2021 Volume 63 Issue 3 Pages 287-292
症例は2歳3カ月,男児.硬貨を誤飲したため来院した.100円硬貨が食道入口部に存在し,把持鉗子による摘出が不能であった.胆道結石除去用バルーンカテーテルを硬貨の肛門側まで進め,バルーンを拡張した後にスコープごと引き抜き,硬貨の摘出に成功した.透視下に尿道バルーンカテーテルを用いて食道異物を摘出した報告はあるが,内視鏡下に胆道結石除去用バルーンカテーテルを食道異物の摘出に用いた報告はなかった.小児において食道入口部に存在する硬貨異物の頻度は高く,本法は内視鏡下にバルーンの位置と拡張が確認できるため,小児食道異物に対する有効な摘出方法の一つとなり得ると考えられた.
異物誤飲は小児に多いとされるが,成人でも高齢者や精神疾患罹患者などでみられる臨床的頻度の高い疾患である.これらの異物は,近年の内視鏡機器と技術の進歩によって,内視鏡的に摘出可能な場合が増えている 1).少子高齢化の影響もあり,高齢者の義歯やPTPシート,魚骨の誤飲に遭遇し,内視鏡的摘出に成功する経験が増える一方で,小児の異物誤飲症例は現在もなお内視鏡的摘出の経験・工夫の向上を必要とする.
今回,第一狭窄部である食道入口部に嵌頓した100円硬貨を,胆道結石除去用バルーンカテーテルを利用して摘出し得た小児例を経験したので報告する.
症例:2歳3カ月,男児.
主訴:嘔吐.
現病歴:X日に自宅で硬貨をいじっているのを家人が確認していた.その後100円硬貨が見当たらなくなったため,誤飲した可能性を考え,同日当院小児科を受診した.腹部X線写真で硬貨を疑う陰影は認められなかったため,経過観察を指示されて帰宅した(Figure 1-a).しかし,帰宅後に食事摂取量の低下と嘔吐を数回認めたため,X+1日に小児科を再受診した.胸部および咽頭X線写真が追加され,頸部食道に誤飲した硬貨の停滞が疑われたため,当科に紹介された(Figure 1-b,c).
単純X線(a:腹部正面,b:胸部正面,c:咽頭側面).
腹部正面像で異物は認められないが,胸部正面像および咽頭側面像で頸部食道に硬貨の停滞を認める.
既往歴:熱性痙攣.
受診時現症:身長85cm,体重13kg.意識清明.活気あり.頸胸部に皮下気腫なし.その他特記所見なし.
経過:小児科医立ち会いの元,鎮静薬は使用せず,身体拘束とリドカイン塩酸塩による咽頭表面麻酔下で緊急上部消化管内視鏡検査を施行した.観察はGIF-Q260(オリンパス株式会社,東京)を使用した.
食道入口部に100円硬貨を認めた(Figure 2-a).把持鉗子で摘出を試みたが,鉗子の開口角度が硬貨に対して水平となり,硬貨を把持できなかった.当院には回転把持鉗子は常備していなかった.硬貨は食道入口部に嵌頓して存在し,術野確保のため硬貨を胸部食道に落とし込むことはできなかった.硬貨と食道粘膜の隙間から硬貨より肛門側の管腔の視認は可能であったため,胆道結石除去用バルーンカテーテル(オフセットバルーンカテーテル;ゼオンメディカル株式会社)を鉗子口から挿入して硬貨の肛門側まで進め,バルーンを18mmまで拡張させた.バルーンカテーテルを鉗子口の直上で把持したままスコープごと引き抜き,口腔内に摘出された硬貨を用手的に回収した(Figure 2-b,c).スコープを再挿入し,食道粘膜に損傷のないことを確認して終了した.
緊急内視鏡所見(a:食道入口部,b:バルーンカテーテルを進めたところ,c:摘出された硬貨).
食道入口部に嵌頓した100円硬貨を認め,これを胆道結石除去用バルーンカテーテルで摘出した.
小児の異物誤飲は,5歳以下の乳幼児に多くみられる 2).その80-90%は自然排出されるが,10-20%は内視鏡的に摘出され,1%以下に手術を要すると報告されている 3),4).赤松らは,消化管異物を緊急性があるものと緊急性がないものに分類し,前者をさらにa)消化管壁を損傷する可能性があるものb)消化管を閉塞する可能性があるものc)毒性のあるものに区別している 5).このうち,硬貨は緊急性があるものb)に分類され,本症例は24時間以上食道に停滞していたことからも,速やかな摘出が必要と考えられた.
本邦の小児消化器内視鏡ガイドラインでは,通常の消化器内視鏡検査において,体重10kg以下(特に5kg未満)の患者に対しては外径6mm以下の細径上部消化管スコープの使用を推奨している 6).一方で,本ガイドラインは治療内視鏡を対象としていないため,治療内視鏡におけるスコープの選択に明確な基準はない.体重10kg以上であれば通常径上部消化管スコープが使用可能とされていることと,細径スコープの鉗子口径2.0mmに対応する把持鉗子は当院で常備していないことから,今回は通常径上部消化管スコープ(オリンパスGIF-Q260,先端部細径9.2mm,鉗子口径2.8mm)を選択した.
内視鏡的異物摘出術において使用されるデバイスは異物の種類によって異なるが,先端フードやオーバーチューブなどの消化管損傷防止器具と把持鉗子やスネアなどの回収処置具の組み合わせであることが多い 7)~9).一方,膀胱内留置用尿道バルーンカテーテルを透視下に経鼻または経口的に挿入して異物を除去する方法は,特に小児の硬貨の誤飲例において摘出率の高い方法として知られてきた 10),11).一方,医学中央雑誌で「食道異物」「バルーン」をキーワードに1976年から2019年までを会議録を除いて検索したところ,本症例のように内視鏡処置用の胆道結石除去用バルーンで食道異物を摘出した症例はみられず,類似の方法として成人の食道異物を食道拡張用バルーンで除去した例を1例認めるのみであった 12).
本症例においては,処置具の再挿入による患児の負担を軽減させるために,スコープ抜去後にバルーンカテーテルを再挿入する従来の透視下尿道バルーン法ではなく,一期的に処置を終了できる内視鏡下バルーン法を選択した.本症例では,レントゲンを併用せずに内視鏡下にバルーンの拡張を確認したが,これは100円硬貨の長径は22.6mmであり,今回使用した胆道結石除去用バルーンの最大拡張径は18mmであることからバルーンによる食道粘膜損傷は考えにくいとの判断による.緊急内視鏡の施設環境や,異物の種類と嵌頓状況によってバルーンの拡張状況が内視鏡下に確認できない場合には,レントゲン非併用下の摘出には,食道粘膜損傷のリスクが伴うことに留意が必要である.
胆道結石除去用バルーンは,従来の透視下尿道バルーン法と異なり,バルーンの拡張を内視鏡下に確認しながらバルーン径を小児の食道内径に合わせて調整することが可能である.さらに,他のデバイスによる摘出を試みた後でも,内視鏡の抜去や透視下のバルーン再挿入を行わずに一期的に摘出術を完遂できるため,近年の内視鏡技術の進歩に合致する異物摘出方法と考える.
小児の食道異物の種類は硬貨が多く 13),14),その存在部位は,食道第一狭窄部である食道入口部に多いと報告されている 1),10).さらに,近年は硬貨に加えてボタン型電池の誤飲が増加しているが 7),15),リチウムボタン型電池は停留した場所で放電し,早ければ誤飲から1-2時間で強い局所電流による組織損傷を起こすため 2),16),迅速な摘出が必要である.本症例では異物が食道入口部に嵌頓するように存在し,内腔の狭い小児の食道では把持鉗子の操作スペースが異物の口側に確保できなかった.胆道結石除去用バルーンは,このような食道入口部に存在する異物の摘出や,迅速な対応を必要とするボタン型電池などに対して全身麻酔下の処置に進む前に試みる摘出方法として,活用できる機会が多いと考えられた.
本法の注意点として,本法は異物を把持したまま口腔外に摘出する方法とは異なるため,異物が喉頭に落下する可能性・口腔内から再び誤飲される可能性を考慮する必要がある.このため,誤嚥の可能性がある短径の小さな異物の摘出には不適切である.100円硬貨の長径は22.6mmであり,10歳以下の小児の気管径は15mm以下と言われていることから 17),われわれは本症例においては誤嚥の可能性は極めて低いと判断した.前述のボタン電池などの硬貨以外の異物回収に応用する場合も,異物の長径と気管径を考慮し,常に誤嚥のリスクを評価することが重要である.さらに,当院では小児の内視鏡処置時には,必ず小児科医の立ち会いを行っており,本症例においては,硬貨が喉頭に落下した場合に直ちに摘出できるよう,小児用喉頭鏡とマギール鉗子を用意してから本手技を実施した.また,食道異物摘出における胆道結石除去用バルーンカテーテルの使用は,透視下尿道バルーン法と同じく,医療機器の適応外使用に該当することには留意が必要である.本症例の家人には,本手技が医療機器の適応外使用に該当することを説明し,症例報告を行うことについて書面で同意を得ている.さらに,今後の本法の実臨床での実施について当院倫理委員会の承認を受けた(承認番号:2020-19).
小児は成人と比較し消化管内腔が狭いため,非鋭利なものでも長期間嵌頓した場合には粘膜傷害を引き起こす可能性がある 18).本症例では摘出後に食道粘膜の損傷は確認されなかったが,異物摘出に成功した後も消化管粘膜の観察を怠らないことが必要である.また,本症例は初回の受診時の腹部単純X線で誤飲した硬貨が指摘できず,再受診時の頸部・胸部X線で異物が診断されたことは,反省すべき点である.異物は食道入口部に多いことに加え,小児では複数の異物が存在することもあるため,異物を疑う際には,頸部から腹部まで正面および側面像のX線撮影が必要であることを強調したい 2),13),15).
胆道結石除去用バルーンカテーテルを利用して小児の食道異物(硬貨)の摘出に成功した.
本論文内容に関連する著者の利益相反:谷中昭典(筑波大学附属病院 日立社会連携教育センター教授,(株)日立製作所からの寄付講座)