2022 年 72 巻 1 号 p. 37-42
要旨:卵巣粘液性境界悪性腫瘍(mucinous borderline ovarian tumor ; MBOT)は,再発することの少ない予後良好な疾患として知られている。まれに再発を経験することはあるが,腹腔内における再発がほとんどである。今回我々は,初回手術から1年後に肺転移で再発した,希少な経過を辿ったMBOTの症例を経験したので報告する。症例は60歳代の2経妊2経産の女性で,1ヶ月続く労作時呼吸苦を主訴に近医診療所を受診し,骨盤内腫瘍と胸水貯留を指摘され,さらなる精査のため福島県立医科大学附属病院産婦人科に紹介となった。画像検査で15cm大の多房性嚢胞性腫瘍が認められたことから卵巣がんが疑われ,腹式単純子宮全摘術,両側付属器切除術,大網部分切除術が行われた。組織診断はMBOTでpT1cN0M0,ステージICと診断した。術後補助化学療法は行わずに経過観察をしていたが,術後1年で撮影したCTで両下肺野に1箇所ずつ小結節影を認めた。胸腔鏡下両肺下葉切除術がおこなわれ,肺病変の組織像は卵巣腫瘍,すなわちMBOTとの形態学的類似性がみられていた。また,肺病変と卵巣腫瘍の免疫組織学的プロファイルが一致していたことや,原発性肺腺癌で高率に陽性となるTTF-1(Thyroid transcription factor-1)が陰性であったことから,MBOTの肺転移再発と診断した。MBOTの肺転移は非常にまれであるが,早期進行期での再発例や,初回手術後に長期間経過してからの再発例が報告されており,進行期の程度によらず肺も含めた長期間のサーベイランスが必要であることが示唆された。
Abstract:Mucinous borderline ovarian tumors (MBOT) are known to have a good prognosis with a low recurrence rate, and most recurrences occur in the abdominal cavity. We herein describe a case of MBOT which recurred with metastasis to the lung one year following initial surgery. A 60-year-old female gravida 2 para 2 presented to her local clinic complaining of exertional dyspnea lasting over one cytokeramonth. She was found to have a pelvic tumor and pleural effusions, and was referred to the department of obstetrics and gynecology of Fukushima Medical University Hospital for further examination. A multilocular cystic tumor measuring 15 cm in diameter was observed via imaging, leading to a suspicion of ovarian cancer, and abdominal, simple hysterectomy, bilateral adnexectomy, and partial omentectomy were performed. The tumor was histologically diagnosed as pT1cN0M0 stage IC MBOT. The patient was followed up without any adjuvant chemotherapy ; however, a CT taken 1 year following surgery revealed nodular shadows, with one each in both lower lung fields. A thoracoscopic bilateral lung lobectomy was conducted, and the resected lung lesion indicated morphological similarities to the ovarian tumor (MBOT). Furthermore, because the immunohistological profile of the lung lesion and the ovarian tumor matched, and thyroid transcription factor-1(TTF-1), which is usually positive in primary pulmonary adenocarcinomas, was negative. Based on these findings, we diagnosed the lung lesion as a metastatic recurrence of MBOT. Although lung metastatic recurrence of MBOT is very rare, there are reports on recurrence in the early stages or after a long interval following initial surgery, thus suggesting a need for long-term surveillance of tumor recurrence including the lungs metastasis, regardless of the disease stage.
卵巣粘液性腫瘍はその多くが腺腫であるが,ときに卵巣粘液性境界悪性腫瘍(Mucinous BorderlineOvarian Tumor ; MBOT)にも遭遇する。MBOTは予後の良好な疾患であり1),まれに再発することがあっても腹腔内における再発がほとんどで2),肺転移など腹腔外における再発の報告例は非常に少ない3-8)。我々は初回手術から1年が経過した後に肺転移で再発したMBOTの1例を経験したので,その臨床経過とともに,若干の文献的考察も加えて報告する。
症例: 60歳代 女性
妊娠分娩歴: 2経妊2経産
既往歴: 幼少期に虫垂炎のため切除術。
家族歴: 兄が膵癌または肝癌(詳細不明)。
現病歴: 1ヶ月続く労作時の呼吸苦を主訴に近医診療所を受診し,骨盤内巨大腫瘍と胸水貯留を指摘され,精査加療のため福島県立医科大学附属病院産婦人科に紹介され受診となった。骨盤MRI検査で長径15cm大の多房性で一部に充実成分を伴う腫瘤を認めた(図1a, b)。胸部単純レントゲン検査では右胸水貯留を認めた(図1c)。右胸水を穿刺吸引し細胞診に提出したが陰性であった。造影CTでは,明らかなリンパ節転移および遠隔転移を認めなかった。腫瘍マーカーは,CA19-9 : 204 U/ml,A125 :278 U/ml と上昇を認めた。子宮頸部細胞診はNILM,内膜細胞診は陰性であった。
卵巣がんを疑い開腹手術を行う方針とした。開腹時の所見では右卵巣由来の腫瘍を認め,付属器切除を行う際に腫瘍が破綻し粘液性の内容液がおよそ2リットル漏出した。腫瘍を術中迅速病理組織診に提出,MBOTとの結果を受けて,標準術式として子宮および対側付属器,大網を追加で切除した。大網や腹膜には明らかな播種を認めなかった。
摘出した腫瘍は,肉眼的に多房性嚢胞性の病変で粘液を含んでいた(図1d)。組織像では杯細胞など腸上皮に類似した構造をもつ細胞が乳頭状に増殖する形態を呈していた。腫瘍細胞の核は多層化や重層化,核の大小不同などの核異型を呈していたが,異型の程度としては軽度であり,永久標本でもMBOTの診断となった(図1e, f)。子宮,大網への進展はなくpT1cNXM0 Stage IC1と診断した。腫瘍の脈管侵襲や間質浸潤,上皮内癌の存在は標本上確認されなかった。術後補助化学療法は行わずサーベイランスへ移行した。
初回手術から1年後にフォローアップ目的のCTを撮影すると,両下肺野に1箇所ずつ1cm弱の結節影を認めた(図2a, b)。骨盤内やリンパ節などに再発を疑う病変はなく,初回受診時に上昇していた腫瘍マーカー(CA19-9, CA125)の数値はいずれも正常範囲であった。MBOTの再発および原発性肺腫瘍の鑑別のため,呼吸器外科に切除を依頼し,二期的に両肺下葉切除を行った。肺病変の病理組織像はいずれも形態学的に卵巣腫瘍のものと類似していて(図2c, d),免疫染色プロファイルはcytokeramonth tin-7(CK7): 陽性,cytokeratin-20(CK20): 陰性,Hepatocyte nuclear factor-4α(HNF4α): 陽性であり,卵巣腫瘍との一致がみられた(図3)。また肺病変において,原発性肺癌で高率に陽性となるTTF-1が陰性であることを確認した。病理学的所見・臨床経過ともにMBOTの肺転移として矛盾せず,同診断とした。肺病変の切除後は,補助化学療法を行わずにサーベイランスに移行したが,1年後に再びCTで両肺野に多発結節をみとめ,これまでの経過から肺転移と判断した。患者の強い希望により化学療法は行わずCTでフォローアップを続けているが,肺結節はわずかに増大を認めるのみで初回再発の診断から3年が経過した現在も無症状で当院外来に通院している。
(a, b) 骨盤部MRI : 多房性で一部に充実成分を伴う腫瘤を認める(黄矢印,充実部成分は赤矢印)。
(c) 胸部レントゲン: 右胸水貯留を認める(緑矢印)。
(d) 摘出標本肉眼像: 多房性嚢胞性腫瘍。一部破綻している。内容は粘液を多く含んでいた。
(e, f) 摘出標本組織像:(順にHE 弱拡大,強拡大)腫瘍組織は杯細胞など腸上皮に類似した構造をもつ細胞が乳頭状に増殖する形態をとっている。腫瘍細胞の核は多層化や重層化,核の大小不同などの異型を呈していたが,全体として核異型は軽度であった。
(a, b) 肺腫瘍出現時の胸部CT画像: 両下肺野に1箇所ずつ結節影をみとめる(黄丸囲み)。
(c, d) 摘出標本HE組織像(弱拡大,強拡大): 左右とも卵巣病変と同様に腸上皮に類似した構造をもつ細胞が乳頭状に増殖する形態をとっている。核異型は軽度。
いずれもCK7が陽性(細胞質),CK20が陰性,HNF4αが陽性(核)と,免疫染色プロファイルが一致している。
※肺腫瘍のTTF-1は核にわずかにシグナルがみられるがこの程度の強さは陰性と判定する。
MBOTにおいて非常にまれな肺転移再発について,我々が経験した症例を臨床経過や検査所見含め呈示した。MBOTはアジア圏で最も多いタイプの卵巣境界悪性腫瘍で9),幅広い年齢層での発生がみられるが発生年齢の中央値は粘液性癌よりも早く(MBOT/粘液性癌 = 45/55歳)10),本邦では54例のMBOTのうち34例(65%)が45歳以下11)と悪性腫瘍よりも若年で発生する傾向が報告されている。治療は基本術式として患側付属器摘出術,大網切除術,腹腔細胞診,複数箇所の腹膜生検に加え,子宮全摘術および対側付属器切除を行う9,12)ことになっている。しかし早期のMBOTは非常に予後が良好ということもあり,妊孕性温存を希望する若年例においては,術中所見でI期の症例に対し子宮および対側卵巣の温存が行われている9,13)。Moriceらのレビューによれば,妊孕性温存手術は両側卵巣摘出術よりも再発率が高いが,再発した場合にもほとんどが追加手術で治せる境界病変であるため予後には影響しないとされる14)。日本と同様に境界悪性卵巣腫瘍におけるMBOTの比率が約7割である韓国15)からは,単施設での後方視的検討ではあるが,5 年間の観察期間でBOT に対する根治術群と妊孕性温存手術群との間に再発率に有意な差がみられなかった(5.1% vs. 4.9%)ことが報告されている4)。ただしMBOTは進行が緩徐で再発するまでの期間が長いことが特徴であり16),早期で治療されても術後20年経過してから再発した症例が報告されている17)ことから,基本術式で対応した症例も含めMBOTの術後サーベイランスは長期間にわたって行われる必要がある。
卵巣境界悪性腫瘍の再発リスク因子はこれまで諸家で検討が行われてきた。術中の腫瘍破綻や腹水細胞診陽性などは,報告されている再発例の半数以上がこれらに該当しないステージIA期の症例ということもあり14),再発リスク因子とみることはできない。
Moriceらのレビューによれば,MBOTでは微小間質浸潤や上皮内癌などを含めて病理組織学的に明らかな再発リスク因子は指摘されていない14)。一方で術式については,核出術にして卵巣温存した場合のリスクが指摘されており,MBOTでは漿液性境界悪性腫瘍よりも肺や骨などの腹腔外での再発する割合が高く,死亡率も高いことから核出術は推奨されていない14)。他にも,術中の腫瘍破綻や腹水細胞診陽性については,再発報告例の半数以上がこれらに該当しないステージIA期であり,再発リスク因子とみることはできない。本症例では,基本術式による治療を行っているので,特に再発リスクの高い状況はなかったと考えられる。なお,術後補助化学療法の実施は全生存期間に影響を及ぼさず,予後因子にはならない14)とされている。肺転移再発に限るとMBOTでの再発報告例は非常に少なく,国内外併せてわずかに7例の報告があったのみである(表1)。これらの症例をみると,進行期や初回手術の術式,術後補助化学療法の有無によらず肺転移再発をきたしていて,これまでに検討されてきた再発リスク因子のうち肺転移症例のあいだで特に目を引くような共通点はなかった。再発までの期間も23ヶ月~ 20年とばらつきが大きく,今後に症例数を増やしたうえでの詳細な検討が望まれる。
本症例における肺病変について,MBOT肺転移のほかに肺原発腫瘍を鑑別診断にあげていた。今回,両者の鑑別の一助として免疫組織学的染色に用いる抗体の標的にThyroid transcription factor-1(TTF-1)を用いたが,TTF-1は肺腺癌の組織検体を用いた免疫組織学的染色で高い陽性率を示すことが知られていて18),鑑別に有用なマーカーと考えている。ただ一方で肺腺癌でも陰性になることはあるので,TTF-1陰性の結果をもって直ちに卵巣由来であると断じることはできなかったが,本症例では肺病変と卵巣病変に形態学的類似性がみられたこと,他の免疫染色プロファイル(CK7陽性,CK20陰性,HNF4α陽性)に一致性があることから,MBOTの肺転移再発と診断した。
BSO : bilateral salpingo-oophorectomy
H : hysterectomy
USO : unilateral salpingo-oophorectomy
UOC : unilateral ovarian cystectomy
今回,非常にまれなMBOTの肺転移再発の1例を経験した。肺転移をきたすようなリスク因子やメカニズムはこれまでに明らかにされていない。進行例に限らずMBOTは晩期再発することがあるので,肺も含めた長期間のフォローアップが必要である。MBOTの肺転移を原発性肺腫瘍と区別するための一助としてTTF-1を免疫組織学的染色のマーカーに用いることの有用性が示唆された。現時点では報告数が少ないため,今後の知見の集積が待たれる。