Rinsho Shinkeigaku
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Case Reports
Thymoma-associated generalized myasthenia gravis complicated with anti-VGKC complex antibody-associated limbic encephalitis: a case report
Ryoji NaganumaItaru AminoYusei MiyazakiSachiko AkimotoMasaaki NiinoNaoya MinamiNaotake HonmaSeiji Kikuchi
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2023 Volume 63 Issue 11 Pages 754-759

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要旨

症例は54歳女性.胸腺腫関連全身型重症筋無力症にて当科通院中であった.筋無力症状の増悪に対し入院加療中,初発の意識消失発作を生じ,その後見当識障害や健忘が持続した.ステロイドパルス療法を行ったところ症状は改善し,自己抗体を検索したところ抗VGKC複合体抗体陽性辺縁系脳炎の診断となった.抗VGKC複合体抗体陽性辺縁系脳炎は3分の1が胸腺腫を合併するなど傍腫瘍性神経症候群としての側面を有しており,本症例では後年になり胸腺腫の再発を疑う腫瘤が指摘された.胸腺腫症例の中枢神経症状では抗VGKC複合体抗体の関与を,抗VGKC複合体抗体陽性例では胸腺腫の再発や増悪を考慮する必要がある.

Abstract

We present a case of a 54-year-old woman. She was attending our department for thymoma-associated generalized myasthenia gravis. While she was treated with intravenous immunoglobulins for the exacerbation of myasthenic symptoms, she suddenly lost her consciousness for the first time and continued to have mild disorientation along with anterograde and retrograde amnesia afterwards. The symptoms improved after steroid pulse therapy. After searching for autoantibodies, she was diagnosed with anti-VGKC complex antibody-associated limbic encephalitis. As one-third of cases are complicated by thymoma, anti-VGKC complex antibody-positive limbic encephalitis has the aspect of a paraneoplastic neurological syndrome. In this case, masses suspected to be a recurrence of thymoma were found. In cases of thymoma, involvement of anti-VGKC complex antibodies should be considered when central nervous system symptoms appear, and when anti-VGKC complex antibodies are positive, recurrence or exacerbation of thymoma should be considered.

はじめに

胸腺腫はその23~25%に重症筋無力症(myasthenia gravis,以下MGと略記)を合併することが知られており12,脳神経内科領域では馴染みの深い腫瘍性疾患である.MG以外にも赤芽球癆,円形脱毛症3,Good症候群4,心筋炎5,辺縁系脳炎や筋炎6といった様々な病態を合併することが知られており,胸腺腫症例では合併症の出現に注意を要する.

MGの発症や経過は胸腺腫の病勢と必ずしも一致するものではなく,MG症状増悪時に胸腺腫再発が確認されることがある一方,胸腺腫再発があってもMG症状が悪化しない例や,胸腺腫摘除後にMGを発症する例もある7.特に赤芽球癆や円形脱毛症は細胞障害性T細胞の関与が推測されており,MGの活動性と病勢は一致しない場合がある3.また,心筋炎やミオパチーは抗titin抗体や抗KV1.4抗体といった特異抗体が関与しているとされる5.また胸腺腫に合併する抗VGKC複合体抗体関連疾患,特に辺縁系脳炎については症例数が少なく8,その性質ははっきりとわかっていない.

今回我々は胸腺腫関連全身型MGの経過中に抗VGKC複合体抗体関連辺縁系脳炎を発症した1例を経験したので報告する.

症例

症例:54歳,女性

主訴:意識消失発作

既往歴:再発性胸腺腫(拡大胸腺腫摘出術,化学放射線療法後).

家族歴:特記事項なし.

現病歴:48歳時に目の焦点が合わない,距離感がないという症状でMGを発症した.前医を受診したところ抗アセチルコリン受容体(acetylcholine receptor,以下AChRと略記)抗体高値と胸腺腫を指摘され,49歳時に当科を紹介受診し,精査入院した.神経学的には側方視時の複視,右三角筋筋力低下(MMT5−),両腸腰筋筋力低下(MMT4),労作時の易疲労性を認めた.連続刺激試験で有意な漸減を認めず,テンシロン試験は陽性であった.浸潤性胸腺腫(左腕頭静脈,上大静脈,右心房浸潤,右胸膜播種)関連全身型MGの診断となった.QMGスコアは6点,MGFA Class IIaであった.プレドニゾロン,ピリドスチグミン臭化物による加療をしつつ,ADOC療法(アドリアマイシン,シスプラチン,ビンクリスチン,シクロフォスファミド)を4クール施行した後,拡大胸腺腫摘出術,右胸膜腫瘍および心囊合併切除,右上葉部分切除を施行した.病理所見は正岡IVa期,WHO分類はB3であった.

50歳時,胸腺腫の胸膜播種・肺転移を認め,胸腔鏡下胸膜播種切除,肺切除,横隔膜再建を施行し,術後化学療法(カルボプラチン+パクリタキセル)を4クール施行した.

51歳時,胸腺腫の胸膜播種を認め,開胸胸膜播種摘出術を施行した.

52歳時,胸腺腫の胸膜播種を認め,開胸胸膜播種摘出術,横隔膜再建を施行した.手術後に眼瞼下垂,頸部頸部挙上不能,労作時呼吸困難,起坐呼吸,呼吸補助筋の使用を認め,クリーゼと診断した.QMGスコアは施行できた項目だけでも17点,MGFA Class IVaであった.当科に入院し免疫吸着療法,単純血漿交換,ステロイドパルスを施行した.

治療後,自覚症状は眼瞼下垂のみ,QMGスコア6点,MGFA Class IIa程度と安定したまま2年ほど経過した.

54歳時に右眼瞼下垂,複視,息切れ,嚥下困難が増悪してきたため,1か月後に当科入院となった.入院後の臨床経過はFig. 1に示した.入院時,神経学的には眼瞼下垂,複視,頸部筋力低下,嚥下障害を認め,QMGスコア15点,MGFA Class IIIaであった.入院後より免疫グロブリン大量静注療法(intravenous immunoglobulin,以下IVIgと略記)を開始したが,IVIg 4日目に初発の意識消失発作を生じた.発見時は朦朧とし舌根沈下,咬舌していたが,次第に意識状態が改善し不穏状態となり,1時間程度で見当識が保たれ整合の取れた会話が可能になるまで改善した.経過より急性症候性発作を疑い脳MRIを撮像したが,DWI,ASL,造影T1強調画像(T1WI)を含め明らかな異常を認めず,血液検査でも明らかな異常を認めなかった.IVIg後のため各種自己抗体の検査は見送った.

Fig. 1 Clinical course.

The patient was originally administered PSL 12 ‍mg and Tac 3 ‍mg for myasthenia gravis. The time of exacerbation of MG symptoms was defined as month 0. After loss of consciousness, the patient developed amnesia and irritability as symptoms of limbic encephalitis, which improved with immunotherapy and anticonvulsants. The cognitive test results showed the same trend. Anti-AChR antibody titers elevated from month −4 but returned to baseline by month +6; QMG scores increased from month 0 but returned to baseline after first IVIg. mPSL: methylprednisolone, PEx: plasma exchange, IVIg: intravenous immunoglobulin, LEV: levetiracetam, LCM: lacosamide, QMG score: quantitative myasthenia gravis score, AChR: acetylcholine receptor, MMSE: Mini Mental State Examination, HDS-R: Hasegawa’s Dementia Scale-Revised, FAB: Frontal Assessment Battery, RCPM: Raven’s Colored Progressive Matrices, RBMT: Rivermead Behavioural Memory Test, SS: Screening Score, SPS: Standardized Profile Score, S-PA: standard verbal paired-associate learning test, RW: related words, UW: unrelated words

翌日になり,時の見当識障害,逆行性健忘,前向性健忘が判明した.起立性低血圧や膀胱直腸障害といった自律神経機能異常はなく,MG症状以外の筋力低下や感覚障害も認めなかった.追加で髄液検査を施行したが,異常を認めなかった.脳波では基礎律動が徐波化しており,高振幅徐波や連続性の棘波・鋭波が混入しているなどの異常所見を認めた.認知機能検査としてMini Mental State Examination(MMSE),改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R),レーヴン色彩マトリックス検査(RCPM),標準言語性対連合学習検査(S-PA)を行い,MMSE,S-PAの無関係対語で点数の低下を認めた.

診断的治療目的でステロイドパルス療法(メチルプレドニ‍ゾロン(mPSL)1,000 ‍mg/day × 3 days)を行ったところ,見当識障害や健忘症状は改善し,MMSE,S-PAも点数の向上を認め,退院となった.以上の経過より何らかの自己免疫性脳炎が疑われた.なお退院時QMGスコアは7点に改善していた.

その後外来にて経過観察していたが,徐々に健忘症状がめだつようになったため脳炎の再燃が疑われ,MG症状増悪3か月後に当科に再入院となった.入院時の認知機能検査ではMMSE,HDS-R,RCPMに加え,前頭葉機能検査(Frontal Assessment Battery,以下FABと略記)とリバーミード行動記憶検査(Rivermead Behavioural Memory Test,以下RBMTと略記)も施行した.いずれも正常範囲内であったものの,MMSE,HDS-Rの素点は前回退院時と比較して低下していた.脳MRIではFLAIRにて左内側側頭葉の腫大と高信号を認め,造影T1WIにて右内側側頭葉にわずかな増強効果を認めた(Fig. 2).脳波では前回同様の連続的な棘波・鋭波を認めた(Fig. 3).なお鋭波・棘波はジアゼパム静注により消失し,正常に近い基礎律動が認められるようになった.髄液検査では,前回同様に特記すべき異常を認めなかった.悪性腫瘍検索を行ったが,胸腹部造影CT,上下部消化管内視鏡ともに悪性腫瘍を認めなかった.血液検査にて各種自己抗体を検査したところ,抗leucine-rich glioma-inactivated 1(LGI1)抗体が陽性,抗contactin-associated protein 2(CASPR2)抗体がボーダーラインと判明し,抗VGKC複合体抗体陽性脳炎の診断となった.

Fig. 2 Brain MRI at month +3.

Before treatment, the FLAIR sequence showed swelling and a hyperintense lesion in the left medial temporal lobe, which disappeared after treatment.

Fig. 3 EEG at month +3.

Before treatment, the basic rhythm was slow-wave, with high amplitude slow waves and continuous sharp waves, which normalized after treatment. EEG: electroencephalography

前回の治療を踏襲してステロイドパルス療法(mPSL 500 ‍mg/day × 3 days)を施行し,またジアゼパムにより脳波が正常化したことから抗てんかん薬の有効性が期待されたためレベチラセタム(LEV)1,000 ‍mg/dayを開始したところ,内側側頭葉の腫脹とFLAIR高信号が改善した(Fig. 2).

しかしLEVを1,500 ‍mg/dayに増量した頃より易怒性がめだつようになり,LEVの有害事象が疑われたため,LEVを減量しラコサミド100 ‍mgを追加した.また抗VGKC抗体陽性の判明を受け,ステロイドパルス療法2回目(mPSL 500 ‍mg/day × 3 days)を行った.2回目のパルス後の脳波では棘波・鋭波が減少し,基礎律動が明確になった(Fig. 3).血漿浄化療法も検討されたが,易怒性はしばらく持続したためいったん自宅退院とした.

易怒性が落ち着いたため,MG症状増悪5か月後に再入院し,血漿交換療法とIVIgを行った.治療終了後に認知機能検査を行ったところ,MMSE,FAB,RCPM,RBMTともに点数の上昇をみとめた.なお入院時にQMGスコアを再検したが,7点と悪化を認めなかった.

考察

抗VGKC複合体抗体は,シナプス,末梢神経,神経筋接合部などに発現しているVGKCの機能を抑制する抗体である9.結合する部位に応じてサブタイプが分かれており,VGKCそのものに対する抗Kv抗体10や,VGKC複合体の構成要素であるLGI1やCASPR2を標的とした抗LGI1抗体や抗CASPR2抗体11が知られている.

抗VGKC複合体抗体に関連する疾患は末梢神経と中枢神経にまたがって多彩な症状や検査所見を呈し10,病型は罹患臓器によりIsaacs症候群,Morvan症候群,辺縁系脳炎,難治性てんかんと大きく4分される.本症例では辺縁系脳炎症状を呈しており,中でも比較的若い女性であり免疫治療が有効であったなど,抗CASPR2抗体よりも抗LGI1抗体の臨床的特徴1213に合致する点が多い.抗LGI1抗体の抗体価が抗CASPR2抗体よりも高かったこともあわせ,抗LGI1抗体が主因だったものと考えられる.

抗VGKC複合体抗体関連辺縁系脳炎の治療について既存の症例報告をまとめたところ,ステロイドを含む免疫治療が選択される例が大半であった(Table 1).Vincentら14の報告では,ステロイドを使用しなかった2例は軽度の改善ないし治療効果なしにとどまっていた.Iraniら16はIVIg後にステロイドを使用した6例中4例がIVIgの効果を認めなかったとしている.Rodriguezら17は,初回治療をステロイドで行った49例のうち23例で追加治療を要し,初回治療をIVIgで行った21例のうち14例で追加治療を要したとしている.治療内容ごとの効果について比較した研究はなかったが,これらの結果からはステロイドが他の治療よりも有効である可能性が高い.ただしRodriguezらは,急性期治療はIVIg単剤よりもステロイド単剤の方が有効であるものの,最終的には複数の免疫治療を併用するケースが多かったとも報告しており,他の報告でもステロイドとステロイド以外の免疫治療を組み合わせた例が過半数を占めていた.本症例では初回治療にステロイド単剤を用いたものの再発を経験したため,2回目はステロイドにIVIg,血漿交換を組み合わせて加療するといった,既報と同様の治療経過を辿った.ステロイドを中心としてIVIgや血漿交換をくみあわせた集学的な治療が良好な予後につながるものと考えられる.

Table 1 

Previous reports on the treatment of anti-VGKC complex antibody-associated encephalitis.

Number
of cases
Immunotherapy including steroids Immunotherapy
without steroids
Steroid only Combined therapy
Watanabe et al.9) 14 14
N/A N/A
Vincent et al.14) 10 8 2
1 7
Shin et al.15) 14 13
5 8
Irani et al.16) 27 24 3
N/A N/A
Rodriguez et al.17) 70 62 8
26 36

N/A: not applicable.

本症例はもともとMGに対し経口ステロイド,免疫抑制剤,IVIgといった十分な免疫抑制治療を受けていたにもかかわらず自己免疫性脳炎を発症した点が特徴的である.本症例の経過について後方視的に検討すると,MG症状増悪8か月前までは1 ‍nmol/l未満でコントロールされていた抗AChR抗体が,その3か月後には22 ‍nmol/lと上昇しており,MG症状増悪時には43 ‍nmol/lまで上昇していた(Fig. 1).このことからMGの病勢コントロール不良と抗VGKC複合体抗体の産生が関連していた可能性が考えられる.そもそもMG患者の胸腺腫組織ではVGKCをはじめとした神経筋に関連した抗原を異常発現しているとの報告18や,抗LGI1抗体,抗CASPR2抗体はともに胸腺腫や肺癌などを合併するとの報告12があり,MGや合併する神経免疫疾患の発症機序との関連が示唆されている.その上で抗AChR抗体価の急上昇があること,抗VGKC複合体抗体の産生と再発性胸腺腫に相関があるとの報告19や,胸腺腫切除により良好な経過をたどった抗LGI1抗体関連脳炎の報告20もあり,本症例では胸腺腫再発が懸念された.経過中の悪性腫瘍検索において明らかな胸腺腫再発は認めなかったが,55歳時になって心膜縦郭側および横隔膜部に胸腺腫の再発を疑う腫瘤が指摘され,以後も慎重な経過観察が続けられている.

一方,MG症状増悪1か月後の治療介入より脳炎症状は消長を繰り返していた傍ら,MG症状は一貫して落ち着いており,MGの病勢と脳炎の病勢は必ずしも一致していなかった.‍その理由として2疾患の免疫治療に対する反応性の違いなどが考えられるが,解明のためには更なる症例の蓄積が待たれる.

今回我々は胸腺腫関連全身型重症筋無力症の経過中に抗VGKC複合体抗体関連脳炎を発症し,後日になり胸腺腫再発が疑われた症例を経験した.胸腺腫において抗VGKC複合体抗体関連脳炎の合併は稀であるものの,胸腺腫症例の中枢神経症状を診療する際は抗VGKC複合体抗体の関与を念頭に入れる必要があり,また胸腺腫症例において抗VGKC複合体抗体が陽性であった場合は胸腺腫の再発や増悪も考慮する必要がある.

Notes

本報告の要旨は,第109回日本神経学会北海道地方会で発表し,会長推薦演題に選ばれた.

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

文献
 
© 2023 Japanese Society of Neurology

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