繊維工業学会誌
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浸透理論に關する一考察
菱山 衡平同關 戸實
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1937 年 3 巻 10 号 p. 545-565

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抄録
(1) 浸透に關する新理論を發表し,これに關係ある2,3の實験を行ひ,その結果並に其他の事項に就き新理論を以て解説を試みたり。
(2) 浸透作用は動的現象なるを以て,浸透過程に於て作用すべき液禮(浸透劑及び其他の藥劑を含む水溶液)の表面張力は靜的表面張力に非ずして動的表面張力なり。又浸透作用の必須條件は液體に對する繊維の接觸角がπ/2〔この接觸角の表示法に關しては既述理論の部(4)接觸角の項参照〕より大なることにして,かかる場合に於ては液體が繊維に接する界面(液面側を指す)に必ず界面擴力〔理論の部(3)参照〕が作用し(通常界面張力が存在すと考へられ居るもこれを否定す),浸透作用の根本基因はこの界面擴力に依ることを指摘せり。但し液體の移動を促すものは依然として液體の動的表面張力にして,この場合界面擴力は表面張力の作用點(浸透の先端)の前進のみを司るものなり。
(3) 界面活性物質を含む水溶液の動的表面張力は,新らしく自由表面の生する速さ即ち滲透速度に支配され,その浸透速度の大なる程動的表面張力は大なり。從つてかかる場合に於ける浸透力は時聞的に異なる値を現はし,接觸角の餘弦とその時刻に於ける動的表面張力との積にて示さる。而してその浸透力に抵抗するものは實際浸透の場合には主として液體の粘性による抵抗なり。
(4) 浸透力を一定とするも浸透速度は粘性による抵抗の増大により時間の經過と共に遞減す。同時刻に於ける浸透距離は,液體の動的表面張力,接觸角,毛管半徑(繊維間隙の大さに相當す)の大なる程大にして,液體の粘性係數の大なる程小なり。
(5) 繊維物質による液體の毛管上昇状況は,同液體による同物質の浸透過程を展開せるものに略々相當し,該繊維物質の液體に對する接觸角がπ或ひはこれに極く近き場含は,浸透劑の添加量小なるもの程,即ち動的表面張力の大なるもの程常に上昇距離大にして,かかる場合には浸透劑の添加はその効果を理はさざるのみならす却て有害なり。又接觸角がπとπ/2の間にあれば,一般に浸透初期に於ては浸透劑添加量の大なるもの程,浸透速度大なるも,中期より後期に至るに從ひ,浸透劑添加量の小なるもの程上昇速度の減じ方小となるべし。かかる理由に就き説明を加へたり。
(6) 浸透劑添加の目的は,速かに所要藥劑溶液を繊維組織内に濕潤せしめ,以て藥劑の敷果を迅速に且つ均等にするにあり。然れども浸透劑を添加すれば何れの場合に於ても常に所要藥劑溶液の浸透を良好ならしむるものに非ずして,完全濕潤の場合には却つて浸透を妨ぐる作用をなす。即ち浸透劑の添加を必要とするは,不濕潤の場合及び比較的迅速に處理を行ふことを要する部分濕潤の場合なり。かかる場合に於ける浸透劑の添加要量は該浸透劑の界面活性度により差異あるも,一般的に言へば,濕潤の程度(所要藥劑溶液の該繊維に封する接觸角の大小)並に繊維組織の粗密により異にせざるべからす。一般に繊維組織の粗雜なる場合(毛管半徑大にして且つその長さ小なる場合)は浸透劑剤の添加量大なる程浸透良好なる傾向を示せども,繊維組織の緻密なる場合(毛管半徑小にして且つその長さ大なる場合)にありてはその用量に或る限界の存すべきは,本浸透理論並に實驗結果より推して容易に了解し得る所なり。
(7) 本浸透理論より推し,浸透劑試驗法としては被浸透繊維製品と同一なる繊維試料(主として織布の細長片を用ふ)による被侵檢透劑各濃度溶液の毛管上昇試驗に於てその上昇距離を時間的に測定比較する方法を推奨し,この場合毛管上昇中期に於ける上昇速度が實際浸透に於て最も重要因子なるべき理由其他に就き説明を加へたり。
(8) 防水作用と浸透作用との關係に就き述べたり。
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