day 39 Day 17 Day 39 Day 17 Day 39
Distal latencies (ms) 6.8 6.6 8.6 7.3 4.2 3.7 5.8 5.0
CMAP amplitude (mV) Distal (wrist) 6.1 6.4 4.0 5.6 4.4 7.3 2.7 5.7
Proximal (elbow) 4.0 4.8 1.8 3.9 3.3 5.7 2.3 4.9
MCV (m/s) 36.5 40.2 39.8 32.2 42.4 39.3 37.8 35.4
Tibial, L Tibial, R Peroneal, L Peroneal, R
Day 17 Day 39 Day 17 Day 39 Day 17 Day 39 Day 17 Day 39
Distal latencies (ms) 5.5 4.2 6.0 5.0 7.6 5.9 8.5 5.6
CMAP amplitude (mV) Distal (ankle) 2.8 2.7 2.2 2.5 1.3 1.7 1.8 1.7
Proximal (knee) 0.5 2.2 0.7 1.8 0.3 0.7 0.1 0.4
MCV (m/s) 28.9 29.4 24.7 26.0 19.4 20.7 22.6 19.7

CMAP: compound muscle action potentials, MCV: motor nerve conduction velocities, L: left, R: right.

Fig. 1 Nerve conduction study results on day 17.

A. Median nerves, B. Ulnar nerves, C. Tibial nerves, D. Peroneal nerves. Distal latencies were prolonged and motor nerve conduction velocities (MCV) were decreased, all of which suggest demyelination. L: left, R: right.

入院後経過:経過をFig. 2に示す.急性の経過で進行する四肢及び顔面の筋力低下と四肢の腱反射消失に加えて,脳脊髄液検査で蛋白細胞解離を認めたことから,GBSと診断した.また神経伝導検査でもHoらによる電気診断基準4を満たしたことから,acute inflammatory demyelinating polyneuropathy(AIDP)と判断した.また肝逸脱酵素の上昇とHEV-IgA,HEV-RNA陽性所見から急性E型肝炎の診断となり,HEV感染を契機にGBSを発症したと考えられた.第11病日から5日間免疫グロブリン大量静注療法(intravenous immunoglobulin,以下IVIgと略記)を施行した(0.4 g/kg/日≒30 g/日).急性E型肝炎は経過観察の方針とし,肝逸脱酵素は自然に正常化し第31病日のHEV-RNAも測定感度以下となった.筋力低下は緩徐に改善し,第37病日のMMTは上肢と下肢近位筋の筋力は左右ともにほぼ5となり,足関節の底屈・背屈も4程度まで改善した.異常感覚も軽度残存していたが四肢遠位までに範囲は縮小した.リハビリテーションでは立位保持,平行棒歩行訓練が可能となった.第39病日に神経伝導検査を再検し,遠位潜時は全般的に改善したが(Table 1),伝導ブロックの所見は下肢優位に残存していた.リハビリテーション継続を目的に第44病日に転院となった.第98病日に自宅退院となり,退院時には屋内杖歩行,屋内日常生活動作は自立し,嚥下障害は完治に至った.

Fig. 2 Clinical course.

An 80-year-old male patient developed dysesthesia (day 1) and muscle weakness (day 3) approximately 10 days after eating pork liver. He was admitted our hospital at day 11 and received IVIg as a treatment for GBS. Serological analysis revealed positive results for hepatitis E virus (HEV)-IgA antibody and HEV-RNA. After treatment, these symptoms improved gradually, but he could not remain standing for several minutes or eat anything except for soft foods. Therefore, he was transferred to a rehabilitation hospital on day 44. IVIg: intravenous immunoglobulin, GBS: Guillain–Barré syndrome.

考察

HEVの先行感染から発症したGBSは,2000年にSoodらによって初めて報告された5.以降case reportや後方視的コホート研究などでの報告数はアジア・ヨーロッパを中心に近年増加傾向である.2019年のLeonhardらによるガイドラインには先行感染の病原体としての記載があるが6,本邦のギラン・バレー症候群診療ガイドラインには記載なく7,日本においてはその存在が十分に認識されていない可能性がある.

HEVはヘペウイルス科のオルソヘペウイルス属に属している約7.2 kbの1本鎖RNAウイルスである.ヒトに感染するHEV遺伝子型は1型から4型で,本邦では北海道や東日本を中心に3型及び4型の報告が多い.これらの遺伝子型は人獣共通感染症であり,神経症状にも関連するとされる8.本症例は病歴から生の豚レバー摂取によって感染が成立したと考えられるが,本邦においては家畜として飼育されているブタが広くHEVを保有している9.また北海道において行われた市販の豚レバーを対象とした調査では,363パックのうち7パック(1.9%)でHEV-RNAが検出され10,市場に流通している豚レバーがHEVの感染源となり得る.本邦ではHEV-IgMよりも感度が優れているとされているHEV-IgA抗体価が2011年10月に保険収載されたことを契機に11,2012年以降はそれ以前の2倍から5倍の届出件数となった12.2019年のE型急性肝炎届出数は493例で,A型肝炎を上回り肝炎ウイルスの中で最も多いが,本邦におけるHEVの抗体保有率は5.4%と高く13,無症候例や未届け例も多く存在することが予想される.

GBS症例におけるHEV先行感染の割合について,バングラデシュとオランダでは後方視的な検査が行われており1415,それぞれ100例中11例(11%),201例中10例(約5%)でGBS急性期の血清HEV-IgMが陽性であった.また本邦においても1998年から2014年に福岡大学病院にて治療されたGBSおよびMiller Fisher症候群患者60名のうち3名(4.8%)がHEV-IgMが陽性であったことから16,先行感染不明のGBSにおいては比較的高い割合でHEV感染が背景にある可能性がある.

2000年から2019年の間に報告されたHEV先行感染GBS 58例の臨床的特徴についてまとめると1718,発症年齢は19~73歳で,報告数は西ヨーロッパ,東・南アジアで多い.E型肝炎発症からGBS発症までの期間は平均で約12日であるが,その範囲は3日から75日とばらついている.HEV-RNAを測定した症例において,血清は18例/41例(43.9%),髄液は3例/15例(20%)で陽性であった.病型はAIDPが最も頻度が高かったが,acute motor axonal neuropathyやacute motor sensory axonal neuropathy,sensory neuropathyの症例も認められた.抗糖脂質抗体に関しては,抗GM1抗体は4例(うちIgMサブユニットが2例),抗GM2-IgM抗体が4例で陽性であった.抗GM1陽性例はAIDPとして発症するという共通点があったが,AIDP以外の病型では抗糖脂質抗体が検出されない症例が多数であった.このようにHEV感染症例では臨床上の傾向が認められない理由の一つとして,HEVの遺伝子型の違いが推定される.C. jejuni関連GBSは,シアル酸転写酵素をコードするcst-IIの遺伝子多型が産生する抗体が臨床病型に関わっているとされており19,GBSを引き起こすHEVにも複数の遺伝子型が報告されていることから2021,HEVの遺伝子型の違いがGBSの臨床症状の違いをもたらしている可能性も考慮される.またヒトの神経細胞株にHEVが感染し,HEVを接種したマウス及びサルの脳組織からウイルスRNA及びタンパク質が検出されること2223,HEV感染後のGBS患者の脳脊髄液からHEV-RNAが検出されることなどから24)~26,HEVが神経細胞を直接障害する可能性も指摘されている17.それにより脱髄あるいは軸索障害のどちらが引き起こされるかなど詳細な機序は解明されていないが,これらの報告は末梢神経に対するHEVの直接的な侵襲が臨床像に影響を与え得ることを示唆している.治療に関してはIVIgや血液浄化療法が奏効する例が多いとされ27,治療について記載のある28例のうち16例(57.1%)で完全回復,7例(25.0%)で症状残存あるが独歩可能,4例(14.3%)で独歩不能,1例(3.6%)が死亡したと報告されている.また2例でHEVに対する抗ウイルス療法としてリバビリンが投与されているが(日本では保険適応外)1828,治療効果の有無については十分に評価されておらず,現段階ではリバビリンの効果は不明である.今後さらにHEV感染によるGBS症例を蓄積し,その病態機序の解明およびリバビリンなどの抗ウイルス療法を含めた治療法について検討する必要がある.

本邦において,HEV-IgA抗体価が保険収載されたことを契機にHEV感染報告数は増加していることから,HEVはGBSの先行感染として注意を払うべき病原体と考える.豚肉などの動物肉の摂食歴や原因不明の肝機能障害があるGBS症例においては,積極的なHEV検索が望ましい.

Acknowledgments

謝辞:抗糖脂質抗体を測定いただきました近畿大学医学部脳神経内科学教室 楠 進先生に深謝いたします.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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