2022 Volume 4 Issue 2 Pages 72-78
要旨:【目的】肝移植術前握力・術後握力の経時的変化,周術期栄養管理の関係について検討.【方法】対象は2013年1月から2020年2月までに当院で成人生体肝移植を施行し移植後6カ月以内死亡症例などを除いた125例.筋肉量は体組成分析装置,握力は握力計で評価.1)術前握力,2)握力の経時変化(全症例,年齢別,性別,術前握力別),3)術後1カ月の握力測定症例96例を術後早期栄養投与量推奨以上投与群・未満群で握力回復率を比較,4)握力回復率高値群・低値群で術後在院日数を比較検討.【結果】1)術前握力低値例は45例(36%)で,女性で有意に多く2)術後6カ月で術前値に回復,術前握力低値群で有意に回復が早かった.3)たんぱく質の推奨以上投与群は未満群より有意に握力回復率が高値であった.4)握力回復率高値群で術後在院日数が有意に短かった.【結論】生体肝移植術後早期の適切な栄養投与は,握力の早期回復および早期退院に寄与すると考えられる.
Background: The characteristics of hand grip strength (HGS) in patients undergoing liver transplantation (LT) and the sequential changes of HGS and impact of postoperative nutrition on recovery of HGS after LT are unclear.
Methods: A retrospective analysis was performed in 125 recipients who underwent first living donor LT (LDLT) between January 2013 and February 2020. Patients who died or were transferred to other hospitals within 6 months after LDLT and those with short bowel syndrome were excluded. The characteristics of HGS in the patients were investigated by examining the correlation between HGS and skeletal muscle mass, sequential changes in HGS after LT, and the impact of postoperative nutrition on recovery of HGS after LT. The effect of recovery of HGS at 1 month after LT on postoperative length of hospital stay was also examined.
Results: Forty-five patients (36%) had low HGS and there was a strong positive correlation between HGS and skeletal muscle mass (p < 0.0001, r = 0.7656). HGS recovered to the pretransplant level at 6 months after LT. Patients with low preoperative HGS had significantly earlier recovery compared to patients with high preoperative HGS, based on measurements at 1, 6, and 12 months after LT. Patients who received sufficient protein in the early posttransplant period had a significantly higher HGS recovery rate than patients who received insufficient protein. The postoperative length of hospital stay was significantly shorter in patients with high preoperative HGS compared to those with low preoperative HGS.
Conclusions: Sufficient nutrition after LT contributes to early HGS recovery and a shorter postoperative hospital stay.
術前サルコペニアは,周術期合併症や死亡リスクに関係し,サルコペニアによる術後死亡リスクは肝臓がんで3.19倍,膵臓がんで1.63倍,大腸がんで1.85倍,大腸がんの肝転移で2.69倍に増加するとの報告がある1).われわれも,成人生体肝移植術を受けた患者において,術前低骨格筋量が移植後予後不良因子であることを報告している2).またわれわれは,生体肝移植術後早期の適切なエネルギーおよびたんぱく質の投与により,栄養状態や免疫能,骨格筋量等が早期に回復し,早期退院に繋がることも報告してきた3).
European Working Group on Sarcopenia in Older People(以下,EWGSOPと略)4)およびAsian Working Group for Sarcopenia(以下,AWGSと略)5)において,サルコペニアは骨格筋量の低下ならびに筋力の低下または身体能力の低下と定義されたが,近年,EWGSOP26)やAWGS20197)において,サルコペニアの診断基準が改訂された.初めに,握力などの筋力を測定し,筋力低下例はサルコペニアの疑いとして,次に骨格筋量や質を評価するアルゴリズムが提唱された.実際,握力は外来でも簡便に測定できるため,握力が基準値未満の場合は,サルコペニアの可能性ありと診断し,術前より栄養療法や運動療法の介入をしていくことで,サルコペニアや予後の改善につながると期待される.Satoらは,術前握力の低下が,胃がん術後の合併症リスクに関係すると報告した8).しかし,肝移植における握力の意義や術後早期栄養との関係については不明である.
そこで今回われわれは,成人生体肝移植患者における術後握力の経時変化および術後早期投与栄養量との関係について検討した.
京都大学肝胆膵移植外科にて,2013年1月から2020年2月までに成人生体肝移植を施行した症例中,移植後6カ月以内の死亡症例,短腸症候群症例,再移植症例,転院症例を除外した125名(男性65名,女性60名)について検討した.なお本研究は,京都大学医学部附属病院倫理委員会の承認を取得して行った(R1473).
周術期栄養療法として,術前1週間より免疫賦活栄養剤を1日2包服用,さらに入院時よりシンバイオティクス療法としてGFO®(大塚製薬工場)3包分3,ヤクルト400(ヤクルト)を1日1本投与した.低亜鉛血症(80μg/dL未満)の患者には亜鉛製剤(ノベルジン®,ノーベルファーマ株式会社)を投与した.さらに,入院時より術前リハビリ(レジスタンス運動や有酸素運動)を開始し,骨格筋量や筋力の維持および増加に努めた9).骨格筋量は体成分分析装置InBody720(株式会社インボディ・ジャパン,東京)を用いて測定し,握力はデジタル握力計で評価した.握力は立位で左右交互に2回ずつ測定し,各々の最大値の平均値を用いた.
全症例において,術前握力と骨格筋量の関係,術前握力(AWGS2019のカットオフ値を用い,男性28kg未満,女性18kg未満),性別(男性・女性),年齢別(50歳未満・50歳以上),術前握力別(AWGSのカットオフ値を基準)の握力の経時変化(入院時,術後1カ月,2カ月,3カ月,6カ月,1年,2年,5年)を検討した.なお,移植後5年未満経過症例は,握力測定時点までのデータについて検討したため,術後1カ月,2カ月,3カ月,6カ月,1年,2年,5年のn数は,各々96名,109名,115名,110名,103名,75名,35名であった.次に,術後1カ月目の握力測定可能症例96例について,術後早期栄養(エネルギーおよびたんぱく質)投与量(標準体重あたり)の推奨以上投与群65名・未満群31名の2群に分け,握力回復率を比較検討した.なお推奨栄養量は,日本版重症患者の栄養療法ガイドライン10)に基づき,投与エネルギー20~25kcal/kgIBW(ideal body weight,標準体重),たんぱく質は1.2g/kgIBWとした.術後早期栄養投与量は,術後1週間の静脈栄養,経腸栄養,経口栄養の合計を標準体重で除して算出した.さらに,握力の回復と術後在院日数の関係を検討するため,術後1カ月の握力回復率高値群(術前値比100%以上)16名と握力回復率低値群(術前値比100%未満)80名の2群間で術後在院日数を比較検討した.
統計学的解析はPrism 5(GraphPad Software社)を用いた.各条件における2群間比較は,Mann-WhitneyのU検定,χ2検定を用い,平均値±標準偏差,症例数(%)のいずれかで示した.骨格筋量と握力の相関はPearsonの積率相関係数を算出して検討した.両側検定とし,いずれもp<0.05を統計学的に有意とした.
表1に患者背景を示す.50歳未満は42例,50歳以上は83例であった.術前握力と骨格筋量の間に強い正の相関を認めた(p<0.0001,r=0.7656)(図1).術前握力低値例は45例で全体の36%であった.男性の平均握力は32.9±6.5kg,女性の平均握力は19.2±5.3kgで,男性65名中13名(20%),女性60名中32名(53%)が術前握力低値症例であり,有意に女性の低値症例が多かった(p<0.001)(図2).握力の経時変化については術後6カ月で術前値まで回復した(図3A).握力回復率は術後1カ月で85.3±15.5%,術後2カ月85.2±18.4%,術後3カ月89.4±19.4%,術後6カ月100.9±20.7%,術後1年109.4±24.5%,術後2年114.0±21.1%,術後5年118.1±28.6%であった.また,入院時と比較し,術後1カ月・2カ月・3カ月の握力は有意に低下していた(各々p<0.0001,p<0.0001,p<0.0001).性別による回復の差は認められず,男女ともに術後6カ月目で術前値まで回復した(図3B).一方,年齢別では有意差は認められなかったが,50歳未満で回復が早い傾向が見られた(図4A).さらに術前の握力低値群と握力高値群との比較では,各々術後1カ月91.2±19.3%,82.8±12.9%,術後2カ月89.2±24%,83.1±14.1%,術後3カ月94.8±24.8%,86.4±14.7%,術後6カ月107.9±25.3%,96.7±15.9%,術後1年117.8±30.7%,104.4±18.3%,術後2年120.2±24.1%,109.6±17.3%,術後3年126.3±34.1%,110.8±19.8%と,術前握力低値群の方が術後1カ月・6カ月・1年で各々握力高値群より有意に回復率が高く(p<0.0128,p<0.0134,p<0.0033),術後2カ月・3カ月・2年・5年でも,回復率が高い傾向を認めた(図4B).
年齢(歳) | 56(19–69) |
性(男性/女性) | 65/60 |
Child-Pugh分類(A/B/C) | 7/32/86 |
MELDスコア | 14(3–29) |
原疾患 | |
胆汁うっ滞性肝疾患 | 28 |
ウイルス性肝硬変 | 31 |
アルコール性肝硬変 | 20 |
肝細胞癌 | 8 |
NASH | 10 |
その他 | 28 |
GRWR(%) | 0.90(0.54–1.44) |
MELD,model for end-stage liver disease;NASH,non-alcoholic steatohepatitis
GRWR,Graft-to-recipient body weight ratio
次に,術後早期栄養投与量別の患者背景および結果の比較を表2に示す.エネルギーの推奨未満投与群と比較して推奨以上投与群では,年齢が有意に高く,女性が有意に多く,術後1カ月目の握力回復率が高い傾向(p=0.052)であった(表2A).たんぱく質の推奨以上投与群は推奨未満投与群より握力回復率が有意に高値(p=0.007)であった(表2A).術後握力回復率別の患者背景および結果の比較を表3に示す.患者背景は両群間で有意差を認めなかった.握力回復率高値群では,標準体重あたりの投与エネルギーおよびたんぱく質ともに,低値群より有意に高値であった(p<0.007,p<0.018).また,単位筋力あたりの投与エネルギーおよびたんぱく質も,握力回復率高値群で低値群より有意に高値であった(p<0.001,p<0.008).また,握力回復率高値群で有意に術後在院日数が短かった(p<0.001).
推奨以上投与群 | 推奨未満投与群 | p値 | |
---|---|---|---|
年齢(歳) | 53.8±11 | 46.2±14.7 | 0.025 |
性(男/女) | 30/35 | 25/6 | 0.001 |
MELDスコア | 14.8±5.3 | 13.9±5.0 | 0.892 |
GRWR(%) | 0.94±0.26 | 0.94±0.22 | 0.604 |
術前プレアルブミン(g/dL) | 7.0±3.8 | 6.4±3.9 | 0.305 |
投与エネルギー(kcal/kgIBW) | 25.4±3.4 | 16.5±2.8 | 0.001 |
投与たんぱく質(g/kgIBW) | 1.0±0.3 | 0.6±0.2 | 0.001 |
握力回復率(%) | 87.5±15.2 | 80.7±15.1 | 0.052 |
・平均±標準偏差 ・Mann Whitney test
推奨以上投与群 | 推奨未満投与群 | p値 | |
---|---|---|---|
年齢(歳) | 51.8±9.5 | 51.3±13.3 | 0.694 |
性(男/女) | 9/9 | 47/31 | 0.426 |
MELDスコア | 14.3±5.3 | 14.7±5.4 | 0.746 |
GRWR(%) | 0.90±0.22 | 0.95±0.25 | 0.458 |
術前プレアルブミン(g/dL) | 6.8±3.6 | 6.8±3.9 | 0.733 |
投与エネルギー(kcal/kgIBW) | 27.3±3.1 | 21.2±5.0 | 0.001 |
投与たんぱく質(g/kgIBW) | 1.4±0.1 | 0.7±0.2 | 0.001 |
握力回復率(%) | 94.4±13.5 | 83.2±15.2 | 0.007 |
・平均±標準偏差 ・Mann Whitney test
握力回復率高値群 | 握力回復率低値群 | p値 | |
---|---|---|---|
年齢(歳) | 52.2±10.3 | 51.2±13.0 | 0.955 |
性(男性/女性) | 8/8 | 48/32 | 0.459 |
MELDスコア | 14.1±5.5 | 14.8±5.2 | 0.850 |
男性握力(kg) | 29.2±8.2 | 34.0±6.5 | 0.131 |
女性握力(kg) | 18.6±6.4 | 20.4±5.9 | 0.418 |
GRWR(%) | 0.94±0.27 | 0.94±0.24 | 0.952 |
術前プレアルブミン(g/dL) | 8.2±4.2 | 6.5±3.7 | 0.071 |
術後早期投与エネルギー(kcal/kgIBW) | 25.7±4.0 | 22.0±5.3 | 0.007 |
術後早期投与たんぱく質(g/kgIBW) | 1.1±0.4 | 0.8±0.3 | 0.018 |
投与エネルギー(kcal/kg筋力) | 72.2±27.2 | 50.9±21.1 | 0.001 |
投与たんぱく質(g/kg筋力) | 3.1±1.5 | 1.9±0.9 | 0.008 |
術後在院日数(日) | 40.1±13.8 | 55.9±21.7 | 0.001 |
・平均±標準偏差 ・Mann Whitney test
今回の研究で,生体肝移植患者の握力と骨格筋量には強い正の相関がみられ,握力の回復は術後在院日数にも関係することが明らかとなった.また,握力の術前値は女性の方が男性より低値症例が多かったが,握力回復率の経時変化では,男女ともに術後6カ月で術前値まで回復し,握力回復率は50歳未満群や術前握力低値群が高かった.さらに,術後早期の栄養投与量が術後1カ月の握力回復率に影響を与えることも明らかになった.
握力と骨格筋量の関係については,消化器がん患者において,生体電気インピーダンス(BIA)法を用い計測した骨格筋量と握力の関連を調べた研究で,強い正の相関がみられたとの報告がある11).今回の検討では,肝移植患者においても強い正の相関が見られた.したがって,肝移植患者において,握力が簡便な骨格筋量の代替マーカーになり得ることが明らかになった.肝移植術後の在院日数については,握力回復率高値群が握力回復率低値群に比べ有意に短かったことにより,移植後早期の適切なエネルギーおよびたんぱく質の投与が握力および骨格筋量の良好な回復をもたらし,早期退院につながったと考えられた.握力の術前値については,肝移植患者はその多くが非代償性肝硬変を伴い,浮腫や腹水などによる活動性の低下や低栄養,肝不全など二次性サルコペニアの原因を多く有しているため,同年代の健常人に比べ低値であると思われる.実際,令和元年の体力・運動能力調査の政府統計(スポーツ庁政府統計の窓口より)によれば,本検討の対象患者年齢の平均値である56歳では,男性44.68kg,女性27.32kgであり,肝移植患者の握力は平均値の60%程度まで減少していた.
握力の経時変化については,肝移植後,握力は術後6カ月で術前値まで回復することが明らかになった.興味深いことに,術前握力低値群の方が術前握力高値群に比べ,術後握力回復が早かった.この理由として,以下の考察が考えられる.本研究においては術後の浮腫等の影響を考慮して標準体重あたりで算出した栄養量を提供した.そのため,骨格筋量が少ないと思われる握力低値群では,単位骨格筋量あたりの投与栄養量が多くなり,握力の回復が早まったと考えられるが,今後のさらなる検討を要する.
術後早期の投与栄養量による握力回復率については,標準体重あたりの比較で,エネルギー,たんぱく質ともに,推奨以上投与群が推奨未満投与群より握力回復率が高値であった.この投与エネルギーおよびたんぱく質量が少ない症例には,経口摂取が進まない患者に経腸栄養を減量し経口摂取量を増やすよう試みた.しかし十分に経口摂取できなかった症例や,下痢のため栄養剤の流量を減量し一時的に投与量が少なくなった症例,腸管浮腫により経腸栄養開始を遅らせた症例などが含まれている.握力や骨格筋量を増やすためには筋肉を作る元となる「筋タンパク質」を増やさなければならない.筋タンパク質は24時間合成と分解を繰り返しており,移植後1~2週間は急性相タンパク産生,創傷治癒などによりたんぱく質の消費がきわめて多く,筋タンパク質の合成に投与したたんぱく質がすべて使用されることが難しいと考えられる.また,術後数日間は臥床状態になり筋肉の不活動となるが,この筋肉の不活動よっても筋肉量は1日あたり0.5~0.6%,筋力は0.3~4.2%減少する12)と報告されている.さらに入院による筋肉量の減少については,イタリアのGlisten studyで,入院時サルコペニアでなかった患者394名のうち退院時にEWGSOPのサルコペニア診断基準を満たした患者が58名(14.7%)となり,サルコペニアを発症した患者の50%が10%以上の筋肉量の減少を示したとの報告13)がある.したがって,術後は早期からの積極的なリハビリ介入を行い,ESPENで推奨されているようにエネルギーは25~30kcal/body weight,たんぱく質は1.5g/kg body weight14)15)の投与が好ましいと考えられる.この際,術後早期から開始されるリハビリにおける消費エネルギーによって栄養不良を引き起こさないよう,リハビリで消費されるエネルギーを投与栄養量に追加することが肝要である.
本検討のlimitationとしては,単一施設の後ろ向き検討であることや125例と比較的少数例の検討であることが挙げられる.したがって,今後は前向きに多施設で検討することで,本検討の妥当性を検証していきたい.さらに,本検討では標準体重あたりの適正な投与栄養量により術後握力の回復が早くなり,術後在院日数が短縮した.しかし,肝移植患者は術後も浮腫や腹水を有していることが多く,適正投与栄養量の設定が困難である.加えて,適正投与栄養量の設定には骨格筋量も加味して算出する方が望ましいが,正確な骨格筋量の測定は困難であることなどが今後解決すべき課題と考えられた.
生体肝移植術後早期の適切なエネルギーおよびたんぱく質の投与により,握力が早期に回復し,早期退院に寄与すると考えられる.
本論文に関する著者の利益相反なし