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Online ISSN : 2434-4966
Relationship between serum zinc levels and clinical status in persons with severe motor and intellectual disabilities
Aya TokumitsuYuichi Kusunoki
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2022 Volume 4 Issue 2 Pages 63-71

Details
Abstract

要旨:【目的】当施設入所中の重症心身障害児(者)の血清亜鉛値の実態を把握し,血清亜鉛値に影響する因子を同定する.【対象および方法】入所者の血清亜鉛値と,種々の属性,血液・尿検査所見との関連を検討した.【結果】対象301名中115名が低亜鉛血症(<60μg/dL)で,基準値内の対象者は17名のみであった.血清亜鉛値はBMI,体重当たりエネルギー摂取量,血清アルブミン,血清クレアチニンと有意の正の相関があった.また,低亜鉛血症患者に寝たきり,気管切開,抗てんかん薬内服者の割合が有意に高かった.重回帰分析の結果,運動機能,BMI,誤嚥防止術,バルプロ酸,血清アルブミンが血清亜鉛値に有意に関連する因子であった.【結論】多くの対象者の血清亜鉛値は基準値を下回っていた.寝たきり,低BMI,誤嚥防止術,バルプロ酸内服,低アルブミン値は重症心身障害児(者)の血清亜鉛値低下の関連因子と推測された.

Translated Abstract

Objective: To investigate the relationship between serum zinc levels and clinical status in persons with severe motor and intellectual disabilities (SMID) living at our medical residential facility.

Subjects and Methods: A total of 301 persons with SMID were included in the study. The relationships of serum zinc levels with background factors and blood and urine test values were examined retrospectively.

Results: Of the 301 subjects, 115 (38.2%) presented with hypozincemia (zinc level <60μg/dL), whereas only 17 (5.6%) were within the Japanese standard reference range (80–130μg/dL). Serum zinc levels were positively and significantly correlated with body mass index (BMI), energy intake per body weight, and serum albumin and creatinine levels. The proportion of bedridden persons, those with tracheostomy, and users of antiepileptic drugs were significantly higher in the hypozincemia group. Multiple regression analysis revealed that motor function, BMI, tracheostomy, treatment with valproic acid, and serum albumin were significant factors associated with serum zinc levels.

Conclusion: Serum zinc levels in most subjects were below Japanese standard reference values. Bedridden status, low BMI, tracheostomy, valproic acid use, and low serum albumin seem to be risk factors for hypozincemia in persons with SMID.

目的

亜鉛はヒトの生命活動に必須な微量元素であり,多数の亜鉛酵素の構造維持や機能,多くの転写調節の発現・機能などに関与している12.亜鉛欠乏症の原因としては,摂取不足,腸管からの吸収不全,キレート作用のある薬物の内服や糖尿病による尿中排泄増加,慢性肝・腎疾患などが報告されている12

重症心身障害児(者)(以下,重症児(者)と略)における亜鉛欠乏例は,経腸栄養剤の使用者34や抗てんかん薬(antiepileptic drugs;以下,AEDと略)内服者56などで報告されている.我々も難治性の褥瘡や角膜上皮障害を呈した症例などを多数経験し,その一部を報告している7.また,経口栄養でも褥瘡や味覚障害を呈した亜鉛欠乏例を経験しており,重症児(者)の欠乏症は稀ではないと考えられる.しかし,実際どのような状態の重症児(者)に起こりやすいのかはいまだ明らかではない.

そこで今回,当施設入所中の重症児(者)の栄養摂取や身体状況,内服薬,血液・尿検査所見を検討し,血清亜鉛値に影響する因子を解析した.

対象および方法

1. 対象者

本研究は診療録内容を用いた後方視的観察研究である.2011年4月から9月までの間に血清亜鉛値を含めた定期検査が行われた当施設入所者333名のうち,既に亜鉛欠乏症があり亜鉛補充治療を受けている19名,悪性腫瘍や特殊疾患(糖尿病,潰瘍性大腸炎など)で治療中の13名を除いた,合計301名を対象とした.なお,狭義の重症児(者)の定義は重度の身体障害(寝たきりないし座位)と重度の知的障害(知能指数35未満)を併せ持つ者である.実際には,これよりやや軽症(運動機能で立位可能,あるいは知能指数が35以上50未満)で医療的対応などが必要な者を周辺児(者)と呼び,一般に重症児(者)に含めている8.当施設にもこの周辺児(者)が50名入所しており,本研究の対象者に含めた.

2. 調査項目

各対象者について血清亜鉛値を含めた定期検査が行われた時期の,下記の①〜⑤の情報を診療録より取得した.①栄養方法,エネルギー摂取量,蛋白摂取量,亜鉛摂取量.②身体状況として年齢,性別,体格指数(body mass index;以下,BMIと略),運動障害の程度,気管切開の有無.③血清亜鉛値,血清アルブミン(albumin;以下,Albと略),血清クレアチニン(creatinine;以下,Crと略).④尿中亜鉛値,尿中Cr.⑤6カ月以上内服している薬剤名.

血液・尿の採取は同一日の午前中の時間帯に行なった.また,次の計算式により尿中亜鉛再吸収率を算出した9.尿中亜鉛再吸収率(%)=(1-尿中亜鉛値×血清Cr/血清亜鉛値×尿中Cr)×100.

栄養方法のうち,経腸栄養剤からの摂取エネルギーが全栄養の50%以上である者を経腸群,経腸栄養剤以外の食事からの摂取エネルギーが50%以上である者を経口群とした.亜鉛の1日当たりの摂取量は,経腸栄養剤の場合はそれらの亜鉛含有量から算出し,食事の場合は以下の方法を用いた.即ち,調査期間中のある1カ月の献立表から日本食品標準成分表2015年版を用いて亜鉛含有量を算出し,各対象者の1日当たりの平均摂取量を推定した.亜鉛の推奨量(recommended dietary allowance;以下,RDAと略)は「日本人の食事摂取基準」(2020年版)によった10

亜鉛に対してキレート形成作用を有する可能性のある薬物(以下,キレート薬と略)は,厚生労働省の重篤副作用疾患別対応マニュアル:薬物性味覚障害(平成23年版)に収載されている薬物リスト11を用い,各対象者が内服中の該当する薬物を全て抽出した.なお,AEDの一部はキレート薬のリストに掲載されているが,本研究ではこれらはAEDに含めて解析した.

3. 統計解析

調査項目のうち,数量データは平均値±標準偏差を算出して表記した.2群間の数量データの比較には対応のないt検定を用い,質的データの比較にはχ2検定およびFisherの直接確率法を用いた.血清亜鉛値と数量データとの相関はPearsonの相関係数を用いて検討した.また,以上の解析にて統計学的有意差を認めた項目を説明変数とし,血清亜鉛値を目的変数として重回帰分析(ステップワイズ法)を行った.この際に質的データはダミー変数へ変換した.統計解析ソフトはStatcel4を用い,いずれの検定でも統計学的有意水準は危険率5%未満とした.

4. 倫理的配慮

本研究は北海道療育園内の倫理審査に関する委員会での承認を得たうえで(承認番号:201802),ヘルシンキ宣言と「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」を遵守して実施した.研究情報は施設内掲示板ならびにホームページにて公開し,障害を持つ対象者に代わる代諾者(親族あるいは成年後見人)に拒否の機会を保障するオプトアウト方式を用いた.

結果

対象者の属性を表1に示した.栄養方法別にみると,男性,寝たきり,気管切開,AEDおよびキレート薬内服者の割合は経腸群で有意に高く,年齢,BMIは経腸群で有意に低かった.また,内服者の多かったAEDの種類別では,バルプロ酸(valproic acid;以下,VPAと略)内服者の割合が経腸群で有意に高かった.体重当たりのエネルギー摂取量は経腸群が経口群より少なかったが,体重当たりの亜鉛摂取量は経口群より多く,半数以上がRDAを満たしていた.一方,経口群においてRDAを満たしていたのは225名中41名(18.2%)のみであった.

表1 対象者属性
全員(301名) 経腸群(76名) 経口群(225名) p
年齢(歳) 41.3±13.3 34.3±14.6 43.7±12.0 <0.001
性別 男性/女性(人) 158/143 49/27 109/116 0.016
運動機能 寝たきり/座位・立位(人) 185/116 71/5 114/111 <0.001
BMI(kg/m2 16.3±3.4 15.0±3.0 16.8±3.4 <0.001
気管切開 あり/なし(人) 32/269 30/46 2/223 <0.001
抗てんかん薬 あり/なし(人) 205/96 62/14 143/82 0.004
 バルプロ酸 あり/なし(人) 122/179 44/32 78/147 <0.001
 フェノバルビタール あり/なし(人) 77/224 21/55 56/169 0.636
 カルバマゼピン あり/なし(人) 40/261 14/62 26/199 0.127
 フェニトイン あり/なし(人) 46/255 11/65 35/190 0.821
 キレート薬 あり/なし(人) 164/137 64/12 100/125 <0.001
エネルギー摂取量(kcal/kg) 34.9±10.6 27.9±8.6 37.2±10.1 <0.001
蛋白質摂取量(g/kg) 1.28±0.38 1.32±0.40 1.27±0.38 0.283
亜鉛摂取量(mg/kg) 0.25±0.08 0.33±0.09 0.22±0.06 <0.001
亜鉛摂取量 RDA以上/RDA未満(人) 84/217 43/33 41/184 <0.001

BMI:body mass index,RDA:recommended dietary allowance

p値は経腸群と経口群との比較により算出

血清亜鉛値の度数分布を図1に,血清亜鉛値を含む検査所見を表2に示した.全対象者301名の血清亜鉛値は62.2±10.5μg/dLであり,経腸群(58.6±10.3μg/dL)は経口群(63.5±10.3μg/dL)より有意に低値であった.血清亜鉛値が基準値内(80–130μg/dL)であった対象者は,経腸群2名,経口群15名の合計17名(5.7%)のみであり,残りの284名はすべて基準値未満であった.そのうち,115名は低亜鉛血症とされる60μg/dL未満であり,その割合は経腸群が有意に高かった.その他の検査所見では,経腸群の血清AlbおよびCrが経口群より有意に低かった.

図1.血清亜鉛値の分布
表2 血清亜鉛値および検査所見
全員(301名) 経腸群(76名) 経口群(225名) p
血清亜鉛値(μg/dL) 62.2±10.5 58.6±10.3 63.5±10.3 <0.001
低亜鉛血症 あり/なし(人) 115/186 41/35 74/151 0.001
血清アルブミン値(g/dL) 4.04±0.36 3.96±0.41 4.07±0.34 0.025
血清クレアチニン値(mg/dL) 0.46±0.15 0.37±0.14 0.49±0.15 <0.001
尿中亜鉛再吸収率(%) 99.58±0.27 99.59±0.30 99.58±0.26 0.794

p値は経腸群と経口群との比較により算出

尿中亜鉛再吸収率は尿採取のできた298名で解析

血清亜鉛値と対象者属性(数量データのみ)および検査所見との相関を表3に示した.全員でみると,BMI,体重当たりのエネルギー摂取量で有意の正の相関があり,血液検査ではAlb,Crで有意の正の相関がみられた.特にAlbは血清亜鉛値との相関係数が高く,経腸群,経口群ともに強い相関がみられた.一方,体重当たりの亜鉛摂取量と血清亜鉛値の間には相関を認めなかった.

表3 血清亜鉛値と対象者属性・検査所見との相関
全員(301名) 経腸群(76名) 経口群(225名)
相関係数 p 相関係数 p 相関係数 p
年齢(歳) –0.072 0.213 –0.194 0.093 –0.124 0.063
BMI(kg/m2 0.122 0.035 0.129 0.281 0.074 0.266
エネルギー摂取量(kcal/kg) 0.132 0.022 0.155 0.182 0.034 0.614
蛋白質摂取量(g/kg) 0.082 0.158 0.170 0.142 0.070 0.297
亜鉛摂取量(mg/kg) –0.090 0.122 0.007 0.954 0.018 0.789
血清アルブミン値(g/dL) 0.537 <0.001 0.593 <0.001 0.502 <0.001
血清クレアチニン値(mg/dL) 0.155 0.007 0.092 0.429 0.096 0.152
尿中亜鉛再吸収率(%) 0.037 0.528 –0.038 0.75 0.074 0.266

BMI:body mass index

次に,全対象者を低亜鉛血症の有無で2つの群に分け,その属性・検査所見の違いを表4に示した.寝たきり,気管切開およびAED内服者の割合は低亜鉛血症群に有意に高く,体重当たりのエネルギー摂取量,AlbおよびCrはいずれも低亜鉛血症群で有意に低かった.AEDの内訳ではVPA内服者の割合が低亜鉛血症群で有意に高かった.

表4 低亜鉛血症の有無と対象者属性・検査所見
低亜鉛血症あり(115名) 低亜鉛血症なし(186名) p
年齢(歳) 41.4±13.5 41.3±13.3 0.94
性別 男性/女性(人) 68/47 90/96 0.07
運動機能 寝たきり/座位・立位(人) 85/30 100/86 <0.001
BMI(kg/m2 16.0±3.0 16.6±3.6 0.169
気管切開 あり/なし(人) 22/93 10/176 <0.001
抗てんかん薬 あり/なし(人) 93/22 112/74 <0.001
 バルプロ酸 あり/なし(人) 66/49 62/124 <0.001
 フェノバルビタール あり/なし(人) 31/84 46/140 0.667
 カルバマゼピン あり/なし(人) 18/97 22/164 0.342
 フェニトイン あり/なし(人) 15/100 31/155 0.396
 キレート薬 あり/なし(人) 68/47 96/90 0.203
エネルギー摂取量(kcal/kg) 33.3±9.8 35.8±10.9 0.045
蛋白質摂取量(g/kg) 1.25±0.35 1.30±0.40 0.207
亜鉛摂取量(mg/kg) 0.26±0.08 0.25±0.08 0.183
亜鉛摂取量 RDA以上/RDA未満(人) 38/77 46/140 0.118
血清アルブミン値(g/dL) 3.84±0.27 4.17±0.35 <0.001
血清クレアチニン値(mg/dL) 0.43±0.01 0.47±0.15 0.027
尿中亜鉛再吸収率(%) 99.5±0.35 99.6±0.27 0.415

BMI:body mass index,RDA:recommended dietary allowance

気管切開術を受けた対象者の多かった経腸群において,その術式別の血清亜鉛値を表5に示した.単純気管切開術,誤嚥防止術(喉頭気管分離術または喉頭摘出術)をそれぞれ受けた対象者の血清亜鉛値を,気管切開術を受けていない対象者の血清亜鉛値と比較した.その結果,単純気管切開を受けた者では差はなかったが,誤嚥防止術を受けた者の血清亜鉛値は有意に低値であった.

表5 気管切開の術式と血清亜鉛値(経腸群)
人数 血清亜鉛値(μg/dL) p
気管切開なし 46 59.8±9.9
気管切開あり 30 56.6±10.8 0.186
 うち単純気管切開術 8 63.0±10.2 0.41
  うち誤嚥防止術 22 54.3±10.3 0.037

p値はいずれも気管切開術を受けていない者とのt検定により算出

AED内服者および内服者の多かったAED別の血清亜鉛値,尿中亜鉛再吸収率を表6に示した.まず,AED内服者全員では非内服者に比べ,有意に血清亜鉛値が低く,尿中亜鉛再吸収率が高かった.次にAED別にみると,VPA内服者ではその単剤内服者を含めて有意に血清亜鉛値が低く,尿中亜鉛再吸収率が高かった.一方,フェノバルビタール(phenobarbital;以下,PBと略)内服者でも同様の有意差があったが,PB単剤内服者ではいずれの項目でも有意差はみられなかった.なお,カルバマゼピン(carbamazepine;以下,CBZと略)やフェニトイン(phenytoin;以下,PHTと略)内服者でも血清亜鉛値の有意の低下が,PHT内服者では尿中亜鉛再吸収率の有意な上昇がみられたが,これらの薬物はほとんど単剤で使用されていなかったため,単剤での検討は行えなかった.

表6 抗てんかん薬内服者の血清亜鉛値および尿中亜鉛再吸収率
人数 血清亜鉛値(μg/dL) p 尿中亜鉛再吸収率(%) p
AED非内服者 93 66.0±9.9 99.50±0.28
AED内服者 205 60.6±10.4 <0.001 99.61±0.26 <0.001
VPAあり 122 59.3±10.0 <0.001 99.65±0.22 <0.001
 VPA単剤 26 60.0±9.1 0.006 99.65±0.17 0.009
PBあり 77 61.4±10.5 0.004 99.60±0.26 0.022
 PB単剤 14 63.1±10.0 0.305 99.56±0.22 0.476
CBZあり 40 60.1±11.3 0.003 99.59±0.30 0.084
PHTあり 46 62.1±9.8 0.030 99.65±0.22 0.002

AED:antiepileptic drug,VPA:valproic acid,PB:phenobarbital,CBZ:carbamazepine,PHT:phenytoin

p値はいずれもAED非内服者とのt検定により算出

尿中亜鉛再吸収率は尿採取のできた298名で解析

キレート薬内服者および内服者の多かった薬物群別の血清亜鉛値,尿中亜鉛再吸収率を表7に示した.なお,利尿剤の服用者はごく少数ではあったが低亜鉛血症の報告があるので1213,検討に加えた.キレート薬内服者全員では,両項目ともに非内服者に比べて有意差はみられなかった.しかし薬物群別にみると,利尿剤内服者では有意差はなかったものの血清亜鉛値が低く,尿中亜鉛再吸収率は有意に低値であった.

表7 キレート薬内服者の血清亜鉛値および尿中亜鉛再吸収率
人数 血清亜鉛値(μg/dL) p 尿中亜鉛再吸収率(%) p
キレート薬非内服者 135 63.1±10.8 99.59±0.27
キレート薬内服者 163 61.6±10.3 0.241 99.57±0.27 0.483
 消化性潰瘍用剤 59 61.5±10.8 0.345 99.59±0.25 0.894
 アレルギー性疾患治療剤 49 62.9±10.3 0.924 99.59±0.23 0.931
 骨格筋弛緩剤 39 62.9±12.5 0.934 99.59±0.25 0.943
 精神神経用剤 35 62.1±8.2 0.616 99.62±0.18 0.559
 利尿剤 8 58.9±9.9 0.285 99.23±0.58 0.001

p値はいずれもAED非内服者とのt検定により算出

尿中亜鉛再吸収率は尿採取のできた298名で解析

血清亜鉛値を目的変数,表3~表6で有意差を認めた10項目を説明変数として,重回帰分析を行なった結果を表8に示した.運動機能,BMI,誤嚥防止術,VPA内服,血清Albが有意な関連因子として抽出された.

表8 血清亜鉛値に関連する因子(重回帰分析)
標準偏回帰係数 p
運動機能 –0.113 0.036
BMI(kg/m2 0.134 0.026
誤嚥防止術 –0.102 0.047
VPA内服 –0.114 0.022
PB内服 –0.038 0.442
CBZ内服 –0.088 0.069
PHT内服 –0.037 0.449
エネルギー摂取量(kcal/kg) 0.022 0.712
血清アルブミン値(g/dL) 0.524 <0.001
血清クレアチニン値(mg/dL) 0.035 0.507

BMI:body mass index,VPA:valproic acid,PB:phenobarbital,CBZ:carbamazepine,PHT:phenytoin

考察

対象者301名のうち,血清亜鉛値が基準値に達していたのはわずか17名であった.さらに,今回の対象から除外した症例のうち19名は,すでに亜鉛欠乏症のため亜鉛補充中であったことから,当施設入所中の重症児(者)の多くが亜鉛欠乏状態にあることが明らかとなった.

栄養方法別にみると,経口群では対象者の約80%がRDAを満たしておらず,摂取量不足が血清亜鉛値低値の要因の一つとなっていると思われた.一方,経腸群では約60%がRDAを満たしていたにも関わらず,半数以上が低亜鉛血症であり,経口群より有意に低い血清亜鉛値であった.栄養方法の違いによる亜鉛摂取量や血清亜鉛値の差異を比較した報告は少ないが,小坂らは施設入所要介護高齢者においては,経腸栄養群では経口栄養群よりも多い亜鉛摂取量にもかかわらず血清亜鉛値は有意に低かったと報告している14.また,重症児(者)においても,RDA以上の亜鉛を経腸栄養剤で摂取しながら亜鉛欠乏症をきたした症例の報告がある37.国外の研究でも,経腸栄養中の重度脳障害児の亜鉛出納の検討では,アメリカ合衆国のRDAの1.5倍以上の亜鉛摂取を必要とする報告があり,その理由として感染・骨折など創傷治癒過程での亜鉛消費やAED長期使用による影響を推測している15.我々が検討した経腸群では,重回帰分析で示された因子が経口群より多かったので,血清亜鉛値がより低かったと推察された.

重回帰分析の結果からは運動機能,BMI,誤嚥防止術,VPA内服,血清Albが当施設入所者の血清亜鉛値に関連する因子として挙げられた.このうち,血清Albとの関連性が最も強かった.亜鉛は血清中で60–80%がAlbと結合しているため2,Albと血清亜鉛値との強い正相関については既に多くの報告がある214.また,重症児(者)はしばしば低Alb血症を合併する16.今回の検討でも低亜鉛血症群で有意に血清Alb値が低く,血清Albを十分な値にしておくことが低亜鉛血症を防ぐために大切であると思われた.

身体状況では,寝たきり,低BMIの対象者に低亜鉛血症例が有意に多かった.我々の経腸群はほとんどが生来寝たきりで低体重,高度の筋萎縮や骨粗鬆症例が多く,BMIや筋肉量を反映するCrは非常に低く,経口群よりも低値であった.また,経口群でも寝たきりであれば筋萎縮が強く,骨粗鬆症のリスクも高い.亜鉛の体内分布ではおよそ60%が筋肉,20–30%が骨に含まれるとされる2.そのため,筋萎縮や骨粗鬆症などがあれば亜鉛貯蔵プールが減少し,欠乏状態になりやすいと考えられる.実際,重症児(者)では骨塩量が少なく運動障害の重いほど,臓器の亜鉛欠乏状態が強いことが報告されている17.また,施設入所要介護高齢者の検討においても,BMIや日常生活動作レベルの低い者ほど血清亜鉛値が低かったことが報告されている14

気管切開の術式別の検討では,誤嚥防止術を受けた者の血清亜鉛値はかなり低く,気管切開術を受けていない者に対し有意の低下を認め,重回帰分析でも関連因子として抽出された.重症児(者)は一般に口腔機能や嚥下機能低下により唾液分泌過多になりやすく18,特に誤嚥防止術を受けた後は唾液を嚥下しにくくなり,流涎もかなり増加する19.流涎増加が低亜鉛血症を誘発したという報告は調べた範囲では見つからなかったが,唾液中には味覚に関与するcarbonic anhydrase VIなど種々の亜鉛含有蛋白質が含まれているので2021,唾液の喪失量が多ければ亜鉛欠乏の一因になりうるものと考えられた.また誤嚥防止術を施行するような対象者では,反復性誤嚥の結果,肺の局所免疫が低下し術後も気道分泌物を排泄しきれないことによって,慢性的な炎症が持続している可能性がある.こうした慢性炎症による亜鉛消費量の増加も,低亜鉛血症の一因になり得る.

薬物と血清亜鉛値との関連では,検討したAEDのうち,VPA内服者の血清亜鉛値が最も低かった.また,重回帰分析の結果からは血清亜鉛値に有意に影響するAEDはVPAのみであった.AED内服による血清亜鉛値や亜鉛動態への影響については様々な報告があるが,未だに一定した見解が得られていない2223.しかしVPAは最近のメタ解析により,血清亜鉛値を低下させる薬物であると報告されている24.重症児(者)を対象とした検討では,PBやPHT525,ジアゼパム6の内服が血清亜鉛値の低下に関与したとの報告があるが,いずれも症例数が少なく,このほかのAEDでは十分検討されていない.今回の多数例での解析からみると,重症児(者)においてもVPAが最も血清亜鉛値低下に関与しているものと考えられた.しかし,VPAの亜鉛代謝への影響の機序はまだ明らかではない24.VPAやPHTはキレート作用により尿中亜鉛排泄を亢進させる可能性を指摘する報告もあるが26,重度脳障害児の実際の亜鉛出納の検討ではVPAを含むAED内服者の尿中排泄量は増えていなかった15.自験例でもVPAをはじめ,多くのAED内服者の尿中亜鉛再吸収率はむしろ上昇していた.その理由は不明であるが,血清亜鉛値の低いAED内服者では尿中排泄量を減らして再吸収を増やすことで血清亜鉛値を維持する方向に恒常性が働いている可能性も考えられた.

一方,キレート薬内服者では尿中亜鉛再吸収率に変動はみられず,血清亜鉛値が有意に低下した薬物群はなかった.従って,通常の内服量では亜鉛動態への影響は軽微であると思われた.ただし,利尿剤内服者では有意に尿中亜鉛再吸収率が低下し,症例数が少なかったためか有意差は出なかったものの,その血清亜鉛値はVPA内服者よりもさらに低かった.利尿剤そのものの作用として尿中亜鉛排泄量の増加があり,それによる低亜鉛血症の誘発が肝硬変患者において報告されているので1213,その使用の際には低亜鉛血症に注意が必要と思われた.

本研究は後方視的観察研究であり,血清亜鉛値に影響を及ぼす因子の検出には限界がある.亜鉛出納に強く影響する消化管での吸収・排泄状態や,感染や骨折などによる個別の亜鉛消費量は評価できなかった.AEDやキレート薬内服者の薬物の種類や組み合わせは多様であり,単一薬物での検討はほとんどできなかった.また,今回の対象者は全て単一施設の入所利用者であり,他施設や在宅の重症児(者)との差異は評価できなかった.今後はこうした面からの検討も必要と思われた.

今回の結果をふまえて現在,経口群の食事を亜鉛摂取量がRDAを満たすような設計に変更している.また血清亜鉛値が低い場合や,骨折などの侵襲が加わった場合に亜鉛製剤での亜鉛補充を行っている.さらに,VPAの減量・中止や,新規抗てんかん薬への変更も始めている.

結論

当施設入所者の血清亜鉛値は低く,低亜鉛血症例が多かった.重回帰分析の結果,運動機能,BMI,誤嚥防止術,VPA,Albが血清亜鉛値に有意に関与する因子であった.特に経腸群では寝たきり,BMI低値,誤嚥防止術,VPA内服,Alb低値が経口群より多く,低亜鉛血症者がより多かったものと推測された.重症児(者)は亜鉛欠乏状態になりやすいので,定期的な血清亜鉛値の測定を行い,必要に応じて亜鉛の補充を行うべきであると考えられた.

謝辞

本研究に関して,ご指導いただきました当施設の医療顧問である松田一郎熊本大学名誉教授に深謝いたします.

本論文に関する著者の利益相反なし

引用文献
 
© 2022 Japanese Society for Clinical Nutrition and Metabolism
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