2024 Volume 23 Issue 1 Pages 253-269
教学IRにおける学習者の「情報」収集の実態把握
——全国の「学生アンケート」の実施状況の分析を通じて——
早川公・新井有妃子・山本博(大阪国際大学)
本論は、各大学が実施する「学生アンケート」に焦点を当て、大学が学生(学習者)に対してどのような「情報」を得ようとしているかを考察するものである。
2018年の「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン(答申)」(以下、2040GD)では、これからの高等教育改革の指針として3つの方向性が示された。社会人及び留学生の受入れ拡大、および地域ニーズに応える教育と並んで第1に掲げられたのが、以下の「学修者(学習者)本位」という考え方である。
高等教育機関がその多様なミッションに基づき、学修者が「何を学び、身に付けることができるのか」を明確にし、学修の成果を学修者が実感できる教育を行っていること。このための多様で柔軟な教育研究体制が各高等教育機関に準備され、このような教育が行われていることを確認できる質の保証の在り方へ転換されていくこと1。
2040GDでは、「保証すべき高等教育の質」として、「学んでいる学生は成長しているのか」、「学修の成果が出ているのか」、「大学の個性を発揮できる多様で魅力的な教員組織・教育課程があるか」といったことが列記されている。そしてそのために、「学生の学修成果に関する情報や大学全体の教育成果に関する情報を的確に把握・測定し、教育活動の見直し等に適切に活用する2」という教学マネジメントの確立が求められ、各大学は学生が何を、どう学んだか、そこでどのような能力を身につけたのか、またその成長を促進したドライバ(成長要因)やバリア(阻害した要因)を探るために、さまざまな調査を実施している。これらの調査活動は、一般にIR(Institutional Research)の一環として実施され3、認証評価等の大学行政のアジェンダ(重要取組課題)に位置付けられている。
「学習者本位」であるとは、言い換えれば、大学が学生(学習者)との関係性をどのように考えるか、ということでもある。そこには「学生目線」が不可欠なだけでなく、そこで高等教育に携わる者が学生に対してどのようなまなざしを向けているかの自省的・批判的検討が必要である。すなわち、学習者が何を、どう学んでいるか、どのような能力を身につけているかについての理解を得ようとするとき、それは学習者の生の体験を特定の観点から変換して数値化・形式化しようとする過程を経由して「情報」となる。このことは、哲学者のジル・ドゥルーズが洞察したように、人間の生を数字/データバンクとして把握し、管理と介入によって個人を断片化された「分人」として都合よくコントロールすることにつながりかねない[武田2021; ドゥルーズ1992]。
それゆえ、大学は学生のどのような「情報」を知ろうとしているのか、と問うことは、国家が高等教育への介入を強化したり、学生を管理の対象として「マネジメント」したりする潮流を再帰的に受けとめ、関係の教育学でいう自らのいとなみに当事者性 [Cf. 宮崎2021] を発揮することにつながる。この大学関係者としての当事者性は、通常想起される授業実践だけでなく、本論で扱う「業務」と呼ばれる領域にも拡張して考えるべきである、というのが本論の立場である。
1-2. 研究目的と研究方法上記の問題設定に基づき、本研究は全国の大学が実施している「学生アンケート」を対象として、その実施状況や実態を把握することを第一の目的とする。ここでいう「学生アンケート」とは、教育内容の改善や学生の生活状況の把握を主とする種々の調査を指す。
具体的な方法としては、日本国内の全ての大学のHPを探査し、そこから「学生アンケート」の実施状況や設問項目を定量的に把握することを試みる。そのうえで、大学と学生(学習者)の調査を通じた関係のあり方について考察する。なお本稿は、全体的な調査設計と執筆を第1著者が担当し、分析の基礎資料となるデータ収集・整理を第2著者、そしてデータのグラフ化や分析を第3著者が担当した。
「学生アンケート」は、様々な目的に応じて企画され、その数は莫大なものとなる。それに伴い、「学生アンケート」を対象とした研究ないし調査も多岐に渡っている。それらを類別すると、①授業評価、②初年次教育調査、③学部学科の専門領域に関する調査、④大学生活やキャリアに関する調査、⑤オンライン授業に関する調査、⑥その他の調査が挙げられる。以下、順に概観する。
2-1-1. 授業評価授業評価は、学習者の情報を把握するための最もポピュラーな方法である。この調査は一般に、「授業評価アンケート」や「授業改善アンケート」などとも呼ばれ、学習者が各授業を特定の項目(担当教員の教授法や態度、教材や教授内容の適切性、満足度など)から評価する形式で企画される。授業評価は日本国内において広く展開されており、文科省によれば、2004(平成16)年の時点で大学全体の97%が実施しているという。さらに、望ましい授業の構成要素についての研究・調査も進み、因子分析の結果では、「教員の独創性」「ユーモア」「人間的魅力」「信頼できる」「学生の意見や質問に十分応えている」「清潔感」「好感が持てる」「授業内容に興味が持てる」「授業の準備をよくおこなっている」「評価基準が明確」などが評価の高さと関連すると指摘される[石田2007]。
授業評価の調査は、FD(Faculty Development)と呼ばれる教員・学部・大学の授業改善の取組みに活用される。例えば、早くから授業評価の取組みを実施していた大阪市立大学(当時)では、その分析結果から授業評価を授業改善に取り入れるために、付帯設問による学生の声のデータ化、調査結果のフィードバック、アンケート結果の公開を提言している[木野2004]。また田実らは、「授業評価を形骸化させず、労力(時間,費用等)に応じた効率のあがるものとするため」[田実ら2009:71]、こうした授業評価を授業の改善、単位認定やカリキュラムの見直し、ひいては教員側の授業改善の動機付けに活用していく必要性を強調している[Cf. 田実2010]。
2-1-2. 初年次教育調査授業評価に次いで大学が関心をもって実施しているのが、入学初年次の学生の実態把握である。大学における初年次教育は、多様な学生の進学を背景に「入学した学生を大学教育に適応させ、中退などの挫折を防ぎ、成功に水路づける上で初年次教育が効果的である4」として各大学で企画されている。文部科学省の2015(平成27)年度調査によれば、初年次教育として、論理的思考や課題発見・解決能力向上を目的としたプログラムを実施している大学数は63%、将来の職業生活や進路選択に対する動機付け・方向付けのプログラムは74%であるという[山田2018:89]。
こうした初年次教育の高まりと普及に連なり、各大学は初年次学生に対して様々なアンケートを実施し、学生の情報を得ようとしている。例えば、北海道大学5の亀野は自身の担当する科目の受講生を対象としてジェネリック・スキル6の高低の規程要因を探っている[亀野2016]。また東海大学の鈴木は、初年次学生の「学び」に関する意識調査を実施し、学習者が専門分野で学んでいくたまの学び方における問題の索出を試みている[鈴木2019]。一方、嘉悦大学の白鳥は、所属校で意識的に展開している初年次教育の効果を検証するために、学修時間・学修行動・学修成果をアンケート調査から探っている[白鳥2021]。他にも、就実大学の林は、担当授業の学生へのテキストマイニング調査を通じて、大学の備えるべき価値の可視化・定量化を試みるというユニークな研究を実施している[林2020; 林2021;]。初年次学生を対象とした調査実態を定量的に明らかにした研究はないため今後実態把握のための調査がまたれるものの、これらの研究・調査の観点は学生の情報を「質保証」に結びつけるために有益であろう。
2-1-3. 学部学科の専門領域に関する調査「2-1-2」が、学習者の年次(教育段階)を切り口にした調査であるのに対して、この調査は、学部学科の専門課程と学生の関係、とりわけ学習者の関心やカリキュラムの適切性を点検するために企画されている。概観する限り、この調査は、資格取得を目的とした学部学科において実施される傾向が読み取れる。
例えば、古くには医療系の臨床実習時の指導に対する学生意識の調査[坂本1992]があり、他にも保育実習における学習者の意識調査[土谷2007]、薬学部の早期体験学習に関する調査[平田ら2008]があげられる。また専門課程に関連する項目への意識調査としては、医療系教育における学生の食生活と健康についての意識調査[太田ら2008]、人間環境学部における環境意識に関する調査[花田2006]、福祉系大学における外国語教育に関する意識調査[太田2014]がある。
専門領域または専門課程に関する学生の実態を把握したいとき、後述するような全国あるいは全学単位で実施する調査では当該学生の情報を把握できない可能性がある。こうした場合に、どのファカルティ(学部・学科・部局)ごとの調査を実施するかについて検討を重ねることが組織の重要な関心事となっている。
2-1-4. オンライン授業に関する調査2020年初頭より全世界を混乱に陥れた新型コロナウイルス感染症の蔓延、いわゆる「コロナ禍」では大多数の大学が非常時遠隔授業の対応に急遽追われた。激変した学習環境の下で学生の状況を把握しようと各教育機関は様々な策を講じた。その1つが、オンライン授業に関する調査であろう。
オンライン授業に関する分析ならびに教育実践に関する論考は、きわめて多岐にわたる7。その中で傾向を把握するための一例をあげると、実施したアンケートをもとにテキストマイニングを用いて学生状況を考察した大分県立大学[許・林2020]や香川大学[宮﨑2021]の報告、遠隔授業の適応と効果を分析した熊本県立大学の報告[本田ら2022]、遠隔授業の実施が学生の生活行動や学修意欲に与えた影響を調査した徳島大学の報告[豊田2022]、オンライン授業を省みながら対面授業に向けた取組みを記した慶應義塾大学薬学部の報告[石川ら2021]などがある。また、こうした学生の声を、どのように運営に反映していったかの経緯を詳細にたどった報告に、早川らの大阪国際大学・短期大学部の取組みも存在する[早川ら2022]。
2-1-5. その他の調査上記のカテゴリーに分類されないものの、各大学は特定のイシュー(論点・課題)について状況を把握し、そしてその解決を見越して種々の調査を企画している。研究・調査としてまとめられた論考からその一端を探ると、「ゆとり世代」の学生生活を独自のアンケートから調査したもの[日下部ら2005]、学生の倫理意識の調査[横田2017]、入学時の歴史教育の実情調査[徳橋2018]、学生の情報リテラシーの調査[符2018]、ひいては共学校における女子学生の教育ニーズ[西垣2018]などがある。さらに、大学の制度に焦点を当てた調査としては、リメディアル教育に関連して補正・補習教育を論じたもの[陳ら2006]、チューター制度において日本人学生と留学生の異文化理解に焦点を当てた調査[園田2008]が存在する。他方、施設・サービスの整備に関するものとしては、学生食堂の現状と課題の調査[安藤・神田2005]やラーニングコモンズと学習成果の関係の調査[浜島ら2016]、学修サポートセンターのパイロット調査[石毛ら2021]をあげることができる。
2-2. 「学生アンケート」としての学生生活・学習行動調査ここまで紹介した「学生アンケート」は、収集対象が、授業であったり、年次や課程、あるいは特定のイシューに関連したりするものであった。しかし、本論でとりあげる「学生アンケート」では、上記のいずれにも該当しない、あるいはいずれかを包含する学生生活や学習行動全般に対する調査が一般になされている。以下では、それらの典型的な例と、こうした包括的な学生アンケートに関する先行研究・調査について検討する。
2-2-1. 文部科学省「学生生活調査」本調査は、全国の学生を対象として、学生生活状況を把握することにより、学生生活の実状を明らかにし学生生活支援事業の充実のための基礎資料を得ることを目的としたものである8。アンケートは隔年で実施され、全国の大学学部・短大・大学院生から無作為抽出された学生が対象となる。2020(令和2)年度は、該当者2,982,972人から90,654人を対象者とし、回答者は37,591人(41.5%)であった。質問項目は、「Ⅰ.あなたご自身について」で所属基本情報、および所在地や通学時間、「Ⅱ. 学生生活の状況について」では典型的な1週間の生活時間、通っている大学の施設や支援への満足度、不安や悩みについての項目がある。つづいて、「Ⅲ.あなたご自身の経済状況」では年間収入額・支出額の詳細、「Ⅳ.家庭の状況について」では「この調査で特に重要な意味を持つ」(p.103)と強調され、家庭の1年間の所得総額や家計支持者もたずねられている。そして「Ⅴ.大学での授業・学習について」では、履修科目数、取得単位数、授業でのフィードバックやグループワークなどの授業に関連する項目やどのように取り組んだかというような自己評価等の項目が用意されている。
2-2-2. 文部科学省「全国学生調査」本調査は、「1-1」で言及した2040GDの提言に基づいて開始されたものである。各大学が実施している独自の学生調査では「調査結果から適切なベンチマーキングを行い、教育内容等の改善に効果的につなげることが難しい」9という現状認識から、学修者本位の教育への転換を目指す取組の一環として、学生の学びの実態を把握することにより、「各大学の教育改善に活かすこと」、「我が国の大学に対する社会の理解を深める一助とすること」、そして「今後の国における政策立案に際しての基礎資料として活用する」ために2019(令和元)年度より開始された10。2022(令和4)年度の対象者は参加意向のあった532大学に在籍する学部2年生(約46万人)及び4年生等(約49万人)と同じく参考意向のあった短期大学148校に在籍する2年生以上(約2.4万人)であり。質問は、大学で受けた授業の状況、大学での経験とその有用さ、大学教育を通じて知識や能力 が身に付いたか、平均的な 1週間の生活時間等、全 45 問(表1)である。回答率は、大学全体で10.6%、短大では27.9% であった。
表1.文科省「全国学生調査」の質問項目(属性等項目を除く)
(報告書より筆者作成)
2-2-3. 大学IRコンソーシアム「学生調査」大学IRコンソーシアムの学生調査は、米国の大学生調査をモデルに、学習プロセスの間接アセスメントとして利用することを想定に開発されたものである。学生の学習行動や学習時間、能力に関する自己評価、満足度を中心とした調査項目が含まれており、学生自身が大学での学びをどのように受けとめて、どのように評価しているのかを調べるものである11。日本版大学生調査研究プログラム(JCIRP)およびヨーロッパ言語共通参照枠組み(CEFR)という国内外の理論的・実証的研究を参考に方法が考案され、調査は、「1年生調査」と「上級生(2〜4年生)調査」の2種類が用意されている。質問は、大分類が19あり、回答項目はあわせて112である(表2)12。2021(令和3)年度の参加校数は57大学13であり、全回答件数は34,712件となっている14。
表2.大学IRコンソーシアム「学生調査」主要調査項目
大学IRコンソーシアムHPより15
以上、本節では、「学生アンケート」にはどのようなものがあるかを、国内大学における個別の切り口の調査と、さらに全国規模の包括的な3つの「学生アンケート」調査方法を鳥瞰してきた。これらのことからわかるのは、大学は、「学修の成果を学修者が実感できる教育」(2040GD)のために、身についた知識や能力を確認したり、その成長実感に寄与した満足度を確認したりしようとしてきた、という点である。次節では、個々の大学が企画する「学生アンケート」の網羅的なリサーチをもとに分析する。
それでは、実際に企画されている包括的な「学生アンケート」の実態をみていくことにする。本研究では、2022(令和4)年度に存在した大学のHPを探査し、そこから独自の包括的な「学生アンケート」を実施している大学とその内実について調査した。日本における大学は全部で813(国立86、公立102、私立625)校あるが、独自の包括的な「学生アンケート」を確認できたのは、約32.7%にあたる266(国立51、公立24、私立191)校であった。以下では、それを定性的・定量的に考察する。
3-1. 本邦における「学生アンケート」の実施状況:定性的調査 3-1-1. 「学生アンケート」の名称「学生アンケート」の名称をテキストマイニング16にかけると、図1のとおりとなる。「学生」と「生活」が最頻語かつ共起語の組合せで最多となり、次いで「学修」と「行動」ないし「調査」の組合せが多い。
図1.「学生アンケート」名称のテキストマイニング結果
3-1-2. 特徴的なアンケート項目各大学の企画した「学生アンケート」の項目から、特徴的と思われた項目について、 「2-2」でみた学生生活や学修行動や能力の自己評価以外に着目した項目の特徴を、主に3点紹介する。
1つ目は、私立大学における「建学の精神」についての質問である。例えば、「関西学院でキリスト教に触れることで、自分自身の考え方や生き方に影響を受けていると思いますか」(関西学院大学)や、「建学の精神(パーソナル・ブランド・マネジメントプロジェクト )に基づいた行動をしているか」(大阪成蹊大学)などがそれにあたる。また関連して、いわゆる「3ポリ」17に関する質問を学生に問いかける大学も散見された。例を挙げると、「所属学科の各ポリシーを確認したことがありますか」(千葉工業大学)や、3ポリの理解度を問う設問(中村学園大学)、あるいは「所属する学部・学科の「教育の目標と方針」を読んだことがありますか」(岡山理科大学)もこれに類するものである。
2つ目は、社会的文脈の理解についての設問であり、代表例がSDGs(持続可能な開発目標)である。例えば、「SDGsについて知っていますか?」(桃山学院大学・京都医療科学大学)、「あなたはSDGsに関する活動(それと思われる活動も含む)をしたことがありますか」(大阪青山大学)といった設問があげられる。また、「あなたは、2022年4月から成年年齢が18歳になったことを知っていますか」(関西大学、2022年)のように、社会的出来事を反映した質問項目も見受けられた。
3つ目が、高大接続または大社接続に関する設問である。前者としては、「あなたが高校生や受験生の時、次のことをどの程度しましたか (12問)」(新潟工科大学)のように入学前の学習行動を問う設問だけでなく、「本学以外で受験した大学(専門学校)・学部はどこですか」(跡見学園女子大学)のように受験動向の把握を意図する設問も認められた。一方、大社接続については、進路に関する設問に加え、「就職活動にあたって重要だと感じたことは何ですか」(東京未来大学)、「将来就きたい職業につくために、現在は具体的に何をしていますか」(東京成徳大学)などがあげられている。
3-2. 本邦における「学生アンケート」の実施状況:定量的調査 3-2-1. 実施方法に関係するもの実施方法は、Webによる実施が135校と多数を占めるが、質問紙による調査も実施が確認された大学の約1割(27校)が採用している(図2左)。なお、Webによる大学のうち、使用ツールが確認できたのは93校であり、うちGoogle Formsによる実施が25、Microsoft Formsが8校、自校の学修管理システム(LMS)や学習ポータルによるものが58校、その他ツールが2校であった。
また、実施方法における回答率を確認すると、回答率が40%をこえる学校の割合についてWebと記載なしはほぼ同傾向(50%強)である一方、質問紙による調査は約90%と高い傾向を示している(図2右)。
図2.「学生アンケート」の実施方法(筆者作成)
調査の結果によると、「学生アンケート」の設問数は、平均が約40問、最多が223問で最少が2問であった。ただしこの数は、大学によっては「2-2」でいう大項目に相当するものまでしか捕捉できなかったものもあり、(とくに数え上げた設問数が少ない大学の場合)参考情報となっている。設問数は、幅広く分布しているが、若干、国立大学の設問数が多い傾向にあると読み取ることができる(図3)。
一方、設問数と回答率の関係を示したのが図4である。設問数が突出しているのは、佐賀大学(223問)、一橋大学(175問)、会津大学(163問)、鳴門教育大学(136問)、山口大学(130問)といずれも国公立である。ただし、その回答率にはばらつきがあり、両者の関係からは相関関係などを見出すことはできなかった。
なお、回答率に関して、しばしばIR関係者で語られる「女子大学だから/の方がアンケートの回答率が高い」についても精査した。しかし、共学校(245校)、女子校(21校)と母数の偏りが大きいものの、共学校で回答率が60%を超えるのが36.3%、対して女子校は42.9%と、後者が6.6ポイント上回った。
図3.設問数の分布(筆者作成)
図4. 設問数と回答率の散布図(筆者作成)
「2.先行研究・実践の整理」および「3.データの提示」でみてきたように、わが国の大学における「学生アンケート」は、学生による授業の評価がほぼ全大学に行き渡り、近年は学生生活・学習(学修)行動を中心として、そこに高大接続や初年次教育、あるいは少数ではあるものの「3ポリ」や私学における「建学の精神」といった学びの旗印を確認するような項目が加えられている。そしてそのための調査項目は、各大学によってばらつきが大きいものの、平均40問、中央値で33問程度である。回答率も、全国調査が非常に低調なことに比べれば、各大学個別の「学生アンケート」は平均約53.2%と回収率向上の努力がうかがえる。しかしながら、グラフが示すように、回答率もばらつきが大きく、全体的な傾向はみえづらい。回答率の上昇に寄与している可能性があるのは実施方法を質問紙にすることであるが、現状としては1割にとどまる程度である。
このように、網羅的な探査からは、大学が学生の何を知ろうとしてきたかはおおよそ確認することができた。これは、学習者の行動や意識の調査・分析は、近年、教学IRと称される組織的な活動の高まり(ないし認証評価等の「外圧」を通じた強制的な組込み)によって、何を把握しようとするかがある程度平準化されてきたことの反映ともいえよう。本研究の意義は、多くの部分で共通する設問を用意しているにもかかわらず、なぜ独自の調査を遂行しているのか、その意味を吟味した点にある。
4-2. IR業務における学習者の「情報」との関係性「学生アンケート」の個別実施に対する意見は、本論独自の見解ではない。例えば半田は、お茶の水大学の教学IRとして大学間の中間活動体「教学比較IRコモンズ」の学修行動比較調査を実践しながら、個別かつ重複的になっているIR活動を不合理で不経済的であると断じている [半田2021]。「学習者本位」の教育の実現のためには、学習者の情報収集が今一度何のためになされるのか、という目的と現在地の確認が重要であろう18。
そしてもう1点、本論で付け加えることがあるとすれば、学生の何を知ろうとするか、だけでなく、どうやってそれを知ろうとするかではないかと思われる。すなわち、「学生アンケート」という方法で「学習者が何を得たのか/知っているのか/知らないのか」を定量的に把握しようとするだけでなく、学習者がどうやって学んでいるのかをプロセス志向で理解する必要性である。「学習者本位」を字義通り解釈すれば“Leaner-Centered”であり、学習者の体験を捉まえるためには、昨今ビジネス領域でも言及される人間(性)中心の理解のための方法論が必要なのではないだろうか。「1.はじめに」で参照したドゥルーズの「分人」の議論に引きつけて論じるなら、「学習者本位」を把握する調査とは、管理・統制的な分人型システムによってではなく、その生の体験を可能な限り損ねずに掬いとろうとするアプローチによって進める必要がある。それは、「学生アンケート」のような調査やその前提となる学修成果の可視化を否定し、「かつての大学」を懐古することでではない[Cf. アパデュライ2020]。自らの仕事を再帰的に批判的にとらえなおし、管理・統制的なものとは異なる、学習者をエンパワメントしていくための関係性に基づく別様の(分人的)調査が求められているといえよう。
本論では、「学生アンケート」と呼ばれる、学生と大学のコミュニケーション・チャンネルを対象として、大学組織が収集する「情報」を通じてどのような関係性を学生(学習者)と取り結ぼうとしているかをみてきた。「はじめに」で述べたように、現在、大学は「学習者本位」というコンセプトを、真剣に受けとめる場合も、あるいはお題目としてこなす場合であっても無視することはできない。「2.先行研究・実践の整理」でもみたとおり、大学はここ20年の間に、授業に関するアンケート企画を拡充し、その実践の蓄積を進めてきた。一方で、包括的な「学生アンケート」についての実態把握は進められておらず、大学の公開情報から実施状況やその際の着眼点について概況を示せたことは、本研究の成果であった。さらに、これらの検討を通じて学習者本位の調査の企画のあり方を再考した点も、有意義なことであったと考える。
しかし、その網羅的な探査では過半数以上の大学の実態を確認することができず、「学生アンケート」のより詳細な実施状況の把握および分析についても本論では立ち入ることができなかった。加えて、「4.考察」で言及した新たなアプローチについて具体像を示すまでには至らなかった。
現時点において、学生の声やニーズを定性的に把握しようとする研究も存在するものの[Cf. 石毛ら2022]、それらは本格的な展開には至っていない。内部質保証という社会への説明責任の制度化のもとで、高等教育機関において学習者とIR業務から得られる学習者の「情報」との関係性はより重要度を増している。これらの課題については別稿に譲ることとし、今後も大学業務と学習者の関係性について、よりよいあり方を考えながら検討を続けてゆきたい。
付記本研究は、JSPS 科研費21H00641の助成の成果の一部である。また、匿名の査読者からは、論文内の用語の吟味について有益な意見を賜った。この場を借りてお礼申し上げる。
中央教育審議会「「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン(答申)」p.2。
同上、p.33。
これに関連して、IRは、前段文脈の中で2008年の中央教育審議会答申「学士課程教育の構築に向けて」において、新たに求められる大学職員として「大学の諸活動に関する調査データを収集・分析し、経営を支援する職員」という形で言及されている [中井 2013:5]。
初年次教育学会「設立趣意書」http://www.jafye.org/society/prospectus/(2023/12/25参照)
対象大学は執筆時の著者の所属大学に基づく。以下同様。
「社会生活や職業生活の観点から、学生の専攻分野にかかわらず共通に育成することが求められている「汎用的なコンピテンス」」[川嶋2012:27]のことを指す。他国では、“21st Century Skills”、“Generic Skills”、“Key Skills”、“Employability Skills”、“Transferable Skills” などとも呼ばれる。
本論の主題とは外れるが、遠隔/オンライン教育実践の取組みを集めたものとして、大嶋、茂木、小泉による貴重な出版活動がある[大嶋ら編2020; 小泉ら編2021; 茂木ら編2022]。
独立行政法人日本学生支援機構「令和2年度学生生活調査結果」より。
文部科学省「全国学生調査」https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/chousa/1421136.htm(2023/12/25参照)
同上。
一般社団法人大学IRコンソーシアム「学生調査」https://irnw.jp/investigate(2023/12/25 参照)
なお上級生調査の大分類は15、回答項目は97である。この違いは、入学前の学修経験の回答の有無に拠る。
上級生調査の参加校数は58大学である。
ただし、参加校の対象学生数は報告書には記載されていない。なお、筆者らの所属する大学の2022年度回答率は、1年生が53.1%、上級生(3年生)が27.0%であった。
一般社団法人大学IRコンソーシアム「学生調査」https://irnw.jp/investigate(2023/12/25 参照)
ユーザーローカル社の「AIテキストマイニング」ツールを用いて分析をおこなった。
大学におけるティプロマ・ポリシー(DP)、カリキュラム・ポリシー(CP)、アドミッション・ポリシー(AP)の3つのポリシーのことを指す。
その意味において、授業アンケート実施の目的の問い直しから、2009年にいち早く「「授業評価」から「学修自己評価」へ、「アンケート」から「ポートフォリオ」へ」を掲げてeポートフォリオとその分析を展開した大阪府立大学(当時)の事例は、今もなお傾聴に値する[高橋ら2014]。