法学ジャーナル
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貸金の支払を求める旨の支払督促が、保証債務履行請求権について消滅時効の中断の効力を生ずるものではないとされた事例
最高裁平成29年3月13日第二小法廷判決(平成28年(受)第944号貸金請求事件)
三島 ひとみ
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2020 年 2020 巻 98 号 p. 133-151

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  • 目次
  • 事実の概要
  • 判旨
  • 評釈
  •  1.問題の所在
  •  2.時効中断の客観的範囲に関する判例と学説
  •   (1) 時効中断効を肯定した判例
  •   (2) 時効中断効を否定した判例
  •   (3) 判例の立場
  •   (4) 学説
  •  3.本判決の検討
  •   (1) 先行判例との比較検討
  •   (2) 支払督促の性質
  •   (3) 公正証書をめぐる問題
  •   (4) 時効障害制度に関する改正との関係

【事実の概要】

X(原告・控訴人・被上告人)は、平成4年4月21日、訴外Aに対して、期限の定めなく7億円(以下、「本件貸付金」という)を貸し付けた。Aは、平成5年2月28日に利息を支払ったものの、元金を支払わなかった。

その後、Aは、Xに対し、Y(被告・被控訴人・上告人)及び訴外Bを債務者として、本件貸付金のうち1億1000万円について公正証書を作成することを提案した。

平成6年8月18日、XとYとの間で、債務弁済契約公正証書(以下、「本件公正証書」という)が作成された。本件公正証書には、Yが同年7月29日にXから借り受けた1億1000万円を、同年9月20日を初回とし、平成7年10月20日を最終回として、1000万円ずつ11回にわたり分割弁済すること、Yが支払を遅滞した場合には期限の利益を喪失することなどが記載されていた。しかし、本件公正証書は、その作成当時Aが債務の弁済を遅滞していたため、YがXに対し、Aの債務について1億1000万円の限度で連帯保証する趣旨で作成されたものであった(以下、「本件保証契約」という)。

Xは、平成16年9月1日までに、Yに対し、1億1000万円のうち1億950万円の支払を求める旨の支払督促の申立てをし、支払督促(以下、「本件支払督促」という)がYに送達された。Xは、本件支払督促について、民訴法392条所定の期間内に仮執行の宣言の申立てをし、仮執行の宣言を付した支払督促は同年12月27日の経過により確定している。

Xは、平成26年8月27日、Yに対する貸金債権を訴訟物として訴えを提起した。その後、平成27年2月に訴訟物を保証債権とする訴えの変更がされている。

第一審(東京地裁平成27年6月25日判決)は、Xは、Yとの間で、AのXに対する貸金債務について連帯保証契約を締結したと主張するが、Xがその根拠として提出する本件公正証書は、YのXに対する貸金債務に関するものであり、連帯保証契約に関するものではないとし、X主張の連帯保証契約の成立を否定し、Xの請求を棄却した。Xが控訴した。

原審(東京高裁平成28年2月4日判決)は、「本件貸付金に対する連帯保証の趣旨で本件公正証書が作成されている」とし、本件支払督促は、「本件公正証書に基づくXのYに対する債権を請求するものであり、上記貸金債権の権利主張は、上記連帯保証による保証債権の権利主張の一手段、一態様とみることができる。このような本件の事情に照らせば、前記支払督促は、保証債権に係る支払督促(民法150条)に準ずるものとして、時効中断の効力を生ずる」と判示し、Xの請求を認容した。Yが上告受理申立て。

【判旨】

破棄自判。

「本件公正証書には、上告人が被上告人から1億1000万円を借り受けた旨が記載されているものの、本件公正証書は、上記の借受けを証するために作成されたのではなく、本件保証契約の締結の趣旨で作成されたというのである。しかるに、被上告人は、本件支払督促の申立てにおいて、本件保証契約に基づく保証債務の履行ではなく、本件公正証書に記載されたとおり上告人が被上告人から金員を借り受けたとして貸金の返還を求めたものである。上記の貸金返還請求権の根拠となる事実は、本件保証契約に基づく保証債務履行請求権の根拠となる事実と重なるものですらなく、むしろ、本件保証契約の成立を否定するものにほかならず、上記貸金返還請求権の行使は、本件保証契約に基づく保証債務履行請求権を行使することとは相容れないものである。そうすると、本件支払督促において貸金債権が行使されたことにより、これとは別個の権利である本件保証契約に基づく保証債務履行請求権についても行使されたことになると評価することはできない。したがって、本件支払督促は、上記保証債務履行請求権について消滅時効の中断の効力を生ずるものではない。」

【評釈】

1.問題の所在

本件は、貸金の支払を求める旨の支払督促が、当該支払督促の当事者間で締結された保証契約に基づく保証債務履行請求権について、消滅時効の中断の効力を生ずるものではないとされた事例である。

本件では、貸金の支払を求める旨の支払督促による時効中断が、法律上別個の権利である保証債務履行請求権にも及ぶのか否かが争われている。これは、ある権利についてした権利行使により時効中断の効力が生じたときに、それとは法律上別個の権利について時効中断の効力が生じるのかという、時効中断の客観的範囲の問題とされている1

また、第一審、原審、最高裁とでは、それぞれ判断が異なっている。本件公正証書や本件支払督促は、形式的には貸金の支払を求めるものであったが、実質的には保証契約に基づく保証債務の履行を約定したものであったという事情が、それぞれの判断に影響を与えている可能性がある。すなわち、判断を下す際に形式面と実質面のどちらを重視するのかという視点が鍵となったと考えられるのである。それゆえ、時効中断の客観的範囲の問題に関連する判例と学説について概観した後、特に形式面に注目し、支払督促2という制度や公正証書という書面に焦点を当てて、検討を行いたい。

2.時効中断の客観的範囲に関する判例と学説

時効中断の客観的範囲の問題に関連する判例には、様々なものがある3。ここでは、時効中断効を肯定した判例と否定した判例とに分けて紹介し、その後、その判断理由について検討する。

(1) 時効中断効を肯定した判例

① 最大判昭和38年10月30日民集17巻9号1252頁

株券引渡請求訴訟における被告の留置権の抗弁に被担保債権についての裁判上の催告4としての効力を肯定した。留置権の主張には、被担保債権の存在の主張が必要であり、裁判所は被担保債権の存否につき審理判断を行い、これを肯定するときは引換給付判決がされることから、留置権の抗弁には被担保債権が履行されるべきとの権利主張の意思が表示されているということができるとし、時効中断の効力があるとした。

② 最三判昭和43年12月24日裁判集民93号907頁

農地の所有権移転登記手続請求が提訴された場合において、農地法3条に基づく許可申請手続請求がその時効期間経過後に追加されたときは、許可申請手続請求権の時効が中断されるとした。所有権移転登記請求は、農地法3条に基づく許可により農地の所有権が移転することを当然の前提としていることを根拠に、許可申請手続請求権の裁判上の催告の効力を肯定している。

③ 最一判昭和44年11月27日民集23巻11号2251頁

債務者兼抵当権設定者が債務の不存在を理由として提起した抵当権設定登記抹消登記手続請求訴訟において、債権者兼抵当権者が請求棄却の判決を求め、その被担保債権の存在を主張したときは、これによって被担保債権についての権利行使がされたものと認められるとし、裁判上の請求に準ずるものとして、被担保債権につき消滅時効の中断効を肯定した。

④ 最二判昭和62年10月16日民集41巻7号1497頁

手形金請求訴訟の提起は、原因債権に基づく裁判上の請求に準ずるものとして時効中断の効力を有するとした。手形債権は、原因債権と法律上別個の債権であるが、経済的には同一の給付を目的とし、原因債権の支払手段として機能すること、さらに債権者の通常の期待、手形制度の意義等を考慮して、中断効を肯定した。

⑤ 最一判平成10年12月17日裁判集民190号889頁

金員の着服を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求訴訟において、着服金員相当額の不当利得返還請求がその時効期間経過後に追加された場合、不当利得返還請求権についての裁判上の催告としての効力を肯定した。両請求権が、基本的な請求原因事実を同じくする請求であり、着服金員相当額の返還を請求する点において、経済的に同一の給付を目的とする関係にあるという事情の下では、不当利得返還請求権の消滅時効が中断されるとした。

(2) 時効中断効を否定した判例

⑥ 最二判昭和37年10月12日民集16巻10号2130頁

詐害行為取消訴訟の提起による被保全債権についての時効中断を否定した。詐害行為取消訴訟において、債権者は、単に詐害行為取消の先決問題たる関係において、被保全債権(債務者に対する売掛代金債権)を主張するにとどまり、直接、債務者に対して裁判上の請求をするものではないから、詐害行為取消訴訟の提起によって、被保全債権の時効の中断があったものと解することはできないとした。

⑦ 最一判昭和50年12月25日裁判集民116号845頁

貸金債権と立替金債権とは基本的事実関係が同一であったといいうるとしても、貸金請求訴訟と立替金請求訴訟とは訴訟物を異にするばかりではなく、実質的にも別個の紛争であるから、貸金請求訴訟の提起が立替金債権について時効中断事由とはならないとした。

⑧ 最一判平成11年11月25日裁判集民195号377頁

建築請負人が注文者に対して請負契約に係る建物の所有権保存登記抹消登記手続請求訴訟を提起し、その後、訴訟物を請負代金請求に交換的に変更した場合、当初の請求と訴え変更後の請求は、訴訟物たる請求権の法的性質も求める給付内容も異なることから、所有権保存登記抹消登記手続請求訴訟の提起を請負代金の裁判上の請求に準ずるものということはできないとした。さらに、本件登記の抹消登記手続請求訴訟の係属中、請負代金の支払を求める権利行使の意思が継続的に表示されていたということも困難であるから、その間請負代金についての催告が継続していたということもできないとし、消滅時効の中断を否定した。

(3) 判例の立場

時効中断効を肯定した判例5をみると、権利Aと権利Bがある場合、両権利の間に一定の牽連性があるかどうかをその判断基準の一つとしていると考えられる。①では、留置権の主張について判断を行うには、その前提として被担保債権に関する判断が必要となるから、両権利は牽連性があるといえる。②では、農地の所有権移転のためには、農地法3条の許可があることが当然の前提となっているから、所有権移転登記手続請求が直接、許可申請手続を訴求するものでないとしても、両請求には牽連性があるといえる。さらに、③では、抵当権の登記を抹消することができるかどうか判断するには、それに先立って、被担保債権の存否の判断を要するから、登記抹消請求権と被担保債権とは牽連性がある。④では、手形債権は、原因債権と経済的には同一の給付を目的としており、その支払手段となるという密接な関係性を有していること、⑤では、両債権が基本的な請求原因事実を同じくする請求であり、経済的に同一の給付を目的とする関係にあることから、両権利に牽連性があるとし、消滅時効の中断を肯定している。

一方、時効中断効を否定した判例をみると、当事者が異なる場合や、各請求権の法的性質や求める給付内容が異なる場合に中断効が否定されており、中断効を肯定した判例のような牽連性を見いだすことができない。

以上のように、判例は、裁判上の請求の概念を訴訟物に限定せずにかなり広く認める傾向にある。裁判上の請求に関し、その権利が直接訴訟物となっていないときでも、当事者が同一で、訴訟物としての権利主張が当該権利の主張の一態様、一手段とみられるような牽連関係があるか、その存在が実質的に確定される結果となるようなときは、これを裁判上の請求に準ずるものとして、訴訟物となっていない権利についても時効中断を認めていると説明されている6

(4) 学説

請求等の事由により時効が中断する理由については、様々な説明がされており、時効の存在理由に関する議論との関連が指摘されている7。時効の中断理由を説明するものとして、従来から権利行使説(実体法説)と権利確定説(訴訟法説)という二つの見解が示されている。権利行使説は、権利を行使した者は権利の上に眠る者ではないこと、権利行使によって時効の基礎たる事実状態の継続が破れることを根拠として、「一定の形式的要件」を備えた権利行使が必要であるとする8。一方、権利確定説は、判決の既判力により訴訟物である権利関係の存否が確定されることを根拠としている9

判例については、基本的には権利行使説に立つとする見解10と、「権利主張の一態様とみなしうる場合か実質的に権利が確定される場合かの二観点が混在」しているが、折衷説に立つとする見解11があり、判例の立場に対する評価は一定していない。

さらに、近時の学説の動向において、権利行使説と権利確定説との関係が流動的になっていることを指摘する見解が現れている。この見解は、どちらか一方の説を選択することは必ずしも適切ではなく、時効制度の趣旨に即して中断の範囲を決定すべきであるとする。その具体的な基準として、① 当事者が同一であること、② 時効を中断させるべき権利が、当面の権利主張行為においても合わせて主張されていることが客観的に肯認することができること、③ 当面の権利主張行為とは別にする時効中断手続の着手・追行を期待することが法律上または事実上、合理性を欠くと認められることが必要であると主張されている12

加えて、時効制度を一元的に正当化することに無理があるのと同様に、時効中断の根拠を統一的に説明しようとすることにも無理があるといわれている。そこでは、異質な側面を併せ持つ制度として、時効を多元的に考える必要性が示されている13

3.本判決の検討

(1) 先行判例との比較検討

時効中断の根拠として、権利行使説と権利確定説という二つの異なる見解があるが、本件で問題となっている支払督促には既判力がなく、権利確定説からのアプローチは困難であることが指摘されている14。また、本件のような時効中断の客観的範囲の問題に関して、訴訟物理論からの議論も行われてきたが、現在では、訴訟物概念から演繹的に問題解決を図る手法は克服されており、時効中断の関係においても、訴訟物たる権利関係に限定することは必ずしも妥当ではないとされている15。それゆえ、学説や訴訟物理論の議論を視野に入れつつも、時効中断の客観的範囲に関する先行判例との比較により、本判決の検討を行いたい。

前述のとおり、判例は、権利Aと権利Bがある場合、両権利の牽連性を判断基準としていると考えられる。まず、本件における貸金返還請求権と保証債務履行請求権との間には、前記判例①や判例②のように、権利Bが権利Aの前提となるといった関係が存在せず、両請求権には牽連性がない。次に、前記判例③では、抵当権設定登記抹消登記手続請求訴訟において、被担保債権の存否が訴訟物である登記抹消請求権の存否を直接基礎づけており、その法律上の牽連性がきわめて密接である16といえるが、本件では、両請求権の間に、そのような牽連性は存在しない。

さらに、前記判例⑤は、時効中断効を肯定した理由として、両債権が基本的な請求原因事実を同じくする請求であることを挙げている。本件貸金返還請求権の請求原因事実は、XとYとの間で金銭の返還の合意をしたこと、XがYに対し金銭を交付したこと、そしてXとYとの間で弁済期の合意をしたこと、である。一方、本件保証債務履行請求権の請求原因事実は、主たる債務の発生原因事実と、XとYとの間でその債務を保証するとの合意をしたこと、である17

以上のように、本件では、基本的な請求原因事実が異なっており、両請求権には牽連性がない。加えて、Yが貸金の主債務者であり、なおかつ、保証人であるという状況は通常考えられないことも指摘されている18。それゆえ、最高裁は、貸金返還請求権の根拠となる事実は、保証債務履行請求権の根拠となる事実と重なるものではなく、保証契約の成立を否定するものにほかならず、貸金返還請求権の行使は、保証債務履行請求権を行使することとは相容れないと判断したと考えられる。

しかし、前記判例⑧では、各請求権の法的性質や求める給付内容が異なることを理由に、時効中断効が否定された。本件では、同一当事者間における請求であり、形式と実質の齟齬はあるが、金銭給付を求めているので、判例⑧で判断されたほどの差異はない19。しかし、原審のように「貸金債権の権利主張は、上記連帯保証による保証債権の権利主張の一手段、一態様とみる」ことができるほどの牽連関係があるとはいえず、最高裁は、支払督促による貸金債権の行使により、これとは「別個の権利」である保証債務履行請求権が行使されたと評価することはできないと判示したといえる。

本判決については、貸金債務の履行を求める支払督促による保証債務に係る消滅時効の中断効を否定するという最高裁の新判断を示した判例であるとの評価がされている20。また、本判決が保証債務履行請求権に対する中断効の拡張を否定したことは、中断効の客観的範囲に関する判例に一事例を加えるものとして重要な意義を有する21。時効中断の客観的範囲の拡大については慎重な配慮が必要であることを考慮すれば、妥当な判断であったといえよう。

(2) 支払督促の性質

本件公正証書や本件支払督促は、形式的には貸金の支払を求めるものであったが、実質的には保証契約に基づく保証債務の履行を約定したものであった。本件では、第一審、原審、最高裁とで異なる判断が示されているが、形式面と実質面のどちらに重きを置くかによって、その判断を異にしたと考えられる。この点で原審は、形式面よりも実質面を重視し、当事者間の契約の趣旨を考慮して判断をしている。

しかし、最高裁は、原審の判断を是認できないとしている。その理由として、最高裁は、本件支払督促の申立てによって、保証契約に基づく保証債務の履行ではなく、本件公正証書に記載されたとおりYがXから金員を借り受けたとして貸金の返還を求めていることを挙げている。そして、貸金返還請求権の根拠となる事実は、保証契約に基づく保証債務履行請求権の根拠となる事実と重なるものではなく、むしろ保証契約の成立を否定するものであり、貸金返還請求権の行使は、保証債務履行請求権を行使することとは相容れないとしている。

最高裁は、原審とは異なり、形式面を重視し、両請求権が併存し得ないことを指摘している。このように形式面を重視することの理由としては、支払督促の性質が関係していると考えられる。

支払督促の申立ては、簡易裁判所の裁判所書記官に対して行われる(民訴383条)。この申立てがあると、支払督促は、債務者を審尋しないで、適法性のみを見て発令され(同386条1項)、請求に理由があるかは審理されない。債務者は、支払督促に対して督促異議を申し立てることができるが(同386条2項)22、債務者による督促異議の申立てがないときは、債権者の申立てにより支払督促に仮執行宣言が付され(同391条1項)、この仮執行宣言付支払督促は債務名義となり(民執22条4号)、執行力を有する。そして、債務名義は「資格証券的な機能」をもっている。債務名義が提出されると、執行機関は執行債権の存否について実質的な調査・判断をすることなく、債務名義に即して強制執行をしなければならない。この際、債務名義の記載が、強制執行の内容を決定する唯一の基準となる。加えて、債務名義に表示された請求権が当初から不成立であったり事後的に消滅したとしても、債務名義に基づく執行は有効であり、強制執行による実体上の効果が確定的に生ずる23

本件では、Xにより「貸金の支払を求める」旨の支払督促の申立てが行われ、その点について形式的に判断が行われ、「貸金の支払を求める」支払督促が発令されている。その後、本件支払督促に仮執行宣言が付され、Xは「貸金の支払を求める」旨の表示がされた債務名義を取得している。この債務名義の記載に基づいて強制執行がされるのであり、当事者間では「保証債務の履行を求める」趣旨の契約であったとしても、「保証債務の履行を求める」ために執行することはできない24

以上のような支払督促の性質に鑑みると、本件では、最高裁のように形式的に判断せざるを得ないと考える。

(3) 公正証書をめぐる問題

本件公正証書は、形式的には、借入金の分割返済を約定したものであるが、実質的には、保証契約の締結の趣旨で作成されたものであった。本件のように、連帯保証の趣旨で金銭消費貸借契約証書や債務弁済契約書を締結する実務は散見されるとの指摘があり25、実務上、注意を要する判決である。

実際に公正証書の記載の齟齬が問題となったものとして、記載内容が事実に合致しないために公正証書が無効とされた事案26がある。この事案において、公正証書には、昭和61年2月13日に2000万円を貸し付けた旨記載されていた。しかし、実際には、同年の別の日時に7回にわたり合計778万円余の消費貸借、準消費貸借契約を締結し、公正証書作成日である3月22日頃に債権者が債務者に対して、これらの債権を含め将来2000万円の限度で逐次貸し付けると約したものだった。しかも、実際の貸付額は2000万円に達しなかったという事情があった。このような事実により、最高裁は、公正証書記載の債権の発生原因事実は、実際の債権の発生原因事実と、契約日、金額などの点で全く一致せず、加えて当事者間の合意とも一致しないとし、公正証書記載の債権と実際の債権との間に客観的な同一性を認めることができず、公正証書は債務名義として効力を有しないと判示した。

本件においても、この事案と同様に公正証書の記載内容が事実に合致していないから、公正証書の段階で争いが生じていたならば、その記載の齟齬により公正証書が無効とされた可能性は否定できない。

また、本件では、Xはすでに公正証書と確定した仮執行宣言付支払督促の債務名義を有しているので、それに基づいて強制執行を申し立てればよく、本件訴訟を提起する必要はなかったはずである。しかし、いずれもXのYに対する貸金債権を表章しており、実体関係を反映していなかったので、請求異議訴訟において敗訴を招きかねず、Xは訴えを変更してまで保証債務の履行を求める本件訴訟を提起・維持せざるを得なかったと指摘されている27

以上のように、公正証書表示の債権と実際の債権とに齟齬がある場合、両債権の同一性を肯定することが難しく、それに基づいた請求を行うことは困難となる。本件においては、そもそも、AのXに対する貸金債務についてYがXとの間で保証契約を締結したことを理由とする保証債務履行請求権に基づいて支払督促をしておけば、問題はなかったはずである。本件では、AのXに対する貸金契約は平成4年に締結されたものであり、Xが支払督促を申立てた平成16年の時点では、AX間の貸金契約について消滅時効が主張された可能性がある。この事情により、XY間の保証契約による保証債務履行請求権に基づく支払督促ではなく、平成6年の債務弁済契約公正証書に合わせて、XがYに対し貸金の支払を求める支払督促を申し立てたと推測される。しかしこの点については、実務の観点から、適切に時効の期日管理を行うことや、公正証書作成の際に事実に反する貸付とせずに、事実通り、保証債務の承認とその弁済約束を公正証書とするか、保証債務の残債務を準消費貸借の目的とする準消費貸借契約として作成しておけば、問題を回避することができたと指摘されている28

なお、保証における公正証書に関しては、改正民法(平成29年成立)では、個人が保証人となる保証契約のうち一定のものについて、公正証書の作成を効力要件としている(新465条の6以下)。保証人保護の観点から、その作成方式について具体的な項目が定められており、公証人による説明・確認が行われる。本件は、書面が保証契約の効力要件とされる前の事案(平成16年の民法改正前の事案)ではあるが、改正民法の下では、上記項目が欠けている本件公正証書は、かかる効力要件を充足しないといわれている29。改正民法は、一定の個人保証において、保証人が公正証書で「保証債務を履行する意思」を表示し、厳格な手続を踏んだ場合に、保証契約の効力が生じるとしている点には注意を要する30

(4) 時効障害制度に関する改正との関係

改正民法では、時効障害制度について大きな変更がされている。時効障害事由に関し、権利行使の意思を明らかにしたと評価することができる事実が生じた場合を「完成猶予」事由とし、権利の存在について確証が得られたと評価することできる事実が生じた場合を「更新」事由としている。支払督促については、時効の完成猶予および更新事由となる(新147条)。さらに、同条1項柱書の括弧書は、現行法下における「裁判上の催告」に関する判例法理を反映したものであると説明されている31

以上のように、新制度の下では、支払督促が時効の完成猶予および更新事由となることが示されたが、これは支払督促の時効中断効の範囲を画するものではなく、本件の判断は、民法改正後も継続して意義を有するものであり32、新民法は、時効中断の客観的範囲に関する判例を変更するものではないと考えられる33

Footnotes

1 秋山靖浩「判批」法教442号125頁(2017年)、下村信江「判批」金法2097号16頁(2018年)、中村肇「判批」金判1535号9頁(2018年)、香川崇「判批」新・判例解説Watch vol. 22(2018年)70頁など。

2 時効は、請求によって中断する(現147条)が、請求にあたる具体的事由として、支払督促(現150条)がある。支払督促により時効が中断する根拠について明らかにしている最高裁判例はないが、学説はその根拠について、請求による時効中断の根拠と対応させて論じているとされる(米倉暢大「判批」金法2076号26頁〔2017年〕)。

3 個々の判例については、松久三四彦「判批」私法判例リマークス56号10頁以下(2018年)、金判1520号15頁以下(2017年)、米倉・前掲注(2)27頁以下に詳しい。

4 訴え提起や破産申立てをしても、訴えや申立てを取り下げる場合がある。この場合、訴えの提起等による時効中断効は認められず、訴え提起時や破産申立時に催告があったとされるだけとなり、訴え提起や申立てから取下げまでに6か月以上経過していた場合、取下げの時点ですでに消滅時効が完成していることもありうる。しかし、手続の継続中に債権者に時効中断のため他の措置を講ずることを期待するのは現実的ではない。そこで、手続の継続中は催告が継続しているとして、手続終了時から6か月以内に催告以外の強力な中断手段をとることにより、時効が中断するとされている。これを、裁判上の催告と呼ぶ(佐久間毅『民法の基礎1総則(第4版)』〔有斐閣、2018年〕420頁など)。

5 香川・前掲注(1)70頁は、中断効の肯定例について、権利Aを訴訟物とする裁判上の請求は、① 権利Bが権利Aを基礎として成立する派生的権利であった場合、② 権利Bが権利Aに通常伴う権利であった場合、訴訟物とされていない権利Bに関する時効を確定的に中断するが、①②の場合は、権利Aと権利Bが併存しうることを前提とするとしている。さらに、③ 権利Aと権利Bが基本的な請求原因事実を同じくしており、経済的に同一の給付を目的とする関係にある場合、④ 権利Bが権利Aに通常伴う権利の前提となる権利であった場合、権利Aを訴訟物とする裁判上の請求は、訴訟物とされていない権利Bの裁判上の催告にあたると分析している。

また、中村・前掲注(1)11頁以下では、時効中断の客観的範囲に関する判例について、最終的には、両権利の間に一定の牽連関係があるかが問題となるが、そこには、① 権利Aの行使と権利Bの行使との実質的同一性の程度の判断に際して両権利の牽連性が問題となる類型(同一型)と、② 権利Aと権利Bが実質的には同一といえないが、一方の存否が他方の存否に影響を与えるという意味で両権利の牽連性が問題となる類型(非同一型)があるとする。さらに、各類型で、(ⅰ) 当事者の同一性、(ⅱ) 両権利の経済的同一性、(ⅲ) 両権利の牽連性という要件が考慮されるとしている。

6 篠原勝美「判批」『最高裁判所判例解説民事篇昭和62年度』639頁、山地修「判批」曹時68巻3号865頁(2016年)。

7 松久三四彦「時効制度」星野英一・編『民法講座第1巻民法総則』(有斐閣、1984年)583頁以下、佐久間・前掲注(4)416頁以下。

8 我妻栄『新訂民法総則』(岩波書店、1996年)457頁以下、同『民法研究Ⅱ総則』(有斐閣、1966年)263頁以下、松久・前掲注(7)583頁以下。

9 山田正三『判例批評民事訴訟法第一巻』(弘文堂書房、1923年)345頁以下、兼子一『民事訴訟法体系』(酒井書店、1954年)178頁、川島武宜『民法総則』(有斐閣、1965年)473頁、松久・前掲注(7)583頁以下、兼子一ほか『条解民事訴訟法(第2版)』(弘文堂、2011年)854頁〔竹下守夫・上原敏夫〕。

10 草野元己「判批」判時1685号213頁(判評489号27頁)(1999年)。

11 平田健治「判批」私法判例リマークス20号12頁(2000年)。

12 山野目章夫「判批」判時1546号201頁(判評443号55頁)以下(1997年)。

13 佐久間・前掲注(4)416頁以下、山本敬三『民法講義Ⅰ総則(第3版)』(有斐閣、2011年)574頁。

14 前掲注(3)16頁。

15 篠原・前掲注(6)638頁、兼子ほか・前掲注(9)855頁、中村・前掲注(1)10頁。なお、訴訟物理論について詳しくは、伊藤眞『民事訴訟法(第6版)』(有斐閣、2018年)210頁以下、高橋宏志『重点講義民事訴訟法(上)(第2版補訂版)』(有斐閣、2013年)25頁以下。

16 野田宏「判批」『最高裁判所判例解説民事篇昭和44年度(下)』870頁。さらに、ここでは、判例①と判例③との関係性についても説明が加えられている。

17 司法研修所編『改訂紛争類型別の要件事実』(法曹会、2010年)26頁以下。

18 白石大「判批」民商法雑誌153巻6号208頁(2018年)。なお、保証人が主債務者を相続したケースでは、同一人に保証人と主債務者としての地位がともに帰属しうる場合も示されている。また、本件上告受理申立て理由中においても、判例⑤を採り上げており、「貸金返還請求権と保証契約に基づく履行請求権とが同一人に対して同時に存在することは考えられず(金銭を借入れた人間が、自己の借入について保証契約を締結することはあり得ない。)」と主張されている(裁判集民255号51頁以下)。

19 判例⑧の事案は、両請求権の請求原因事実が異なっているだけではなく、当初の請求は、所有権に基づき、建物の保存登記抹消登記手続という「登記官に対する意思表示」を求めるものであったのに対し、訴え変更後の請求は、請負代金請求権に基づく「X会社(被上告人)に対する残代金の支払」を求めるものであり、請求権の法的性質も求める給付内容も全く異なっていると判断されている。さらに、X会社が仮に建物保存登記の抹消登記手続において勝訴しても、直ちに金銭的満足が得られるわけでないという状況が存在していたことも指摘されている(判時1696号109頁〔2000年〕)。

20 金判1517号17頁(2017年)。なお、ここでは、別の法律構成として、本件公正証書が、連帯保証契約に基づく保証債務を消費貸借の目的とする準消費貸借契約が成立したという趣旨で作成されたものであるとする法律構成も考えられるとしている。準消費貸借契約の成立を前提とすれば、本件公正証書をYのXに対する借入債務として、その分割返済を記載している趣旨に理解し得ないわけではない。仮に本件公正証書をもって準消費貸借契約が成立している証左であるというのであれば、本件支払督促もまた、同契約に基づく債務の履行を求める趣旨の申立てとして理解する余地も生じ得ないわけではないと説明されている。

21 中川敏宏「判批」法学セミナー758号96頁(2018年)。なお、松久・前掲注(3)12頁以下では、本判決につき、表見的権利(貸金返還請求権)の支払督促により、実体的権利(保証債務履行請求権)の消滅時効が中断するかについての、初めての最高裁判決であるとされている。ここでは、本判決の結論には賛成であるとしているが、最高裁の理由づけに関して、本件支払督促に継続的な催告としての暫定的中断効を認める余地もないという考えを含むのであれば、その点には賛成できないとしている。

22 適法な督促異議の申立てがあったときは、支払督促の申立ての時に訴えの提起があったものとして、通常の訴訟へと移行する(民訴395条)。仮執行宣言付支払督促に対し督促異議の申立てがないとき、または督促異議の申立てを却下する決定が確定したときは、支払督促は確定判決と同一の効力を有する文書として債務名義となる(同396条、民執22条7号)。以上のように、支払督促は、「その申立てが訴えの提起に擬制」される場合や、「それ自体が確定判決と同一の効力を有するので、『裁判上の請求』と同様の時効中断の効力が認められる。」一方、支払督促がその効力を失った場合には、時効中断の効力も失われることになる(四宮和夫・能見善久『民法総則(第9版)』〔弘文堂、2018年〕462頁)。

23 中野貞一郎『民事執行・保全入門(補訂版)』(有斐閣、2013年)45頁以下。

24 松久・前掲注(3)13頁では、支払督促が時効中断事由とされる根拠として、裁判上の請求と同じく、債務名義の取得につながる権利行使であることに求められるとしている。本件の貸金返還請求権の支払督促では、保証債務履行請求権の債務名義を取得することができず、保証債務履行請求権の支払督促があったとして時効を中断することができないとする。そして、本件のような表見的権利(貸金返還請求権)の行使であっても、実質的権利(保証債務履行請求権)の時効を中断してよいかは、支払督促に「準ずる」権利主張といえるかにかかってくるとしている。「準ずる」かどうかは、債権の実現にとって債務名義取得と同様の意味があるといえるかによるが、本件では、「準ずる」とはいえず、本件の結論は妥当であると説明されている。

25 水野信次「判批」銀行法務21 818号66頁(2017年)。

26 最三判平成6年4月5日裁判集民172号201頁、金判992号12頁(1996年)。なお、公正証書の各表示に齟齬がないとした判例として、最二判昭和56年1月30日裁判集民132号61頁がある。

27 前掲注(20)16頁、酒井一「判批」法教442号127頁(2017年)。

28 月刊消費者信用2018年12月号46頁(2018年)。

29 大澤慎太郎「判批」ジュリスト1518号76頁(2018年)。

30 詳しくは、今尾真「保証人の保護――その方策の拡充を中心として」安永正昭ほか『債権法改正と民法学Ⅱ 債権総論・契約(1)』(商事法務、2018年)173頁以下。ここでは、改正法の問題点に関しても詳細に説明されている。潮見佳男『民法(債権関係)改正法の概要』(金融財政事情研究会、2017年)139頁以下も参照。

31 潮見・前掲注(30)36頁以下。

32 豊田将之「判批」金法2094号44頁(2018年)。

33 香川・前掲注(1)71頁、伊藤・前掲注(15)238頁。

 
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