遺伝学雑誌
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茄子の開花習性と自然交配
柿崎 洋一
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1924 年 3 巻 1 号 p. 29-38

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抄録
茄子に於ける自然交配の多少に關しては、未だ正確なる實驗を行へるものなきものゝ如く、從つて、之が採種上の應用に就きても、人に依りて意見を異にす。依つて、著者は此點に就きて明確なる事實を知らんとし、茄子の花に關する觀察竝に自然交配率調査の實驗を行へり。
茄子は、一般植物の如く花を葉腋に着生することなく、節間に着生する奇習を有す。(本文第一圖參照。ctは子葉. msは主幹、lbは第一枝、1st, 2nd, 3rd 等は花の着次を示す)而して、第一花の着生する節間は品種に依りて略ほ一定し、第七次乃至第十三次節間とす。第一花出現後、其直下の節より第一枝を生じ、其第一枝は主幹の以上部と殆んど同程度の發育をなし、以て叉状となり一種の Pseudo-dichotomy を出現するに至る。やがて、第一枝第三次節間、及び主幹第一花着生節間の次の次の節間に、殆んど同時に花を着生す。之等兩花を假に第二次と呼ぶべし。之等二個の第二次花より生ずる顆は、殆んど均衡的に發育するが故に、俗に「天秤の顆」と稱せらる。次に、第二次花直下の節より更に枝を生ずるを常とし、其枝の第三次節間、及び主幹と第一枝との第二次花着生節間の次の次の節間に、殆んど同時に花を着生す。之等の花を第三次花と呼ぶべし。斯くして、適况にある時は順次第四次花、第五次花等を形成す。此間、主幹第一枝發生節以下の數節よりも枝を生じ、内上位のもの一二枝は上述第一枝に於けるが如き着花をなす。一の花梗に二花乃至三花を着生することあれども、結顆するものは内一花なるを常とす。
花は半ば下方に向つて二日又は三日間開き、夜間と雖も閉ぢず。一花内葯の數は品種に依りて六個乃至二十個内外の範圍にあり、一品種内にありても株の相違、或は一株内にありても花の相違に依りて、其數に二個乃至三個の變異あり。之等葯は、抽出せる一個の柱頭を中心として周圍に圓錐状をなして集合す。從つて、花を訪るゝ昆蟲は先づ柱頭に觸るゝものとす。往々にして、柱頭が葯の外部に抽出せざる花を生ずることあれども、斯かる花は假令人爲的に授粉するも不稔に終るを常とす。柱頭は、開花直後より二三日間花粉を受くる状態にあれども、其期間は氣温の如何に依りて伸縮せられ、また授粉せられざる時は多少延長せらる。此期聞を過ぐる時は、黄色なりし柱頭は漸次汚變するに至る。葯は、開花後間もなく先端に穴を生じ、昆蟲、風、其他に依りて動搖を來す時は多數の花粉を撒出せしむ。然れども、風に依る時は、大部分飛散して柱頭に充分の花粉を與へざることあり。若し、開花前パラフイン紙を以て葯を包み置く時は、柱頭が固有の作用を殆んど失ふ頃まで、花粉の大部分は葯内に生存す。
次に、自然交配率調査の實驗に於ては、大正十一年、本文第二圖に示すが如く「白茄」と「眞黒」とを混植し、(第二圖の○は白茄、●は眞黒)「白茄」より生ぜる種子を翌十二年顆別に播種し、之より生ぜる苗の檢査を行へり。即ち、斯かる苗中、胚軸緑色なるものは自花授精種子より生ぜるものにして、其紫黒色なるものは「眞黒」との交配種子より生ぜるものなり。其結果合計25株63顆より57,291本の苗を生じ内3,762本は紫黒色の胚軸を有せり。即ち6.57%の自然交配率を示せり。而して、之を顆別に見る時は、完全に自家授精せるもの一花もなく、自然交配率0.2%より46.8%迄の變異あり、概して10%以下のものを普通とせるも、遙かに高き率を示せるものも亦珍らしからざりき。尚ほ、花の着次の差異に依りて、自然交配率に特殊の差異あるを認めざりき。
更に去勢して放任せる花が、昆蟲に依り授粉せられて自然的に結顆し得るや否やを知らんが爲めに、大正十二年、「白茄」と「眞黒」とを交互畦に栽培し、「白茄」の花37花を去勢し(去勢せる外の「白茄」の花は全部摘去す)、内14花は「眞黒」の花粉を以て人爲的に授粉し、殘り23花は授粉することなく自然に放置せり。其結果、前者は13顆を結び不結顆のもの1花あるに過ぎざりしも、後者中22花は不結顆に終り僅かに1顆を結べるのみなりき。即ち、自然的には結顆に充分なる數の花粉粒を受け難きものゝ如し。
尚ほ、細かき目の網室内に栽培して昆蟲の來訪を防げる茄子は、人爲的に授粉するに非ざれば、概して結顆率低し。之亦授粉の不充分なるに基くものなるが如し。
以上の觀察及び實驗の結果に據れば、茄子の自然交配は可成り多く、其原因は主として、(1) 花の構造上、昆蟲は一花内の媒介を行ふに先ち、他の花の花粉を附着せる體を以て先づ柱頭に觸るゝこと、(2) 風に依る授粉は結顆するに不充分にして、昆蟲の力を籍らざれば往々にして不結顆に終ることの二點にあるものゝ如し。從つて、茄子の遺傳研究には授粉を人爲的に管理するを必要とし、また實用上の採種に當りても、人爲的自家授粉は比較的簡易なるのみならず、一花より多數の種子を得べきが故に之を行ふを得策とす。
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