Rinsho Shinkeigaku
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Case Reports
Tactile hallucination and delusion associated with broad brain infarction in the right middle cerebral artery territory: a case report
Shizuka HaradaYuichiro InatomiMinoru Matsuda
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2022 Volume 62 Issue 1 Pages 39-43

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要旨

症例は64歳,女性.右中大脳動脈領域の広範梗塞により左片麻痺と左半側空間無視を来し,血栓回収療法と開頭外減圧術を施行した.意識回復に伴い,「足元に長女がおり,足に触れる」と訴えた.この異常体験には直接視覚で確認することができない「長女」の身体的特徴や服装の情報が加わっており,「長女が二人いる」という誤った思考も伴った.またこの体験が異常であることを認識しながら,そのことへの強い信念を払拭できなかった.患者の異常体験は幻触と妄想の両者で構成されていたと推測した.本例では幻触に関連し,対象が患者の近親者に限定された妄想を認めた.患者の内省を詳細に聴取できた点で臨床的に重要な症例であると考えられた.

Abstract

A 64-year-old woman experienced a broad brain infarction in the right middle cerebral artery territory with left hemiparesis and left unilateral spatial neglect. She was treated by endovascular thrombectomy and decompressive craniectomy. During the subacute phase of the brain infarction, she became alert and insisted, “My eldest daughter is at my feet and I can touch her body with my feet.” The patient’s abnormal experience was accompanied by visual information, such as her daughter’s physical characteristics and clothing, which could not be directly confirmed, and a false ideation that she had two eldest daughters. Although the patient was aware that her experience was abnormal, she was unable to deny her strong beliefs regarding the experience. We concluded that a series of the patient’s abnormal experiences consisted of both tactile hallucinations and delusions. In this case, the subjects of the delusions associated with the patient’s tactile hallucinations were limited to close relatives. Finally, it was clinically important that introspection by the patient revealed details of the nature of her hallucinations.

はじめに

幻覚や妄想は認知症では比較的高頻度にみられる症候であるが‍1,脳卒中後にも幻覚や妄想を発症することがあり,特に右半球の病巣に多いことが指摘されている‍2

一方,幻覚のうち幻触は薬剤性‍3,Charles Bonnet症候群‏‍4,透析‍5,統合失調症‍6,レビー小体型認知症‍7,パーキンソン病‍8,橋出血‍9など多彩な疾患で報告される.しかし脳梗塞に関連して幻触を来した症例はまれであり‍10)~14,本邦では報告がない.脳梗塞に関連して幻触を来した症例は寄生虫妄想‍10)‍11を除けば3例のみであり‍12)~14,そのうち幻聴や幻視を伴わない幻触症例はAkinciらの症例に限られ,「誰かに首を押されて,ベッドから落とされた」という訴えであった‍14.本例のように,幻触に関連し,対象が患者の近親者に限定された妄想を認めた症例は渉猟した限りでは報告はない.

今回我々は,右中大脳動脈領域広範梗塞の亜急性期に,幻触と妄想と考えられる症候を来した1例を経験した.文献的考察を加え報告する.なお本報告に際して患者より書面による承諾をえた.

症例

患者:64歳,女性,右利き

主訴:足元に長女がおり,足に触れる

既往歴:60歳時に心房細動を指摘され,61歳時にカテーテルアブレーション術を受けた.その後,抗凝固療法は自己中断していた.

生活歴:喫煙歴や飲酒歴なし.看護師,教育歴15年.今回入院前まで障害者施設で勤務していた.家族との関係は良好であり,長女とは同居はしていないが特に親密であった.

家族歴:特記事項なし.

現病歴:2020年9月某日に前医で心房細動の再発を指摘され,再度のカテーテルアブレーション術の目的で10月某日に当院循環器内科に入院した.入院第1日目よりダビガトラン300 mg/日の内服を開始していたが,施術前の入院第2日目(第1病日)8時に病棟内のトイレで横臥しているところを発見され,当科に紹介となり転科した.

当科初診時の一般身体所見では血圧138/74 mmHg,脈拍80/分,不整,体温36.8°C,身長152 cm,体重59 kg,胸腹部,皮膚筋骨格系に特記すべき異常はなかった.神経学的にはJCSI-1,構音障害中等度,弛緩性左片麻痺(筋力MMT左上肢0,左下肢1)で,左上下肢で感覚脱失を認め,左半側空間無視も高度であった.頭部MRI拡散強調画像では右前頭側頭頭頂葉および島皮質を含む右中大脳動脈領域に広範に高信号域を認めた(Fig. 1A).静注血栓溶解療法は行わず,緊急脳血管造影を実施したところ,右内頸動脈起始部よりやや遠位で閉塞していた.直ちに経皮的血栓回収術を実施し,発覚から128分で完全再開通が得られた.しかし,第2病日の頭部CTでは前述の拡散強調画像で高信号を示していた領域のほとんどが梗塞化しており,脳ヘルニアの危険が高いと考えられた.そこで同日に開頭外減圧術を施行した.

Fig. 1 Brain images on Day 1 and 27.

A: Diffusion-weighted images on admission (Day 1) showing a broad hyperintense lesion in the region of the right middle cerebral artery, including the right fronto-parieto-temporal lobes, insular cortex, striatum, and internal capsule. B: CT scan on Day 27 (26 days after a right-side decompressive craniectomy) showing an ischemic lesion in the region of the right middle cerebral artery with mild hemorrhagic transformation in the infarct.

術後経過は良好であったが,意識回復に伴い,第23病日に「足元に長女がおり,足に触れる」という異常体験を訴えるようになった.

異常体験の内観:以下,長女に関する異常体験対象を「長女」と括弧付きで,現実の長女と区別した.患者は術後のある時から,多くは深夜,早朝に,病床に「長女」がいることに気付いた.「長女」は第23病日から26病日は左足元に1人,第27病日には両足元に各1人,計2人存在していたと訴えた.「長女」は側臥位で頭が患者から見て左側,顔は患者の方を向き,患者の左右足底部に腹を向けて,患者の体軸とは直角に存在した.

「長女」は等身大で,現年齢相応の容姿であった.茶色のチェックのトレーナーにチノパンをはいていた.足で探ると腹を触るようなぶよぶよとした肉感や人間の体温の温かさ,服の触感があった.「長女」は主として患者の左足で触れたが,右足で触れることもあった.また,「長女」から患者に触れてくることはなかった.「長女」と会話はできず,言いたいことは分からなかった.嗅覚や視覚で「長女」の存在を確認することはできなかった.患者の座位,起立,歩行時には現れず,病床に横臥しているときのみ存在し,いつの間にか居なくなり,持続時間は明確ではなかった.「長女」は他の家族や別の物体に変わることはなく,「長女」が足に触れる際に何らかの物体による触覚刺激が必要であるのか,なくても起こるのかは本人の記憶が明確でなかった.異常体験の際に,患者の足に何らかの物体が触れているかどうかも確認できなかった.

患者は病棟看護師に「長女が足元に横になって寝ているので,帰るように言ってくれ」とも訴えた.第27病日に娘が来院した際には足元に「長女」はおらず,「娘が帰ったのを見たから,足元には居ない」という発言もあり,現実の長女が病室にいるときには「長女」は共存しなかった.

尋常でない時間に病院に長女がおり,しかも二人いることは異常であると患者は理解していた.「長女」の姿が見えないのに,個人が同定できることの矛盾点や,狭い病床の足元に上記のような体勢で,等身大の長女が二人横たわるのは困難であることを指摘したが,患者は「見えないけれどもそこにそのように『長女』が存在する」という,払拭できない信念があることを常に主張した.夜勤の看護師が患者から幻触,妄想体験中にその内容を直接聞くことがあった.しかし医師がその場に居合わせる機会はなく,主治医は患者からその幻触,妄想を回想として聴取した.第26病日と27病日の2回の診察場面では内容の細かな違いはあったが,大きな変動はなかった.なお,本患者の入院期間中は,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行期であったため,通常より極端に面会が制限されており,長女を含めた家族との面会は入院期間に数回,いずれも短時間に制限されていた.

神経学的所見(第27病日):意識清明で情緒は安定し,夜間不穏はなかった.脳神経では瞳孔径は3/3 mmで正円同大,対光反射は迅速であり,眼球運動障害や嚥下障害はなかった.筋力は左上肢MMT1,左下肢MMT3+程度であった.感覚系では,触覚は左上下肢で4/10程度に低下し,左上肢で4/10程度の痛覚鈍麻を認めた.振動覚は正常で,関節位置覚は左上下肢で消失していた.二点識別覚は左上下肢で低下し,特に2点刺激で3点以上に感じるという訴えがあった.皮膚文字覚は左手掌で高度低下し,質感認知も左手掌,足底で低下し,足底に検者が触れる,物を当てる,あるいは本人に足底で物を触らせても異常触覚は生じなかった.左半側空間無視は軽度であり,線分抹消試験では時間はかかるものの左隅まで対象の見落としはなかった.身体認知は左上下肢を含めて良好で,身体パラフレニアは認めなかった.第23病日に実施したMini-Mental State Examination(MMSE)は24/30点(減点:時間の見当識1,計算3,遅延再生1,模写1)であった.

検査所見:一般血液検査では明らかな異常は認めなかった.第27病日の頭部CTでは右前頭側頭頭頂葉および島皮質を含む右中大脳動脈領域に広範な低吸収域を認めた(Fig. 1B).

臨床経過:異常体験に対して薬剤の内服は行わず,患者は第28病日に転院した.転院先でリハビリテーションを継続し,第131病日に骨形成術のため当院に帰院した.同日の神経学的所見は,意識清明で,見当識は良好であった.運動系では筋力がMMTで左上肢2,左下肢4で,杖歩行が可能であった.感覚系では,触覚は正常で,関節位置覚は左上肢で消失していたが,両足趾ではほぼ正常であった.二点識別覚は左上下肢で低下し,質感認知は左手掌で低下していたが,両足底では良好であった.高次脳機能では,半側空間無視はなく,MMSEは28/30点(減点:場所の見当識1,模写1)であった.

異常体験は第28病日の転院後から消失し,当院に帰院した時にも認めなかった.患者は異常体験について詳細に覚えており,「足元に布団の塊があって,それを娘と勘違いした」「娘の姿かたちは見えず,声は聞こえないし,思っていることも分からなかったが,娘が居ると勘違いしてしまったことは覚えている」と話した.足で自分の対側の足に触れたのではないかという問いには明確に否定した.また,「左足元に居たのは息子で,右足元に居たのは長女と思った」という,前回入院時とは異なった内容の発言も認めた.妄想,幻覚があったときの心境については「(長女が結婚して家を出るまで)娘を起こしてご飯を食べさせ,仕事に送り出すというのが習慣だったので,娘が仕事に遅れると困ると思った」と淡々と話した.患者は第146病日に再度転院となった.第193病日の再来時まで臨床的に再発はなく,同日の頭部MRIでも新規病巣は認めなかった.

考察

本例では右中大脳動脈領域広範梗塞の亜急性期に,「足元に長女がおり,足に触れる」という異常体験を来した.「長女」を触れるという体験が何らかの触覚刺激に誘発されたのか,あるいは自発的に生じたのかは確定できないが,幻触が存在すると考えられた.一方,「長女がいる」という体験には,直接視覚で確認できない身体的特徴や服装の詳細が加わっており,二人いるという誤った思考も伴っていた.患者は夜間の病院に「長女がいる」ことや二人いることが異常であると認識しながらも,その誤った体験への強い信念を払拭できず,この症候は妄想と考えられた.患者のこの異常体験では,「長女」個人が同定できることや服装の視覚的情報が伴っていたことから,幻視との異同が問題となる.しかし患者は足元の長女には触れるが見えてはいないと言明しており,見えないけれども「トレーナーにチノパンをはいた長女」がそこにいると確信していたことになる.したがって,この一連の異常体験は幻覚の対象に対し内観においては触覚的な実体感はあっても視覚的な実体感は伴っていなかった可能性がある.つまりこの一連の患者の異常体験は,幻触と妄想の両者で構成されており,幻視はなかったと推測した.問診による,幻触と妄想の時間的前後関係の特定は困難であり,また診察時に触覚刺激などによって幻触を誘発することもできなかった.

脳梗塞に幻触を来した症例は,寄生虫妄想を除くと,渉猟しえた限りでは本例を含めた4例が報告されている‍12)~14(Table 1).幻触の持続期間は比較的短く,その発症時期は脳梗塞急性期,本例同様の亜急性期であり,幻聴,幻視に幻触を伴い,誰かに髪を引かれる‍12,歩く子供達を自身の足に触れるというもの‍13や,本例と同様に幻視や幻聴を伴わずに,「誰かに首を押されて,ベッドから落とされた」という幻触と妄想を来したという報告‍14がある.一方で,パーキンソン病やレビー小体型認知症で出現する幻触は,小動物や昆虫の幻触が多く,幻視と関連していることが多かった‍78.また,パーキンソン病における幻触では持続時間が比較的長期間続くことが‍815,脳梗塞に伴う幻触と異なる特徴であった.

Table 1  Clinical characteristics of patients with tactile hallucination associated with brain infarction.
Year of publication (References) Age (y),
sex
Onset of hallucination Psychotic presentations (contents of tactile hallucination) Duration of symptoms Other neurological findings Lesion
1982 (12) 72F Subacute phase
of infarction
Auditory, visual, and tactile hallucination, delusion (her visitors pulled her hair) About
4–5 weeks
Motor and sensory function were normal Right temporo-occipital lobes
2002 (13) 76M Acute phase
of infarction
Auditory, visual, and tactile hallucination (walking children often touched the bottom part of his left leg) 1 week Left inferior quadrant anopsia Right medial occipital lobe
2016 (14) 61M Acute phase
of infarction
Tactile hallucination and delusion (someone put his hands on the back of patient’s neck) Unknown Monoparesis in the right upper extremity Right temporo-occipital lobes
Present case 64F Subacute phase
of infarction
Tactile hallucination and delusion (she felt her daughter at her feet and touched the daughter with her feet) 6 days Left hemiplegia and sensory impairment Right fronto-parieto-temporal lobes

本例の幻触の発症機序について検討する.解放性幻覚という症候概念があるが,これは下位の神経機構からの入力が途絶すると連合野のニューロン群に自発的活性化が起こり,幻覚が生じるとされる現象‍16であり,視機能障害によって生じるCharles Bonnet症候群の機序として有力視されている.解放性幻覚は右半球の病巣で起こりやすいとされ‍17,本例を含めた4例全例で右半球に新規梗塞病変を認めた‍12)~14.本例では左半身で表在覚,深部覚に加え,複合感覚も著明に低下していた.このことは本例の幻触に解放性幻覚の機序が関与したことを強く支持すると考えられた.特に本例では2点識別覚試験に際して「3点以上に感じる」という錯感覚,余剰幻肢にも似た陽性症候が見られたことも幻触との関連が推測される.一方,本例以外の幻触の既報告例では半盲‍13や上肢の単麻痺‍14といった神経症候がみられたが,感覚障害がある症例はなく,右半球病変のため幻覚,妄想が誘引されやすい状態であったと推測した.一方で,パーキンソン病の幻触は,レム睡眠の障害‍8やドーパミンアゴニスト‍15と関連する可能性,レビー小体型認知症の幻触は,皮質のアセチルコリン低下‍18による神経伝達物質の不均衡と関連している可能性が推定されている‍19.これらの発症機序は,脳梗塞に伴う幻触の発症機序とは異なるかもしれない.

最後に,本例の幻触に関連した,妄想の対象は長女が主であった点について議論する.本患者は長女と特に親密であったが,発症時の特殊な状況として,家族との極端な面会制限があった.このことが家族と会いたいという欲求を強くし,幻触に関連した,妄想の対象が長女に集中した可能性がある.また,転院先では異常体験の訴えがなくなったことからは幻触や妄想の発症に関して環境要因も疑われた.本例は脳梗塞としては決してまれな病巣分布ではなく,同様の幻触や妄想を伴う症例が潜在しながら,せん妄として看過されてきたことも考えられる.しかし一方で,上述の様な新型コロナウイルス流行に伴う特殊な環境が,本例の様なまれな症候が生じる誘因となった可能性もある.

本例では右中大脳動脈領域広範梗塞の亜急性期に,幻触と妄想を来した.幻触に関連し,対象が患者の近親者に限定された妄想を認めた.患者の内省を詳細に聴取できた点において臨床的に重要な症例であると考えられた.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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