抄録
日本でのウルシの使用は縄文時代早期に遡り,漆器のほかウルシの樹液の加工に伴う遺物が縄文時代以降の多くの遺跡で見いだされてきた。さらに縄文時代の漆工技術は,それ以降の時代のものと比べても優れていることが指摘されてきた。しかしウルシの木を遺跡周辺で栽培していたという植物学的な証拠は得られていなかった。この数年,本州の中北部でウルシとされる木材が報告されるようになった。ウルシ属は質的形質でいくつかのグループに同定されてきたが,ウルシとヤマウルシを識別する特徴は明らかでなかった。この2種の成熟材の形質およびウルシの個体発生にともなう形質変化を調べたところ,ウルシのほうがヤマウルシにくらべて散孔性が強く,道管径が大きく,放射組織が4細胞幅に達することで識別できることが明らかとなった。この形質にもとづいて,これまでに出土したウルシ属の木材を同定しなおした結果,ウルシは縄文時代前期以降,本州の中北部に成育していたことが明らかとなった。見いだされたウルシは杭や板,容器をはじめとする木製品として使用されており,ウルシの木は樹液を採るだけでなく材木としても活用される身近な樹種であった。