2021 Volume 61 Issue 7 Pages 491-493
症例は70歳男性.右上下肢の舞踏運動にて来院.脳MRI画像では,左島皮質と頭頂葉皮質に急性期脳梗塞を認めた.舞踏運動は大脳基底核経路の障害が関与することが多いが,大脳皮質の障害によって舞踏運動を生じた例はまれである.当症例は,左島皮質,頭頂葉皮質に脳梗塞を生じ,右上下肢の舞踏運動を生じたと推測された.
A 70-year-old man visited our hospital with a chief complaint of involuntary movements, diagnosed as chorea, involving the right upper and lower limbs. Brain MRI showed acute cerebral infarctions involving the left insular and parietal cortices. Chorea is usually due to dysfunction of components of the basal ganglia pathways, such as the caudate nucleus or subthalamic nucleus, and is rarely caused by lesions of the insular or parietal cortex. Here, we describe a case of cerebral infarctions in the left insular and parietal cortices and chorea of the right limbs, and discuss the relationship between the mechanism of chorea and insular and parietal cortical lesions.
舞踏運動を含む不随意運動は,尾状核,視床下核などの大脳基底核経路の障害が関与していることが多い1)2)が,まれに大脳基底核以外の病変で不随意運動が生じる3).脳梗塞の中で,病変が島皮質,頭頂葉皮質に限定することは少なく,これらの病変による臨床症状の検討はあまりなされていない4).そのためか島皮質,頭頂葉皮質の障害によって舞踏運動を生じた症例の報告は少数のみ3)5)~7)である.今回,左島皮質,頭頂葉皮質に脳梗塞を生じ,右側上下肢の舞踏運動を生じた症例を経験したので,考察を交えながら報告する.
症例:70歳男性
主訴:右手が勝手に動く
既往歴:頸椎症性脊髄症,手根管症候群.
家族歴:特記すべきものなし.
生活歴:タバコ15本を49年間(入院6か月前から禁煙),焼酎1合を毎日
併存症:多発性骨髄腫,ALアミロイドーシス,慢性心不全
内服薬:エナラプリル2.5 mg,フロセミド20 mg,レナリドミド15 mg(入院−16日から−1日まで),デキサメタゾン20 mg(入院−16,−9,−2日)
現病歴:X年2月某日起床時から右上下肢の倦怠感を自覚した.箸を持つ右手がふらふらと動いていることを妻から指摘された.同日昼に当院受診し,精査加療目的で同日入院した.
入院時現症:身長181 cm,体重72.9 kg,BMI 22.3,体温36.4°C,血圧111/73 mmHg,脈拍95/分,SpO2 99%(室内気).一般身体所見では,両側前脛骨面にslow pitting edemaを認めた.
神経学的所見:意識清明,認知機能正常,脳神経に異常なし.四肢に筋力低下なく,感覚系異常なし.右上下肢および右顔面に不随意運動を認めた.この不随意運動は,ほぼステレオタイプで,不規則,やや遠位優位,右上肢優位の比較的早い舞踏運動で,暗算などの精神的負荷で増強した.右手の巧緻運動は制限される状態であった.右上下肢の不随意運動により協調運動障害の評価は不十分であった.両側にBabinski徴候とChaddock反射陽性を認めた.
入院時血液検査では血算はWBC 12,600/μl,RBC 4.26 104/μl,Hb 12.1 g/dl,Hct 37.8%,Plt 12.3 104/μl.CRP 3.53 mg/dlとやや上昇.BUN 25.4 mg/dl,Cre 1.3 mg/dl,eGFR 40 ml/min/1.73 m2,AST 127 U/l,ALT 85 U/l,LDH 423 U/l,D-dimer 1.03 μg/ml,BNP 668.2 pg/mlと肝・腎機能障害,心不全の所見が得られた.HbA1c 6.2%,血糖110 mg/dlで,甲状腺機能はTSH 2.78 μIU/ml,FT4 1.24 ng/dlと正常範囲内.
頭部CTでは出血性変化やearly CT signはなし.頭部MRIでは拡散強調画像で左島皮質,頭頂葉皮質に高信号域,ASL画像にてその病変周囲の血流増加を認めた(Fig. 1).MRA画像では動脈硬化性変化を疑う脳動脈主要枝の延長蛇行を認めた.頸部動脈エコーでは有意な狭窄所見はなく,経胸壁心エコーでは,心房内血栓は検出されなかったが,左室駆出率は37%と低下.深部静脈血栓などの検索はされていない.脳梗塞の病型については,脳MRIでは心原性脳塞栓症を疑う分布であったが,心疾患は中リスク塞栓源と分類され,塞栓源不明の脳塞栓症8)と診断した.

MRI (3 T; A–F) and MRA (G) showed acute cerebral infarctions involving the left insular cortex and parietal cortex. Lesions are indicated by arrows (A–D). Cerebral blood flow was increased around these lesions on ASL imaging (E & F). A & B, DWI; C, T2WI; D, ADC; E & F, ASL; G, MRA.
入院後経過:多発性骨髄腫に対する今後の治療を考慮し,抗血小板薬(アスピリン100 mg)を導入した.入院後,舞踏運動は経時的に改善し,入院第5日目に消失した.その後舞踏運動の再燃なく,入院第8日目に退院した.肝機能障害はレナリドミド中止後14日目には正常化し,薬剤性が疑われた.
当症例の舞踏運動は突発性の発症で,急性期脳梗塞が島皮質と頭頂葉皮質に認められた.他に不随意運動の原因が特定されなかったことより,この脳梗塞病変が舞踏運動と関連していると推測された.脳梗塞周囲の血流は増加しており,病変周囲の活動性変化も舞踏運動に関与した可能性がある.
脳卒中後不随意運動は急性期脳卒中患者の0.4~1.3%にみられるまれな症状である1)2).多数例を検討した二つの報告1)2)では,それぞれ脳梗塞患者5,009人の内56人,2,500人の内29人に不随意運動がみられ,不随意運動の中では舞踏運動はそれぞれ20人(35.7%),11人(37%)であった.また,脳梗塞後に出現した不随意運動のうち,舞踏運動は本症例のような高齢者に多かった1)9).
舞踏運動を生じた病変部位については様々な報告がある.脳梗塞後に舞踏運動を生じた29症例で頭部CTを検討した報告2)では,尾状核を含む脳梗塞や中・後大脳動脈支配領域の白質病変によって生じた症例が多かったと述べている.頭部MRIでの検討は,視床,視床下核,レンズ核の障害により舞踏運動を生じた1)5)とされる.これまでの我々が検索しえた報告では,島皮質または頭頂葉皮質の障害によって舞踏運動を生じた症例は9例存在した3)5)~7).そのうち4例は島皮質の病変,3例は島皮質と頭頂葉の病変,1例は頭頂葉の病変,1例は島皮質を含む複数部位の病変3)5)~7)であった.
大脳基底核は大脳皮質から入力を受け,そこで処理された情報は視床を介して大脳運動皮質に戻るというループ回路を形成している.舞踏運動の病態は,大脳基底核回路内の入力部(線条体)から出力部(淡蒼球内節・中脳黒質)の伝達阻害によると考えられている.Tractgraphyによる研究では,島皮質および頭頂葉皮質は,視床,被殻,尾状核,扁桃体,海馬,側坐核,淡蒼球との間に連絡線維がある10)ことが示されている.これらの連絡線維を介して,今回の病変が大脳基底核経路になんらかの影響を及ぼした結果,舞踏運動が生じたと推測された.
大脳皮質病変による舞踏運動は,大脳基底核病変による舞踏運動よりも機能予後が良いと推測されている5).当症例も発症5日目で症状が消失しており,一時的な脳血流・脳機能の変化が舞踏運動症状に関連したと推測された.
不随意運動と関連する報告が少ない島皮質・頭頂葉皮質の脳梗塞によって対側の舞踏運動を生じたと推測される1例を経験した.これまで不随意運動の発現には大脳基底核回路の障害が強調されてきたが,この大脳基底核回路以外の障害・活動性の変化により不随意運動が生じる可能性が示唆された.病態の解明のためには,更なる症例の蓄積が必要と考えられた.
※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.