2021 Volume 61 Issue 2 Pages 109-114
スモン(subacute myelo-optico-neuropathy)は,1960年代に多発した中毒性神経疾患である.腹部症状が先行し,下肢末端から上行する異常知覚・感覚障害,痙性麻痺,視力障害をきたす.当初は原因として感染が疑われたが,緑尿分析からキノホルム説が浮上し,疫学調査・動物実験により確認された.日本最大の薬害となった背景には,外用薬の内服薬への転用,安全神話,杜撰な投与量規制,国民皆保険制度による投与量増加,腹部症状の複雑性など多くの要因が存する.現在も恒久対策として患者検診が継続して実施されている.今後はキノホルム神経毒性機序や感受性の研究,薬害スモンの風化防止が重要である.
SMON (subacute myelo-optico-neuropathy) is toxic neurological disease which had a profound impact on the population in Japan in 1960’s. The clinical characteristics of SMON includes an ascending sensory disturbance, spasticity, and visual impairment typically following abdominal symptoms. Infection was first suspected as an underlying cause of this epidemic. The disorder was ultimately attributed to the overuse of clioquinol, based on the analysis of green urine from affected patients and confirmed by the epidemiological surveys and experimental animal studies. The factors that contributed to the prevalence of SMON which remains the worst example of drug-associated toxicity in Japan to date include the conversion of clioquinol from a purely topical agent to an orally-administered drug, dogma associated with drug safety, relatively limited regulation of drug use, an increase in the number of prescriptions due to the availability of universal insurance, as well as the complexity of the associated abdominal symptoms. Periodical examination of the patients diagnosed with SMON continues to this day. As such, it is important to have a better understanding of clioquinol-induced neurotoxicity together with the mechanisms underlying drug susceptibility; we should not permit the memory of this severe and prominent drug-associated toxicity fade from view.
スモン(subacute myelo-optico-neuropathy: SMON)は,1960年代に日本で多発した神経疾患である.腹部症状が先行し,その後下肢末梢から上行する異常知覚・感覚障害,痙性麻痺,自律神経障害を呈し,重症の場合視力障害をきたす.その原因は整腸剤キノホルムであり,1970年のキノホルムの販売中止以降,患者発生が激減し,新規発症は完全になくなるに至った.患者数はおよそ11,000人と推定される.
昭和の世代にとっては余りにも有名な疾患であり社会的事件でもある.いわゆる “みどりの窓口” をきっかけとした鮮やかな原因解明や,その後の裁判や鑑定作業,薬事法改正に関しては多くの論文が書かれている1)~3).“みどりの窓口” とは,東大脳研究施設長の時実利彦が,緑舌・緑便から始まった本症の原因解明の突破口を,当時の国鉄の新幹線予約窓口になぞらえて称したとされている.一方で,平成以降に医師になった世代には,スモンはあまり知られておらず関心は薄い.今年はスモンの原因解明からちょうど50年となるが,薬害の原点とも,難病研究の嚆矢とも言われるスモンについて今一度振り返るとともに,患者の現状や今後解決すべき課題について述べる.
昭和30年頃から全国各地で腹部症状に引き続いてシビレを主体とする神経症状をきたす患者の集団発生がみられるようになった.1957年に山形,58年大牟田,津,63年釧路,室蘭,札幌,米沢,徳島,64年埼玉戸田・蕨などである.なかでも埼玉・戸田の集団発生は,東京オリンピックのボート競技の予定地であったこともありセンセーショナルに “戸田の奇病” として報道され一気に世間の関心が高まった.局地的に多発することから風土病ないし感染症が疑われていた.昭和40年ごろより患者は一気に急増し,それまで年間100人程度の発症が,年間1,000人以上の発症となり大きな社会問題となった.
(2) 研究の開始最初の学術報告は1958年の和歌山医科大学第二内科楠井賢造によるものである4).64年の第61回日本内科学会総会(会頭:前川孫二郎)では,“非特異的脳脊髄炎症” シンポジウムのテーマとして取り上げられ,全国から集められた多数の症例の比較検討がなされ,新たな一つの疾患単位として認知されるようになった.椿忠雄,豊倉康夫,塚越廣ら東大グループにより,この疾患に対してスモン(subacute myelo-optico-neuropathy: SMON)と命名がなされている5).病理学的に胸髄後索・側索の対称的変性,視神経,末梢神経の脱髄が見られるものの,炎症所見は見られないという病理所見に基づいている.65年に,前川孫二郎は日本神経学会総会で “伝染性索脊髄炎” と題する特別講演を行い,同年に腹部症状を伴う脳脊髄炎症研究班(班長:前川孫二郎)が組織されている.69年には新たにスモン調査研究協議会が結成され,ウイルス学者の甲野禮作が班長に就任した.
(3) ウイルス説研究の最大の焦点は原因解明であった.当時は感染症説,代謝障害説,農薬中毒説,重金属中毒説などが考えられていたが,有力視されていたのは感染症,特にウイルスであった.66年に長野県岡谷市の塩嶺病院での院内集団発生は専門家により調査されたが,まさに感染症の様相を呈していたという.朝日新聞でも大きく報道されスモンの脅威と伝染性を強く印象付けることとなった6).
66年には,久留米大学の新宮がエコー21型ウイルスの検出を報告7),70年には京都大学の井上らが患者糞便検体から原因ウイルスを検出したと報告し8),朝日新聞の第一面で大きく取り上げられた.このようにスモン感染症説が日本中に流布するにつれて患者差別が起こるようになり,多くの自殺者が出る事態となった.しかしながら追試ではウイルスは証明できなかった.
(4) みどりの窓口スモン患者の緑毛舌・緑便の発見は大きな転機となった9)10).70年に高須らは,緑毛舌はスモン患者に特異的であり,発病期・再燃期に認められることを報告し9)(2月7日に関東地方会で発表,3月7日に「医学のあゆみ」に報告),つづいて,井形らは緑色便とスモンの重症度の関連につき報告した10).緑毛舌・緑便と病因との関係が注目され,東大薬学部の田村らにより解析が開始されたものの難渋を極めた.5月には東京御茶ノ水の三楽病院の看護師がスモン患者の導尿管に緑色の尿が見られることを発見した.主治医を通して報告を受けた東大の井形は,緑尿の分析を田村に依頼した.その結果,緑色物質の本体はキノホルム三価鉄キレート化合物であることが判明した11)12).この結果は6月30日に「スモン調査協議会」で発表され,この分析結果を重視した新潟大学の椿は,キノホルムとスモンの関連を検証すべく6病院,171名のスモン患者の内服薬調査を実施した.その結果は,166例は神経症状発現前にキノホルムを服用しており(5名は不明),他に高率に服用した薬剤はなく,多くは発病前10~40日間に服用され,10~50 g服用後発病したものが多く,服用量が多い時は発病までの期間が短い傾向にあり,服用量と重篤度はある程度関係がある,というものであった(9月5日に関東地方会で発表)13).
この調査の中間段階の8月6日に,椿は新潟県を通じて「キノホルムはスモンの発症あるいは症状の悪化に関係する.服用量の多い患者ほど重症化の傾向がある」との警告報告を厚生省(当時)に提出した.これを受けて厚生省は9月7日に中央薬事審議会に諮問し,9月8日にキノホルム剤販売停止措置がなされた.一部キノホルム服用歴がないとされるスモン患者の存在のこともあり,この決定は必ずしもキノホルムとスモンの因果関係に十分な確信を持ってなされたものではなかった.しかし,サリドマイドや水俣病の苦い経験もあり,さらなる患者増加を防ぐためになされた大きな決断であった.
キノホルム剤販売停止措置の後スモンの新規発症は激減した.この壮大な社会実験によりキノホルムが原因であることが裏付けられたのである.
動物実験においても,70年に井形らが家兎にキノホルムを静脈投与することで下肢麻痺が起こることを報告し14),71年にはTateishiらが,ビーグル犬へのキノホルム投与による神経症状の再現に成功した15).
スモンのキノホルム原因説に関し論争が続いていた中,72年3月にスモン調査研究協議会は「疫学的事実ならびに実験的根拠から,スモンと診断された患者の大多数はキノホルム剤の服用によって神経障害を起こしたものと判断される」と総括した.
なぜスモンが「日本最大の薬害」とまで言われるほどまで拡大したのかについては多くの要因が考えられる.重要なものとして
1.外用薬として開発された薬の内服薬へ転用
2.適応拡大,投与量,使用方法の規制緩和
3.キノホルム安全神話
4.国民皆保険制度の開始
5.スモンの腹部症状に対するキノホルム投与(悪循環説)
が挙げられる.
キノホルム(Fig. 1)は,1898年にスイスのバーゼル化学工業(後のチバガイギー)により皮膚殺菌消毒薬として開発された.1934年には乳化剤サパミンを配合した経口用製剤として市販され,腸内防腐止瀉薬として汎用されるようになった16).

Chemical structure of clioquinol (5-chloro-7-iodo-8-hydroxy-quinolonine) is shown.
34年のエンテロ・ヴィオフォルム輸入開始当時は劇薬に指定されていたが,39年に指定は解除となった.戦後,54年の薬局方第六改正では,キノホルムの常用量を0.6 g/日としながら,解説には「症状に応じて増やしてもさしつかえない」と記載がなされた6).いうまでもなく薬物の副作用を考えるとき,一回服用量および服用期間が重要であり,キノホルムの場合にも服用量が多いほど発症しやすく,服用量とスモンの重症度の間には相関がある17).日本では服用量の規制が緩く,薬害を招いた大きな原因の一つとなった.米国ではFDAが60年にキノホルム使用の規制を強化しているのと対蹠的である.61年の薬局方第七改正の解説には「副作用は極めて少ない.…内服された大部分吸収されることなく腸管を通過…」との記述が見られるが,これには何の根拠もなく,後に一人歩きし安全神話を生んだと考えられる18).同年,高度経済成長を背景に国民皆保険制度が開始となり,これを契機にキノホルムの処方量は飛躍的に増大した.62年のエンテロ・ヴィオフォルムの生産販売量は,戦前と比較して220倍を超えていたと言う3).
キノホルム剤は整腸剤,止痢剤として常備され服用されており,いわば「一億総キノホルム」の状態であったとも言われる6).市販薬としては170種類もの製剤があった.あまりにも浸透しすぎていた薬剤ゆえに警戒感が薄れていたとも考えられる.当時はエンテロ・ヴィオフォルム,エマホルム,メキサホルムが広く使われていたが,臨床の現場ではこれらが同じキノホルム製剤であると認識されていない状況であった.66年にエンテロ・ヴィオフォルムがスモンの原因として疑われたことがあり,亜急性非特異性脳脊髄症共同研究班(班長:越島新三郎)によって調査された.しかし,エンテロ・ヴィオフォルム以外のキノホルム製剤まで網羅されず見落とされていたため,残念ながら原因解明に至らなかった6).
キノホルムの増量や長期化に影響したものとして,スモンの腹部症状を考える必要がある.現在では,スモンの腹部症状は,まずキノホルム服用の原因となった先行する消化器症状と,その後にキノホルム服用によって生ずる激しい腹痛,腹満,便秘とに区別され,後者は自律神経障害によることが明らかになっている1)19).しかしながら,この二重構造が明らかになる以前には,改善しない腹部症状(実はキノホルムによるもの)に対して,さらに同剤を増量ないし長期投与に至る事例があり,これにより一層スモンの症状を悪化させるといった悪循環が生じたとも考えられる20).
キノホルムは予防的投与もなされていた.吉武らによる外科病院の調査では,キノホルムが術前投与された患者群では40%がスモンを発症,術前投与のない群では発症がなかったと報告し,キノホルム原因説を補強する根拠となった21).69年に富山では,洪水後の疫病予防としてエマホルムが無料配布されたが,この時手違いで高用量の内服が指示されたため33人に神経症候の発生があったとされる20).同様の地域住民への予防的投与は各地でなされ,一部でスモンの集団発生を起こしていた.さらに驚くべきことには,スモン患者が急増し怖れられるにつれ,「スモン予防」,「スモン治療」のためのキノホルム内服と言う発想も存在したのである.スモン研究に従事していた医師自身も発症予防のためにキノホルムを服用する準備をしていたと記している22).すでに原因が判明した現在から考えると,信じ難い話であるが,当時のキノホルムへの信頼は,それ程までに強固なものであったことが窺われる.
2019年時点でのスモン患者は約1,100人である.スモンに関する調査研究班では,恒久対策の一環として毎年検診を実施している.患者の平均年齢はすでに80歳を超え,スモンの神経学的な後遺症に加えて,加齢に伴う様々な併発症がQOLを低下させている23).運動機能維持のためのリハビリテーション,骨粗しょう症・易転倒・骨折等に対する整形外科的アプローチ,認知機能障害・うつに対する精神科的アプローチ,シビレや冷感に対する鍼灸など東洋医学的アプローチなど多職種が連携した多面的な患者支援を模索し実践している.また,福祉・介護面からの支援がますます重要となっている.さらに,若年発症スモン患者支援も大きな課題の一つである.これまでの検診結果はデータベース化され,現在1977~2018年度の延べ人数32,711人,実人数3,857人が登録されている.今後も検診を継続しデータベースの更新を行う予定である.
スモンの症候のうちで異常知覚は非常に特徴的であり,現在もなお患者を悩ませ続けている.異常知覚は足底付着感,締めつけ・つっぱり感,ジンジン・ビリビリ感などがあり,患者によって様々に表現される.異常知覚の責任病巣は明らかにされていない.Anderssonは,興奮性受容体transient receptor potential cationchannel, subfamily A, member1(TRPA1)がスモンの感覚障害に関与している可能性を示唆している24).勝山は,キノホルムが転写因子c-Fosの発現誘導を介して,痛み反応に関与する神経ペプチド前駆体VGFの発現を誘導すること25),転写因子GATA-2/3の抑制を介してインターロイキン-8(IL-8)発現を誘導することを示しており26),VGFやIL-8が感覚異常に関与している可能性も考えられる.治療としては,ノイロトロピンが冷感に有効であるとされ27),他に漢方薬や鍼灸28),メキシレチン29),デュロキセチン投与による少数の改善例30)が報告されている.経頭蓋磁気刺激療法の応用も検討中である.
(2) キノホルム神経毒性キノホルムの神経毒性の機序については十分に解明されていない.現在,主に株化細胞を用いた細胞培養系での研究が行われている25)26)31)~34).推定されている分子病態についてFig. 2に示す.キノホルムはmetal protein attenuating compounds(MPACs)の一つであり,銅,鉄,亜鉛イオンのキレート作用を有する.亜鉛吸収を促進し,銅イオンの排出を促進するため銅欠乏のリスクもある.スモンと銅欠乏性ミエロパチーとの類似性も指摘されており35)36),銅欠乏がスモンの病態に関与している可能性も考えられる.また,活性酸素分解酵素であるCu/Zn Superoxide dismutase-1は活性中心に銅,亜鉛イオンを有しており,キノホルムがこれをキレートすることにより活性を失い,その結果酸化ストレスにより細胞死を引き起こす機序も推定される32).その他にもDNA切断によりATMの活性化と,それに伴う癌抑制性転写因子p53の活性化が神経毒性に関与するとの報告31)もなされている.

Clioquinol is a Cu2+/Zn2+/Fe2+ chelator/ionophore. There may be many pathways contributing to clioquinol-induced neurotoxicity, including the inhibition of SOD1, the induction of VGF or interleukin-8 (IL-8), and the activation of ATM and downstream p53 signaling.
また,なぜキノホルム服用者の一部のみがスモンを発症したのか,なぜスモンが日本に限局して起こったのかについて明確な答えは得られていない.スモン感受性遺伝子研究は,先行的に深尾らがNADH quinone acceptor oxidoreductase 1(NQO1)多型について開始した37).Perezは,耳垢型決定に関与するATP-binding cassette protein C11(ABCC11)遺伝子多型を候補に挙げている38)が,根拠を示しておらず検証の必要がある.今後,研究班では国立長寿医療研究センターと共同してスモンバイオバンク構築を準備しており,これを利用して感受性遺伝子研究を実施予定である.
(3) 風化防止原因解明から半世紀が経過し,医療・福祉従事者のスモンに関する知識の希薄化が危惧されている.研究班では毎年医療・福祉従事者向けのワークショップや一般向けの市民公開講座の開催,研究班のホームページからの情報発信を行っている.近年クリオキノール誘導体は,抗認知症薬,抗パーキンソン薬,抗腫瘍薬としての可能性が検討されている36).アルツハイマー病薬としてPBT-2(hydroxyquinoline)治験が実施された際には,Tabiraが注意喚起の論文を出している39).スモン薬害は日本に限局して起こったこともあり,諸外国では危険性の認識が薄いことが懸念される.
この事件をきっかけに薬事法が改正されるとともに,医薬品副作用被害救済基金法制定され,医薬品副作用被害救済制度が新設された.残念ながら,スモンの後も薬害は続発している.日本の医療に携わるものとして,スモンという薬害の概要,背景因子,原因解明に至る経過およびスモン患者の現状と問題点について深く理解し,悲惨な薬害の再発防止に努力すべきであると考える.
※著者に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.