2025 Volume 65 Issue 9 Pages 661-665
症例は60代女性,2週間前から手足のしびれが出現し,亜急性に悪化し歩行困難になり受診した.5年前,ピロリ菌に対する除菌療法を試みたが,除菌不成功と判定された.受診時,舌の発赤,手袋靴下型の異常感覚,下肢深部覚低下,体幹失調を認めた.血中ビタミンB12低下,胸髄MRIで脊髄後索に対称性高信号を認めた.亜急性連合性脊髄変性症を疑い,ビタミンB12注を開始し独歩可能になった.抗内因子抗体・抗胃壁細胞抗体が陽性,胃内視鏡検査で萎縮性胃炎を認めた.近年,“泥沼ピロリ除菌” 例の中に自己免疫性胃炎が多いことが指摘されており,これはビタミンB12欠乏性神経障害に至る可能性があることを指摘したい.
A woman in her 60s had been experiencing numbness in her hands and feet for two weeks prior to the hospitalization, and had difficulty walking. Five years ago, eradication therapy for Helicobacter pylori was attempted twice, but was deemed unsuccessful. Current symptoms: redness of the tongue, stocking-glove type paresthesia, decreased deep sensation in the lower limbs, and trunk ataxia. Blood vitamin B12 levels were low, and a thoracic spinal cord MRI showed symmetric high signals in the posterior columns of the spinal cord. Subacute combined degeneration of the spinal cord was suspected, and vitamin B12 injections were started, allowing the patient to walk independently. Anti-intrinsic factor and anti-gastric parietal cell antibodies were positive, and atrophic gastritis was found on gastroscopy. Based on the above, it was determined that the cause was impaired vitamin B12 absorption due to autoimmune gastritis. In recent years, it has been pointed out that autoimmune gastritis is common among cases of repeated failure of H. pylori eradication, and there is a possibility that this may lead to vitamin B12 deficiency neurological disorders.
自己免疫性胃炎は,胃壁細胞にあるプロトンポンプを標的とする自己免疫疾患である1).壁細胞周囲にリンパ球浸潤が起こり,胃壁細胞の破壊・減少を生じる.これにより,胃酸分泌低下,高ガストリン血症,胃内細菌叢の変化や鉄吸収障害をきたす.また,内因子低下と抗内因子抗体などによりビタミンB12吸収障害が起こり,貧血や亜急性連合性脊髄変性症に至る2).
ヘリコバクター ピロリ(ピロリ菌)に対するピロリ菌除菌治療を繰り返すも除菌に成功せず,結果として何度も除菌治療を繰り返してしまう状態が注目され,“泥沼ピロリ除菌” と呼ばれている.近年,この群の中に自己免疫性胃炎が存在していることが指摘されている3).
本論文では,ピロリ除菌不成功の既往を有する中年女性に発症した亜急性連合性脊髄変性症の1例を提示し,神経症状を契機として自己免疫性胃炎の診断に至った経緯を考察する.
症例:60歳代女性
主訴:歩行障害
現病歴:2020年6月X−14日から両手のジンジン感,握力低下,両足先の痛みを感じ始めた.X−10日には,ふらついて立ち上がりにくくなった.X−7日,車の運転中,アクセルが踏めなくなった.以後,徐々に歩行困難に至り,X日に当科へ紹介された.
既往歴:2015年に胃内視鏡検査で萎縮性胃炎を指摘され,迅速ウレアーゼ試験が陽性であったため,ピロリ菌胃炎と診断された.ラベキュア®(ラベプラゾール・アモキシシリン・クラリスロマイシン)による1次除菌療法を受けたが,除菌後の尿素呼気試験で陽性であったため,除菌不成功と認定され,ラベファイン®(ラベプラゾール・アモキシシリン・メトロニダゾール)で2次除菌を受けた.しかし,やはり尿素呼気試験で陽性であったため除菌不成功と判断された.以後は,保険適応がないため無治療で経過観察していた.2018年に舌痛で耳鼻咽喉科を受診したが,特に異常は指摘されていなかった.
現症:身長145 cm,体重53 kg,血圧120/72 mmHg,脈拍77/分,胸腹部に異常は認めなかった.
神経学的所見:意識清明,知能正常,脳神経に異常なし.上肢運動系では,近位筋優位の4/5程度の筋力低下を認めた.筋萎縮・不随意運動はなく,筋トーヌスは正常であった.下肢運動系でも,全体的に4/5程度の筋力低下を認めた.筋萎縮はなく,筋トーヌスは正常であった. 起立は不安定 で,閉眼でさらに悪化した(ロンベルグ徴候 陽性).歩行は動揺が強く,杖・支えがあれば,辛うじて数歩可能な程度であった.腱反射は上肢では軽度亢進,下肢では消失,バビンスキー徴候は両側陽性であった.感覚系では,手袋靴下型の痛み,しびれを認めた.128 Hz音叉による振動覚検査では,両足内踝で3秒(正常は10秒以上)と短縮していた.
検査所見(Table 1):末梢血で,ヘモグロビンは正常範囲(12.5 g/dl)だが,MCVがやや高値(107.7 fl)であった.その他,肝腎機能,電解質などに異常は認めなかった.甲状腺機能はTSH,FT3,FT4ともに正常範囲であった.末梢神経伝導検査では,腓腹神経感覚神経伝導速度(34.3 m/s),感覚神経活動電位(2.4 μV)が軽度低下していたが,正中神経・尺骨神経の運動・感覚神経,脛骨神経の運動神経伝導速度(44.0 m/s),複合筋活動電位(8.4 mV)に異常はなかった.頸椎MRIでは,頸髄内後索にごく淡い高信号が見えたが,アーチファクトとの鑑別が困難であった.腰椎MRIでは軽度の脊柱管狭窄を認めた.脳脊髄液は,細胞1/μl,蛋白21 mg/dl,糖61 mg/dl(同時血糖128 mg/dl)で異常は認めなかった.
| Laboratory data | |||
|---|---|---|---|
| WBC | 5,420/μl (3,400–9,400) | BS | 96 mg/dl |
| RBC | 325 × 104/μl (430–560 × 104) | ALP | 186 U/l (38–113) |
| Hgb | 12.5 g/dl (13.6–17.3) | γ-GTP | 14 U/l (12–82) |
| MCV | 107.7 fl (83.0–102.0) | CPK | 54 U/l (52–255) |
| MCH | 38.5 pg (26.0–35.0) | BUN | 9.9 mg/dl (8.5–20.0) |
| MCHC | 35.7 g/dl (31.5–36.0) | CRN | 0.57 mg/dl (0.61–1.04) |
| T-bil | 0.9 mg/dl (0.3–1.2) | Na | 143 mEq/l (137–145) |
| D-Bill | 0.3 mg/dl (0.0–0.4) | Cl | 107 mEq/l (99–109) |
| AST | 21 U/l (13–36) | K | 4.0 mEq/l (3.3–4.8) |
| ALT | 20 U/l (9–44) | Ca | 8.8 mg/dl (8.6–11.0) |
| LDH | 210 U/l (124–222) | Fe | 69 μg/dl (40–158) |
| CHE | 241 IU/l (205–421) | LDL-C | 88 mg/dl (70–139) |
| TP | 6.7 g/dl (6.7–8.2) | CRP | 0.47 mg/dl (0.0–0.3) |
| alb | 4.2 g/dl (3.8–5.3) | Cu | 97 ug/dl (68–128) |
以上の結果から,当初,急性感覚失調性脊髄・多発神経炎を疑った.軽度MCVが高値だったので,ビタミンB12欠乏も疑い,ビタミンB12を提出した後,翌日からギラン・バレー症候群に準じて,免疫グロブリン静脈内注射療法を開始した.入院4日めに,血中ビタミンB12が測定感度以下(50 pg/ml以下)であることが判明した.胸髄MRI(Fig. 1)では,T2強調画像(T2 weighted image,以下T2WIと略記)矢状断で脊髄後索に連続する淡い高信号線を認めた.T2WI軸位断では,胸髄下部では薄束に高信号,中部胸髄から楔状束に相当すると思われる部位に高信号を認め,亜急性連合性脊髄変性症を強く疑った4).直ちにビタミンB12 500 mg/day静脈注射を開始し,以後は筋肉注射に変更した.手足のしびれ,歩行障害は徐々に改善し,約50日後に症状はほぼ消失し,独歩で自宅退院した.末梢血MCVも正常化(95.9 fl)し,腓腹神経感覚神経伝導速度も改善した(44.6 m/s).胸髄MRIでも後索の高信号は1か月後には淡明化していた.

A sagittal T2-weighted MRI of the thoracic spinal cord (A) revealed high intensity in the posterior column (arrows). Axial T2-weighted MRI of the thoracic spinal cord (B: Thoracic 2/3 level, C: Thoracic 4/5 level, D: Thoracic 7/8 level, E: Thoracic 10/11 level) revealed selective involvement of the bilateral fasciculus cuneatus (B-D) and fasciculus gracilis (D, E) (arrows).
ビタミンB12欠乏が判明した時点で,舌を観察すると,赤く乾燥した状態(Fig. 2A)で,いわゆるハンター舌炎5)の所見であった.1年前から舌が痛くなり,辛い物が食べられなくなっていたのは,これが原因であった.治療後,舌痛は改善し,舌の発赤も消失した(Fig. 2B).

Prior to treatment, the tongue exhibited a red and dry appearance (A). (B) Following the initiation of a 60-day course of Vitamin B12 treatment, the patient’s tongue exhibited a return to its normal appearance.
ビタミンB12欠乏の原因検索を行った.葉酸は正常(22.0 ng/ml以上),ガストリンは3,000 pg/ml(正常200 pg/ml以下)と高値,抗内因子抗体・抗胃壁細胞抗体は陽性(10倍)だったが,抗ピロリIgG抗体は陰性(3.0 U/ml未満)であった.抗核抗体(40倍),抗サイログロブリン抗体(83 IU/ml),抗TPO抗体が陽性(29 IU/ml),抗SSA(1.0未満),SSB抗体(1.0未満)は陰性,抗糖脂質抗体ではIgM抗GM1抗体が1+であった.胃内視鏡検査では全般性に高度萎縮性胃炎を認め,生検でリンパ球浸潤を認めた.以上の結果は,自己免疫性胃炎によく一致しており,ビタミンB12欠乏の原因と推定した.その後,定期的にビタミンB12の筋肉注射を継続し,症状の悪化は見られていない.また,定期的に胃内視鏡検査を行っているが,胃炎の悪化や胃癌発生は認めていない.
自己免疫性胃炎に確立した診断基準はないが,1)胃内視鏡検査で,胃粘膜の萎縮・炎症所見を認め,特に胃底腺領域の萎縮が強い,2)血液抗胃壁細胞抗体または抗内因子抗体のいずれか,または両方が陽性である,3)組織検査で胃粘膜への炎症細胞浸潤・胃壁細胞の破壊を認める,4)血中ガストリン高値,ビタミンB12低下を認める,5)抗ピロリIgG抗体が陰性である,などを合わせて総合的に判断される.本例は,これらの全項目を満たしており,自己免疫性胃炎と診断された.
従来,自己免疫性胃炎は稀と考えられていたが,近年,ピロリ除菌不成功と判断されていた萎縮性胃炎群,いわゆる “泥沼ピロリ除菌” 群の中に,多く存在していることが報告されている.Furutaらは,ピロリ菌胃炎と診断され除菌2回以上不成功とされた群の中で19%が自己免疫性胃炎であったと報告している3).彼らは,生検胃組織の細菌培養を行い,この群において94%でピロリ菌以外のウレアーゼ産生菌を検出している.つまり,自己免疫性胃炎では自己免疫機序により壁細胞が破壊されて胃酸分泌が高度に低下し,胃内にピロリ菌以外の雑菌が生息しやすくなり,そうした細菌の多くは,ウレアーゼ活性を有していることを示している.迅速ウレアーゼ試験,尿素呼気試験は,ともにピロリ菌のウレアーゼ活性に基づく検査であるが,自己免疫性胃炎では,ピロリ菌以外のウレアーゼ産生菌によって偽陽性を示す場合があり,結果的にピロリ菌除菌不成功と判定され,“泥沼ピロリ除菌” 状態に陥ると推定している.
本例は,“泥沼ピロリ除菌” 状態に陥った5年後に亜急性連合性脊髄変性症を発症したことになる.ビタミンB12の1日の必要量は6~9 μgで,人体内には2~5 mgが貯蔵されており,さらに腸肝循環により再利用される.しかし,吸収障害があると徐々に体内貯蔵量が減少し,数年後にビタミンB12欠乏症状を発症する.本例は,胃炎が指摘された5年後に神経症状を発症しており,時間的経過も一致している.
「subacute combined degeneration of spinal cord」と「autoimmune gastritis」をキーワードとしてPubMedで検索すると(1990年から2024年),10数編の論文が見出されたが6)~18),“泥沼ピロリ除菌” 状態と診断されていた病態が,実は自己免疫性胃炎であり,ビタミンB12欠乏による亜急性連合性脊髄変性症に至った経過を確認できた報告はない.“泥沼ピロリ除菌” の背景には自己免疫性胃炎が存在し,ビタミンB12欠乏による神経障害を発症する可能性があるので注意が必要である.
著者に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.
胃内視鏡検査を施行していただいた当院消化器内科 島岡俊治先生,抗糖脂質抗体を測定していただいた近畿大学脳神経内科学教室の先生方に深謝します.