2021 Volume 63 Issue 11 Pages 2343-2349
幽門腺腺腫は高齢者の胃体上部から体中部に発生する幽門腺への分化を呈する比較的まれな腫瘍である.症例は78歳男性で上部消化管内視鏡で胃体中部前壁に,境界明瞭な陥凹を伴う粘膜下腫瘍様病変を認めた.陥凹内部には粘液に覆われる大小不同・形状不均一な絨毛状・乳頭状構造を呈する隆起を認めた.内視鏡的粘膜下層剝離術を施行し,病理組織学的に,内反性増殖を示した幽門腺腺腫と診断した.幽門腺腺腫は胃底腺型胃癌と同一のスペクトラムにある低異型度胃型腫瘍の一つとされる.自験例は特異な内視鏡像を呈し,病変の成り立ちと病理組織学的な細胞分化を検討する上で有用な症例であると考える.
胃腺腫は境界明瞭で管状構造が主体の非浸潤性上皮性腫瘍である 1).また,胃癌取扱い規約第15版では胃腺腫は腸型腺腫と胃型腺腫に分類される 1).胃型腺腫は幽門腺腺腫とも呼ばれ,高齢者に多く,胃体上部から体中部の胃底腺領域に萎縮胃粘膜に関連して発生する 2).肉眼型は隆起型(0-Ⅰ型)ないし表面隆起型(0-Ⅱa型)を呈することが多く,内反性増殖を示す症例は25%程度とされる 2).幽門腺腺腫は頸部粘液細胞から幽門腺細胞への分化を示す良性腫瘍で,淡明あるいは好酸性の細胞質と小型円形核を有する立方細胞が大小の管状増殖する組織像を示す 1),3).今回,われわれは内反性増殖を示した幽門腺腺腫(inverted pyloric gland adenoma)の1例を経験した.興味深い形態を呈し,内視鏡的・病理学的所見の考察を加えて報告する.
症例:78歳,男性.
既往歴:30歳代で胃潰瘍治療歴あり.60歳代から慢性閉塞性肺疾患,糖尿病,高血圧加療中.70歳頃,他院で脊柱管狭窄症手術歴あり.75歳頃,他院で前立腺癌に対して放射線治療後.78歳でラクナ梗塞治療歴あり.
生活歴:喫煙歴は20本/日を60年間.飲酒歴は1合/日(日本酒換算)を60年間.
家族歴:父親は脳卒中,母親は乳癌で他界.兄に胃癌,弟に脳卒中治療歴あり.若年発症の癌家族歴はない.
現病歴:胃潰瘍既往のため,他院で毎年上部消化管内視鏡を施行していた.2014年にHelicobacter pylori(HP)除菌を行った.2019年3月定期内視鏡目的でかかりつけ医より当院紹介となった.
内服薬:ラベプラゾールナトリウム錠10mg/日,ジルチアゼム塩酸塩100mg/日,シダグリプチンリン酸塩配合錠100mg/日,メトホルミン塩酸塩錠500mg/日,カンデサルタンシレキセチル錠8mg/日,アムロジピン5mg/日,アンブロキソール塩酸塩徐放カプセル45mg/日,クロピドグレル50mg/日,リマプロストアルファデクス錠5μg/日,プレカバリンカプセル100mg/日.
現症:身長156cm,体重49.6kg.体温36.7℃,血圧130/98mmHg,脈拍70bpm(整).心音整,呼吸音整,腹部は平坦で圧痛なし.
検査所見:血清HP抗体陰性,尿素呼気試験陰性であり,除菌後に矛盾しない所見であった.CEA 4.6ng/ml,CA19-9 11.5U/mlと腫瘍マーカーの上昇はなく,抗胃壁細胞抗体や抗内因子抗体も陰性であり,その他に特記すべき事項も認めなかった.
上部消化管内視鏡所見:胃前庭部では腸上皮化生が目立ち,胃体下部には黄色腫を認め,胃角部から胃体下部のregular arrangement of collecting venulesは消失していた.木村・竹本分類 4)O-3の萎縮性変化を認めたが,背景胃粘膜のびまん性発赤はなく,HP除菌後に矛盾しない所見であった.胃体中部前壁に15mm大の白色調の病変を認めた.病変は立ち上がりが粘膜下腫瘍様の隆起性病変で,中央の陥凹部に絨毛状・乳頭状構造を呈する隆起を認めた.陥凹部周囲の立ち上がりは周囲の萎縮粘膜と連続しており,陥凹内部は粘液に覆われ,絨毛状・乳頭状構造部では拡張した樹枝状の血管構造も認めた(Figure 1).隆起部の生検では幽門腺に類似した異型腺管の増殖を認め,一部に比較的異型の強い上皮成分が混在していた.腫瘍性病変と考えられるが腺腫か癌かの判定には病変全体の観察が必要であり,病理組織学的にGroup 4の診断であった.精査目的に上部消化管内視鏡を施行した.Blue Laser Imaging(BLI)併用拡大観察では隆起部の表面は大小不同,形状不均一な絨毛状・乳頭状の構造を呈し,胃型の形質を呈する腫瘍を疑った 5).その中でも白色光観察所見・BLI併用拡大観察所見から,内反性増殖を呈した幽門腺型腺腫・胃底腺粘膜型胃癌を疑った(Figure 2-a,b).超音波内視鏡(20MHz)では,腫瘤は第1,2層に位置し,内部にまだらな低エコー領域の所見を認めた.第3層の菲薄化はみられず,粘膜内にとどまる病変が考えられた(Figure 3).
病変の白色光内視鏡所見.
萎縮胃粘膜を背景に,胃体中部前壁に15mm大の病変を認めた.病変は立ち上がりが粘膜下腫瘍様の隆起性病変で,中央の陥凹部に絨毛状・乳頭状構造を呈する隆起を認めた.陥凹部周囲の立ち上がりは周囲の萎縮粘膜と連続していた.病変は全体に褪色調で陥凹内部は粘液に覆われ,絨毛状・乳頭状構造部では拡張した樹枝状の血管構造を呈した.
病変のBlue Laser Imaging併用拡大観察所見.
a:Blue Laser Imaging併用拡大観察では拡張した樹枝状血管構造を一部に認めた.
b:軽度のirregularityを伴う微小血管を認め,表面構造は大小不同,形態不均一な粗大絨毛状・乳頭状の形態を呈した.
超音波内視鏡(20MHz)所見.
腫瘤は第1,2層に位置し,内部にまだらな低エコー領域の所見を認めた.第3層の菲薄化はみられず,粘膜内にとどまる病変が考えられた(Scale bar:1cm).
腹部造影CT:胃体部小彎に16mm大のリング状の濃染する結節がみられたが,壁外浸潤,遠隔転移,有意なリンパ節腫大はみられなかった.
臨床経過:分化型癌の可能性も考慮して,内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)を施行した.術翌日にESD後潰瘍より後出血をきたしたため,内視鏡的止血術を施行した.入院経過中に日常生活活動度がやや低下したため,リハビリテーションを行い,術後第13日に退院した.
病理学的所見:密な管状~嚢胞状構造からなる分葉状~粗大乳頭状病変で,粘膜下組織方向へ陥入する全体像であった(Figure 4-a).淡明~弱好酸性の細胞質を有する円柱上皮様腫瘍細胞が腺房状~管状に増殖しており,表層部細胞はやや丈が高かった.核は全体に小型均一で単調であった(Figure 4-b).デスミン免疫染色で,病変の下縁に薄い粘膜筋板が認められた(Figure 5).また,表層部の腫瘍細胞はMUC5ACを発現していたが(Figure 6-a),表層部以外の腫瘍細胞はMUC6陽性を示した(Figure 6-b).腫瘍細胞はPepsinogen-1とH+.K+-ATPaseのいずれも陰性であった.Ki-67は表層優位に発現していたが,陽性細胞率は7%と低かった(Figure 7).以上の所見より,内反性増殖する幽門腺腺腫(inverted pyloric gland adenoma)と診断した.
ESD検体の病理学的所見(HE染色).
a:密な管状~嚢胞状構造からなる分葉状~粗大乳頭状病変が,増殖しているが,全体として粘膜下組織方向へ陥入している.赤枠内の拡大像を後に供覧する.
b:淡明~弱好酸性の細胞質をもつ丈の低い円柱上皮からなる腺房状~管状構造がみられ,表層部の上皮はやや丈が高い.核は全体に小型均一で単調である.腫瘍下面に含まれるのは折り返った背景胃粘膜である.
ESD検体の病理学的所見(デスミン免疫染色).
病変の下縁には薄い粘膜筋板が認められる.腫瘍浸潤や粘膜筋板の断裂は認めない.
病変の病理組織学的所見(免疫染色).
a:(MUC5AC免疫染色) 表層部の細胞はMUC5AC免疫染色陽性である.
b:(MUC6免疫染色) 表層部を除いてMUC6免疫染色で陽性となる.
病変の病理組織学的所見(Ki-67免疫染色).
Ki-67 indexは低く,表層優位に分布する.
幽門腺腺腫の多くは胃体上部から体中部の胃底腺領域に萎縮胃粘膜を背景として発生し,2-3割の症例が自己免疫性胃炎に関連して発生する 6)~8).遺伝子異常に関連した遺伝性腫瘍の報告もあり,家族性大腸腺腫症,胃腺癌および近位胃ポリープ症,McCune-Albright症候群 9),若年性ポリポーシス症候群 10),Lynch症候群 11)などの遺伝性消化管腫瘍症候群に関連した症例が報告されている.幽門腺腺腫の発生に関しては幽門腺化生が前駆病変であるとされており,散発例でも遺伝性腫瘍例でもGNAS遺伝子,KRAS遺伝子あるいはAPC遺伝子変異が報告されている 12)~14).これらの遺伝子変異が幽門腺腺腫の発生に関与する可能性が示唆される一方で,胃癌ではGNAS遺伝子変異,KRAS遺伝子変異の頻度は低く 12),幽門腺腺腫でみられる遺伝子変異が癌化に与える意義は不明である.
幽門腺腺腫の組織像は,淡明~時に好酸性の胞体を有する丈の低い幽門腺に類似した立方円柱上皮が密に増殖する 3).円形~楕円形の核を有し,核小体は一般的に目立たない 3).既報では30-39%の幽門腺腺腫は高度異型を有し 6),7),12%の症例は癌化領域を一部に伴っていたと報告されている 7).免疫組織化学では幽門腺,頸部粘液細胞,Brunner腺型粘液に発現するMUC6陽性,表層腺窩上皮型粘液に発現するMUC5AC陽性となるのが特徴であるが 7),8),15),低異型度の幽門腺腺腫では腫瘍全体にMUC6が陽性となり,腫瘍表層がMUC5AC陽性細胞に覆われるのが特徴である 2).
幽門腺腺腫の内視鏡的肉眼像は,①丈の高い絨毛状隆起,②表面平滑でくびれをもつ隆起,③中央に陥凹をもつ丈の低い隆起(内反性増殖),④結節集簇状隆起の4パターンに亜分類される 2).腫瘍の表面構造は乳頭状・絨毛状所見が観察されることが多く,Narrow Band Imaging(NBI)併用拡大観察所見は不整な多角形型の腺窩辺縁上皮内部にやや不整な腫瘍血管増生が観察されることがある 16).
内反性増殖を示す上皮性病変の成り立ちに関連して,滝澤 17)の著書では胃粘膜の位置の異常を3つに分類している.すなわち,①異所性胃粘膜,②胃の憩室(不完全型),③粘膜固有層のヘルニアに分類している 17).①は胃粘膜を構成する非腫瘍性腺管が,粘膜筋板の裂孔を通過して粘膜下層にずれ込むか,粘膜筋板を巻き込んで粘膜下層に逸脱したような所見を呈する病態,②は粘膜筋板を伴って粘膜全体が嵌入した病態であり,③は粘膜が粘膜筋板の形成が不良な部分に落ち込み,粘膜が限局して陥凹した病態である 17).自験例は粘膜筋板の連続性が保たれており,粘膜全体が粘膜下層に嵌入していることから②の胃の憩室(不完全型)の機序で内反性増殖を示したと考えることができる.内反性増殖する幽門腺腺腫の病変発生・増殖形態に関しては,症例の蓄積と検討が必要である.
内反性増殖する胃腫瘍としてhamartomatous inverted polypがあげられる.Hamartomatous inverted polypは非腫瘍性の胃粘膜上皮からなる病変が粘膜下層方向へ陥入しながら増生する単発性腫瘤性病変である 18).Hamartomatous inverted polypの表面は正常な過形成性粘膜であり,内視鏡所見でも表面構造は正常粘膜様で明瞭な境界はないため,自験例では容易に鑑別可能であった 18).
自験例の病理像では免疫組織化学より幽門腺腺腫と診断した.一方で,幽門腺腺腫は頸部粘液細胞のマーカーであるTFF2を発現するものが多く,一部で主細胞系のマーカーであるPepsinogen-1とMIST-1を発現するものある 2),19).このことから幽門腺腺腫は名称に「幽門腺」とあるが,胃底腺粘膜の頸部粘液細胞に由来した腫瘍であり,一部には胃底腺分化を示すものも存在するとされている 2),19).事実として幽門腺腺腫のほとんどは胃底腺領域から発生する 2).
胃底腺分化を示す低異型度胃型腫瘍の代表である胃底腺型胃癌は表層を非腫瘍粘膜で保たれたまま増生するため,NBI併用拡大観察では腫瘍の修飾に伴うirregularityに乏しい微小血管が観察される 20),21).
自験例は久米井らが報告した胃底腺粘膜型胃癌の症例に類似している 22).胃底腺粘膜型胃癌は胃底腺様の分化に加えてMUC5AC陽性の腺窩上皮に類似した分化も示すことが報告されている 22),23).白色光観察では表面平滑な粘膜下腫瘍様の辺縁隆起を伴い,中央に境界明瞭な陥凹を呈しており,陥凹の中に下から発育してきたようなvilli様のこぶ状の隆起と表現している 22).幽門腺腺腫と胃底腺粘膜型胃癌が共通して乳頭状・絨毛状構造や軽度のirregularityを伴う微小血管を呈する理由としては表層が腺窩上皮に分化した低異型度胃型腫瘍で覆われるためと考えられる 2),19),22),23).拡張した樹枝状血管は粘膜深層以深の太い血管を反映した所見であると考えられ,幽門腺腺腫,胃底腺型胃癌および胃底腺粘膜型胃癌がともに胃底腺粘膜の頸部粘液細胞から主細胞に由来した腫瘍であることを反映していると考えられる 2),19),21),22).
病理組織学的分類に関してWHO分類第5版では胃腺腫はintestinal-type adenoma,foveolar-type adenoma(本邦消化管病理ではいわゆる腺窩上皮型腫瘍または腺窩上皮型癌),pyloric gland adenoma(幽門腺腺腫),oxyntic gland adenomaの4つの組織型に分類される 3).Oxyntic gland adenomaは高率に癌化し,粘膜下層への浸潤を伴う場合は胃底腺型胃癌と診断される 3).病理組織学的診断に関しては,本邦病理との相違点があり,今後更なる検討が必要である.
低異型度胃型腫瘍の内視鏡所見の類似性に関しては,先に述べたように胃底腺粘膜の頸部粘液細胞・主細胞系の分化・増殖に関連した腫瘍であることに由来する可能性が考えられる 2),19),22).低異型度胃型腫瘍において内視鏡所見のみでの鑑別は困難といえる.低異型度胃型腫瘍が疑われる病変では内視鏡的な一括切除により病変全体を組織学的に観察した上での病理診断が望ましい.
内反性増殖を示した幽門腺腺腫の1例を経験した.内反性増殖を示した幽門腺腺腫の内視鏡所見に関する報告は少なく,自験例は内視鏡所見から病変の成り立ちと病理組織学的な細胞分化を検討する上で有用な症例であると考える.近年,胃底腺型胃癌を中心として低異型度胃型腫瘍の内視鏡所見が盛んに検討されているが,内視鏡診断のコンセンサス確立には今後症例の蓄積および検討が必要である.
謝 辞
本症例の診療,学術的検討にご協力いただきました華井頼子先生,本田晴久先生,相羽優志先生に深謝申し上げます.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし