2021 Volume 63 Issue 5 Pages 1113-1118
症例は54歳女性.腹部腫瘤を主訴に近医を受診した際に腹部超音波検査で回盲部腫瘤を指摘されたため,当科外来を紹介受診した.大腸内視鏡検査で盲腸に粘液に覆われた30mm大の凹凸不整な結節状の隆起性病変を認め,内視鏡上は1型進行大腸癌を疑った.しかし生検組織の病理検査では上皮細胞に癌の所見はなく栄養型のアメーバ虫体を認めたため,アメーバ性大腸炎と診断し,メトロニダゾール投与を行ったところ腫瘤は消失した.アメーバ虫体の浸潤による粘膜表層の炎症性滲出物の増加が粘膜上層にとどまらず深部に浸潤していることが腫瘤を形成した原因と考えられた.アメーバ性大腸炎で1型進行癌様の形態を呈する症例は稀であるため報告する.
アメーバ性大腸炎は原虫の赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica)によって引き起こされる感染症で,特に男性同性愛者間での感染が多いとされていたが,最近は性風俗店での異性間での感染が増加している 1),2).内視鏡所見は周囲に隆起を伴ういわゆるタコイボびらんを認めるものが典型例とされるが,地図状潰瘍や不整形潰瘍,打ち抜き潰瘍,アフタ性びらんなど多彩であり 3),4),診断が困難であった症例も多く報告されている.今回われわれは,1型進行大腸癌様の形態を呈したアメーバ性大腸炎を経験したため,若干の文献的考察を加えて報告する.
患者:54歳,女性.
主訴:腹部腫瘤.
家族歴:特記事項なし.
既往歴:十二指腸潰瘍.
現病歴:来院2週間前より,便通は正常だが右下腹部に腫瘤を触れるようになったため,近医を受診.腹部超音波検査で回盲部腫瘤を指摘されたため,精査加療目的で当科外来を紹介受診した.
現症:身長160cm,体重44kg.血圧119/80mmHg,脈拍80回/分,体温36.8℃.腹部は平坦,軟,右下腹部に軽度圧痛を伴う鶏卵大の腫瘤を触知,腸蠕動音に特記すべき異常所見を認めず.表在リンパ節を触知せず.
血液検査所見:WBC 6,500/μl,Neut 58.1%,CRP 0.08mg/dLと炎症所見なく,Hb 12.1g/dLと貧血も認めなかった.また,CEA 1.5ng/mLと腫瘍マーカーを含め,生化学検査所見も異常を認めなかった.
経過:回盲部腫瘤精査目的で大腸内視鏡検査を施行した.回腸末端部には異常を認めなかったが,盲腸のBauhin弁対側に,粘液に覆われた30mm大の凹凸不整な結節状の隆起性病変を認めた(Figure 1-a,b).鉗子で圧迫するも可動性はなく,内視鏡上は1型進行大腸癌を疑い,生検を行った.なお,直腸を含めその他の部位にはびらん・潰瘍などの炎症所見はなく,上記病変を除いて異常所見を認めなかった.また胸腹部造影CTでは,回盲部に淡く造影される25mm大の結節状〜塊状陰影として認めたが,肝をはじめその他の臓器には特記すべき異常所見を認めなかった(Figure 2).生検組織の病理検査では上皮細胞に癌の所見はなく,壊死組織と好酸球を含む密な炎症細胞浸潤を伴った滲出物が採取されており,栄養型のアメーバ虫体を認め,アメーバ性大腸炎と診断した(Figure 3-a,b).追加で提出した血清抗赤痢アメーバ抗体が陽性(100倍,IFA法)であったこともこの診断を裏付けるものとなった.さらに生検組織のPAS染色を行うと,粘膜固有層深部に多数のアメーバ虫体を認めた(Figure 4).感染経路について再度患者に病歴聴取を行ったところ,海外渡航歴はないものの,性風俗店に勤務しており不特定多数の男性との性行為があったことが判明し,性感染症としてのアメーバ性大腸炎と考えられた.治療としては,メトロニダゾール1,500mg/日を10日間投与した.投与3週後に大腸内視鏡検査を再検すると,結節状の隆起性病変は消失し線状の潰瘍を伴う粘膜下腫瘍様の形態に変化していた(Figure 5).生検組織では,慢性炎症細胞の浸潤を認めるものの,壊死組織はなくアメーバ虫体は認めなかった.そのさらに6週後(メトロニダゾール投与9週後)にも大腸内視鏡検査を施行したが,潰瘍は瘢痕化し粘膜下腫瘍様隆起は縮小していた(Figure 6).生検組織でもやはりアメーバ虫体を認めなかった.腹部腫瘤の触知はメトロニダゾール投与後速やかに消失し以後再燃なく,治療後9週時点でアメーバ虫体も証明されなかったことより治癒と判定した.
初回内視鏡像.
a:盲腸のBauhin弁対側に30mm大の凹凸不整な結節状の隆起性病変を認めた.
b:表面は粘液に覆われていた.
腹部造影CT.
回盲部に淡く造影される25mm大の結節状〜塊状陰影を認めた.
病理組織学的所見(HE).
a:弱拡大.生検組織中に栄養型のアメーバ虫体を認めた.
b:強拡大.栄養型のアメーバ虫体が赤血球を捕食している.
病理組織学的所見(PAS).
粘膜固有層深部にPAS陽性となった多数のアメーバ虫体を認めた(矢印).
メトロニダゾール投与3週後の内視鏡像.
結節状の隆起性病変は消失し,線状の潰瘍を伴う粘膜下腫瘍様の形態に変化していた.矢印は虫垂開口部.
メトロニダゾール投与9週後の内視鏡像.
潰瘍は瘢痕化し粘膜下腫瘍様隆起は縮小していた.
アメーバ性大腸炎は,従来本邦では衛生状態の不良な地域への海外渡航歴のある旅行者の輸入感染症としての感染が主であったが,近年は性感染症としての患者が増加し 5),2007年から2016年までの約10年間に診断され届け出られた9,301例のうち,7,753例が国内感染であったと報告されている 1).中でも男性同性愛者による同性間性的接触による感染が注目されていたが,最近は異性間性的接触による感染,特に性風俗業に従事する女性の感染が増加している 1).
腸管アメーバ感染症はその症状の経過から,①無症候性嚢子保有者,②急性大腸炎型,③慢性大腸炎型,に分類される.臨床症状は急性型と慢性型で異なるが,主な症状は下痢,粘血便,腹部膨満感,腹痛などを繰り返す.急性大腸炎型は粘血性下痢や腹痛といった細菌性赤痢と同様の症状が強く現れることが多い 4).自験例は右下腹部に腫瘤を触知するのみで便通異常は認めず,血液検査でも炎症所見はなかったことより,無症候性嚢子保有例と考えられた.
五十嵐ら 6)の報告では,アメーバ性大腸炎と診断された35例のうち13例(37%)が無症状であったとされており,その診断には臨床経過のみならず内視鏡所見からアメーバ性大腸炎を疑うことが重要である.組織学的には,組織の融解壊死が粘膜や潰瘍部表面に見られ,そこに20〜30μmの円形〜卵円形単細胞である栄養型や嚢子型アメーバが認められるのが特徴的で,胞体はPAS染色で強く陽性を示すことが報告されており 7),病理医に情報提供を行った上で状況に応じてPAS染色を依頼することが必要であると考えられる.アメーバ性大腸炎の内視鏡像は多彩だが 3),4),典型的にはタコイボ状のびらん,潰瘍周囲粘膜は浮腫状で発赤が強く,厚く汚い白苔を有し,易出血であり,病変範囲がびまん性であっても介在粘膜の血管透見があることが特徴とされている 8).特に潰瘍に付着する頑固な白苔所見が特徴的であり,感度88%,特異度74%であったと報告されている 9).病変は全大腸に見られるが好発部位としては盲腸または直腸に認める頻度が高く,中でも盲腸が最多部位である 9),10).その理由としては,経口的に摂取されたアメーバ嚢子は小腸の下部で嚢を脱して栄養型となり増殖し,さらに大腸に移行し盲腸において分裂し増殖するためとされている 11).
また,多発病変を呈することがほとんど(感度96%,特異度29%)で 9),単発病変は稀とされている.内視鏡的に鑑別すべき疾患は多数存在するが,慢性的に下痢,粘血便,腹痛を繰り返すといった臨床経過が類似する潰瘍性大腸炎が特に問題となる 4),12).また,アフタや小びらんなどの病変がスキップしている場合はCrohn病との鑑別が必要になる 13).いずれにしても病変としては潰瘍性病変として認めることがほとんどであり,指山ら 14)は50症例の検討で全例に潰瘍を認めたと報告している.これは,大腸壁に侵入したアメーバの組織融解作用により壊死した組織が小膿瘍となり,続いて拡大融合することにより潰瘍が形成されるためと考えられている 15).
一方で,自験例のように単発で腫瘤状の形態を呈し大腸癌との鑑別を要するものは,以前から「Ameboma」としての報告 16)が海外を中心に散見される程度で本邦では稀である.われわれが医学中央雑誌(会議録を除く)にて「アメーバ性大腸炎」「腫瘤」,「アメーバ性大腸炎」「大腸癌」のキーワードで医学中央雑誌を1990年から2020年4月まで検索したところ,2例の報告(盲腸1例 17),直腸1例 18))を認めるのみであった.浜本ら 17)はチニダゾールが有効であった虫垂開口部近傍に限局した2型腫瘍様病変を報告しているが,海外で散見される「Ameboma」はLinら 16)の報告例をはじめ,そのほとんどが潰瘍性病変として報告されている.曽我ら 18)は直腸癌と鑑別を要した隆起性病変を報告しているが,病変周囲および盲腸にも散在するタコイボ状びらん,浅い潰瘍を認めていた.自験例のように単発で1型進行大腸癌様の形態を呈していた報告はなく,極めて稀な症例と考えられた.
腫瘤形成を来たす理由としては,盲腸に限局性の炎症が生じた結果,壊死組織による腫瘤形成が起こり,あたかも腫瘍のように見えるものと考えられている 1).自験例の治療前の内視鏡所見を改めて見直すと,隆起の表面に水洗しても除去できない頑固に付着する汚い白苔を認めており,これはアメーバ性大腸炎に特徴的とされる所見を反映していたものと考えられた.また,白苔により詳細な観察は困難ではあったが,典型的な1型進行大腸癌と比較して表面の上皮構造がはっきりしないことも炎症性変化を考慮すべき所見であったと思われた.生検組織において通常,アメーバ性大腸炎ではアメーバ虫体が粘膜上層にとどまっているが,自験例では粘膜固有層深部に浸潤している様子を認め,これにより1型大腸癌様の隆起型の腫瘤形成を来たしたものと推察された.また,アメーバ性大腸炎に大腸腫瘍が併存した症例もいくつか報告されている 19)~22).大きな潰瘍や高度の浮腫に伴い腫瘍に類似した所見を呈したため,進行癌においてもアメーバ性大腸炎の併存により病変の認識が困難であったとの報告もある.そのため,炎症所見内に存在する僅かな腫瘍性変化に十分留意し,炎症消退後には内視鏡的にフォローアップすることが肝要であるとされている 19).自験例でも治療後3週および9週にそれぞれ大腸内視鏡検査を施行したが,いずれも腫瘍を疑う所見はなく,生検組織でも悪性所見を認めなかった.アメーバ性大腸炎において,盲腸に限局する病変は特徴的所見を呈さないことが多いため注意が必要とする報告 23)もある.東南アジアなどからの外国人労働者が増加している現在,本邦でもアメーバ性大腸炎に遭遇する機会が今後増加することが予想され,盲腸に腫瘤性病変を認めた際には鑑別疾患の一つとして本疾患も念頭においておく必要があると考えられる.
1型進行大腸癌様の形態を呈したアメーバ性大腸炎の1例を経験した.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし