Rinsho Shinkeigaku
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Case Reports
A case of elderly-onset myasthenia gravis mimicking stroke with dysarthria and left upper extremity paresis
Yuka YamaguchiTakeshi FujimotoNobutaka HayashiDaiji TorimuraYasuhiro MaedaAkira Tsujino
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2021 Volume 61 Issue 4 Pages 234-238

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要旨

症例は80歳女性.構音障害,左上肢麻痺を主訴に脳卒中を疑われて当院救急搬送となった.入院第6日目に呼吸状態の悪化を認め,人工呼吸器管理となった.呼吸不全の原因精査を行なったところ,筋特異的チロシンキナーゼ抗体陽性が判明し重症筋無力症(myasthenia gravis,以下MGと略記)の診断となった.免疫療法を行い,徐々に症状の改善がみられ,約3ヶ月後には人工呼吸器からの完全離脱も可能となった.高齢発症MGでは症状変動の訴えに乏しく突然の嚥下障害,構音障害といった脳卒中様症状(stroke mimic)を呈した報告もある.高齢発症MGでは病歴上日内変動が明らかでなく,時に併存疾患の存在などで初期診断に難渋することがあり注意が必要である.

Abstract

An 80-year-old woman presented with sudden-onset dysarthria and left-side dominant quadriparesis and transferred to our hospital. A neurologic examination revealed slurred speech, prominent left upper extremity weakness and mild weakness of the other extremities. Brain MRI revealed a history of right-side cerebral artery bypass surgery, but no new lesions indicative of stroke. Left upper extremity weakness had improved soon after admission, so a transient ischemic attack was suspected. After admission, the dysarthria fluctuated. The patient’s respiratory condition deteriorated several days later and she required ventilation support. Assessment of the cause of the respiratory failure revealed positive muscle-specific kinase (MuSK) antibodies, which suggested myasthenia gravis (MG). The symptoms gradually improved with immunotherapy and we were able to completely withdraw her from the ventilator after a few months. There were some reports that dysphagia and dysarthria present suddenly like stroke without fluctuation of symptoms in elderly-onset MG. It is necessary to note that MG diagnosis may be difficult if elderly patients have multiple comorbidities and unclear diurnal fluctuations.

はじめに

重症筋無力症(myasthenia gravis,以下MGと略記)は近年,本邦でも高齢発症患者が増加している1)~3.高齢患者では併存疾患や漠然とした症状によってしばしば原因の解明や初期診断が難しい場合がある4.また高齢発症MGでは日内変動が明らかでなく,突然の構音障害や嚥下障害などで発見され,初期診断として脳卒中や運動ニューロン疾患と診断され治療を開始されるケースも報告されている4)~8.今回われわれは構音障害,左上肢不全麻痺を主訴に救急来院され,脳卒中疑いとして初期対応を行う経過中に呼吸状態の悪化を認め,MGの診断となった症例を経験したので報告する.

症例

患者:80歳,女性

主訴:構音障害,左上肢不全麻痺

既往歴:2008年 他院にて右浅側頭動脈-中大脳動脈吻合術(詳細不明),高血圧,狭心症.

家族歴:特記事項なし.

現病歴:2019年3月中旬,路上で倒れているところを通行人に発見された.救急隊接触時に構音障害と左優位の四肢脱力を認めたため脳卒中が疑われ,当院へ救急搬送となった.

来院時一般身体所見:身長145.0 cm,体重35.0 kg,体温36.7°C,脈拍82回/分・不整,血圧139/73 mmHg,SpO2 94%(室内気),左前頭部に新旧混ざった皮下出血を認め,左前頭部には搬送2週間前に転倒受傷し絆創膏が貼られていた.鼻根部周囲や右膝前面に挫創がみられたが活動性の出血は認めなかった.

神経学的所見:意識JCS 1,転倒打撲による左眼瞼腫脹があったが左眼瞼下垂はあきらかでなく,眼球運動は正常,眼振や複視は認めなかった.瞳孔は2.5 mm,正円同大で両側対光反射は正常であった.顔面に異常感覚はなく,顔面麻痺なし.構音は緩慢で不明瞭だが発語可能で軟口蓋挙上はやや不良であった.嚥下困難の訴えはなかった.舌偏倚や舌萎縮は認めなかった.運動系で頸部前屈は徒手筋力(MMT)で4,右上肢は4,左上肢はMMT 2,両下肢MMT 4であった.右上肢指鼻試験は異常なく,四肢深部腱反射は正常で病的反射も認めなかった.四肢体幹の異常感覚はなかった.

入院時検査:血液検査は血算に異常はなく,肝・腎機能,電解質,糖代謝に異常はなく,CRP 1.78 mg/dlと軽度の炎症所見を認めた.凝固検査では,FDP 8.7 μg/ml(正常5 μg/ml以下),D-dimer 3.8 μg/ml(正常1 μg/ml以下)と軽度上昇を認めた.心電図モニターでは時折心房細動波形を認めた.

頭部CT所見:左前頭部に帽状腱膜下血腫,右前頭側頭部に右脳動脈吻合術の手術痕を認めたが,頭蓋内に出血や新鮮梗塞巣はなかった.頭部MRI所見:拡散強調画像で新規梗塞巣はなく,FLAIR画像でも異常を認めなかった(Fig. 1A, B).Magnetic resonance angiographyでは左椎骨動脈(vertebral artery,以下VAと略記)は頸部より描出されず,右内頸動脈(internal carotid artery,以下ICAと略記)は起始部より信号途絶を認めた(Fig. 1C, D).Arterial spin labelingでは灌流の左右差はなかった.

Fig. 1 Brain magnetic resonance imaging upon admission.

A) Diffusion-weighted magnetic resonance image shows no significantly abnormal signals. B) Fluid-attenuated inversion recovery (TR: 9,000, TE: 90.7) revealed a slightly hyperintensity around the lateral ventricles. C) Magnetic resonance angiography of the head shows right superficial temporal artery to middle cerebral artery (STA-MCA) bypass. The right internal cerebral artery and left vertebral artery are not shown. D) Magnetic resonance angiography of the neck shows occlusion from the right internal cerebral artery bifurcation. The left vertebral artery is not shown.

経過:当院搬送時は構音障害と左上肢不全麻痺を認めたが,10分程度経過を見るうちに左上肢挙上保持が可能となった.来院時の心電図モニターでは心房細動波形であったことや血液検査でFDP,D-dimerの軽度上昇を認め,頭部CTおよび頭部MRIで新規出血巣や梗塞巣は認めなかったことから一過性脳虚血発作を考え,ヘパリン10,000単位による治療を開始した.頸動脈超音波検査では両側頸動脈分岐部に石灰化プラークを認め,パルスドプラーで右ICAは起始部で閉塞,左VAは流速が確認できなかった.経胸壁心臓超音波検査では左室壁運動に明らかな異常はなく,左室駆出率は64.4%と保たれており,心内血栓も認めなかった.ホルター心電図検査では持続性の心房細動や2秒以上の洞停止は認めなかった.入院後構音障害は持続・変動がみられ,左上肢はMMT 4と右上肢に比べて若干弱かった.入院第5日目より構音・嚥下の悪化がみられ,翌朝には構音障害は更に重度となった.酸素飽和度や血圧は問題なく,発熱は無かった.臥位での頭部挙上困難がみられたが,四肢は挙上可能(MMT 3)だった.血液検査ではWBC 11,270/μl,CRP 13.29 mg/dlと炎症反応の上昇を認め,CTで両肺下葉に淡い斑状のすりガラス状陰影を認めたため,院内肺炎と診断し同日よりTAZ/PIPC 4.5 gを1日3回投与開始した.入院第7日目の早朝に意識レベルの低下(JCS 20)を認めた.バイタルは著変なく,頭部MRI検査を再度施行したが新たな頭蓋内病変は認めなかった.血液検査で高アンモニア血症や低血糖,電解質異常はなく,血液ガスでは酸素1 l/分投与下でpH 7.195,pO2 129 mmHg,pCO2 106.0 mmHg,HCO3 39.5 mmol/lと慢性の呼吸性アシドーシスを認めた.NPPVを装着後SpO2は改善し,意識レベルはJCS 20から10まで改善した.また胸郭運動の低下があり,日内変動を伴う構音障害の持続,繰り返す転倒エピソードからは慢性呼吸不全の原因としてMGによるクリーゼも考え,自己抗体を提出した.入院後に家族からの詳細な問診により数年前から呂律が回っていない時やむせやすいといった症状がみられていたこと,最近2年間で15 kgの体重減少を認めていたことが判明した.入院第7日目にアンチレクス試験を施行した.アンチレクス投与後,呼吸状態や空嚥下に著明な改善はなく陰性と判定した.CTで胸腺腫は認めなかったが,MGクリーゼ状態を想定し,肺炎を合併していることを考慮して,入院第8日目より大量免疫グロブリン静注療法(intravenous immunoglobulin,以下IVIgと略記)0.4 g/kg/dayを5日間投与開始した.IVIg投与後より次第に意識レベルと構音障害の改善を認めた.IVIg施行後にアセチルコリン受容体抗体は陰性であったが,筋特異的チロシンキナーゼ(muscle-specific kinase,以下MuSKと略記)抗体が40.9 nmol/l(正常値0~0.01 nmol/l)と陽性であったことが判明し,慢性呼吸不全や構音障害といった一連の経過と合わせ,MuSK抗体陽性MGと診断した.追加治療として,入院第23日目から人工呼吸器管理の下,PEを計4回施行した.その後,全身管理を継続しつつ,入院第37日目よりプレドニゾロン10 mg/日とプログラフ3 mg/日,アンベノニウム10 mg/日を開始した.入院第47日目に気管切開術を施行し,リハビリテーションを継続した.入院第60日目には日中の呼吸器離脱も次第に可能となり,人工鼻で酸素化を維持できるようになった.入院第66日目に呼吸状態が安定したため低頻度反復刺激試験を僧帽筋,短拇指外転筋記録で試みたが,明らかなwaning現象は認めなかった.入院第70日目のMuSK抗体は5.71 nmol/lと改善を認めた.その後,人工呼吸器離脱は終日離脱できるようになったため,カフ付きスピーチカニューレに交換した.発語も可能となり,嚥下機能の改善も徐々に認められたため,入院第105日目にリハビリテーション継続目的で転院となった.

考察

MGは,神経筋接合部のシナプス後膜上の運動終板にあるいくつかの標的抗原に対する病原性自己抗体が生じ,それらの作用により神経筋接合部の刺激伝達が障害されて生じる自己免疫疾患である910.2014年のMG診療ガイドラインでは胸腺腫非合併で50歳未満の発症を早期発症early-onset MG(EOMG),50歳以上の発症を後期発症late-onset MG(LOMG),胸腺腫関連thymoma-associated MG(TAMG)に分類することを提唱している.LOMGは世界中で増加傾向であり,特に65歳以上の発症がめだっている11)~14.MGで最も頻度が高い症状は眼瞼下垂や複視であり,わが国の統計でも診断時に眼瞼下垂が81.9%,複視が51.9%と高頻度にみられている2.LOMGはEOMGやTAMGに比し,眼筋型の頻度が高いとの指摘がある10が,本症例では,転倒打撲による左眼瞼腫脹があったものの初診時より眼瞼下垂や複視の症状がみられず,これは症状回復時に数年前まで遡って病歴を聴取しても眼瞼下垂や複視等の眼症状の自覚がなかったため,初期判断を難しくした.近年,LOMGでは眼症状がめだたず構音障害などの球症状を伴う場合も多く,重症化する症例も多いとの指摘もある15.またLOMG特に70歳代以降の年齢層では高齢者特有のフレイルや老年症候群の存在等によって,MGの特異的症状とされる易疲労性や日内変動が気づかれにくいことが指摘されている410)~12.本症例では数年前より易疲労性を認めていたことがのちに判明したが,年齢によるものと考えて本人は敢えて医師に伝えていなかった.2年前から体重減少や易転倒のため外出頻度も減っていたが夫を亡くした時期と重なっていたことから精神的な落ち込みが影響しているものと,かかりつけ医でも判断されていた.さらに,右脳血管吻合術後の既往や心房細動があり,来院時に左上肢麻痺を呈していたため,初診時は一時的な脳循環動態が影響してTIAを生じた可能性を疑ったが,入院後の経過で必ずしも循環動態に関係なく同様の左上肢優位の筋力低下が反復してみられていたことから,MGの不安定な状態をみていたものと考えられた.また,突発的に嚥下障害や構音障害といった脳卒中様症状(stroke mimic)を呈し,脳幹梗塞や多発性脳梗塞と診断されて脳梗塞の治療を開始されていたり,長年脳梗塞後の後遺症と考えられていた症例などMGの診断に脳卒中との鑑別を要した報告も認められる41620.そこで,これまでstroke mimicとして報告された主なMG症例11報16例をまとめた(Table 1).平均年齢73(58~91)歳といずれも高齢者であり,男性7例,女性9例と女性がやや多かった.多くの症例が構音・嚥下障害を呈している他,左顔面神経麻痺や一側優位の両上肢筋力低下といった左右差を呈した症例もあり急性発症であれば臨床的に脳卒中との鑑別に苦慮される.Vincentらも75歳以上の高齢MGは見落とされたり,脳卒中と誤診されていることを報告しており,超高齢MGの診断の難しさを指摘している11.自己抗体については多くがacetylcholine receptor(AChR)抗体で,MuSK抗体陽性例は過去の文献では1例のみであった.全身型LOMGの治療においては,指標となるエビデンスが今のところないものの免疫療法に対する反応は一般に良好のことが多いため,薬理学的寛解導入を目指した積極的治療が考慮される1024.MuSK抗体MGではAChR抗体MGよりも呼吸筋クリーゼを来しやすいと報告されており2526,本症例では肺炎の合併もみられたことから免疫療法としてIVIg治療を開始し,肺炎の改善確認とクリーゼからの脱却が得られていないことを考慮しPEを追加した.救急診療においてLOMGはstroke mimicとして搬送される場合があり,その際AChR抗体MGのみならずMuSK抗体MGも念頭においた診療を行う必要がある.

Table 1  Previous reports of myasthenia gravis mimicking stroke.
Author Age/Sex Neurological signs Myasthenic
crisis
Positive
antibody
Year
Kleiner-Fisman et al.5) 91/F dysarthria, dysphagia None AChRAb 1998
77/F left ptosis, diplopia, bifacial weakness, dysphagia, weakness of neck flexion, quadriparesis None AChRAb 1998
Libman et al.18) 66/F bilateral ptosis, right third nerve palsy, left facial palsy, dysarthria, bilateral leg dominant quadriparesis Yes negative 2001
58/F bilateral ptosis, dysarthria, right hemiparesis None negative 2001
Suberikawa et al.4) 85/F bilateral ptosis, dysarthria, dysphagia yes AChRAb 2003
Komachi et al.17) 79/F dysphagia, dysarthria None AChRAb 2005
Sai et al.19) 74/F dysarthria, left ptosis, weakness of neck flexion and respiration None MuSKAb 2008
Shaik et al.6) 85/M dysphagia, dysarthria None AChRAb 2014
Oka et al.20) 75/M right ptosis, dysphagia, dysarthria None AChRAb 2015
Tremolizzo et al.7) 70/F bilateral ptosis, dysarthria, dysphagia, dyspnea Yes AChRAb 2015
69/M dysphagia, dysarthria, distal amyotrophy and weakness at the lower limbs None AChRAb 2015
81/M left facial palsy, dysarthria, dysphonia, rhinolalia, dysphagia, bilateral lagophthalmos, weakness of neck flexion None AChRAb 2015
62/M dysarthria, bifacial weakness None AChRAb 2015
Golden et al 21) 58/M unilateral ptosis with subtle ipsilateral facial droop None AChRAb 2015
Sotoyama et al.22) 64/F bilateral ptosis, diplopia, bifacial weakness, dysarthria, left dominant quadriparesis None AChRAb 2017
Kim et al.23) 75/M ptosis, dysphagia,dysarthria None double negative 2017

AChR, acetylcholine receptor; MuSK, muscle-specific kinase; Negative, AChR antibody is negative; double negative, AChR and MuSK antibodies are negative.

Acknowledgments

謝辞:本例の治療方針等について貴重な御助言をいただきました長崎総合科学大学 本村政勝先生に深謝いたします.

Notes

本報告の要旨は,第226回日本神経学会九州地方会で発表し,会長推薦演題に選ばれた.

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

文献
 
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