2019 Volume 61 Issue 12 Pages 2590-2596
【目的】アスコルビン酸含有高張ポリエチレングリコール液(Asc-PEG)とグリセリン浣腸(GE)を使用した大腸カプセル内視鏡検査(CCE)の前処置の有効性を検討した.【方法】多施設でAsc-PEGとGEを用いた前処置によるCCEを施行し,洗浄度・全大腸観察率および関連因子・大腸ポリープ検出率・有害事象の有無を前向きに検討した.【結果】82例を解析した.洗浄度は適切(優・良)が82%(67/82例)であった.全大腸観察率は83%(68/82例)であった.全大腸観察例で小腸通過時間が有意に短かった(p=0.025).カプセル排出困難27例にGEが使用され,78%(21例)で肛門排出を誘導できた.大腸ポリープ検出率は49%(40/82例)であった.全例有害事象は認めなかった.【結論】Asc-PEGとGEを用いたレジメンは,CCEの有用で安全な前処置法となる可能性が示唆された.
大腸癌は全世界で死因の主原因となっており 1),本邦でも大腸癌は女性の死因の第1位で,男女合わせて第2位となっている 2).本邦では1992年より2回の便潜血反応と大腸内視鏡検査(CS)を組み合わせた大腸癌スクリーニング検査が開始されたが 3),受診率は男性で41%,女性で35%と他国と比較すると低い 4).その原因として,内視鏡検査における痛みや不快感,局所を見せることへの羞恥心,検査自体の穿孔・出血へのリスクへの不安などが挙げられている.2006年より欧州で臨床応用可能となった大腸カプセル内視鏡(CCE)は患者がカプセルを嚥下するのみで行える簡便な検査で,これらCSを受けたがらない患者に対しての有用性が期待されている.第2世代CCEの精度は6mm以上の大腸ポリープ検出の感度は84から94%,特異度は64から88%でCSとほぼ同等のポリープ検出能があるとの報告もあり 5),現在大腸スクリーニング検査としての地位を確立しつつある.本邦では2014年よりこの第2世代CCEによる保険診療(CS未完遂例およびCS施行困難予想例)が開始されている.その一方で,カプセルの排出時間は個人差が大きく,早く排出される場合は検査時間も短く,その受容性も良いが,遅延症例は下剤の内服量が増加し,患者が精神的,身体的に検査の継続に耐えられずCCEを途中で断念する症例も日常診療で経験する.そのため患者受容性を向上させるため有効な工夫が望まれる.近年CSの前処置で採用となったアスコルビン酸含有高張ポリエチレングリコール液(モビプレップ;EAファーマ,東京)(以下Asc-PEG)はCSにおいて従来のポリエチレングリコール液(以下PEG)に比べて高張で,アスコルビン酸による蠕動亢進作用もあるとされ,下剤内服量が減量可能で良好な洗浄度も得られることが報告されていることから 6),CCEにも応用可能と考えられた.またカプセルが長時間,直腸・S状結腸の停滞する例を経験するが,GEを用いることで下剤の内服を追加することなく,カプセルの排出遅延を解消できる可能性を考えた.そのため今回われわれはこれらの手法を用いたCCEにおける前処置の有用性と安全性を検討した.
本研究(CCEの最適な前処置法の検討)では2015年8月より2017年12月まで9施設でのCCEを前向きに登録するデータベースを作成した.この研究はヘルシンキ宣言の趣旨に沿って行われ,各施設の倫理委員会で承認された.すべての患者から書面による同意を得た.臨床研究登録でUMINへの登録を行った(UMIN000018579).
患者選択基準は,1)CCEの適応のある患者,2)主要臓器機能が保たれている患者,3)試験参加について研究本人から文書で同意が得られている患者とした.除外基準は1)胃腸管狭窄または閉塞,腸管穿孔,巨大結腸症などが疑われるため前処置やCCE施行リスクが高いと判断された場合,2)妊娠・妊娠中の可能性がある,3)精神病または精神症状を有し,試験への参加が困難と判断される,4)2週間以内に抗菌剤使用のあった場合,5)その他,試験責任医師が不適切と判断した場合とした.
用いたカプセルはすべてPillCamCOLON2(Medtronic,Minneapolis,USA)であった.前処置は検査前日の自宅でのブラウン変法にもとづいた検査食の摂取と夜にクエン酸マグネシウム(マグコロールP;堀井薬品工業,大阪)30g(本剤50g)を水180mLで溶解した高張液を内服した.就寝前に0.75%ピコスルファートナトリウム10mLを内服した.検査当日は起床時にモサプリド20mgを内服.カプセルの内服2時間前よりAsc-PEG 1.2Lと水分600mLを服用した.観便で便の性状を確認し,便が透明感のある液体状態になるまでAsc-PEGを追加内服し,その後にジメチコン水2mL,プロナーゼ0.5g内服後にCCEを嚥下した.リアルタイム・ビューアーでカプセルが胃内に停滞している場合,メトクロプラミド10mgを静脈注射し,胃からの排出を促進した.カプセルの排出を促進する目的で下剤等の追加処置ブースターを行った.ブースター1として(カプセルが十二指腸に移動した時点)でクエン酸マグネシウム50gを900mLで溶かして服用した.その後カプセルが排出されない場合はブースター2としてAsc-PEG 400mLとジメチコン水200mL,ブースター1開始後2時間で大腸に到達しなければ,ブースター3として,Asc-PEG 400mLと水200mLを服用した.大腸到達1時間後に軽食を許可し,大腸到達後3時間ないしは夕方16時の時点で,排出がない場合GE 110から120mLを施行した.検査中は腸管蠕動を促進する目的で歩行や大腸のひだで停滞しているカプセルを動かす目的で階段昇降運動をうながした7).また下剤服用の速度は160mLを10分程度で飲むよう指導した(Table 1).検査終了後は,データレコーダー(DR3)を専用の読影ソフトウェア(RAPID ソフトウェア v8.0かv8.3)搭載のワークステーションにダウンロードした.下剤内服量,小腸通過時間(カプセルが十二指腸に到達してから回腸末端に到達する時間)と大腸通過時間(カプセルが盲腸に到達してから肛門から排出されるまでの時間),全大腸観察率(カプセルが肛門より排出ないし,歯状線が確認できた場合),腸管洗浄度を検討した.腸管洗浄度は4段階で5つの大腸セグメントごとに判定,「優」はほんのわずかな量の便の付着しかない,「良」は少量の便や濁った液体はあるが読影を妨げるほどでない,「可」は完全に信頼性のある検査を妨げる量の便や濁った液体がある,「不可」は大量の便があると定義した.大腸全体の洗浄度は,各セグメントの最も低い評価を採用し,優と良を適切と評価した.所見は各施設の1名または2名以上の日本カプセル内視鏡学会(The Japanese Association for Capsule Endoscopy, JACE)認定支援技師および1名または2名以上の熟練医師(JACE指導医)により読影した.
大腸カプセル内視鏡検査レジメン.
有害事象の定義は,カプセルの滞留(14日以上肛門からの排出が確認できない場合),およびそれによる腸閉塞,下剤内服による腸閉塞・腸管穿孔・嘔吐によるマロリー・ワイス症候群,嚥下性肺炎とした.今回われわれはこれらの患者を対象に1)洗浄度および関連する因子,2)全大腸観察率および関連する因子,3)大腸病変検出率,4)有害事象の有無を検討した.
統計解析法はすべての連続変数は平均値と標準偏差で示した.統計処理は各因子の比較にはFisher正確確率検定・Pearsonカイ二乗検定もしくは独立t検定を用いた.すべての検定について有意水準をp値<0.05とした.統計解析はIBM SPSS STATS CLOUD BASE AU PER MONTH(SPSS Inc, Chicago, USA)を用いた.
登録された対象患者は82例,男性45例,女性37例で,平均年齢は60.0±13.8歳(31-85歳)であった.検査目的として器質的異常によりCSが実施困難41例(50%),CSで全大腸観察が不完全39例(48%),自費2例(2%)であった.器質的異常の内訳は,7例が術後の腸管癒着(子宮および卵巣摘出術,生体肝移植,左腎臓癌術後,手術名不明,子宮癌術後,子宮卵巣術後癒着,腸閉塞術後),1例子宮内膜症と5例炎症性腸疾患による腸管癒着,そして28例が結腸過長症であった.
1.洗浄度および関連する因子洗浄度は「優」31例(38%),「良」36例(44%),「可」「不可」15例(18%)であった.平均下剤内服量は3,613±514mL(1,530-4,300mL)であった.洗浄度と年齢・小腸通過時間・大腸通過時間・下剤内服量との間に有意な関連はなかった.洗浄度が適切でない患者の割合は男性では,45例中12例,女性では37例中3例と,男性で洗浄度が適切でない割合が多い傾向を認めたが有意差はなかった(p=0.058).また,左側結腸(脾彎曲から直腸)と右側結腸(脾彎曲から盲腸)の洗浄度に有意な男女差は認めなかった(Table 2).
洗浄度と各因子との関連.
全大腸が観察可能であった症例は68例(83%)であった.平均小腸通過時間は75±36分(28-181分)で,平均大腸通過時間は172±95分(28-491分)であった.全大腸観察の有無と年齢・性別・大腸通過時間との有意な関連は認めなかった.全大腸観察可能群で小腸通過時間が有意に短かった(67±27分 vs 107±58分,p=0.025)(Table 3).
全大腸観察の有無との各因子の関連.
GEは27例(33%)に使用されていた.うち全大腸の観察が21例(78%)で可能であった.
3.大腸病変検出率大腸病変(ポリープ・腫瘍性病変・潰瘍性病変・びらん・その他を含む)は71%(58/82例)に認め,大腸ポリープ検出率(すべての大きさを含む)は49%(40/82例)であった.
4.有害事象の有無本研究においてすべての症例で有害事象は認めなかった.
本研究は,Asc-PEGとGEを用いたCCEの前処置の有用性を多施設で前向きに検討した初めての報告である.全大腸観察率・適切な洗浄の頻度が80%を超えており,平均下剤内服量も比較的少なめであった.従来,欧州でのCCEの前処置・ブースターを含めた下剤内服量は検査前日・当日の2日間で4.5-6Lと多いため 8)~12),本邦で施行可能な日本人に受容性のある検査レジメンの構築が必要とされている.本邦で2009年から2010年に施行されたPEGを用いたCCEの臨床治験(n=66) 13),14)では全大腸観察率は71%,腸管洗浄が適切であった割合は93%で,平均下剤内服量は3,800mL(2,900-4,100mL)であった.本研究の結果では治験と比較して,平均下剤内服量は3,613mLと少なく,CCEの全大腸観察率は83%と高かったが,腸管洗浄が適切であった割合は82%とやや低い結果であった.Asc-PEGを用いたCCEの検討でHartmannら 15)は50例のCCEの前処置にAsc-PEGを用い検討し,前半26例は1,000mLのAsc-PEGを前日内服・750mLを当日内服,後半24例は当日のAsc-PEGを1,000mLに増量し,PEGをブースターに使用して,適切な洗浄が得られたのはそれぞれ82%と83%で,全大腸観察率は76%であったと報告している.PEG以外に排出を促進するブースターとしてSodium phosphate solution(NAP)を用いた前処置法が欧州では一般的に用いられるが 16),NAPの腎毒性・電解質に与える影響から現在米国での使用は限られており,本邦では保険収載されていない.Asc-PEGに追加して使用されたNAP以外のブースターの検討では,本邦より「アミドトリゾ酸ナトリウムメグルミン液(ガストログラフィン)」と「ひまし油」を用いたブースターの有用性の報告がある 17),18).Togashiら 17)は2施設でのCCE 29例を探索的に検討し,前日・当日の1,500mLのAsc-PEGによる腸管洗浄液内服の前処置レジメンに当日マグコロール900mLとX線造影剤の「アミドトリゾ酸ナトリウムメグルミン」50mL内服のブースターを加えることで全大腸観察率97%,適切な腸管洗浄の割合が90%と,高い排出率・良好な腸管洗浄が得られたと報告している.しかし,「アミドトリゾ酸ナトリウムメグルミン」は本邦では下剤の適応はなく,またヨードアレルギー患者には禁忌であることなどから広く普及していない 17).
Ohmiyaら 18)は本邦4施設319例の後ろ向き検討により,当日カプセル内視鏡嚥下前のAsc-PEG 750mL-1,500mL内服にブースターとしてAsc-PEG 1,500-2,250mLに加え30mLの「ひまし油」を内服することで,平均下剤内服量は3,082mL(1,200-9,280mL)で良好な腸管洗浄度(74%が適切),高い全大腸観察率(97%)を得たと報告している.「ひまし油」は腸内で胆汁の共存下リパーゼの作用によって加水分解されリシノール酸ナトリウムを生成し,結腸に影響しないで小腸および盲腸を収縮して瀉下作用をあらわすとされている 18).Ohmiyaら 18)の検討では小腸通過時間は有意に「ひまし油」を使用した群で短かった.本研究でも,小腸通過時間が短い症例で有意に全大腸観察率が高かった.これらより,カプセルの小腸通過時間を短縮することにより,全大腸観察率を向上させることが期待できると考えられた.「ひまし油」は妊婦あるいは妊娠の可能性のある症例には子宮破裂のリスクがあり禁忌ではある 18)が,現在JACEの推奨レジメンとして採用されている.S状結腸でカプセルが長時間停滞し,排出されない例をしばしば経験するが,カプセルが排泄されないためブースターにより下剤内服量が増加する.本研究では,GE使用27例中21例(78%)においてカプセルが肛門から短時間で排出され,その有効性が確認できた.今回のレジメンでは,検査時間,主に大腸到達後の時間でGEの使用を選択したが,リアルタイム・ビューアーでカプセルの位置を確認し,GEの使用を選択することにより,有効性をさらに向上できる可能性が考えられる.今後症例を増加し,その有効性についてさらに検討が必要である.
ポリープ検出精度に関してはOhmiyaらはCSをゴールドスタンダードとした場合に「ひまし油」を用いた群の感度は82%,特異度は80%と報告している 18).またTogashiら 17)はCCEで6mm以上のポリープは52%の症例で認められたと報告している.本研究ではすべての大きさでのポリープの検出率は49%で,ポリープの大きさの選択基準が異なり,単純に比較は困難であるが,Togashiらの報告とほぼ同等と考えられた.
本研究にはいくつか限界があり,第一に対象人数が82名と少ないことである.洗浄度は男性が女性より劣る傾向を認めた.この結果に関しては,女性が検査時間内にカプセル排出困難な症例,すなわち特にS状結腸から直腸が評価できていない症例が多く,両者が適切に評価されていなかった可能性が考えられた.しかし,男性と女性の洗浄度を比較した所,S状結腸から直腸を含む左側結腸でも右側結腸でも男女間で有意な洗浄度の差は認めなかった.今後さらに症例を追加し検討が必要と思われる.また,腸管長や,腸管蠕動に関与する基礎疾患についても検討が必要である.第二にS状結腸に停滞しているカプセルをGEで強制排出させることにより,S状結腸から直腸の病変を見落とす可能性が懸念される.CS困難予測例でGEを使用されたCCEの症例は,同日か半年以内にS状結腸鏡を追加し,病変の見落としがないかを確認した結果,追加治療を要する所見の不一致の報告はなかった.
多施設前向き研究によりAsc-PEGとGEを使用するレジメンは従来のCCEの前処置と比較してその有効性が確認された.今後さらなるCCE前処置の工夫の検討が必要と考えられた.
謝 辞
本研究の症例収集に参加した川崎医科大学,岡山大学,岡山市民病院,岡山医療センター,広島大学,山口大学,セントヒル病院,松江赤十字病院,鳥取大学,香川県立中央病院,KKR高松病院,兵庫医科大学,中江病院の医師・関係者に感謝の意を表する.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし