2025 Volume 7 Issue 2 Pages 89-94
我々は,適正な静脈栄養処方の普及を目指し2018年1月に末梢静脈栄養(peripheral parenteral nutrition,以下,PPNと略)セット処方を作成した.セット処方はブドウ糖加アミノ酸輸液と脂肪乳剤を組み合わせたもので,ルートキープには生理食塩水を用いた.NPC/N比が150前後になるようエネルギー量410 kcal~1,130 kcalの4種類を作成した.セット処方を運用開始して3年後の1年間において,PPN投与患者のセット処方使用群と非使用群では,1日あたりの栄養投与量はセット処方使用群で有意に多かった.セット処方運用開始直後の1年間をI期,運用開始3年後の1年間をII期として,各月のPPNを投与した患者における1日あたりの栄養投与量の中央値を比較した.I期と比較し,II期で総エネルギー投与量,脂質投与量は有意に増加した.PPNセット処方の使用率増加がPPNによる栄養供給量を増加させるだけでなく,PPNにおける脂肪乳剤併用率の上昇をもたらす可能性が示唆された.
消化管を利用できない場合,あるいは経口栄養や経腸栄養のみでは必要栄養量を満たすことができない場合,静脈栄養(parenteral nutrition;以下,PNと略)の適応となる.静脈栄養の組成は,健常成人では非蛋白カロリー/窒素比(non-protain calorie/nitrogen,以下,NPC/N比と略)が150前後になるよう設定することが望ましいとされている1).これは,十分なエネルギーが投与されていなければアミノ酸が蛋白質合成に回らずエネルギー源として利用されるためである.NPC/N比の適正化とエネルギー補充のためには,糖質,アミノ酸製剤に加えて脂肪乳剤を併用することが有用である2).しかし,林らの研究3)によると,脂肪乳剤の併用率は末梢静脈栄養(peripheral parenteral nutrition;以下,PPNと略)で2.8%,中心静脈栄養(total parenteral nutrition;以下,TPNと略)で18.6%と,TPNに比べPPNの方がより低値であることが報告された.脂肪乳剤の使用は入院患者の院内死亡率の低下に寄与することが示されており4),脂肪乳剤の併用率を上げることはPNの組成の適正化を推進する上で重大な課題である.
PNの組成の適正化に関しては,クリニカルパス内の輸液処方を改定した報告5)やTPNの処方提案一覧表を作成した報告6)などがみられる.一方,院内で全診療科共通のPPNセット処方を作成した報告は無い.ここでは,我々が行ったPPNセット処方の作成とその効果を報告する.
上尾中央総合病院(以下,当院と略)では,アミノ酸や脂肪を含まない,いわゆる電解質輸液のみを投与されている症例が少なからずみられた.栄養サポートチーム(nutrition support team;以下,NSTと略)による個々の症例に対する提案には限界があると考え,NST委員会の医師,看護師,薬剤師を中心にPPNセット処方を作成することとした.
PPNは,短期間の絶食時のみならず経口摂取の不足分を補う目的でも投与される.そこで,セット処方には4段階の栄養投与量を設定することとした.ブドウ糖加アミノ酸輸液と脂肪乳剤を組み合わせ,NPC/N比が150前後になるよう設定した.長時間投与されるルートキープには生理食塩水を用いた.
2. PPNセット処方の有用性の検討 2.1 PPNセット処方使用群,非使用群における栄養投与量の比較 〈対象患者〉PPN施行症例として,浸透圧比3以下かつ7.5%以上の糖質を含む輸液,アミノ酸製剤,脂肪乳剤のいずれかを使用した患者を抽出した.PPN施行症例のうち,PPNセット処方を使用した群を使用群,使用しなかった群を非使用群とした.
〈対象期間〉PPNセット処方の運用開始直後ではセット処方の使用率も低く比較が困難であった.NSTを中心にセット処方の啓蒙活動を実施し,使用率が上昇した3年後の12カ月間(2021年1月~12月)を対象期間とした.
〈調査項目〉1カ月間ごとに,各症例に投与された総エネルギー投与量(kcal/日)の中央値を算出した.また,エネルギー量に換算したグルコース投与量,アミノ酸投与量,脂質投与量,NPC/N比を算出した.
2.2 PPN使用患者全体の栄養投与量の変化 〈対象期間〉PPNセット処方運用開始直後の12カ月間(2018年1月~12月)をI期,運用開始3年後の12カ月間(2021年1月~12月)をII期とした.
〈調査項目〉各1カ月間において,PPN使用患者全体の1日あたりの総エネルギー投与量,エネルギー量に換算したグルコース投与量,アミノ酸投与量,脂質投与量の中央値,NPC/N比を算出し,I期とII期で比較を行った.
2.3 PPNセット処方の使用率2.2のI期,II期について,PPN施行患者におけるセット処方の使用割合を評価した.さらに,使用実態を評価するため,II期にPPNを施行した患者のうち,PPNセット処方を使用した処方,使用していない処方をオーダーした診療科について,その内訳を調査した.
3. 統計処理2群間の順序カテゴリデータの比較についてはMann-WhitneyのU検定を行った.セット処方の使用率の比較についてはカイ2乗検定を行った.エクセル統計(株式会社社会情報サービス)を用いて,有意水準は5%とした.
4. 倫理的配慮本研究は「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」を遵守して実施し,当院倫理委員会の承認を得て実施した(受付番号:1056).
作成したPPNセット処方の内容を表1に示した.
| 名称 | 組成 | グルコース量 | アミノ酸量 | 脂質量 | NPC/N比 |
|---|---|---|---|---|---|
| 410 kcalセット | ①生理食塩液100 mL 4 mL/hルートキープ ②ビーフリード®輸液500 mL 4時間で側管より × 1セット ③イントラリポス®輸液20% 100 mL 4時間以上かけて側管より × 1セット |
37.5 g | 15 g | 20 g | 149 |
| 820 kcalセット | ①生理食塩液100 mL 4 mL/hルートキープ ビタメジン®静注用 1バイアル ②ビーフリード®輸液500 mL 4時間で側管より × 2セット ③イントラリポス®輸液100 mL 4時間以上かけて側管より × 2セット |
75 g | 30 g | 40 g | 149 |
| 1,030 kcalセット | ①生理食塩液100 mL 4 mL/hルートキープ ビタメジン®静注用 1バイアル ②ビーフリード®輸液500 mL 4時間で側管より × 3 セット ③イントラリポス®輸液20% 100 mL 4時間以上かけて側管より × 2 セット |
112.5 g | 45 g | 40 g | 121 |
| 1,130 kcalセット | ①生理食塩液100 mL 4 mL/hルートキープ ビタメジン®静注用 1バイアル ②ビーフリード®輸液500 mL 4時間で側管より × 3 セット ③イントラリポス®輸液20% 250 mL 10時間以上かけて側管より × 1 セット |
112.5 g | 45 g | 50 g | 135 |
緩徐な輸液速度の処方は,ビーフリード®輸液500 mLを8時間で投与する.
処方オーダリングシステムにより,セットの名称を選択することで,処方内容が自動的に入力される.
ブドウ糖加アミノ酸製剤は投与開始6~9時間後に細菌増殖が認められたと報告されているため7,8),側管より短時間で投与することとした.投与速度は500 mLあたり4時間とし,急速な水分負荷が困難な症例に投与する場合は8時間と設定した.
脂肪乳剤は,脂肪粒子の代謝速度を考慮し0.1 g/kg/hr以下の速度で投与することが推奨されているが9),長時間の投与による細菌汚染リスク10)やルート管理の煩雑さが問題となる可能性があった.そのため,体重50 kgを基準として100 mLを4時間以上かけて投与するよう設定した.また,低体重の患者に対しては個別に投与時間を延長できるよう,指示に幅を持たせた.なお,PPN投与前よりビタミンB1欠乏の準備状態に陥っている場合を想定し11),820 kcal以上のセット処方に関してはビタミンB1・B2・B6製剤を加えた.
2018年1月のNST委員会,診療部科長会にて承認後,同月よりPPNセット処方の運用を開始した.病棟担当薬剤師より診療科カンファレンスで周知し,さらにNST医師より医師向けの勉強会を実施した.なお,個々の処方の妥当性については,病棟担当薬剤師が評価することとした.
2. PPNセット処方の有用性の検討 2.1 PPNセット処方使用群,非使用群における栄養投与量の比較各月の延べ対象患者数の中央値はPPNセット使用群(以下,使用群と略)で547名,PPNセット非使用群(以下,非使用群と略)で1,633名であった.結果を図1に示した.各月における1日あたりの総エネルギー投与量の中央値は,非使用群と比較し使用群で有意に多かった(P < 0.01).また,各栄養素の投与量の中央値は,非使用群と比較し,使用群でいずれの栄養素も有意に多かった(P < 0.01).

箱の太線は各エネルギー投与量の中央値,箱の下端と上端はそれぞれ第1四分位と第3四分位,ひげの下端と上端はそれぞれ第1四分位 – 1.5 × 四分位範囲と第3四分位 + 1.5 × 四分位範囲を表す.**:P < 0.01
各月の延べ対象患者数の中央値は,I期2,316名,II期2,211名であった.結果を図2に示した.各月における1日あたりの総エネルギー投与量の中央値は,I期と比較しII期で有意に増加した(P < 0.01).また,各栄養素のI期,II期における投与量の中央値は,I期と比較し,II期では脂質投与量が有意に増加し(P < 0.01),グルコース投与量は有意に減少した(P < 0.01).

箱の太線は各エネルギー投与量の中央値,箱の下端と上端はそれぞれ第1四分位と第3四分位,ひげの下端と上端はそれぞれ第1四分位 – 1.5 × 四分位範囲と第3四分位 + 1.5 × 四分位範囲,×は外れ値を表す.**:P < 0.01
I期と比較し,II期でPPNセット処方の使用割合は増加した(P < 0.01,図3).II期にセット処方を使用した診療科数は,非使用処方の診療科数とほぼ変わらなかった(図4).セット処方の使用が最も多かったのは外科,次いで消化器内科であった.PPNを処方した診療科のうち,セット処方を一切使用しなかったのは2診療科であった.


セット処方使用群は,非使用群と比較して栄養投与量が有意に多かった.使用群と非使用群について,1カ月ごとに1日あたりの栄養投与量の平均値を算出し,12カ月分のデータを用いて評価した.両群の症例数に差はあるものの,PPNセット処方はより多い栄養量で,かつNPC/N比をより150に近づけたバランスの良いPPN施行をもたらすと考えられた.
2. PPN使用患者全体の栄養投与量の変化運用初期と運用開始3年後で比較し,PPN使用患者全体の栄養投与量は,脂質の投与量が約1.7倍に増加し,NPC/N比も150により近づく結果となった.PPNセット処方の使用率は約25%であったが,セット処方の総エネルギー中に占める脂肪の割合はいずれも約40%と高く,特に820 kcal以上のセットは脂肪乳剤が200 mL以上含まれるため,脂肪投与量増加につながったと考えられる.このことは,近年課題となっているPPNの脂肪乳剤併用率3)の上昇に対しても貢献する可能性がある.また,PPNの適正な組成をセット処方として示すことで,セット処方を使用しない場合も脂肪乳剤の使用を意識させる端緒にできる可能性が考えられた.
3. PPNセット処方の使用率運用開始3年後のセット処方の使用率は約25%であった.セット処方についてカンファレンスや勉強会にて周知を実施し,さらにNST回診の提案でセット処方を用いた提案を行った.セット処方を使用しなかった理由として,医師がビーフリード®輸液やイントラリポス®輸液を使用できない病態と判断した可能性も考えられた.他,新任の医師に対する周知不足もあると思われた.
4. 本研究の限界と課題本来,栄養管理の適正度を評価する場合は,静脈栄養だけでなく経口栄養や経腸栄養も含め患者ごとに評価する必要がある.しかし,本研究は後ろ向き研究であり,食事や経腸栄養,TPNの投与量や各種検査,体重の推移が評価できず,個々の症例の栄養学的評価は困難であった.PPNのみで評価を行ったことは,今回の研究の限界といえる.しかし,セット処方使用群においてPPNの投与量が著明に増加し,運用開始後に脂肪乳剤使用量の明らかな増加がみられたことから,より多くの患者にバランスの良いPPNが施行されることに貢献できたと考えられる.今後はPPNセット処方をより普及させることで,さらなる改善が期待できると思われる.また,各輸液の投与速度については十分に検討を重ねて設定したが,運用開始後のカテーテル関連血流感染等,有害事象の発生頻度の変化については未検討である.また,脂肪乳剤の投与に際して,血清トリグリセリド値をモニタリングすることがガイドラインにて推奨されている12)が,測定について明確な規定は無い.脂質異常症や膵炎の患者など必要に応じ注意喚起を行っていく必要がある.今後,PPNセット処方の運用に伴う有害事象についても調査・検討を行い,より安全な静脈栄養の実施を目指していきたい.また,セット処方の使用を推進するため,啓蒙活動を継続していく.
PPNセット処方を作成したことで,セット処方使用症例の輸液組成の適正化がもたらされた.さらに,PPN施行症例全体の脂肪乳剤併用率の上昇に貢献する可能性が示唆された.
本論文に関する著者の利益相反なし