2023 Volume 65 Issue 8 Pages 1322-1326
症例は78歳,男性.EGDで,胃前庭部小彎に15mm大の陥凹性病変を認め,生検で高分化型腺癌の診断となった.明らかな遠隔転移を認めず,ESDを施行した.病理組織学的検査では,深達度は粘膜内,切除断端陰性で脈管侵襲はみられず内視鏡的完全切除となったが,病変は淡明な胞体を有する細胞で構成されており,免疫染色でAFP,Glypican-3,SALL4陽性であり,AFP産生胃癌と診断された.治療後,5年間再発や転移なく経過しており,内視鏡治療にて完全切除が得られたAFP産生早期胃癌は稀であり報告する.
A 78-year-old man underwent a routine upper gastrointestinal endoscopy, which revealed a depressed lesion of 15mm at the lesser curvature of the gastric antrum. Histopathological diagnosis of the biopsy specimen revealed a well-differentiated adenocarcinoma. No obvious metastasis was detected. An ESD was performed. Histopathological examination of the ESD-acquired specimen revealed an intramucosal lesion with negative surgical margins and no lymphovascular invasion, indicating complete endoscopic resection. The lesion consisted of cells with clear cytoplasm, and immunostaining revealed positivity for AFP, glypican-3, and SALL4. Therefore, the patient was diagnosed with AFP-producing gastric cancer. Herein, we have reported a rare case of AFP-producing early gastric cancer that was completely resected endoscopically.
α-フェトプロテイン(AFP)産生胃癌は稀な疾患であり,早期に肝転移やリンパ節転移などをきたし,予後不良である.本邦での報告でも,AFP産生胃癌は進行癌の報告例が多く,早期胃癌の段階で診断された症例は非常に少ない.今回われわれは,早期胃癌に対して内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)を施行し内視鏡的完全切除が得られ,病理組織学的にAFP産生胃癌と診断された1例を経験したため,文献的考察を加えて報告する.
患者:78歳,男性.
主訴:なし.
家族歴:父が胃癌.
既往歴:C型肝炎のインターフェロン療法後持続的ウイルス学的著効(sustained virologic response)の状態,肝細胞癌の経皮的エタノール注入療法(percutaneous ethanol injection therapy),経皮的ラジオ波焼灼療法(percutaneous radiofrequency ablation),肝動脈化学塞栓療法(transcatheter arterial chemoembolization)後,食道静脈瘤,胆囊摘出術後,高血圧症,認知症.
生活歴:喫煙5本/日×58年間,飲酒 日本酒1-2合/日×57年間(77歳より禁酒).
現病歴:食道静脈瘤に対して,年2回の上部消化管内視鏡(EGD)で経過観察されていた.Helicobacter pyloriは除菌後の状態であった.2010年7月に施行されたEGDで,胃前庭部小彎に15mm大の陥凹性病変を指摘され,生検で高~中分化型腺癌と診断され,精査加療目的に当院紹介受診となった.当院で施行したEGDでは,胃粘膜は萎縮性変化(O-3)を認めた.胃前庭部小彎に発赤調,15mm大の辺縁隆起を伴う不整形陥凹性病変を認め,陥凹辺縁は棘状であった(Figure 1-a,b).Narrow band imaging(NBI)拡大観察では,境界線(demarcation line:DL)は明瞭で,表面微細構造(microsurface pattern:MSP)は大小不同で,配列も不規則であり,微小血管構築像(microvascular pattern:MVP)は蛇行状,分枝状など多彩な形態を呈し,分布は非対称性で,配列も不規則であった(Figure 1-c).全身造影CT検査では,肝硬変を認めるものの,肝腫瘍や遠隔転移,リンパ節転移は認めなかった.以上より,明らかな粘膜下層浸潤を示唆する所見は認めず,15mm大の0-Ⅱc,UL(-),cT1a(M),胃癌治療ガイドラインの内視鏡治療絶対適応病変と診断し,ESD目的にて当科入院となった.
EGD所見.
a:通常白色光観察.
b:インジゴカルミン散布像.胃前庭部小彎に発赤調,15mm大の辺縁隆起を伴う不整形陥凹性病変を認め,陥凹辺縁は棘状であった.
c:NBI拡大観察.DLは明瞭で,MSPは大小不同で,配列も不規則であり,MVPは蛇行状,分枝状など多彩な形態を呈し,分布は非対称性で,配列も不規則であった.
入院時現症:身長 165.2cm,体重 63.4kg,BMI 23.2,体温 36.4℃,血圧 112/62mmHg,脈拍 74回/ 分・整,呼吸数 16回/分.腹部は平坦・軟,圧痛なく,上腹部に胆囊摘出術後の手術痕を認めた.手掌紅斑を認めた.
入院時血液検査所見:Plt 6.7×104/µL,Alb 3.88g/dLと低下を認めた.AFP 4.9ng/mLと基準値内であった.その他,異常所見は認めなかった.
臨床経過:入院後,ESDを施行した.切除切片径は40×34mm,病変径は18×14mmであった.病理組織学的検査では,周囲より軽度の陥凹を示す18×14mm大の0-Ⅱc病変で,ヘマトキシリン・エオジン染色では,淡明な細胞質を有する異型細胞が管状あるいは充実性の増殖を示し,胎児消化管類似癌が疑われた(Figure 2-a,b).免疫染色では,腫瘍細胞にAFP,Glypican-3,SALL4陽性であり,hCG陰性であった(Figure 2-c~e).以上より,AFP産生胃癌と診断した.一部で粘膜筋板への浸潤を認めたが,潰瘍形成は認めなかった.脈管侵襲は認めず,切除断端は陰性であった.病理組織学的診断はEarly gastric carcinoma(adenocarcinoma with enteroblastic differentiation),L,Less,40×34mm,Type 0-Ⅱc,18×14mm,pT1a(M),pUL(-),Ly0,V0,pHM0,pVM0であった.治療後経過は良好のため10日目に退院となった.5年間の経過中に再発や転移を認めず,C型肝硬変を有していたが肝細胞癌の発生も認められなかった.
病理組織学的検査所見.
a:HE染色(ルーペ像,弱拡大).
b:HE染色(ルーペ像,強拡大).淡明な細胞が管状あるいは充実性に粘膜内に増殖し,脈管侵襲はなく,切除断端は陰性であった.
c~e:免疫染色像(弱拡大).
c:AFPは細胞質,d:Glypican-3は細胞質,e:SALL4は核にそれぞれ染色された.
AFP産生胃癌とは,組織学的分類に基づくものではなく,AFP産生が証明される機能的要素を加味した特殊な胃癌の一群を指すものであり,胃癌全体の1.2~6.6%にみられる稀な疾患である 1),2).組織型としては,胎児消化管類似癌(adenocarcinoma with enteroblastic differentiation)や肝様腺癌(hepatoid adenocarcinoma)が代表的で,ごく稀なものとして卵黄囊腫瘍類似癌(yolk sac tumor-like carcinoma)がある.最新の胃癌取扱い規約第15版では,胎児消化管類似癌や肝様腺癌は,特殊型として記載されている 3).また頻度は少ないものの,一般型の管状腺癌,乳頭腺癌,あるいは充実型低分化腺癌でもAFP産生が証明される例もある 4),5).AFP産生例では,血清AFP値は胃癌の進展に相関すると報告されているが,本症例では血清AFP値は基準値内であった.AFP産生胃癌は細胞増殖能が強いため,診断時にはすでに進行例が多く,既報ではAFP産生胃癌全体の56~68%に肝転移を認め,5年生存率は11.9~25%とされ,極めて予後不良である 6).
病理組織学的特徴としては,胎児消化管類似癌は胎生初期の胎児消化管上皮に類似した組織形態を示し,グリコーゲンに富む淡明な細胞質を有する細胞が管状,乳頭状,あるいは充実性に増殖する.肝様腺癌は肝細胞癌に類似した組織形態を示し,好酸性細胞質と類円形腫大核を有する細胞が索状,胞巣状を呈して充実性増殖を示す 4).AFP産生胃癌は免疫染色で,AFPやGlypican-3といった肝細胞癌マーカーに加え,SALL4やClaudin-6などの胚性幹細胞マーカーが高頻度に陽性であったとする報告があり,AFP産生胃癌が考えられる胃癌に対しては,AFP免疫染色に加え,Glypican-3,SALL4,Claudin-6などの免疫染色を施行することが推奨される 7).
医学中央雑誌で,キーワードを「AFP産生早期胃癌」,「AFP」および「早期胃癌」として,1990年から2020年までの期間を検索した結果,自験例を含めて報告例は41例であった(Table 1) 8),9).AFP産生早期胃癌の特徴として,男性が76%を占め,内視鏡像は発赤調で易出血性の病変であり,発生部位は一般型胃癌と同様に胃下部に多く,次に胃中部に多かった.本症例も内視鏡所見では発赤調であり,前庭部に病変を認めた.癌の形態としてはAFP産生胃癌の大部分が進行癌で発見されるため,通常は2型や3型の形態を呈するが 10),11),早期癌の場合Ⅱc:41%,Ⅱa+Ⅱc/Ⅱc+Ⅱa:29%,Ⅱa:15%で,一般型胃癌との相違は認められなかった.深達度は粘膜下層(sm)が76%と多く,肝転移は29%,リンパ節転移は49%にみられ,発見時にすでにsm浸潤や転移を認める症例が多かった.
本邦におけるAFP産生早期胃癌の報告例.
Table 1に示したAFP産生早期胃癌の中で内視鏡治療が施行された症例は12例で,内視鏡治療にて完全切除が得られた症例は自験例を含めて5例のみであった(Table 2) 6),9),12),13).内視鏡治療にて完全切除が得られた症例の特徴として,組織型はほとんどが管状腺癌(tub)で,深達度はすべて粘膜内(m)であった.予後不良であるAFP産生胃癌も,2016年以降には内視鏡治療により完全切除が得られた報告が増加しているが,五木田らは,ESDを行い治癒切除の病理診断であったにも関わらず,リンパ節転移再発をきたしたAFP産生胃癌の1例を報告している 6).治療後の病理組織で胃癌治療ガイドラインの根治切除の判断となった場合でも,AFP産生胃癌はリンパ節転移,肝転移のリスクが高いため,厳重な経過観察が必要である.
内視鏡治療にて完全切除となったAFP産生早期胃癌の報告例.
今回,ESDにより完全切除が得られたAFP産生早期胃癌の1例を経験した.AFP産生胃癌は早期に転移をきたす予後不良な疾患であるため,本症例のようにESDで完全切除が得られた症例であっても,引き続き血清AFP値の推移や画像診断による厳重な経過観察が必要である.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし