2024 Volume 64 Issue 5 Pages 361-363
【目的】ウェルニッケ脳症(Wernicke encephalopathy,以下WEと略記)における頭部MRI病変に関して検討を行った.【対象】2008年5月から2022年9月までに当科に入院したWE症例【方法】頭部MRI病変の有無によってMRI陽性群とMRI陰性群と群別した.【結果】WE 26人(男性19人,平均年齢63.9歳),MRI陽性群は19人.MRI陽性群ではビタミンB1値が低く(中央値 10.0 ng/ml vs 29.0 ng/ml, p < 0.001),アルコール依存症(Alcoholism,以下ALと略記)が少なかった(29.4% vs 77.8%, p = 0.025).【結論】WEではALを有する症例では頭部MRI病変の出現頻度が低下することが判明した.
[Objective] To investigate association between Wernicke encephalopathy (WE) and brain MRI. [Subjects] 26 patients (7 females, mean age 63.9 ± 12.7 years) with WE admitted to our department between May 2008 and September 2022. [Methods] Wernicke’s encephalopathy in patients with MRI lesions was defined as “MRI-positive group” (MPG), and those without MRI lesions as “MRI-negative group” (MNG). The following parameters were assessed between the two groups: age, sex, alcoholism, neurological symptoms, vitamin B1, lymphocyte, total cholesterol, albumin, and outcome at discharge. [Results] There were 17 patients in MPG. Compared to MNG, MPG had lower rates of alcohol abuse (10.0% vs 77.8%, P = 0.025), lower vitamin B1 (median 10.0 ng/ml vs 29.0 ng/ml, P < 0.001), and more vitamin B1 treatment dose (median 1900 mg vs 600 mg, P = 0.016). [Conclusion] Alcoholic WE may be overlooked if the focus is solely on brain MRI findings.
ウェルニッケ脳症(Wernicke encephalopathy,以下WEと略記)は大量飲酒や低栄養状態,重症の妊娠悪阻,胃切除後をはじめとした消化管手術後,ビタミンB1を含まない高カロリー中心静脈輸液などで発症する.WEは意識障害,外眼筋麻痺,歩行障害の「古典的三徴」を特徴とするが,この「古典的三徴」を呈する割合は16~38%とされている1).
WEにおける典型的な頭部MRI病変として,中脳水道周囲,視床内側,大脳皮質などが報告されているが,WEの頭部MRIの感度は53%,特異度は93%と報告されている2).
このようにMRIの感度が十分とは言い難いWEの頭部MRI病変の検出能について,当院で経験したWE症例を対象に検討を行った.
対象は2008年5月から2022年9月までに当科に入院したWE 26人(女性7人,平均年齢63.9 ± 12.7歳).
WEの臨床診断にはCaineらが示した診断基準(Caine criteria)3)を用いた.この診断基準は①食欲不振・栄養障害(ビタミンB1低値もしくはBMI 18.5 kg/m2以下),②眼球運動障害,③小脳失調,④意識変容・軽度記憶障害の四つの症状のうち二つ以上の項目を有する場合に “アルコール性WE” と診断しており,感度85%,特異度100%と報告されている.その後,Caineらが提唱した診断基準は非アルコール性WEにまで適応が拡大され,種々の臨床研究が同診断基準で実施されている現状を踏まえ4)~6),本研究においてもCaineらが示した診断基準を採用した.
入院時に拡散強調画像,T2強調画像,Fluid Attenuated Inversion Recovery(FLAIR)画像,造影T1強調画像のいずれかの撮影法を用いて頭部MRIを実施した.これらの撮影法で中脳水道,視床内側,中脳視蓋,乳頭体,大脳皮質,小脳,脳神経核のいずれかに病変を認めた症例群をMRI陽性群,MRIに病変を認めなかった症例群をMRI陰性群と群別した.なお,頭部MRI病変の判定は脳神経内科診療24年目の筆頭著者によって行い,頭部MRIを判定する際に各症例の臨床情報(特にアルコール依存症の有無)を盲検の状態で評価した.上記の2群間で,年齢,性別,アルコール依存症(Alcoholism,以下ALと略記),神経症状(意識障害,外眼筋麻痺,小脳失調及びこれらの古典的三徴),Body Mass Index,ビタミンB1,ビタミンB12,葉酸,リンパ球数,総コレステロール,アルブミン,ビタミンB1総治療量,頭部MRI撮影方法,症状から治療開始までの日数,治療期間,入院期間,退院時転帰を,Mann-Whitney U検定,Fisherの正確確率検定を用いて,二群間における統計学的有意差を検討した.いずれの統計解析においても,p < 0.05を有意差ありと判断した.統計解析はIBM SPSS 27を用いて行った.
本研究は当院倫理委員会の承認(承認番号564:2022年12月28日承認)を得て,これを実施した.
MRI陽性群 17人であった.MRI病変部位の割合は,中脳水道 16人(94.1%),視床内側 17人(100.0%),中脳視蓋 13人(76.5%),乳頭体 4人(23.5%),小脳 3人(17.6%),大脳皮質 1人(5.9%),脳神経核 1人(5.9%)であった.MRI陰性群と比べて,MRI陽性群ではALの割合(29.4% vs 77.8%, p = 0.025),ビタミンB1値(中央値 10.0 ng/ml vs 29.0 ng/ml, p < 0.001)が低く,より多くのビタミンB1治療が実施されていた(中央値 1900 mg vs 600 mg, p = 0.016).頭部MRI撮影法では二群間で有意差は認めなかった.
MRI-positive group | MRI-negative group | P value | |
---|---|---|---|
Number | 17 | 9 | |
Age, years | 65.6 ± 13.6 | 60.8 ± 10.9 | 0.246 |
Sex, female(%) | 5 (29.4%) | 2 (22.2%) | 0.538 |
Alcoholism, (%) | 5 (29.4%) | 7 (77.8%) | 0.025 |
Time from symptom onset to hospitalization, days | 5.8 ± 5.5 | 5.3 ± 4.2 | 0.315 |
Neurological findings | |||
Consciousness disturbance, (%) | 15 (88.2%) | 9 (100.0%) | 0.418 |
External ophthalmoplegia, (%) | 11 (64.7%) | 7 (77.8%) | 0.413 |
Cerebellar ataxia, (%) | 10 (58.8%) | 7 (77.8%) | 0.387 |
Classical trias, (%) | 4 (23.5%) | 3 (33.3%) | 0.462 |
Laboratory findings | |||
Vitamin B1, ng/ml (median) | 10 | 29 | 0.001 |
Vitamin B12, pg/ml (median) | 679 | 384 | 0.484 |
Folic acid, ng/ml (median) | 4.3 | 4.75 | 0.683 |
Albumin, g/dl (median) | 3.8 | 3.7 | 0.711 |
Lymphocytes, /μl (median) | 1200 | 1300 | 0.525 |
Total cholesterol, mg/dl (median) | 198.0 | 190.0 | 0.637 |
Body Mass Index, kg/m2 (median) | 19.5 | 18.7 | 0.711 |
Brain MRI imaging methods | |||
Diffusion-weighted images | 17 (100.0%) | 9 (100.0%) | 1.000 |
T2-weighted images | 16 (94.1%) | 9 (100.0%) | 0.654 |
FLAIR images | 16 (94.1%) | 9 (100.0%) | 0.654 |
Enhancement T1-weighted images | 3 (17.6%) | 0 (0.0%) | 0.262 |
Total therapeutic dose of Vitamin B1, mg (median) | 1900 | 600 | 0.018 |
Days of treatment, days | 8.7 ± 6.4 | 5.7 ± 2.5 | 0.202 |
Days of hospitalization, days | 48.7 ± 40.8 | 28.3 ± 14.9 | 0.235 |
Korsakoff’s syndrome, (%) | 6 (35.3%) | 4 (44.4%) | 0.483 |
Outcomes | 0.475 | ||
Home, (%) | 3 (17.6%) | 3 (33.3%) | |
Transfer for rehabilitation units, (%) | 5 (29.4%) | 1 (11.1%) | |
Long-term care hospital, (%) | 9 (52.9%) | 5 (55.6%) |
Abbreviation: FLAIR = Fluid Attenuated Inversion Recovery
本研究の結果,WEではALを有する症例では頭部MRI病変の出現頻度が低下することが判明した.
Zuccoliらは56人のアルコール性及び非アルコール性WEにおけるMR画像所見を,視床や乳頭体をはじめとしたWEにおける “典型的な病変部位” と脳神経核や小脳をはじめとしたWEにおける “非典型的な病変部位” に分別して比較検討したところ,非アルコール性WEと比べてアルコール性WEでは,“典型的な病変部位” 及び “非典型的な病変部位” のいずれにおいても,その割合が少ないことを報告した1).またアルコール性WEにおいて,MR画像でWEに特徴的な病変を認めなかった患者と比べて,これらを認めた患者は1日のエタノール摂取量が少なかったことが報告されている2).Zuccoliらはアルコール摂取を含む他の要因がWEの発現を調節する可能性を示唆しており7),本研究やZuccoliらの報告1)を踏まえると,アルコールがWEに特徴的なMRI所見の出現を抑制する何らかの “防御因子” の役割を担っている可能性が考えられ,これに関しては今後の検証が必要と思われる.
MRI陰性群と比べて,MRI陽性群ではより多くのビタミンB1治療が投与されていた.これはMRI異常所見を介して医療者がWEと認識する事によって,より多くのビタミンB1が投与された結果と思われる.しかし,MRI異常所見の有無によってWEか否かを判断すると,本来ならば治療すべきWE症例を見落とす可能性がある.Caineらが示した診断基準に則れば,前述した栄養障害に加えて,眼球運動障害,小脳失調,意識変容をはじめとした神経症状を認めた時点でWEと診断可能であることから,MRI病変を認めなくても,WEと判断してビタミンB1による治療が行われるべきであると思われた.
本研究の制限として「単施設」かつ「後方的視研究」であり「症例数が26例」と限られている事が挙げられた.今後,WEにおけるMRI病変の臨床的特徴を検討するには,「多施設」かつ「前方視的研究」で考慮する必要があると思われた.
WEではALを有する症例では頭部MRI病変の出現頻度が低下することが判明した.頭部MRIに準拠したWEの診断には加療が必要な症例を見落とす危険性があり,注意が必要である.
本報告の要旨は,第113回日本神経学会中国・四国地方会で発表し,会長推薦演題に選ばれた.
著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.