Rinsho Shinkeigaku
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Brief Clinical Notes
Abnormal movements “Motare” in Kyudo have the characteristics of task—specific focal dystonia
Taichi OgisoYoya OnoSaiki SuzukiTakayoshi Shimohata
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2023 Volume 63 Issue 8 Pages 532-535

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要旨

弓道における異常な運動(いわゆるイップス)のうち,「もたれ」は狙いを定めたときに意図したタイミングで矢を放てない状態を指す.私達は「もたれ」が動作特異性局所ジストニア(task-specific focal dystonia,以下TSFDと略記)である可能性を考え,「もたれ」を呈する3例,対照群として弓道での異なるイップスの一種「早気」3例,いずれも認めない3例に問診と表面筋電図を行った.結果,「もたれ」の特徴として,定型性,感覚トリック,早朝効果が確認されたが,「早気」ではこれらの所見は認めなかった.また検査中に「もたれ」が出現した2例中1例で,上肢の異常な拮抗筋の共収縮を認めた.以上より,「もたれ」はTSFDの特徴を有している可能性が示唆された.

Abstract

Among the abnormal kyudo movements (“yips”), “motare” is the inability to release the arrow at the intended timing if aiming the target. We hypothesized that “motare” is a task-specific focal dystonia (TSFD). We interviewed three participants with “motare,” three participants with “hayake”, and three controls without “motare” nor “hayake”. Moreover, we conducted a surface electromyography (sEMG) examination and found that “motare” was characterized by stereotypy, sensory tricks, and morning benefit; however, these findings were not observed in “hayake”. Abnormal co-contraction of the upper extremity antagonist muscles was observed in one of the three “motare” participants. Overall, these findings suggest that “motare” have the characteristics of TSFD not previously reported.

はじめに

弓道では,狙いを定めたとき(弓道用語の「会」)にほんの少しずつ常に引き続けながら矢を放つ(弓道用語の「離れ」).「会」において意図したタイミングで矢を放てない状態が「もたれ」であり,弓道における異常な運動(いわゆるイップス)の一つである1.既報では弓道競技者の4.6%に「もたれ」を,53.8%に「早気」を認めている1.「もたれ」を含む弓道における異常運動は発症した競技者の上達の妨げ,その競技人生に悪影響を及ぼす.私達は以前,弓道における異常な運動についてアンケート調査を行い,「もたれ」は弓道における他のイップスとは異なる動作特異性局所ジストニア(task-specific focal dystonia,以下TSFDと略記)である可能性を提唱した1.ゴルフにおける調査では,イップス罹患者の57%は精神的な原因によるものと考えており,運動障害が原因であると考えている割合はわずか5%のみであった2が,イップスにおけるTSFDの関与は,ゴルフ,ランニング,テニス,卓球,野球,ビリヤード,楽器の演奏など様々な状況で指摘されている3.特にゴルフ,ランニングでは動作特異性,感覚トリックなどのジストニアの特徴が確認され4)~7,またゴルフ,ビリヤードでは表面筋電図における検討も報告されている67.ランニングにおけるジストニアでは,3次元運動学的解析と筋電図評価で,その異常運動の起源を特定できた報告もある8

以上を踏まえて,私達は,「もたれ」はTSFDであるという仮説を検証する目的で,問診と表面筋電図による検討を行ったので報告する.

方法

本研究は岐阜大学医学部倫理委員会にて承認された(研2021-A032.2021年8月11日).対象は2021年7月より2022年7月まで,40の大学弓道団体に連絡を取り,いわゆるイップスの自覚症状がある弓道鍛錬者の募集を行った.イップスのなかには「もたれ」のほか,十分な時間,的を狙うことができず意図したタイミングより早く矢を放ってしまう「早気」も含めた.この結果,33団体から回答を得て,「もたれ」3例,「早気」3例,そしていずれも認めない3例の弓道鍛錬者から本研究に参加する承諾を得た.これらの9例に,神経疾患の既往歴,家族歴,外傷歴,そしてTSFDに関連する自覚症状(発症の誘因,早朝効果,感覚トリック,定型性)の問診を行った.

表面筋電図の測定は,全例,岐阜大学医学部附属病院内の電気生理検査室で,弓を引く動作(弓道用語の「行射」)を行ってもらい,生理検査脳神経システムCNN-2300(日本光電)を用いて行った.上腕二頭筋,上腕三頭筋,前腕屈筋群,前腕伸筋群に皿電極を装着し,各者,3回ずつ測定した.弓を引く動作は弓道着や弽(弓道で手にはめるグローブ)を着用せず,ゴム弓(競技に用いる弓とは異なる簡易的な練習用具)を用いて行った.

結果

被験者について

9例の年齢は20~28歳で,女性2例,男性7例であった(Table 1).全例が右利きであった.職業は「もたれ」を認める3例のうち2例が学生,1例が医師で,残りの6例は全例学生であった.1例のみ左前腕の外傷の既往があったが,弓道を始める以前の外傷であった.全例で神経疾患既往はなく,ジストニアなどの神経疾患の家族歴はなく両親の血族結婚も認めなかった.表面筋電図記録前に行った診察では,9例ともジストニアや振戦などの運動異常症は認めなかった.

Table 1  Results of the questionnaire survey and surface electromyography (sEMG).
Age/sex Occupation Duration
of kyudo
experience
Past history/injury Trigger Morning benefit Sensory trick Stereotypy Task-specificity Feeling of Yips during EMG measurement co-contraction on EMG
Motare 1 24/male Student 7 years (−) (+) (−) (−) (+) (+) (−) (−)
Motare 2 28/male Doctor 6 years (−) (−) (+) shoulder/arm (+) (+) (+) 3/3 (+)
Motare 3 28/male Student 10 years (−) (−) (−) shoulder/arm (+) (+) (+) 2/3 (−)
Hayake 1 20/male Student 4 years (+) (+) (−) (−) (−) (+) (−) (−)
Hayake 2 21/female Student 5 years (−) (−) (−) (−) (−) (+) (+) 3/3 (−)
Hayake 3 23/female Student 8 years (−) (+) (−) (−) (−) (+) (−) (−)
Control 1 23/male Student 10 years (−) (−) (−) (−) (−) (−) (−) (−)
Control 2 22/male Student 5 years (−) (−) (−) (−) (−) (−) (−) (−)
Control 3 21/male Student 4 years (−) (−) (−) (−) (−) (−) (−) (−)

The column listed in “Sensory trick” is the parts where they felt sensory trick, and the column listed in “Feeling of Yips during EMG measurement” is the number of times they felt yips.

「もたれ」3例の特徴

「もたれ」の3例において自覚症状の調査では,発症の誘因を1例で認め,弓力(弓を引く力を示す数値でkgで表される)を上げた時より出現した(Table 1).起床後午前中の競技で症状が改善したものを早朝効果と定義すると,1例に早朝効果を認めた.2例で感覚トリックを認め,指導者に前腕や上腕,肩を触られているときに「もたれ」が改善した.3例とも「もたれ」には定型性があり,弓道以外の日常動作に問題はなく,動作特異性が認められた.

「早気」3例の特徴

「早気」の3例において,発症の誘因は2例で認め,1例では弓の引き方を変えた時,1例では的中(矢が的に当たること)が続いた時より出現した(Table 1).弓道以外の日常動作に問題はなく,動作特異性を認めたが,早朝効果,感覚トリックは認めなかった.1例が,ある程度意識的に「早気」を抑制できると述べていた.意図したタイミングより早く矢を放ってしまうという点で一連性があるものの,患者毎で症状が一定でなく変転する点で,定型性は認めなかった.

表面筋電図

表面筋電図記録中に「もたれ」を自覚したのは2例で,「会」に入った直後より矢を放ちにくいと感じ,思ったように矢を放つことができなかった.うち1例で「会」に入った時に,前腕屈筋群,前腕伸筋群の共収縮が認められた(Fig. 1).上腕二頭筋,上腕三頭筋における共収縮は認めなかった.前腕の共収縮は「会」に入る直前(1秒前)から発生し始め,「会」に入ってから5秒ほどで共収縮の発生頻度が低下し,消失して離れにつながっていた.一方,残りの6例ではいずれの筋にも共収縮は認めなかった.

Fig. 1 Surface electromyography.

Surface electromyography (sEMG) of nine participants; three participants with “motare”, three participants with “hayake”, and three participants without “motare” nor “hayake” (control). sEMG electrodes are placed on the right wrist flexor (upper in the figure) and wrist extensor (lower in the figure). sEMG was performed while “Kai”. In three patients who felt Yips (Motare 2, 3 and Hayake 2), surface EMG was performed when the yips were felt. Co-contraction is identified only in “motare 2”. The EMG in this figure was recorded three seconds after “Kai” started, and at this time, they were holding the same posture. High Pass Filter: 5,000 Hz, Low Pass Filter: 10 Hz.

考察

「もたれ」のうち2症例では定型性,動作特異性,感覚トリックなどを認めるものの,早朝効果や筋電図異常を認めない.このことより,これらの症例はTSFDのみでは説明されず,心理的要因などのその他の病態の関与も考えられる.一方で1症例では定型性,動作特異性,感覚トリック,早朝効果を認め9,表面筋電図記録中に「もたれ」が出現し,上肢の拮抗筋の異常な共収縮を確認することができた.同一被験者において,同一姿勢のままであるにもかかわらず,共収縮が発生したりしなかったりしたりする点は随意運動ではなくジストニアを支持する徴候と考えた.これらのことから,「もたれ」はTSFDの特徴を有していることが示唆されたが,3例に一貫性がなく,今後のさらなる調査が必要である.

「早気」は,弓道以外の日常動作に出現することはなく動作特異性を認めたものの,早朝効果,感覚トリック,定型性は認めなかった.また表面筋電図記録中に「早気」が出現したのは1例のみであったが,拮抗筋の共収縮を認めなかった.弓道競技者の中で,一般に「早気」は試合中などの環境で悪化したり,的を狙わなければ改善したりすることが知られており,また先行研究でも「早気」における心理的要因の関与が指摘されている1.今回の調査においても意識的に抑制できる訴えが聞かれたことや,実験室で誘発できないことが「早気」が心理的要因の関与が大きいことを示唆している.以上より,「早気」はTSFDである可能性は低いと考えられたが,今後のさらなる調査が必要である.

本研究の限界として,被験者が少数で,年齢も20代に限られていること,実際の「行射」とは異なる服装・道具および環境で表面筋電図が記録されたこと,共収縮の明確な基準がないこと,データの収集及び分析が非盲検で行われたため練習期間や熟練度との関連が考察できないこと,感覚トリックの実際の誘発を行なっていないこと,試行回数が少ないことが挙げられる.今後はより幅広い年齢の者を対象として,多数例で検討を行う必要がある.また,弓道場で的に向かい矢を放つ状況と近い環境での検討が望まれる.渉猟した限りにおいて,他競技でのイップスにおいて,定型性や早朝効果について言及したものはなく,今後,他のスポーツでも調査する必要がある.

今後の目標は「もたれ」と「早気」を克服するための医学的支援の確立である.イップスはTSFDと心理的要因,もしくはその両者が関与することが指摘されているが10,弓道のイップスの克服においてもそのタイプと病態を意識して行う必要がある.本研究の結果から,「もたれ」の治療としてまず感覚トリックの応用や理学療法が考えられる11.またボツリヌス毒素治療は,ゴルファーやランナーなどのジストニアを軽減することが報告されている2.さらに野球におけるイップスに対して,視床腹吻側核凝固術により改善した例も報告されている12.このような治療が「もたれ」に対して適応があるかは今後の検討が必要である.

Acknowledgments

謝辞:表面筋電図の評価に関してご指導を賜りました国立病院機構宇多野病院院長 梶龍兒先生に深謝致します.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

文献
 
© 2023 Japanese Society of Neurology

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