Online Journal of JSPEN
Online ISSN : 2434-4966
Prospective longitudinal survey of taste disorder in the patients undergoing allogenic hematopoietic cell transplantation
Takae MatsushitaEri AraiYutaka WatanabeYutaka Yamazaki
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2022 Volume 4 Issue 2 Pages 96-101

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Abstract

要旨:【目的】同種造血幹細胞移植患者の味覚異常の実態を把握するために,前向き縦断調査を施行した.【対象および方法】北海道大学病院血液内科で2015年7月から2018年8月までに同種造血幹細胞移植を予定した107名を対象とした.移植前から移植後12カ月までの期間に計5回,全口腔法による味覚機能検査とNRSによる味覚異常の自己評価を行った.【結果】移植前のNRSでは,4つの味質全てで10~20%の味覚異常が既に認められた.移植後の全口腔法とNRSの両方において,塩味が最も高率に障害され,回復も移植後12カ月目の時点で最も遷延した.味覚異常の性状は,移植後1カ月目は全味質で味覚減退の割合が高かったが,3カ月目以降は味覚過敏の方が高くなった.【結語】塩味が最も障害され回復も遷延した.全ての味質で移植後早期は味覚減退,その後味覚過敏の割合が高くなった.味覚異常の自覚症状と味覚検査との間に整合性は認められなかった.

緒言

造血幹細胞移植の治療による味覚障害は,後遺した場合,食欲不振から体重減少をきたしたり,栄養不良により免疫力が低下するため,QOLの低下に直結するとされている1.がん化学療法を受けた患者では68%が味覚異常を訴え,そのうち38%は中等度から高度の味覚変化があったと報告されている2.なかでも造血幹細胞移植は,長期間にわたって身体侵襲の強い化学療法が施行され,graft versus host disease(以下,GVHDと略)などの合併症の頻度も高く,一般の化学療法よりも味覚障害の程度は強く,回復するまでに期間を要するとされている34.また,造血幹細胞移植前には寛解導入療法や地固め療法などの化学療法が既に施行されているため,移植前から味覚異常を有している場合が多いことも指摘されている5.造血幹細胞移植における味覚異常の研究は,従来より対象や研究方法がそれぞれ異なるため,一定の見解は得られていない.

そこで,造血幹細胞移植患者における味覚異常の実態を把握するため,当院で同種造血幹細胞移植を予定している患者に対して,縦断的に味覚異常の状況を調査した.

対象および方法

対象:北海道大学病院血液内科で2015年7月から2018年8月までの期間に同種造血幹細胞移植を予定したのは167名であった.このうち研究参加の同意が得られなかった15名,移植前の味覚検査が施行されなかった42名,20歳未満の患者の3名を除いた107名を研究対象とした.

方法:全口腔法にて甘味,塩味,酸味,苦味の4つの基本味の認知閾値を測定した.認知閾値は,Yamauchiらの報告を基に6段階の濃度に調整された各味質液(表1)を用い67,被験者の口底にピペットで1mLを滴下し,口腔内全体で良く味わい喀出させた後,正しい味質を識別できた最小濃度とした8.なお,濃度6でも識別困難な場合は濃度7とした.カットオフ値は池田らの報告を参考に濃度2に設定し9,認知閾値が濃度1~2を味覚異常無群,濃度3~7を味覚異常有群の2群に分類し,各観察時点での2群の割合の変化を調査した.

表1 全口腔法の各味質液濃度(単位:wt%)
1 2 3 4 5 6
甘味液
 蔗糖
1 2 3 6 10 20
塩味液
 塩化ナトリウム
0.2 0.3 0.4 0.6 1 5
酸味液
 酒石酸
0.05 0.1 0.3 1 1.5 3
苦味液
 塩酸キニーネ
0.001 0.005 0.02 0.05 0.1 0.5

Numerical Rating Scale(以下,NRSと略)を用いた味質の自己評価は,基本4味に関して調査した.患者に味覚自己評価用紙(図1)を提示し,現在の味覚状態に異常が無い場合は中央の0,異常がある場合はそれが低下していれば左側の–5~–1,過敏の場合は右側の+1~+5の計11段階から評価した.

図1.NRSの評価法

患者に,現在の味覚状態に異常が無い場合は中央の0,異常がある場合はそれが低下していれば左側の–5~–1,過敏の場合は右側の+1~+5の各5段階で計11段階から評価させた.

倫理的配慮:本研究は,北海道大学病院自主臨床研究審査委員会にて承認後に施行した(承認番号:014-0281).担当者は被験者全員に文書および口頭による十分な説明を行い,文書での同意を取得した.

結果

1. 対象者の概要

対象者107名の平均年齢は48.7±13.4歳,男性69名,女性38名であった.

移植ソースは骨髄移植11名,臍帯血移植19名,末梢血幹細胞移植77名であった.原疾患は,急性骨髄性白血病または骨髄異形成症候群65名,急性リンパ性白血病22名,非ホジキンリンパ腫9名,慢性骨髄性白血病4名,その他7名であった(表2).移植経過による全口腔法とNRSを施行した患者数の変化の割合は,移植前107名(100%),移植後1カ月85名(79%),3カ月62名(58%),6カ月40名(37%),12カ月25名(23%)であった.なお,1年間を通して5回の味覚検査を全て施行出来たのは20名であった.検査に伴う有害事象は認めなかった.

表2 患者背景
内訳 人数(名)
平均年齢 48.7±13.4 107
性別 男性 69
女性 38
移植ソース 骨髄移植 11
臍帯血移植 19
末梢血幹細胞移植 77
疾患名 急性骨髄性白血病・骨髄異形成症候群 65
急性リンパ性白血病 22
非ホジキンリンパ腫 9
慢性骨髄性白血病 4
その他 7
移植前処置レジメ Flu/BUS/TBI 59
Flu/BUS/L-PAM 17
CPA/TBI 10
Flu/TBI 9
Flu/L-PAM/TBI 6
その他 6
GVHD 急性 48
慢性 14
口腔粘膜炎(NCI-CACTE Ver. 4) Grade 1 59
Grade 2 31
Grade 3 12
不明 5
移植後1年の予後 生存 76
死亡 28
不明 3

Busulfan(BUS):ブスルファン,Cyclophosphamaide(CPA):シクロフォスファマイド,Melphalan(L-PAM):メルファラン,Fludarabine(Flu):フルダラビン,total body irradiation(TBI):全身放射線照射,graft versus host disease(GVHD):移植片対宿主病

2. 全口腔法による味覚機能検査

移植前から移植後12カ月の期間に計5回,各味質ごとの異常有群の割合を経時的に評価した.移植前から14~28%に味覚異常を認め,塩味が最も高率であった.甘味,塩味,苦味は,移植後1カ月で味覚障害の割合は増加した.その後,甘味と苦味は経時的に回復傾向が見られたが,塩味は障害が遷延する割合が高かった.酸味の障害は他の味質と比較して軽微であった(図2-1,2,3,4).

図2.全口腔法による各味質ごとの味覚異常の経時的変化

塩味の味覚異常の頻度が最も高く回復も遅れた.

3. NRSによる自己評価

全口腔法と同様に,移植前から移植後12カ月の期間に計5回,各味質ごとの異常有群と,このうちの味覚減退・過敏の割合の変化を経時的に評価した.移植前から10~20%に味覚異常を認め,塩味が20%と最も高率であった.4つの基本味全てにおいて,移植後1カ月で味覚異常の割合は最大になり,その後徐々に回復した.味覚異常を過敏と減退に分けて評価すると,全味質で移植後1カ月は減退の割合が高く,移植後3~6カ月では過敏の割合の方が高くなった.(図3-1,2,3,4).

図3.NRSによる各味質ごとの味覚異常の経時的変化

移植後1カ月目は全味質で味覚減退,3カ月目以降は味覚過敏の割合が高くなった.

4. 全口腔法とNRSの関係

NRSで味覚の減退・過敏と回答した被検者らの全口腔法での結果を確認した(表3).甘味,酸味,苦味では,味覚減退と回答した症例の多くが全口腔法では正常と判定されていた.塩味は半数以上が全経過で全口腔法の閾値が上昇していた.一方,全ての味質で味覚過敏と回答した症例のある程度が全口腔法では閾値上昇と判定されていた.

表3 NRSの味覚減退・過敏と全口腔法との関係
味質 甘味 塩味 酸味 苦味
時期 移植前 移植後 移植前 移植後 移植前 移植後 移植前 移植後
1M 3M 6M 12M 1M 3M 6M 12M 1M 3M 6M 12M 1M 3M 6M 12M
NRSの味覚減退 4 31 8 3 2 13 35 13 4 3 6 29 10 3 3 5 24 9 4 1
全口腔法 正常 2 19 3 3 2 8 17 5 2 0 4 27 7 3 2 3 19 8 4 1
異常 2 12 5 0 0 5 18 8 2 3 2 2 3 0 1 2 5 1 0 0
 
NRSの味覚過敏 7 17 18 7 1 9 15 17 17 5 8 15 13 10 3 13 18 11 9 3
全口腔法 正常 7 9 15 5 0 5 9 15 11 1 6 10 13 8 2 12 14 11 9 1
異常 0 8 3 2 1 4 6 2 6 4 2 5 0 2 1 1 4 0 0 2

考察

北海道大学病院血液内科は,2015年8月「造血幹細胞移植推進拠点病院」に選定され,年間約55名の同種造血幹細胞移植治療を施行している10.そこで,個々の症例における味覚異常の変化を1年間にわたって縦断的に調査し,その特徴について検討した.またPubMedで「allogenic」「taste disorder」をkey wordに1990年~2018年の期間で文献を検索し,5つの既報3411)~13と比較検討した.

従来から,がん化学療法の味覚異常で一番問題になるのは塩味であることが国内外の研究で報告されていたが14)~16,今回の同種造血幹細胞移植においても同様の結果になった.また,先行研究41113との比較でも,塩味の障害は共通していたが,他の味質や回復時期についてはさらに検討が必要と思われた(表4).

NRSによる味覚異常の過敏・減退の変化に関して本研究では,4つの味質全てにおいて移植後早期には味覚減退,3カ月目からは味覚過敏の割合が高くなった.Mattssonら4は,アンケート調査で移植後甘味と塩味のみに味覚異常が認められ,甘味は移植後3週から1年後まで一貫して過敏,塩味は移植後3週から3~6カ月の間のみ減退したと報告しており,本研究とは大きく異なっていた.

表4 同種造血幹細胞移植患者における味覚異常に関する論文
報告年 著者・引用文献) 研究方法 研究参加人数 移植後の調査時期 味覚評価法 結果
1991 Marinone他11 横断 15名* 4~51カ月 全口腔法 ・塩味と酸味が有意に障害
・移植後3年までに回復
1992 Mattsson他4 縦断 26名 3週(22名)
3~6カ月(17名)
1年(10名)
アンケート
全口腔法
アンケート)
・甘味:一貫して過敏
・塩味:減退で3~6カ月で回復
・移植後1年で80%,2~5年で全て回復
全口腔法)
・塩味が一番障害
2002 Epstein他12 横断 50名 90~100日 アンケート ・女性の味覚障害の割合が高い
・移植後90~100日までに多くは回復
・嗅覚障害や口腔乾燥と関連
2010 Boer他13 横断 61名 150日未満(20名)
150~1095日(20名)
1096日(21名)
全口腔法 ・移植後3年までは甘味と塩味が障害
2017 Sato他3 横断 91名 1年未満(12名)
1~3年(22名)
3年以上(57名)
アンケート ・全体の47%が味覚異常
・うま味が一番障害
・移植後1年以上で回復

* 同種症例のみ記載

さらに本研究では,NRSの減退・過敏と全口腔法の関係を検討した.結果は,NRSによる自覚的な味覚減退・過敏と全口腔法による他覚的な閾値との間に明確な整合性は認められなかった.味覚異常の自覚症状と味覚検査の結果は関係しない場合も多いことが報告されている17.例えば味覚過敏を訴える場合に,味覚検査で閾値が低下しているとは限らない.味覚過敏は,本来とは違う味を意識している場合にも過敏と表現され,味覚減退のような量的な味覚異常の他に,味の歪みとしての質的異常が関係している可能性がある18.これを検出するためには,全口腔法において正しく味質を識別できる最小濃度の認知閾値よりも,水とは異なる何かの味と感じる最小濃度の検知閾値の方が適すると思われる.

本研究の限界として,予想以上に移植後の脱落例が多かったことが挙げられる.脱落例は経時的に累積し移植前に107例あった症例が,最終的に1年間を通して5回の味覚検査全てを施行できたのは20例のみになった.この理由として予後不良例を除くと,当院は北海道全域からの患者に対応しているため,経過が良好であれば退院後は地元の基幹病院での経過観察になる症例が多かったことが挙げられる.

今後は味覚異常と背景因子としての栄養状態や血液検査結果との関係を評価したい.さらに全口腔法では認知閾値に加えて検知閾値を測定し,NRSによる味覚減退・過敏との関係を検討して,同種造血幹細胞移植の味覚異常の特徴をより詳細に調査する予定である.

結語

同種造血幹細胞移植による味覚異常では,塩味が最も障害され回復も遷延した.全ての味質で移植後早期は味覚減退,その後味覚過敏の割合が高くなった.味覚異常の自覚症状と味覚検査との間に整合性は認められなかった.

謝辞

本調査にご協力いただいた北海道大学病院血液内科の先生方,Long Term Follow-Up外来スタッフ,リハビリテーション科外来スタッフ,栄養管理部スタッフに心から感謝の意を表します.

本論文に関する著者の利益相反なし

引用文献
 
© 2022 Japanese Society for Clinical Nutrition and Metabolism
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