Rinsho Shinkeigaku
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Original Articles
National Questionnaire Survey on the Actual Use and Content Evaluation of the human T-cell leukemia virus type I (HTLV-1) -associated Myelopathy (HAM) Practice Guidelines 2019
Naoki TakaoTomoo SatoJunji YamauchiNaoko YagishitaErika HoribeYoshihisa Yamano
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2023 Volume 63 Issue 7 Pages 433-440

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要旨

診療ガイドラインは作るだけでは不十分で実践される必要がある.そこで「HAM診療ガイドライン2019」の普及の程度,日常診療とのギャップの定量化,実践にあたっての課題の抽出・ニーズの把握を目的に専門医にアンケート調査を行った.ガイドラインの普及度は12%と低くまだ十分活用されていないこと,専門医の25%はヒトT細胞白血病ウイルス1型(human T-cell leukemia virus type I,以下HTLV-1と略記)感染の確認検査を知らずHTLV-1に関する知識は不十分であること,また疾患活動性に応じて治療強度を決定する方針への同意率は90.7%と高いものの,その評価に有用な脳脊髄液マーカー測定の実施率は27%と低いことなどが判明した.今回得られた知見を活用し,さらなる周知を進めることが重要である.

Abstract

It is not enough to just create medical practice guidelines; they are also required to be implemented into practice. Therefore, we surveyed specialists to determine the extent of the dissemination of the “HAM Practice Guidelines 2019,” to quantify gaps, identify challenges, and understand needs in daily practice. The survey also revealed that the 25% of the specialists were unaware of the tests required for confirming human T-cell leukemia virus type I (HTLV-1) infection. Additionally, they had insufficient knowledge of the HTLV-1 infection. About 90.7% of the specialists agreed with the policy of determining treatment intensity based on disease activity. However, the implementation rate of cerebrospinal fluid marker measurement, which is useful for this assessment, was as low as 27%. Hence, it is important to use the findings of this study to further promote awareness about this issue.

はじめに

ヒトT細胞白血病ウイルス1型(human T-cell leukemia virus type I,以下HTLV-1と略記)の感染者の一部に発症するHTLV-1関連脊髄症(HTLV-1-associated myelopathy,以下HAMと略記)は,進行性の痙性脊髄麻痺を特徴とする希少な炎症性神経疾患である1)~4.HAM患者は主に歩行障害,膀胱直腸障害,感覚障害を来し,進行すると車いす生活や寝たきりとなるなどQOLが極めて低下する.そのため,我々は全国におけるHAMの診療の質の向上と均てん化およびそれによる患者のQOL向上を目指して,日本神経学会監修のもと,厚生労働省難治性疾患政策研究班(研究代表:山野嘉久)にて「HTLV-1関連脊髄症(HAM)診療ガイドライン2019」を作成した5.このガイドラインでは,HAMの疾患活動性を評価し活動性に応じた層別化治療の実施やHAM確定診断後‍の成人T細胞白血病/リンパ腫(adult T-cell leukemia-lymphoma,以下ATLと略記)のスクリーニング検査の実施など,標準的な診療アルゴリズムを専門家や患者会,関連学会の合意を得て示した.しかしながら,質の高い医療が現場で実践され,全国の患者のQOL向上へと結びつけるためには,診療ガイドラインを作成し公開するだけでは不十分で,ガイドラインと日常診療におけるギャップ,いわゆるエビデンス・プラクティス・ギャップを埋める必要がある.具体的には診療の質評価指標(Quality Indicator,以下QIと略記)などの指標によりギャップを定量化し,普及活動によるギャップの解消を目指すことが求められる.また,日常診療で実践するにあたっての課題を抽出し,ニーズを把握して,新規治療・検査の確立,新規エビデンスの創出,実施環境の改善を行い,ガイドラインをさらによいものに改訂していくといったPDCAサイクルを実現していくことも重要である.

本研究は,「HAM診療ガイドライン2019」の認知度・普及度を把握し,エビデンス・プラクティス・ギャップの定量化,ガイドラインの実践にあたっての課題の抽出を行うことで,臨床現場でのニーズの把握やガイドライン普及活動によるギャップの解消を達成することを目的として,調査票を用いて全国の脳神経内科専門医6,080名を対象にアンケート調査を実施した.

対象・方法

1. 調査対象

国内の一般社団法人日本神経学会認定 脳神経内科 専門医6,080名(2020年12月18日時点)を調査対象とした.

2. 調査方法・期間・調査項目

無記名自記式質問紙を作成し,日本神経学会より購入した専門医宛名ラベルを用いて調査対象の専門医へ郵送して回答を依頼した.2020年1月27日に一斉送付し,回収期限は同年2月29日とした.また今回のアンケート調査票に「HAM診療ガイドライン2019」の三つのフローチャートを掲載した(Fig. 15

Fig. 1 Flowchart of the HAM Clinical Practice Guidelines 2019.

This is a flowchart from the HTLV-1-associated myelopathy (HAM) Clinical Practice Guidelines 2019. A: Flowchart of the diagnosis of HTLV-1 infection, B: Algorithm for HAM diagnosis, and C: Treatment Algorithm for HAM. ※Reprinted from the figure in article 5 with permission.

調査項目(Table 1)は班員のコンセンサスを得て策定した.

Table 1  アンケート調査項目.
設問1.基本情報
 「HAM診療ガイドライン2019」の認知度
設問2.「HTLV-1感染の診断のためのフローチャート」
 (ア)HTLV-1抗体確認検査の実施頻度
 (イ)確認検査のWB法からLIA法への移行を知っているか
 (ウ)確認検査判定保留時のHTLV-1核酸検出(PCR法)の実施頻度
 (エ)確認検査判定保留時のHTLV-1核酸検出(PCR法)の保険承認の希望の程度
設問3.「HAMの診断アルゴリズム」
 (ア)痙性対麻痺を認め,HTLV-1感染が不明である症例に対する血液HTLV-1抗体検査の実施頻度
 (イ)痙性対麻痺を認め,血液HTLV-1抗体検査が陽性でHAMが疑われる症例に対する髄液HTLV-1抗体検査の実施頻度
 (ウ)HAMが疑われる症例に対する鑑別疾患のための脊髄MRI検査の実施頻度
 (エ)「HAMの診断アルゴリズム」を実践するにあたっての問題点などの意見
設問4.「HAMの治療アルゴリズム」
 4-1 ATLのスクリーニング検査
 (ア)HAMと確定診断された症例に対するATLスクリーニング検査の実施頻度
 4-2 HAMの疾患活動性の評価
 (ア)HAM患者の治療方針決定のための患者ごとの疾患活動性評価の実施の有無
 (イ)HAMの診断目的の髄液検査実施時に,髄液マーカー測定の実施の有無
 (ウ)HAM患者の治療効果判定目的の髄液マーカー測定の実施の有無
 (エ)HAMに対する髄液ネオプテリンおよび髄液CXCL10測定の保険承認の希望の程度
 (オ)HAMに対する末梢血HTLV-1プロウイルス量定量検査の保険承認の希望の程度
 4-3 HAMの治療
 (ア)HAM患者の疾患活動性に応じて治療強度を決定するという方針への同意の程度
 (イ)疾患活動性の高いHAM患者に対する初期治療としてステロイドパルス療法を実施する方針への同意の程度
 (ウ)疾患活動性の高いHAM患者に対する初期治療としてステロイドパルス療法の保険承認の希望の程度
 (エ)疾患活動性の高いHAM患者に対する初期治療としてステロイドパルス療法を実施した後,ステロイド内服維持療法を実施する方針への同意の程度
 (オ)疾患活動性が中等度のHAM患者に対する低用量のステロイド内服維持療法を実施する方針への同意の程度
 (カ)疾患活動性が中等度のHAM患者に対する低用量のステロイド内服維持療法の保険承認の希望の程度
 (キ)疾患活動性が中等度のHAM患者に対するインターフェロンα治療を実施する方針への同意の程度
 (ク)疾患活動性が低いHAM患者に対するステロイド治療やインターフェロンα治療を実施しない方針への同意の程度
 (ケ)HAM患者に対する運動療法を継続して実施する方針への同意の程度
 (コ)HAM患者に対する運動療法が現在の医療保険の算定日数以上に継続できるように保険制度等が変更されることへの希望の程度
 (サ)「HAMの治療アルゴリズム」を実践するにあたっての問題点などの意見
設問5.「新HAMねっと」
 (ア)「新HAMねっと」への参加希望の有無

3. 分析対象・調査結果の集計方法

2020年1月28日から同年3月31日までに返送・回収された調査票のうち,「本アンケート結果を研究活用することへの同意欄にチェックがない」あるいは「無回答」の調査票を除いた全件を分析対象とした.

調査結果の集計方法は,無回答,不正回答,非該当の場合,集計から除き,分岐のある設問について,分岐後の設問に回答があれば,分岐前の当該選択肢を選択したものとして集計を行った.また,「その他」などフリー記載に内容の記載があれば,当該の選択肢を選択したものとして集計を行った.それらの操作の結果,択一設問に対して複数の選択肢が選択される場合,当該設問は不正回答として集計に含めなかった.特に断りのない場合,分岐後の設問の集計は,分岐に該当する者を対象に行った.

4. QI・代替QI

QIとは,EBMの実践度合いを測定するための「診療の質指標」のことである.診療ガイドラインに基づくQIは,ガイドラインのグレードの高い推奨を基に,関連する専門家パネルによるデルファイ変法などの国際的に認められた手法を用いてQIを決定する67.しかし希少疾患HAMにおいては,推奨グレードの高いclinical question(CQ)は存在せず,しかも全国に散在するHAM患者に対して行われる特定の診療行為の実践度を測定することは非常に困難である.そこで我々は「HAM診療ガイドライン2019」に記載した確定的な内容(感染診断やHAM診断のアルゴリズム)に関する専門医による回答を元に実施率を推計し,これをQIの代替になると考えた.つまりこの値は真のQI同様,100%に近づくほど望ましく,エビデンス・プラクティス・ギャップを反映した値と考えられる.そこで本研究では,実施率【代替QI】として以下の値を測定した.

実施率【代替QI】=(ガイドラインに記載されている必要な検査を「実施している」と回答した脳神経内科専門医の人数)/回答したすべての脳神経内科専門医の人数×100

本測定値は真のQI同様,100%に近づくほど望ましく,希少疾患HAMであっても,エビデンス・プラクティス・ギャップを反映した測定値を出せる.また真のQIにより近いものは「HAM診療経験あり」と回答した医師による実施率であるが,診療の有無に関わらず,必要な検査は実施する方針であることが望ましいため,対象者全体の実施率が重要で,この値を上昇させることが真の目的と考えられる.したがって,本研究の解析では特に断りのない限り,対象者全体の実施率を掲載した.

5. 妥当性調査

「HAM診療ガイドライン2019」で示した治療方針は,推奨グレードの高いものではないため,100%実施することが必ずしも望ましいとは限らない.そこで,本ガイドラインで示した治療方針に対する同意率を測定し,専門医がこの治療方針を妥当と考えているか調査した.同意率【妥当性調査】は以下のように算出した.

同意率【妥当性調査】=(「賛成」または「どちらかといえば賛成」を選択した回答者数)/全回答者数×100

同意率が高ければ,ガイドラインで示した治療方針の妥当性が示され,低い場合には課題があると考える.

結果

日本神経学会認定神経内科専門医6,080名へ調査票を郵送‍し,宛先不明などで返却された24件を除くと6,056名であっ‍た.887件の回答があり,回収率は15%(887/6,056)であった.

887件のうち,研究活用の同意欄にチェックのない3件と無回答4件を除いた880件(99%)を分析対象とした.分析対象880名は全国の神経内科専門医6,080名の15%(抽出率)に相当する.分析対象者の性別は,男性75%,女性25%であった.臨床経験年数は10年以上が92%(808/877)を占めた.回答者の81%はHAMの診療経験があり,その割合は臨床経験年数「20年以上~30年未満」で89%(241/271)と最も高かった.

「HAM診療ガイドライン2019」の認知度・普及度の把握

Fig. 2にガイドラインの認知度・普及度を示す.「HTLV-1関連脊髄症(HAM)診療ガイドライン2019」が出版されていたことを知っていた回答者は,877人中412人(認知度47%)であった.本ガイドラインについて,「このアンケートで知り,今後,診療の参考にしてみようと思う」とした回答者が877人中457人(52%)いた.また「HAM診療ガイドライン2019」が出版されていたことを知っていて,診療の参考にしている回答者は877人中101人(普及度12%)であった.一方,まだ診療に活用していないが,今後参考にしようと思っている回答者が877名中757名(86%)いた.

Fig. 2 Awareness and dissemination of guidelines (n = 877).

This figure shows the level of awareness and dissemination of the guidelines. It shows the responses of 877 respondents on whether they were aware that the HAM Practice Guidelines 2019 had been published.

「HAMの診断アルゴリズム」の実態の把握

Fig. 3AにHTLV-1抗体の1次検査陽性者に対する「確認検査(WB法もしくはLIA法)」の実施率について示す.HTLV-1抗体の1次検査陽性例に対し,確認検査を「全例実施していない」,「あまり実施していない」とした回答者がそれぞれ36%,21%で合計すると57%に達した.「HAMの診療経験あり」の回答者のみであっても同様で55%に達した.Fig. 3Bに確認検査を実施しない理由を示す.確認検査を実施しない理由として「確認検査について知らなかった」が484人中216人(45%)と最も多く,次に「他の検査(核酸検出PCR法,プロウイルス量定量,脳脊髄液抗体価)から陽性と判断した」が484人中130人(27%)であった.したがって,分析対象とした専門医880人のうち,少なくとも216名(25%)はHTLV-1抗体の確認検査を知らなかったことが判明した.また確認検査の判定保留例に対し,HTLV-1核酸検出PCR検査を「全例実施していない」,「あまり実施していない」とした回答者がそれぞれ56%,19%で合計すると75%に達した.「HAMの診療経験あり」と回答した者であっても75%に達し‍た.

Fig. 3 A: Percentage of confirmation test (WB or LIA method) performed for those who tested positive for HTLV-1 antibody in the primary test (n = 812, excluding 68 non-respondents). B: Reasons for Not Conducting Confirmation Inspection.

The figure shows the responses regarding the implementation of confirmation testing for patients who tested positive for HTLV-1 antibodies in the primary test. If any of the 812 respondents indicated that they would not perform a confirmation test, the reasons for this were also investigated and indicated.

「HAMの疾患活動性/治療」の実態の把握

HAMの治療方針決定には患者毎に疾患活動性を評価することが望ましいが,実施しているとした回答者は72%であった(Fig. 4A).次に,患者毎にHAMの疾患活動性を評価しているとした回答者に,実施する項目を質問したところ,臨床経過(n = 590, 95.4%)>画像検査(58.8%)>脳脊髄液検査(54.4%)>血液検査(41.9%)の順に多かった.一方,患者毎にHAMの疾患活動性を評価していないとした回答者に疾患活動性を評価しない理由を質問すると,「必要性はあると思うが,評価すべき検査項目が分からない」が83人中51人(61%)と最も多く,次に「必要性はあると思うが,検体の提出先が分からない」が83人中20人(24%)であった.

Fig. 4 A: Performing disease activity assessment for each patient. B: CSF marker measurement for disease activity assessment.

The figure indicates whether disease activity assessment is performed on a patient-to-patient basis. It also shows whether CSF marker measurements are performed to assess disease activity.

またHAMの疾患活動性評価には患者毎に脳脊髄液マーカーを測定することが望ましいが,実施しているとした回答者は27%であった(Fig. 4B).そのうち「HAM診療経験あり」では,678名中209名(30.8%)と実施率がやや高かった(Table 2. No 8).次に,HAM診断目的の脳脊髄液検査時に脳脊髄液マーカーを測定しているとした回答者に,測定項目を質問したところ,「脳脊髄液ネオプテリンのみ」が66%を占め,残りの34%が「脳脊髄液ネオプテリンと脳脊髄液CXCL10両方」であった.一方,診断時の脳脊髄液検査で脳脊髄液ネオプテリン,脳脊髄液CXCL10を測定していないとした回答者に測定しない理由を質問すると,「測定の必要性はあると思うが,検体の提出先が分からない」が406人中169人(42%)と最も多く,次に「脳脊髄液ネオプテリン・脳脊髄液CXCL10について知らなかった」が406人中151人(37%)と多かった.

Table 2  アンケート調査結果から推定される実施率【代替QI】.
代替QI 全体 HAM診療経験あり HAM診療経験なし
1.HTLV-1抗体の確認検査実施率 46.6%(378/812) 48.0%(324/675) 39.4%(54/137)
2.HAMを疑う判定保留例に対するHTLV-1核酸検出PCR法実施率 19.0%(155/814) 19.6%(133/680) 16.4%(22/134)
3.痙性対麻痺所見ありHTLV-1感染不明な症例に対する血液HTLV-1抗体検査実施率 83.4%(715/857) 85.8%(606/706) 72.2%(109/151)
4.痙性対麻痺所見あり血液HTLV-1抗体検査陽性でHAMが疑われる症例に対する髄液HTLV-1抗体検査実施率 66.0%(550/833) 69.6%(482/693) 48.6%(68/140)
5.HAMが疑われる症例に対する脊髄MRI検査実施率 90.4%(768/850) 92.0%(645/701) 82.6%(123/149)
6.HAMと確定診断された症例に対するATLのスクリーニング検査実施率 53.2%(435/817) 55.3%(378/684) 42.9%(57/133)
7.HAMの治療方針決定における患者毎の疾患活動性評価の実施率 72.0%(590/820) 81.7%(559/684) 22.8%(31/136)
8.HAMの診断目的の髄液検査時における髄液ネオプテリン,髄液CXCL10の測定実施率 26.8%(220/820) 30.8%(209/678) 7.7%(11/142)
9.治療効果判定時における髄液ネオプテリン,髄液CXCL10の測定実施率 17.9%(147/819) 21.0%(142/676) 3.5%(5/143)

アンケート調査結果から推定される実施率【代替QI】

Table 2にアンケート調査結果から推定される実施率【代替QI】を示す.特に高い実施率を示したのは,HAMが疑われる症例に対する脊髄MRI検査(90.4%),痙性対麻痺所見ありのHTLV-1感染不明な症例に対する血液HTLV-1抗体検査(83.4%)であった.一方で実施率の低いものに,治療効果判定時における脳脊髄液ネオプテリン,脳脊髄液CXCL10の測定(17.9%),確認検査の判定保留例に対するHTLV-1核酸検出PCR法(19.0%)などがあった.また低い実施率を示したHAMと確定診断された症例に対するATLのスクリーニング検査(53.2%)に関しては,自身で実施せず血液内科に紹介する場合も実際はATLのスクリーニング検査を実施していることになると考えると,アンケートの項目で「血液内科に紹介する」を選択した104人を加えた435 + 104 = 539/817(66%)が代替QIとして妥当と考えられた.

HAM患者の疾患活動性に応じて治療強度を決定する方針への同意率(妥当性調査)

Table 3にHAMの疾患活動性に応じた治療の同意率(妥当性調査)を示す.HAM患者の疾患活動性に応じて治療強度を決定する方針について,「賛成(62%)」と「どちらかといえば賛成(29%)」を合わせて90.7%(781/861)であった.HAMの診療経験がある医師において,同意率がやや高かった(91.8% vs 85.8%).

Table 3  HAMの疾患活動性に応じた治療の同意率(妥当性調査).
同意率(妥当性調査) 全体 HAM診療経験あり HAM診療経験なし
1.HAM患者の疾患活動性に応じて治療強度を決定する方針への同意率 90.7%(781/861) 91.8%(648/706) 85.8%(133/155)
2.疾患活動性の高いHAM患者に対する初期治療として,ステロイドパルス療法を行うという方針への同意率 86.0%(740/860) 87.5%(617/705) 79.4%(123/155)
3.疾患活動性の高いHAM患者のステロイドパルス療法後に,ステロイド内服維持療法を実施するという方針への同意率 74.2%(637/858) 75.0%(527/703) 71.0%(110/155)
4.疾患活動性が中等度のHAM患者に対して,低用量のステロイド内服維持療法を行うという方針への同意率 70.5%(606/860) 71.3%(503/705) 66.5%(103/155)
5.疾患活動性が中等度のHAM患者に対して,インターフェロンα治療を行うという方針への同意率 65.8%(555/844) 65.5%(454/693) 66.9%(101/151)
6.疾患活動性が低いHAM患者に対して,ステロイド治療やインターフェロンα治療を実施しないという方針への同意率 62.5%(534/855) 63.9%(449/703) 55.9%(85/152)
7.HAM患者に対する運動療法を継続して実施することへの同意率 95.2%(820/861) 96.3%(681/707) 90.3%(139/154)

同意率が高い治療方針としては,疾患活動性の高いHAM患者に対する初期治療として,ステロイドパルス療法を行う(86.0%)やHAM患者に対する運動療法を継続して実施する(95.2%)がある.一方で,同意率が低い治療方針としては,疾患活動性が低いHAM患者に対してステロイド治療やインターフェロンα(IFN-α)治療を実施しない(62.5%)があった.もう一つ,同意率が低い治療方針としては,疾患活動性が中等度のHAM患者に対してIFN-α治療を行う(65.8%)があった.賛成しない理由として「有効性が明確でない」が最も多かった.

考察

本研究の目的の一つには「HAM診療ガイドライン2019」5の認知度・普及度の把握があり,今回の調査により現時点の認知度は47%,普及度は12%と判明した.約半数の専門医はHAM診療ガイドラインが出版されたことを知っていたが,実際に活用していた医師は1割強であった.今回の分析対象者は,専門医の中でもHAM診療ガイドラインに関する調査に協力して回答した,という一定の選択バイアスがかかっている可能性がある.実際,北海道地方や九州・沖縄地方の回答者の割合は専門医の分布割合よりも高く,HAMの診療経験のある医師の割合が95%以上と他の地域よりも高かった.したがって,その点を考慮すると真の認知度・普及度は実際もう少し低い可能性がある.この認知度・普及度の解消のため,普及活動を行う必要があるが,回答者の約半数が本研究のアンケートで診療ガイドラインを知り,今後,診療の参考にしてみようと考えていることが判明した.また,アンケート調査票に「HAM診療ガイドライン2019」の三つのアルゴリズムを掲載し(Fig. 1),その重要ポイントを質問項目に設定している点から,この研究自体がHAM診療ガイドラインで示す内容についての普及活動になったと考えている.数年後に,今回と同じ内容の全国調査を実施し,今回の結果と比較することでガイドラインの普及度,認知がどの程度変化したのか,定量的に評価することが可能になる.

一方でHAM診療ガイドラインを認知・普及するだけでは不十分で,エビデンス・プラクティス・ギャップを埋めることが必要である.代替QIを指標にエビデンス・プラクティス・ギャップを定量化すると(Table 2),そのうちHAMが疑われる症例に対する脊髄MRI検査のように実施率が高い項目がある一方で,HTLV-1感染の確認検査などの実施率が低い項目が複数あった.その中でHTLV-1感染の確認検査については,一次検査陽性であっても約半数が確認検査陰性と偽陽性が多いため8,その実施は重要である.しかし,「確認検査について知らなかった」とした回答者が216名(45%)おり(Fig. 3B),回答した専門医の少なくとも25%は確認検査について知らなかったことが判明した.したがって,専門医であってもHTLV-1に関する知識は不十分であるため,一層の周知の必要性が認められた.

さらにガイドラインの実践にあたっての課題の抽出やニーズの把握のため,本研究では七つの治療方針に関して同意率を調査したところ,同意率が低い治療は,「疾患活動性が低いHAM患者に対して,ステロイド治療やインターフェロンα治療を実施しない」であった.これは「疾患活動性が低くても有効性が認められる」を理由として選択した例が多く,その背景として,疾患活動性の低いHAM患者に対してステロイド治療やIFN-α治療を実施することのリスク&ベネフェットについてのエビデンスが不足していることや,HAM患者の疾患活動性が低いことを明確に決められていない現状があると考えられた.また疾患活動性が中等度のHAM患者に対するIFN-α治療も「有効性が明確でない」という理由から同意率が低い結果となった.この治療方針は他のものと異なり,唯一,同意率が診療経験のある医師で低いことから,背景としては,IFN-αが保険承認されているものの有効性を評価していない医師が一定数いると考えられる.

続けてHAMの診断および治療アルゴリズムを実践するにあたっての問題点の調査を行った.アンケートの回答の中にはHAMの鑑別疾患候補リストに副腎白質ジストロフィーを含めることや,MRIや脳脊髄液検査のできない医療機関の場合に「専門医へ紹介する」という選択肢をアルゴリズム(Fig. 1)に加えることなど,ガイドラインの改訂時に検討すべき重要な内容が記載されていた.今後,この抽出された問題・課題の解決やニーズに対して,HAMガイドラインをさらによいものに改訂していくことが重要である.

最後に本研究で特記すべき点として,「HAM患者の疾患活動性を評価し,それに応じて治療強度を決定する方針」に対する同意率は91%と高く,実際,患者毎の疾患活動性評価の実施率も72%(Fig. 4A)であったが,疾患活動性評価に有用な脳脊髄液マーカー測定の実施率が27%(Fig. 4B)と低いことである.実施しない主な理由は「検体の提出先が分からない」,「脳脊髄液ネオプテリン,脳脊髄液CXCL10について知らなかった」であった.この解消のために測定先としての厚生労働省HAM研究班の活動(HAM患者レジストリ「HAMねっと」:https://htlv1.jp/hamnet/)についての周知が必要と考えられた.また脳脊髄液マーカーの保険承認への希望率は91%と高く,保険承認されれば脳脊髄液マーカーの測定実施率は27%から大きく上昇する可能性があることも示唆された.

研究のLimitationとして低い回収率(15%)があげられる.例えば,脳卒中後てんかんのアンケート調査は回答率37.8%,筋強直性ジストロフィーのアンケート調査では回収率19.7%であった910.低い回収率の問題点は選択バイアスがかかる点にあるが,実際,HAMの診療経験がある回答者が81%と多く,その割合の高さは臨床経験年数が長い回答者あるいはHAM患者が多いエリアの回答者であることを示唆している.この点を考慮すると真の認知度・普及度はもう少し低い可能性がある.

結論

本研究では脳神経内科専門医であってもHAMの診療経験は乏しく,「HAM診療ガイドライン2019」の普及を進める必要性が高いことが判明した.また様々な観点からガイドラインの内容に関する評価を行い,ガイドラインの実践にあたっての課題の抽出・ニーズの把握を行うことができたことに加えて,調査自体が普及活動となっており,ここからガイドラインの普及が進み,HAMの診療レベル向上の一助になることが期待される.今回得られた知見を活用し,ガイドラインをさらに良いものに改訂していくことが重要である.

Acknowledgments

謝辞:本アンケートにご協力いただいた先生方に深謝します.本研究は,厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患政策研究事業 研究代表者 山野嘉久)および日本医療研究開発機構研究費補助金(難治性疾患実用化研究事業 研究代表者 山野嘉久)により実施された.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

文献
 
© 2023 Japanese Society of Neurology

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