The Journal of Engaged Pedagogy
Online ISSN : 2436-780X
Print ISSN : 1349-0206
A Study on Japanese Language Education Supporting the Careers of Foreign Technical Interns
Trends and Challenges Based on a Literature Review
Hoang Ngoc Bich Tran
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2025 Volume 24 Issue 2 Pages 85-96

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外国人技能実習生のキャリアを支える日本語教育に関する研究

―文献レビューから見た動向と課題―

Hoang Ngoc Bich Tran(岡山大学大学院社会文化科学研究科 大学院生)

1 はじめに

 本研究の目的は外国人技能実習生(以下、技能実習生)の日本語教育とキャリア形成の関係を再検討することである。本研究では、外国人技能実習制度の変遷と技能実習生への日本語教育を概観したうえで、技能実習生のキャリアと日本語学習に関する先行研究を整理し、研究の動向と今後の方向性を明らかにする。

 近年、外国人労働者の受け入れを巡って、技能実習制度が注目を集めている。出入国在留管理庁(2024a)によると、この制度の下で来日している技能実習生の数は42万人を超え、定住者の在留資格に次いで多い。技能実習生は様々な職業を担っており、日本の産業を支えている。このような状況を踏まえ、日本政府は「外国人材の受け入れ・共生のための総合的対応策」(令和5年度改定)を取りまとめ、その中で外国人の円滑なコミュニケーションと社会参加のための日本語教育の役割を強調している。また、国内に在住する外国人が増加するにつれて、日本語学習者はますます多様化しており、日本語教育に対して、「多様なキャリア形成のための日本語教育内容の体系的再編成」が求められている(金田、2017)。外国人が日本語学習を今の仕事や生活に役立てるだけではなく、将来の人生設計につなげることが期待されているのである。しかし、日本語教育研究では、高度外国人材に注目が集まる一方で、技能実習生に対する日本語教育についての議論は十分になされておらず、技能実習生を対象とする研究の蓄積も少ない(真嶋、2021)。

 技能実習生を社会の一員として受け入れるには、技能実習生に対する日本語教育の重要性を認識し、その教育内容と方法についての議論をさらに深めることが急務である。特に、技能実習生のキャリア形成につながる日本語教育のあり方を明らかにすることが求められる。本研究はその検討に寄与するために先行研究レビューを通して、以下の研究課題を解明する。

①技能実習生のキャリア形成が、制度上どのように保障され、その中で日本語教育はどのような役割を果たしているのかを明らかにすること。

②技能実習生の日本語学習とキャリア形成に関する研究には、どのような特質と課題があるかを明らかにすること。

2 技能実習制度の変遷と技能実習生に対する日本語教育

2.1 制度の変遷

 技能実習制度は、団体監理型研修制度(1990年~2009年)を経て1993年に発足し、当初、技術移転という国際貢献を目的としながらも、日本国内の中小企業における労働力確保という側面を持つ制度として発展してきた。そして、技能実習生は単に労働力として利用されているだけであって、キャリア形成に寄与する技能・技術を学び、母国の仕事に活用できているわけではないことが判明している。

 1960年代後半、日本の大手企業の海外進出に伴い、現地従業員の技術研修が実施され、外国人研修生が日本の技術を習得し、現地法人で指導的役割を果たすことが期待された。1980年代のバブル景気による労働力不足や円高での経済格差拡大を背景に、不法就労者が増加した。これに対し、日本政府は単純労働者の受け入れを認めない方針を維持する一方で、1990年に中小企業の労働力不足を補うために「団体監理型」制度を導入し、中小企業でも研修生を受け入れられるようにした。現在では技能実習生の受け入れの約98%がこの形態に該当している(出入国在留管理庁、2024b)。1993年、発展途上国への技能移転を目的として技能実習制度が創設された。その背景には、研修生に投資した教育費用を回収するために、より長期間の雇用を望む企業の要望があったことが挙げられる(上林、2015)。この制度では、外国人はまず1年間研修生として技術を学び、技能試験合格後に技能実習生として最大3年間就労することになる。2015年の改正により、優良な企業と監理団体は、技能実習を終えた外国人を最長2年間延長して受け入れることが可能となったが、就労後の帰国が義務付けられている。

 制度が施行されて以来、低賃金、違法な残業や賃金不払い、暴力やハラスメントの事案が多発しており、パスポートの取り上げや不正行為隠蔽のために強制帰国させるといった人権侵害も後を絶たない(宮島・鈴木、2019;渡邊、2009)。しかも、在留資格では転職が禁止されており、仕事を辞めると失踪せざるを得ず、不法滞在となるという問題が生じている(上林、2015)。また、そもそも制度の建前と実態が乖離しているということも指摘されている。ほとんどの技能実習生が日本での就労によって自己の技能が向上したと考えておらず、日本で習得した技能を生かせると考える人が非常に少ない(上林、2015)。上林(2015、p.126)は「日本人が製造現場に皆無の職場で技能実習を行うという技能移転の趣旨に反した実態も生じてくる」と述べている。

 深刻な労働力不足に対応するため、移行対象職種が拡大され、2024年9月時点で91職種に及んでいる(出入国在留管理庁、2024b)。さらに、2018年には新たな在留資格「特定技能」が創設され、技能実習を修了した外国人が引き続き日本で就労する際に「特定技能」へと移行できる可能性が出てきた。特定技能には2つの区分がある。特定技能1号は在留期間が最長5年に制限されているが、特定技能2号は在留期間の制限がなく永住権の取得も可能である。これらの在留資格を取得するには、一定の技能試験や日本語能力試験に合格する必要がある。宮島・鈴木(2019)は、人手不足の実態に向き合い、必要な労働者をフロントドアから受け入れる制度として一定の評価をしている。しかし、特定技能1号での家族帯同の不可や永住許可取得の難しさの課題を指摘し、外国人労働者を社会の構成員として積極的に受け入れる必要性を訴えている。

 2024年、政府は国内外からの多くの批判を受けて技能実習制度を廃止し、「育成就労制度」の創設を決定した。この制度は3年間で特定技能1号レベルの人材育成を目指し、職種は特定技能制度と一致している。新制度では就労開始前に一定の日本語能力を要件とし、育成期間中には技能検定に加え、日本語能力試験の合格も求められている。さらに、新制度では、本人の意向に基づく転籍が一定の条件を満たす場合に認められる。この条件の一つは、技能検定および日本語能力試験に合格することである。

 外国人労働者を受け入れる制度は単純労働者の受け入れを認めない仕組みから、日本社会に必要な外国人労働者を正式な制度のもとで受け入れる仕組みへと変化している。日本語学習は新制度で来日する外国人労働者の生活や仕事だけではなく、将来のキャリアにとっても重要な要素になるであろう。日本語教育の推進に関する法律においても、このような外国人労働者が日本語を学ぶ機会の最大限の確保および日本語教育の水準の維持向上が求められている(文化庁、2019)。そのため、技能実習生に対する日本語教育はどのように保障されているのかを検討することが必要である。

2.2 技能実習生に対する日本語教育

 本節では、技能実習生が就業前及び就業後にどのような日本語教育を受けているかを明らかにする。結論を先取りすれば、技能実習制度の下では、日本語教育は十分保障されているとは言い難い現状であった。そして、日本語教育として実際に行われていることは、言語知識の詰め込みであった。

 技能実習生は受入れ企業に配属される前に入国前の講習と入国後の講習で日本語教育を受ける。入国前の日本語講習はおよそ3か月~6か月程度の期間にひらがな・カタカナの文字、日常会話、仕事に関連する日本語の学習を行っている(助川・吹原、2017;宋、2021)。また、日本語学習だけではなく、「日本の習慣・ルールの学習、技能実習制度・ルールの学習、体力訓練などの教育訓練内容もある」と報告されている(宋、2021、p.97)。入国後講習は、受入れ企業又は監理団体によって1~2か月間実施され、日本語教育内容について「運用要領」では、技能実習の遂行や日常生活に支障がないレベルの日本語能力を身につけることが求められている(出入国在留管理庁・厚生労働省、2024)。このように、入国後講習の日本語教育の目標は日本語のコミュニケーション能力を図ることがわかった。しかし、実際にだれがどのように行うべきか明確に規定されておらず、監理団体に任されており、教育内容や質にばらつきが出ている(荒島・吉川、2019)。企業配属後、職場や生活で日本語の不自由を感じて困っている技能実習生も少なくない(上林、2015)。

 就業後の日本語教育は義務化されておらず、技能実習生の努力と企業に任されている。また、日本語教育の支援は優良な受入れ企業と監理団体を認定する条件としてのみ言及される。この点は新たな育成就労制度でも同様であり、同じような課題を繰り返している。加えて、実際になされている日本語教育は文型や文法を積み上げようとする形式、いわゆる学習者に言語知識を伝え、正確に暗記させ、その理解度を試験で確認するというやり方で進められ、日本語能力試験対策がなされていることもよくある(真嶋、2021)。その他にも技能実習生は地域の日本語教室に参加し、日本語を学んでいる。しかし、地域に日本語教室が設置されていない市町村も存在し、設置されている場合でもその運営は主にボランティアに依存している。そのため、教室の開催時間や場所が限られていることが原因で、技能実習生が参加できない状況も指摘されている(樋口、2021)。

 技能実習生が日本で働き生活するためには、母国における外国語としての日本語学習だけでは不十分であり、第二言語としての日本語教育が求められる。杉本(2022)の「言語権」の観点からは、社会生活においていかなる不利益を被らないように言語を学ぶ権利を保障することが重要である。これは、学習者が望む形で言語学習の機会を提供することを意味する。しかし、現行の制度では、一方的に日本語能力の目標が設定され、それに伴って教え込むような教育がなされている。このような教育が果たして技能実習生自身の望む日本語学習の形であるのかについて、改めて問い直す必要がある。

3 キャリアと日本語学習の関係を捉える理論的枠組み

3.1 キャリア・カウンセリング理論

 キャリア研究は、膨大なカウンセリング現場の知見の蓄積の上に成り立っているのに対して、日本語教育分野においてはキャリア形成と関連した研究の十分な蓄積がない状態で研究が進められている(松尾ほか、2023)。本研究では、キャリアと日本語学習の関係性について、キャリア・カウンセリング理論の成果を参考しつつ検討していく。

 Parsons(1909)の職業選択理論は、人の能力と興味を職業の要件とその報酬にマッチングさせるというこの考え方であり、現代のキャリア・カウンセリング理論の基礎となっている。20世紀半ばに、階層的な専門職と官僚的な組織で雇用される中産階級がどのように昇進や職業発達を遂げられるかを示す理論として、Super(1957)の発達理論が現れた。それはライフ全体における職業発達を段階的に捉え、それぞれのライフステージに応じた発達課題を明確に示した理論である。ただし、これらの理論は、個人が一つの組織の中でキャリアを全うすることが一般的であったという歴史的背景に基づいている。20世紀の終り頃から、労働環境の流動性が増し、既存の理論の見直しが図られた。サビカス(2011/2015)はキャリアが組織に提供されるものではなく、自分自身が所有するものであり、自分でストーリーをつくらないといけないと指摘し、「キャリア構成理論」を提唱した。そのため、キャリア構成理論は、自己を形成することを課題と見なす。自己とは「文化的に形づくられ、社会的に構成され、言語によって語られて発現した意識」である(サビカス、2011/2015、p.28)。この理論では、キャリアに関して、他者の視点から捉えた客観的なものとしてではなく、より主観的に、その人自身が自分のキャリアをどう捉えているかということを重視する。この点について、サビカスは、「自己への気づき、特に過去から現在、そして未来へとの連続を作り上げる自意識的内省を必要とする」と指摘している(サビカス、2011/2015、p.26)。しかし、個人の悩みを解決するだけでは乗り越えられない、大きな社会や制度の問題が存在する。特に、マイノリティなど社会の周縁に置かれる人々への支援においては、下村(2020)が指摘する「社会正義のキャリア支援」の重要性が際立つ。この理論は、個人への支援にとどまらず、個人を取り巻く社会全体に広がる支援を提唱している。また、各個人の価値観を重視するキャリア支援が重要である一方で、個人同士を結びつけ、協力し合う視点が欠如していることが問題として指摘されている。そのため、「社会正義のキャリア支援」では、個人の悩みを社会全体の課題として捉え、共有し解決に向けて取り組むことの重要性が強調されている。

 以上のように、近年のキャリア研究において、キャリアは職業に関するものから、より広く人生全体から捉えられるものとなり、社会や他者との関わりの中で形成される、より主観的な自己のあり方を指すものと考えられるようになった。また、そのような自己のあり方は、連続する時間の中で経験の意味付けを通して考察すべきものである。さらに、個人への支援に加え、社会全体へのアプローチを重視するキャリア支援の考え方も登場してきた。

3.2 日本語教育における「キャリア」の捉え方

 日本語学習者のキャリアに焦点を当てた日本語教育研究では、留学生に関するものが多い。「キャリア」の捉え方が、個人の将来選択に関わる資質や能力、特に日本語能力の育成に関わるものから、個人の生涯的な発達過程として捉えられるようになってきている(松尾ほか、2023)。前者については、「キャリア形成を下支えするものとして、就労現場で必要となる言語の習得を促す役割を担うという認識が強かった」と述べられる(松尾ほか、2023、p.29)。その典型的な例として、外国人の就職支援において注目されているビジネス日本語教育が挙げられる。この教育では、ビジネスマナーや敬語、さらにビジネス場面で使用される表現を身に着けることが重視されている。後者については、「日本語ということばの学び自体がライフキャリアを含めたキャリア形成と深く関わるものであるという考え方」があると指摘される(松尾ほか、2023、p.29)。具体的な実践として企業や地域社会とのつながりを構築する試みや、過去・現在・未来という時間軸の中で自分の経歴や思考を辿り、言語化・可視化を行う実践を挙げることができる(山本、2018)。

 キャリアのこのような捉え方の変化は、新しい日本語教育観や学習観の潮流を巡る議論があったからであると考えられる。日本語教育は日本語習得を目的とするものから、日本語を使えるようにすることを目指すという考え方に変わり、その後、個人と他者や社会との関係でことばを学ぶ目的を問うようになってきた(細川、2016)。細川(2016)は日本語が使えるようにするという目的を果たしても、次にことばを使って何を目指すかという問いをしない限り、教育は単なるトレーニングの場であり、結果として知識を積み重ねることを目的化すると述べている。他者とともに生きるためにことばが存在するゆえに、ことばの教育はことばを教えるのではなく、「ことばを使って社会の中で生きていくことの意味を追求する教育実践のこと」である(細川、2016、p.14)。

 以上のことを踏まえると、キャリアを単に職業に限定するのではなく、人生全体で捉え直し、主観的なキャリア形成に注目することで、単なる言語の習得という枠を超えて日本語教育を見直すことが求められてきたと言える。しかし、従来の日本語教育では、個人への支援に重点が置かれ、社会への働きかけを最終的な目標とはしていなかった。

4 技能実習生のキャリアと日本語学習に関する先行研究

4.1 技能実習生の日本語学習に関する先行研究

 技能実習生の日本語学習に関わる先行研究は、学習の困難や個人の学習意欲といった学習状況に焦点を当てたものと学習の意義に関するものと大別されている。それらの研究では、日本語学習が技能実習生の仕事や生活を支えている一方で、学習の成果が学習者の置かれる状況や文脈により左右されることが明らかになっている。

 技能実習生の日本語学習における問題として、グエン(2013)では日本語能力を高める機会が足りないため、企業内でも生活の面でも困ることを指摘している。栄(2016)は外国人技能実習生・研修生にとって、自律学習が日本語上達のカギとなっていると述べている。しかし、日本語学習に対する意欲には、個人差があることも言及されている。例えば、荒島・吉川(2019)によれば、来日の目的が出稼ぎという場合は、日本語学習に対する意欲は低いということである。栄(2019)では、そのような状況が生じるのは、人によっては日本語ができなくても生活に支障がないという環境に暮らしていることや、目標とする日本語能力のレベルが個人の置かれている状況によって、相当異なっていることが指摘されている。また、周囲の日本人との交流機会が技能実習生の日本語能力に影響を与えていることが指摘されている(馮、2013;中川・神谷、2018)。しかし、企業内部で日本人と接する機会が限られている上に、トラブルを回避するため、企業外部の日本人との交流が妨げられる状況もある(馮、2013)。

 技能実習生の日本語学習の意義を検討した研究に、落合(2010)、村田(2020)、吹原(2023)がある。落合(2010)は、日本語学習の意義について①エンパワーメントのツール、②将来の展開・戦略、③今日的技術享受・実生活での利便性向上、④趣味、心理的安息の場という4つを挙げている。村田(2020)や吹原(2023)では、さらに技能実習生が参加している場に注目して日本語の学習意義を検討している。村田(2020)は技能実習生が職場と地域日本語教室を行き来する中で、他者との関わり方に対する考え方を徐々に変えていき、職場での問題解決ができるようになったと述べている。一方、吹原(2023)は移住労働者の学習意義について、共通言語としての日本語を使うことで、日本人との人間関係を構築し、職場に対してより深くかかわることができるようになったと指摘している。

 以上のように、日本語習得を主たる目的とした研究が数多く行われている一方で、技能実習生が置かれた環境や個々の動機により、日本語能力の向上を必要と感じない場合を検討する研究も見られる。また、まだ少数ではあるものの、日本語能力の獲得にとどまらず、人間関係の構築や価値観の変容といった広範な学びに着目する研究も展開されつつある。

4.2 技能実習生のキャリアと日本語学習

 技能実習生のキャリア形成に関する先行研究には、キャリア形成の要因に注目したものと、キャリア形成を支える能力や職業の技能に注目したものとがある。そして、キャリア形成を支える能力について、それらの研究では、日本語や日本文化の獲得は、社会への適応とキャリア形成の両方にとって重要であることが明らかにされている。

 実習中の技能実習生のキャリア形成に関して、見舘ほか(2022)は、日本語学習機会の喪失を、キャリア形成を阻害する要因として指摘している。それは日本語能力が技能の獲得、職場での人間関係の構築、仕事のトラブルの防止、自立に影響を与えるためであると述べている。

 一方、技能実習生の帰国後の様子に焦点を当てたものに岩下の一連の研究がある(岩下、2018a;岩下、2018b;岩下、2022)。岩下(2018a、p.41)によれば、技能移転につながる事例はなく、帰国技能実習生たちが日本滞在によって得たものは、第一に「日本語」、次に「日本のマナー」、「日本の仕事の方法」ということである。また、日本語能力を生かしてキャリアアップを図る技能実習生が多く存在すると示唆されている(岩下、2018a)。岩下(2018b)では、職業に関する技能の獲得より、日本語と日本人の勤勉さと追究心、仕事に対する情熱といった知識や能力は技能実習生のキャリアに役立ったと述べる者が多いことが明らかにされた。それを踏まえて、技能実習生が習得する技能は職能に限定することなく、日本語能力や自ら身につけたい能力を加えるなどより広義に捉えるべきであると指摘されている(岩下、2022)。そして、技能実習生が日本語を使う職業を選択する理由は、高い日本語能力が高収入につながること(岩下、2018a;元木ほか、2018)、低学歴や同職種で就職が難しい状況に日本語ができることが就職につながること(宮谷、2020)、日本で働いた経験を継続的に活かせることである(坪田、2019)。

5 考察

 本節では、3章の枠組みを援用して、技能実習生の日本語学習とキャリア形成に関する先行研究の課題と今後の必要なアプローチを明らかにする。技能実習生のキャリア形成と日本語学習に関する先行研究の課題として、次の3点を挙げることができる。

①キャリア形成のきっかけや要因を能力や技能の獲得のみに焦点化し、主観的なキャリアに関わる記述が少ないこと。

②技能実習生のライフステージの一部(例えば、実習中や帰国後)に絞って調査を行っていること。

③個人のキャリアに関する悩みを社会全体の問題として受け止めるプロセスに注目しなかったこと。

 従来の研究は、日本語能力や日本文化の習得が強調されていた。このようなキャリア観は、社会が抱える問題の解決を個人の能力に帰属させることで、最終的に責任を個人に押し付ける危険性を内包しているのではないか。技能実習制度には構造的な課題が多く存在しており、技能実習生のキャリア形成が困難である要因として、劣悪な労働環境、不十分なサポート体制、そして社会的孤立が挙げられる。しかし、技能実習生がキャリアアップできないことが、個人の日本語習得に対する努力不足や日本語能力の低さに依るものとした場合には、それらの構造的な問題が見過ごされがちである。筆者は日本語習得の重要性を否定するものではないが、日本語教育が社会構造的な問題を助長しないよう設計されるべきであると考える。3.1で検討したように、キャリアは個人の能力や技能の向上にとどまらず、他者や社会との関わりを通じて内面化される自己の変容にも注目する必要がある。個人の能力に過度に焦点を当てると、日本語学習の成果が日本語や文化の習得に限定される傾向がある。技能実習生の主観的なキャリアを視野に入れて考察するためには、日本語学習をより広義に捉える必要があると考えられる。それは、単なる言語知識の習得にとどまらず、様々な場において他者と関わって言語を使う実践に注目するということである。技能実習生がそのような場への参加を通じてどのような(広い意味の)ことばの学びが得られるのか、それがキャリア形成とどのようにつながるのか。そして、それを創り出すために日本語教育は何ができるのか。このような考察は今後、技能実習生に対する日本語教育の研究に求められると考えられる。ライフステージの一部に限定した調査では、価値観や自己のあり方といった主観的なキャリアを十分に検討することは難しい。そのため、今後は技能実習生のキャリアのプロセスをこれまでの人生の中に位置づけて捉えることが求められる。すなわち、技能実習生が来日する以前から現在のキャリアに至るまでの経験、および技能実習生が目指す将来の生き方に関する語りを引き出すことが今後の課題となる。また、個人のキャリア形成だけではなく、社会の問題に働きかける視点は、日本語教育においてきわめて新しいアプローチである。日本語教育という実践を通じて、技能実習生の個人的な問題がどのように社会全体の問題として受け入れられるのかを検討することが必要であろう。

6 おわりに

 本研究は、技能実習生の日本語学習の意義をキャリア形成の視点から再検討した。文献レビューを通じて、現行の制度は、技能実習生のキャリア形成につながる日本語教育を十分に保障していないことが明らかになった。これは、現行制度が日本語教育の目的を日本語能力の獲得に限定し、技能実習生の立場から日本語学習の意義を十分に考慮していないことに起因する。そのため、当事者の声に基づく日本語教育の目的を再検討するために、キャリア形成の視点から技能実習生の日本語学習の意義を捉えなおす必要がある。先行研究の課題を踏まえ、技能実習生のキャリアを支える日本語教育を解明するためには、技能実習生のこれまでの人生の中に主観的なキャリア形成のプロセスを位置づけること、日本語学習を広義に捉えることに加え、技能実習生の声が社会に受け入れられる過程にも焦点を当てた研究アプローチが必要であると結論付けた。そのような研究は新制度の「育成就労制度」で来日する外国人労働者に対する日本語教育の改善に貢献し、外国人労働者の社会参加を支える一助になると考える。

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