Rinsho Shinkeigaku
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Case Reports
Simultanagnosia caused by cerebral infarction in the right temporal stem, right lateral thalamus, and right pulvinar regions
Shota HoriikeRyoji NishiTomoya MaekawaTakafumi Sagisaka
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2023 Volume 63 Issue 10 Pages 643-649

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要旨

症例は76歳の右利き男性.右側の側頭茎内側部,視床外側,視床枕を含む領域に脳梗塞を発症した.全般的な認知機能は保たれていた.同名性左下四分視野の感度低下があり,視覚認知についての詳細な検討で左半側空間無視(unilateral spatial neglect,以下USNと略記)と同時失認を認めた.脳梗塞発症から約4か月後,USNは改善したが,同時失認は持続した.本例の病変での同時失認の報告はなく,文献的考察を加えて報告する.

Abstract

A 76-year-old male patient was admitted to our hospital for the treatment of acute cerebral infarction in the right temporal stem, right lateral thalamus, and right pulvinar regions. Although his overall cognitive function was almost normal, he exhibited reduced visual sensitivity in the homonymous lower left quadrant of the visual field, left unilateral spatial neglect (USN), and simultanagnosia. Left USN improved 4 months after the onset of infarction; however, simultanagnosia persisted. To the best of our knowledge, this is the first case of simultanagnosia caused by cerebral infarction in the right temporal stem, right lateral thalamus, and right pulvinar regions.

はじめに

同時失認は複数要素を有する絵の各要素は把握できるが,絵全体の意味理解が困難になる視覚認知障害で,一般に後頭葉,頭頂葉,側頭葉の両側病変で生じるとされる1)~8

今回,右後大脳動脈(posterior cerebral artery,以下PCAと略記)領域の側頭茎内側部,視床外側,視床枕を含む領域に脳梗塞を発症し,同名性左下四分視野の感度低下があり,視覚認知についての詳細な検討で左半側空間無視(unilateral spatial neglect,以下USNと略記)と同時失認を認めた症例を経験した.本例の病変での同時失認の報告はなく,文献的考察を加えて報告する.

症例呈示

症例:76歳男性.右利き

主訴:転びやすくなった.ぼやけて見える

既往歴:無症状性心筋虚血(75歳),右腎細胞癌(75歳,部分切除),一過性脳虚血発作(70歳).

併存症:高血圧症,脂質異常症,慢性心不全,慢性腎不全.

生活歴:喫煙歴なし,飲酒歴は機会飲酒.日常生活は自立,飲食業に従事.

現病歴:第0病日に左下肢が動かし難くなり転倒を繰り返したため当院を受診,頭部MRIにて右側の側頭茎内側部,視‍床外側,視床枕を含む領域に急性期脳梗塞を認め入院となった.

入院時現症:身長149.5 ‍cm,体重61.8 ‍kg,血圧166/84 ‍mmHg,脈拍72/min 整,体温36.6°C,視力は裸眼で右0.5左0.9で,一般身体所見に異常はなかった.

神経学的所見:意識レベルはJCS I-2.脳神経は異常なく,運動系はBarré試験で左上肢は動揺,Mingazzini試験は両側陰性であった.四肢の表在感覚に異常はなく,左上下肢に深部感覚障害を認めた.

神経心理学的所見:Mini-Mental State Examination(MMSE)は27点で,全般的な認知機能は保たれていた.Frontal Assess­ment Batteryは13点で,前頭葉機能の軽度の低下がみられた(Table 1).失語,失読,失書,失算,手指失認,左右失認,観念性失行,観念性運動失行,着衣失行は認めなかった.線分二等分試験で右への偏倚を認めたが,聴覚,触覚の両側の同時刺激による左側の消去現象は認めなかった.視覚認知についての検討では,行動性無視検査(Behavioural inattention test,以下BITと略記)で左側に限局した見落としと二等分の右偏倚を認め,左USNが示唆された(Fig. 1)(Table 1).Rey-Osterrieth Complex Figure Test(ROCF)模写では大きな長方形に接した右側の三角形のみを構成し,線を1本1本確認するが,同じ線を複数回重ねて描いた.Wechsler Adult Intelligence Scales-fourth edition(WAIS-IV)積木模様では一つ一つの積木の向きを確認する逐次的な構成のため,2 × 2マスの構成が制限時間内に行えなかった.3 × 3マスの構成では図版の一部の積木構成を繰り返し,構成には至れなかった.標準高次視知覚検査(Visual Perception Test for Agnosia,以下VPTAと略記)では数の目算と錯綜図の認知,図形の模写にて左側に限局した見落としを認めたが線の傾きや形などの弁別が可能であり,視知覚の基本機能は保たれていた.物体画像認知の絵の呼称と分類,相貌認知の未知顔貌の認知,色彩認知,シンボル認知,地誌的見当識は正常であった.状況図では「3人の子どもがいる」,「ドーナッツを食べている」と説明できたが,「ぬれぎぬ」という3者の関係性については言及できなかった(Table 1).以上,本例には,軽度の前頭葉機能障害,左USNがみられた.また,複数の視覚対象の把握や探索の困難,状況図の説明障害がみられ,同時失認が示唆された.

Table 1 

Neuropsychological tests.

After 3 days of
the infarction
After 139 days of
the infarction
Mini-Mental State Examination (MMSE) Total 27/30 28/30
Japanese version of Montreal Cognitive Assessment (MoCA–J) Total 22/30 25/30
VISUOAPATIAL/EXECUTIVE 2/5 5/5
Alzheimer’s Disease Assessment Scale-cognitive component-Japanese version (ADAS-Jcog) Total 4.34
Frontal Assessment Battery (FAB) Total 13/18 14/18
Visual cognition tests
Behavioural inattention test (BIT) Total 96/146 143/146
Rey-Osterrieth Complex Figure Test (ROCF) Copy 8/36 32/36
Configuration order 2/49 21/49
Wechsler Adult Intelligence Scale—fourth edition (WAIS-IV) Block design Scaled score 3 7
Visual Perception Test for Agnosia (VPTA)
1. Basic functions of visual perception
Changes in the visual experience 1 1
Discrimination of the length of the line segment 0 0
Visual estimation of number of shapes 6 0
Discrimination of shapes 1 0
Slope of the line segment 2 0
Conflicting image 3 0
Replication of shapes 3 0
2. Object and the image recognition
Identification of images 0 0
Classification of images 0 0
Context picture 6 2
3. Face recognition
Familiar faces
 Identification of celebrity in a photograph 2 2
 Selection of a particular photo of a celebrity 2 2
Unknown faces
 Identification of differences 0 0
 Collation of faces 0 0
 Description of facial expression 0 0
 Judgment of gender 0 0
 Judgment of age (young or old) 0 0
Fig. 1 Behavioural inattention test (BIT).

(A) The line bisection test. (B) The line cancellation test. The patient split the line toward the right of the center in the line bisection test (A), and he only missed to the left in the line cancellation test (B). These results indicated unilateral left spatial neglect.

検査所見:血液検査ではBUN 34.7 ‍mg/dl,Cre 1.64 ‍mg/dlと腎機能低下,BNP 143.6 ‍pg/mlと心不全を示唆する所見,D-dimer 0.80 ‍μg/mlと軽度上昇を認める他に特記事項なかった.経胸壁心臓超音波検査ではEF 64%と左室収縮能は良好で壁運動異常はなく心内血栓は認めなかった.ホルター心電図検査では発作性心房細動は認めなかった.頸動脈超音波検査では両側総頸動脈のIMT肥厚と分岐部にプラークを認めたが有意な狭窄は認めなかった.入院時の頭部MRI(第0病日)では拡散強調画像で側頭茎内側部,視床外側,視床枕に高信号を認め,海馬傍回にも小さな高信号を認め急性期脳梗塞が示唆された(Fig. 2).FLAIR画像で右放線冠,左基底核に陳旧性梗塞を認めた.MRAでは両側内頸動脈サイフォン部と右前大脳動脈のA2に狭窄を認めたが,5年前に一過性脳虚血発作の精査で施行された際のMRA所見と変わりはなかった.右PCAはP1以遠の描出が全体的に乏しく灌流低下を認めた.フォローアップの頭部MRI(第6病日)では脳梗塞の再発はなく,FLAIR画像で右側の側頭茎内側部,視床外側,視床枕の梗塞巣は明瞭な高信号になった(Fig. 2).MRAで右PCAは末梢まで描出され狭窄もなく再開通と考えられた.

Fig. 2 MRI.

LT; lateral thalamus, PG; parahippocampal gyrus, TS; temporal stem. Axial views of head MRI diffusion-weighted image (DWI; A–H) and FLAIR images (I–P) (1.5 ‍T) at the infarction onset (A–D), after 6 days of the infarction onset (E–L), and after 162 days of the infarction onset (M–P). The lesions in the right PG, right TS, right LT, and right pulvinar demonstrated high-intensity areas on the DWI (A–H). The lesions of the right TS, right LT, and right pulvinar, except for right PG, demonstrated high-intensity areas on the FLAIR images after 6 days of the infarction onset (I–L) and were found as old infarction after 162 days of the infarction onset (M–P).

入院後経過:視床後方領域はPCAの枝の後脈絡叢動脈の灌‍流を受け910,入院時の頭部MRAで右PCAの描出不良を認めたことから右PCAの灌流低下により脳梗塞を発症したと‍考えた.画像所見から,視床外側の病変には視床の諸核を包む核である視床網様核(thalamic reticular nucleus,以下TRNと略記)と,外側核群のうち後外側腹側核,外側腹側核,背側外側核,後外側核が含まれた可能性が考えられた(Fig. ‍211)~13.フォローアップの頭部MRAで右PCAの再開通を認め塞栓性の機序が疑われたが,心原性脳塞栓症を示唆する発作性心房細動は認めなかった.動脈硬化性変化を認め動脈原性塞栓による機序も考えられたが,塞栓源ははっきりしなかった.入院後アルガトロバン点滴が開始され,入院前から服用していたクロピドグレル内服を継続し,アスピリン内服を第7病日まで行った.脳梗塞急性期は症状悪化なく経過し,第13病日にリハビリ継続目的に回復期病院へ転院し,約3か月後に自宅退院した.自宅退院後の外来受診時(発症4か月後)には運動系の神経所見は改善していたがぼやけて見えるのは持続していた.ADLは自立していた.同名性左下四分視野の感度低下は持続していた(Fig. 3).神経心理学的検査では,MMSEは28点,Alzheimer’s Disease Assessment Scale-cognitive component-Japanese versionは4.34点で全般的な認知機能は保たれていた(Table 1).視覚認知についての検討では,BITで左側の見落としが改善し左USNは改善していた.ROCF模写の構成では大きな長方形の内部の線や外側の三角形から描きはじめ,大きな長方形が完成する前に周囲の三角形や十字形を部分的に記載するなどストラテジーの欠如と逐次的な処理のため,構成順序と構成方略1415はともに不良で,完成まで455秒かかった.WAIS-IV積木模様では2 × 2マスの構成が可能だが,所要時間による加点は得られず,3 × 3マスの構成は可能だが,制限時間内に行えなかった.VPTAでは左側の見落としは改善し,数の目算と錯綜図の認知など視知覚の基本機能は保たれていた.状況図では「ドーナッツの数が2個が2人,1個が1人」と説明し,促しで「1個の子どもが2個の子どもにどういうことだって言って」と一つ一つ確認しながら2者の関係を説明できたが,「ぬれぎぬ」という3者の関係に言及することはできなかった(Table 1).以上,複数の対象を知覚,処理する速度の低下,状況図の説明障害を認め,同時失認が示唆された.フォローアップの頭部MRIで脳梗塞の再発はなく,FLAIR画像で右側の側頭茎内側部,視床外側,視床枕の梗塞巣は陳旧性の所見を呈した(Fig. 2).MRAで右PCAの所見に著変はなかった.脳血流SPECT検査(123I-IMP, 3D-SSP解析)では右視床や梗‍塞巣のない右後頭極を含む領域にも血流低下を認めた(Fig. ‍4).

Fig. 3 Goldmann perimeter.

The Goldmann perimeter showed decreased visual sensitivity in the homonymous lower left quadrant of the visual field.

Fig. 4 123I-IMP-SPECT.

123I-IMP-SPECT demonstrated decreased cerebral blood flow in the regions containing the right occipital pole (arrows) at 169 days after the infarction onset.

考察

本例は右側の側頭茎内側部,視床外側,視床枕を含む領域に脳梗塞を発症し,急性期に同名性左下四分視野の感度低下と,BIT,ROCF模写,WAIS-IV積木模様,VPTA状況図の視覚認知についての詳細な検討で左USNと同時失認の二種の視覚認知障害を認めた(Table 1).慢性期には左USNは改善したが,同時失認は持続した.同名性左下四分視野の感度低下は右側頭茎内側部の病変によると考えられる.左USNと同時失認の二種の視覚認知障害について考察する.

急性期に認めた左USNについて

急性期にBITで左側に限局した見落としと二等分の右偏倚を認め,左USNが示唆された(Fig. 1).USNは一般に劣位半球の頭頂葉病変で生じることが多いが16)~19,本例では右頭頂葉病変はなく,慢性期に左USNは改善した.視床枕の病変で一過性にUSNを生じることが報告されており1819,本例の左USNは右視床枕の病変が関連した可能性が考えられる.責任病巣の特定には類似の症例の蓄積が必要と考えられる.

同時失認について

同時失認は1924年にWolpert20によって提唱された症候で,複数要素を有する絵(状況図)の各要素の把握はできるが,絵全体の意味理解が困難となる視覚認知障害である1)~57.同時失認では複数の対象を知覚,処理する速度が低下することもある1)~4.後頭頭頂葉の背側視覚経路では対象の位置や運動の知覚,後頭側頭葉の腹側視覚経路では色や形の情報から対象の同定の視覚情報処理が行われるが52122,同時失認はこれらの視覚経路の障害で生じるとされる3)~68.同時失認の概念には混乱があり,大東3は以下の3型分類を提唱している.1)複数の対象を知覚,処理する速度が低下することはなく,失読を伴わない意味型,2)視覚性注意障害22)~24と視覚性注意障害による失読を伴う注意型(Farahの背側型同時失認34),3)複数の対象の知覚処理速度が低下し,逐次読みによる失読を伴う知覚型(Farahの腹側型同時失認34).一般に意味型は左優位の後頭葉の両側病変,注意型は後頭頭頂葉の両側病変,知覚型は後頭側頭葉の両側病変で生じるとされる13525

本例は状況図にて全体の把握が困難であり,ROCF模写と‍WAIS-IV積木模様で複数の対象を知覚,処理する速度が低下しており,同時失認を含む視覚認知障害が生じたと考えられる.

同時失認は一般に後頭葉,頭頂葉,側頭葉の両側病変で生じるとされていたが3)~8,近年では,右後頭側頭葉などの片側病変でも報告されている122526.Kobayashiら2は,左または右側の後頭側頭葉の病変で意味型,右頭頂葉の病変で注意型,左後頭頭頂葉の病変で知覚型の同時失認を報告している.

本例は右側の側頭茎内側部,TRNと視床外側核群の一部を含む視床外側,視床枕に皮質下病巣を認めたが,一般に同時失認を生じるとされる背側・腹側視覚経路に病巣は認めなかった.しかし,本例は脳血流SPECTで梗塞巣のない右後頭葉にも血流低下を認めており(Fig. 4),本例の同時失認に右後頭葉の血流低下が関連した可能性も考えられる.

視床病変では病巣と関連した大脳皮質の機能が低下し代謝抑制されることが報告されており1827,本例の視床病変のうち後頭葉に関連するものを検討すると.視床枕は視覚経路との関連が指摘され182128,霊長類の研究では視床枕と背側・腹側視覚経路の線維連絡が指摘されている2128.視床枕は大脳皮質との関係が深く,空間への注意と視覚に導かれる行動を結ぶ役目を果たし空間位置情報の整合性を高め視覚情報のフィルタリングと強調表示に関与し,判断や行動に影響を与えるとされる18.TRNは視覚野や前頭前野,脳幹,扁桃体からの入力を受け,行為の必要度や感情をもとに外側膝状体が送受信する視覚情報選択を強化し,外側膝状体と視床を制御することで不必要な情報を抑制するとされる1829.これらから,本例の右後頭葉の血流低下は右側の視床枕やTRNの病巣による遠隔効果の可能性も考えられる.

同時失認は稀であることもありまだ不明な点も多い35.最近は片側性病変でも報告されている122526が,症状が軽い場合やUSNを伴う場合は同時失認の存在が見落とされる可能性も示唆されている12.脳卒中例での詳細な症例報告もされてきている12526がまだ多くはない.本例に対して,視覚認知についての詳細な検討を行うことで,右側の側頭茎内側部,視床外側,視床枕を含む病変で同時失認が生じ,慢性期の再評価により持続することが確認された.本例と類似の病変で視覚認知障害が疑われる場合にはROCF模写,WAIS-IV積木模様,VPTA状況図などの視覚認知についての詳細な検討を行うことが同時失認の確認に有用と考えられる.

結語

今回,右側の側頭茎内側部,視床外側,視床枕を含む領域に脳梗塞を発症し同名性左下四分視野の感度低下があり,視覚認知についての詳細な検討で左USNと同時失認を認めた症例を経験した.急性期の左USNは慢性期に改善したが同時失認は慢性期に持続した.

本例と類似の病変では左USNや同時失認を生じる可能性があり,BIT,ROCF模写,WAIS-IV積木模様,VPTA状況図などの視覚認知についての詳細な検討を行うことが有用と考えられる.

病態の解明には類似症例の蓄積が必要と考えられる.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

文献
 
© 2023 Japanese Society of Neurology

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