2025 Volume 65 Issue 6 Pages 424-428
症例は17歳女性.強直性痙攣が出現し,頭部単純造影MRIで右側頭葉,左前頭葉にT2強調画像高信号域と,硬膜に造影効果を伴う結節性病変を認めた.単核球優位の脳脊髄液細胞増多と脳脊髄液fluorescent treponemal antibody-absorption陽性所見から神経梅毒に伴う中枢神経ゴム腫と診断し,抗生剤加療を開始した.治療後には病変部位は縮小し,症状や画像上の再発なく経過した.中枢神経ゴム腫は通常,感染から1年以上経過した第3期梅毒で生じるが,本例は感染後1年以内に発症したと推測された.若年女性においても中枢神経ゴム腫を鑑別に挙げ,速やかに適切な検査,治療を行う必要がある.
A 17-years-old woman visited the hospital due to convulsions. T2-weighted images showed high intensity areas in right temporal lobe and left frontal lobe. Enhanced T1-weighted images showed mass-like lesions on the dura mater. Based on mononuclear pleocytosis and a reactive fluorescent treponemal antibody-absorption test in the cerebrospinal fluid, neurosyphilis and intracranial gumma were diagnosed, and antibiotic therapy was initiated. After treatments, the high intensity areas improved, and she had no recurrence of symptoms or MRI images. Intracranial gumma usually develops in tertiary syphilis, more than 1 year after infection. In this case, intracranial gumma developed within 1 year after infection. Even if the patient is a young woman, it is necessary to consider the possibility of intracranial gumma and select appropriate examinations and treatments earlier.
近年,本邦における梅毒患者数は増加傾向であり,若年女性患者数も増加している1).中枢神経ゴム腫は通常,Treponema pallidum感染から1年以上経過した第3期梅毒で呈する非常に稀な疾患とされているが2),時に重篤な症状を引き起こし,診断に難渋することもあるため注意が必要である3)4).今回我々は,病歴および性交渉歴からTreponema pallidum感染後1年以内に発症したと推測された中枢神経ゴム腫を伴う若年女性の梅毒症例を経験したため,文献的考察を加えて報告する.
症例:17歳,女性
主訴:痙攣
既往歴:特記すべきことなし.
家族歴:特記すべきことなし.
現病歴:海外渡航歴はなく,16歳時(2021年)より性交渉歴があり,パートナーは数ヶ月に1度変わっていたが,皮疹や性感染症を疑う症状を認めることはなかった.2022年9月にEpstein–Barr(EB)ウイルス感染症に罹患し,四肢に皮疹を認めた.11月には陰部周囲の腫脹,発疹が出現し,抗生剤の内服で軽快した.2023年1月に強直性痙攣が出現し,頭部単純造影MRIで右側頭葉と左前頭葉に異常信号を指摘された.レベチラセタムが開始され,精査加療目的に当科紹介となった.
入院時現症:GCS E4V5M6,血圧113/74 mmHg,心拍数92回/分,体温36.5°C.腹部や両側前腕に数mm大の梅毒性バラ疹を疑う小紅斑を認め,外陰部には3 mm大の小潰瘍を認めた.頭皮に脱毛斑はなく,鼠経部リンパ節腫脹も認めなかった.眼底検査では視神経乳頭の軽度腫脹を認めた.脳神経は異常なく,Argyll Robertson瞳孔は認めなかった.四肢体幹に筋力低下は認めず,腱反射は正常で,病的反射は認めなかった.感覚系,小脳系の異常は明らかではなかった.項部硬直は認めず,Kernig徴候は陰性であった.
検査所見:血液検査では梅毒Treponema pallidum(TP)抗体定性とfluorescent treponemal antibody-absorption(FTA-ABS)は共に陽性で,梅毒rapid plasma reagin(RPR)定量は29.0 R.U.と上昇していた.ヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus,以下HIVと略記)抗原,抗体は陰性であった.EBウイルス感染については,抗viral capsid antigen(VCA)IgM < 10倍,抗VCA IgG 320倍,Epstein–Barr virus nuclear antigen(EBNA)< 10倍であった.アンジオテンシン変換酵素は24.3 U/lと上昇し,可溶性インターロイキン-2レセプターは669 U/mlと高値であった.各種自己抗体は陰性で,その他明らかな異常は認めなかった.脳脊髄液検査では圧22 mmH2O,蛋白43 mg/dl,細胞数34/μl(単核球97.1%,多形核球2.9%),脳脊髄液糖50 mg/dl(血糖83 mg/dl),IgG index 0.625,オリゴクローナルバンド陽性であった.細菌培養,細胞診は共に陰性であった.梅毒RPR定量0.8 R.U.,梅毒TP抗体定量1.2 S/COで,FTA-ABSは陽性であった.頭部単純造影MRIでは右側頭葉,左前頭葉にT2強調画像高信号域を認め,硬膜に造影効果を伴う結節性病変を認めた(Fig. 1).脳波では明らかなてんかん性放電は認めなかった.体幹部CTで腫瘍性病変を疑う所見はなく,ガリウムシンチグラフィーでも明らかな異常集積を認めなかった.
(A, D) T2-weighted images showed high intensity areas in cortex and subcortex of left frontal lobe and right temporal lobe. (B, E) These areas were low intensity on T1-weighted images. (C, F) Gadolinium-enhanced T1-weighted images showed mass-like lesions on the dura mater near the areas.
経過:血液,脳脊髄液所見及び画像所見から神経梅毒に伴う中枢神経ゴム腫と診断し,入院4日目よりペニシリンG 2400万単位/日の投与を開始した.入院13日目の頭部MRIでは左前頭葉のT2強調画像高信号域は拡大していたが,右側頭葉のT2強調画像高信号域は縮小していた.入院18日目の脳脊髄液検査では細胞数7/μlと減少し,入院21日目にアモキシシリン3,000 mg/日の内服に変更した.同日の血液検査ではRPR定量36.0 R.U.であったが,全身状態は良好で痙攣発作の再発もなく経過していたため,入院25日目に退院となった.退院後9日目の頭部MRIでは左前頭葉のT2強調画像高信号域も縮小し,退院後16日目の血液検査ではRPR定量27.0 R.U.と低下していた.症状の再燃なく経過し,治療開始約4ヶ月後に血液RPR定量2.6 R.U.まで低下したため抗生剤を終了した(Fig. 2).それ以後も神経症状の再燃や画像上の再発は認めていない.
After initiation of treatment using penicillin G (PCG), though high intensity area in left frontal lobe worsened and serum rapid plasma reagin (RPR) titer was increased temporarily, cerebrospinal fluid (CSF) cell count was decreased. Continuing treatment with amoxicillin (AMPC), both the area and serum RPR titer improved.
これまで先進国における梅毒の特徴として,男性の感染者が多く,特に男性と性行為を行う男性(men who have sex with men: MSM)における感染者数の増加が指摘されていた5).しかし近年,本邦における若年女性の梅毒患者数も増加傾向であり6),2022年の新規女性患者は4,429人(新規総患者の34.2%),年齢層別では20~24歳(1,586人)が最多で10代女性も338人が報告されている1).妊娠期梅毒は胎児における先天梅毒のリスクとなるため,若年女性患者数の増加に伴い,先天梅毒症例の増加が懸念されている5).
中枢神経ゴム腫はTreponema pallidumが中枢神経に浸潤することにより細胞性免疫の過剰反応が起こることで発症する肉芽腫病変と推察されている7)8).一般的には感染後1年以降に発症する非常に稀な疾患で,第3期梅毒で呈するとされている2).症状は頭痛が最も多いとされるが,痙攣や不全片麻痺などで発症する例も報告されている4).画像所見としてMRI T1強調画像で低信号,T2強調画像で高信号を呈し,硬膜に造影効果を伴う結節性やリング状の病変を認め,周囲浮腫を伴うことが多いとされる9).そのため画像所見のみでは脳腫瘍との鑑別が非常に困難な症例もあり,切除後の病理結果から中枢神経ゴム腫と確定した症例も報告されている3).病理学的には類上皮細胞やリンパ球,形質細胞の浸潤を伴う中心壊死を伴った肉芽腫性病変であり3)10)11),病変内におけるTreponema pallidumの検出率は13.3%(45例中6例)に留まるとする報告もある4).
神経梅毒に対する治療として,高用量ペニシリンG静注療法を10~14日間行うことが推奨されている12).中枢神経ゴム腫においては,抗生剤静注療法後に長期間アモキシシリンの内服が継続された症例も報告されている13)14).梅毒治療においてアモキシシリン1,500 mg/日の内服が有効であるとする報告もある15).Treponema pallidumは血行性,リンパ行性に全身臓器に炎症を引き起こすため2),早期に診断し,適切な治療を開始することが望ましいと考えられる.本症例は単核球優位の脳脊髄液細胞増多,脳脊髄液FTA-ABS陽性を認め,画像所見と合わせて神経梅毒に伴う中枢神経ゴム腫と診断し12),抗生剤加療単独で病変縮小を得ることができた症例であった.本症例のように抗生剤治療開始後一時的に病変拡大やRPR定量値の上昇を認めた症例も報告されており14)16),原因として梅毒病勢の自然経過やJarisch–Herxheimer反応に代表される治療による局所の一時的な炎症拡大,反応性変化の可能性が挙げられている16).ステロイドによる見かけ上の病変縮小を認めることも報告されており,注意が必要である17).
本症例は若年女性において感染後1年以内と早期に中枢神経ゴム腫を発症したと推測される点が特徴的であると考えられる.Treponema pallidumの中枢神経浸潤は感染早期から始まっているとされるが2),早期神経梅毒のうち症候性は5%で,大多数が髄膜炎であったと報告されている2).本症例を含め,本邦における感染から1年以内に発症した頭蓋内神経ゴム腫の報告を示す(Table 1)3)7)13)14)18)19).年齢は20~40代で男性が多く,背景にはCommercial sex workerや不特定多数の性交渉歴がある人物と接触した症例が多かった.症状は痙攣や頭痛,意識消失が多かった.治療は高用量ペニシリンGの他にセフトリアキソンを使用した報告があり,点滴加療後に長期間アンピシリン内服を継続した症例もみられた.いずれの症例も治療後には病変は縮小していた.これまでに年齢,性別,他の性感染症罹患歴20),神経梅毒の発生率が高いTreponema pallidumの遺伝子型3)等が神経梅毒のリスク因子として報告されている.これらの因子が感染早期に中枢神経ゴム腫を発症するリスク因子となりうるかは今後の検討が必要である.またHIV感染が神経梅毒の病状進行を早める可能性も示唆されているが21),本症例も含めHIV陰性の症例も報告されている.梅毒罹患後全期間で中枢神経ゴム腫を発症した患者のうち,HIV陽性例は28.0%(50例中14例)であったと報告されている22)が,検索しえた範囲内で感染1年以内の頭蓋内神経ゴム腫の発症とHIV感染との関連は明確ではなかった(7例中2例:28.6%).梅毒とHIVの同時感染により神経梅毒の発生率が増加する一方で,HIV陽性例では細胞性免疫が低下し,遅延型反応による肉芽腫が形成されにくいことが一因と推察されている4).
Author (Year) | Age, sex |
Symptoms and signs | Period from infection to development of gumma |
HIV infection |
CD4 count (/ml) |
Treatment for gumma (Duration) |
---|---|---|---|---|---|---|
Hamauchi A. (2014) | 23, F | Headache | 6 months | Negative | N/A | PCG (14 days), AMPC (5 months) |
Tsuboi M. (2016) | 21, M | Loss of consciousness | 5 months | Positive | 565 | PCG (14 days) |
Koizumi Y. (2018) | 44, M | Headache, Vomiting | 11 months | Positive | 349 | Operation, CTRX (14 days) |
Kodama T. (2018) | 36, M | Hearing loss, Facial paralysis | 5 months | Negative | N/A | CTRX (2 weeks) |
Tsuda N. (2018) | 41, M | Convulsions | 9 months | Negative | N/A | PCG (33 days), AMPC + PBC (44 days) |
Sasaki R. (2019) | 47, M | Generalized seizures | 4 months | Negative | N/A | AMPC (17 days + 2 months), PCG (14 days) |
This case | 17, F | Convulsions | 4 months | Negative | N/A | PCG (17 days), AMPC (124 days) |
F: Female; M: Male; HIV: Human immunodeficiency virus; CD: Cluster of Differentiation; PCG: Penicillin G; AMPC: Amoxicillin; CTRX: Ceftriaxone; PBC: Probenecid; N/A: Not Available.
梅毒の拡大と共に神経梅毒及び中枢神経ゴム腫の症例は増加する可能性が考えられる.梅毒は抗生剤による早期治療開始が重要であるが,本症例のようにHIV陰性の若年女性において感染早期に中枢神経ゴム腫を発症する症例もあり,経過や画像所見等から本疾患が疑われる場合には速やかに適切な検査,治療選択を行う必要があると考える.
著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.
本報告の要旨は,第125回日本神経学会近畿地方会で発表し,会長推薦演題に選ばれた.