2022 Volume 62 Issue 6 Pages 443-457
日本神経学会では,脳神経内科領域の研究・教育・診療,特に研究の方向性や学会としてのあるべき姿について審議し,水澤代表理事が中心となり国などに対して提言を行うために作成委員*が選ばれ,2013年に「脳神経疾患克服に向けた研究推進の提言」が作成された.2014年に将来構想委員会が設立され,これらの事業が継続.今回将来構想委員会で,2020年から2021年の最新の提言が作成された.この各論IIでは,疾患ごとに脳神経内科領域を分類し,各分野の専門家がわかりやすく解説するとともに,最近のトピックスについて冒頭に取り上げた.
*提言作成メンバー
水澤 英洋,阿部 康二,宇川 義一,梶 龍兒,亀井 聡,神田 隆,吉良 潤一,楠 進,鈴木 則宏,祖父江 元,髙橋 良輔,辻 省次,中島 健二,西澤 正豊,服部 信孝,福山 秀直,峰松 一夫,村山 繁雄,望月 秀樹,山田 正仁
(当時所属:国立精神・神経医療研究センター 理事長,岡山大学大学院脳神経内科学講座 教授,福島県立医科大学医学部神経再生医療学講座 教授,徳島大学大学院臨床神経科学分野 教授,日本大学医学部内科学系神経内科学分野 教授,山口大学大学院神経内科学講座 教授,九州大学大学院脳神経病研究施設神経内科 教授,近畿大学医学部神経内科 教授,湘南慶育病院 病院長,名古屋大学大学院 特任教授,京都大学大学院臨床神経学 教授,国際医療福祉大学大学院医療福祉学研究科 教授,東京大学医学部附属病院分子神経学特任教授,国立病院機構松江医療センター 病院長,新潟大学脳研究所臨床神経科学部門神経内科学分野,新潟大学脳研究所フェロー,同統合脳機能研究センター産学連携コーディネーター(特任教員),順天堂大学医学部神経学講座 教授,京都大学大学院高次脳機能総合研究センター 教授,国立循環器病研究センター病院長,東京都健康長寿医療センター研究所 高齢者ブレインバンク,大阪大学大学院神経内科学 教授,金沢大学大学院脳老化・神経病態学 教授)
The Japanese Society of Neurology discusses research, education, and medical care in the field of neurology and makes recommendations to the national government. Dr. Mizusawa, the former representative director of the Japanese Society of Neurology, selected committee members and made “Recommendations for Promotion of Research for Overcoming Neurological Diseases” in 2013. After that, the Future Vision Committee was established in 2014, and these recommendations have been revised once every few years by the committee. This time, the Future Vision Committee made the latest recommendations from 2020 to 2021. In this section II, we will discuss clinical and research topics of neurology categorized by the diseases. In each field, the hot topic of the disease was described by the expert.
トピックス
● 脳梗塞急性期の血栓回収療法の適応時間が24時間まで延長された.
● 発症時刻不明の脳梗塞症例に対して,脳画像診断を駆使することによりアルテプラーゼを投与することが可能となった.
● 脳梗塞急性期から亜急性期にかけての細胞治療療法の開発がすすんでいる.
● 脳卒中再発予防に厳格な血圧管理が有用であることが証明された.
脳血管障害(脳卒中)とは脳血管異常に起因する脳障害である.脳動脈閉塞による「脳梗塞」,脳内細動脈の破綻による「脳出血」,脳動脈瘤破裂等による「クモ膜下出血」に大別される.本疾患は,我が国の死亡原因の第4位(悪性新生物,心疾患,肺炎に次ぐ),要介護性疾患の第2位(寝たきり原因の約4割)を占める.総患者数は300万人以上と膨大であり,さらなる患者数増加が予測されている.超高齢化が急速に進行する我が国において,本疾患の効果的な治療と予防の実現は,喫緊の課題である.
脳血管障害は,高血圧,糖尿病,脂質代謝異常,心房細動などの心疾患,喫煙,メタボリックシンドローム,睡眠時無呼吸,慢性腎臓病など多くの危険因子が判明しているが,その関与は個人差が大きく,危険因子間の相互作用も不明な点が多い.また従来原因不明とされた脳梗塞の大部分は塞栓性梗塞である事から,Embolic Strokes of Undetermined Sourcesという新しい概念も提唱されている.
上記の危険因子の早期発見と治療介入が脳血管障害予防に有効とされるが,一般市民を対象とする「生活習慣改善アプローチ」には限界がある.例えば,糖尿病発症後に治療しても脳血管障害発症を予防できない.心房細動,脳動脈高度狭窄,一過性脳虚血発作,未破裂脳動脈瘤などは,危険度の特に高い「高リスク群」であるが,適切な治療介入法には課題が多く,一つ一つ丁寧な臨床研究を推進することが必要である.脳卒中危険因子の中では最大のものが高血圧であるが,我が国で実施された脳卒中再発予防のための厳格血圧管理の有用性を検証するRESPECT研究の結果が発表され,脳卒中再発予防には血圧を130/80 mmHg未満に管理する事の有用性が証明された.今後脂質管理をはじめとする他の危険因子管理についても我が国独自のエビデンスを集積していくことが重要と考えられる.
急性期治療に関しては,発症後24時間以内の主幹動脈閉塞の脳梗塞急性期症例に対する局所血栓回収療法(脳血管内治療)の有用性に関するエビデンスが確立され,急性期治療の大きな変革期にある.急性期治療における脳血管内治療の重要性が高まることは疑いようがなく,脳神経内科医の中から脳血管内治療に習熟した医師が育成され,その有用性適応拡大等に積極的に貢献することが期待される.また,発症後4.5時間以内の脳梗塞に対してはアルテプラーゼを用いた血栓溶解療法が行われるが,その恩恵をうけるのは全体の5%に過ぎず,その効果は限定的である.有効性,安全性の高い新規血栓溶解薬の開発も重要である.海外で開発中のテネクテプラーゼはアルテプラーゼを上回る血栓溶解効果が報告されているが,我が国への導入を検討するのが今後の課題である.また起床時発症など正確な発症時刻が不明の脳梗塞に対しても脳MRI検査を駆使して病態評価を正確に行えばアルテプラーゼの適応が可能となってきている.虚血脳を保護する脳保護薬の開発は国際的にも停滞しているが,神経血管ユニット保護,脳側副血行促進の観点から新規薬剤,新規治療法の開発を進める.脳出血に対する急性期降圧療法,外科的治療法の効果,クモ膜下出血に対する外科的治療法などについては,脳神経外科との共同研究にてエビデンスを明らかにしていく必要がある.
脳血管障害に対する早期リハビリテーションは有効であるが,磁気刺激,ボトックス注射併用,ロボット支援リハビリテーション,BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)の活用などを工夫することで,ニューロ・リハビリテーションのさらなる発展を目指す.
神経再生医療は,脳血管障害では血管,グリア,神経細胞が一塊となって損傷を受けるため容易ではないが,現在,脳梗塞患者を対象とした骨髄系細胞移植治療が国内外で注目されている.今後,iPS細胞を含む再生医療研究の飛躍的進歩が期待されることから,急性期治療やリハビリテーション医療などとの組み合わせを工夫することにより,新しい治療・予防ストラテジーの開発を推進する.
さらに,近年,ヒトの脳の細かい血管系(脳小血管)の特殊性が注目されており,その機能障害は,ヒトの脳機能維持や,血管性認知症,血管性パーキンソニズムや,アルツハイマー病等の変性疾患の分子病態とも密接に関係すると考えられている.この為,米国脳卒中学会やNIHでは脳小血管研究に大きな関心が集められ,研究の推進が提言されている.脳の機能的血管である小血管の異常である,アミロイドアンギオパチーや,脳小血管の変性疾患ともいえる脳小血管病について,その診断,予防方法を解明していく必要がある.
トピックス
● 神経膠腫を中心とした悪性脳腫瘍に対する多角的な治療法の開発が進みつつある.
● 光感受性物質を用いた日本発の光線力学的療法や,交流電場腫瘍治療システムが開発されている.
● NovoTTFなどの新規医療機器も保険収載された.
● その他の腫瘍では多くの分子標的治療薬の開発が進められている.
神経系腫瘍の診断と治療は,我が国ではこれまで主として脳神経外科と整形外科が担当している.しかし,運動麻痺や感覚障害などの神経症状を呈したときにまず訪れるのは脳神経内科であり,そこで診断され外科的治療が必要になった場合に外科に紹介されるのが一般的であり,効率的である.
また,脳・脊髄・末梢神経腫瘍の診断は,コンピュータ技術と医工学の発展と共に画像検査が急速な技術的進歩を遂げ,海外では脳神経内科医の関与が年々増大してきていて,既に英国や米国では脳神経内科が脳神経外科や患者団体と協力して「脳腫瘍診療ガイドライン」を作成するなど積極的な活動を展開している(英国NICE:National Institute of Clinical Excellence,米国NCCN:National Comprehensive Cancer Network).
さらに,脳・脊髄・末梢神経腫瘍の治療も,全てが手術で治るわけではなく放射線治療や化学療法などの内科的治療も大きな比重を占める.また,2016年のWHO脳腫瘍分類は,脳腫瘍にも分子分類が取り入れられ,コンピュータ誘導性サイバーナイフ技術や抗体療法に加え,近年ワクチン療法や癌免疫療法などの新しい内科的治療法が次々と開発されていることと関連し,脳腫瘍にもプレシジョン・メディシンの時代が来たといって過言ではない.今や「内科的に脳腫瘍を治療する」時代に突入しているともいえる.我が国の将来を見据えたとき,不治の病とされてきた神経系腫瘍の治療成績向上のためには,海外と同様に脳神経内科を含むいわゆる「メスによらない」脳・脊髄・末梢神経腫瘍治療の研究の発展が必須である.診療面においても,海外では神経系を専門とする腫瘍内科医(neuro-oncologist)が専ら脳腫瘍の化学療法を行っており,今後我が国でも脳腫瘍を専門とする脳神経内科医を育成していく必要がある.具体的には患者ごとのがんゲノム解析結果をもとにして治療薬を選択するprecision medicine,免疫療法に伴う新しい合併症の管理,術後の緩和ケアなど,研究,診療の両面での関与が求められる.
トピックス
● 急性/慢性外傷性脳症(acute/chronic traumatic encephalopathy,以下ATE/CTEと略記)の研究が進んでいる.
● 今後,それらの病態を明らかにするためにPETなどを用いた長期的な調査が必要である.
我が国では,急速な高齢化ならびに地域スポーツの普及に伴って,転倒・外傷による脳・脊髄障害が増加してきている.また,交通外傷は依然として頭部外傷の重要な原因である.このようなスポーツや交通事故が関連した脳・脊髄外傷の診断と治療は,これまで主として整形外科や脳神経外科で行われていた.しかし,急性期の骨折や血腫は別として,脳・脊髄自体の障害については必ずしも外科的治療で改善するものばかりではない.また競技を退いて以降に病態が進行し,頭痛,注意障害,記銘力障害,気分障害,行動障害,運動障害(パーキンソニズム,失調,運動麻痺など),認知症などの臨床症状を呈することもある.その病態としては頭部外傷の反復に起因する進行性の神経変性で,病理組織学的変化としてはタウオパチーが主体と考えられている.欧米ではATE/CTEとして脳神経内科においても発症機序の研究から実際の診療や予防活動まで行われている.最近はPETによるイメージングも進歩しているためタウなどの蓄積の長期的な観察が可能になっている.我が国でも,このような内科的なアプローチを必要とする急性/慢性外傷性脳・脊髄症の病態解明と治療法の開発については脳神経内科の積極的な貢献が必要といえる.
さらにスポーツ神経学について言えば,ANA Sports Neurology Section Strategic Planにもあるように,スポーツに関係した神経学的損傷についての研究と治療を行うばかりでなく,脳神経疾患を持つ患者のスポーツ参加への安全性を知ることや,神経損傷の神経心理的な後遺症と日常生活活動度(activities of daily living,以下ADLと略記)に及ぼす影響を理解すること,運動のもたらす神経学的な効用を理解することなどは,脳神経内科の大きな役割である.実際にスポーツ神経学で扱う疾患も多岐にわたり,緊急の対応を要する脳震盪,脳挫傷,脳出血,動脈解離ばかりでなく,脳神経内科が扱うべき外傷後片頭痛,ダイビングに伴う脳塞栓症,高山病,熱射病,横紋筋融解症,イップスなど幅広い.このうちイップスは以前には精神的な要因のみ強調されていたが最近では職業性ジストニアとして認識されておりその病態の解明,治療法の開発が望まれている.
また学生スポーツにおける死亡事故も調査されているが,柔道の頻度が高く,柔道の死亡事故は中学・高校の低学年・初心者が多いことがわかった.死亡をはじめとする重大事故に対する防止策の構築に神経学会も関連団体とともに関与していくべきである.
日本神経学会スポーツ神経内科セクションでは,現在スポーツに関係した神経学的損傷のうち,慢性期の神経障害(高次機能障害,認知症,運動障害など)を対象として,診断,病態生理,治療について検討するとともに,脳神経疾患を持つ患者(てんかん,多発性硬化症,片頭痛,ポリオなど)のスポーツ参加の向上や安全性について検討し,できればそれに関するガイドラインを作成する活動を展開しつつある.
トピックス
● バイオマーカーを用いたアルツハイマー病(Alzheimer’s disease,以下ADと略記)の生物学的診断基準が提唱された.
● ADの一部の疾患修飾薬で部分的に有望な結果が出てきている.
● トライアル・レディ・コホートの構築が進んでいる.
● 今後,認知症疾患の臨床研究体制の整備が不可欠である.
社会の高齢化に伴い認知症の人の数は急増し,2012年には国内で462万人(65歳以上の高齢者の15%)と報告された.さらに,認知症の前段階である軽度認知障害を有する人の数も認知症のそれに匹敵する.すなわち,計800万人もの認知症性疾患を有する患者が存在し,高齢者の約3割は認知症ないし軽度認知障害を有すると推計される.原因の過半数はADであるが,血管性認知症,レビー小体型認知症,前頭側頭型認知症など多数の疾患が含まれる.認知症研究を推進し克服することは,高齢化で世界最先端を走る我が国の使命である.
2000年代後半から行われてきたADバイオマーカーの確立を目指したADNI研究などの多施設共同研究の結実として,2012年にNIA-AAによりADの診断基準が改訂され,バイオマーカーを用いた前臨床期AD(プレクリニカルAD)の診断が可能となり,さらに2018年にはバイオマーカーを用いたADの生物学的な診断基準(いわゆるAT(N)システム)が提唱された.特に研究においては,分子病態の異同や重複を明確にするため,アミロイドβ,タウ,神経変性の3種のバイオマーカーの利用が欠かせなくなった.このようなバイオマーカーを含む臨床研究は,我が国でもJ-ADNIなどが行われてきたが,欧米と比して総じて規模は小さく,件数も極めて少ない.また,AD以外の認知症疾患に対する取り組みは遅れている.理由として,こうした臨床研究は神経心理検査や脳画像を含め評価項目が多く,それに伴い,評価を行う医師や臨床心理士,コーディネーターなど人的リソースの確保や画像診断部門との密な連携が求められること,かかる費用が大きいことが挙げられる.そのため,いかに強固な研究体制を構築できるかが最大の課題である.また,バイオマーカーとして侵襲の少ない血漿バイオマーカーの妥当性の検証が進められているが,脳の変性病態をより良く反映する脳脊髄液の有用性はいまだ高く,脳神経内科領域を中心に対象者に脳脊髄液採取の重要性を喚起し,収集を進めるべきである.
ADは神経変性疾患の中で最も治療薬開発が盛んであるが,現在に至るまで疾患修飾薬の治験は失敗続きである.その中で,昨今,複数の抗アミロイドβ抗体薬が第2/3相試験で,一部は部分的にだが有望な結果を出している.中でもアデュカヌマブが最近米食品医薬品局(FDA)で認可された.この流れに即応できるような,診療連携システムの準備が必要である.薬剤の有効性を最大化するため,投与時期を早期化する工夫も行われており,2010年代前半から行われているA4 studyやDIAN-TUに引き続き,いくつかの超早期大規模薬剤介入試験が進行中である.また,生活習慣介入による認知機能低下抑制効果を示したFINGER研究に倣い,我が国を含め,世界で予防的生活習慣介入研究が進行中である.
このような介入研究の対象の多くはプレクリニカルADや健常者であり,有症状者とは異なった被験者募集戦略が必要である.そこで,ウェブ経由で効率的に治験や臨床研究に適格である可能性の高い被験者を選択し,プールするトライアル・レディ・コホート(Trial Ready Cohort,以下TRCと略記)の構築が進んでいる.TRCは,認知症の疫学動態調査,特別な機器を用いない日常生活における早期診断法の開発にも役割を果たすと考えられる.
ADは,一部の遺伝性病型を除き原因・発症機構は未だ十分には解明されておらず,研究に使用されてきた実験モデルは,必ずしもヒトにおける病態を正確に再現しているとはいえない.認知症患者由来の臨床情報,画像,脳脊髄液,血液,遺伝子,脳組織,iPS細胞などの多面的なリソースを統合的に収集し,データやリソースを外部研究者にもシェア可能な枠組みを作って,研究を推進する必要がある.また認知症疫学・臨床研究拠点と共に病態解明のための疾患研究拠点の整備も必要で,これらの認知症研究拠点ネットワークを構築し,病因・分子病態解明及び治療・予防法開発のための研究を強力に推進する必要がある.
特筆すべきことは,認知症,中でもADは加齢依存性変性疾患であり生理的加齢変化との共通点も多いことから,その制御すなわち認知症の克服は老化そのものの制御にも連なるものであり,そのインパクトは生物学的にも社会的にもきわめて大きい.
さらに,認知症でもよく見られる高次脳機能障害としての様々な症候,例えば失語,失行,失認,計算障害,見当識障害,判断力障害,遂行力障害,常同行動などの行動異常,幻覚,妄想,うつ状態,無気力,衝動制御障害,睡眠障害などは,様々な精神疾患の症候と共通点が多い.そのため,これらの症候の責任病巣,責任回路・ネットワーク,発現機序を器質的病巣が明確でバイオマーカーが確立している脳神経疾患において解明することは,精神疾患の病態解明にも大きく貢献すると思われる.これには画像研究が特に重要となる.
これらの治療研究に加えて,無症状期から進行期まで認知症を社会で支えるシステムの構築,ケアの体制の確立,そして,それに携わる医療者の育成は,脳神経内科の重要な使命と考える.
トピックス
● 素因性てんかんではイオンチャネル以外の遺伝子変異が明らかになった.
● 三者間シナプスやネットワーク病態のてんかん原性への関与が明らかになった.
● 抗てんかん原性薬や医工連携による診断技術・デバイス治療の開発が望まれる.
● てんかん診療拠点病院の全国展開による大規模臨床研究体制の構築と包括的診療体制の整備が必要である.
● 国際頭痛分類第3版が公開され,日本語版も出版された.
● 抗カルシトニン遺伝子関連ペプチド(calcitonin gene-related peptide,以下CGRPと略記)抗体,抗CGRP受容体抗体による片頭痛治療が成果をあげ,我が国でも承認された.
発作性疾患の中で,てんかんおよび頭痛の二つの疾患は100万人単位で発症する頻度が多い疾患である.生命予後は悪くはないものの誰にでも起こりうる疾患であり,生活の質(quality of life,以下QOLと略記)の高い健康・長寿大国を目指すために,我が国としてしっかり取り組むべき疾患であり,正しい予防・治療法を開発し広める事が不可欠と言える.
てんかんは,国民の約100人に一人と高頻度に発症する疾患で,完全寛解は未だ困難ではあるが,抗てんかん薬の進歩により発作をコントロールすることはかなりできるようになってきた.超高齢社会が進むにつれ,小児・若年発症の患者に加え,脳卒中,認知症や腫瘍などに関連した高齢発症てんかんの増加がさらに見込まれる.治療面では,新規抗てんかん薬の登場で合理的多剤併用が可能となり副作用は少なくなってきたものの,未だに約3割は薬剤抵抗性(難治)である.抗発作薬はあるが抗てんかん原性薬がない現状を反映している.内科治療に加えて,てんかん焦点摘出術やデバイスによる緩和治療まで治療の選択肢は広いが,適切な治療選択を行わないと難治化し,また社会的影響の大きい疾患である.このような現状を踏まえ,脳神経内科医は成人てんかんの内科治療の担い手としてますます貢献が期待される.同時に,行政・関連診療科・他職種と協働して,てんかん診療拠点病院や包括的てんかん専門医療施設の整備を全国で展開し,大規模臨床研究体制の構築と患者の就労支援や社会参加を推進することが重要な課題である.
てんかん病態に関しては,素因性てんかんではイオンチャネルに加えシナプス間隙の分泌タンパクの遺伝子変異やイントロン領域の繰り返し配列の異常延長が明らかとなった.神経生理・数理モデル研究からは,ミクロでは三者間シナプスを形成するグリア細胞のてんかん原性獲得における積極的関与が,そしてマクロではネットワーク病態が示唆されている.てんかん原性の解明には,このような神経回路やネットワークに注目し,エフェクトサイズの大きな遺伝子変異のiPS細胞,脳オルガノイドや動物モデルの樹立に加え,様々な原因に共通する難治化(てんかん原性の悪化)プロセスの解明が望まれる.治療面では,てんかん原性を抑制する根本治療薬(抗てんかん原性薬)の研究が望まれる.また,医工連携で診断におけるAIの活用,ビッグデータからの個別化治療の推進,ネットワーク病態を考慮したデバイス治療の開発も期待される.
頭痛は,ありふれた症状で大部分の人が経験する.一次性頭痛は頭痛そのものが問題である疾患で片頭痛,緊張型頭痛,群発頭痛を含む三叉神経自律神経性頭痛などに分類されており,未解決の問題が多く残されている.片頭痛は高頻度かつ日常生活への支障が非常に大きい脳神経疾患である.片頭痛の急性期治療は,トリプタンの登場により一歩進展したものの,対症療法に留まっている.三叉神経血管系の神経原性炎症に重要な役割を果たすCGRPをターゲットとした薬剤の開発が進行しつつあり,多くの頭痛患者がその恩恵に浴せる環境を整備する必要がある.研究面では,頭痛の動物モデルの開発,原因遺伝子や関連遺伝子の探索がなされ,原因の一部としててんかん同様,イオンチャネルや神経伝達物質との関連が見いだされている.さらに脳機能画像による痛みの機序に関する研究が進行しており,これらを大きく推進し,より正確で早期の診断を可能とし,より効果的な個別化治療・予防法を開発する必要がある.
トピックス
● 遺伝性神経筋疾患への核酸医薬・遺伝子治療薬が承認された.
● エクソームシークエンスの実装により,多くの遺伝性疾患の診断が可能となった.
● タウのPETリガンドが開発された.
● 変性疾患の原因タンパク質について,その構造,物理特性が解明された.
● 変性疾患において,プリオン仮説の実証が進んだ.
● 今後,超早期診断と予後予測を見据えた,レジストリー整備と研究が必要である.
● 今後,核酸個別化治療を見据えた制度整備が必要である.
神経変性疾患領域は,根本治療の幕開けの時代にある.まず,脊髄性筋萎縮症(SMA)に対する核酸医薬,遺伝子治療が実現した.これは,遺伝性の神経変性疾患に対し,人類が,初めて,その予後を目に見える形で変えた事例である.またデュシェンヌ型筋ジストロフィー症,遺伝性ATTRアミロイドーシス(家族性アミロイドポリニューロパチー)に対しても核酸医薬が実現した.重要なことは,遺伝性の神経変性疾患に対し,核酸医薬や,遺伝子治療による根本治療原理が確立した事である.この戦略は,理論上,全ての遺伝性神経変性疾患に応用可能である.実際,家族性筋萎縮性側索硬化症,ハンチントン病への核酸医薬の治験も開始され,病原タンパク質の減少が報告されている.また,各家系の変異をターゲットとした個別化された核酸医薬の治験も開始され,究極の個別化医療が実現しようとしている.
この流れの中,希少疾患の治験方法,核酸医薬の治験方法について,いままでの治験とは別の視点で整備される必要がある.また,治療の時代であるからこそ,未発症者の遺伝子診断,治療介入開始時期について,倫理的,社会制度的な問題点を洗い出し,社会制度を整備する必要がある.さらに,遺伝性神経変性疾患への究極の治療方法として,体細胞レベルでの遺伝子編集治療も視野に入ってきている.この治療方法に対しても,倫理的,制度的な問題点の洗い出しと,社会制度の整備を進める必要がある.同時に,これらの治療に関する知財獲得を積極的に推進する.来たるべき核酸医薬,遺伝子治療の時代に,我が国が国際的なイニシアチブをとるべく,官民が連携し取り組むことが望まれる.
一方,大多数を占める非遺伝性の孤発性神経変性疾患は,その蓄積するタンパク質が同定され,病態の理解が進んだ.まず,蓄積タンパク質には,液-液相分離という物理特性があることが判明した.液-液相分離という現象は,アミロイド凝集体を作るような蛋白質やRNAなどが分子的相互作用を持って高濃度に集合する現象のことで,多くの神経変性疾患にみられる蛋白質凝集体ができるきっかけになる可能性が示された.また従来蓄積タンパク質が同じでも,異なる病型を取ることが謎とされてきたが,クライオ電顕により,同じタンパク質でも,病原性をもつ状態の高次構造が,疾患毎に異なることが判明した.また,患者の脳内から抽出した凝集体をマウスの脳に打ち込むと,内在性の同一の蛋白質を巻き込んだ凝集の伝播が引き起こされること,さらにはその凝集体の構造は元の患者脳内の凝集体と類似する構造であることが示された.これらの知見は,神経変性疾患の,いわゆるプリオン仮説を強く示唆する.構造変化や,その伝播に影響を与える要因の検討から,全く新しい治療方法の開発が試みられている.この分野では,生物物理,先端顕微鏡学など,他の領域の科学者の積極的な参入が革新をもたらしている.我が国でも,大型放射光施設SPring-8によるシヌクレイン構造の解明など,他分野の知の積極的な融合が成果を上げている.しかし,未だ十分ではなく,今後,応用物理学者,応用数学者などの,神経病態学分野への積極的な参入を可能とする研究の場の整備と,それを担う人材の育成が望まれる.
また,基礎的な研究から,これらのタンパク質の量の動的平衡状態の乱れが,異常な相転換を誘導することが判明しつつある.この仮説から,これらのタンパク質に対する,抗体療法が提案され,ADに対し,ヒトで,初めて,臨床的に有効性を示す結果が示された.同様に,タウ,αシヌクレインに対する抗体療法の治験も開始されている.また,我が国では,孤発性神経変性疾患患者由来の多数のiPS細胞が作製され,これらを用いた薬剤スクリーニングにより,候補薬剤が示され,治験が進められている.この様に,現在,様々な治験が,孤発性神経変性疾患に対し進められる時代となった.
治験の時代に入り,神経変性疾患の早期の診断と,正確な予後予測の重要性が改めて認識されている.脳神経疾患では,現在の医療手技で検出できる“いわゆる発症時”では,治療介入には遅いと考えられる.この時期には,すでに多くの神経が失われ,異常タンパク質も広範囲に広がっている.治験を成功させるためには,より早期の介入が必要である.その為には,発症前,もしくは超早期の診断技術の開発が急務である.この目的で,各蓄積タンパク質に対する特異的なリガンドを用いたPETは,期待できる手法である.この分野では,我が国がリガンドの開発で先行している.また,脳脊髄液を用いて,神経細胞死を反映するバイオマーカー,病的タンパク質を増幅し検出する方法の開発が進められている.さらに,質量分析法を用い,血清から,ADの早期診断を可能とする技術が,我が国で開発された.今後,超早期,もしくは発症前の非侵襲的な診断技術,そして,その進行を鋭敏に捉える技術の開発が,精力的に推進されるべきである.疾患進行予測や診断に関しては,AI・数理モデルを積極的に導入し,病態機序の数理モデルをふまえた上での,実用性の高い,疾患進行モデルの作成が望まれる.これにより治験がより効率的に進められることが期待される.
神経変性疾患研究には,疾患レジストリーが重要である.我が国では,難病法等により,これらの疾患の患者さんの,医療アクセスが担保されており,大変優れている.しかし,そのレジストリーの作成は,残念なことに,不十分である.我が国ではプリオン病や筋ジストロフィー症のレジストリーが軌道に乗っている.これらを手本とし,今後,日本人に於ける,神経変性疾患のレジストリーの整備が望まれる.さらに,生体試料,剖検組織の,バンク化の推進とデータの集約化が必要である.特に,神経病理の研究の場が少なくなりつつあり,早急な対処が必要である.ヒト神経組織を用いた研究の重要性は,全く失われていない.死後組織の集積は,本邦に優位性があり,量・質共に国際的に牽引してきた分野である.しかし,近年,この分野での人材育成が困難となっている.この優位性を失わない為に,研究の場の整備と,人材の育成が急務である.
ゲノム解析研究によって,ほぼすべての遺伝性神経変性疾患の遺伝子が単離され,孤発性神経変性疾患の関連遺伝子群も単離された.これらの遺伝子から,各々の疾患の,病態分子ネットワークが明確となった.現在,明らかとなったネットワークの各分子をターゲットとした治療方法の開発が試みられている.また,これらの遺伝情報は,早期診断や病態予測にも寄与すると考えられ,がんゲノム解析の様な情報の集約化が必須である.
一方,神経変性疾患の病態研究は,グリア細胞,脳小血管,排泄系など,神経以外の組織の寄与が明らかとなった.米国では,神経変性疾患への脳小血管の寄与,免疫系の寄与について,過去10年,強く推進を図り,この分野の世界的な研究を牽引している.しかし,我が国では,脳循環系,免疫系の研究者と,変性疾患の研究者との交流が少なく,これらの分野横断型の研究のより一層の拡充が必要である.これらの解析には,一分子解析,マルチオミックス解析,二光子励起レーザー顕微鏡,透明化技術,先端画像解析技術などが必須であり,免疫学,循環学,組織学などの知識を総合する必要がある.また生化学解析で得られるデータ量は爆発的に増加しており,データ駆動型の解析には数学的解析が必須である.このように,より多分野の知識が必要とされ,さらに,モデル動物研究と,ヒト研究を融合していく必要がある.今後の病態研究は,従来より,より広い視野でこれらの研究を鳥瞰,統合していく必要がある.現在のAMEDを中心とした疾患研究支援は非常に狭い成果主導型であり,このような融合型の研究領域の育成にはそぐわない.このような融合領域の形成と育成の為に,探索的であり,かつ融合型の研究支援制度が強く望まれる.
一方,失われた神経機能・神経細胞に対するリハビリテーションや再生医療による治療も重要である.リハビリテーションとしては,我が国で開発されたサイバニクスによる随意運動障害治療の,さらなる普及・研究が期待される.また再生医療に関しては,パーキンソン病に対し,iPS細胞を用いた細胞移植・再生治療の治験が開始され,その成果が期待される.またMRガイド下集束超音波療法による回路操作を用いた,運動障害の改善治療方法の研究も進んでいる.
トピックス
● マルチプレックスPCRによる神経感染症の臨床診断の実用化が進められている.
● 自己免疫性に関わる種々の神経細胞表面抗原が明らかになり,診断のための網羅的解析も進められている.
● 神経感染症と自己免疫性脳炎の網羅的解析による早期診断法の開発と診療アルゴリズムの構築が必要である.
髄膜炎・脳炎は,重症化すると恒久的な脳損傷による重篤な後遺症,さらには致死的転帰も招くことがあるため,迅速な診断と早期に的確な治療を開始することが必要なNeurological Emergencyの疾患として位置づけられている.現在,日本における年間発症頻度は,髄膜炎約3万人,脳炎約2千人,脊髄炎約650人と推定されている.髄膜炎・脳炎に対する抗菌薬や抗ウイルス薬の治療が進歩したが,原因は細菌,ウイルス,結核,真菌など感染症のほか自己免疫機序によるものなど多岐にわたるうえ,臨床現場では速やかに原因病原体を同定することが困難な時もあり,必ずしも満足すべき治療成績は得られていない.
神経感染症は早期の適切な治療が必須であり,この点から早期診断法の確立が重要である.すでにPCR法など病原体のゲノムを検出する方法が臨床現場で実用可能であるが,対象が単純ヘルペスウイルスなど一部の病原体に限られることや結果を得るまでに時間を要することなどから,緊急性を求められる神経感染症の臨床への対応は不十分といえる.これらの課題に対応するため,短時間に,ウイルス,細菌,真菌を網羅的に検出できる脳炎・髄膜炎を対象としたマルチプレックスPCRの開発も進められ,臨床診断への実用化が準備されている.
急性脳炎の原因では,感染性脳炎が約40%,代表的疾患である単純ヘルペスウイルスは全体の約20%を占めることから,抗ウイルス薬による早期治療の重要性がすでに認識されているが,一方で原因不明例は約半数に上る.近年,従来原因不明とされてきた脳炎患者の中から,N-methyl-d-aspartate型グルタミン酸(NMDA)受容体を含む脳神経細胞表面の受容体や膜蛋白に対する抗体群(神経細胞表面抗体群)が関与する自己免疫性脳炎があることが報告さた.さらに,これらの自己免疫性脳炎が急性脳炎の20~30%を占める実態も明らかになり,急性脳炎における重要な鑑別疾患となっている.神経細胞膜表面蛋白を標的とする自己抗体群が神経細胞障害を引き起こすメカニズムは不明な点も多いが,これらの抗体群が細胞表面標的蛋白の発現を可逆的に低下させることが見いだされている.また,自己免疫性脳炎も免疫療法の遅れが重症化や転帰不良につながるため,早期に副腎皮質ステロイドや免疫グロブリン療法を開始し,重症例にはリツキシマブやシクロホスファミドの強力な免疫抑制薬を行うことが海外では推奨されている.
神経感染症の治療は,単に病原体に対する治療のみでは不十分であり,感染に伴って生ずる宿主免疫応答などの生体防御機構に対する治療も併用することの重要性が最近判明してきている.さらに単純ヘルペス脳炎などウイルス感染症を契機に神経細胞表面抗体が産生され,自己免疫性脳として脳炎が再発することがあることも判明している.髄膜炎・脳炎の診療においては,神経感染症と自己免疫性脳炎をあわせた網羅的解析による早期診断法の開発と診療アルゴリズムの構築が必要であり,治療成績をさらに向上させるためには,病原体に対する新規薬剤の開発のみならず,感染・免疫系のクロストークの解明と発症病態に基づいた統合的な新規治療戦略の策定が必要である.
細菌性髄膜炎の発症予防として,日本では2007年にインフルエンザ菌b型ワクチン,2009年に7価肺炎球菌結合型ワクチンが認可され,2013年から定期接種プログラムに含まれたことにより,細菌性髄膜炎の患者数は減少傾向にあり,小児におけるインフルエンザ菌b型髄膜炎をほぼ抑制できるようになった.一方,単純ヘルペス脳炎を含めた脳炎の発症数はここ20年間に変動は生じていないと推定される.また,ワクチンが有効と考えられていた肺炎球菌髄膜炎について,近年,ワクチンに含まれない血清型よる髄膜炎の増加が指摘されている.今後,神経感染症の新規ワクチン開発の推進,導入したワクチンの疫学的検証,ワクチンの副作用による健康被害が生じた場合の原因解明と治療法の開発および補償体制の充実が重要と考える.
トピックス
● モノクローナル抗体などのバイオ医薬品が治療に利用可能となった.
● 大型血管炎の診断にFDG-PETが保険適用となった.
● 研究拠点整備と,他学会との連携を推進する環境を整える必要がある.
全身的な免疫・炎症病態は同時に神経系を侵すことがある.これらの疾患は近年の分子標的薬の発達により特異的な治療方法が開発される可能性があり,より精力的な疾患の集積が重要である.中枢神経を主として標的とする疾患には,ベーチェット病,全身性エリテマトーデス,橋本脳症,スイート病,末梢神経を標的とする疾患にはシェーグレン症候群,筋を標的とする疾患には多発筋炎・皮膚筋炎がある.サルコイドーシスは,中枢神経,末梢神経,筋のいずれも標的とし得る.血管を侵し,神経障害を来す疾患は,大血管を主座とする高安動脈炎,巨細胞動脈炎,中血管を主座とする結節性多発動脈炎,小血管を主座とするANCA関連血管炎(顕微鏡的多発血管炎,好酸球性多発血管炎性肉芽腫症,多発血管炎性肉芽腫症)がある.その他,血栓により中枢神経症状を来す抗リン脂質抗体症候群や,リウマチ性多発筋痛症,RS3PE(Remitting Seronegative Symmetrical Synovitis with Pitting Edema)等がある.近年この分野では好酸球性多発血管炎性肉芽腫症に対する抗IL-5抗体などモノクロール抗体を含むバイオ医薬品の開発が急速に進んでおり,治療の選択肢が広がった.一方,診断においても2018年から高安動脈炎,巨細胞動脈炎に対するFDG-PET検査が保険適用となった.今後適切な診断・治療により良好な転帰が期待できる症例が増えると予想される.
これらは,全身疾患であるため,多くの臓器別の専門家が参画しているが,脳神経内科医の関与は十分ではない.しかし,神経病変は,ADLとQOLに最も大きく影響を与える.また,脳・神経系の免疫システムは全身のそれとは異なる.これらの点から,臨床面,基礎面で,より多くの脳神経内科医の参加と貢献が必要である.症例,リソースの集積を念頭に置いた,研究拠点整備と,他学会との連携を推進する環境を整える必要がある.
トピックス
● 免疫学的な病態(自己抗体など)に基づく診断学が実践されるようになった.
● 長期予後を見据えた病態修飾もできるようになった.
● 特定のリンパ球や補体・サイトカインなどを標的とした分子標的薬剤の開発が進められている.
● 治療リスクを最小化する方法論の確立や,我が国における疾患レジストリの充実とリバース・トランスレーショナルリサーチの促進が必要である.
多発性硬化症,重症筋無力症などの免疫機序を介した神経難病(神経免疫疾患)は,我が国の生活の欧米化などに伴い,急速に増加してきている.神経免疫疾患の診断マーカーとしては,従来からよく知られている重症筋無力症の抗アセチルコリン受容体抗体や抗MuSK抗体に加えて,ギラン・バレー症候群(Guillain–Barré syndrome,以下GBSと略記)の抗ガングリオシド抗体,視神経脊髄炎関連疾患の抗アクアポリン4抗体,免疫介在性脳炎等の抗NMDA受容体抗体や抗LGI1/Caspr2抗体,封入体筋炎の抗cN1A抗体,壊死性ミオパチーの抗SRP抗体や抗HMGCR抗体,自己免疫性自律神経節障害の抗gAChR抗体など,続々と新しい自己抗体が発見され,その分子病態の解明が進むとともに,従来,免疫機序が考えられていなかった脳神経疾患においてもマーカーとなる自己抗体が発見され,免疫介在性の脳神経疾患の範囲は拡大しつつある.あるいは抗MOG抗体関連疾患のように,自己抗体を基点とした診断名の再編を試みる動きもある.さらに,がん領域における抗PD-1抗体に代表される免疫チェックポイント阻害薬の台頭により,治療合併症として生じる免疫介在性の脳神経疾患も増えている.
神経免疫疾患の治療では,近年,分子標的薬の開発が進み,たとえば多発性硬化症ではα4インテグリンを標的とするナタリズマブ,重症筋無力症や視神経脊髄炎関連疾患では補体を標的とするエクリズマブが上市され,さらにB細胞などの特定のリンパ球やIL-6などのサイトカインを標的とする薬剤の臨床開発も進められている.新しい治療薬の確立により,短期的に留まらない病態修飾効果が得られる一方で,進行性多巣性白質脳症や侵襲性髄膜炎菌感染症などの治療合併症も生じており,治療に伴うリスクマネジメントを求められるようになっている.
神経免疫疾患は,ライフスタイルの変化の影響を大きく受けるので,引き続き全国的な疫学的動向を,臨床疫学調査によって絶えず監視していくことが不可欠である.同時に長期的な病態修飾効果の実態把握やリスク管理のため,従来から実施されている定期的な全国臨床疫学調査に加えて,喫緊に患者レジストリを構築する必要がある.我が国の患者データを基に,診断,治療反応性,予後予測などのバイオマーカーを見出し,個別化医療の実装へ繋げることが重要である.これには,患者レジストリと連動した,自己抗体やHLAなどの免疫学的分子の系統的な探索,GWASやエピゲノム解析などの遺伝学的な網羅的解析が不可欠である.これら包括的な患者レジストリを用いて,アジアや欧米の研究機関との共同研究により人種による異同を解明することが望まれる.特に中枢神経系疾患においては,加えてMRIやPETなどの構造ないし機能に関する画像データを対比させていくことが重要である.また患者レジストリに紐づけて,バイオサンプルを集積し,新たな診断学や治療学の礎とすることが,翻って神経免疫疾患患者のQOLや予後を改善させる術となる.
これまで同様に基礎研究に根ざしたトランスレーショナルリサーチを推し進めつつ,臨床医学より得られたデータに基づくリバース・トランスレーショナルリサーチを促進し,これらの有機的な連携を通じて,既存治療の最適化と,unmet medical needsの抽出とそれに対する革新的治療の開発を可能にすることが,向こう10年間の大きな目標となる.
トピックス
● 遺伝性ATTRアミロイドーシス(家族性アミロイドポリニューロパチー)に対する国内初のsiRNA治療薬が承認された.
● 慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー(chronic inflammatory demyelinating polyneuropathy,以下CIDPと略記)の免疫グロブリンの皮下注投与製剤が承認され,在宅治療が可能となった.
● CIDPの一部の病型,GBSにおける生物学的製剤の開発が進んでいる.
● 炎症性末梢神経疾患の治療開発が今後盛んになることが予想される.開発を促進するため,オールジャパン体制の症例レジストリ等の整備が必要である.
● 本邦で見いだされた疾患である眼咽頭遠位型ミオパチー(oculopharyngodistal myopathy,以下OPDMと略記)の原因が,3塩基リピート伸長変異であることが明らかとなった.本研究では,同一モチーフのリピート伸長変異が臨床像の類似した疾患を引き起こすという新規の概念を明らかとし,また既存の疾患概念を大きく変えることとなった.
● 今後,さらに神経筋疾患におけるリピート伸長変異の同定が進むと考えられ,ロングリードシーケンスを含めた研究体制の整備が必要である.
● デュシェンヌ型筋ジストロフィーがビルトラルセンで治療できるようになった.
● さらに筋ジストロフィーに対するウイルスベクターやゲノム編集薬を用いた遺伝子治療の開発が進んでいる.
● ビルトラルセン製造販売後の安全性・有効性評価に加えて,新しい遺伝子治療開発のための治験実施体制整備が必要である.
末梢神経は中枢神経系(脳・脊髄)と末梢効果器(筋肉,感覚受容器など)を結ぶ伝導路である.末梢神経の障害(ニューロパチー)は筋萎縮・筋力低下,感覚障害(しびれ感,痛み,無感覚),自律神経障害(たちくらみ,発汗障害,陰萎など)などの症候としてあらわれる.いずれも患者のADLとQOL大きく損ない,また,咽頭・喉頭筋や呼吸筋の麻痺は嚥下障害や呼吸障害をきたし致命的となりうる重要な疾患群であるが,患者の治療という観点からは,末梢神経疾患,筋疾患ともに全く不十分な現況にあると言わざるを得ない.この原因は,①原因疾患がcommon diseaseから稀少疾患まで極めて多岐にわたるため,治療の大前提となる正確な診断のためには,現状で大きく不足している脳神経内科専門医による診察・検査が必須であること,②疾患特異的な治療法が確立した疾患がまだ少数にとどまっていること,の2点に集約することができる.
末梢神経障害は脳神経内科外来の初診患者の約10%強を占め,我が国での患者数は約1,000万人と推定される重要な疾患群である.なかでも患者数の多いcommon diseaseは糖尿病性ニューロパチー(国内推定患者数430万人)とアルコール性ニューロパチー(同220万人)の二つである.高血糖,大量飲酒などの直接的原因の排除が第一義的な治療法であるが,多くの患者はこの目標が十分に達成できず,ニューロパチーの進行によって足壊疽,足切断などを余儀なくされている.特に有病者数の多い,糖尿病性ニューロパチーについては,疾患修飾薬の開発が急務である.
その他の主要な末梢神経疾患として,シャルコー・マリー・トゥース病,遺伝性ATTRアミロイドーシス(家族性アミロイドポリニューロパチー)などの遺伝性末梢神経疾患,GBSやCIDPなどの炎症性末梢神経疾患などがある.遺伝性末梢神経疾患に対しては,次世代シーケンサーを駆使して,診断できる遺伝子変異のさらなる拡充を図るとともに,分子病態の解明に基づいた疾患修飾薬の開発が必要である.遺伝性ATTRアミロイドーシス(家族性アミロイドポリニューロパチー)については,主要な原因となっているトランスサイレチン(TTR)の4量体の解離及び変性を抑制することでアミロイド形成を阻害するタファミジスメグルミンが承認され新規治療薬として実用化されているが,臨床症状の充分な改善は得られなかった.変異TTR mRNAを抑制するsiRNA治療薬が新たに承認され,有効性が期待されている.現在,次世代のsiRNAやアンチセンス核酸などの核酸医薬やゲノム編集による治験が進行しており,今後の発展が期待される.炎症性末梢神経疾患に関しては,日本神経学会が主導して作成した診療ガイドラインが整備・改訂され,標準治療が確立されている.CIDPにおいては,維持治療の選択肢として免疫グロブリンの皮下注治療が承認され,在宅治療が可能となり,患者のQOLの向上に貢献した.一方,難治・重症例に対する新規治療開発が急務である.CIDPの一部の難治病型,GBSに対する生物的製剤の開発が進みつつある.炎症性末梢神経疾患は治療薬の発展が最も期待される分野の一つである.今後の開発を促進するため,オールジャパン体制の症例レジストリの整備など多施設共同臨床研究の推進が重要である.
上記の診断や疾患修飾薬開発の取り組みに加え,進行した神経障害による後遺症の改善には,末梢神経再生を促す治療薬の創薬が必要である.神経栄養因子の創薬や,血液神経関門を越えて同因子を末梢神経実質内へ運搬する技術の開発,末梢神経幹内への神経幹細胞移植による神経再生技術の確立などが必要である.疾患修飾薬による原疾患の進行の抑制と神経再生の促進の両輪の実現により,末梢神経疾患は克服を目指すことが可能となる.
筋疾患の患者数は末梢神経疾患と比較して少ないが,疾病が多岐にわたる上に特異的な治療法が確立している疾患はほとんどなく,克服研究への期待が最も高い分野の一つである.筋ジストロフィーの代表的疾患であるデュシェンヌ型筋ジストロフィーでは,欠失変異を有する患者を対象にエクソン・スキップによる治療応用が始まり,本邦ではエクソン53スキップ薬であるビルトラルセンが国産初の核酸医薬品として製造販売承認されたが,すべての患者に同療法が適応できるわけではない.また,多発筋炎,皮膚筋炎に代表される炎症性筋疾患では,副腎皮質ステロイド薬や免疫抑制薬が標準的治療として広く施行されているが,多くの患者は後遺症としての筋力低下を残し,日常生活に制限を余儀なくされている.遺伝性疾患が多いが,病因に基づいた新規治療法開発に加えて,変性・炎症によって失われた筋組織の補填としての筋芽細胞の移植やiPS細胞を用いた骨格筋再生技術確立などの推進が必要である.これは,高齢者にみられるサルコペニアに対する治療としても重要であり,高齢期の豊かな生活の確保のために強力に推進する.
1977年に本邦で里吉らにより疾患概念が確立された,OPDMについて,その原因がLRP12の5'非翻訳領域に存在するCGGリピート伸長変異であることが明らかとなった.CGCリピート伸長が関連する疾患としては,脆弱X関連振戦・失調症候群(FXTAS),神経核内封入体病(NIID),白質脳症を伴う眼咽頭型ミオパチー(OPML),OPDMなどが知られている.従来別個の疾患と考えられていたこれらの疾患が,詳細な臨床的な分析によりその臨床像にオーバーラップが存在することに気づかれたことから,それぞれ別の遺伝子上にCGGという同一モチーフのリピート伸長変異が起きることが原因であると発見された.このことから,リピートモチーフと表現型の間に強い関連があるというリピートモチーフ・表現型関連という新規の概念を提唱すると共に,これらの疾患に共通する病態機構の存在が考えられるという意味で疾患概念を大きく変えるものであった.
本研究は,非翻訳領域のリピート伸長変異が近年多くの疾患で見いだされ,時には孤発例の発症原因をも説明できることが明らかとなってきていることを背景に,臨床の教室において人材育成,リソースの蓄積から最先端のゲノム研究を行える体制までを整えてきたことが重要であることを示している.
このようなリピート伸長変異は,遺伝性の神経筋疾患のみならず,孤発性神経筋疾患ならびに神経筋疾患以外の頻度の高い疾患(common disease)にも関係している可能性が考えられる.ロングリードシーケンサーの積極的な活用により,リピート伸長変異と疾患との関連がさらに明らかにされると予想される.また,リピート伸長変異による疾患は核酸医薬などによる治療の良い標的になると考えられ,効果的な治療法開発に直結すると期待される.
注:本提言は,2020年時点における最新の知見をもとに執筆いたしております.最新の治験情報や研究の状況に関しては,神経疾患克服に向けた研究推進の提言2022に反映いたしますので,そちらをご参照ください.
※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.