2022 Volume 62 Issue 5 Pages 369-374
症例は既往歴のない63歳女性.3日前からの異常言動を主訴に救急受診した.診察では軽度の意識障害がみられた.血液検査と髄液検査に異常はなく,頭部MRI拡散強調画像(diffusion-weighted image,以下DWIと略記)で両側前頭葉のU-fiber領域に高信号をみとめ,画像所見から神経核内封入体病(neuronal intranuclear inclusion disease,以下NIIDと略記)を疑った.皮膚生検で抗p62抗体陽性の核内封入体を,遺伝子検査でNOTCH2NLC遺伝子のGGCリピート延長をみとめ,NIIDと診断した.NIIDは慢性進行性であることが多いが,DWIにてU-fiber領域に高信号をみとめる症例では,急性発症の症状であっても積極的に皮膚生検,遺伝子検査を考慮すべきである.
A 63-year-old woman with no medical history of note developed acute-onset abnormal behavior persisting for one week. Mild disturbance of consciousness was noted on physical examination. Her blood and spinal fluid test results were normal. On brain MRI, diffusion-weighted image showed a high-intensity signal in U-fiber areas of the bilateral frontal lobes, and fluid-attenuated inversion recovery showed white matter lesions. We suspected neuronal intranuclear inclusion disease (NIID) based on brain MRI findings; therefore, we performed a skin biopsy and genetic test. Pathological findings of the skin biopsy revealed the presence of anti-p62-positive intranuclear inclusion bodies in fibroblasts and adipocytes. The genetic test showed GGC repeat expansion of NOTCH2NLC, but no mutation of FMR1. Thus, we diagnosed her with NIID. The acute-onset abnormal behavior was improved by levetiracetam. The present case indicates that patients with a high-intensity area in the corticomedullary junction should undergo a skin biopsy, even though they may present with non-specific symptoms such as acute-onset abnormal behavior.
神経核内封入体病(neuronal intranuclear inclusion disease,以下NIIDと略記)は,病理組織にてエオジン好性の核内封入体が神経系細胞や全身の臓器にみとめられる慢性進行性の神経変性疾患として,1968年に初めて報告された1).多彩な臨床症状を呈すること,発症年齢が幅広いことからNIIDの臨床診断は困難であり,診断も剖検時の病理診断によりおこなわれてきた.2011年にSoneらにより皮膚生検が診断に有用であることが報告されて以降2),頭部MRIでの特徴的な画像所見3)とあわせて生前診断できる症例が増加している.今回我々は急性発症の異常言動を呈し,特徴的な画像所見と皮膚生検,遺伝子検査からNIIDの診断に至った症例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.また発表に際し,本人様の同意を得た上で報告しています.
症例:63歳,女性
主訴:言動がおかしい
既往歴:なし.
内服薬:サプリメント含めてなし.
家族歴:類似疾患なし.
生活歴:喫煙なし.機会飲酒.出生地は京都府丹後地方.職業は事務仕事.
現病歴:X−4日から体調がすぐれず,仕事を休んだ.X−3日,妹が電話をした事実は無いにも関わらず,妹から電話があった旨の問い合わせを妹にした.X日,気になった妹が様子を見に行くと,存在しないセミナーに参加してきたなど言動がおかしかったため,当院を救急受診した.
入院時一般身体所見:身長157 cm,体重50 kg,血圧146/91 mmHg,脈拍数75回/分・整,体温36.0°C.胸腹部・四肢に特記すべき一般身体所見はなかった.神経学的には簡単な口頭指示に従うが会話が一部噛み合わず,JCS I-1の軽度意識障害がみられた.項部硬直はなく,失語や共同偏視などの皮質症状はみとめなかった.瞳孔は両側ともに正円同大で2 mmと縮瞳しており,対光反射は明らかでなかった.運動系では四肢の筋力低下はなく,けいれん様運動や筋強剛などの錐体外路症状もなかった.感覚系にも異常はなかった.運動失調も明らかでなく,歩行は安定していた.四肢腱反射の減弱・亢進なく,病的反射は陰性であった.自律神経系では起立性低血圧や膀胱直腸障害はなかった.
検査所見:高次機能検査ではMMSE25/30点(X + 4日;時間的見当識−1,地理的見当識−1,計算−2,遅延再生−2),FAB13/18点(X + 4日;類似性−1,語の流暢性−1,運動系列−2,葛藤指示−1)であった.一般血液検査では異常はみとめなかった.抗核抗体や抗SS-A抗体,抗SS-B抗体,MPO-ANCA,PR3-ANCA,ACEは陰性であった.腫瘍マーカーや乳酸,ピルビン酸の上昇はなく,甲状腺機能異常やビタミンB1,ビタミンB12の低下もみられなかった.脳脊髄液検査では細胞数や蛋白の上昇はなく,HSVおよびVZVウイルス抗体価の上昇もなく,細胞診は陰性であった.神経伝導検査では異常をみとめなかった.脳波検査(Fig. 1)では両側前頭葉に低振幅δ波と左後頭部に棘波がみられた.頭部MRIの拡散強調像(diffusion-weighted image,以下DWIと略記)では両側前頭葉のU-fiber領域に高信号をみとめた(Fig. 2A).同部位ではapparent diffusion coefficient値の低下はみとめなかった.Fluid attenuated inversion recovery画像ではびまん性の白質病変がみられた(Fig. 2B).縮瞳がみられた事から交感神経障害を想定し123I-MIBG心筋シンチグラフィーを確認したが低下はなかった.頭部造影MRIではDWIでの高信号部位に造影効果はみられなかった.皮膚生検を両側上肢と両側大腿内側,下腹部からおこない,線維芽細胞と汗腺細胞,脂肪細胞に抗p62抗体陽性の核内封入体を多数みとめた(Fig. 3 A~C).遺伝子検査ではFMR1遺伝子の変異はなく,NOTCH2NLC遺伝子のGGCリピート延長がみられた.
A: Low-amplitude, intermittent delta wave in bilateral frontal lobe. B: Moderate-amplitude spike at left posterior lobe(arrow).
A: Diffusion-weighted image (DWI) [3 T, b = 1,000, TR: 4,860 ms, TE: 72 ms] shows a linear high-intensity area beneath the bilateral frontal cortex. B: Fluid-attenuated inversion recovery image [3 T, TR: 12,000 ms, TE: 97 ms] shows a diffuse white matter high-intensity area.
Immunohistochemistry reveals anti-p62-positive intranuclear inclusion bodies in a fibroblast (A), sweat glands (B), and an adipocyte (C) in the skin (arrows). Scale bars: 10 μm.
入院後経過(Fig. 4):神経所見として急性発症の異常言動がみられた.頭部画像所見からNIIDを疑ったが,発症様式と症状からヘルペスウイルスによる急性脳症やてんかんの可能性があり,アシクロビルとレベチラセタムによる治療を開始した.頭部造影MRIではDWI画像での高信号部位に造影効果はみとめず,髄液検査も正常であったため,炎症性の病態は無いと考え,ステロイドは投与しなかった.入院後に速やかに異常言動は改善した.特徴的な画像所見からNIIDを疑ったため,X + 1日に皮膚生検を実施し,病理所見にて抗p62抗体陽性の核内封入体を多数みとめ,FMR1遺伝子の変異がなかったため,NIIDと暫定診断した.アシクロビルは髄液中のヘルペスウイルスに対する抗体陰性を確認した後に終了した.脳波検査にて左後頭部に棘波をみとめたこと,抗てんかん薬が奏効したことよりNIIDを背景とした焦点てんかんと考え,レベチラセタム1,000 mgにてX + 15日に自宅退院した.退院後にNOTCH2NLC遺伝子のGGCリピートの延長が判明し,NIIDと確定診断した.退院後は同様の発作はなく経過し,職場復帰された.X + 243日後のMMSE 29点(3段階命令-1),FAB12点(類似性−1,語の流暢性−1,運動系列−2,Go/No-Go−2)であり,MMSEは改善がみられた.
On admission, an anti-epileptic drug and acyclovir were initiated and continued. Her abnormal behavior rapidly improved after medication. She was discharged home 15 days after admission. LEV; levetiracetam, ACV; acyclovir.
本症例は,特徴的な頭部MRI画像と皮膚生検,遺伝子検査によりNIIDと診断し,急性発症の異常言動からNIIDに伴うてんかんと考えた1例である.
NIIDはエオジン好性の核内封入体が神経系細胞と全身臓器にみられる進行性の変性疾患である.この核内封入体はユビキチンとp62により染色される3).また,この封入体は中枢神経系と末梢神経系に広く分布するが,顕著な神経細胞脱落を示すとは限らず,その程度と部位は症例ごとに異なるため,症例により臨床徴候が異なる.また発症年齢も乳児期から70歳代と幅広く4),診断は主に剖検による病理診断にておこなわれていたため,生前の臨床診断は困難であった.直腸生検による腸管神経叢の検討5)6)や末梢神経生検によるSchwann細胞の検討7)などが生前診断の方法として議論されたが,いずれの方法も侵襲が大きいことが問題点であった.
2011年に家族性NIIDの検討から皮膚生検の有効性が報告2)されて以降,生前診断される症例が飛躍的に増加した.Fujigasakiらは2003年に30例程度のNIIDについて報告しており,発症年齢から小児型(≦5歳発症),若年発症型(小児・成人期発症かつ10年以上の臨床経過),成人発症型(≧50歳発症),家族内発症に分類し,本症例のような成人発症型は慢性経過での記憶障害,認知機能障害が特徴的としている8).曽根は家族例23例を含む,成人発症のNIID 121例を報告している.孤発性NIIDでは平均発症年齢64.1歳で慢性経過の物忘れを主訴に受診する症例が大半を占める.臨床所見として認知機能低下が93.3%と最も多く,縮瞳が58.5%,失調が47.8%と続く.検査所見としてはDWIでの皮髄境界の高信号を98.9%,白質病変を97.8%で,神経伝導検査での運動神経伝導速の低下を91.9%でみとめたと報告している4).本例でみられた異常言動は25.3%,脳炎様症状は24%でみとめ4),統合失調症の診断を受けた例9)や意味不明な言動をきたした例10),鍵の使い方がわからなくなった例11)などが報告されている.発症様式について,緩徐進行性以外に急性発作で発症することもあり,一過性の健忘12)や一過性の小脳失調13)をきたした例などが過去に報告されている.急性発作の病態として,脳血流変化の関与やてんかん発作が推測されている13)14).Fujitaらは発作性の失語と右片麻痺をきたしたNIID例において,急性期に左大脳半球の血流が低下,その後同部位の血流が増加したことから,NIIDの急性発作と片頭痛の関連も指摘している15).本例は寛解期(X + 41日)の脳123I-IMP-SPECT(Fig. 5)にて血流変化はみとめなかったが,脳波検査で左後頭部にてんかん放電をみとめ,発症様式と経過からてんかん発作の関与を強く疑い,レベチラセタムを開始した.てんかんを合併したNIID例について,我々が渉猟し得た範囲では過去に3例の報告があった(Table 1)14)16)17).臨床症状は様々であったが,2例は単剤の抗てんかん薬でてんかん発作をコントロールできており,治療反応性は比較的良好であった.本例でも単剤の抗てんかん薬で症状は改善し,その後も再発なく経過している.本例で異常言動をきたした責任病巣について,海馬や扁桃体への刺激にて幻覚が生じたとする報告18)や 海馬硬化症による側頭葉てんかんでdreamy stateやせん妄,幻覚を生じた症例の報告19)から,側頭葉であったと考えた.ただ本例ではてんかんの焦点が左後頭部に存在しており,左後頭部のてんかん放電が側頭葉に波及したことにより,異常言動が生じたと推察した.
There were no specific findings of blood flow in the cerebral hemisphere.
Symptoms | EEG | Treatments | Clinical coarse | |
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Yamanaka et al.14) | disturbance of consciousness/seizure | sharp wave in the left frontopolar area/fast wave in the left central area which spreads to both hemispheres/delta wave in the bifrontal areas | diazepam/midazolam/carbamazepine/phenytoin | — |
Toyota et al.16) | loss of consciousness | spike in the left central and frontal areas | levetiracetam | recurrence 2 years after discontinuation levetiracetam |
Shindo et al.17) | paroxysmal nausea, vomiting/semi-comatose state | generalized bilateral periodic delta waves | phenytoin | no recurrence for 2 years |
Present case. | abnormal behavior | spike in the left posterior area/intermittent delta wave in bilateral frontal areas | levetiracetam | no recurrence for 8 months |
病理学的にNIIDと類似した核内封入体を伴い,頭部MRIにて白質病変をきたす疾患として脆弱X関連振戦/失調症候群(Fragile X-associated tremor/ataxia syndrome,以下FXTASと略記)がある20).NIID鑑別のためにFXTASの遺伝子検査(FMR1遺伝子),もしくはNIIDの原因遺伝子であるNOTCH2NLC遺伝子21)検査が推奨されており4),Kotaniらは歩行障害で受診し,頭部MRIで白質病変と皮髄境界にDWI高信号がみられ,皮膚生検でp62抗体陽性の核内封入体をみとめた3例において,最終的に遺伝子検査にてNIIDと確定診断できたと報告している22).本例でもFMR1遺伝子変異はなく,NOTCH2NLC遺伝子の変異をみとめたため,NIIDと確定診断した.
本症例でみとめた急性発症の異常言動は非特異的な症状であり,これのみで診断につなげることは難しい.頭部MRI-DWI画像でのU-fiber領域の高信号や瞳孔所見からNIIDを疑い,速やかに皮膚生検を実施し,脂肪細胞と汗腺細胞,線維芽細胞に抗p62抗体陽性の核内封入体を多数みとめた.最終的に遺伝子検査にてNOTCH2NLC遺伝子のGGCリピート延長もみられ,NIIDと確定診断に至ることができた.NIIDの病態についてはまだ不明な点も多く,今後疾患解明に向け症例を蓄積するためにも,非特異的な症状であっても特徴的な画像所見などをみとめた場合は積極的に本症を疑って皮膚生検,遺伝子検査を実施することが望ましい.
謝辞:病理・遺伝子診断をしていただくとともに,診断に関する貴重なご助言を頂戴いたしました,国立病院機構鈴鹿病院脳神経内科の曽根淳先生,当院病理診断科井村徹也先生,皮膚生検をしていただいた当院皮膚科中川弘己先生に深謝いたします.
※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.