Rinsho Shinkeigaku
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Case Reports
An autopsied patient with palatal tremor and fatal bilateral vocal cord abduction paralysis associated with bilateral cerebellar dentate nucleus infarction
Tomoe SatoRie SaitoMakoto SainouchiNaomi MezakiTakeshi MiuraTakuya MashimaAkiyoshi Kakita
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2023 Volume 63 Issue 9 Pages 572-576

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要旨

74歳男性剖検例.小脳・脳幹の多発梗塞の発症14ヶ月後に口蓋振戦と両側声帯外転麻痺を来し,II型呼吸不全で死亡した.病理学的には右優位の両側小脳皮質から歯状核を含む広範な陳旧性梗塞,左赤核・右中心被蓋路・右下小脳脚のワーラー変性と両側下オリーブ核の仮性肥大を認めた.口蓋振戦の責任病変はギラン・モラレ三角の一部である両側歯状核と右上小脳脚に認めた.一方,声帯外転麻痺に関連する疑核や後輪状披裂筋に器質的異常を認めなかった.ギラン・モラレ三角の一部である中心被蓋路から声帯外転機能に関連する疑核由来の迷走神経への連絡路を介して口蓋振戦を惹起した機能障害が声帯へ波及し,外転麻痺を来した可能性が考えられた.

Abstract

A 74-year-old male patient developed multiple infarcts of the brainstem and cerebellum, followed 14 months later by palatal tremor and bilateral vocal cord abduction paralysis, resulting in death due to type 2 respiratory failure. Pathologic analysis revealed old infarcts extending from the bilateral cerebellar cortices to the dentate nucleus, being more extensive on the right side, accompanied by Wallerian degeneration involving the left red nucleus, right central tegmentum tract, and inferior cerebellar peduncle, followed by pseudohypertrophy of the bilateral inferior olivary nuclei. These lesions, involving the Guillain–Mollaret triangle, may have been responsible for the palatal tremor. On the other hand, there were no evident causative lesions for the vocal cord abduction, including any in the nucleus ambiguus or posterior cricoarytenoid muscles. In this case it is possible that the dysfunction responsible for the palatal tremor may have affected the pathway from the central tegmentum tract, which is part of the Guillain-Mollaret triangle, to the vagus nerve arising from the nucleus ambiguus, which plays a role in vocal cord abduction, thus affecting the vocal cords and resulting in abduction paralysis.

はじめに

両側歯状核を含む小脳や脳幹の多発梗塞を来し,その1年後に口蓋振戦と両側声帯外転麻痺を同時発症し,II型呼吸不全で死亡した症例を経験した.口蓋振戦は小脳歯状核,下オリーブ核および対側の赤核を繋ぐギラン・モラレ三角の障害1により引き起こされる反復性筋収縮である.一般的には予後良好な疾患だが2,歯状核が障害された場合,頸部を含む広範な領域に症状を引き起こすことがある3.稀ながら本例のように致死的な両側声帯外転麻痺を合併することがあり,注意を要する.今回我々は剖検により責任病巣を詳細に検討し得たため,その臨床病理像を報告する.

症例

症例:74歳,男性

主訴:呂律不良,体動困難

既往歴:高血圧症.

家族歴:なし.

現病歴:某日,起床時に呂律不良,体動困難の状態で発見され当院に救急搬送された.頭部MRIでは右前頭葉外側皮質および後方循環系の小脳および脳幹部に多発新規脳梗塞巣を認めた.入院後,心房細動を認め,心原性脳塞栓症と診断・加療し,二次予防としてアピキサバンの内服を開始した.体幹失調,複視,軽度の嚥下障害,構音障害が残存したため,転院した.発症3ヶ月後,1~2 Hz前後の間欠的な左顔面痙攣が出現した.クロナゼパム内服への治療反応性は不良だった.発症6ヶ月後,両側の眼輪筋の痙攣が出現,終日持続し,嚥下機能障害も悪化した.口蓋振戦の有無は確認しなかった.発症8ヶ月後,肺炎を発症し当院に入院した.

入院時現症:身長170 cm・体重49.7 kg,体温37.7°C,血圧91/68 mmHg,脈拍回数58/分(不整),酸素飽和度91%(室内気),頻呼吸.呼吸音では断続性ラ音(水疱音)を聴取した.心音は正常,腹部は平坦,軟だった.

入院時神経学的所見:意識は清明で高次脳機能障害を認めなかった.約2 Hzでほぼ連続性に出現する両側眼輪筋および口輪筋,頬骨筋の筋痙攣を認めた.眼球運動制限はないが,複視および衝動性眼球運動を認めた.嚥下機能障害および断綴性言語,構音障害を認めた.左上下肢に麻痺はないが,左下肢の病的反射は陽性だった.四肢や体幹に失調症状を認めた.後頭部から頸部に軽度の異常感覚を認めた.瞳孔は左右差なく,対光反射は正常だった.

入院時検査所見:白血球数は12,580/μl(好中球83.8%)と好中球優位に上昇し,CRPも3.44 mg/dlと軽度上昇を認めた.他,血液一般及び生化学検査やBNP,ビタミンB1,B12は正常,血液ガス分析でも酸素および二酸化炭素分圧を含め正常だった.脳波や表面筋電図は経過を通じて施行しなかった.

画像所見:脳梗塞発症24時間以内の頭部MRIでは脳底動脈は閉塞し(Fig. 1D),拡散強調画像(diffusion weighted image,以下DWIと略記)では,右前頭葉外側のみに高信号病変を認めた.発症4日後の頭部MRI画像では,脳底動脈は再開通していた(Fig. 1E).前述の病変に加え右中脳背側(Fig. 1A),両側小脳半球(Fig. 1A, B),歯状核(Fig. 1C矢頭),および左後頭葉にDWIで高信号を示す多発性新規脳梗塞巣,また右小脳半球に出血性梗塞を認めた(Fig. 1B).左赤核(Fig. 1A矢頭)や左橋錐体路(Fig. 1B矢頭)には急性期ワーラー変性の所見を認めた.疑核やオリーブ核には異常を認めなかった(Fig. 1F).脳梗塞発症5,8ヶ月後の入院時頭部MRI画像では前述の脳梗塞病変はいずれもT2およびFLAIR画像で高信号を呈する陳旧性変化を呈していた.下オリーブ核には両側性に仮性肥大が認められた(Fig. 1G, H矢頭).脳梗塞の再発はなかった.

Fig. 1 Clinicopathologic features.

(A–H) Brain MRI findings in the patient. Diffusion-weighted images obtained 4 days (A–C) after stroke onset, on the day of onset (D), and at 4 days after onset (E), T2-weighted images obtained 4 days (F), 4 months (G) and 8 months (H) after stroke onset. (A–C) Multiple fresh infarcts involving the dorsal midbrain (A), bilateral hemispheres (A, B), and dentate nucleus (C, arrowhead). Wallerian degeneration of the left red nucleus (RN) (A, arrowhead) and left pyramidal tract of the pons (B, arrowhead), showing high signal changes within a few days after onset. Basilar artery showing occlusion on the day of stroke (D) and with reflux already evident at 4 days after stroke (E). The inferior olivary nucleus (IO) showing a normal appearance on the day of onset (F) and bilateral pseudohypertrophy (G, H arrowheads). (I, J) Macroscopic appearance of the right cerebellum (I) and pons (J). Note the infarcts extending from the cerebellar cortex (I, arrowhead) to the dentate nucleus (I, arrow), and involving the right superior cerebellar peduncle (J, arrowheads). (K) Microscopically, the cerebellar cortex exhibits necrotic changes with abundant infiltrating macrophages, surrounded by reactive astrocytes. (L) Wallerian degeneration of the left RN, showing myelin pallor (arrowheads), and (M) abundant macrophages occupying the anatomical region of the RN on a magnified image. (N) Semi-macroscopic image of the IO pseudohypertrophy. (O) Normal control for the IO. (P) A magnified image demonstrates bizarre and hypertrophic astrocytes (arrowheads). (Q) Normal neurons in the nucleus ambiguus. (R) No apparent neurogenic or myopathic changes in the posterior cricoarytenoid muscle. (S) Schema of the Guillain–Mollaret triangle. (K, M, P, R) Hematoxylin and eosin staining. (L, N, O, Q) Klüver–Barrera staining. Bar = 100 μm (K), 50 μm (M), 45 μm (P), and 70 μm (Q, R).

臨床経過:入院後,抗菌薬投与を行い肺炎は治癒した.レベチラセタム内服1,000 mg/日により顔面痙攣は改善したが,嚥下機能障害は改善しなかった.嚥下内視鏡検査では不随意運動を認めなかった.経鼻胃管による経管栄養を開始し,療養型病院に転院した.発症12ヶ月頃から顔面痙攣は常時出現,悪化し,約2 Hzの口蓋振戦が間欠的に出現,肺炎も頻発するようになった.更に肺炎治癒後も92%程度の低酸素血症が遷延し,低流量酸素投与を要した.14ヶ月後,経鼻胃管の盲目的挿入が困難となり内視鏡下に挿入した際,睡眠時も持続する軟口蓋と中咽頭壁の同期した約2 Hzの連続的な不随意運動,吸気時の高調な喘鳴,酸素飽和度の低下を認めた.レベチラセタムの増量は奏効しなかった.その数日後,更に突然の酸素飽和度70%台となる低酸素血症,努力様呼吸や血圧低下,JCS 200~300レベルの高度意識障害が出現した.酸素を投与しても酸素飽和度は上昇しなかった.血液ガス分析ではPaCO2は157.2 Torrと上昇していた.画像検査では肺炎像や無気肺はなかった.両側声帯外転麻痺に伴う低換気によるCO2ナルコーシスと診断し,吸引と酸素投与のみ行ったところ,約8時間後に酸素投与下で97%前後を維持可能となり意識もJCS 3~20程度に回復した.その後も顔面痙攣,軟口蓋や中咽頭壁の不随意運動,吸気時の高調な喘鳴が持続したため,発症15ヶ月後,当院に再入院した.入院時にはJCS 10~20程度の軽度意識障害を認めた.肺炎像や炎症所見はなかったが,血液ガス分析ではPaCO2は65.8 Torrと上昇しておりCO2ナルコーシスに伴う意識障害と診断した.再入院後2日目に顔面痙攣は頸部筋にも広がり,それらと同期した口蓋振戦を認めた(supplementary data参照).酸素飽和度はしばしば吸気時の高調な喘鳴や奇異性呼吸を伴いながら80%台に低下し,その後95%前後(酸素投与下)に改善することを繰り返した.3日目には極軽度の右下肺の肺炎像が出現,PaCO2は73.7 Torrに上昇,意識障害もJCS 30~200程度に悪化した.ジアゼパムを投与したところ,一時的に口蓋や頸部の不随意運動は軽減し,呼吸動作も2回に一度程度胸郭が挙上するようになり,酸素飽和度も酸素投与下で95%程度まで上昇したが,ジアゼパムの作用消失と共に再び酸素飽和度は低下した.内視鏡による観察では両側の声帯外転麻痺を認めた.この時の観察では声門や軟口蓋に不随運動は認めなかった.再入院後4日目には肺炎像は右肺全体に広がり,炎症所見もCRP 21.4 mg/dlに上昇した.酸素飽和度の低下は改善しなくなった.PaCO2は143 Torrに上昇した.徐々に自発呼吸が低下し,5日目に呼吸不全で死亡した.死亡後3時間で全身解剖を行った.

一般内臓器病理所見:左肺は700 gと重量を増し,新旧の多発する誤嚥性肺炎の組織像.

神経病理所見:脳重は1,340 g.マクロ所見では,前頭葉皮質,皮質下白質と後頭葉,および両側小脳半球(Fig. 1I矢頭),橋被蓋部から右上小脳脚に鉄錆色の沈着を伴う陳旧性梗塞巣を認めた(Fig. 1J矢頭).右側小脳では歯状核を巻き込む広範な病巣を形成していた(Fig. 1I矢印).組織学的には多数のマクロファージの浸潤と反応性アストロサイトの増加,グリオーシスを認めた(Fig. 1K).左赤核(Fig. 1L矢頭)と大脳脚,右下小脳脚,右中心被蓋路にはワーラー変性が観察され,多数のマクロファージ浸潤を認めた(Fig. 1M).両側の下オリーブ核は仮性肥大を呈し(Fig. 1N),奇怪な形態を示すアストロサイトの増生を認めた(Fig. 1P矢頭).大脳に萎縮は認めなかった.嚥下に関わる多くの筋を支配する迷走神経の起始核である疑核(Fig. 1Q),および声門開大筋である後輪状披裂筋(Fig. 1R)は保たれていた.多系統萎縮症を含む変性疾患の合併はなかった.加齢性病理に顕著なものはなく,Braak & Braak stage II/0, A0B1C0,αシヌクレインの沈着やLewy小体は認めなかった.嗜銀顆粒性認知症病理もSaito stage 2と軽度にとどまった.

Fig. 2 Clinical course.

Facial spasms appeared and worsened 3 months after onset of the infarcts. Palatal tremor and bilateral vocal cord abduction paralysis appeared at 14 months. Hypoxemia and CO2 narcosis then developed, and the patient died of type 2 respiratory failure at 15 months.

考察

口蓋振戦は口蓋帆挙筋をはじめとした口蓋,咽頭,喉頭などの鰓弓筋および頸部,肩甲部の骨格筋に認める2~3 Hzの律動的かつ反復性筋収縮である.歯状核から上小脳脚を通って対側の赤核に走行し,中心被蓋路を経由して下オリーブ核に至る,いわゆる「ギラン・モラレ三角」が何らかの理由で障害されることにより出現する(Fig. 1S).ギラン・モラレ三角が障害される原因疾患は様々であり,今までに脳血管障害(橋被蓋部の中心被蓋路,小脳歯状核,他),Alexander病,多系統萎縮症などによる発症例が報告されている.脳波に異常を認めないことや,脳血管障害発症と口蓋振戦発現の間には2~49ヶ月(平均10~11ヶ月)の時間的間隔があることから,徐々に機能障害を来し発症すると予想されている2.口蓋の動きを制御する疑核由来の迷走神経には,中心被蓋路からの連絡路がある4.一般的には口蓋に始まり,経過と共に顔面筋や眼輪筋,頸部などに広がることがある3.歯状核に病変があるとミオクローヌスはより広範に出現しやすくなる傾向があり3,声帯や横隔膜等にも及ぶことがある4.一般的には予後は良好だが,一度発症すると生涯にわたり症状が残ることが多い5.薬物療法や精神療法の反応に関しては個人差が大きく確実な治療法はない2

一方,両側声帯外転麻痺は,声帯の動きに関連する経路(疑核から端を発し迷走神経運動枝由来の反回神経が支配する)のいずれかの病変が原因となって発症する6.両側性声帯外転麻痺は片側性と異なり,窒息を来し致死的になりうる重篤な病態である.原因として頸部手術などの他,神経変性疾患や筋疾患で生じることが多い7.脳梗塞後に両側性の声帯外転麻痺と口蓋振戦とを合併した症例の既報はなかった.

本例では,まず一次病変として両側歯状核を含む広範な多発性脳梗塞を発症し,二次的に両側下オリーブ核が仮性肥大を来した結果,ギラン・モラレ三角の機能障害を生じ口蓋振戦を発症したと推測した.一般的な経過と異なり,顔面や眼輪筋の筋痙攣が口蓋振戦に先行したように見えたが,顔面や眼輪筋の筋痙攣と同時期から嚥下機能障害が悪化していたことから,同時期に口蓋振戦も出現していた可能性があると推測した.また筋痙攣は顔面,頸部及び口蓋のいずれもが同期しており,同一の病態に由来すると考えた.脳梗塞発症直後には声帯外転機能は正常で,画像上も白質病変や脳幹の形態異常を認めなかったこと,剖検時にも疑核や後輪状披裂筋には器質的異常を認めなかったことから,脳梗塞巣が直接的に声帯外転機能を障害した可能性,何らかの変性疾患やAlexander病の合併は否定された.更にギラン・モラレ三角の一部である中心被蓋路から,声帯の外転機能に関連する疑核由来の迷走神経への連絡路があることから,稀ではあるものの,口蓋振戦を惹起した機能障害がその連絡路を介して声帯へも波及し,声帯外転麻痺を引き起こしたと推測した.

以上より,本例においては広範な両側性の歯状核病変に由来するギラン・モラレ三角の機能障害が遅発性に両側性の声帯外転麻痺を引き起こし,致死的な呼吸不全に至ったと推察した.本例はご本人およびご家族の希望に基づき挿管や気管切開を行わなかったが,積極的な気管挿管や気管切開により救命できた可能性がある.広範な歯状核病変が有りかつ両側性の下オリーブ核の仮性肥大を認める脳梗塞症例に対しては,口蓋振戦の出現やその範囲の広がりに注意を払い,適切な対処を行うことが重要である.

Movie legends

Title: Palatal tremor

The facial spasm involved the mandibular and cervical muscles. The palatal tremor was synchronized with the facial spasm. Supplementary movie is published with patient family’s permission.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

文献
 
© 2023 Japanese Society of Neurology

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