2021 Volume 61 Issue 6 Pages 401-404
症例は46歳男性.急性に意識混濁,頭痛,発熱,尿閉,吃逆,ミオクローヌス様不随意運動が出現した.髄液の細胞数増多(111個/μl)があり,頭部MRIのFLAIR像で両側基底核から放線冠にかけて線状の多発性の高信号域を認め,経過中に脳幹部にもT2像で高信号域の病巣を認めた.ステロイドの点滴パルス療法と経口剤に反応して第31病日に後遺症なく退院した.髄液の抗glial fibrillary acidic protein(GFAP)α抗体陽性が判明し,自己免疫性GFAPアストロサイトパチーと診断した.抗アクアポリン4抗体,抗myelin oligodendrocyte glycoprotein抗体,抗N-methyl-D-aspartic acid受容体抗体は,いずれも陰性だった.発症6か月まで再燃していない.この新しい病態は免疫介在性の髄膜脳炎として重要である.
A 46-year-old man developed acute meningo-encephalitis with confusion, headache, fever, intractable hiccups, dysuria, myoclonus/tremor, and ataxia. Analysis of cerebrospinal fluid (CSF) showed elevated levels of cell counts and protein. Brain MRI demonstrated multiple linear increased FLAIR signals in bilateral basal ganglia and corona radiata. Repeated MRI showed T2 hyperintensity areas in the lower brainstem, sparing the area postrema. Immunotherapy with intravenous high-dose steroid and subsequent oral steroid was successful, and the symptoms improved completely. Later MRI study showed a striking resolution. Glial fibrillary acidic protein (GFAP) α antibody was positive in the CSF, while anti-aquaporin-4 antibody, anti-myelin oligodendrocyte glycoprotein antibody, and N-methyl-D-aspartate receptor antibody were all negative. There were no relapses at final follow-up of 6 months after onset. Autoimmune GFAP astrocytopathy is not an uncommon immune-mediated inflammatory disorder in the central nervous system.
グリア線維性酸性蛋白質(glial fibrillary acidic protein,以下GFAPと略記)は,中枢神経系のグリア細胞である星状膠細胞(アストロサイト;Astrocyte)の細胞骨格内に存在する中間径フィラメントを構成するタンパク質である.2016年,米国メイヨークリニックのグループは,抗GFAP抗体が陽性となる新たな中枢神経系炎症疾患を “自己免疫性GFAPアストロサイトパチー” と提唱した1)2).その特徴として,急性発症の髄膜脳炎/脊髄炎を生じることが多く,発症年齢は平均40歳代,頭痛,発熱,意識障害に加えてミオクローヌスや小脳失調,自律神経障害(排尿障害),低Na血症を高率に合併する,頭部MRIで側脳室周囲に放射状の多発性線状病巣や脊髄中心管周辺に病巣を認めることが多い,ステロイド治療が奏功することが多い,が挙げられる1)~4).
今回,この病態を生じた症例を経験したので報告する.
症例:46歳,男性
主訴:意識障害,発熱,頭痛
既往歴:慢性副鼻腔炎手術.
職業:会社員.
現病歴:2020年某日から38°Cの発熱,倦怠感,頭痛を自覚した.第3病日から尿が出なくなり嘔吐も生じ,第6病日から吃逆を認めた.第9病日につじつまの合わない会話や独語,歩行障害が生じて当院に緊急入院となった.
入院時現症:体温37.0°C,血圧138/90 mmHg,心拍数98/min,SpO₂ 99%(room air),胸腹部に異常なかった.
神経学的所見:意識はJCS = 10の傾眠,質問には答えるが見当識障害があった.脳神経では眼球運動は制限なく,顔面麻痺や構音障害はなかったが,吃逆が持続していた.四肢の粗大運動は正常だったが,両上肢に姿勢時振戦があり左上肢にミオクローヌスを認めた.四肢・体幹の感覚異常はなかった.協調運動は,指鼻指試験は左優位に拙劣,膝踵試験は右優位に拙劣だった.下顎および四肢の深部腱反射は亢進しており,右側のBabinski反射は陽性だった.
検査所見:血液検査では白血球1.58 × 104/μl,CRP 2.84 mg/dlと上昇,Na 118 mmol/lと低下していた.髄液検査では,初圧13 cmH₂O,細胞数111個/μl(単核球94.6%),蛋白122 mg/dl,糖61 mg/dl,単純ヘルペスおよび水痘・帯状疱疹ウイルスのDNA(PCR法)は陰性,ADA(adenosine deaminase)8.9 U/l(カットオフ値:<10 U/l)であった.髄液のミエリン塩基性蛋白は正常,オリゴクローナルバンドは陰性であった.血清抗アクアポリン4抗体(ELISA法)は陰性,血清の抗ミエリンオリゴデンドロサイト糖蛋白(MOG)抗体(CBA法:cell-based assay)も陰性であった.その他,抗核抗体,抗GAD抗体,抗サイログロブリン抗体,抗TPO抗体はいずれも陰性であった.髄液の抗N-methyl-D-aspartic acid(NMDA)受容体抗体も陰性であった.後日,髄液の抗GFAPα抗体(CBA法および免疫組織染色法)が陽性と判明した.傍腫瘍性神経症候群関連抗体(Yo,Hu,Riなど)は未測定だった.眼底所見では視神経乳頭の腫脹や発赤はなかった.
画像所見:頭部CTは異常を認めず,入院時(9病日)の頭部MRIは異常なかったが,12および13病日のMRIでは,FLAIR像で両側の基底核から側脳室近傍の放線冠に放射状の多発性線状の高信号域の病巣を認めた.造影T1像では同部位の造影効果はなかった(Fig. 1).また,全脊髄MRIでは髄内の異常信号は認めなかった.胸腹部CTも特記すべき異常はなかった.
Fluid-attenuated inversion recovery (FLAIR) (axial, 3.0 T, TR = 11,000 ms/TE = 120 ms) images (A, B) showed multiple linear high signals in bilateral basal ganglia and corona radiata on day 13, whereas the lesions had no enhancement on T1-weighted images (axial, 3.0 T, TR = 7.4 ms/TE = 3.4 ms) after gadolinium injection (C, D). On day 45, the high signal areas disappeared on FLAIR images (E, F).
入院後経過:入院翌日(10病日)からステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1,000 mg × 3日間点滴)を計2クール施行した.19病日からプレドニゾロン30 mg/日の内服を継続して漸減した.第20病日の頭部MRI(Fig. 2)のT2像では,右側優位に延髄の腹側から網様体にかけて高信号域を認め,30病日には橋に両側性の淡い高信号域を呈していた.吃逆は17病日まで持続したが,その後,神経症状は改善し31病日に独歩で自宅退院した.第45病日の頭部MRIのFLAIR像およびT2像では大脳半球および脳幹部の高信号域は,ほぼ消退していた(Fig. 1, 2).発症6か月時点では,プレドニン7 mg/日を継続しており再発は認めていない.
T2-weighted image (axial, 3.0 T, TR = 4,381 ms/TE = 90 ms) showed high signals around the right ventral portion and reticular formation area of the medulla oblongata on day 20 (A). On day 30, T2-weighted image (axial, 1.5 T, TR = 4,852 ms/TE = 100 ms) revealed bilaterally high signals in the pons (B). On day 45, the lesions nearly disappeared (C) but subtle high signals remained in the pons on T2-weighted (axial, 1.5 T, TR = 4,612 ms/TE = 95 ms) images (D).
本例は,発症6か月までの時点では,単相性の急性散在性髄膜脳炎の臨床像を呈しており,髄液の抗GFAPα抗体陽性から自己免疫性GFAPアストロサイトパチーと診断した.
共著者である岐阜大学のKimuraら3)4)は,炎症性中枢神経疾患225例中14例(6.2%)において髄液の抗GFAPα抗体が陽性だったことを報告し,この頻度は抗NMDA受容体抗体脳炎(13例;5.8%)とほぼ同等であった.最近,日本からも,この病態の追加報告がある5)6).自己免疫性GFAPアストロサイトパチーには,抗NMDA受容体抗体や抗アクアポリン4抗体が合併することもあり,腫瘍としては卵巣奇形腫などを認めることがある1)~4).本例では,血清抗アクアポリン4抗体,血清抗MOG抗体,髄液抗NMDA受容体抗体は,いずれも陰性であり,他の感染性および自己免疫性疾患は調べた範囲では認めなかった.腫瘍の合併もなかった.
抗GFAPα抗体の病態機序については,まだ充分には解明されていない1)~4).GFAPがグリア細胞であるアストロサイトの細胞内に存在するため抗体自体に病原性はないと考えられており,GFAP特異的CD8陽性Tリンパ球が活性化されて炎症病態が生じる,などの仮説がある1)~4).
本例は,自己免疫性GFAPアストロサイトパチーの報告例1)~4)の特徴と類似している点として,排尿障害などの自律神経障害や低Na血症を生じている,頭部MRIでの側脳室周囲の放射状の多発性線状病巣やステロイド治療に奏効する,が挙げられる.また,本例では吃逆が持続していたが,反復性の吃逆は抗アクアポリン4抗体陽性の視神経脊髄炎(neuromyelitis optica spectrum disorder)による最後野(Area postrema)症候群に特徴的とされており,自己免疫性GFAPアストロサイトパチーを鑑別する徴候であるとの報告もある7).一方で,最近抗GFAP抗体陽性の脳脊髄炎で最後野症候群を生じた報告例もある8).本例は最後野に病変はなかったが,吃逆の神経中枢9)10)とされる延髄の疑核を含む脳幹網様体の病巣が責任病巣と考えた.
本例は,今後再発する可能性もあり,またステロイド治療の投与量や投与期間などの標準的治療法も確立されておらず,長期間の観察が重要であろう.
※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.