2018 Volume 60 Issue 5 Pages 1068-1075
【背景・目的】進行食道癌におけるステント留置の有効性と安全性について後方視的に検討した.【方法】当科で2008年1月~2016年8月に金属ステント(Self-Expandable Metallic Stent;以下SEMS)留置を施行した進行食道癌42症例を対象とし,放射線治療の有無と留置したSEMSの種類で分類し,その有効性(Dysphagia score改善率,飲水や食事摂取までの期間,生存期間)と有害事象発現率を比較した.【結果】年齢中央値は67.5歳,腫瘍の占拠部位は中部食道が27例(64.2%)と最多だった.放射線治療有無別の比較では有効性,安全性共に有意差は認めなかった.SENS種類別の比較では有効性,全グレードの有害事象発現率において有意差はなかったが,重篤な有害事象(Serious Adverse Event;以下SAE)の発現はSEMSの種類に関連を認めた(P<0.01).【結論】SEMSの安全な留置のためには,ステントの機械的特性を考慮して症例ごとに適したステントを選択することが重要である.
進行食道癌による食道狭窄や食道気管瘻に対し,金属ステント(Self-Expandable Metallic Stent;以下SEMS)を中心としたステント留置は低侵襲で効果的な処置であり,食道癌患者のQOL向上に大きく寄与しているが 1),2),致命的な合併症も生じうるため,その適応については慎重な判断が求められる.特に,放射線治療(Radiation Therapy;以下RT)前後のSEMS留置については偶発症のリスクが高くなることが懸念され,これまでにもRT後のSEMS留置は致命的な有害事象のリスクを上昇させる可能性が指摘されてきた 3)~5).しかし,近年新たに食道用SEMSがいくつか登場し,拡張力(radial force)等,以前のものとは異なる特性をもつSEMSの留置が可能となったが,こうしたステント特性の差異に着目して有効性や安全性を検討した報告は未だ少ないのが現状である.今回,当科における2008年以降の進行食道癌患者に対するSEMS留置例を対象に,その有効性と安全性に及ぼす影響について検討した.
2008年1月~2016年8月に当科においてSEMS留置術を施行した進行食道癌42症例を対象に後ろ向きコホート解析をおこなった.
2.有効性の評価SEMS留置の有効性の評価については,留置後の経口摂取の状況をMellowらによるDysphagia scoreを用いて評価した(Table 1) 6).また生存期間についても評価した.
Dysphagia score.
SEMS関連有害事象の発生状況を,病変部位・ステントの種類・放射線治療歴の有無などの点から評価し,Common Terminology Criteria for Adverse Events(CTCAE)v4.0においてGrade3以上の有害事象を重篤な有害事象(Serious Adverse Event;以下SAE)と定義した.
4.統計解析統計ソフトJMP ver13.0(SAS社,USA)を使用し,各群間の比較にはStudent’sのt検定,χ 2検定,ログランク検定を行い,p<0.05のときに有意差ありと判断した.
なお,本臨床研究にあたり院内倫理委員会による研究計画の承認を得た.
患者背景をTable 2に示す.SEMSを予定された患者はすべて食道扁平上皮癌であり,腫瘍の占拠部位は中部食道が27例(64.2%)と最も多かった.ステントの留置の目的は狭窄解除が25例と最も多く,瘻孔閉鎖目的は17例であり全例でDysphagia score2以上の高度狭窄を認めていた.良性狭窄の症例は認めなかった.SEMS留置が予定された患者すべてにSEMSは留置できた.食道癌診断後ステント留置までの期間の中央値は約5カ月(161日[11-1,944日])で,前治療として化学療法のみ施行された症例16例,RT単独施行例3例,化学療法およびRTが同時ないし異時的に併用された症例は23例であった.RT施行前や施行中にSEMSを留置した症例はなかった.留置したステントはBareタイプ2例,Partial coveredタイプ22例,Fully coveredタイプ18例で,SEMSの種類はUltraflexTM®(Boston Scientific)が17例,HANAROSTENT®(M.I. Tech)が25例で,2011年12月以降はすべての症例にHANAROSTENT®が選択された.
患者背景.
SEMS留置の有効性をTable 3に示す.SEMS留置前は26例(61.9%)で飲水可能であったが,SEMS留置後はほとんどの症例で狭窄症状は改善し,39例(92.9%)で飲水可能となった.残りの3例は,SEMS留置は問題なくできたが,原病による全身状態不良のため十分量の飲水が行えなかった.SEMS留置後飲水開始までの期間の中央値は2日[1-7日]であった.食道気管瘻症例17例のうち,14例(82.4%)で瘻孔が閉鎖し飲水可能となった.また全体のうち31例(73.8%)で流動食以上が摂食可能となり,摂食開始までの期間の中央値は7日[1-23日]であった.Dysphagia scoreは36例(85.7%)でSEMS留置後に改善し,SEMS留置前のDysphagia scoreは平均3.36であったのに対し,SEMS留置後のDysphagia scoreは平均2.10であり,1ポイント以上の改善を認めた.留置後にDysphagia score が悪化した症例はなかった.
有効性.
SEMS留置の生存期間の中央値は52日[3日-300日]であった.SEMS留置後,10例で化学療法が施行されたが,残りの32例ではbest supportive care(BSC)となった.
3.SEMS関連有害事象SEMS留置に関連した有害事象として,食道違和感25例(59.5%),疼痛21例(50.0%),発熱16例(38.1%),心房細動5例(11.9%),ステントトラブル6例(14.3%),消化管出血2例(4.8%),心不全1例(2.4%),縦隔穿破1例(2.4%)を認めた.ステントトラブルの内訳は,ステント逸脱が3例,ingrowth,overgrowthがそれぞれ2例,ステント破損が1例であった.SAEを5例認め,その内訳は,2例が消化管出血,1例が縦隔穿破,1例が血圧低下を伴う心房細動,1例が気管圧排に伴う閉塞性肺炎であった(Table 4).
重篤な有害事象例.
SEMS留置における有効性,有害事象に関し,RTの有無別で比較検討をおこなった(Table 5).
放射線治療有無別の比較.
RT施行群は26例,RT非施行群16例であった.有効性については,Dysphagia Scoreは,RT施行群で20例(76.5%),RT非施行群で14例(87.5%)に改善を認め両群間で有意な差は認めなかった.また,スコア改善の程度も,RT施行群で-1.19,非施行群で-1.38であり,両群間で有意差は認めなかった.飲水が可能となるまでの期間,食事が可能となるまでの期間,生存期間に関してはいずれも有意差を認めなかった.
全グレードの有害事象の発現率においては,RT施行群で23例(88.5%)とRT非施行群で14例(87.5%)に発生が見られ,発現率に両群間で有意差は認めなかった.SAEはRT施行群で3例(11.5%),RT非施行群で2例に発生しており(12.5%),有意差は認めなかった.
5.SEMS種類別有効性および有害事象の比較SEMS留置における有効性,有害事象に関し,SEMSの種類で比較検討をおこなった(Table 6).
SEMSの種類別の比較.
SEMSの種類はHANAROSTENT®群(以下H群)が25例,UltraflexTM®群(以下U群)が17例であった.有効性についての検討では,Dysphagia Scoreは,H群で20例(80.0%),U群で16例(94.1%)に改善を認め,U群でやや良好であったが統計学的有意差は認めなかった(P=0.374).また,スコア改善の程度も,H群で-1.08,U群で-1.53であり,両群間で有意差は認めなかったがU群でスコア改善程度の高い傾向はあった(P=0.06).飲水が可能となるまでの期間はH群2日[0-8日],U群6日[1-19日]であり,H群で有意に短かったが(HR=2.73,p=0.01),食事が可能となるまでの期間,生存期間に関しては有意差を認めなかった.有害事象についての検討では,全グレードの有害事象の発現率においては,H群で21例(84.0%),U群で16例(94.1%)に発生が見られ,両群間で有意差は認めなかった.SAEは5例すべてがU群に発生しており,有意にU群で発生率が高かった(p<0.01).
SAEを発生した5例の詳細をTable 4に示す.5例すべてがU群であり,3例がRT施行例,2例がRT非施行例であった.また5例中3例が2週間以内にSAEを生じていた.なお消化管出血のうち1例と縦隔穿破をきたした症例は致死的であり,直接死因となった.
進行食道癌において食道狭窄や食道気道瘻はしばしば認められ,狭窄例における摂食障害は患者のQOLを著しく損ねる.また,食道癌の5-15%に合併するとされる 7),8)食道気管瘻は,経口摂取困難による栄養状態不良と呼吸器症状が相まって,しばしば致命的な経過をたどる.SEMSは,こうした症例に対して内視鏡下で低侵襲に留置することができ,食道狭窄を拡張し,短期間で飲水や経口摂取の状況を改善し 1),さらに,瘻孔形成例においては,瘻孔に伴う呼吸器症状の改善も期待できる有効な対処法である 1),2).
今回のわれわれの検討では,SEMS留置が予定されたすべての症例で留置が可能であり,SEMS留置後の経口摂取再開率は非常に高く,また,留置後短時間で経口摂取可能となっており,既報 1),9)と一致する良好な結果であった.RT有無別での比較で有効性には差は認めず,ステントの種類別での比較ではいずれのステントも経口摂取再開率は良好で,Dysphagia scoreの改善の程度も高い結果であった.U群でやや改善の程度は高いがステント間で有効性に差は認めず,悪性狭窄や食道気道瘻に対するSEMS留置は,RTの有無やステントの種類に関わらずQOLの改善に有用と考えられた.
一方で,SEMSには重篤な有害事象も発生するため,その適応には慎重な態度が望まれる.これまで,RT施行後のSEMS留置は致命的な有害事象のリスクを上昇させる可能性が指摘されてきた.Nishimuraらは食道学会のアンケート調査をまとめて,RT施行前またはRT施行中にSEMS留置47例の安全性データを2005年に報告した.47例中,24例でGrade3以上の非血液毒性,13例で瘻孔形成や増悪,10例で出血,10例が治療関連死しており 3),RT施行前およびRT施行中のSEMS留置は,致死的な合併症を増加させる可能性を指摘している.RT施行後の症例においても,SEMS留置による重篤な偶発症の報告がいくつかあり 4),5),9),2012年の本邦の食道癌診断・治療ガイドラインでは,RT施行前・施行中のSEMS挿入は原則として避けるべきとされており,RT施行後のSEMS留置は,経口摂取に対する要望がきわめて強い場合,合併症について十分な説明を行った上で留置を行うとされている 10).その後の2016年に発刊されたヨーロッパのガイドラインでも,RT施行前・施行中のSEMS挿入は原則として避けるべきで,RT施行後のSEMS留置に関しては一定の見解がないとしている 11).こうした背景からRT前後でのSEMS留置に関して慎重になる傾向があるが,RT施行後の狭窄や瘻孔に対しては,偶発症リスクも十分考慮した上で,SEMS留置を選択する機会は少なくない.今回のわれわれの検討では,RT施行歴の有無でSEMS留置の安全性に有意差は認めず,RT施行例においてもステント留置は比較的安全に行えると考えられた.
一方,SEMS関連有害事象の発生には,留置するステントの種類も影響している可能性が考えられる.現在,食道ステントは特性の異なる複数のステントが市販されており,本邦では5社のステントが保険承認されている 12).ステントの特性は,使用する素材や編み方,ステント径,カバーの有無などにより多様である.Isayamaらはradial force(拡張する力)とaxial force(まっすぐになる力)により定義される機械的性質(mechanical properties)を用いることで,ステントの特性を客観的に評価できることを報告している 13).彼らは胆管SEMSにおいて報告を行っているが,食道SEMSにおいても,最近,Hirdesらが各ステントのmechanical propertiesを評価し報告している 14).彼らは,食道SEMSをradial forceとaxial forceから5つのグループに分類した.この分類によると,UltraflexTM®はグループ1(a moderate to high radial force and a low axial force),HANAROSTENT®はグループ2 (a moderate radial force and axial force)に分類されている.このようなステントのmechanical propertiesは,臨床における効果や有害事象に影響することが予想されるが,これまでのところこうしたステントの特性に着目して臨床的アウトカムを検討した報告はほとんどない.Verschuurらは,ポリエチレン製のステント(Polyflex stent®)と2種類のSEMS(Ultraflex stentTM®, Niti-S stent)の食道悪性狭窄に対する有効性と安全性を比較するランダム化試験を行い,安全性においてはステント間で差がなかったと報告している 15).しかし,評価を行った125例のうち,RT施行歴を有する症例は15例(12%)と少なく,RT施行歴がありSAE発現リスクが高いと考えられる対象例に対して,ステントのmechanical propertiesの差異がどのように影響するかについては明らかとなっていない.われわれの今回の検討は,RT施行歴を有する症例が6割強含まれており,SAE発生リスクが比較的高い集団での検討であったと考えられる.こうしたハイリスク群においては,ステントの機械的特性(mechanical properties)の差異がSAE発生により強く影響を及ぼすと予想される.食道癌による食道狭窄に対するステント留置において,水本らは,食道が直線的な臓器であり,狭窄部位の拡張が主目的であることを考えると,axial forceよりもradial forceをより重要視すべきであると提唱している 16).強固な狭窄に対しては強いradial forceの必要性が高い一方で,穿孔・出血などの有害事象予防の観点からは,過度に強いradial forceはステント関連有害事象のリスクを高めることが懸念される.
本検討では,radial forceの強いUltraflexTM®とradial forceが中等度のHANAROSTENT®で比較を行ったところ,有効性に関しては,dysphargia score改善の程度が有意差はないもののU群で良好な傾向を認めた.SAEについては,H群では発生を認めず,SAE発生の5例はすべてU群であり,有意に多い結果であった.SAEが有意にU群で多かったことに関して,強いradial forceが影響している可能性が考えられる.一方で,U群でdysphagia score改善の程度が良好な傾向を認めたことも,強いradial forceが影響していると考えられる.以上の結果から,特に放射線治療歴を有するようなSAE発現リスクが高いと考えられる症例に対しては,radial forceの弱いステントの使用が望ましいと考えられ,一方で食道粘膜上皮が正常である壁外性圧排の症例などでは,radial forceの強いステントを選択すべきなのかもしれない.今後は各ステントのmechanical propertiesを考慮して,症例に応じて適切なステントを使い分けていくことが望ましいと考えられる.
カバーの有無に関しては,bareとcovered typeで前向き試験が行われ,covered typeの有用性が示されたため 17),一般的にcovered typeが使用されることが多い.今回の検討でも9割以上の症例がcovered typeであった.partially coveredとfully coveredの比較は前向き研究では行われていないが,Hirdesらの報告では,同一ステントのpartially coveredタイプのものとfully coveredタイプのものは,同じグループに属していており,partially coveredとfully coveredの違いでmechanical propertiesに大きな違いは生じていないことが示唆される.
今回の検討は症例数も少なく,後方視的な検討であるため,ステントのmechanical propertiesと食道ステント留置の有効性,安全性との関連ついての評価には限界がある.食道ステントの選択肢が増加した現状においては,ステントのmechanical propertiesという観点からSEMSの有効性,安全性を再検討し,症例ごとに最も適したステント選択が可能となることが期待される.悪性食道狭窄におけるSEMSのmechanical propertiesの意義を明確にするために,より多数例での前向き試験による検証が今後必要と考える.
当科における進行食道癌に対するステント挿入術の治療成績をretrospectiveに検討した.SEMS留置は,RT施行歴に関わらず,有効性,安全性ともに高い結果であったが,SEMS種類別の比較では,ステントのmechanical properties の違いがSAE発現に関連している可能性が示唆されたステント留置を安全に行うためには,RT施行歴の有無とともに,留置するステントの選択が重要である.ステントのmechanical propertiesを考慮し,食道壁が脆弱であることが予想される症例ではradial forceの弱いステントを使用するなど,症例ごとに適したステント選択を行うことで,RT施行の有無に関わらず安全かつ有効なステント留置が行えることが期待される.
統計解析をご指導いただきました,京都府立医科大学生物統計学教室助教横田勲先生に感謝申し上げます.
本論文内容に関連する著者の利益相反:内藤裕二(富士フイルムメディカル),伊藤義人(富士フイルムメディカル)