2025 Volume 24 Issue 2 Pages 149-158
中国の多文化教育と博物館の教育実践
―広西民族博物館と学校の連携活動に焦点を当てて―
蒙 亮羽(聖心女子大学大学院)
Multicultural Education and Museum Education in China:
Focusing on the Cooperative Activities of Anthropology Museum of Guangxi with Middle Schools
1.はじめに(目的)
本研究は、中国チワン族に関する資料を管理し、展示する「広西民族博物館」と学校の連携活動が、広西チワン族自治区における少数民族の文化伝承及び、多文化教育1の実現に向けて、どのような意味があるのかを実証的に検証する。また、中国の民族博物館と学校の連携による多民族間の理解を促進する多文化教育の課題を明らかにするものである。
中国には漢民族を含め、56の民族がある。1978年からの改革開放政策以降、中国における経済成長と都市化の進展に伴い、少数民族は中国社会の主流である漢文化のもと「漢民族化」さらされている。少数民族の子どもたちの民族アイデンティティを喚起する課題も無視できない。そのため少数民族の母語維持、文化継承のために民族教育を推進するとともに、多民族間の文化理解・共生の実現には、少数民族が自民族文化を外へ積極的に発信することも極めて重要である。このような発信に際して、「民族博物館」が重要な位置を占めると考えられる。中国に存在する博物館には、省級博物館、民族博物館、民俗博物館などがある。呉澤霖によれば、その中で「民族博物館」は中国の少数民族文化に関する専門博物館である(2017:137)。中国には雲南省民族博物館、広西チワン族自治区民族博物館等をはじめとして約200の民族博物館がある(単 2017:137)。社会教育施設としての民族博物館は、少数民族教育の展開と民族文化の発信に重要な役割を果たしている。さらに、民族博物館における多文化教育活動の充実と、民族博物館と学校教育との連携によって、少数民族の民族アイデンティティの喚起に加え、少数民族と漢民族との相互理解を推進することが期待できる。
多文化教育をめぐる博学連携に着目する理由は以下の2点である。第一に、学校にとって民族博物館と連携をすることによって、少数民族の資料をはじめ「通常はアクセス困難な学習のリソースが容易に利用可能になり、授業の質と効果を高めることができる」(中牧・森茂・多田2009:9)からである。第二に、民族博物館への来館は自由意思によるものであり、必ずしも多く少数民族が来館するとは限らない。そのため、民族博物館に来館する児童や生徒、学生に少数民族への文化理解を充実させるのみでは、少数民族が抱える課題を解消することには限界があるので、学校教育との連携(博学連携)を推進することが有用であると考えるからである。
以上の点から、漢民族と少数民族の相互理解を促進し、多文化教育を進めていくに当たって、博学連携について研究することには意義があるといえる。
2.先行研究の検討
中国における多元文化あるいは多文化教育研究は、民族教育研究の流れのなかに位置づけられる。多文化教育に関する先行研究としては、滕星・王鉄志編著『民族教育理論と政策研究』(2009)、万明鋼「西方多元文化教育と中国の少数民族教育の比較」(2008)、段勇「多元文化:博物館の起点と帰着」(2008)などがある。
中国における多文化教育については、新保敦子による「公教育と多文化教育―近現代におけるエスニック・マイノリティに焦点を当てて―」(2013)がある。この論文では、中華人民共和国建国以降の民族教育施策2を検討しつつ、多文化の視点が中国の公教育にどのような影響を与えてきたのか、あるいは与えてこなかったのかについて歴史的、実証的に検討されている。しかし、この論文は、エスニック·マイノリティの家庭における民族文化の継承や断絶といった問題について論じられたものであり、民族博物館と学校の連携活動による多文化教育のあらたな取り組みについては言及されていない。
多文化教育の意義について、野村(2015)は、社会的にマイノリティとなる人々の教育の権利を保障するだけにとどまらず、社会的にマジョリティである人々が積極的に母語以外の言語能力を身につけることで、相互理解を促すと述べている。つまり、マジョリティの人々が持つ文化のあり方そのものを相対化することで、その社会で主流を占める文化が唯一絶対のものではないことを意識することが、鍵となることが指摘されている。漢民族化に対して、少数民族アイデンティティを喚起するには、少数民族の自文化理解と他民族への発信が重要である。そのために博物館には大切な役割がある。
中国における多文化教育を推進するために、民族教育施設としての民族博物館と学校の連携を強化することを仲(2016)は、提案したが多文化教育の活動実態について触れることはなかった。中国において、多文化教育は少数民族教育あるいは多民族文化教育とよばれ、主に文化背景の視点から民族教育 について研究がなされている。鶴見(2010)によれば中国における多文化教育には、二つの代表的な理論がある。一つ目は、費孝通が講演で発表した「中華民族一体構造格局」の思想である。二つ目は、中央民族大学の滕星の中華民族一体構造論に基づいた中国の国内外の民族教育理論と多文化教育理論を研究することを通して明らかにした「多元文化整合教育理論」である。
中華民族一体構造論とは、簡潔に言うと、第一に、漢民族と55の少数民族は、長い歴史を経て、相互に依存した分割不可能な一体構造をなしており、「中華民族」は56の民族を包括する民族実体であり、単なる56の民族の総称ではないということである。第二に、多元一体構造が形成されるためには、分散的な多元を結合して一体を形成していく必要があるが、漢民族がその中心を担うということである。第三に、「中華民族」という高次のアイデンティティは下位の各民族のアイデンティティや、さらにその下位の重層的なアイデンティティを排するものではなく、異なるアイデンティティは衝突せずに、統一体の内部は多言語的、多文化的な複合体をなしている、というものである。
多元文化整合教育理論について、滕は「主流民族や少数民族にかかわらず、独特な伝統文化があり、互いに参考となり、吸収する文化内容もある。その上、世界の優秀な文化を取り入れる内在的モチベーションがある。教育は、共通の文化を伝える機能を担うと同時に、国の中核となる民族の優秀な伝統文化を伝える機能を担うだけでなく、国の各少数民族の優秀な伝統文化を伝える機能を担う」(2000)と指摘している。「多元文化整合教育」の対象及び内容は、少数民族のほか、さらに主流民族のものも含まれる。少数民族は、自民族の優秀な伝統文化を習得するだけでなく、その上、主体的民族の文化を習得し、少数民族の若者が主流文化の社会に適応する能力を向上させ、最大限に個人の成長を求める。民族平等と民族がひとつの家族であるという意識を高めるために、主流となる民族は自民族の文化を学ぶとともに、十分に少数民族の文化の価値ある伝統文化を学び理解することが求められる。
3.研究方法
本研究では、「広西民族博物館」を対象とし、2019年2月から2019年5月にかけて現地での調査を行った。
「広西民族博物館」を選んだ理由は以下の2点からである。一点目は、広西チワン族自治区はチワン族およびヤオ族、ミャオ族、トン族、ムーラオ族、コーラオ族、マオナン族、回族、プイ族、ジン族、スイ族、イ族が居住する地域であることから、広西民族博物館は民族文化を主に展示するのと同時に、広西チワン族自治区において12民族の風俗・習慣・伝承文化についての教育に取り組んでいるからである。二点目は、広西においては、少数民族教育と民族団結教育3が推進され、地域や民族の文化を尊重し、また多民族の文化を相互に理解しながら民族博物館と学校連携による教材開発のとりくみがなされようとしていることによる。「広西民族博物館」と学校の連携による教育活動に参加し参与観察をするとともに、連携活動にかかわっている博物館副館長および社会教育部担当者、南寧市H民族中学校教師を対象に半構造化インタビューを行った。次にインタビューの内容と考察について述べる。
4.インタビューの内容と考察
多文化共生への「博学連携の意義・願い」、「博学連携に影響を与える要素」、「博学連携の成果と課題」がインタビューの結果、明らかになった。以下、Q以下はそれぞれの問いをあげ、それぞれ「H」は中学校教師、「G」は博物館副館長、「M」は社会教育部担当者、による回答内容を示すものである。中国語でインタビューは行われたが、その内容を筆者が日本語訳した。
1)博学連携の意義・願い
Q. 民族博物館と学校の連携活動を通して、生徒に何を学んでほしいですか。H. 各民族の文化交流、祖国を深く愛して、祖国につくすように生徒がなるよう積極的な作用はあります。チワン族の学生が自民族の風俗と文化を愛して、理解して、自信を持って未来に向かうと同時に民族文化の伝承者として、ほかの少数民族と漢民族との理解と交流を強化して共に国家の発展計画に貢献することを希望します。また、チワン族の歴史と文化は悠久で、人口も少数民族の中で一番多いです。広西チワン族自治区に住んでいるチワン族以外の生徒もチワン族の歴史と風俗文化を理解するべきです。例えば、チワン族の歌が歌え、『竹竿舞踊』が踊れるように、チワン族の楽器が演奏できるようになるとよいと思います4。
G. 民族博物館によって少数民族の文化を最大限に普及させることを希望しています。このような授業をするとともに、一方で、児童および生徒、学生、青少年に博物館の展示への関心を喚起して、民族文化を伝承する人たちを育てたいです。授業と展示には相互作用があります。
M.私たちは活動を企画するとき認知、技能、感情、これら三点から考えます。最終目標はもちろん参加者が広西の民族文化の知識を把握することです。たとえば「劉三姉」という民話についてのクイズはチワン族の展示に基づいて、チワン族文化を展示するホールで、チワン族の由来、服装の特徴、建築文化を学ぶなかで行われました。認知目標は展示内容を理解することです。技能面では、実行し協力する技能があげられます。「劉三姉」という民話についてのクイズでは、チームで競うので、活動を通じて子どもたちのチームワーク意識を高めることができると考えています。実行する能力を育むには、計画をして実際に行う過程が必要です。さまざまな手作業をすることで子どもの実行力を培うことを目指します。感情面では、民族アイデンティティを強く意識することで、自分の文化に自信をもち、文化を自覚することを目指します。愛国主義教育また社会主義核心価値観教育5を行います。民族への自信を培い、民族の誇りを喚起します。現在、都市に住んでいる多数の子どもたちはチワン族ですが、自民族の文化をあまり理解していないかもしれません。民族としての自覚(アイデンティティ形成)をもつには自分の民族、文化を認める感覚が必要です。
上記インタビューからは、博学連携の意義・願いについて、少数民族の生徒の自信を高め、民族アイデンティティ形成を促進すること、漢民族の生徒に少数民族を尊重する態度を培うこと、それぞれの民族の生徒の相互理解と交流、人々が団結するのに重要な意味があると考えた。また、チワン族文化の深い理解と、博物館の少数民族文化の展示への関心を喚起して、少数民族文化の継承者を育成することを目指していることが明らかとなった。
2)博学連携に影響を与える要素
Q.どの要素が博物館と学校の連携活動に影響を与えますか。
H.主に時間の配分や場所、生徒数などによって調整する必要があります。
G.はい、学校では教科内容の学習が主です。しかし、博物館では主に伝統文化や展示物による学習がなされます。博物館教育は、学校でこれまでなされてきているような教科教育と違って、学校の教育活動の補足するものと思っています。ですから、多くの学校、特に小中学校では、学校によって時間を調整します。生徒の視野を広げ、知識を深め、多様な興味を持つ人間を育成し、生徒に伝統文化を体験させるために、学校と積極的に博物館学芸員が連絡をとり、連携活動を行います。たとえば、H民族中学校との連携にあたり、今年度の回数(6回)と時間を決めています。博物館は担当者と活動のテーマを考えます。
M.多くの場合、民族博物館側で博学連携の活動内容を考えます。実際、学校ですることは多く、生徒の負担もあり、先生方も忙しいので博物館と連携して、教材開発をする時間は保障されていません。学校の要望を明確にし、計画することによって、博学連携の目標をうまく達成できそうです。学校の教育活動のニーズを配慮しますが、学校が望むよう連携するのは難しいです。
上記のインタビューから学校の日程や場所、生徒数が、博物館と学校の連携活動に影響し、主に学校側が時間を調整し、博物館が内容を考え、実施していることが明らかとなった。
3)博学連携の成果と課題
Q.博学連携の成果に対してどのように評価しますか。改善できるところは何ですか。H.今日の講座の内容は授業の目標に合っています。学校での教育内容をとてもよく補足するものだと思います。もう少し改善できるところは連携のやり方を工夫し、内容を豊かにすることです。多方面からの共同の努力が必要です。つまり、一つのイベントとしてだけでなく、学習したことが生活の面に反映されべきであり、多民族多文化が調和する共生社会が必ずや実現されるでしょう。
G.博物館教育はまだ規範化されていません。また、学校教育としっかりつながっているといえないので、さまざまな要因に影響されます。たとえば私たちはH民族中学校に訪ねて、学校側と日程を調整する必要があります。
M.私たちが企画する活動で達成したい目標と実際に学校の教育内容や教育活動に合っているかどうかが課題です。私たちは必要だと思っていますが、十分でないかもしれません。私たちは教育に関する専門知識が不足していて、未成年者の心理的特徴や認知的発達をしっかり把握することができません。学校側に協力していただいて、学校教員と連携する必要があります。
社会教育部は教育学を専攻とする学芸員が備わっていないことは全国の博物館が直面している問題の一つといえると思います。社会教育部は教育学専攻の学芸員を備わるべきですが、少ないのが現状です。私たちの部所には社会教育専攻の職員はいませんが短期研修は行ったことがあります。未成年の異なる発達段階の心理や認知、また教育方法についての研修を行う計画を立てましたが、まだ実施できていません。
たとえば南寧市H民族中学校との連携は選択履修科目として行います。南寧市沛鴻民族中学校にはそもそも選択履修科目を設けられていて、今回は学校を主体ですすめられました。学校側の要望は、博物館の民族分野あるいはほかの分野の専門家が民族文化あるいは専門の研究分野についての講座を開いてほしいということでした。対象は高校生なので、内容を理解することができます。今まで、4年間継続しました。4年間実施してみて、積極的な手ごたえを得ましたが、もっと深い関わりは実現しませんでした。今の連携の形は博物館の専門家が学校に行って授業を行うことにすぎません。学校の先生方と一緒に教材開発するようなことはまだできていません。
上記のインタビューから南寧市H民族中学校の教師は博学連携への肯定的な態度を持っており、ただし、中国の多民族多文化の共生を実現するためには「一つのイベントとしてだけではなく、学習が生活に反映されるべきである」と指摘した。今後、多文化共生のための教育をすすめるために、博学連携のすすめ方と内容を充実させ、民族学校のカリキュラムを改革するとともに、学芸員研修を行い、博物館と連携して学校主体の教材を開発することが博学連携にとって重要な課題である。
これらに加え、学生のインタビューを2019年5月7日(木)放課後17時から4人 (Rさん、Xさん、Wさん、Tさん)に行った。以下、問をQとし、それぞれ得た回答を記述する。
Q「この授業を受ける前にチワン族の歴史と文化を知っていますか。ほかの少数民族の歴史と文化を知っていますか」
(Rさん)「知っています。全国各地の少数民族の文化をすこし知っています。異なる文化や環境で暮らす人々の生活の差異に興味があります」
(Xさん)「少し知っています。ほかの少数民族文化も少しだけ知っています」
(Wさん)「少し知っています。毛南族のカボチャ祭りと満族の靴と服装を知っています」
(Tさん)「聞いたことがあります。高山族の居住地とダイ族の孔雀舞踊を知っています」
Q「少数民族の文化と言語を学ぶ必要性と理由について]
(Rさん)「あります。社会発展に伴って、少数民族たちはどんどん漢民族の影響を受けています。大切な一部の民族の習俗は継承されますが、いろいろ失いました。文化伝承はとても意味があります」
(Xさん)「必要があると思います。少数民族の文化と言語は中国の歴史と関わって、中華民族の基盤です。中華民族の精神も少数民族の文化と言語に具現されています」
(Wさん)「中国は多民族国家です。少数民族の文化と言語を学ぶことは自分の教養と成長、総合的な素質の向上に役に立つと思います。少数民族の文化も中華民族の文化です。中華民族の伝統文化を継承することは文系の生徒にとって基本の文系の知識を身につけることができます」
(Tさん)「必要があると思います。少数民族の文化と言語も中華文化の宝物なので、このような学びは少数民族の文化を継承することにとって重要です。少数民族の言語を学ぶと少数民族の人たちとうまくコミュニケーションできると考えています」
Q「民族博物館と学校の連携による講座は好きですか」
(Rさん)「好きです。面白くて受けやすいですので」
(Xさん)「好きです。学校と民族博物館の連携による講座は、より面白いので、集中できました」
(Wさん)「はい、楽しくて、いろいろ発見があって、面白くてリラックスした感じでした。教科書の内容は漠然としているので、講座での動画は、より集中して少数民族の文化を学べます。学生の考えにそって、楽しい雰囲気で勉強できることがとても良いと思います」
(Tさん)「好きです。みんなと一緒に講座を聞くことはより面白くて、教科書に含まれていない知識もたくさん勉強できました。家に帰って、両親と学んだことを共有できます。達成感が持てて、とても意義があります」
「今日の講座『チワン族の祝日三月三の歴史と文化』を通して、学んだこと」
(Rさん)「たくさん勉強になりました。動画と紹介してくれた文献は私たちの注意を引きました」
(Xさん)「民族誌の映画を作る意義を分かりました。民族誌の映画の撮り方も勉強になりまし。」
(Wさん)「チワン族の民話、祝日三月三日の由来、曲水の宴、チワン族の新年の習俗について学びました」
(Tさん)「チワン族の祝日三月三の由来と習俗、曲水の宴について学びました」
上記のインタビューから、広西民族博物館と南寧市H民族中学校の連携活動において、生徒は、楽しんで、面白く、学びへの充実感を味わうことができたと考えられる。また、多文化共生によって中華民族文化が構成され、少数民族の文化と言語を継承する必要性を認識し、学ぶ意欲を高めることが明らかになった。
5.結論
広西民族博物館と南寧市H民族中学校の連携活動に焦点を当てた参与観察およびインタビューの考察を踏まえて、以下の3点が明らかとなった。
一つ目は、多文化共生を実現するためには、博学連携活動のみならず、学習や生活などさまざまな面で多文化教育を反映させていくべきであるということ。多文化教育を実施するため、少数民族文化を理解できる学習環境を整え、民族学校と民族博物館との連携をしようとする動きは見られるようになったものの、学校教育は教科とりわけ必修科目が中心であり、博物館と連携する時間は保障されていない実態がある。
二つ目は、多文化教育の視点から見ると、学校と民族博物館との連携は都市に住む少数民族にとって、少数民族としての自覚を喚起し、自民族への所属意識つまりアイデンティティ形成を促進するとともに、漢民族にとっては少数民族の文化を理解し、尊重し、民族や地域社会に対する愛着や誇りを生みだす可能性を持つことに重要な意義があるということである。
三つ目は、博物館においては、学芸員が一方的に収蔵品を解説し、少数民族の服装を着せたりするのみでは、児童・生徒・学生らの文化理解は表面的なものに留まるため、交流的・対話的な学びを行うための研修等を学芸員に実施する必要があると考えられる。今後の課題は、まずは多文化教育の視点から民族学校のカリキュラムを改革し、博物館と連携して学校主体の教材を開発することである。博物館での交流的・対話的な学びを実現させるためには、学芸員が研究や資料管理に関する技術の他に交流的・対話的な教育方法を身につけること、そして博物館が地域における諸課題の解決に寄与する教育実践を展開することが求められる。
注
1日本や欧米諸国の場合には「多文化教育」という術語を用いる。J.Banks(2016:2)によれば、「多文化教育は三つのことを示す。それは、考え方あるいは概念、教育の改革運動とプロセスである。その考え方はすべての生徒が男女、性的指向、社会階層、や民族、人種あるいは文化背景を問わず学校で平等な学習機会をもつべきである」。
2現代中国の民族教育を岡本雅享は次のような言葉でまとめている。中国において民族教育とは「少数民族教育の略称であり、特に漢族以外の五五の民族に対して実施する教育を指す」(1999:99)と言われる。つまり、未職別民族、中国籍に加入した元外国人、在中外国人、政府が承認した少数民族以外の民族的少数者は民族教育の対象に入っていない。また少数民族に対して行う教育=民族教育だとして、少数民族に一般教科や漢語を教えることも民族教育と呼ばれている。
3「民族区域自治法実施規定」の第一条は、「民族自治地方を援助して経済および社会の発展を速め、民族団結を増進し、各民族の共同繁栄を促進する」と規定する。民族団結教育は各民族の共同体意識を強め、平等、団結、助け合い関係の構築を中核とし、国家統一と社会安定を維持し、多様な文化を伝承することを目指す教育活動である。
4広西チワン族の農村部の伝統的な歌祭りである。「歌圩」という。主に祝日あるいは農期に行われ、一般的に数百人から数千人が参加する。その際に、青年男女が四方八方から会場に集まり、歌を掛け合う。
5社会主義核心価値観の内容は冨強、民主、文明、調和、自由、平等、公正、法治、愛国、敬業、誠信、友善を指す。
引用・参考文献
磯田三津子(2008)「博物館における文化理解の内容と方法」日本国際理解教育学会『国際理解教育』Vol.14
岡本雅享(1999)『中国の少数民族教育と言語政策』社会評論社
小川義和(編)(2015)『人間の発達と博物館学の課題:新時代の博物館経営と教育を考える』同成社
小笠原喜康(2005)「博学連携と博物館教育の今日的課題」国立民族博物館調査報告『国立民族博物館を活用した異文化理解教育のプログラム開発』
新保敦子(2013)「公教育と多文化教育:近現代中国におけるエスニック・マイノリティに焦点を当てて」教育史学会『日本の教育史学』
鶴見陽子(2010)「中国の多元文化教育に見る『多様性と統一』―北京市における民族団結教育の理論及び実践から」日本国際理解教育学会『国際理解教育』Vol.16
単霁翔(2017)『博物館の多様化発展』天津大学出版社
滕星・王鉄志編著(2009)『民族教育理論と政策研究』民族出版社
万明鋼(2008)「西方多元文化教育と中国の少数民族教育の比較」『民族研究』Vol.16,No.6
段勇(2008)「多元文化:博物館の起点と帰着」『中国博物館』No.3
中牧弘允・森茂岳雄・多田孝志(編)(2009)『学校と博物館でつくる国際理解教育:新しい学びをデザインする』明石書店
仲華雲(2016)「民族団結教育基地功能釈放——広西民族博物館を例に—」www.cnki.net
James A. Banks & Cherry A. McGee Banks (2016) Multicultural Education: Issues and Perspectives.9th ed. Wiley
野村朋絵「多文化教育」岡田昭人(編)(2015)『教育学入門:30のテーマで学ぶ』ミネルヴァ書房