2025 Volume 24 Issue 2 Pages 13-29
学習者の意識変容を促す言語意識アプローチ
―メタ言語意識の形成と自己肯定感の向上―
寺村 優里(京都大学)
近年のSNSの発達や国内におけるさまざまな言語的背景をもつ子どもの増加によって、以前にも増して、子どもたちには多様な言語に触れる機会がある。文部科学省による「令和5年度 日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査結果について」では、「日本語指導が必要な児童生徒数」は日本国籍、外国籍ともに増加傾向にあることが示された(文科省,2024)。この結果は、地域差はみられるものの、日本全体として、言語的背景の異なる級友とともに学ぶ機会が一般的になりつつあることを示唆している。
また、SNSを通じて、子どもは日本語や英語以外の言語による曲を耳にしたり、オンラインゲームを通じて世界各国の人と共にゲームをしたりと、受動的もしくは能動的に複数の言語に接触する機会がある。Li(2024)は、言語学習における双方向型のアプリやソフトウェアの導入が学習者の学習意欲を高め、語彙の獲得を促進することを報告している。さらに、言語的、文化的背景の異なる学習者がオンラインコミュニケーションの場にて交流することで、特定の言語運用能力や問題解決能力にとどまらず、他文化に対する共感や認知を高めることを指摘している(Li,2004)。
このような多様な言語に触れる機会の増加は、学習者にとって、母語や外国語を含む、言語を相対的に捉える能力(メタ言語意識)の形成にもつながると考えられる。Harris(1990)は、他言語への接触が外国語に関する資質・能力を向上させるにとどまらず、母語に関する資質・能力の向上にも資する契機となりうると主張している。同様の点について、文部科学省(2016)も「外国語の学習を通じて、日本語の使用だけでは気付くことが難しい言葉の働きや仕組みへの気付きを促すことにより、日本語についての資質・能力を向上させることができる」(p.13)と述べている。複数の言語を相対的に捉える機会が提供されれば、外国語および母語の「汎用的能力に関する側面(推論能力、談話的能力、一般的な世界に関する知識、メタ認知能力など)」(p.14)を向上させる相乗効果が見込まれる。加えて、「それぞれの言語の特徴を相対的に捉えることによって、言葉とは何か、言葉が人々の生活の中でどのように働いているかなど、言葉そのものへの意識(メタ言語意識)が呼び起こされる機会が増える」(文部科学省, 2016,p.14)。
本稿では、そのような多様な言語との関わりを踏まえて、20世紀後半に英国1で提唱された「言語意識アプローチ」に注目する。このアプローチは言語意識運動という教育運動の中で提示された。この運動は、英語教育と外国語教育の垣根を取り払い、言語学的視座より「言語とは何か」を考える機会を提供することを目的としていた(Hawkins,1984)。その後、この運動を基盤とする「言語意識アプローチ」は、フランスをはじめとするヨーロッパ諸国へと伝播し、日本でも実践されている(吉村ほか,2021;秦,2014など)。
しかし、日本における言語意識アプローチの実践は未だ限定的であり、その研究の数からみても、その教育的意義について十分な研究がなされているとは言えない。文部科学省が言語意識の重要性を認識していることを踏まえると、このアプローチが日本の教育現場において、母語および外国語の資質・能力の向上にどのように寄与するかを検討する必要がある。
そこで本研究では、「言語意識アプローチ」に基づいたワークショップ(以下、WS)を少人数の学習者を対象に実施し、その経験による、学習者の言語学習における意識変容を探ることで、このアプローチの教育的意義を明らかにすることを目的とする。
言語意識アプローチは、1970年代の英国において教師や学者らが主導して編み出してきたものである。当時の英国の調査では、学校教育が家庭環境による格差を拡大し、労働者階級や移民の子どもが学校教育についていくことができずに退学している状況が明らかになった(Bullock,1975)。これを受け、1988年に英国初のナショナルカリキュラムの制定に向け、言語学者ホーキンスをはじめ、さまざまな学者、教師らが領域横断型の教科「言語」をいれるべく奮闘した。教育省からの助成金を得て、地方行政、大学、教師などの協力により運動は推進されたが、教科「言語」の実現には至らなかった(Hawkins,1996)。その後、この運動の中心的人物かつ欧州評議会の委員でもあったトリムを中心に、言語意識運動の影響はフランスなどヨーロッパ諸国へと広がった。そしてその影響は「外国語の学習・教授・評価のためのヨーロッパ言語共通参照枠(CEFR)」(2001)を経て、日本にも影響を与えた(福田,2007)。
ホーキンスらは1983年よりトピックブックを発表しており、各本のタイトルは資料1に示した通りである。これらは10歳から14歳向けの外国語学習の準備段階のもの、つまり言語学習のすべてを網羅できるものではなく、学習のきっかけとして、言語を相対化する機会を与えるものと想定されている。かつ、それぞれの子どもの経験から、各自が議論に参加できるように意図されている。
資料1「トピックブック『Awareness of Language』タイトル」(筆者作成)
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例えば、ホーキンスが執筆を担当した②『話しことばと書きことば』では、話しことばと書きことばの類似点や相違点を考えることや書きことばのルーツを探ることにより、それぞれについて思考を深めることを目指している。「なぜ読み書きをするのか」という項目では、初めに資料2を見せ、子どもに読めるかどうかをたずね、次に読み書きの歴史について振り返る。古代のエジプトでは文字が読める人は限られており、そのような人を神の使者として崇めていたのに対して、古代のギリシャでは文字を読める人が多く、何らかの政治的決定をする上で読み書きが鍵となり、民主主義が誕生したことを取り上げる。
他にも表意文字である中国語において、母と子を示す象形文字から、現代になると簡略化した表記になることを取り上げている(資料3)。表音文字である英語を母語とする子どもが対象であれば、表意文字の習得が目的ではなく、英語の表記と比較し、内省し、言語表記の体系性により自覚的になることが目指されている。このような活動では教室内に少数言語話者がいる場合、それぞれの言語話者が議論を主導できることに加え、母語が異なる学習者がいる教室環境であれば、それぞれの母語の経験が活かされる。移民の子どもが教室活動に参加するきっかけとなると同時に、すべての子どもにとって言語意識を発達させる契機ともなることが言語意識アプローチの教育的意義のひとつであると主張されている。
前節で取り上げた日本の文部科学省が述べる「メタ言語意識」では、母語と外国語の言語的特徴に自覚的になり、それがひいては両言語の資質や能力の向上へとつながることが論じられている。岩坂(2024)では日本の学習指導要領で取り上げられている「メタ言語意識」はこのイギリスにて生まれた概念が、ヨーロッパに伝播し、日本でも参照されたのではないかと述べられている。確かに、国内でも数は未だ少ないものの、言語意識に関する提案や報告がなされてきた。例えば、吉村ほか(2021)、岩坂ほか(2013)、Oyama & Pearce(2019)、秦(2014)、福田(2007)、小柳(2022)など、言語意識に関わる複数の論考、報告がみられる。これまでの実践で取り組まれている活動のひとつ「月の名前」では,様々な言語での月の言い方(1月〜12月)を題材にし、カタカナで表記されたカードをそれぞれ分類する活動を行い、そして空欄に当てはまる月の言い方を類推する穴埋めクイズを行っている(岩坂ほか,2013;秦,2014)。短期的な実践にとどまらず、カリキュラム設計にまで至ったという報告もある。言語意識に関する実践をかねてより牽引してきた吉村と教育委員会は協働でカリキュラムを設計し、「世界の言語」という授業を実施している(Yoshimura & Takano,2024)。この「世界の言語」のオリエンテーションでは、アイヌ語や日本手話、与那国語などに加え、英語やドイツ語、スペイン語、広東語などさまざまな言語を取り上げ、「言語」や「方言」について社会言語学的に考察する機会となっている。ここでは、学習者が言語に関して明示的知識を持ち、次のフランス語や朝鮮・韓国語、ドイツ語、スペイン語、中国語の学習への準備となるよう意図されている(吉村ほか,2021)。
以上の先行研究における課題として、質的研究が十分になされていないことがあげられる。言語意識の理論研究に関するもの(福田,1997;福田,2007;小栁,2022など)を除き、生徒を対象にインタビューを行ったものはYoshimura & Takano(2024)のみである。Yoshimura & Takano(2024)では、「世界の言語」の授業を3年間受けた高校生にインタビューを行い、生徒の進路選択に影響を大きく与えたことが報告されている。質的研究には、人々が出来事についてどのように語るか、どう表現するか、そしてどのように世界を見ているかを報告することが含まれる(クレスウェルほか,2022)。言語意識アプローチによる授業をもとに、生徒がその経験をどのように語るかを分析することで、生徒の言語についての意識の変化のプロセスをたどることが可能になる。よって本研究では、インタビュー調査を通じて、学習者の意識変容を質的に分析することを試みる。
大阪府にある、筆者がボランティアとして関わっていた学習教室2に通う中高生5名を対象に2024年11月にWSを実践し、インタビューを行なった。学習教室のコーディネーターより、関心を持ちそうな中高生に声をかけてもらい、参加者を募集した。参加者の詳細は、表1に示す。関心を持ちそうな生徒に声がかけられたため、全員の言語学習への関心は高いものの、学校の英語学習への苦手意識には差がある。参加者は言語意識アプローチに関する1時間のWSに参加し、12月にZoomにて1対1のインタビューをうけた。
表1 参加者の言語的背景および学年
対象 | 母語 | 学年 | 学校の英語学習への苦手意識の有無 |
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A | 日本語 | 中学2年 | 有 |
B | 日本語 | 中学3年 | 有 |
C | 日本語 | 高校1年 | 無 |
D | 中国語 | 高校1年 | 無(日本語学習は有り) |
E | 日本語 | 高校3年 | 無 |
本稿で用いるデータは、2024年11月に行われたWS後の参加者からのインタビューから得られたものである。WSから1ヶ月後に、それぞれに対して、記憶に残っているWSの内容とともに、その理由を尋ねる形で20分程度の半構造化インタビューを行った。インタビューは文字起こしをし、複数回のコーディングを重ねた結果、2つのテーマを抽出することができた。なお、データは文意を損なわない程度に編集を加えている。
WSを始める前に、研究の趣旨、データおよび個人情報の取り扱いについて参加者とその保護者に説明を行い、了承を得た。インタビューに際しても、再度データの取り扱いについて説明をし、録画の了承を得た。調査の内容からみても、倫理的問題はないものと判断された。
この1時間のWSを実施するにあたり、ホーキンスによって提示されたものおよび吉村の実践を参考にしながら、また筆者が以前行った高大連携事業での同様の授業内容に対する当時の生徒の感想を踏まえて、トピックを選定した。
まず、アイスブレイクも兼ねて、参加者に以下3つの問いに答えるようクイズを行なった。
これらの問いは多様な言語の存在を認知するとともに、日常生活における日本語にも英語以外の外国語の借用語がみられることに気づかせる目的のもと作成された。
次に、言語を学ぶ際に人間が主に用いる五感のうち視覚と聴覚に関して、視覚による「読む」行為と聴覚による「聞く」行為では、「読む」ほうが一般的に難しいとされていることを取り上げた。これはホーキンス(1983)に基づいている。そこで参加者は「文字を読むことができる人」が紀元前の社会においてどのように捉えられていたかを予想し、その後に筆者より、古代エジプトとギリシャでは捉え方が異なったことから、読み書きがなぜ重要かを説明した。この活動の目的は、自身の読み書きの経験から、読み書きの意義をより広い歴史的な視点へと広げるとともに、言語を学ぶということを歴史的文脈に位置づけられるようにすることであった。
「読む」ことがどのようなものかを考察した上で、「月の言い方」のワークに取り組んだ。「月の言い方」のワークを行うにあたり、吉村ほか(2021)で紹介されている穴埋めワークを活用した3。ここでは、全く知らない言語でも自身の既に持っている言語能力を応用すれば穴埋めができることを体感することを意図した。ワーク後、スペインとフィリピン、スペインとポルトガルの歴史を説明し、言語の歴史的側面への理解が促進されるよう努めた。
最後に、膠着語・孤立語・屈折語を取り上げた。語順や助詞の有無、語形の変化などを説明することで、母語とする言語によって馴じみのある言語規則とそうでない規則があることを説明した。加えて、言語系統樹(Language Family Tree)を提示することで、日本語母語話者で英語が苦手であったとしても、朝鮮・韓国語やモンゴル語など同じ膠着語族に属する言語は学びやすい可能性があることを補足した。この活動は、学習者自身の特定の言語学習への苦手意識が外国語の学習の可能性を狭めないよう、生徒の外国語学習観を広げるために行った。
分析には、再帰的主題分析(Braun & Clarke,2021)を採用した。最初のインビボコーディングでは、合計74のコードセグメントが生成された。本論は、学習者の意識変容に焦点を当てたため、WSで取り扱った内容の報告や学校や塾での学習内容の報告など、関連性が低いと思われるコードを削除し、複数回のコーディングを重ねた。最終的に43のコードセグメントが「メタ言語意識の形成」および「自己肯定感の向上」の2つのテーマに分類された。
4.1メタ言語意識の形成
メタ言語意識の形成のテーマでは、19のコードが5つの項目に分類された。表2に示した通り、5つの項目は、①言語の類似点/相違点、②言語の文化および歴史とのつながり、③母語への関心の高まり、④多言語への関心の拡大、⑤学校の授業との比較から成る。表2では、複数ある発言のうち、各コードに分類されたデータを代表するもの、また異なる視点を含むものを発言例として取り上げた。
表2 テーマ「メタ言語意識の形成」に関するコードと発言例
項目(コード数) | 発言例 |
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言語の類似点/相違点 (6) |
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言語の文化および歴史とのつながり(5) |
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母語への関心の高まり(3) |
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多言語への関心の拡大(3) |
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学校の授業との比較(2) |
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「言語の類似点/相違点」のコードには、WS内での、「月の言い方」を通して自身が発見した言語的規則に関する発言と、ペアワーク時における気づきに関する発言がみられる。参加者は、日本語や英語など既に知っている言語からだけでなく、ポルトガル語とスペイン語、フィリピノ語などワークシートに並べられている言語の比較、類推を通じて回答していた。馴じみのない言語でも法則を意識することで、新たに言語を学習することができるのを体感している。このような比較や類推を通じて、法則を意識化することは既存の研究で指摘されていることでもあり、本研究でも同様の結果が得られた(岩坂ほか,2013;吉村ほか,2021)。2つ目の発言例は、他の発言とは異なる視点を提示するものである。中国語母語話者である生徒(D)とペアになった生徒(C)は、表にある中国語の表記がカタカナであり、中国語での発音と日本語のカタカナでの発音が異なったために、上手くワークが遂行できなかったと報告している。これは、表内の言語の母語話者とペアワークをしなければ気づくことが難しい点であるとともに、日本語のカタカナでの発音表記についての洞察が深まっていることがうかがえる。
「言語の文化および歴史とのつながり」のコードは、クイズ形式の問いおよび「月の言い方」のワーク後の解説に関連する発言がみられる。スペインとポルトガル、フィリピンの歴史と言語のつながりに関する解説は、より複雑な言語の歴史的側面を意識化させるに至っている。生徒(E)の発言は、国内外における言語の多様性の理解をはかるクイズにて、筆者が言語数の変動を述べたことに関連する。WSの直後に感想を各生徒に尋ねたところ、生徒(E)は、なぜ言語数は増減するかについて自主的に質問してきた。この発言だけでなく、その様子からも、危機言語の存在や言語と文化の関係といった多角的な視点から言語を捉えようとする姿勢が見られる。
「母語への関心の高まり」のコードでは、日本語の使用だけでは気づくことが難しいことばの仕組みへの気づきが促されていることが確認できる。生徒(B)の家庭内では、言語に関して度々話されていたようである。今回のWSを通じて、日本語のなかにも借用語、つまり他の言語から取り入れられ、日常的に使用されるようになった単語があること、またカタカナで表記される借用語は英語だけでないことがわかり、言語に対してより自覚的になったことが述べられている。
「多言語への関心の拡大」のコードでは、生徒の外国語学習観が拡大している様子がうかがえる。全ての発言に共通して、生徒は自身にとってより身近な外国語に関心を示していた。生徒(B)の「自分が知ってる言語に近いやつ」という発言や生徒(E)の「スペイン語と近いポルトガル語もやってみたい」という発言からも、その変化がわかる。特に生徒(B)は学校での英語学習に苦手意識を持っており、インタビューでもたびたび、日本語と英語の言語的距離の遠さを指摘していた。生徒は自身の既知の言語から学びやすい言語の存在をWSを通して再認識するとともに、その言語の学習に関心を抱くようになっているようだ。
「学校の授業との比較」のコードでは、中国語母語話者である生徒(D)がWS内で、学校の授業と比較して、本WSが生活言語4により近い内容であったことを指摘している。これは、ホーキンスが労働者階級や移民の子どもが学校教育についていくことに困難を感じている状況を問題視し、あらゆる学習の基礎となる言語教育の実現を構想していたことと通じる(Hawkins,1984)。学習言語の習得に困難を感じている生徒にとって、自身の経験をもとに議論するように設定された本アプローチは、学校での学習に比べて取り組みやすさを感じたのだと考えられる。
4.2自己肯定感の向上
自己肯定感の向上のテーマでは、24のコードが7つの項目に分類された。
「学びの共有」のコードは、筆者の「学校での授業や日々の生活で気にするようになったことや、誰かにWSで学んだことについて話したりするなど、何か考え方や態度の変化はありますか」という質問に起因して、最も多くのコードが見られた。WS後に筆者から参加者に対して、学びを共有するよう指示を出すことはなかったにも関わらず、全ての参加者に共通して、親をはじめ、友人や学習教室の先生に対して、WS内容を自発的に共有していることがわかる。このことから、参加者の知的好奇心へのWSの影響がうかがえる。生徒(A)は、WS内のクイズ形式にて出題した問いを覚えていて、10人以上にクイズを出し、その後解説したと報告している。
表3 テーマ「自己肯定感の向上」に関するコードと発言例
項目(コード数) | 発言例 |
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学びの共有(6) |
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経験の省察(4) |
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学習内容の応用(4) |
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異文化コミュニケーション(3) |
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学習意欲の向上/拡大(3) |
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テストによる評価の相対化(2) |
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その他(2) |
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本論での自己肯定感は、「現在の自分を自分であると認める感覚」(樋口・松浦,2002)と定義する。表3に示した通り、7つの項目は、①学びの共有、②経験の省察、③学習内容の応用、④異文化コミュニケーション、⑤学習意欲の向上/拡大、⑥テストによる評価、⑦その他から成る。表3では、表2に同じく、各コードに分類されたデータを代表するもの、また異なる視点を含むものを発言例として取り上げた。
「経験の省察」のコードは、多岐にわたるが、一貫してWSを受ける前の経験や考えの省察に関連する。例えば、SNSで見聞きした経験を振り返り、英語の母語話者の日本語学習における困難に共感するものや、「外国語=英語」という単純な理解を超え、多様な言語の存在へとより視野が広がったことがうかがえるものがある。特に、SNSの発達により、さまざまな発信者を目にすることが可能となった現代社会において、言語意識アプローチを通じて多様な言語の存在に気づき、他者への想像力を働かせることが以前に比べて容易となっている可能性が考えられる。
「学習内容の応用」のコードは、WSで獲得した知識や技術の応用に関するものである。生徒(B)の発言からは、学校の国語の授業において、中国語の詩が扱われた際に自身の日本語の知識に基づき、比較・類推を行おうとする姿勢が見受けられる。また生徒(E)からは、WSを受けて抱いた疑問を自ら調べ、考えるという積極的な姿勢が報告されている。
「異文化コミュニケーション」のコードは、今回の参加者の中に中国母語話者の生徒がいたことに起因する。WS全体として記憶に残っていることを質問した際に、生徒(C)は何よりもまず、母語が異なる人とのペアワークの難しさをあげた。「月の言い方」で生徒(D)とペアになった生徒(C)は、「クラスにアメリカからの留学生が1人いるんですけど、あんまり喋らなくて」と自身の経験を振り返り、今回のWSで初めて母語が異なるもの同士で共同作業を行なったという。しかしながら、異文化コミュニケーションを否定的に捉えるのではなく、その難しさを感じつつも、そのような経験を肯定的に受け止める姿勢をみせている点は特筆すべきであろう。他方、ペアとなった生徒(D)は、普段の授業では日本人との会話に困難を感じているが、今回のWSでの生徒(C)との共同作業は全面的に肯定している。
「学習意欲の向上/拡大」のコードは、「外国語=英語」という考えから脱し、自身の外国語学習観を見直すことで、外国語学習への意欲が示されているものに関連する。最初の例が示すように、普段の英語学習に苦手意識を持っている生徒にとっては、本WSが外国語学習の可能性を広げるきっかけとなった。
「テストによる評価の相対化」のコードは、テストによる評価では測りきることができない自身の言語能力に関する発言を示している。これより、学校での言語学習やテスト結果を絶対視しないきっかけを得たことが自己肯定感の向上につながっていることがわかる。
「その他」のコードは、WS全体を通じて多言語を併記したことに起因するWSの全体的な感想である。生徒(D)は、「外国語の授業だから、外国語だけだと思った。中国語もあってとても良かった」と述べた。WSでは、生徒(D)が中国語の表記を見ると、それを声に出して読み上げる様子も見られていたため、多言語を併記することが非日本語母語話者である生徒に対して肯定的な影響を与えていることも明らかになった。
言語意識アプローチを用いたWSは、「メタ言語意識の形成」と「自己肯定感の向上」の2つの側面において、学習者の、言語に対しての意識および自己に関する意識の変容を促すことが確認された。本節では、前節で提示した各コードの関連性および行動変容について考察する。
WSを通じて、学習者はまず言語間の類似点や相違点を認識した。その際に、母語や外国語に関する知識や経験から比較、類推を行っていた。例えば、「月の言い方」のワークでは、日本語の規則を活用して中国語や朝鮮・韓国語の規則性を、英語の規則からポルトガル語の規則性を推測し、さらにポルトガル語とフィリピノ語、スペイン語の3カ国語を比較して規則性を発見した。ワーク後の解説を経て、ポルトガル語とフィリピノ語、スペイン語が似ている理由を歴史的、地理的視点から理解し、言語が文化や歴史と密接に結びついていることを意識するようになった。加えて、借用語や国内外の言語数に関するクイズを通し、言語数の変化と歴史を意識化したようだ。このような活動は、Hawkins(1984)が主張する言語を相対化する機会を学習者に与え、言語を単なる学習対象としてではなく、文化的・歴史的な文脈で捉える考え方を学んだのだと考えられる。
さらに、学習者が「外国語=英語」という単一的な認識や日本語を固定的に捉えることを超え、言語の多様性に目を向けるようになったことは特筆すべき点である。参加者は総じて、既知の概念に対する新たな視点の獲得に興味を示していた。例えば「マッチョ」はカタカナで表記されるが、英語ではなくスペイン語に由来するということから、その後もカタカナ表記のことばに関心を持つようになったことがあげられる。言語を固定的に捉える態度から柔軟な理解への移行は、メタ言語意識を形成するうえで非常に重要な要素である。
これらの一連の気づきは、ひいては母語および多言語への関心を高めるきっかけとなっている。これは文部科学省が指摘していた、母語と外国語の言語的特徴に自覚的になり、ひいては両言語の資質や能力の向上へとつながる点と重なる。
また、インタビューでは生徒がWS後も引き続き関心を持ち続けている様子が、「学びの共有」(4.2)や「学習内容の応用」(4.2)からみてとれた。成功体験や新たな知識の獲得(「言語の文化および歴史とのつながり」や「言語の類似点/相違点への気づき」)を報告する以外にも、これまでの家庭内での経験の省察や自身の母語が使われたことへの喜びなども他者と共有していた。また、他の参加者とのペアワークで、自身の知識や技術を応用して課題を遂行する経験が、学習者の自己効力感5を高めたといえる。
さらに、WSで得た知識や技術を自律的な学習に活用する姿勢が観察されたことは、自己肯定感が単なる一時的なものではなく、学習者の行動変容につながるものである可能性を示している。
また本研究は、言語意識アプローチが先行研究のような学校教育現場(岩坂ほか,2013;秦,2014;吉村,2015など)にとどまらず、地域の学習活動においても有効であることを示した。地域の学習活動で行う利点は2点ある。まず、学校での学習を相対的に捉える契機となることがあげられる。「学校の授業との比較」(4.1)や「テストによる評価の相対化」(4.2)からもわかるように、テストの点数や授業の理解度によって自身の言語能力を否定的に見ていた学習者が、WSでの成功体験を通じて、肯定的もしくは客観的な見方に移行する様子が観察できた。次に、異文化・異学年など、多様な学習者を組み合わせて、実施できることがあげられる。今回は異学年に関する振り返りは見られなかったが、異文化背景を持つ学習者が自身の経験を基に他者と協働することで、新たな視点を獲得し、言語学習の枠を超えた意識変容が促される点は注目に値する。日本語母語話者にとっては、異文化コミュニケーションの難しさを感じるとともに、なぜ難しいのかを分析するきっかけとなった。他方、非日本語母語話者にとっては、「学校の授業との比較」(4.1)で「わかりやすかった」や「その他」(4.2)で「中国語もあって嬉しかった」とあるように、自身の母語や経験が肯定され、学習言語の習得が促進される重要な要素となった。この点はHawkins(1984)の指摘と重なり、母語が異なる者同士が共に言語について考察することが肯定的な影響をもたらすことを示している。
本研究では、言語意識アプローチを用いたWSが、学習者の「メタ言語意識の形成」と「自己肯定感の向上」の2つの側面、つまり言語および自己における意識の変容に寄与することが明らかとなった。特に、個人内の意識変容を促すほか、行動の変容にまで至った点、非日本語母語話者にとっては学習言語の習得が支援され、日本語母語話者にとって異文化コミュニケーションを意識する契機となった点に、本アプローチの教育的意義がある。
学習者は比較や類推を通じて、言語間の類似点や相違点を認識し、言語が文化や歴史とどのように結びついているかを意識するようになった。また、これらの活動において、母語や外国語の暗示的知識6や過去の経験を明示化し、それを応用する経験をした。その結果、母語および多言語への関心が高まり、「外国語=英語」という単一的な枠組みを超え、言語に対する多様かつ客観的な視点を形成したといえる。
さらに、学習者は自身の知識や技術、経験を活用した成功体験を通じ、過去の経験を省察し、学習意欲を高める契機を得た。特に、親や友人などへの学びの共有は、成功体験を共有し、他者からの経験への承認を得るためだけでなく、新たな知識を獲得した喜びによるものであった。また、WSで得た知識や技術をもとに、自律的な学習を開始した事例も確認されており、このアプローチが学習者の自主性を促進する可能性が示唆された。
本研究の結果は、言語意識アプローチが学校教育現場に限らず、地域での学習活動においても有効であることを示している。このアプローチは、学習者の言語的興味や意欲を引き出すだけでなく、特に言語学習に課題を感じている生徒にとって自己肯定感を育むための有効な手段となる。また、非日本語母語話者にとっては、自身の母語が肯定され、経験を活用する機会となり、学習言語の習得を支援する重要な要素となる可能性が示された。
しかしながら、本研究にはいくつかの課題が残されている。本研究の参加者は、言語学習に対して一定の関心を持つ学習者に限定されていたため、今回の結果を関心の低い学習者を含む教室環境に適用するにはさらなる検討が必要である。また、WSは全て日本語で実施されたため、一定の日本語能力(N3以上)が求められる点で対象者が絞られる可能性がある。さらに、学習者の意識変容の長期的な影響を検証するためには、継続的な調査が求められる。今後、今回の参加者へのさらなる実践研究を重ねるとともに、より広範な学習者層への適用可能性についても検討を進める。
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言語意識アプローチは、イングランドおよびウェールズに始まり、後にスコットランドにも展開している。
この学習教室は主に、小学生の宿題や中学生・高校生の宿題・教科学習・高校受験の個別指導、移民の子どもに対する日本語学習・教科学習を行なっている。
2023年時点で吉村氏本人より個人的に使用許可をいただいている。
日常生活で用いられる言語のこと。対して教科学習などで用いられる言語を「学習言語」という。
自己効力感とは、バンデューラ(1977/1979)によると、「達成をもたらすような一連の行動を計画し実行する能力に対する信念」(p.3)と定義されている。ここでは、言語学習の際に、自分は「できる」のだと自分の可能性を捉えることを指す。
明確に意識できていない知識を指す。