Rinsho Shinkeigaku
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Case Reports
Two cases of ischemic stroke due to low protein C caused by severe hyperthyroidism
Kairi YamashitaYohei TateishiTadashi KanamotoMayu UedaYuta NakamuraAkira Tsujino
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2022 Volume 62 Issue 11 Pages 839-843

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要旨

甲状腺クリーゼを呈した急性期脳梗塞2例を報告する.症例1は43歳男性.左片麻痺で発症し,右中大脳動脈が閉塞していた.心房細動と左房拡大が検出された.再開通療法で良好な再開通が得られた.症例2は66歳女性.重度の両側中大脳動脈狭窄を以前から指摘されていた.構音障害,右不全片麻痺で発症し,MRIで左前頭葉から頭頂葉に急性期脳梗塞があった.いずれの症例も重度の甲状腺クリーゼ状態であり,さらにプロテインC活性の低下と,血液がうっ滞する動脈性病変があった.甲状腺クリーゼは,プロテインC活性低下を惹起することで,脳梗塞発症に関与する可能性がある.

Abstract

We reported two patients with acute ischemic stroke who had presented with symptoms of thyroid storm. Case1: A 43-year-old man abruptly developed left hemiparesis caused by the right middle cerebral artery occlusion. Cardiac evaluations revealed atrial fibrillation and left atrial enlargement. He had successful recanalization after reperfusion therapies. Case 2: A 66-year-old woman with severe bilateral middle cerebral artery stenosis presented with right hemiparesis and dysarthria. MRI revealed the acute infarction in the left frontal and parietal lobe. In both cases, protein C activity was decreased which could be related to severe hyperthyroidism. They concomitantly had arterial lesions where blood stasis could occur. Severe hyperthyroidism which could evoke the decreasing of protein C activity could be responsible to develop acute ischemic stroke.

はじめに

甲状腺機能亢進症の成人における有病率は0.7%とされている1.生命の危機的な状況を呈した甲状腺中毒状態である甲状腺クリーゼに限ると,本邦で年間250例と,比較的稀であり2,さらに脳梗塞の合併については症例報告が散見される程度である3)~5.今回我々は甲状腺クリーゼを呈し,来院時のプロテインC活性が低値であった急性期脳梗塞の2例を経験した.過剰な甲状腺ホルモンが関与する脳梗塞の発症機序について考察し報告する.

症例

症例1

患者:43歳,男性

主訴:しゃべりにくさ,左手足の動かしにくさ

既往歴:特記事項なし.

家族歴:母親が甲状腺機能亢進症.

生活歴:喫煙なし.飲酒なし.

現病歴:約1年前から時折動悸を自覚していた.2020年12月某日16時頃,路上でふらつき転倒するところを目撃され,目撃者が救急要請した.16時40分に当院へ搬送された.

来院時現症:身長170 cm,体重57.2 kg,血圧148/92 mmHg,脈拍138/分・不整,呼吸数26/分,体温36.5°C,一般身体所見では両側眼球突出と甲状腺腫大があり,胸腹部に特記所見はなかった.皮疹はなく,関節腫脹もなかった.

神経学的所見:Glasgow Coma Scale(GCS)E4V3M6,眼球右共同偏倚,左半側空間無視,左顔面麻痺があり,中等度構音障害があった.左上下肢の麻痺は重度であった.National Institute of Health Stroke Scale(NIHSS)スコアは18であった.

検査所見:血液検査は白血球5,400/μl,赤血球537 × 104l,Hb 15.3 g/dl,血小板17 × 104l,CRP 0.07 mg/dlであった.凝固系は,PT-INR 1.2,APTT 26秒と基準値範囲内であったが,Dダイマー1.1 μg/ml(<1.0 μg/ml)であり,プラスミノーゲン56%(75~125%),プロテインC活性50%(64~146%)と低下していた.プロテインS抗原量74%(49~133%),アンチトロンビン活性76%(80~130%),α2プラスミンインヒビター・プラスミン複合体≦0.3 μg/ml(≦0.8 μg/ml),アンチプラスミン76%(85~115%)であった.BNPは271 pg/ml(≦18.4 pg/ml)と上昇していた.FT3 >32.5 pg/ml(2.3~4.0 pg/ml)とFT4 >7.77 ng/dl(0.90~1.70 ng/dl)は上昇し,TSH <0.005 μIU/ml(0.50~5.00 μIU/ml)と低値であった.甲状腺刺激抗体と抗TSH受容体抗体は陽性であった.心電図で心房細動があり,経胸壁心エコー検査で,左房径は50 mmと拡大していた.頭部単純MRIの拡散強調画像で右側頭葉から頭頂葉にかけて高信号があった(Fig. 1A).Fluid-attenuated inversion recovery(FLAIR)で脳実質の信号変化はなかったが,血流うっ滞を反映するFLAIR hyperintense vessel signが脳溝内に検出された(Fig. 1B).MR angiography(MRA)で右中大脳動脈M2が閉塞していた(Fig. 1C).

Fig. 1 Case 1.

A) Diffusion-weighted imaging reveals the high intensity legion in the right insular cortex, frontal lobe, and anterior temporal lobe. B) Fluid-attenuated inversion recovery imaging shows no abnormal intensity in the lesions whereas hyperintense vessel sign emerges in cerebral sulci (small arrow). C) Magnetic resonance angiography demonstrates the right middle cerebral artery occlusion (arrow). D) Right internal carotid angiography shows the right middle cerebral artery M2 occlusion prior to mechanical thrombectomy (arrow). E) The middle cerebral artery is recanalized at the end of the procedure.

入院経過:発症82分,搬送後42分でアルテプラーゼ静注療法が開始され,引き続き経皮的脳血栓回収術が施行された.来院から59分で鼠径穿刺がなされた.Solitaire 6 × 40(Medtronic, Minneapolis, MN, USA)を右中大脳動脈M2下行枝から展開し,血栓回収を行った.暗赤色の血栓が回収され,Thrombolysis in Cerebral infarction 2bの再開通が得られた(Fig. 1D, E).頻脈,甲状腺腫大,眼球突出があり,FT3,FT4高値,TSH低値,抗TSH受容体抗体と甲状腺刺激抗体陽性からBasedow病と診断された6.甲状腺中毒状態で,130回/‍分以上の頻脈と,中枢神経症状があったため,甲状腺クリーゼと判断され7,チアマゾール45 mgとヒドロコルチゾン300 mgで加療を開始された.第2病日に,ヨウ化カリウム150 mgが追加された.甲状腺機能の改善とともに,ヒドロコルチゾンは第6病日までで漸減・中止され,チアマゾールとヨウ化カリウムも漸減された.比較的虚血巣が広範囲であったため,ダビガトラン300 mgは第9病日から開始された.左上肢巧緻運動障害が残存した.第25病日に自宅退院した.チアマゾールは10 mgまで減量された.発症約8ヶ月後の血液検査で,FT4 0.90 ng/dl,TSH 0.032 μIU/mlであり,プラスミノーゲン81%,プロテインC活性110%と基準範囲内に改善していた.

症例2

患者:66歳,女性

主訴:言葉が出にくい

既往歴:高血圧症.緩徐進行1型糖尿病.心房細動.陳旧性脳梗塞.右中大脳動脈閉塞.左内頸動脈および中大脳動脈高度狭窄.習慣性流産なし.

家族歴:祖母が脳内出血.母が脳梗塞.甲状腺疾患の家族歴はない.

生活歴:喫煙なし.飲酒なし.

現病歴:2017年5月,左前頭葉に脳梗塞を発症し,右中大脳動脈閉塞,左内頸動脈・中大脳動脈高度狭窄を指摘された.その後,時折動悸を自覚していた.2021年5月,かかりつけ医で心房細動を指摘され,エドキサバン30 mgが開始された.同年6月某日15時30分頃に言葉が出にくく,体動困難となっているところを発見され,18時10分に当院へ救急搬送された.

来院時現症:身長152 cm,体重37 kg,血圧138/89 mmHg,脈拍140/分・不整,体温38°C,一般身体所見では両側眼球突出があり,甲状腺は腫大していた.皮疹はなく,関節腫脹もなかった.胸腹部に特記所見はなかった.

神経学的所見:GCS E3V3M5,全失語と徒手筋力テストで4程度の右片麻痺,右上下肢の触覚低下が軽度あり,NIHSSスコアは9であった.両手指に姿勢時振戦があった.

検査所見:血液検査で白血球6,700/μl,赤血球439 × 104l,Hb 11.2 g/dl,血小板7 × 104l,CRP 0.34 mg/dlであった.PT-INR 1.79と上昇し,APTT 38.4秒とやや延長していた.Dダイマー1.1 μg/mlで,プラスミノーゲン63%,プロテインC活性45%と低下していた.プロテインS抗原量65%,アンチトロンビン活性97%,α2プラスミンインヒビター・プラスミン複合体0.6 μg/ml,アンチプラスミン92%であった.BNPは1,680 pg/mlと上昇していた.FT3 >32.5 pg/ml,FT4 >7.77 ng/dlと上昇し,TSH <0.005 μIU/mlと低値であった.甲状腺刺激抗体と抗TSH受容体抗体は陽性であった.頭部単純MRIの拡散強調画像で左前頭葉から頭頂葉にかけて急性期脳梗塞があり(Fig. 2A),同部位はFLAIRで高信号であった(Fig. 2B).MRAで両側中大脳動脈は水平部から末梢が描出不良であった(Fig. 2C).

Fig. 2 Case 2.

A) Diffusion-weighted image reveals the high intensity legion in the left frontal lobe and parietal lobe. B) Fluid-attenuated inversion recovery imaging reveals the high intensity in the lesions. C) Magnetic resonance angiography shows severe stenosis or occlusion of the bilateral middle cerebral artery (arrow).

入院経過:心房細動があったためエドキサバン30 mgが継続された.頻脈,甲状腺腫大,眼球突出があり,FT3,FT4高値,TSH低値,抗TSH受容体抗体と甲状腺刺激抗体陽性からBasedow病と診断された6.甲状腺中毒状態で,38°Cの発熱,130回/分以上の頻脈,消化器症状(下痢),心不全症状(肺水腫)があったため,甲状腺クリーゼと判断された7.チアマゾール45 mgとヒドロコルチゾン200 mg,ヨウ化カリウム150 mgで加療が開始された.150回/分以上の頻脈が持続し,第5病日にGCS E2V1M5と意識障害が進行したため,集中治療室での加療を開始された.血漿交換療法が行われ,チアマゾール60 mg,ヒドロコルチゾン300 mgへ増量された.甲状腺機能は基準値範囲内へ改善し,第11病日に集中治療室を退室した.第18病日,運動性失語,右不全片麻痺が残存し,回復期リハビリテーション病院へ転院した.発症約4か月後,右片麻痺,失語が残存していた(NIHSSスコア8; modified Rankin scale 3).血液検査では,FT4 0.98 ng/dl,TSH 0.073 μIU/mlであり,プラスミノーゲン83%,プロテインC活性78%と基準値範囲内に改善していた.

考察

今回我々は,来院時に甲状腺クリーゼを呈し,プロテインCが低下していた急性期脳梗塞の2例を報告した.プロテインCの低下により,凝固カスケードの進展を抑制することができず,1例目は左房拡大による心房内の血流うっ滞部で,2例目は高度狭窄による動脈内の血流うっ滞や灌流不全がある部位で血栓が形成され,脳梗塞が発症した可能性が考えられた.

活性化プロテインCは活性化第VIII因子と活性化第V因子を分解することにより凝固カスケードの進展を抑制する.また,血小板や血管内皮から分泌されるプラスミノゲンアクチベーターインヒビターIを中和することにより線溶を亢進させる作用もある89.プロテインCが低下すると,これらの作用が制限されることにより血栓傾向になると考えられる.甲状腺クリーゼでプロテインCが低下した理由として,セリンプロテアーゼインヒビターであるプロテインCインヒビターの関与が考えられる.プロテインCインヒビターはFT4と強い正の相関関係(r = 0.969; P = 0.0065)があることが示されており10,甲状腺クリーゼの患者ではプロテインCインヒビターがプロテインC活性を低下させるのかもしれない.

自己免疫性甲状腺疾患では凝固線溶系マーカーの異常が血栓症と関連することが指摘されている11.プロテインC活性値については,甲状腺機能亢進症患者30人(FT4, 1.45~7.77 pg/dl)と正常群25人(FT4, 1.1~1.53 pg/dl)との比較で,有意に低下していた報告はあるが12,正常群と差がなかったという報告もあり13,一定の見解は得られていない.今回の甲状腺クリーゼの2症例では,プロテインC活性の低下が脳梗塞発症の一因となっていたのかもしれない.ただし,甲状腺機能亢進症において他の凝固線溶系マーカーの影響も考慮する必要がある.甲状腺ホルモンが過剰な状況で,第IX因子活性値の上昇とvon Willebrand Factorの増加が報告されている14.今回の2症例では測定されていなかったが,血栓傾向に関与した可能性があった.また,自己免疫性甲状腺疾患の患者で抗リン脂質抗体が検出されることは稀ではないが,抗リン脂質抗体症候群の臨床的特徴(静脈及び動脈塞栓症,血小板減少,習慣性流産)を呈することはないとされる.そのため,自己免疫性甲状腺疾患患者の抗リン脂質抗体は自己反応性B細胞クローンの過剰な刺激による副産物であると考えられている1516.今回の自己免疫性甲状腺疾患の2症例では,抗リン脂質抗体は測定されておらず,その血栓塞栓症への関与については不明であった.

プロテインC欠乏症では血流がうっ滞しやすい静脈での血栓症が知られているが17)~20,一方で動脈塞栓症の発症とはあまり関係がないことが示唆されており2122,脳梗塞を含む動脈塞栓症の症例報告が散見される程度である23)~25.今回の2症例は先天性プロテインC欠乏症ではなかったが,プロテインCが低下しており心臓内や動脈内の血栓形成の一因であった可能性が考えられた.症例1は心房細動と左房拡大があった.Population-based case-control研究で左房拡大は40~59歳の脳梗塞の独立した発症予測因子であった26.うっ滞した左房内で,プロテインC活性の低下が血栓形成を助長した可能性が推測された.症例2の虚血巣は中大脳動脈高度狭窄部よりも末梢に散在性であったため,心房細動による塞栓症は考えにくかった.脳主幹動脈閉塞性病変が主病態であるもやもや病の脳梗塞は,画像上,塞栓症パターンが83.7%と多かったことから,閉塞部の血流低下部位で血栓が形成され,塞栓症を起こす機序が推定されている27.症例2では,プロテインC低値により,高度狭窄部から末梢の血流がうっ滞した部分で血栓形成が助長された可能性は考慮された.

甲状腺クリーゼ状態であった急性期脳梗塞の2例を報告した.FT4が高度に上昇している場合,プロテインC活性値が低下し,凝固能が亢進する可能性がある.その結果,動脈系において血流のうっ滞が起こりうる病変が存在する場合は,脳梗塞を起こす可能性がある.甲状腺クリーゼが急性期脳梗塞の誘因となることを念頭に置いておくことは重要である.

Notes

本報告の要旨の一部は,第233回日本神経学会九州地方会で発表した.

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

文献
 
© 2022 Japanese Society of Neurology

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