2025 Volume 24 Issue 1 Pages 101-115
幼児の感情制御に対する保育者の関わり方
―SCAT分析を用いたインタビューデータの検討―
田代 琴美(小田原短期大学)
1 問題:感情制御の発達
非認知能力が注目されているなか、幼児期においては自己抑制や物事をあきらめずに挑戦するといったがんばる力などの感情に関わる能力を育む重要性が増している(ベネッセ次世代研究所,2016)。2018年4月に施行された『幼稚園教育要領』(文部科学省)、『保育所保育指針』(厚生労働省)、『幼保連携型認定こども園教育・保育要領』(内閣府・文部科学省・厚生労働省)において共通した「幼児期の終わりまで育ってほしい10の姿」には“感情”という言葉はないものの、気持ちにまつわる内容が多く記述されている。ここからも就学前の子どもは遊びを中心とした体験を通して、様々な気持ち(感情)に気づき、表現し、制御するといった感情に関する能力について広く学んでいくと考えられる。
このような感情に関する能力を身につけるため、幼児期の子どもをどのように援助していくかについてはemotional coachingという方法が有効であると考えられている。Gottaman(1997)によれば、親は子どもの直面している問題について一緒に考える際に感情のコーチになっており、次の5つ、1.子どもの感情に気づき、2.子どもが感情的になっているときは子どもと感情について話し合う機会だと考え、3.子どもの感情を無視したり、軽視したり批判したりせずにじっくりと共感し、4.親なりの言葉で子どもの気持ちを言い換えて伝えてみる、5.子どもの直面している問題についてその解決策と共に考える、という段階からなる。これらによって子どもが自分の感情を調整し、直面している問題を解決する力が育まれる。他にも、親和的・共感的な感情表現をとる母親を持つ子どもは自己コントロールといった感情制御に関わる能力にたけていること(田中,2009)、親は自らが使用する感情制御の方略を子どもの感情制御を促す際にも使用している(則近,2022)といった知見が示されている。これらから、幼児期の子どもが自分の感情と向き合って感情を制御していく力(emotion regulation)は、その親自身がどのように感情を対処しているのかといった影響が大きいことがわかる。
しかしながら、近年では就労する母親が増加し、それに伴って延長保育や幼稚園での預かり保育も増加している。ベネッセ次世代研究所(2023)によると、園で過ごす平均時間は高年齢の幼稚園児では「5時間くらい」と「6時間くらい」が約8割、保育園児では年齢にかかわらず「8時間くらい」から「10時間くらい」が7割を占め、「10時間以上」が2割を超えていた。森田(2004)では保育者は間接的に親子の関わりにおける感情制御の発達を支えると述べられていたが、幼稚園や保育園において長い時間を過ごす幼児にとっては直接的な関わりを持つ他者として保育者の役割が重要になってくると考えられる。ただし、保育者と幼児の関わりについて保育場面を捉えた実証研究が少ないことから、保育者が幼児の徒弟制的役割にあることは推測の域にすぎないとされる(森野,2012)。
2 本研究の目的
感情制御に関する数少ない実証研究の一つとして、田中(2013)がある。これは、3歳児クラスを担任している保育者を観察し、インタビュー調査と組み合わせた心理学的エスノグラフィーの手法を用いて、幼稚園で経験する葛藤や混乱による感情的な場面において保育者が幼児の感情制御を助けるためにどのように関わっているかについて検証している。その結果、保育者は幼児を共感的に温かく受けとめる行動のみならず、幼児の行動を否定したり保育者が幼児の要求を突き放したりする行動をとっていることが明らかとなった。この突き放すような行動をとる意味は、幼児の感情を瞬間的に弱めることによって、当該幼児が自分の問題と向き合い、自律的に制御するきっかけをつくるためであったと示唆された。一見、幼児に対して冷たい対応をしている印象を受ける保育者の行動ではあるが、保育者が無理やりではなく、幼児自らが感情を変化させて行動を変えるといった願いのもとなされた行動であるとされた。もっともこれは保育者一人を対象とした調査であり、他の保育者も同様に「突き放し行動」をしているのかという点について明らかにするものではなかった。また、この研究では3歳児クラスのみ対象としており、4歳児クラスや5歳児クラスといった幼児期全般わたるものではなかった。幼児は、幼児期の3年間の積み重ねによって、次第に自律的な感情制御ができるようになっていくと考えられる。そのため、本研究では幼児がネガティブな感情を表している場面において、どのような関わり方をしているのかを保育者から直接聞くことによって、その関わり方を分析していく。
また、このような幼児との関わりについて、保育者を目指す学生は、教育実習などで実際に幼児と関わることを通して学んでいるようである。しかし、幼児が感情を表している場面においてどのように関わればよいかがわからず、傍観しているだけでおわってしまうという経験から、保育者として働く自信を失う学生も多い。友定(2009)は、幼児一人ひとりに応じた個別性の原則、遊びや生活を通してなされるという総合性の原則、さらに個人差といった変動要因によって、保育の具体的な展開はきわめて個別的で不定形で、流動的であると述べており、幼児が感情を表している場面においても保育者の実践的な専門性が求められる。授業内で多様な保育場面を一つずつ取り上げて、どのような関わり方をすればよいかを教えることは困難であるが、保育者が現場でどのように幼児と関わっているかを理解し、それを伝えることは幼児との関わりに自信を持てない学生の不安を解消し、自分がどのように行動すればよいかを考える突破口になるのではないか。
以上から、本研究では保育者のインタビュー調査から保育者が幼児の感情をどのように捉えているのか、そしてその感情を制御するためにどのように向き合っているのかといった点について明らかにする。集団生活や友達との関係性が始まる幼児期において感情に対処する能力、特に自分の感情を制御する力は、周囲の大人によって適切な方向へ進めことを注意深く後押しするといった働きかけがなされるようになる(久保,2010)。そのなかでもネガティブな感情(怒りや悲しみ)を制御していくことは円滑な人間関係を育むために必要になってくる。そのため、今回は保育者のインタビューを通して、幼児がネガティブな感情を表している場面において、保育者がどのように関わっているかを理解し、その関わりにおける共通性を見い出すこととする。幼児の感情を制御する力を育むために保育者がどのように関わっているかという点を検討することによって、保育者を目指す学生の学びを支えるとともに、若手保育者が保育現場において幼児の感情制御の発達を援助していくために役立つと考える。
3 方法
対象者
インタビューを行った保育者5名について、調査時のプロフィールは以下のとおりである。
A:東京都内の保育園勤務、保育者歴5年10ヶ月、現在は5歳児クラスの担任
B:東京都内の保育園勤務、保育者歴4年10ヶ月、現在は5歳児クラスの担任
C:東京都内の保育園勤務、保育者歴9年10ヶ月、現在は担任ではなくサポート担当
D:関西圏の保育所勤務、保育者歴4年4ヶ月、現在は5歳児クラスの加配担当
E:関西圏のこども園勤務、保育者歴4年4ヶ月、現在は3歳児クラスの担任
手続き
本研究では半構造化面接法を用いて、インタビュー調査を行った。参加者A、B、Cは勤務している保育園にて対面で行い、参加者D、Eはオンラインにて行った。インタビュー時間は一人につき、20~40分程度であった。また、インタビュー内容は参加者から許可を得て、スマートフォンの録音アプリケーションで記録した。
質問内容
すべての参加者に次の8項目を質問した。①「日々の保育の中で、幼児が怒りの感情を表している場面はどのような場面か」②「怒っている幼児に対して、保育者としてどのような関わりをしているか」③「日々の保育の中で、幼児が悲しみの感情を表している場面はどのような場面か」④「悲しんでいる幼児に対して、保育者としてどのような関わりをしているか」⑤「年齢ごとに関わり方を変えているか」⑥「幼児が感情を表している時の関わり方としてどのようなことを重視しているか」⑦「保育者として幼児の感情への関わり方をどこでどのように学んだのか」⑧「幼児の感情への関わり方について勤務している園全体での方向性や自分の保育観として大切にしているものはあるか、またそれはどのようなものなのか」であった。また、それぞれのインタビューにおいて、参加者の回答から気になる点が出てきた際には、それに対する質問を追加した。追加した質問の内容は参加者によってそれぞれ異なった。
分析方法
本研究では、対象者に行ったインタビューを文字に起こし、SCAT(Steps for Coding and Theorization)による分析を行った。このSCATは大谷(2008)によって開発された質的分析の手法である。SCATは比較的小規模の質的データの分析にも有効(大谷,2011)であるとされており、本研究の分析に適していると考える。
SCAT分析は一連の手順によってなされる。最初に、インタビューによって得られたデータであるテクストを大きくひとつのトピックとなるようにセグメント化し、そのセグメントを吟味することからはじめる。まず〈1〉テクストにおける注目すべき語句を書き出し、〈2〉言い換え、書き出した語句の意味を表すような別の語句を記述し、〈3〉それらを説明するような概念として〈2〉の語句をデータの文脈で説明できるような語句を記述し、〈4〉テーマ・構成概念として〈1〉から〈3〉にもとづき分析者自身に構成概念を考案し、その都度〈5〉疑問・課題として分析の過程で得た疑問や追求すべき課題を記述した。これらの手順をへて、さらにストーリーラインを生成した。 SCAT分析におけるストーリーラインは「データに記述されている出来事に潜在する意味や意義、主に〈4〉に記述したテーマを紡ぎ合わせて書き表したもの」であると定義されており(大谷,2008)、再文脈化することによって新たな研究的知見に結びつけることができるとされる。〈5〉によるストーリーライン生成するとともに、理論記述をし、さらに複合的で構造的なストーリーラインを断片化させることで、インタビューによるデータから導きだされることを記述していった。また、疑問・課題だけでなく、ストーリーラインや理論記述の際に感じた疑問や課題も追加した。最後に、さらに追求すべき点、課題を記述した。
倫理的配慮
参加者に対して研究の目的や調査内容、個人情報の保護に関して説明し、同意を得てから調査を行った。また、本研究は所属大学による倫理審査委員会の承認を得ている。
4 結果
SCAT法を用いて、保育者5名のインタビューデータを分析した。対象者Aへのインタビューの分析表を付録として掲載する。また、一連の手順から生成された保育者5名全員のストーリーラインを以下に示す。
保育者 A
保育者Aは幼児が他者に気持ちを否定される時に、怒りを表出していることが多いと述べている。そのような時には気持ちを落ち着かせる環境を整えながら、幼児の話をしっかり聞く。これは、怒りの表出は言葉で伝えることによって避けられると考えているからである。他にも内面を否定されることには怒りが出てきやすい。これらの異なる状況から生じる怒りに対して、基本的には、見守る援助が重要である。しかし、年齢によっては手が出てしまうことがあるため、まずは自分の言葉で言えるように幼児の気持ちを受け止めて代弁することや、年長児でも話せない状態では落ち着けるように環境を変えるなど関わり方を変えている。
また、怒りと同様の場面で悲しみを表出する子もおり、どちらの方向にいくかは幼児によって異なる。悲しみ特有の場面としては、父母と離れて過ごすことがあげられた。コミュニケーションにおいてもまだ相手に上手く伝えられない幼児が放った言葉の意味を、言われた側の幼児もそのまま受け止めてしまうため、未熟であるが故に他者を傷つけてしまうことがある。しかし、悲しみを見せることが恥ずかしいと感じているようで、保育者にも話せない子がいる。そのような子には、保育者は味方であると伝え、話を聞くように努めている。怒りと同様に言葉の発達に応じて関わりを変えていることに加え、悲しみでは安心感を与えるスキンシップを重視している。他にも痛みなどには注意をそらし、気持ちの切り替えができるように意識を持っていくこともある。
保育者Aは最終的には幼児が自分の言葉で伝えられるようになることを意識しながら、保育者として全体を把握するようにしている。そのため、幼児本人が話せない時には周囲にいた状況を知っている子から話を聞く。そして、泣かせてしまった子には危険なことを理解させ、大袈裟に泣いている子については事実を正確に捉えるように心がけている。このような幼児への関わり方は、園長先生や他の先生の影響を受けているという。困ったことは相談し、聞いたことを実践するといった環境のなかで、試行錯誤をしながら幼児との関わり方を学んでいる。なお、この関わり方にについて園における方向性は一致しているが、個人によって保育観は異なる。保育者Aの保育観として、特に大切にしていることは見守ることである。
保育者 B
保育者Bがあげた幼児が怒りを表出する場面は、幼児の思い通りに進まない出来事が起こる場面や自分の言葉で伝えられない場面、友達に言われたくない言葉を言われた場面などである。このような場面が起こった時にはその日1日を楽しく終わらせられるように怒りを持続させないため、理由をたずねている。そこで話を聞いても気持ちのコントロールが難しい場合は、さらに気持ちを落ち着かせる方法を伝えている。年齢によっては気持ちを代弁したり、気持ちをたずねるなど関わり方も変えている。その一方で、悲しみを表出する場面は勝ち負けのある遊びや、怒りと同様に言葉で上手く伝えられない場面で表出される。そのような時にも学びにつながる声かけをしたり、自分で伝えられるようにアドバイスをするなど、幼児の将来のためを考えた援助をしている。まずは共感していき、話ができる年齢になってきたら、自分で言えるようになるための考えさせるような投げかけをする。環境的にも3歳児クラスになると縦割りの関わりができて、年上の子どもたちから見て学ぶようになっていくという。
また、保育者Bはうまく感情を出すことができるようになると褒めて伸ばすようにしている。悲しみだけでなく、怒りを示せるようになったことを褒めることもある。これは、関わっている幼児のなかにしょうがないと自分の気持ちを我慢する子が多いためである。そのことに気がつき、保育者が幼児の溜め込んだ気持ちを発散させる場所を作るようにしても、なかなか言い出せない幼児がいる。その子には保護者と協力して、保育者にさえ気を遣う幼児から気持ちを引き出すように関わっている。そういった困っている幼児との関わり方については、保育者自身の子どもの頃の経験から予想して幼児にたずねると、同じような状況にあることがわかり、そこから共感して援助していけるという。
さらに園全体では主体性を重視しているため、子どもたちの自主性を伸ばしていけるように関わっている。それはしたくないと発言する子がいたら、その子の興味を広げられるような提案をするといった環境をつくる。保育者だけではなく、子どもが自ら発信して引っぱっていけるような工夫もしている。
保育者 C
怒りは幼児同士のコミュニケーションがうまくいかない時に表出される。この時、保育者Cは自分の気持ちと他者の気持ちの双方を理解させるようにしている。また、幼児の気持ちに共感することによって怒りの気持ちを残さないように注意している。これは、理解してもらえなかったという小さなわだかまりが幼児と保育者との信頼関係を壊すきっかけとなるからである。3歳から次第にルールのある遊びのなかで自分の思いが通らないことがあることを経験する。そこでは、自分が嫌な気持ちになっていても、なぜ他者の心を傷つける言葉を言ってはいけないかを考えさせる必要がでてくる。使っている言葉もその言葉の意味を理解しているわけではなく、相手が嫌がる言葉であるといった未熟な理解であるため、他者を傷つけない怒りの表出方法として、怒りをぶつけるのではなく、その理由を伝える必要があると伝えていかなければならない。年長児に対しては、相手に謝罪されたからといって許せないこともあるので、自分の発言に責任を持つ必要があることも伝えていく。許せないと感じる子には怒りをしずめる方法も伝える。それでも不快感が制御できないこともあり、言葉で気持ちを伝えられないことがその要因であると考えられる。幼児同士や小集団のなかで起こったことであっても、クラス全体で考えさせるような雰囲気にもっていくやり方がある。保育者がクラス全体に話をするなか、当事者である幼児が自分で気がつけるようなニュアンスを含ませたり、良いところはみんなの前で褒めるようにしている。
その一方で、幼児の悲しみの表出場面を語ることは難しいと言う。どちらかというと、悲しみの感覚を言葉で教えることや、悲しみに気がつけるようにすることに気を配っている。3歳ぐらいだとネガティブなことに対しての悲しみの割合が大きい気がするが、それは悲しみから他の感情が湧いてくるのではないかと考えている。悲しいと表現している場合でも悔しいや寂しいが混ざっているように保育者Cは感じている。保育者として幼児が悲しい時に話を聞ける関係性をきずき、悲しみの理由を一緒に考えていく。そして、話をすることが気持ちを切り替えるきっかけ作りになることもあると伝えていく。また、家庭の事情などで持続した悲しみを抱えている場合は気持ちに寄り添って安心感を与える。特に年長児になると、悲しみを言わない子がいるため、保育者と保護者が情報共有しておくと背景がわかることもある。幼児もむやみにやたらに保護者を頼るのではなく、自分でどうにかしようという年長児の自覚が芽生えている。ただし、男女によって言語発達に差が出ており、女の子の方が明確に自分の気持ちを伝えられると感じている。
このような幼児が感情を表す場面に遭遇した時に、保育者Cは他者の気持ちを考えさせることを重視しながら関わっている。これは、発達とともに自己中心的なところから、他者の気持ちを考えることで思いやりを育むことにつなげるためである。他にも幼児期のうちに身につけるべきことは、幼児同士の関わりのなかから学びが生まれるため、幼児だけでできるようになることを意識している。そのために、色々な体験をする時には、こうすればいいと身近な大人として見本をみせてやってみることも大切である。その一方で、保育者として幼児との関わり方には正解があるものではないので、実際の関わりのなかで試行錯誤したり、他の先生からの学びを得ることが多い。その考え方は園の共通理念がベースにあるが、日々の保育の振り返りや、他の先生との話し合いの中で情報収集によってもつちかわれているという。
保育者 D
保育者Dは幼児が自分の思い通りにならない場面で怒りを表出することが多いと述べている。幼児期は他者にも思いがあるということを学びながらも、まだ他者の気持ちを考えることは難しい時期である。お互いの気持ちをすり合わせることができないため、怒りにつながってしまう。4、3歳と年齢が下がるとトラブルは簡単な内容になるものの、保育所特有の幼児たちの密な関係性のなかで友達とのトラブルが多くなる。怒っていて手が出そうなときはすぐに止めるが、基本は見守る姿勢を取るようにしている。タイミングを見計らって、幼児の間に入る時には相手の気持ちに気がつくような声かけを行う。低年齢の幼児に対してはなるべく話を聞いて状況把握をしたら、気持ちを自分の言葉で伝えられるようになるように代弁から始める。次第に自分たちで解決できるように保育者の介入するタイミングをうかがうようにしている。
その一方で、悲しみを表出する場面は親と離れた時と他者によって自分の思いが阻害された時である。幼児本人だけの問題でも他者との関係のなかで起こった問題でも悲しみを言葉にするように援助している。年齢が上がるにつれて自分の気持ちをより出せるようにするために、まずは自分の気持ちを大人に伝えられるようになる。最終的には友達同士のけんかのなかで自分の気持ちを伝えられるようにサポートしていく。
保育者Dは幼児のトラブルにおいては、幼児が自分の気持ちに折り合いをつけさせることを重視している。相手に謝罪することが大切であるが、トラブルには原因がある。「ごめんね」と「いいよ」のやりとりだけではなく、謝罪する時はその相手の気持ちを深く考えるように促している。「いいよ」という幼児も相手のために我慢していることがあるため、「ごめんね」の言葉だけでなく行動でも示す方法を伝えている。前段階として、乳児はおもちゃの取り合いが多いが気持ちの言葉が出てこない。そのため、単なる「ごめんね」と「いいよ」のやりとりになってしまう。しかし、友達と遊ぶ経験を通してその中身が変わってくる。だからこそ、幼児期の友達とのやりとりを通して気持ちの折り合いを身につける必要が出てくると考えている。
このような幼児への関わり方を保育者Dは実践を通して学んでいる。他の先生の色々な関わり方に影響を受けながら、幼児に関わるタイミングにおいて、待つことも大切だと学んだという。また、困っていることを言えない子の不安そうな表情を見て、自分の子どもの頃の経験と重ねながら関わることもある。このように保育者として幼児たちと関わってきたなかで、やはり人と関わる楽しさを感じるようになってほしいという願いを持っている。この考えは関わってきた幼児からの影響が大きい。特にコミュニケーションが幼児の課題にならないようにするなどに注意しながら、幼児期に人と関わる楽しさを感じることの土台をつくることを大切にしていこうとしている。
保育者 E
保育者Eは、子どもの怒りが表出される場面はコミュニケーションのなかで自分の思いが他者にうまく伝わらない時や自分の思い通りにならない時、自分の言葉で言いたいことを伝えられない時であると述べている。そのような時は幼児を見て状況把握した状態で、幼児の思いに共感して受け止める。そして、具体的な関わり方を言葉で伝えるようにしている。4、5歳になると自分で考えられるように問いかけ、保育者が見守ることによって幼児同士で折り合いをつけるように促している。また、幼児が悲しみを表出する場面は怒りの場面と共通しているが、表情や涙で表される。具体的には自分の思い通りにならない時や嫌なことをされた時、また保護者と離れる時である。個人によって怒りか悲しみかの感じ方が異なるが、怒りの時と同じようにしっかりと幼児を見ておくことが前提である。それに加えて、スキンシップや触れ合いのなかで気持ちを受け止めて寄り添うことを重視している。年齢が低い子ほどスキンシップは大事な関わりであり、年齢が高くなると保育者が気持ちを受け止めてくれるだけですっきりする子もいる。
その一方で、保育者Eは幼児を尊重しすぎてしまう保護者が多いことを気にしている。幼児にとってはやはり家庭が一番である。ただ尊重するだけではなく、保護者が自分の子どもにどのような接し方をしていくのか、それを家庭のなかで子どもと向き合いながら保護者自身の価値観を磨く場所になると良いと考えている。また、子どもが正当な理由のあるいけないことや大切なことを教えてくれる大人がいるなかでの集団生活を通して過ごすことが子どもにとって重要であるとも考えている。そのため、家庭だけはなく、保育者の質や子どもを取り巻く環境が向上することを望んでいる。保育者E自身も、幼児との関わり方については周囲にいる経験豊かな先生から吸収し、研修に参加するなどして働き始めてから現場で身につけた力が大きいという。それに加え、元々人の気持ちをよく考えるタイプで、今までに経験したネガティブな場面が幼児の気持ちを想像する力につながっているのではないかという。園のなかでも他の先生との共通認識はあるが、保育者Eはそれをベースに自分のなかで大切にしたいことを付け加えたイメージをしっかり持ちながら、幼児と関わっている。
4 考察
本研究では、SCAT分析を通して保育者が幼児の感情制御についてどのように向き合っているのかを検討した。保育者5名のインタビュー調査から、いくつかの共通性が見出された。そのなかで、特に注目すべき3点について述べる。
1つ目は、幼児がどのような場面において怒りや悲しみを表し、保育者がどのように関わっているかという点についてである。幼児が怒りと悲しみを表している場面は保育者5名においておおむね共通していた。よく見られる場面としてあげられたのは他者とコミュニケーションをとるなかで、伝え手として自分の言葉でうまく思いを伝えられない時や、受け手として相手から嫌な気持ちになる言葉を言われたり、自分の気持ちを否定される時であった。これは、幼児における感情制御研究で扱われる場面、例えば怒りでは「おもちゃを取られる」、悲しみであったら「子犬がいなくなる」(Cole et al.,2009:Dennis & Kelemen, 2009)とは異なり、幼児の気持ちや思いといった内面にまつわる場面であった。乳児クラスを担当した経験のある保育者Dのストーリーラインから、幼児はおもちゃを取られるといった内容でも「ごめんね」「いいよ」の単純なやりとりだけでは解決しない内面の複雑さが現れてきていると考えられる。また、これらの先行研究で用いられている場面は怒りと悲しみが別々に生じることを前提としていたが、インタビューから怒りも悲しみも同様の場面において生じると考えている保育者が多かった。保育者Aは、「怒りか悲しみか、どちらかの方向にいくイメージである。」と述べており、同じ場面においても幼児がどのように感じるかは個人差があるといった可能性が示唆された。
また、怒りや悲しみの感情の違いによらず、関わり方についても基本的に一致していた。どの保育者も最終的には幼児が自分の気持ちを言葉で伝えられるようになることを目標に関わっているようであった。そのために、まずは見守る姿勢を大切にしながら、幼児同士のやりとりなどをしっかりと見て状況を把握する。見ていない場合でも必ず本人や周りの幼児から状況について聞き取りをするというように、全体を把握しながら対応するいった点は集団を率いる保育者ならではの関わり方であると考えられる。また、幼児同士のトラブルにおいて、保護者の場合は自分の子どものみに働きかけるが、保育者はトラブルに関わっていた幼児たち、複数人に対してそれぞれに応じた働きかけをする必要がある。立場が異なるそれぞれの幼児に共感をしながらその感情を代弁し、自分の感情を制御する方法や解決策を一緒に考えるなど、さらなる発達を見据えた働きかけをしている。その際、幼児に自分と相手のなかには互いに異なる感情があることに気がつかせるような関わりもしている。これは、幼児期特有の自己中心性から脱却し、他者への思いやりを育むことにつながることを意識しているようである。幼児期においては、小学校での生活を見越して自律的に感情を制御して幼児同士で解決できるようになることは重要である。田中(2013)でも保育者の突き放し行動は幼児が自ら感情を変化させて行動できるためとあったが、保育者の見守るといった行為もそこから生じていると考える。
しかし、見守るうえでは保育者が介入するタイミングが重要になってくる。介入のタイミングは年齢によって異なるというよりも、言語発達に伴って関わり方を変える際に影響すると考えられる。低年齢児ではどうしても自分の言葉で表現することが難しく、言葉よりも先に手が出てしまうことがある。その時には見守ることを差し置いて、すぐに介入するという。また、言葉で伝えることができず、硬直している状況においては幼児の感情を保育者が推測したうえで代弁したり、選択肢を用意してどのような感情なのかを選ばせたりもしている。そこから、4歳、5歳と年齢が上がり、自分の感情を伝え合うことができるようになると、徐々に介入の必要がなくなっていく。保育者も幼児同士で解決させたいため、どうしても解決しきれないという段階になってから間に入るようにしている。これは、森田(2004)で述べられていた保育者が幼児の発達に応じて関わり方を変えているという見解とも一致する。ただし、年齢が上がれば自然と自分たちで解決できるようになる力が身につくわけではない。堀越(2007)では、ネガティブな感情を経験した時に、その気持ちを自分で伝えられるように相手と話し合う機会を積極的に設け、相手に自分の気持ちを伝える大切さや、より適切な気感情の表し方を繰り返し伝えていく必要があり、さらにその感情をどのように調整していくかを見届け、その後の様子に目配りすることは保育者の大切な役目であると述べている。ここからも、低年齢のうちから保育者が援助することによって積み重ねた経験が幼児の自律的な感情制御を育むことにつながると考えられる。
2つ目は、幼児と保育者の信頼関係についてである。保育者Cは、「幼児が保育者に怒りや悲しみといった感情を表すことができる相手になる必要がある。」と述べていた。つまり、感情を表している場面に対応する前に、まず保育者が幼児にとって園のなかで頼れる大人であるという信頼関係をつくっておく必要性がある。また、信頼関係という点においては、悲しみを表す場面において特有の関わりを述べていた保育者がいた。親と離れることや家庭環境などの場合にも基本的な関わり方は変わらないが、特にスキンシップが効果的であると感じているようであった。塚崎・無藤(2004)でも保育者が慰めたり褒めたりする時に親和的なスキンシップを伴う行為を繰り返していると、幼児はそのスキンシップに親和的な意味合いを感じ取るようになるという効果を述べている。幼児にとって保育者とのスキンシップは感情を制御する以上に、お互いの信頼関係を確認し、安心できるための方法なのかもしれない。その一方で、参加者のなかで一番保育者歴の長い保育者Cは「共感することによって怒りの気持ちを残さないように注意している。これは、理解してもらえなかったという小さなわだかまりが幼児と保育者との信頼関係を壊すきっかけとなるためである。」と述べている。保育者が幼児との関係性をきずき、維持していくうえで、保育者が思っている以上に、幼児は自分の感情を保育者にわかってもらえたと実感することに重きを置いているのかもしれない。
しかし、幼児によっては、保育者に対してなかなか感情を表すことができない子もいる。インタビューから、その理由は悲しいことや泣くことを恥ずかしいと感じていたり、低年齢児がしたことはしょうがないだから我慢するなどであった。感情を制御することが幼児期の重要な課題であることは言うまでもないが、それと同時に今回の保育者のインタビューからきちんと自分の感情を言葉で伝えられるようになるということも大切であると明確に述べられた。自分で伝えられるようになることで、幼稚園や保育園のように保育者といった身近な大人が常にいるような状態ではない小学校での生活においても子ども同士で解決できるようになると考えられる。また、文部科学省(2021)の調査では「先生」といった身近な大人である教師が小学生の不登校となる要因として大きな割合を占めているとされる。保育者と小学校教師では役割は違えども、何か困った時に子どもが自ら発信して身近な大人を頼れるようになるためには、幼児期のうちから他者との信頼関係をきずき、適切に感情を表すことができるように支えていくことが求められるだろう。
3つ目は、保育者が幼児との関わりをどこで学んだかといった点である。どの保育者も共通して働き始めてから、実際に幼児と関わるなかで学んだ経験が役立っていると述べていた。また、関わり方で困った時には他の保育者に相談したり、他の保育者が幼児と関わっている様子を観察して、実際に自分でもやってみながら試行錯誤をしていると話していた。この保育者のインタビューから出てきた幼児の感情制御に対する関わり方は、順序性が明らかでないものの、Gottaman(1997)のemotional coachingとおおむね共通していた。しかし、保育者らはこの方法を知っていたわけではなく、実践を通して会得していることが読み取れた。すでに保育現場にいる保育者であれば実践を通して深く学ぶことが可能であるが、保育者を目指す学生が実習といった限られた時間のなかで、自分なりの関わり方にたどり着くのは難しい。それならば、幼児が感情を表している場面に対応するためにはGottaman(1997)のemotional coachingのような方法があることを事前に知識として理解しておき、実際の状況に合わせて試行錯誤することによって、実習の意義もさらに深まるのではないかと考える。また、幼児によっては同様の場面において、怒りを表す子もいれば、悲しみを表す子もいるというように、感情の表し方は個人差が大きいということもこのインタビューから示された。ここからも、保育者において共通する関わり方をベースに、幼児一人ひとりの特性を理解しながら、その子に合った方法を模索する必要性があるであろう。
5 本研究の限界と今後の展望
本研究では、保育者のインタビューから、幼児がネガティブな感情を表している場面ではどのような関わり方をしているのかについて、SCAT分析を用いて検討した。SCAT分析によって保育者がどのように幼児と関わっているかという考えを明らかにできたことは、保育者を目指す学生や若手保育者にとって有益な知見であると考える。しかし、インタビューのなかで保育者が3、4歳児や、4、5歳児といった具体的な年齢について言及した点は、SCAT分析によるストーリーラインには反映することができなかった。幼児期の3歳、4歳、5歳といった年齢の違いは非常に大きな影響を与える。そのため、今後の研究では発達を軸にした質問構成を検討するとともに、すべての学年を担当したことのある保育者を対象とするなど、インタビューの仕方を工夫する必要がある。また、本研究で用いたSCAT分析は質的なデータを分析する手法として、個々のインタビューデータをわかりやすくまとめるためには有効であった。しかし、この結果は保育者5名の考えをまとめたことに留まり、Gottaman(1997)のemotional coachingとの関連性などはみられていない。その点を明らかにするためには量的な分析と併せて検討し、保育者が幼児の感情制御に対してどのように関わることが発達を促すのかといった理論的な背景を固めていく必要がある。さらに、今回は3園5名の保育者にインタビューを行ったが、回答には多くの共通性がみられた。これは、保育者養成課程におけるカリキュラムや、「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」のような共通したガイドラインのもとで保育を行っていることから基本的な考えが一致していることは予想された。その一方で、どの保育者も実際に幼児と関わりながら幼児の感情制御に対する関わり方を身につけており、保育現場のなかでどのように実践力を磨いていくのかについて言語化し、共通性を見出すことができた点には新規性がある。今後は、保育者がこの共通性を幼児の自律的な感情制御を支えるうえで、幼児の感情がどのように育まれていくのかといった発達の知識、感情制御のコーチング法として身につけることが望まれる。知識が加わることによって、保育者としてさらなる実践力の向上につながると考えられる。
謝辞
お忙しいなか、調査にご協力いただいた保育者の皆様には心より感謝申し上げます。
引用文献
ベネッセ次世代研究所(2023)「幼児期から小学校1年生の家庭教育調査 縦断調査 速報版」2024年12月24閲覧https://benesse.jp/berd/up_images/textarea/20160308_katei-chosa_sokuhou.pdf
ベネッセ次世代研究所(2016)「第6回幼児の生活アンケート」Retrieved December 25, 2024, from https://benesse.jp/berd/up_images/research/YOJI_all_P01_65_6.pdf
Cole, P. M., Dennis, T., Smith-Simon, K., & Cohen, L. (2009) Preschoolers’ emotion regulation strategy understanding: Relations with emotion socialization and child self-regulation. Social Development, 18(2), 324–352.
Dennis, T. A., & Kelemen, D. A. (2009) Preschool children’s views on emotion regulation: Functional associations and implications for social-emotional adjustment. International Journal of Behavioral Development, 33(3), 243–252.
Gottman, J. M. (1997). The heart of parenting. New York; Simon & Shuster. 戸田律子(訳)(1998)『0歳から思春期までの教育』 (講談社)
堀越 紀香(2007) 「第5章 感情体験とことば」無藤 隆・高濱 裕子編『事例で学ぶ保育内容 〈領域〉言葉』(pp.86-120). 萌文書林.
久保 ゆかり(2010) 「幼児期における情動調整の発達:変化,個人差,および発達の現場を捉える」『心理学評論』 53, 6-19.
則近 千尋(2022) 「幼児の感情に対する親の対他感情制御方略尺度の作成および信頼性・妥当性の検討」『心理学研究』 93,458-468.
文部科学省(2021). 不登校児童生徒の実態把握に関する調査報告書」2024年12月24閲覧https://www.mext.go.jp/content/20211006-mxt_jidou02-000018318_03.pdf
森野 美央(2012)「乳幼児期における情動調整研究の動向と展望」『比冶山大学現代学部紀要』19, 107-116.
森田 祥子(2004)「乳幼児期の情動調整の発達に関する研究の概観と展望:保育の場を視野に入れた情動調整の発達の理解を目指して」『東京大学大学院教育学研究科紀要』44,181-189.
大谷 尚(2008)「4ステップコーディングによる質的データ分析手法 SCATの提案 –着手しやすく小規模データにも適用可能な理論家の手続き–」『名古屋大学大学院教育発達科学研究科紀要』54,27-44.
大谷 尚(2011) 「SCAT: Steps for Coding and Theorization –明示的手続きで着手しやすく小規模データに適用可能な質的データ分析手法–」『日本感性工学会論文誌』10,155-160.
田中 あかり(2009) 「母親の情動表現スタイルが幼児の気質に及ぼす影響」『発達心理学研究』20,362-372.
田中 あかり(2013) 「幼児の自律的な情動の調整を助ける幼稚園教師の行動:幼稚園3歳児学年のつまずき場面に注目して」『発達心理学研究』24, 42-54.
友定 啓子(2009)トラブル場面へのかかわりにみる保育者の専門性」『研究論叢,芸術・体育・教育・心理』59,239-251.
塚崎 京子・無藤 隆(2004)「保育者の子どものスキンシップと両者の人間関係との関連–3歳児クラスの観察から–」『保育学研究』42, 42-50.
付録 保育者AのSCAT分析表(一部抜粋)