2025 Volume 24 Issue 2 Pages 43-56
日本の大学英語教育における物語リスニング
―大学生の意識調査と大学英語教科書の現状―
伊藤 美樹子(神奈川大学)
1. はじめに
TOEFL iBT Test のScore Data Summary 2023によるとアジア31カ国の中で日本のリスニング平均スコアより低い国はわずか1か国である (Educational Testing Service, 2023) 。大学生自身はリスニングスキルを伸ばしたいと思っているか、そして大学生のリスニングスキルをいかに伸ばすべきかについて議論すべきではないか。試しに大学1年生の英語リスニングのクラス42名に「リスニングスキルを伸ばしたいと思っているか」という質問をしたところ、38名の学生が伸ばしたいと思っていた。「リスニング、リーディング、スピーキング、ライティング、語彙、プレゼンテーションのうち伸ばしたい英語のスキルはどれですか」という質問に関してもリスニングを選ぶ生徒が31名で一番多かった。「英語のリスニングに苦手意識を持っているか」という質問に対しては34名の学生が苦手意識を持っていた。今こそ大学生の効果的なリスニング指導について考える必要があるのではないか。大学生向けのリスニング指導を考える際、まず大学生向けの英語教科書を検討しておくことが必要であろう。日本の大学生向け英語教科書は実際のコミュニケーションを意識しており、日常的、社会的な題材を扱うことが多く、物語をリスニングの題材とすることは非常に少ないと思われる (Takahashi, 2015) 。それでは、物語を題材としたリスニング指導をした場合、学生はどのように感じるのだろうか。
教育学者フレイルによれば「教育はプログラムの対象としている人たちの実際の状況を考慮」(三砂, 2018, p.184)に入れるべきで、「活動の対象は共に変革すべき『現状』そのものなのであり、人々自体が変革すべき対象なのではない」(三砂, 2018, p.185)。本研究は上述のフレイルの考え方に沿ってまず「プログラムの対象としている人たち」すなわち「授業に参加する学生」のリスニングスキルに関する「実際の状況」を意識調査で「考慮」する。そして「日本の大学で使用されている英語の教科書」を検証して「変革すべき現状」を探る。
我が国の教育制度では、高等教育段階の大学のカリキュラムは、それぞれの大学が自ら掲げる教育理念・目的に基づき、自主的・自律的に編成することとされている(文部科学省, 2007)。大学教育には学習指導要領もなく、検定教科書も存在しないので、各大学においてリスニング指導の「現状」を変えることは可能であろう。
2. 先行研究と背景
第二言語習得における物語リスニング (story listening) の最近の研究は主にMasonとKrashenによってなされていると言えよう (e.g., Krashen & Mason, 2022; Mason & Krashen 2020a, 2020b) 。第二言語習得に最も有効な手段は「適切な言葉のインプット」、すなわち理解できる、面白い大量のインプットをすることであり、それはつまり「物語リスニング」と「自主的に選んだ多読」であるという。物語リスニングは楽しんで読むためのいわば最初のきっかけのようなもので、両者のゴールは学生が楽しんで読む習慣をつけ、言語教育が終わったあとも一生自分で言語を習得していけるようにするものだという (Krashen & Mason, 2022) 。言語習得は無意識に行われるもので、習得が起こっているときは気づいておらず、聴いたり読んだりしたものを理解するときに言語習得ができるという。Krashen と Masonは「適切な言葉のインプット」について詳しく述べており、聴き手や読者がそのインプットが第二言語であることを忘れるほど面白いこと、筋がしっかりしており、読者のレベルより少し上のレベルのインプットであることが必要であると述べている。物語リスニングは初心者レベルのクラスで使われる傾向があり、もともと日本における外国語としての英語習得のために、現在では世界中の様々な言語習得に使われている (Krashen & Mason, 2022)。彼らは多読と物語リスニングによる語彙習得の研究もしており、語彙リストからの習得より物語リスニングで習得した方が語彙は定着しやすいこと、多読と物語リスニングの組み合わせが文法と語彙説明から成る従来の教育方法より時間的にも効率的な語彙習得方法だということを検証している。彼らは語彙理解を助けるための絵やわかりやすい言い換えなどを板書することにより聴き手に理解しやすいようにする方法Comprehension-Aiding Supplementation (CAS) についても考案している。CASを利用してたくさんの物語を学生に語ると頻繁に使われる単語もそうでない単語も自然と含まれているので言語習得には効果的であることを実証している(Mason, 2013; Krashen & Mason, 2020a, 2020b; Mason et al., 2020) 。ただし、MasonやKrashenらの物語リスニングは、教師が語り手となって生徒に直接物語を語るものであり、今回の研究のように音声をCDやMP3などで流すものではない。
またBrown (2007) は段階別読みものGraded Readers(物語だけでなく、ノンフィク ションの読みものを含む)の音声を大学生が自主的に聴いた研究をしている。その最初の研究において西東京にある大学の58名の学生の意識調査をしており、56%の学生がそのリスニング活動を「役に立つ」または「楽しい」と回答し、38%の学生が「難しい」と回答している。Brown (2007) は2番目の研究で「リーディングのみ」「リスニングしながらのリーディング」「リスニングのみ」の3つの活動に対する学生の意識調査をしており、58%の学生が「リスニングをしながらのリーディング」の活動を最も好み、「リスニングのみ」を最も好んだ学生はわずか1人、2%であった。
現在の日本において、初等教育の英語の授業で物語リスニングを利用することはある (Rausch, 2009) としても、大学生向けの教科書を見る限り、高等教育で物語をリスニング教材に利用することは数少ないと思われる。世界的な流れで見れば、外国語教育の中で中心的な位置にあった物語を含む文学教材がコミュニケーション能力を育成する教授法Communicative Language Teaching (CLT) によって周辺部に追いやられ、近年では文学の言語的側面への関心が高まっているとはいえ、1990年代中頃以降は再度、関心が薄くなっている(西原, 2014)。日本における初等中等英語教育においても、1989年に中学校、高等学校の学習指導要領英語科の学習目標に「コミュニケーション」という言葉が入り、1998年には「実践的なコミュニケーション」という言葉が加わったころから、中学、高等学校の英語の授業において文学を扱うことがなくなってきた (Takahashi, 2015) 。2018年に文部科学省から告知された現行の高等学校の学習指導要領を実際に調べてみると、外国語科の目標は「情報や考えなどを的確に理解したり適切に表現したり伝え合ったりするコミュニケーションを図る資質・能力を育成すること」(p.12) と明記してある。英語コミュニケーションI, II, IIIの「聴くこと」に関しては「文学」や「物語」の記載はない。実際、高等学校の検定教科書を見る限り、物語を題材とするリスニング指導はほぼ行われていないと考えられる。
そのような教育を受けてきた日本の大学生向けに、文学の一形態である物語を題材にリスニング活動をした場合、学生はどのように感じるのだろうか。「物語リスニング」にしぼった大学生の意識調査や大学生向け英語教科書の調査に焦点をあてた先行研究はないように見られる (Eric 0件, CiNii 0件)。今回実施する調査は以下の2つのResearch Questions (RQs) により導くこととする。
RQ1. 日本の大学生向け英語授業において物語を題材としたリスニング活動をした場合、学生はどのように感じるか。
RQ2. 日本でよく使用されている大学生向け英語教科書に、物語を題材とするリスニング活動は掲載されているか。
3. 調査方法
3.1 物語を題材としたリスニング活動における学生の意識調査
私立総合大学の1年生必修クラス英語コミュニケーション (Listening) Iの授業(週1回100分授業)で調査を行った。工学部25名、経済学部25名の合計2クラスを対象に授業の始めの20分程度を帯活動として物語を題材とするリスニング活動に充てた。
まず学期の始めにディズニーのアラジン(以下Aladdin)(Pearson Education Limited 出版Penguin Kids Level 5, re-told by Joselyn Potter)を使用する理由として「この作品の元になった千夜一夜物語(作者不詳)が口承文学であったこと、王女の次の話を聴きたいために王が王女を殺さず、話を聴き続けたこと」を簡単に伝える。次に物語スキーマの考え方を簡単に紹介し、筋を予測しながら物語を聴き取るように伝える。10回連続の授業の最初にそれぞれAladdinの物語の音声1を聞かせ、連続10回の帯活動で物語を終わる形にする。音声を聴いたあと毎回内容理解に関する質問(4択10問、筆者作成、以下Q&A) を解く。このQ&A はリスニング小テストとして成績の一部になると伝える。帯活動の詳細は以下の通りである; ①1週間たつと前回の筋を忘れてしまうため、音声を流す前に前回の内容を挿し絵で見せる。②前回のQ&Aをペアで読み合い、前回の話の筋を確認する。③その週に聴く話の背景や登場人物、10問の設問文を確認する。また難しい語彙や構文の簡単な説明をしてから音声を2回流し、各自その週のQ&Aに取り組む。
前期の終わりにこの活動に対する学生の意識を調べるためにGoogle Formsを使ってアンケート調査(6件法を使った30の設問と自由記述)を行った。工学部24名、経済学部23名、合計47名(男子45名、女子2名)がアンケート調査に協力した。どちらのクラスも学生のレベルは外国語の学習・教授・評価のためのヨーロッパ言語共通参照枠Common European Framework of Reference for Languages (以下CEFR)のA1からA2レベルぐらいであった。また何人かの学生が口頭でコメントもした。
3.2 大学生向け英語教科書の現状調査-物語を題材としたリスニング教材はあるのか。
日本の大学でよく使用されている英語教科書の現状を調べるために、大学英語教科書協会(1972年設立)に属する国内大手4社(表1)と洋書を扱う大手2社(表2)の販売部数が多い教科書の内容を分析した。リスニングスキルを伸ばすための教科書といってもリスニング教材と総合教材(リスニング、スピーキングの2技能、リスニング、スピーキング、リーディングまたは批判的思考の3技能、リスニング、スピーキング、リーディング、ライティングの4技能を伸ばす教材)の両方があり、総合教材を使用する場合もよくあるので両方の教材種類に関して回答してもらった。分析した教科書は以下の通りである。
表1 日本の大手出版社による大学生向け英語教科書
出版社 教材 |
朝日出版社 | 南雲堂 | 成美堂 | 金星堂 |
---|---|---|---|---|
リスニング教材 | ・大学生のためのCNNニュースリスニング:SDGs編(2023) | ・写真で見るイギリスリスニングの旅(2012) | ・Complete Communication Book 1-Basic-(2022) | ・Listening Steps (2017) |
・CNN:ビデオで見る世界のニュース(25) (2024) | ・英語耳を鍛えるリスニングドリル(2023) | ・CBS News Break 6(2023) | ・Rhythm Pattern Listening(2023) | |
・音のルールから学ぶ大学生のリスニングドリル-資格試験対応(2023) | ・「パターン」で学ぶ英語コミュニケーション2(2017) | ・Global Issues-An Introduction to Discussion Skills- (2021) | ・English Sound Box (2014) | |
・大学生の「リスニングエレメント」(2014) | ||||
総合教材 | ・CNN10 Student News Vol.12 (2024) | ・リーディングパス2(2015) | ・Live Escalate Book 1(2021), 2(2022) | ・AMBITIONS Intermediate (2018) |
・ようこそ!ニッポンへ改訂版(2023) | ・英語総合インディケーター<中級>(2017) | ・Let’s Read Aloud & Learn English: Going Abroad (2021) | ・AMBITIONS Intermediate (2018) | |
・さあ行こうLondon!(2024) | ・身近な不思議を英語で学ぶ<準中級>(2022) | ・New Connection Book1 (2018) | ・AMBITIONS Elementary (2018) Beginner (2021) |
筆者作成
次に洋書教科書を扱う大手2社Oxford University Press JapanとNational Geographic Learningというシリーズ名で洋書販売を行っているセンゲージラーニングから出版されているリスニング教材と総合教材を入手し検討した。
表2 洋書を扱う大手2社が扱う大学生向け洋書英語教科書
出版社 教材 |
Oxford University Press | センゲージラーニング(National Geographic Learning) |
---|---|---|
リスニング教材 |
・Tactics for Listening Basic(2011) Developing (2011) Expanding (2011) |
・Hear Me Out Book 1(2017), 2(2017) ・Hear Here!(2024) ・English Echo(2023) |
総合教材 | ・Skills for Success Listening and Speaking 1(2020), 2(2020), 3(2019) |
・Pathways: Listening, Speaking, and Critical Thinking, Third Edition Foundations (2023), Level 1(2023) ・Reflect: Listening & Speaking Level 1(2024), 2(2024), 3(2024), 4(2022) ・Take It Easy! Second Edition (2021) ・Time Zones, Third Edition Book 2(2023), 3(2023), 4(2024) ・World English, Third /Spark Edition Intro(2023), Level 1(2023), 2(2023), 3(2023) ・Keynote (American English) Level 1(2021), 2(2017), 3(2023) |
筆者作成
4. 結果と分析
4.1 学生の意識調査の結果と分析
アンケートは6件法で調査したので、「とてもそう思う」「そう思う」「少しそう思う」を肯定的意見と考え、その3つを足して75%以上になった設問文を主に表にまとめた。表の最後にはアンケートに書かれた自由記述と口頭のコメントも記載する。
まず「学生はAladdinのリスニング活動をどのように思っているか」「どのような聴き方をしているのか」に関する質問項目を選び表3にまとめる。
表3 物語リスニングとリスニングスキルに対する学生の意識
設問文 | とてもそう思う | そう思う | 少しそう思う | あまりそう思わない | そう思わない | 全くそう思わない |
---|---|---|---|---|---|---|
1. Aladdinの話を英語で聴く活動を楽しめた | 36.2% | 31.9% | 23.4% | 0% | 4.3% | 4.3% |
2. AladdinはDisneyの話なのでこの活動を楽しめた | 36.2% | 34.0% | 12.8% | 8.5% | 4.3% | 4.3% |
3. Aladdinの話を英語で聴くことでリスニング力が伸びた | 25.5% | 38.3% | 29.8% | 4.3% | 2.1% | 0% |
4. 10回のリスニングを通して、 英語を聴くことへの抵抗が少なくなった |
14.9% | 40.4% | 31.9% | 8.5% | 2.1% | 2.1% |
5. 10回のリスニングを通して、英語を読む力が伸びた | 19.1% | 34.0% | 27.7% | 17.0% | 2.1% | 0% |
6. 10回のリスニングを通して、動詞の過去形など英語の語彙が定着した | 12.8% | 34.0% | 31.9% | 19.1% | 2.1% | 0% |
7. 前回までのあらすじを思い出すためにペアワークで前回のQ&Aを読み合う活動は役に立った | 23.4% | 46.8% | 17.0% | 10.6% | 2.1% | 0% |
8. 前回までのあらすじを思い出すために挿し絵をスクリーンで見ることは役に立った | 34.0% | 40.4% | 10.6% | 10.6% | 2.1% | 2.1% |
9. プリントで登場人物が紹介されていたことはリスニングテストの役に立った | 34.0% | 38.3% | 17.0% | 6.4% | 2.1% | 2.1% |
10. プリントで語彙(動詞の過去形、難しい語彙)が紹介されていたことはリスニングテストの役に立った | 44.7% | 38.3% | 14.9% | 0% | 0% | 2.1% |
自由記述
・楽しかった (n=3) ・おもしろかった(n=3) ・Disneyの話はとっつきやすい (n=1) ・リスニングスキルを楽しく向上させることができた (n=1) ・リスニング力は高校のときより確実に上がったといえる (n=1) ・まだまだ知らない単語があるということを再確認できた (n=1) 口頭コメント
・Disneyの話はとっつきやすい。知っている話の方がいい。知っているからわかりやすい (n=1) ・単語などの聴き取りができるようになった (n=1) |
筆者作成
表3からはまず学生がこの物語リスニングを楽しんでいたことがわかる。学生自身が、この帯活動を通して、リスニングスキルが伸びていると感じていることも判明した。「Disneyの物語」という大学生が好きなものを題材として選べば、リスニング活動に抵抗なく入っていけるのだろう。また学生自身がこのリスニング活動によってリーディングスキルも伸びていると感じている様子が窺える。リスニングスキルがリーディングスキルにプラスに転移するので、学習初期段階に、ある程度聴解力を伸ばすことが読解力をつける近道となる(Suzuki,1999) ことを今回の調査は示唆している。さらに、学生は語彙力の定着があったことも感じていることがわかる。物語なので、過去形の動詞などが定着したように感じたのだろう。また、リスニングの仕方としてはトップダウン処理(設問文7~9)、ボトムアップ処理 (設問文10と口頭コメント)の両方を行っていることが示唆されている。
次に深い考察をするために「なぜ物語がリスニングに適しているか」「この活動によって学生の学習意欲はどのように変わったか」に関する項目を表4にまとめてみる。
表4 物語リスニングの意義と学生の学習意欲
設問文 | とてもそう思う | そう思う | 少しそう思う | あまりそう思わない | そう思わない | 全くそう思わない |
---|---|---|---|---|---|---|
1. この活動を始める前に物語スキーマの説明があったので、物語の「起承転結」「主人公の成長」などを考えながらリスニング問題を解いた | 19.1% | 34.0% | 23.4% | 17.0% | 0% | 6.4% |
2. 小さい頃から培った物語スキーマを利用し、ある程度話を予測できるので物語(fiction)が題材のリスニングは取り組みやすい | 14.9% | 40.4% | 31.9% | 8.5% | 2.1% | 2.1% |
3. 題材が物語で、筋を知りたいから一生懸命聴き取ろうとした | 25.5% | 36.2% | 25.5% | 10.6% | 2.1% | 0% |
4. 英語の勉強をしている意識より、筋に興味を持っている瞬間があった | 23.4% | 29.8% | 27.7% | 14.9% | 0% | 4.3% |
5. 物語を数回に分けて聴き取った経験は初めてだ | 36.2% | 27.7% | 14.9% | 8.5% | 8.5% | 4.3% |
6. 物語を文字を見ないで数回に分けて聴き取るような経験を中学・高校の英語の授業で持てればよかった | 42.6% | 25.5% | 19.1% | 6.4% | 0% | 6.4% |
7. 今回のAladdinのリスニング活動が、英語をもっと勉強してみたいと思う動機付けになった | 21.3% | 27.7% | 36.2% | 8.5% | 2.1% | 4.3% |
8. 今回のAladdinのリスニング活動が、自主的に自分のペースで英語のリスニング活動に取り組もうと思う動機づけになった | 14.9% | 34.0% | 34.0% | 8.5% | 4.3% | 4.3% |
9. 成績に入ると言われなければ、この活動に真剣に取り組まなかった | 6.4% | 10.6% | 14.9% | 46.8% | 12.8% | 8.5% |
10.リスニングテストの後に、文字を見て内容を確認した方が効果的だ | 27.7% | 44.7% | 21.3% | 6.4% | 0% | 0% |
自由記述
・入り込みやすい内容で普通のリスニングよりみんなのやる気が出たと思う (n=1) ・Q&Aがあることで、聴き取る意欲も湧いたし、元々知っている内容が含まれるアラジンは関心を持つ題材としていいと思った (n=1) ・全く知らない物語より、ふんわりと知っている内容だったので、取り組みやすかった (n=1) ・物語のリスニングテストだったので、私の今のレベルのリスニング力には、とてもよかったと思う (n=1) ・今回のAladdinのリスニングテストでは、物語の魅力的なストーリー展開を通じて、リスニングスキルを楽しく向上させることができた (n=1) ・英語の勉強意欲向上に役立った (n=1) |
||||||
口頭コメント
・話の筋を聴こうとしてリスニングができた。話の筋を聴き取ろうという気持ちが助けた (n=1) ・物語形式がいい。話の続きや終わりが気になるから参加しやすい。物語なので、「こうなるのかな」と予想できる (n=1) |
筆者作成
なぜ物語をリスニングの題材にするとよいか―その答えがわかるような結果となった。学生たちはすでに持っている物語スキーマを利用して筋を予測して聴くので、リスニング活動に取り組みやすかったのであろう。筋を聴き取ろうとする物語こそリスニングを苦手とする学生には適した題材であると推測できる。また大学だけでなく中学、高校でも物語を数回に分けて聴き取るようなリスニング活動をすべきだと言うことが示唆されている。さらにAladdinのリスニング活動を通して英語学習に対する学生の学習意欲が向上したことがわかる。特に「自主的にリスニングに取り組もう」という生涯学習につながるような項目でも数値が高く出たことは重要であると考える。「成績に入ると言われなければこの活動に真剣に取り組まなかった」という設問文に対し、68.1%の学生が「あまりそう思わない」「そう思わない」「全くそう思わない」にチェックをつけていた。つまり、成績のために真剣に取り組んだのではなく、Aladdinのリスニング活動が学生にとって興味を持つ活動だったのではないだろうか。また今回は文字を見て内容を確認した時としない時があったが、「確認した方がいい」と思う学生の割合が非常に高く、英語学習への意欲が高くなっていることがここでも示唆されている。
4.2 大学生向け英語教科書の分析結果
表1、2に記載されたよく使用されている大学英語教科書54冊を分析したところ、ほぼ全ての教科書は実際のコミュニケーションに役立つような日常的、社会的な題材(自己紹介、キャンパスや海外旅行、道案内、買い物などでの会話、文化、地域、健康、趣味、スポーツ、食物などの話題、環境、貧困、格差問題など)を扱っていた。中身を確認した教科書の中で物語を題材としているものは以下の3冊のみであったが、いずれも今回のAladdin物語リスニングのように物語を実際に聴いてリスニングスキルを伸ばせるものではなかった:
1) 成美堂出版Live Escalate Book 2 Unit 11 StorytellingのリーディングのセクションにThe King and His Wivesの物語の文章と内容理解に関する読解問題5問(3択) が掲載されていた。
2) センゲージラーニング出版English Echo Unit 10 Poetic Justiceの中でPoetic Justiceについての短い会話を聴きとり、内容理解に関する質問2問(3択) 、内容をまとめる穴埋め(8空所)、Retellの形式の穴埋め(9空所)を行うものが掲載されていた。題材としてはFrozen、Harry Potterを因果応報の例として扱っているが、それぞれの物語の簡単な要約を聴くだけで実際に物語を全て聴くわけではないものであった。
3) センゲージラーニング出版Keynote 2 Unit 3 Global StoriesにおいてMadeline Thienという作家のインタビューの動画を見る。彼女が書いた作品の内容の説明動画を聴き、背景、登場人物、筋についての表を埋めるタスク(3空所) が続く。The Lion, the Witch, and the Wardrobeについての会話を聞き穴埋め (3空所) 、 The Alchemistの説明を聞き間違い探しをするタスクもある。これらのタスクは物語の要約を聴くだけで実際に物語全文を聴くタスクではない。Lake Como, Crowfall, The Blue Skyという3冊の本の書評を読み、その本についての背景、登場人物、テーマを埋める読解の練習問題(9空所)もあるが、リスニング問題ではないものであった。
金星堂からはリーディング教材としての文学作品や物語が古くから多く出版されているが、30年以上前に出版されたものばかりという回答であった。また文学作品や短編集の英文を読み上げた音声(カセットテープ)が付属している教材もいくつかあるが、どれもかなり出版が古くリスニング後の内容理解問題もついておらず、帯活動として物語リスニングができる教材はないそうだ。
日本でよく使用されている大学生英語教科書に物語リスニングのための「物語を読んだ音声」とその「内容理解問題」は掲載されていないという現状が見えてきた。Aladdinのリスニング帯活動のように、物語を聴かせて、内容理解問題を解かせるためには、現状では、音声がついたものを教員が自ら探し、内容理解問題を自ら作らなければならないことが判明した。
5. 物語という形式の考察
今回の学生の意識調査と大学生向け英語教科書の調査の結果を踏まえて、「なぜ物語という形式がリスニング活動に適するのか」ということについて様々な学問分野から考察してみたい。文藝評論家の千野 (2017) は「ストーリーは人間の認知の枠組み」(p.56) と論じ、著述家の松岡 (2007) は「言語が物語を生み出し…物語が言語の仕組みを生み出した」(p.63) と論じている。また心理学者の河合 (2003) は「人間は物語が好きである。人間が言語を獲得したときから、おそらく神話が生まれたであろう。それと共に人々が語り合った話は、『昔話』や『伝説』として伝えられてきた」(p.221) と述べている。河合 (2021) は次のようにも言っている。
人間がたましいをもっている、というよりは、「魂」の中に人間が存在しているという方が適切か、と思うこともある。…たましいのことについて他人に伝えるのに「物語る」ことが一番適切なように思う。もちろん、非言語的に、絵画、音楽、踊りなどによっても伝えられる。しかし、言語を用いるときは「物語」がピッタリである。(河合, 2021, p.136)
第二言語習得の専門家も物語の形式について様々な意見を述べている。Ghosn (2002) は児童文学が人間の持つ普遍的な物語の要求を満たすので第一、第二言語習得において児童文学は重要であると述べており、Goh (2002) は文学作品は心を感動させるように作られているので、そのリスニングタクスを通して創造的で批判的思考の発達をもたらすと述べている。「三匹の子豚」英語版を研究している金子 (2012) は「三匹の子豚コーパス」(p.12) で使用頻度の高い語彙や単語連鎖、キーワード性の高い語彙などについて考察し、物語の特徴として「使用されている語句のバラエティ-が少ない」「繰り返しのフレーズが多い」「その物語に特有な動詞と、基本的な動詞が繰り返し使用される」(p.12) などを物語の特徴として挙げており、「物語の語りには理解を助けるさまざまな手立てが仕組まれている」(p.13) とまとめている。金子の考察は物語が初級者の英語リスニングに適することを裏付けている。
今回の学生の意識調査でも物語スキーマを使って内容を予測しながら英語を聴いていたことがわかったが(表4)、言語学者の岡崎 (2006) も外国人年少者の日本語教育に物語を使う理由の一つに物語スキーマをあげている。彼は「物語スキーマ『イントロ-展開-落ち』は第一言語と第二言語の共通深層能力として形成される」(p.38) と述べており、物語の語りの長所として「聴いて形成される読みの能力、物語のパターンに沿って文を書く能力の形成」(p.35) をあげている。大学生の英語の授業でも物語リスニングはリーディング、ライティングスキルの養成につながるのではないだろうか。
様々な分野の専門家が物語について述べていることを考えると物語リスニングを第二言語習得に利用することはむしろ自然なことであると言えよう。
6. 今後の課題と結論、将来の展望
物語リスニングについての今回の学生の意識調査はCEFRのA1からA2ぐらいの学生を対象としたものであった。上級者を対象とすると、また違った結果が出るかもしれない。また一言で物語リスニングといっても短い物語を1回で最初から最後まで聴き取る方法など様々なやり方があるであろう。また、物語リスニング後のタスクとしても内容理解問題を解くだけでなく、物語の出来事の並び替えや自分の言葉で物語を簡単に述べる、感想を言い合うなど、様々なタスクが考えられる。大学生向け英語教科書の調査でも広く使用されている教科書のみを分析しただけで、全ての教科書をあたったわけではない。また学生のリスニングスキルを伸ばしている国々で使用している教科書を調査することも有益だろう。大学生のリスニング指導の現状のとらえ方も教科書の内容を確認する以外にも様々な調査の仕方が考えられる。
今回の学生の意識調査や先行研究、様々な分野の専門家の意見を通して大学生の英語学習に物語リスニングを使うメリットは多々あるという結論を得た。適切な物語を選べば、学生が物語リスニングを十分に楽しみ、リスニングスキルが伸びていることを感じ、英語学習に対する勉強意欲も上がることが確認できた。しかしながら、大学生向け英語教科書に物語リスニングは掲載されていない。教科書になければ、物語リスニングを実践する教員は少ないであろうが、授業の一部で帯活動としてでも物語リスニングができるような大学生向け教材があってしかるべきである。物語リスニングを取り入れた大学英語教科書がたくさん使用されれば、日本の大学生のリスニングスキルは向上するかもしれない。大学生のリスニング指導を取り巻く「現状」を微力ながら変革していけたらと思う。
注
1 www.penguinkidsaudio.com; 2023年8月1日ダウンロード
参考文献
Brown, R. (2007). Extensive listening in English as a foreign language. The Language Teacher, 31 (12), 15-19.
Educational Testing Service (2023). TOEFL iBT test and score data summary. https://www.ets.org/pdfs/toefl/toefl-ibt-test-score-data-summary-2023.pdf
Ghosn, I. K. (2002). Four good reasons to use literature in primary school ELT. ELT Journal 56, 172-79.
Goh, C. (2002). Teaching listening in the language classroom. SEAMEO Regional Language Centre.
Krashen, S. & Mason, B. (2022). Foundations for story-listening: Some basics. Language issues, 1(4), 1-5. http://language-issues.com/wp-content/uploads/2022/04/4-1.pdf
Mason, B. (2013). The efficient use of literature in second language education: Free reading and listening to stories. In J. Bland & C. Lutge (Eds.), Children’s literature in second language education (pp. 25-32). Bloomsbury Publishing.
Mason, B. & Krashen, S. (2020a). Story-listening: A brief introduction. CASTESOL Newsletter, July, 53(7). https://www.catesol.org/v_newsletters/article_158695931.htm
Mason, B. & Krashen, S. (2020b). The promise of “optimal input.” Turkish Online Journal of English Language Teaching (TOJELT), 5(3), 146-155.
Mason, B., Smith, K., & Krashen, S. (2020). Story-listening in Indonesia: A replication study. Journal of English Language Teaching, 62(1), 3-6. https://journals.eltai.in/index.php/jelt/article/view/JELT620102
Potter, J. (2012). Aladdin. Pearson Education Limited.
Rausch, A. (2009). English story cycle: From input and activities to practice and output. The Japan Association of English Teaching in Elementary Schools,9, 1-8. https://doi.org/10.20597/jesjnl.9.0_1
Suzuki, J. (1999). An effective method for developing students’ listening comprehension ability and their reading speed: An empirical study on the effectiveness of pauses in the listening materials. In O.J., Micholas, and P. Robinson (Eds.), Pragmatics and Pedagogy: Proceedings of the 3rd Pacific Second Language Research Forum Vol.2, pp.277-290. Tokyo: PacSLRF.
Takahashi, K. (2015). Literary texts as authentic material for language learning: The current situation in Japan. In M. Teranishi, Y. Saito, & K. Wales (Eds.), Literature and language learning in the EFL classroom (pp. 26-40). Palgrave Macmillan.
岡崎敏雄 (2006). 「外国人年少者のためのエンジョイ型絵物語リーディング-生活言語 を基礎とした学習言語習得の学習のデザイン-」『文藝言語研究 言語篇』29-40.
金子朝子 (2012). 「英語母語話者が語る物語と英語教育での活用」『学苑・英語コミュニケーション紀要』No.858, 2-14.
河合隼男 (2003). 『物語と人間』岩波書店.
河合隼男 (2021). 『物語とたましい』平凡社.
千野帽子 (2017). 『人はなぜ物語を求めるのか』ちくまプリマ―新書.
西原貴之 (2014). 「文学を使った英語教育研究の現状と課題」
https://home.hiroshima-u.ac.jp/ntakayk/presentation25.pdf
パウロ・フレイル著, 三砂ちづる訳 (2018). 『英語被抑圧者の教育学 50周年記念版』亜紀書房.
松岡正剛 (2006). 『17歳のための世界と日本の見方』春秋社.
文部科学省 (2007). 「大学のカリキュラム編成」
https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/daigaku/04052801/001.htm000025195_05.pdf
文部科学省 (2018).「高等学校学習指導要領 外国語編」
https://www.mext.go.jp/content/1407073_09_1_2.pdf