抄録
青森平野南部,青森市大矢沢における縄文時代前期から古代にかけての植生変遷を花粉化石群の解析をもとに検討した。大矢沢では埋没林と縄文時代前期の遺物を包含する小谷が見いだされ,そこには十和田中掫浮石(To-Cu)をはさむ泥炭~シルト質泥炭を主体とした堆積物に,砂~シルトの無機堆積物層が何層か挟まっていた。この堆積物の有機物量はハンノキ属やトネリコ属の花粉および単条型胞子と正の相関を示し,ハンノキ属やトネリコ属の湿地林が河川の増水や氾濫などによる無機物の流入によって繰りかえし破壊されていたことが明らかとなった。ハンノキ属やトネリコ属をのぞく樹木花粉の変動をもとに5つの局地花粉化石群帯が認められた。その結果,大矢沢周辺の縄文時代以降の植生変遷を,ブナ属・コナラ亜属が優勢な落葉広葉樹林期a,ブナ属・コナラ亜属が優勢な落葉広葉樹林期b,クリ属・ウルシ属の拡大期,コナラ亜属・トチノキ属が優勢な落葉広葉樹林期,ブナ属・コナラ亜属が優勢な落葉広葉樹林期の5時期に区分した。大矢沢おける植生変遷は,三内丸山遺跡やその周辺において明らかになった植生変遷と類似しており,縄文人が大矢沢においても森林資源を積極的に利用していたことが明らかとなった。