Rinsho Shinkeigaku
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Case Reports
A case of caseous calcification of mitral annulus resulting in multiple cerebral infarctions
Yoshifumi OgasawaraKagari ManoFumiaki HenmiYoshikazu UesakaYutaka Takazawa
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2023 Volume 63 Issue 2 Pages 97-100

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要旨

73歳女性.左片麻痺,構音障害で発症,頭部MRIで急性期多発脳梗塞を認めた.経食道心エコーで僧帽弁輪後尖側に乾酪様僧帽弁輪石灰化(mitral annular calcification,以下MACと略記)を認めて塞栓源と考えられた.その後に新規梗塞巣を認め再発リスクが高く,腫瘤切除と僧帽弁形成術が施行された.僧帽弁輪乾酪様石灰化(caseous calcification of the mitral annulus,以下CCMAと略記)はMACの一亜型で,MACから石灰化が進行して腫瘤を形成したものはcalcified amorphous tumor(CAT)と呼ばれる.本症例はCATを呈したCCMAから塞栓性脳梗塞を起こした稀な報告である.

Abstract

The patient is a 73-year-old woman. She presented with dysarthria, and a head MRI revealed multiple acute cerebral infarctions in the bilateral cerebral hemisphere and cerebellar hemisphere. Transesophageal echocardiography after admission revealed a 16 mm large mobile calcification of the mitral annulus (caseous calcification of the mitral annulus; CCMA) on the posterior apex of the mitral valve annulus. Since the CCMA had a high risk of relapse, and a new infarction was detected on the 8th day, resection of the mass and mitral valve replacement surgery were performed. CCMA is a subtype of mitral annular calcification (MAC). When calcification progresses from the MAC state to form a mass, it is called a calcified amorphous tumor; CAT. Reports of embolic cerebral infarction caused by CAT are rare, but this is a rare report of an embolic cerebral infarction from CCMA presenting as CAT.

はじめに

今回我々は,calcified amorphous tumor(CAT)を呈した僧帽弁輪石灰化(mitral annular calcification,以下MACと略記)の一亜型である僧帽弁輪乾酪様石灰化(caseous calcification of the mitral annulus,以下CCMAと略記)から多発塞栓性脳梗塞をきたした稀な症例を経験したことから過去の報告例を交えて,報告する.

症例

症例:73歳女性,右利き

主訴:左片麻痺,構音障害

既往歴:69歳 膀胱癌に対し経尿道的膀胱腫瘍切除術施行.

家族歴:特記すべき事項はない.

現病歴:2021年1月上旬起床時より左下肢の動かしにくさを自覚,翌日起床時には喋りにくさも出現したことから独歩にて当院救急外来を受診された.頭部MRIで急性期多発脳梗塞を認め,同日精査加療目的に当科入院となった.

入院時現症:身長156 cm,体重47.7 kg,体温36.5°C,脈拍88/分・整,血圧204/115 mmHg,呼吸回数12回/分,SpO2(室内気)98%.神経所見はJCS 0.脳神経症状には左口角下垂と軽度構音障害あり.上肢バレー徴候は左で回内,ミンガッツィーニ徴候は陰性であった.感覚系,小脳系,自律神経系に異常なし.NIHSS:2点(左口角下垂,構音障害)であった.

検査所見:血液検査では,HbA1c 6.9%,LDL-コレステロール194 mg/dlと軽度の耐糖能異常と脂質異常を認める以外は大きな問題はなく,D-dimerは0.5 μg/ml未満であった.また,血清カルシウムおよびリンは正常,腎機能も正常であった.総ホモシステイン,ループスアンチコアグラント,プロテインC/S,抗核抗体,PR3-/MPO-ANCAは陰性だった.頭部MRIでは両側大脳半球および小脳半球に多発するDWIおよびFLAIRで高信号を呈する病変を認めた(Fig. 1).頭頸部MRAでは主幹動脈閉塞や有意狭窄は認めなかった.

Fig. 1 Brain MRI on admission.

Axial DWI image and FLAIR showed increased signal intensity in the bilateral cerebral hemisphere and cerebellar hemisphere.

入院後経過:入院日に経胸壁心エコー検査を施行し,僧帽弁後尖側の弁輪を中心として内部無エコーな塊状石灰化病変を認めた.同部位に円形かつ辺縁整な約12 × 10 mm大の腫瘤の付着を認め,CATが疑われた(Fig. 2A, B).CATの性状評価や左心耳血栓,卵円孔開存などの評価目的に入院6日目に経食道心エコー検査を施行した.僧帽弁の後尖に付着する可動性に富んだ約15 mm大の腫瘤を認め,内部は無~低エコーでCCMAが疑われた(Fig. 2C).同日に頭部MRI検査を再検したところ,大脳半球や中脳に新規の小梗塞を認めた(Fig. 2D, E).CATは大きく脆弱性もあり,短期間で脳梗塞の再発を来しており,今後の再発リスクが高いと判断した.そのため,入院8日目に腫瘤切除術と僧帽弁形成術が施行された.術中所見では石灰化した腫瘤と僧帽弁の乾酪様石灰化病変を認めた(Fig. 3A).病理ではリンパ球浸潤を伴う乾酪部位と石灰化を認め(Fig. 3B),CCMAおよびCATに矛盾しなかった.術後経過は良好で,入院21日目にリハビリテーション病院に転院した.発症から4ヶ月後の外来では構音障害はほとんどめだたず,左上肢バレー徴候は陰性化,左下肢筋力もMMT 5−レベルまで改善し,ADLはmRS1程度で良好な経過である.

Fig. 2 Ultrasonography and radiological findings.

(A), (B) A transthoracic echocardiography examination revealed caseous calcification of mitral annulus; CCMA and calcified amorphous tumor; CAT (arrows). (C) Transesophageal echocardiography showed movable CAT (arrow). (D) MRI DWI on the 6th day revealed that the high-signal-intensity lesions have spread to the cerebral hemisphere and midbrain. LA; left atrium, LV; left ventlicle, AV; aortic valve, MV; mitral valve.

Fig. 3 Operative and pathological findings of caseous calcification of the mitral annulus (CCMA) and calcified amorphous tumor (CAT).

(A) Operative findings show CCMA (arrows) and CAT (arrowheads). (B) A histological examination revealed nodular caseous calcifications (arrows). A cluster of lymphocytes is seen (arrowheads). Hemat oxylin and Eosin staining; bar = 100 μm.

考察

MACは,僧帽弁線維輪,特に後輪の慢性変性である.CCMAはMACの一亜型で,CCMAの正確な有病率は不明である.一定期間,対象施設で心エコー検査を受けた全患者について二つの前向き研究が報告されており,いずれもMACの有病率は10.6%で,このうちCCMAは0.63%~0.64%で認めたとされる(すなわち,CCMAは全体の0.06%~0.07%に認められた)12.しかしながら,何らかの基礎集団を持つ母集団を対象とした研究のため実際の有病率はこれよりも低いと思われる.また剖検におけるCCMAの有病率は,MACの症例のうち2.7%と判明している3.CCMAはコレステロール値の上昇,慢性腎不全,高カルシウム血症の患者に好発し,CCMAがアテローム性動脈硬化症およびリン酸カルシウム代謝の変化と関連している可能性が示唆される45.またMACは,複数の心血管系危険因子または慢性腎臓病を有する患者ではより高い有病率であると報告されている6.CCMA患者における塞栓性脳梗塞の有病率は19.2%との報告があり,MACの中でも乾酪壊死を伴うCCMAはより脳梗塞の発症リスクが高いとされている7.一方で無定形な線維性組織を背景とした石灰化結節からなる非腫瘍性心臓病変はCATと呼ばれる.CATは,1997年にレイノルズらが最初に非腫瘍性心臓石灰化塊として報告した.CATによる塞栓機序としては,塊自体が遊離する場合と塊表面のフィブリンキャップが遊離する二つの説が唱えられている8.また文献化されたCATによる脳塞栓の17症例をまとめた報告9によると,CATの心臓内の発生場所としては僧帽弁が最多で,CATはMACを伴いやすいこと(44%),透析患者に多いこと(50%)が報告されている.本症例は非透析患者であり,経時的な観察はできていないがCCMAを背景としてCATが形成された可能性がある.CATの治療については,無症候性であっても突然死や動脈塞栓のリスクが高いことから基本的には手術を行う1011.また,MACの症例に対してアスピリン内服で3ヶ月後に病巣が消失した報告もあるが抗血小板薬の有用性については十分な検討はされていない12.本症例は進行性の病変を呈していたことや,可動性が高く遊離リスクの高い13ことから緊急摘出術の方針となった.CATの再発は極めて稀であるとされるが術後3年目に再発をきたした報告もあることから14,術後も定期的な画像のフォローアップが必要である.

Notes

本報告の要旨は,第238回日本神経学会関東・甲信越地方会で発表し,会長推薦演題に選ばれた.

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

文献
 
© 2023 Japanese Society of Neurology

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