Rinsho Shinkeigaku
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Case Reports
A case of crossed aphasia following infarction in the right anterior cerebral artery territory
Kenji IshiharaMisa KakuraiKeiko EndohKazuhiko KobayashiToshiomi Asahi
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2023 Volume 63 Issue 7 Pages 450-455

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要旨

症例は68歳,右利き女性で,利き手の矯正歴,左利きの家族歴はない.高血圧性緊急症で入院中に意識障害,下肢に強い左片麻痺,発話障害,左半側空間無視を認め,MRIにて右前大脳動脈領域に急性期梗塞を示唆する所見を認めた.亜急性期の言語症状として開始困難,速度低下,抑揚の消失,音韻性錯語を主徴とする発話障害を認め,理解,復唱,読字,書字でも障害が見られ,「変則型」交叉性失語と考えた.両上肢の失行,構成障害,左半側空間無視は見られなかった.右前大脳動脈領域梗塞による交叉性失語の報告は少ないが,失語症状,合併症状は症例により異なり,半球側性化の個人差を反映していると考えられた.

Abstract

We report a patient presenting with crossed aphasia following infarction in the territory of the right anterior cerebral artery (ACA). A right-handed 68-year-old woman without a history of correction had acute disturbance of consciousness, left hemiparesis predominant in the lower extremity, speech disorder and left unilateral spatial neglect during the admission due to hypertensive emergency. No other family member was left-handed. MRI of the head revealed acute phase infarction in the territory of the right ACA: mesial frontal lobe including the supplementary motor area, anterior cingulate gyrus, and the corpus callosum. Language symptoms in the subacute phase included difficulty in initiation, slow speech rate, loss of intonation and phonetic paraphasia, and accompanying errors in comprehension, repetition, reading, and writing letters. These symptoms suggested “anomalous” type crossed aphasia. No limb apraxia, construction disorder or left unilateral spatial neglect was observed in this period. Only a few cases of crossed aphasia due to infarction in the territory of the ACA have been reported so far. However, language and concomitant symptoms differs, depending on each case, suggesting a difference in individual cerebral lateralization.

はじめに

右利き者が右大脳半球病変により失語を呈した場合,交叉性失語と呼ばれ,右半球の血管障害例における出現頻度は1.8~3%とされている1.病巣はほとんどが中大脳動脈(middle cerebral artery,以下MCAと略記)領域であり,前大脳動脈(anterior cerebral artery,以下ACAと略記)領域梗塞による報告例は非常に少ない.われわれは右ACA領域梗塞により失語を呈した症例を経験し,言語症状および合併症状について考察したので報告する.なお本論文作成にあたり,本人より口頭および文書にて同意を得ている.

症例

症例:68歳,女性 右利き(矯正歴なし) 最終学歴は中学校卒

主訴:言葉が話しにくい 左手足が動かしにくい

既往歴:60歳時より高血圧.幼少時の頭部外傷歴,てんかんの既往はない.

家族歴:特記すべきことなし.両親,同胞,子供たちに左利き者はいない.

現病歴:X年7月某日起床時に,左足に力が入らなかった.その後,症状は消失したが,同日昼頃に自宅近くの駐車場で倒れているところを発見された.救急搬送時に,意識は回復し,四肢の脱力も見られなかったが,収縮期血圧が200 mmHg以上であり,降圧剤点滴でも改善しなかったため,高血圧性緊急症の診断で近医循環器内科に入院した.第4病日,意識障害および下肢に強い左片麻痺が出現し,発話障害,左半側空間無視も見られた.頭部MRIにて脳梗塞と診断され,同院脳神経外科に転科し,保存的に加療された.高血圧の原因精査の結果,両側腎動脈狭窄が見られたため,第21病日および第56病日に,カテーテルによる両側腎動脈拡張術を施行.全身状態が安定したため,リハビリテーション目的に,同年9月中旬,当院に入院した.

神経学的所見:意識は清明であり,場所の見当識は正常.後述のように失語と考えられる言語機能の障害を認めたが,両上肢の観念運動性失行,模倣行為や反響言語などの環境依存症候,病的把握,左半側空間無視,口舌顔面失行は,いずれも見られなかった.脳神経領域では異常を認めなかった.運動系では下肢に強い左片麻痺,左上下肢腱反射亢進,左Babinski徴候を認めた.感覚系では左片麻痺に伴う動作時の疼痛が見られたが,表在覚,深部覚ともに正常であり,両手の触覚性呼称も正常であった.高次脳機能検査では,HDS-R 19/30,MMSE 21/30と低下していたが,失点の内容は時間の見当識,単語の遅延再生,連続減算,数字の逆唱であり,野菜名の想起は11個と良好,double pentagonの模写は正確であった.Benton視覚記銘検査(施行法A)では正確数4,誤謬数6であり,軽度の視覚性記憶低下が見られた.Trail making test(TMT)は施行法Aで432秒,Bで592秒といずれも遅延しており,線分抹消課題でもすべての標的をマークするのに116秒を要した.Frontal assessment battery(FAB)で語の流暢性,運動系列,反応の選択,Go/No-Go課題での失点により8/18と低下していたことから,前頭葉機能低下による注意・遂行機能障害が存在すると考えられた.Kohs立方体立方体組み合わせ検査ではIQ 47.9と低下していたが,透視立方体模写は正確であり,構成障害はないと考えられた.WAIS-IIIではVIQ 72,PIQ 69といずれも低下していたが,下位項目では言語理解82,知覚統合75,作動記憶67,処理速度69であり,言語理解は比較的良好であった.しかしながら単語の説明では「必須」「経緯」のような抽象語で障害が見られた.数字の順唱は3桁,逆唱は2桁といずれも低下していた.

言語症状:自由会話場面では,発話発動性は保持されていたが,開始時の遅延,抑揚の消失,発話速度の低下がめだち,語を探索する傾向,助詞の誤り,軽度の音の歪みが見られ,プロソディーが障害された非流暢な発話であった.音節の繰‍り返しでは,単音節,複合音節ともに,非常にゆっくりとした発話であり,発語失行に見られるような両者の乖離は見られなかった.発症2ヶ月後の標準失語症検査(standard language test of aphasia,以下SLTAと略記)の結果をFig. 1(実線)に示す.呼称課題では机を「つづ」,ふすまを「しょうず」→「ふすま」と発話するような音韻性および意味性錯語,門松に対して「まつ」→「かごまつ」→「かどまつ」のように自己修正を伴う接近行為が見られた.動作説明課題では「たいこをたたいている」を「たい,こ」→「た,た,たいこ」→「たいこをたたつてる」という不自然な音の途切れや繰り返しを伴う音韻性錯語が見られた.復唱は単語,短文は正確であったが,「私の家に田舎から大きな小包が届いた」→「私の家に大きな荷物が届いた」のように長い文で障害が見られた.動物名の想起は5個と低下していた.読字は「100円玉と万年筆をハンカチの上に置いてください」のような長文で誤反応が見られた.書字では「しんぶん」を「そんぶん」と誤る仮名の音韻性錯書,「犬」を「太」と誤る漢字の形態性錯書が見られた.麻痺のため左手での書字は不可能であった.計算の項目では,3桁以上の加算,減算と2桁以上の乗算,除算で障害が見られた.トークンテストでは145/166であり,情報量の多い文,文法的な正確さを要求される文で誤りが見られた.失語症構文検査(試案IIA)2では,主語,目的語の順番が入れ替わるような文での理解障害,受動態の文での産生障害が見られた.

Fig. 1 The results of SLTA.

The results of the standard language test of aphasia examined about two months (solid line) and seven months (dotted line) after the onset of the disease. Disturbances in speaking, especially word fluency and explaining picture story, reading comprehension, and writing in the first examination are revealed. In the second examination, auditory and reading comprehension are improved, however, explaining picture story, sentence repetition and word fluency are still disturbed.

経過:1日40~60分間,視覚性注意課題,小学生低学年向けの文法ドリル,語想起課題,書字などの言語療法を継続し,また本人の希望により,スマートホンに文字を入力する訓練も行った.入院5ヶ月後のSLTA(Fig. 1,点線)では聴理解,動作説明,書字理解,仮名の書字で改善が見られた.しかし長い文の復唱,漫画の説明,語想起は障害が見られた.計算でも3桁の加算,減算は可能となったが,2桁以上の乗算,除算では障害が見られた.トークンテストでは159/166まで改善し,失語症構文検査(試案IIA)2でも文の理解・産生ともに改善が見られた.またスマートホンで文字を入力して家族とコミュニケーションをとることも可能となった.TMT施行法Aは251秒,Bは340秒,線分抹消課題の所要時間は25秒まで短縮し,FABは反応の選択が0から3に改善し11/18,Kohs立方体組み合わせ検査でもIQ 70.8と改善が見られ,前頭葉機能,注意・遂行機能が改善していることが示唆された.しかしこの時期に施行した標準言語性対連合学習検査では有関係対語3-4-6,無関係対語0-0-0であり,言語性記憶の低下が見られた.

画像所見:発症当日の頭部MRI,拡散強調画像水平断(Fig. 2)では,右ACA領域全域,脳梁全域,帯状回,上前頭回皮質・皮質下に高信号が見られた.MRAでは右椎骨動脈が全長で描出不良であったが,両側ACA,MCA,後大脳動脈は全長で描出されており,有意な狭窄も見られなかった.発症4ヶ月後の頭部MRI FLAIR画像水平断では,右ACA領域の全域に,亜急性期から慢性期の梗塞を示唆する所見を認めた(Fig. 3).同時期のT2強調画像矢状断では,補足運動野を含む右前頭葉内側面,帯状回,脳梁体部,中心傍小葉の内側面に,梗塞を示唆する高信号を認めた(Fig. 3).また右橋被蓋部,右中脳下端部傍正中に陳旧性梗塞が認められたが,これらは急性期の拡散強調画像でいずれも低ないし等信号であり,失語をはじめとする高次脳機能障害への影響はないものと考えられた.

Fig. 2 MRI of the head performed on the day of disease onset.

Diffusion weighted image, axial scan (TR = 302.59, TE = 83.59). Abnormal high signals are detected in the right anterior artery territory.

Fig. 3 MRI of the head performed 4 months after the onset of the disease.

Fluid attenuated inversion recovery images, axial scan (upper low, TR = 8,000, TE = 1,200) and T2 weighted images, sagittal scan (lower row). Lesions suggesting subacute to chronic face infarction can be seen in the medial surface of the right frontal lobe, including the supplementary motor area, anterior cingulate gyrus, paracentral lobule and body of the corpus callosum.

考察

本例は利き手の矯正歴,左利きの家族歴はいずれもなく,左利きの素因はない.小児期の頭部外傷やてんかんの既往もない.言語機能では開始困難,速度低下,抑揚の消失,音韻性錯語を主徴とする発話障害を認め,理解,復唱,読字,書字でも障害が見られた.Mariënらによる成人発症の交叉性失語文献例のレヴュー3によれば,交叉性失語の診断には,1)失語であること,2)正式な検査方法により生来の右利きであること,3)病変は左半球損傷を伴わず,右半球に限局していること,4)左利きあるいは両手利きの家族歴がないこと,5)小児期の頭部外傷,けいれんの既往がないこと,の全てを満たすことが必要とされる.本例では,脳血流SPECTは施行されていないが,MRIで見られた急性期病変は右半球内に限局していることから,上記のいずれの項目にも合致しており,交叉性失語の診断要件を満たしている.右ACA領域梗塞で,補足運動野あるいは前部帯状回の病変によると考えられる発話障害が報告されている4)~6が,本例は発話以外の側面でも障害がみられていることから,交叉性失語と捉えられる.なお脳血管障害による失語では,時間経過とともに症状の内容が変化することが多いため,病巣と症状の対比は,発症3週間から3ヶ月後の亜急性期に行なわれることが適切とされており3,本例でもこの期間内に見られた症状に基づいて考察する.

Mariënら3によれば,交叉性失語例における病巣と失語症状の対応は,左半球の相同部位に対応する言語症状を呈する「鏡像型」が6割,言語症状が左半球の相同部位に相当しない「変則型」が4割であり,また合併症状ではプロソディー障害,左半側空間無視,構成障害,計算障害を呈する症例が比較的多かった,とされている.左ACA領域梗塞では超皮質性運動性失語を呈することが多い7が,本例の言語症状は復唱でも障害が見られたこと,発話発動性は低下していなかったこと,理解障害を伴っていたことなどから,超皮質性運動性失語とは異なる.また呼称課題で錯語が見られたこと,HDS-Rでの語列挙は良好であったことから,超皮質性運動性失語の特徴を示しながら,視覚性呼称が良好であるのに対して語列挙が顕著に低下している,という補足運動野失語8とも異なる.したがって本例に見られた失語は「変則型」の交叉性失語に該当するものと思われる.さらに,本例で音韻性錯語や自己修正を伴う接近行為,復唱障害が見られた点は伝導性失語に類似していると考えられるが,自発話におけるプロソディー障害が強く,また理解障害を伴っていた点は,伝導性失語として典型的ではない.交叉性失語では,左半球病変による失語症状と区別することは困難な場合が多い一方で,非典型的な失語症状を呈する交叉性失語例も存在するとされる9.本例の失語症状は,プロソディー障害を主徴とする発話障害,言語性短期記憶障害または全般性注意障害による理解障害を特徴とし,これに錯語,読み書きの障害を伴ったと考えられるが,古典分類における失語型を一つに特定することは難しい.また右ACA領域病変(脳梁,前頭葉内側面)によりプロソディー障害1011,書字障害1213,発話における音韻性錯語14を呈した症例の報告はあるが,症例数が少なく,症例間の差違も大きいことから,病巣と症状の関係についての一定の傾向は見出せない.

本例と同様に右ACA領域病変による交叉性失語の報告例をTable 1に示す.Brustら15の症例は剖検例であり,帯状回,上前頭回の皮質・皮質下,Heubner動脈の支配域である線条体前部に病変を認めた,とされている.この症例では補足運動野の病変による発話障害の可能性も想定されているが,言語症状としては呼称,理解,書字にも障害が見られたことから,本例の言語症状と類似している.Kimら16の症例は交叉性の超皮質性運動性失語と位置付けられており,「鏡像型」の交叉性失語と考えられる.この症例ではMRIで脳梁には病変を認めていないが,脳梁離断症候である左手の観念運動性失行を伴っている.Ishizakiら14の症例はMRIで脳梁に限局した病変を認め,脳血流SPECTで左半球に局所的な血流低下を認めたことから,脳梁病変によるdiaschisisによって失語症状が出現したものと考察されている.この症例でも左手の観念運動性失行,構成障害を伴っている.一方本例は脳梁体部を含む右ACA領域全域に梗塞を認め,失語症状はBrustら15の症例,Ishizakiら14の症例に類似しているが,急性期に左半側空間無視が一過性に見られた以外には,左手の観念運動性失行,触覚性呼称障害,右手の構成障害などの脳梁離断症候を伴っていなかった.以上のことから,交叉性失語の大部分を占めるMCA領域梗塞の場合と同様に,ACA領域梗塞による交叉性失語でも,言語症状,合併症状にはバリエーションがあり,症例により半球側性化が異なることが示唆される.

Table 1  Case studies of crossed aphasia due to right ACA territory infarction.
Author (year) age, gender aphasia symptom other symptoms
Brust et al (1982) 77, female disturbance of speech initiation and spontaneity, naming error, comprehension error, agraphia left unilateral spatial neglect
Kim et al (2011) 70, female perseveration naming error comprehension error ideomotor apraxia of the left hand, magnetic apraxia, left unilateral spatial neglect
Ishizaki et al (2012) 68, female word retrieval disorder, aprosodia, phonetic paraphasia, agrammatism ideomotor apraxia and construction disorder of the left hand
our case 68, female aprosodia, phonetic paraphasia, agrammatism, repetition error, comprehension error, agraphia left unilateral spatial neglect (acute phase only)
Acknowledgments

謝辞:急性期の臨床経過につき情報をご提供頂いた千葉西総合病院脳神経外科,竹田哲司先生に深謝します.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

文献
 
© 2023 Japanese Society of Neurology

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