2022 Volume 62 Issue 3 Pages 184-189
症例は生来健康な全く既往のない31歳男性.コロナウィルス修飾ウリジンRNAワクチン(トジナメラン)接種翌日より頭痛および繰り返す嘔吐を認めた.接種4日後には左半身の痺れも自覚し,当院救急外来受診.MRIで脳静脈洞血栓症と診断し,抗凝固療法を開始した.治療開始後症状は徐々に改善を認め,フォローアップのMRIでは閉塞静脈洞の大部分で再開通を認めた.採血上明らかな血栓性素因はなく,コロナウィルスの感染も否定的であった.ワクチン接種24時間以内に発症した脳静脈洞血栓症の1例を経験したが,両者の因果関係については今後より大規模な症例の蓄積から判断を行う必要がある.
A 31-year-old man visited our hospital due to experiencing severe headaches, vomiting, and hypesthesia in the left side of his body. He had no past illnesses and had had no severe headaches before. The symptoms started the day after receiving the coronavirus disease 2019 (COVID-19) vaccination with Tozinameran. An MRI revealed cerebral venous sinus thrombosis and high intensity (DWI & FLAIR) of the right thalamus. Anticoagulant therapy was initiated, and his symptoms improved gradually. The follow-up MRI showed recanalization in a large part of the occluded venous sinuses. Most of the coagulation tests were normal, except for slightly high value of D-dimer, and the polymerase chain reaction (PCR) test for severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 (SARS-CoV-2) was negative. Further cases are needed to judge if there is some sort of relationship between the vaccination and the cerebral venous sinus thrombosis.
脳静脈洞血栓症は,血栓による脳静脈洞の閉塞から静脈の鬱滞を生じ,脳実質に梗塞や出血,浮腫性変化などを生じる疾患である.発症率は成人の10万人に約1.3人1),全脳卒中の約0.5~1%と発症頻度は稀である2).今回,生来健康で既往歴のない若年男性がコロナウィルス修飾ウリジンRNAワクチン(トジナメラン)接種24時間以内に脳静脈洞血栓症を発症した症例を経験したため報告する.
症例:31歳男性
主訴:頭痛,嘔吐,左半身の感覚障害
既往歴:特記なし,常用薬なし.
家族歴:父 肺癌,糖尿病.
現病歴:コロナウィルス修飾ウリジンRNAワクチン(トジナメラン)接種(第1回目)翌日(第1病日)より今まで経験したことのない強い頭痛および繰り返す嘔吐が出現し,頭痛が増悪したため第4病日当院救急外来受診.来院時頃より左半身に軽度の痺れを自覚するようになった.
初診時現症:意識清明.頭痛・嘔気あり.左半身に軽度感覚鈍麻あり.明らかな麻痺なし.その他特記すべき神経学的異常所見なし.
検査所見:白血球8,700/μl,Hb 15.0 g/dl,血小板23.4 × 104/μl,PT-INR 1.1,APTT 25.1秒,フィブリノーゲン307 mg/dl,FDP定量(血漿)3.4 μg/ml,D-dimer 1.2 μg/ml,AT-III 110.1%,総ホモシステイン9.3 nmol/ml,リポ蛋白(a)9 mg/dl,プロテインC抗原量118%,プロテインS抗原量92%,抗核抗体(ANA)40未満,ループスanticoagulant(AC(ラッセル蛇毒法))中和前46.2秒,中和後37.4秒,ループスAC(DRVVT)1.24,抗カルジオリピンIgG 8未満,coronavirus disease 2019(COVID-19)-polymerase chain reaction(PCR)陰性.
画像所見:MRIではDWIおよびFLAIRで右視床に淡い高信号を認め(Fig. 1),magnetic resonance venography(MRV)では両側basal vein of Rosenthalおよびinternal cerebral veinからgreat vein of Galen,straight sinusにかけて閉塞の所見を認めた.左transverse sinusも血栓による高度狭窄が疑われた(Fig. 2).

A: DWI shows an obscure hyperintensity in the right thalamus. B: FLAIR image shows a hyperintensity in the right thalamus.

A: MRV shows non visualization of deep cerebral veins (arrows); bilateral basal veins/internal cerebral veins~great vein of Galen~straight sinus. B: MRV shows severe stenosis of the left transverse sinus (arrows).
下肢静脈エコー所見:下肢静脈に血栓の所見を認めなかった.
経過:脳静脈洞血栓症の診断で第4病日入院とし,ヘパリンの投与を開始した.第5病日脳血管撮影を行ったが,左横静脈洞の高度狭窄はやや改善を認めたものの,来院時とほぼ同様の所見であった(Fig. 3).入院後症状は徐々に軽快し,第7病日よりヘパリンをdirect oral anticoagulant(DOAC)に変更した.造影CT(CT venography)およびMRI(MRV)でフォローを行ったところ,左横静脈洞の所見はさらに改善を認めたが,閉塞部位の所見に変化を認めなかった.造影CT時に合わせて撮影した胸腹部CTではmalignancyの所見を認めなかった.severe acute respiratory syndrome coronavirus 2(SARS-CoV-2)のPCR検査も陰性であった.入院後の経過は良好で,症状も軽快したため第8病日自宅退院となった.第17病日初回外来時には症状なし.MRIでは初診時DWIおよびFLAIRで見られた右視床の淡いhigh intensity area(HIA)は消失し(Fig. 4),MRVではinternal cerebral veinからgreat vein of Galen,straight sinusに至る部位の再開通を認めた(Fig. 5).また,第6病日に撮影したMRI susceptibility-weighted imaging(SWI)と比較すると,閉塞静脈および静脈洞の信号に有意な改善を認めた(Fig. 6).

A: Non visualization of deep cerebral veins (arrows). B: Cerebral angiography shows some improvement of stenosis of the left transverse sinus (arrows).

A: DWI shows no hyperintensity in the right thalamus. B: FLAIR image shows no hyperintensity in the right thalamus.

A: MRV shows recanalization of internal cerebral veins~great vein of Galen~straight sinus (arrows). B: MRV shows improvement of stenosis of the left transverse sinus.

A/B/C: SWI on Day 6 shows hypointensities (arrows) suggesting congestion in the right basal vein/bilateral internal cerebral veins~great vein of Galen~straight sinus. D/E/F: SWI on Day 17 shows improvement of hypointensities seen in the SWI on Day 6.
本症例を論文発表するにあたり,患者本人から同意を得た.
本症例は,生来健康で既往歴の全くない若年成人に発症した脳静脈洞血栓症である.成人の脳静脈洞血栓症では17~27%は原因不明とされる3)が,本症例でもD-dimerの軽度上昇以外に特記すべき検査結果の異常はなく,一般に知られている血栓性素因は同定できなかった.常用薬もなかった.また,繰り返す嘔吐はあったが,飲水は十分できており,採血やバイタルサインなどから脱水の所見は認めなかった.COVID-19は2019年12月中国武漢でアウトブレイクが認められて以降急速に世界中に広まり,感染による血栓性合併症の一つとして脳静脈洞血栓症が知られている4).本症例ではSARS-CoV-2のPCR検査も繰り返し行ったが全て陰性であり,感染は否定的であった.また,COVID-19ワクチンが世界中で急ピッチで開発され,本症例経験時わが国では医療従事者へのワクチン(コロナウィルス修飾ウリジンRNAワクチン(トジナメラン))接種が先行して行われていた.新型コロナウィルス感染症の感染制御のためにはワクチン接種が極めて有益と考えられるが,海外ではChAdOx1 nCoV-19(Oxford/AstraZeneca)ワクチン接種による副反応の一つとして脳静脈洞血栓症の可能性が示唆され,その機序にヘパリン起因性血栓性血小板減少症(heparin-induced thrombocytopenia,以下HITと略記)類似の病態が指摘されている5)6).自己免疫性HITと同様に,血小板第4因子と多価陰イオン(ヘパリン類似体)やワクチンに含まれるfree-DNAなどが複合体を形成し,その複合体に対して形成された抗体が血小板の活性化を惹起する可能性が想定されている7).ワクチン接種に伴う血栓性血小板減少症(vaccine-induced immune thrombotic thrombocytopenia,以下VITTと略記)はワクチン10万回の接種に対し約1例と報告されており稀な合併症である8).血小板減少を伴う脳静脈洞血栓症に限るとその頻度はさらに低く,アデノウィルスベクターワクチンであるAd26.COV2.S COVID-19(Janssen/Johnson & Johnson)ワクチンに関するSeeらの報告では,700万回の接種に対し6例であった9).
本症例では,血小板は初診時(第4病日)23.4 × 104/μl,第7病日21.1 × 104/μl,第18病日30.1 × 104/μlであり,血小板減少を認めなかった.また,第24病日に測定した抗血小板PF4抗体は陰性であった.ChAdOx1 nCoV-19はアデノウィルスベクターワクチンであるのに対し,トジナメランはmRNAワクチンであることから前者と構造上の相違があり,トジナメランにもChAdOx1 nCoV-19とは異なる機序の血栓性合併症が生じる可能性は否定できない.この点,Diasらは,血小板減少や抗血小板PF4抗体陽性を伴わないトジナメラン投与後の脳静脈洞血栓症の症例を2例報告している.1例は経口避妊薬を内服中,もう1例は腎癌の合併を強く疑われ,両者ともに血栓性素因を持ちうる症例であるため,ワクチン接種との因果関係の解釈には注意を要する10).
現在投与されているCOVID-19の主なワクチンは,アデノウィルスベクターワクチンであるChAdOx1 nCoV-19ワクチン(チンパンジーアデノウィルス)とAd26.COV2.S COVID-19ワクチン(ヒトアデノウィルス),mRNAワクチンであるトジナメラン(BNT162b2)とmRNA-1273(Moderna)に分類される.脳静脈洞血栓症は主にアデノウィルスベクターワクチンで報告が多いが,ワクチン接種数の増加に伴いmRNAワクチンでも症例が蓄積されつつある11).前者はウィルス複製に必要なE1プロモーター領域を欠失させたアデノウィルス内にSARS-CoV-2のスパイクタンパク質の遺伝子を組み込んだものであるのに対し,後者はSARS-CoV-2のスパイクタンパク質を発現させるmRNAを脂質ナノ粒子に含有させたものである.VITTの機序として,様々な仮説が提唱されている12).例えば,組織型プラスミノーゲンアクチベーター(tissue plasminogen activator,以下tPAと略記)投与後の血小板減少症例が報告されているが,アデノウィルスベクターワクチンにはtPAのリーダー配列が含まれ(mRNAワクチンには含まれない),同様の機序が関与する可能性がある.また,アデノウィルス感染自体が低頻度ではあるが血小板減少を起こしうる.ChAdOx1 nCoV-19ワクチンとAd26.COV2.S COVID-19ワクチンの違いとしては,各ベクターが細胞侵入の際に用いるレセプターが異なり,前者はcoxackie and adenovirus receptor(CAR)に結合して血小板と相互作用をしうるのに対し,後者はCD46受容体と結合し補体経路をアップレギュレーションすることで血栓症に関与しうる.このような違いが両者の血栓性血小板減少症の頻度の違いを説明できる可能性がある.次に,アデノウィルスベクターワクチンおよびmRNAワクチンがともに発現するスパイクタンパク質は,宿主細胞表面にあるへパラン硫酸プロテオグリカン(heparan sulfate proteoglycans),C型レクチン受容体(C-type lectin receptors),細胞外マトリックスメタロプロテアーゼ(CD147)を潜在的なターゲットとしており,スパイクタンパク質がこれらと結合することによって補体経路が活性化され血栓症のイベントを引き起こしうると考えられている.以上のように様々な仮説があるが,アデノウィルスベクターワクチンとmRNAワクチンの間には共通点・相違点がそれぞれ存在するため,血栓性合併症の機序についても同一もしくは異なる説明が可能である.
脳静脈洞血栓症に対する治療としては2011年のAmerican Heart Association/American Stroke Association(AHA/ASA)および 2015年のEuropean Stroke Organization(ESO)のガイドラインで抗凝固療法(ヘパリンやVitamin K antagonist(VKA))が推奨されている13)14).本例は,ChAdOx nCoV-19における脳静脈洞血栓症の合併症に,HIT類似の病態が関与しているとする報告5)6)がなされる前に発症した症例であり,後方視的にはヘパリンの使用は病態を悪化させる危険があるとの指摘も考えられるが,発症急性期には上記ガイドラインに従い,ヘパリンを投与した.また,上記ガイドラインでは脳静脈洞血栓症に対するDOACのエビデンスは不十分とされるが,DOACが奏効したとする報告も散見される15)~18).本症例では医師でもある患者にとって最善の治療を患者とともに考えた結果,適応外使用ではあるがDOAC(エドキサバン)を選択し,倫理委員会による承認も得た.結果として症状の改善に加え,閉塞静脈洞の再開通を認めた.今後も外来で画像による経過観察を行い,DOACの中止時期に関して検討していく方針である.今後わが国を含む全世界の多くの地域でコロナウィルス修飾ウリジンRNAワクチン(トジナメラン)が接種される見込みであり,副反応の蓄積が予想されるが,ワクチンとの関連を慎重に見極める必要がある.
コロナウィルス修飾ウリジンRNAワクチン(トジナメラン)接種24時間以内に発症した脳静脈洞血栓症の症例を経験した.両者の因果関係については,今後より大規模な症例の蓄積から判断を行う必要がある.
※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.