Rinsho Shinkeigaku
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Brief Clinical Notes
A case of lithium intoxication with reversible parkinsonism
Takahiro OtaKosuke YoshidaYasuhiro SuzukiKenji KurodaTakashi Kimura
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2023 Volume 63 Issue 6 Pages 382-385

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要旨

症例は73歳男性.39歳時から双極性障害の治療を受けていた.入院2か月前から歩きづらさ,手の動かしづらさが出現しパーキンソン症候群が疑われ精査入院した.入院時血中リチウム濃度は正常上限程度(1.34 mEq/l)であったが徐々に食事摂取量が減少し,会話のかみ合わなさが出現・悪化したため入院6日目に再検したところ中毒域(2.44 mEq/l)に達していた.リチウム内服中止し輸液を行い,運動症状を含めた全身状態は改善傾向となり入院24日目に薬剤調整目的に精神科へ転院した.慢性中毒は治療域上限程度であっても発症し得ること,減塩が中毒の誘因となる可能性があり入院食開始時は注意することが重要である.

Abstract

A 73-year-old man, who had been treated for bipolar disorder since he was 39 years old, was admitted because he had developed difficulty in walking and moving his hands for the past 2 months. He was suspected of having Parkinson’s syndrome. On admission, his blood lithium level was at the upper limit of normal (1.34 mEq/l), but his food intake gradually decreased and his communication difficulties worsened. On the sixth day of hospitalization, his blood lithium level was in the toxic range (2.44 mEq/l). His general condition, including motor symptoms, improved after lithium medication was discontinued and infusions (normal saline) were started. On the 24th day of admission, he was transferred to the psychiatry department for a psychotropic medication adjustment. It is important to note that chronic intoxication can occur even at the upper limit of the therapeutic range and that salt reduction at the start of the inpatient diet may be a trigger for intoxication.

はじめに

リチウム中毒はパーキンソニズムを起こし得るが,慢性中毒の場合は治療域上限程度であっても発症し得ること,減塩が中毒の誘因となることが盲点となる.入院後に症状の悪化を来たした症例について,教訓的な意味合いを込めて報告す‍る.

症例

症例:73歳男性

主訴:歩きづらさ,手の動かしづらさ

既往歴:双極性障害,慢性腎臓病,高血圧症,脂質異常症.

家族歴:特記事項なし.

現病歴:39歳時から双極性障害の治療を受けており,他院精神科で炭酸リチウム400 mg/日,フルボキサミン50 mg/日,バルプロ酸400 mg/日を継続的に内服していた.入院2か月前から抑うつ傾向で食欲が低下し,歩きづらさ,手の動かしづらさが出現したためパーキンソン症候群が疑われ精査入院した.過去2か月間に内服薬の変更はなかった.

入院時現症:身長156 cm,体重58 kg.血圧112/72 mmHg,脈拍数66回/分,呼吸数16回/分,体温36.6°C,SpO2 97%(室内気下).意識レベルはJCS 2,GCS E4V4M6.失語・失認・失行なし.四肢鉛管様筋強剛・運動緩慢(左右差なし),両上肢姿勢時振戦,前傾姿勢,開脚小刻み歩行(病室内つたい歩き),姿勢反射障害を認め,modified Hoehn-Yahr分類4.0,The Unified Parkinsonʼs Disease Rating Scale part III 31と評価した.改訂長谷川式簡易知能評価スケールは13点(減点:見当識,計算,数字逆唱,遅延再生,物品記銘,言語流暢性)であった.

検査所見:腎障害(BUN 24.5 mg/dl,Cr 1.51 mg/dl)を認め,リチウム血中濃度は1.34 mEq/lと正常上限程度であった(基準値:0.60~1.20 mEq/l).血糖値・電解質正常,NH3値・甲状腺機能・ビタミンB1・B12・葉酸値は正常であった.バルプロ酸血中濃度は35 μg/mlと基準値未満であった.髄液検査は無色透明,初圧8 cmH2O,蛋白軽度上昇(58 mg/dl),細胞数正常(1 μl(単核球))であった.脳MRIでは少量の左慢性硬膜下血腫を認めたが無症候性と考えられ,フォローアップでも著変はなかった.両側前頭葉に萎縮傾向がみられたが,脳室拡大,中脳被蓋や小脳の萎縮,橋十字サイン,被殻外側の信号変化はみられなかった.123I-イオフルパンシンチグラフィーは正常集積であった(Fig. 1).脳波は基礎律動の徐波化(7 Hz)を認めたが,明らかな突発性異常波や周期性同期性放電は認めなかった.

Fig. 1 123I-ioflupane scintigraphy: normal findings.

経過(Fig. 2):徐々に食事摂取量が減少し,会話のかみ合わなさが出現・悪化,両上肢に姿勢時振戦に加えミオクローヌスも出現し,歩行障害も悪化したため入院6日目にリチウム濃度を再検したところ中毒域の2.44 mEq/lに達しており,腎障害の悪化も伴っていた.リチウム内服を中止するとともに細胞外液の輸液を開始し,腎障害・リチウム濃度の改善とともに,疎通性・食思不振も徐々に改善傾向となった.パーキンソニズムについても,一時は歩行が困難となったが,抗ドパミン薬の投与は行っていないなかで,最終的に歩行器で病棟内歩行が可能な状態まで改善し,向精神薬の調整目的に入院24日目に精神科へ転院した.

Fig. 2 Clinical course.

The patient’s food intake gradually decreased, and his difficulties in communication and walking became worse. On the sixth day of hospitalization, lithium concentration reached 2.44 mEq/l, which was in the toxic range, and was accompanied by worsening renal impairment. Lithium was discontinued and extracellular fluid infusions were started, and renal impairment and lithium concentration showed a tendency to improve. He could not walk for a while because of parkinsonism, but eventually his condition improved enough that he was able to walk with a walker. He was transferred to the psychiatry department on the 24th day of admission for a psychotropic medication adjustment. NS; normal saline.

考察

リチウムの有効血中濃度は0.60~1.20 mEq/lであるが,中毒域は1.50 mEq/l以上と近接しており,消化器症状・神経症状が主体となる.ただし慢性中毒では体内のリチウムの蓄積量が大きいことから,治療域上限程度であっても中毒を生じる場合があるとされる1.本例は入院時1.34 mEq/lと中毒域には達しておらず,また外注検査のため結果が出るまでにタイムラグが生じるという制約はあったものの,より早期に減薬・中止に踏み込めていれば以降の症状進行を防げた可能性があり,反省すべきと考えている.中毒の誘因としては,脱水,腎障害,薬剤(非ステロイド性抗炎症薬,利尿薬,アンギオテンシン変換酵素阻害薬,アンジオテンシンII受容体拮抗薬,メトロニダゾール)が挙げられる2.その他,入院下の減塩食が誘因となった症例も報告されており3,減塩により遠位尿細管でのリチウムの再吸収が亢進するためと考えられている4.本例では抑うつ傾向による食思不振・脱水に起因する腎障害の増悪と,入院食(慢性腎臓病食(塩分6 g/日))開始に伴う塩分摂取量の減少が中毒発症に関与した可能性が考えられた.実際,入院8日目の血中Na値は血管内脱水の割に138→136 mEq/lと低下傾向にあり,減塩の影響も示唆された.

中毒症状としてのパーキンソニズムについては,運動障害としては振戦の頻度が高く,そのほか筋強剛や運動緩慢も起こり得るとされる5.機序は不明確であるが,動物実験の結果からリチウムが黒質ドパミン神経細胞の線条体でのドパミン分泌を抑制する機序や6,症例検討の結果からリチウムがアセチルコリンエステラーゼ様に作用し中枢性コリン濃度を上昇させる機序などが推察されている7.いったん中枢神経症状が生じると数日~数週間持続する可能性があり1,リチウム中止により症状が改善する例と,遷延する例のいずれも報告がある5.またバルプロ酸についても,高齢者では振戦のほかに筋強剛や運動緩慢といったパーキンソニズムを呈する場合がある8.ミトコンドリア呼吸鎖酵素であるcomplex Iを傷害する機序や,GABA活性を上昇させる機序などが推察されており,中止により改善することが多い9

リチウム中毒はパーキンソニズムを起こし得るが,慢性中毒の場合は治療域上限程度であっても発症し得ること,減塩が中毒の誘因となることが盲点となる.中毒域までは達していない場合でも,慢性中毒の可能性がある場合は精神科との連携のうえ薬剤調整の必要性について早めに検討を行うこと,入院時には減塩食を避けることが中毒の進行を防ぐうえで重要である.

Notes

本報告の要旨は,第110回日本神経学会北海道地方会で発表し,会長推薦演題に選ばれた.

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

文献
 
© 2023 Japanese Society of Neurology

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