2020 Volume 2 Pages 17-28
本研究の目的は,ろう児の第二言語としての日本語の読解力を評価する方法を開発することにある。そのために日本で暮らす外国人児童生徒のための日本語能力の評価である「外国人児童生徒のためのJSL対話型アセスメント;DLA」の考え方を援用し,Visual-Gestural modeの言語を用いるろう児の適性に応じた手続きをとる評価法とした。それを日本手話・日本語バイリンガル教育を実践しているろう学校小学部のろう児に対して試行することによって,第二言語としての日本語の読解力評価法の構成概念妥当性を検討した。その結果,本評価法の評価ツール〈読む〉では,あらすじ再生や「あらすじチェック」等を行うことで,その解答やテキストの日本語文の読みの実態や課題が個別に明らかにできた。また,語彙数や文型を考慮したリライトされた読み物は,ろう児が,日本語のテキストを読み味わうこと,すなわち読書を楽しむことを学ぶ上で有効であることが示唆された。
The purpose of this study was to develop “ARJAD; Assessment of Reading comprehension in JApanese as a second language for Deaf children”. For this purpose, ARJAD was developed using DLA’s concept. ARJAD is an assessment that takes procedures according to the suitability of deaf children using the language of Visual-Gestural mode. We examined the validity of ARJAD by trying it on deaf children in an elementary school for the Deaf that practice Japanese Sign Language and Written Japanese bilingual education. As a result, it was found that the ARJAD assessment tool <Reading> can clarify the actual situation and issues of reading the answer and text in Japanese by performing retailing using JSL and “summary check”. It was also suggested that the rewritten reading books that considered the number of vocabulary and sentence patterns are effective for Deaf children to learn to read and enjoy Japanese text.
本研究の目的は,日本手話・日本語バイリンガル児童(以下,「ろう児」とする)の第二言語としての日本語読解力の評価法である「ろう児のための日本語読解力評価法」;ARJAD;Assessment of Reading comprehension in JApanese as a second language for Deaf children(以下,「ろう児のための日本語読解力評価法」とする)を開発することにある。
我が国において聴覚障害児に対して用いられる日本語の読解力の客観的な評価法としては,全国標準Reading-Test読書力診断検査1)が比較的多く用いられるようである2)~5)。この検査は日本語の質問文に対して多肢選択式で解答し,その解答の正解に対して得点を積み上げて評価を行う,ペーパーテストの形式によって行われる。しかし,あるべき一つの正解をいかに多く回答できるのかというテストでは,一つの到達度は評価できるもののろう児の読解力の伸びの予測や指導へ生かすことは困難である。さらに,語彙,文法といった言語ドメインに分断された出来高に主眼がおかれていて,めざすべきろう児の総合的な言語能力が見通せないものになっている。つまり,ろう児が日本手話と日本語の二つの言語を使って何ができるのかについては評価されにくいものになってしまっている。本研究の対象となるろう児は,母語である日本手話を活用しつつ,第二言語の日本語で何ができるのかに焦点を当てて評価することで,実際の学習や生活の中で日本手話と日本語の二つの言語の運用における課題を見出すことが可能となり,個々の指導方針に生かしていくことができる。
一方で,日本で暮らす外国人児童生徒のための日本語能力の評価として「外国人児童生徒のためのJSL対話型アセスメント;DLA;Dialogic Language Assessment for Japanese as a Second Language」6)7)(以下,「DLA」とする)がある。DLAは従来型のペーパーテストとは異なり,評価の実施過程そのものを子どもの学びの機会として捉え,指導者が子どもたちに向き合う大切な機会としており,対話型で実施される。この考え方を援用すると,本研究で対象となるろう児は母語としての日本手話を習得しており,日本手話による対話をとおして認知的な活動を引き出して,第二言語である日本語の読解力を評価できると考えられる。そこで,DLAの考え方を援用したろう児のための第二言語としての日本語読解力の評価法として開発することとした。そのためには,DLAの考え方を生かしつつもろう児の特性に応じた評価法とする必要がある。本研究で対象とするろう児は,Visual-Gestural modeによる日本手話が第一言語であり,第二言語である日本語も主としてVisual modeによる書記形態のみによる読み書きを用いている。音声による日本語を用いることはほとんどない。そこで評価の手続きにおいては,音声日本語による提示を,日本手話を用いたり,評価の材料や反応においては,日本語の書き言葉で示したりする必要が生じる。
このようにして開発した読解力評価法を,日本手話・日本語バイリンガル教育を実践しているろう学校小学部のろう児に対して試行することによって,第二言語としての日本語読解力の評価法としての妥当性を検証する。
DLAは,日本で暮らす外国人児童生徒のための日本語能力の評価として開発され,その目的は外国人児童生徒の認知活動を最大限引き出し,日本語能力を総合的に評価するものである。そこで,初対面で必要な導入会話を行った上で,まず基礎となる会話力を測定し,さらに教科に結びつく読解力,作文力,聴解力の習得度を評価できるように評価ツールが準備されている(表1)。
| 評価ツール | CF 会話の流暢度 |
DLS 弁別的言語能力 |
ALP 教科学習言語能力 |
|
|---|---|---|---|---|
| 〈はじめの一歩〉 | 導入会話 | ○ | ||
| 語彙力チェック | ○ | |||
| 〈話す〉 | ○ | ○ | ○ | |
| 〈読む〉 | ○ | ○ | ||
| 〈書く〉 | ○ | ○ | ||
| 〈聴く〉 | ○ | |||
なお,表1にある「CF 会話の流暢度」,「DLS 弁別的言語能力」,「ALP 教科学習言語能力」とは,Cummins8)に示されている言語能力を理論的に3つの側面から見たものであり,それぞれ「Conversational Fluency」,「Discrete Language Skills」「Academic Language Proficiency」のことである。
本研究では,まず,この内〈はじめの一歩〉である「導入会話」と「語彙力チェック」,そして読解力評価となる〈読む〉を,本研究の対象となるろう児の特性に応じた評価法として適用できるようにする。
2) 〈はじめの一歩〉「導入会話」のろう児への適用DLAにおける評価ツール〈はじめの一歩〉の「導入会話」は,DLAの導入場面において,被験者の基本的な生活情報や言語情報を得るとともに,検査者との信頼関係をつくることを目的として行われる。評価の手続きとしては,日本語による会話によってタスクが進む。つまり,第二言語によるAuditory-Oral modeを用いた会話となるが,Visual-Gestural modeによるろう児においてそれに相当するものは日本語による筆談であると考えた。聴覚障害児のコミュニケーション手段として筆談が挙げられていること9)からも,第二言語である日本語の書き言葉による「会話」と考えることができると判断し,筆談とした。そこで「導入会話」の質問事項はルビ付き漢字かな交じり文による日本語文で記した質問カード(図1;No. 1のカードのみ)と質問カードの質問番号が記されたワークシート(図2;表面のみ:以下「WS」とする)を作成した。質問事項については,ろう児の実態に合わせて一部変更した。被験者は順に提示される質問カードを読み,質問カードに付されている番号の該当する欄に鉛筆等の筆記具で解答を記入することにした。質問カードの日本語文を読んで分からなければ,検査者に日本手話で提示することを求めてもよいこと,WSへ記入する日本語が分からない場合も,指文字等による提示を求め,それを参照して記入してもよいこととした。

「はじめの会話」質問カード

「はじめの会話」ワークシート
また,「導入会話」という名称を親しみやすくするために「はじめの会話」と改称した。以下,「導入会話」は「はじめの会話」と記す。
3) 〈はじめの一歩〉「語彙力チェック」のろう児への適用DLAの評価ツール〈はじめの一歩〉の「語彙力チェック」は,「導入会話」と同様に,被験者の基本的な生活情報や言語情報を得るとともに,検査者との信頼関係をつくることを目的として行われる。先の「導入会話」と併せた結果から,DLAのその後の〈話す〉〈読む〉〈聞く〉〈書く〉の各評価ツールを実施する上での参考となるように被験者の日本語能力をある程度予測できるようになっている。
手続きとしては,「語彙カード」という名称の絵カードを被験者に提示して,絵カードに示されている語彙を口頭で述べるタスクとなっている。語彙カードは,日本在住の子どもにとって身近な「体の一部」,「動植物」,「機器」,「家の一部」,「学校にある物」,「職業」,「乗り物」といったカテゴリーに属する名詞を答えるカードが42枚,「学校生活の動作」,「日常生活の動作」,「仕事の動作」,「感情の動作」といったカテゴリーに属する動詞を答えるカードが8枚,「形状」といったカテゴリーに属する形容詞を答えるカードが5枚の計55枚のカードが準備されている。今回のろう児への適用においては,評価の手続きが視覚的な提示であることから「語彙カード」をそのまま用いることにした。解答方法は,日本語の語彙を答えることになるので,指文字による解答を求めた。指文字による解答が難しい場合には手話単語での解答も可とした。記録用紙も準備されているが,日本語と日本手話のどちらの解答も記録できるように記録用紙を変更した(図3;表面のみ)。

「語彙力チェック」記録用紙
DLAの評価ツール〈読む〉は,「読書力」を測ることを目的としている。DLAにおいて「読書力」とは「まとまりのある文章を読んで理解する「読解力」,文章をよりよく理解するために児童生徒が使用する読解ストラテジー(方略)や,文字・単語・文の読みの流暢さを表す「読書・音読行動」,そして本や読書へのかかわりや態度を示す「読書習慣・興味・態度」の3つの面からなる力」としている。そのために,別冊の「レベル別テキスト」とその一冊一冊のテキストに応じた「実践ガイド」が準備されている。被験者は「レベル別テキスト」の中から,自分の興味関心や読みのレベルにあったテキストを選び,検査者は「実践ガイド」に則して,被験者にテキストを読ませたり,内容について深めるための質問をしたり,読書に関する質問をしたりすることになっている。また,〈読む〉については全員が対象となっているわけではなく,「例えば,学齢期の途中で来日し,高学年であっても日本語の文字を十分に習得できていない児童生徒に対しては使用できません」とされている。
本研究での日本語読解力の評価法では,DLAが測ろうとしている「読書力」の3つの側面すべてではなく,第一言語を日本手話とするろう児の第二言語としての日本語読解力を評価することを目的としており,「日本語のまとまりのある文章を読んで理解する」ための「読解力」と「日本語文章をよりよく理解する」ための「読解ストラテジーの活用」を測りたいと考えている。「読解ストラテジーの活用」とは,すなわち,日本語の書き言葉にアクセスするために,第一言語である日本手話や日本語の視覚的な情報である日本語口形や文字,指文字などを活用したろう者ならではのストラテジーのことであり,それらを活用する力を測ろうと考えている。
そこで,ろう児への適用としては,「実践ガイド」に示してある指示事項や質問事項,そしてその解答については日本手話で行うことを基本とする。レベル別テキストについては,事前のインタビュー調査10)の実施結果や事前に行った「適応型言語能力検査;ATLAN;Adaptive Tests for Language Abilities」11)の「語彙」及び「文法・談話」の検査結果から,DLAで準備されている「レベル別テキスト」では,特に小学部低学年のろう児に対して難易度が高いと判断したことから,ろう児版独自のレベルを設定することにした。今回は仮に「Zレベル」とした。Zレベルに応じた「レベル別テキスト」としては,第二執筆者がろう児の多読授業のためにリライトして作成した多読読み物である「ろう児のための日本語学習読本」12)から表2に示すテキストを選定した。
| レベル | テキスト名 | 語彙数 | 文字数 |
|---|---|---|---|
| Z-1 | かまきり | 12 | 63 |
| 肉じゃが | 15 | 95 | |
| Z-2 | ねずみのすもう | 19 | 129 |
| 夜の理科室 | 21 | 111 | |
| Z-3 | アリババと四十人のとうぞく | 108 | 823 |
〈読む〉の「あらすじ・口頭再生」は日本手話による再話とし,「理解を深めるためのやりとり・解釈・感想・意見」の質問事項は,選定したレベル別テキストの内容に則した質問事項等を記載し,新たな「実践ガイド」を作成した。Z-2レベルのレベル別テキスト「うさぎのすもう」/「夜の理科室」の実践ガイドの一部分を図4に示す。

Z-2レベル実践ガイド
Z-1及びZ-2の各レベル別テキストの「実践ガイド」にある「あらすじ再生」における「あらすじチェック」と「理解を深める」における「理解を深めるための質問」について,表3及び表4に示す。
| 「かまきり」 |
| □ 1.かまきりの色はみどりだった。 |
| □ 2.かまきりには大きな目とかまがあった。 |
| □ 3.かまきりのたまごがあった。 |
| □ 4.かまきりの赤ちゃんがあった。 |
| □ 5.かまきりの赤ちゃんはかわいい。 |
| 「肉じゃが」 |
| □ 1.肉じゃがに,肉/糸こんにゃく/じゃがいも/にんじん/玉ねぎがあった。 |
| □ 2.じゃがいも/にんじん/玉ねぎを切った。 |
| □ 3.やさいをにた。 |
| □ 4.味をつけた。 |
| □ 5.おいしい肉じゃがができた。 |
| 「ねずみのすもう」 | |
| あらすじチェック | 理解を深めるための質問 |
| □ 1.おじいさんとおばあさんがいた。 □ 2.2ひきのねずみがすもうをした。 □ 3.1回目のすもうでやせねずみがまけた。 □ 4.おじいさんとおばあさんがもちをついた。 □ 5.やせねずみはもちをたべた。 □ 6.2回目のすもうでやせねずみがかった。 □ 7.おじいさんは2ひきのねずみにもちとまわしをあげた。 □ 8.2ひきのねずみはもう一回すもうをした。 |
1.ねずみは何をしましたか。 2.おじいさんとおばあさんがもちをついたのはどうしてですか。 3.2回目のすもうでやせねずみが勝ったのはどうしてですか。 4.おじいさんが2ひきのねずみに,もちとまわしをあげたのはどうしてですか。 5.3回目のねずみのすもうはどちらがかったでしょうか。 |
| 「夜の理科室」 | |
| あらすじチェック | 理解を深めるための質問 |
| □ 1.理科室のとなりに理科じゅんび室があった。 □ 2.がいこつがあった。 □ 3.がいこつはにせものだった。 □ 4.だから,がいこつは動かなかった。 □ 5.夜になって,理科室にはだれもいなかった。 □ 6.夜の理科室でがいこつはおしゃべりを始めた。 □ 7.もし,それを見たら,どうなるのか。 |
1.理科室のとなりには何がありましたか。 2.がいこつはどこにありましたか。 3.がいこつはにせものなのに,おしゃべりを始めたのはどうしてですか。 4.がいこつがおしゃべりをしているのを見たら,○○さんはどうなりますか。 |
ろう児のための日本語読解力評価法の試行の対象となったのは,学校全体で組織的に日本手話・日本語バイリンガル教育を実践している私立ろう学校の小学部第1学年から第3学年のろう児とした。本評価法を試行したX年度の2月下旬において,試行の対象となったろう児の数は表5のとおりである。年度末の試行であるので,教育課程上は小学部第1学年であっても平仮名及び片仮名の学習は終了していることや,レベル別テキストの難易度を調整する配慮を行ったことから,〈読む〉を小学部第1学年から試行することにした。
| 学年 | 女 | 男 | 計 |
|---|---|---|---|
| 第1学年 | 5 | 1 | 6 |
| 第2学年 | 2 | 0 | 2 |
| 第3学年 | 6 | 2 | 8 |
| 計 | 13 | 3 | 16 |
試行は被験者と検査者が1対1で実施できるように個室が準備された。個室には長机1台を挟んで被験者と検査者が対面で座ることできるように2脚の椅子が配置された。DLAでは圧迫感を与えないようにという配慮から,L字で座ることが推奨されているが,本評価法においては,日本手話等による応答をするため対面とした。実施後の「語彙チェック」や〈読む〉の解答を記録及び分析するために,デジタルビデオカメラを1台が被験者に向かって設置された。
検査者は本研究の第一執筆者であった。
まず,ろう児のための日本語読解力評価法の試行の全体的な流れを示すために,デジタルビデオカメラに記録された小学部3年Mの様子についてエスノローグ的に記述する。
〈はじめの一歩〉の「はじめの会話」では15の質問カードに対して,11の質問事項を黙読して,すぐにWSに記入した。4の質問事項に対しては,手話読みをしてから,WSに解答を記入した。少し長い質問事項になると手話読みをすることで,自分で意味を確認していた。黙読等で理解できないことについては,手話で意味を確認してくるであろうが,本児については,それはなかった。WSに記入された解答の文は質問事項に対する解答となっていた。すべて単文であった。解答を書き終えた後に,補足説明を手話で行う場面も場面もあった。「ないです」を「いなです」,「他の人はできます」を「他はできるです」といった誤用が認められた。「語彙力チェック」は55の絵カードに対して指文字は39の正答があった。解答なしは「まつげ」「くちびる」といった「体の一部」カテゴリーや「家の一部」カテゴリーに属する名詞に認められた。ただし,指文字で解答を示せない場合には,必ず手話で解答を示していた。誤答は,「泳いでいる」「書いている」などの動詞を「プール」「勉強」と事物の名詞で解答していた。
〈読む〉ではレベル別テキストとしてZ-2「夜の理科室」を選択した。すぐに黙読を始め,読み終えた時点で「あらすじ再生」を求めたところテキストの文面を見ながら,日本手話に翻訳してリテーリングを行った。テキストの最後の文となる「もし,それを見たら…」が語られていなかったので,「がいこつがおしゃべりをしているのを,あなたが見たらどうなりますか」と質問すると,「これはにせものだから(おしゃべりを)しない」と言って,テキストの骨格模型の図版を指して,「ほら,ここが違う。これは動かない」と言ってから「もし,それを見たら」と手話読みを付け加えた。「動いているところを見たら,どうなるの」と質問すると,「ない,ない」と言って終わりにした。
次に,「家で本を読むことはあるの」と尋ねると,「しないよ。勉強あるから。自分の勉強があるから。学校が休みの時は勉強して,(勉強に)疲れたら,遊ぶ。学校から帰ったら,勉強がある,漢字や言葉を調べたり,英語を勉強したりする。勉強しないと。勉強のみ」と答えた。
(2) 「はじめの会話」の試行「はじめの会話」は,DLAの導入において,被験者全員を対象として被験者の基本的な生活情報や言語情報を得るとともに,検査者との信頼関係をつくることを目的として行われる。本研究では,デジタルビデオカメラに記録された「はじめの会話」の試行場面の動画から対象となったろう児の発言や行動を記録用紙に書き起こし,それを分析のためのデータとした。
試行する中で,「質問カードを読む」(会話においては「聞く」に相当する)場面において,「質問カードの文を黙読で読んで意味を理解する」,「質問カードの文を手話として表出して読んで理解する」,「質問カードの文が理解できないので,検査者に手話で提示することを求めて,それを見て理解する」としてカテゴライズできる行動が認められた。また,「WSに書く」(会話においては「話す」に相当する)場面においては「自力で書く」,「自力で書けないので,検査者に手話で提示することを求めて,それを見て書く」,「自力で書けないので,検査者に指文字で提示することを求めて,それを見て書く」,「自力で書けないので,質問カードの該当する箇所を検査者に提示することを求めて,それを見て書く」,さらにWSに記入せずに「手話で答える」としてカテゴライズできる行動が認められた。そこで,対象ろう児ごとに,どのような行動が認められたのかを表6に示す。
| 学年名 | 性別 | 質問カードを読む | ワークシートに書く | 手話で解答 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 黙読 | 手話読み | 手話提示 | 自力 | 指文字参照 | カード文参照 | |||
| 1年A | 女 | 〇 | ● | 〇 | ● | 〇 | ||
| 1年B | 女 | 〇 | ● | 〇 | ● | |||
| 1年C | 女 | 〇 | ● | 〇 | ● | 〇 | ||
| 1年D | 女 | 〇 | ● | 〇 | 〇 | ● | 〇 | |
| 1年E | 男 | 〇 | ● | 〇 | ● | 〇 | 〇 | |
| 1年F | 女 | 〇 | ● | 〇 | ● | 〇 | ||
| 2年G | 女 | 〇 | ● | 〇 | ● | 〇 | ||
| 2年H | 女 | ● | ● | |||||
| 3年I | 女 | ● | 〇 | ● | ||||
| 3年J | 女 | 〇 | ● | 〇 | 〇 | ● | ||
| 3年K | 女 | ● | ● | |||||
| 3年L | 男 | 〇 | ● | ● | 〇 | |||
| 3年M | 女 | 〇 | ● | ● | ||||
| 3年N | 男 | 〇 | ● | ● | ||||
| 3年O | 女 | ● | ● | |||||
| 3年P | 女 | 〇 | ● | ● | 〇 | |||
※表中の●は主に用いた手段を示し,〇は補助的に用いた手段を示す。
DLAの評価ツール〈はじめの一歩〉の「語彙力チェック」は,被験者全員を対象として被験者の基本的な生活情報や言語情報を得るとともに,検査者との信頼関係をつくることを目的として行われる。先の「導入会話」と併せた結果から,DLAの各評価ツールを実施する上での参考とするなるように被験者の日本語能力をある程度予測できるようになっている。本研究では,デジタルビデオカメラに記録された「語彙力チェック」の試行の動画から対象ろう児の解答,発言や行動を「語彙力チェック」の記録用紙に記入し,それを分析のためのデータとした。
全55枚の「語彙カード」に対しての指文字による正答数の学年別平均は図5のとおりとなった。対象ろう児全員の指文字による正答数の平均は19.5(SD 14.0)であった。

「語彙力チェック」の指文字による正答数の学年別平均
指文字で解答できなかった場合には,すべて手話単語で解答することができた。
また,正答率が80%以上であった「語彙カード」は,「目」,「口」,「手」,「木」であった。正答率が10%以下であった「語彙カード」は「まつげ」,「唇」,「(ねこの)ひげ」,「扇風機」,「引き出し」,「黒板」,「黒板消し」,「運転手」,「消防士」であった。
(4) 評価ツール〈読む〉の試行DLAの評価ツール〈読む〉は,「読書力」を図ることを目的として行われる。「読書力」には,「まとまりのある文章を読んで理解する「読解力」」が含まれている。この「読解力」については,レベル別テキストごとに作成されている「実践ガイド」にある「あらすじ再生」における「あらすじチェック」や「理解を深める」における「理解を深めるための質問」によって,それらに対する対象ろう児の解答状況を分析することでろう児の読解力が予測できると考えられる。そのために,デジタルビデオカメラに記録された〈読む〉の試行の動画から対象ろう児の解答,発言や行動を記録用紙に書き起こし,それを分析のためのデータとした。
まず,対象となったろう児が選定したレベル別テキストを表7に,「あらすじチェック」及び「理解を深めるための質問」に対する正答率を図6に示す。
| 学年名 | 性別 | レベル | レベル別テキスト |
|---|---|---|---|
| 1年A | 女 | Z-1 | かまきり |
| 1年B | 女 | Z-1 | 肉じゃが |
| 1年C | 女 | Z-1 | かまきり |
| 1年D | 女 | Z-1 | 肉じゃが |
| 1年E | 男 | Z-1 | かまきり |
| 1年F | 女 | Z-1 | 肉じゃが |
| 2年G | 女 | Z-2 | ねずみのすもう |
| 2年H | 女 | Z-2 | ねずみのすもう |
| 3年I | 女 | Z-2 | 夜の理科室 |
| 3年J | 女 | Z-2 | ねずみのすもう |
| 3年K | 女 | Z-3 | アリババと四十人のとうぞく |
| 3年L | 男 | Z-1 | 肉じゃが |
| 3年M | 女 | Z-2 | 夜の理科室 |
| 3年N | 男 | Z-1 | かまきり |
| 3年O | 女 | Z-2 | ねずみのすもう |
| 3年P | 女 | Z-2 | ねずみのすもう |

「あらすじチェック」及び「理解を深めるための質問」に対する正答率
〈読む〉のあらすじ再生では1年A,1年E,2年H,3年Oは次のように日本手話で話した。日本手話の記述については,日本手話による発話を文字化するに当たっては,赤堀ら13)による表記に従った。ただし,非手指標識については省略した。また,CL註1),PT註2),FS註3),RS註4)の略号については,本文末の註を参照されたい。
1年A テキスト「かまきり」のページを開きながら,手話で読む。
/題名/何/かまきり/いう/かまきり/目/大きい/かま/.
/いう/かまきり/体/色/何/緑/目/大きい/.
/卵/卵/…/時/かまきり/赤ちゃん/生まれる/.
/後/特に/好き/.
1年E テキスト「かまきり」のページを開きながら,手話読みをした後に,テキストを閉じてあらすじ再生を行う。
/いう/題名/何/かまきり/.
/何/緑/身体/.
/目/大きい/CL(大きな目)/何/かま/かまきり/並み/.
/次/生む/卵/.
/何/卵/かまきり/卵/かわいい/小さい/かわいい/終わり/.
2年H テキスト「ねずみのすもう」を一度手話読みした後に,テキストを閉じてあらすじ再生を行う。
/題名/何/ねずみ/すもう/.
/おじいさん/おばあさん/ねずみ/二人/やせる/太る/勝負をする/.
/やせる/ねずみ/もち/.
/おじいさん/おばあさん/もち/つくる/CL(もちをつく)/.
/やせる/ねずみ/もち/CL(がつがつ食べる)/.
/太る/ねずみ/PT左/勝負をする/終わり/.
/二人/PT前方/一緒に/一緒に/ねずみ/やせる/ねずみ/太る/ねずみ/一緒に/もち/CL(がつがつ食べる)/ある/.
/二人/一緒に/すもう/する/終わり/.
3年O テキスト「ねずみのすもう」を黙読した後に,あらすじ再生を求められて,もう一度テキストをめくりながら手話読みをした後に,テキストを閉じてあらすじ再生を行う。
/ねずみ/すもう/題名/.
/おじいさん/おばあさん/見る/.
/FSやせ/ねずみ/やせる/ねずみ/PT前方/試合/結果/FSやせ/ねずみ/負ける/.
/おじいさん/おばあさん/方法/もち/CL(もちをつく)/つくる/.
/もち/丸める/並べる/やせる/ねずみ/あげる/食べる/力持ち/.
/太い/ねずみ/挑む/勝つ/.
/太い/ねずみ/RS:太いねずみ(何/)もち/丸める/もち/丸める/あげる/RS:太いねずみ(ありがとう/食べる/).
/二人/CL(2匹のねずみがすもうをとっている)/どっち/見る/?
「はじめの会話」(DLAにおいては「導入会話」)は,第二言語の「CF会話の流暢性」の側面を把握するDLAの導入の評価ツールである。この評価ツールを,ろう児のための日本語読解力評価で用いるなら,第二言語としての日本語で筆談ができるかという評価法になる。検査者にサポートを求める力も実際の言語運用には必要かつ重要な能力であることから,評価の対象としたい。そのサポートを求める力の基盤になるのは第一言語の日本手話である。
第二言語による「会話の流暢性」という側面から考えると,「質問カードを読む」場面では,質問カードに記載された質問事項を黙読/手話読みをして,「WSに書く」場面では,筆記用具を用いて自力で書けるとスムーズに筆談を遂行できた,すなわち「会話の流暢度」の側面が高いといえる。この観点から「質問カードを読む」の結果を見ると,第1学年では,検査者に「手話提示」を求めて,質問カードに書かれた文を理解しようとするろう児が多いが,学年が進行するにつれて,「黙読」によって文を理解するろう児が増えてくる。一方,「WSを書く」場面では,第1学年では,検査者に「指文字提示」を求めたり,質問カードの文を参照したり,場合によっては手話で答えるのみであったりするが,学年が進行するにつれ,自力で書いて伝えるようになる。日常生活レベルの筆談は小学部第3学年でできるようになってくることが分かる。
(2) 「語彙力チェック」の試行から学年ごとに正答数の平均をとってみると,図5のとおりとなった。学年進行とともに正答数は上昇しているが,標準偏差から分かるとおり個人差がかなりあることが分かった。語彙力チェックの正答率が4割を超えると,ほぼZ-2レベルのテキストを選定し,8割を超えるとZ-3レベルのテキストを手にするようになる傾向がある。語彙力は読解力を予測すると言われているが,対象となったろう児はテキストを選定する際に,自己の読解力を比較的正確に見積もって選定しているといえる。また,語彙ごとの正答率をみると,「運転手」や「消防士」といった職業の名称である名詞はモーラ数が多いので習得の難易度が高いことは,試行前から予想はされていたが,「まつげ」,「くちびる」といった体の一部や家の一部といった部分を示す名詞の習得も困難がみられた。特に体の一部を示す名詞は,日本手話ではその部分を指さすことで示すため,日本語ではそこに名称があることに気付いていないのかもしれない。学校の物については,対象ろう児の在籍校には「黒板」そのものがないことが習得を困難にしていると考えられる。
また,指文字の正解を示して欲しいというろう児も2名いた。そのろう児は正解の指文字を検査者が示すと,必ず口形とともに模倣して記憶しようとしていた。ろう児自身が指文字を記憶するためには,視覚的な指文字の記憶だけでなく,それとともに口形と指文字表出時の手の運動感覚を同期させることで記憶する際の手がかりとして用いているのかもしれない。
(3) 〈読む〉の試行と全体をとおして最初に事例として挙げた3年Mは小学校低学年レベルの日常会話については日本語による筆談でこなすことできると判断できた。知らない文や単語があった時には,その意味を自分が理解できるように説明するよう求めるスキルもある。Z-2レベルのテキストは図版の助けを借りながらも,自信をもって読みこなすことができ,テキスト「夜の理科室」に示されている物語の全体の意味をつかむことはできていた。しかし,最終ページにある文「がいこつたちが おしゃべりを します。もし,それを 見たら…」を読み,それを日本手話で表出できていても,テキスト全体を読書として楽しむには,「もし,それを 見たら…」の後を,読者として想像して怖がったり,面白がったり,見聞したりしたことに結び付けることまでが考えられるが,Mはテキストの図版を見て「怖い,怖い」というにとどまっているとも言える。
Z-2レベルのテキスト「ねずみのすもう」では,すもうに負けたやせねずみに,おじいさんとおばあさんが同情してもちを与えたり,2ひきのねずみがかわいくなって,まわしともちをプレゼントしたりする場面がある。また,最終ページには「二ひきは,すもうをしました」とあり,楽しくすもうに興じるやせねずみとふとねずみの図版がある。3年Oは,それを図式的空間で語った後に,RSで主語を明確にし,観察者空間からみたCLで,すもうに興じる2ひきのねずみを語ることができている14)。また,テキスト全体の意味を理解した上で,最後にどっちが勝ったかわからないが,それはねずみたちにとっては大した問題ではないことを,/二人/CL(2匹のねずみがすもうをとっている)/どっち/見る/?日本語訳「2ひきは何度もすもうをとりました。さあ,どちらが勝ったでしょうか」と読むことができている。同じテキストを読んだ2年Hのあらすじ再生では,終始,図式的空間で第三者的に語っている。テキストの文と図版から得られる事実レベルの情報は8割近く表出されていると考えてよい。しかし,最終ページのあらすじ再生で「二ひきは,すもうをしました」と文をそのまま日本手話に直訳しており,最終ページの場面でのねずみたちの気持ちや続きを想像するといった読みまでには至っていない。テキスト全体を読書として楽しむ読みとはなっていないと判断できる。
1年Aは,テキストを閉じてのあらすじ再生は難しいようであるが,Z-1レベルのテキスト「かまきり」の文を,/題名/何/かまきり/いう/かまきり/目/大きい/かま/.(日本語訳:題名はかまきりで,かまきりは大きな目とかまがある),/いう/かまきり/体/色/何/緑/目/大きい/緑/.(日本語訳:で,かまきりの体の色は緑で,大きな目をしている)と日本手話の構文を用いて読むことができている。テキスト「かまきり」の該当の各ページには,「かまきり です。」「みどりいろ です。」「大きな 目 です」のような単文が一文ずつある他には,図版としてカマキリの写真やイラストが並んでいるだけであって,図版だけでは手話で読むことができない。さらに,「かま」のイラスト図版がカマキリの写真図版と並置してあるページも,文と関連付けなければ,「かまきり」の「かま」は,このイラストの「かま」と似ているという意味が読み取れない。1年Aの手話読みの手話をみると,その関係性を文と図版から読み取っているかは不明確であるが,1年Eのあらすじ再生の手話を見ると/目/大きい/CL(大きな目)/何/かま/かまきり/並み/.(日本語訳:大きな目があり,かまとかまきりは似ています)と,図版と文を関連付けて読み取り,手話で表出できている。事実レベルの情報を読み取る読み方ができているといえる。
「あらすじチェック」及び「理解を深めるための質問」の正答率はおおよそ8割前後から10割となっており,自己の読解力に見合ったレベル別テキストを選定することができ,本を読むことができているといえる。「語彙力チェック」に見合った語彙数と文形の制約を考慮したリライト文のテキストであれば,事実レベルの意味理解が可能であり,学年が上がってくると,テキスト全体をとおした推論レベルの読みもできてくることがわかる。読み深めることができるわけである。おおよその意味把握が「読む」ことによってできているからこそ,あらすじ再生や理解を深めるための検査者との対話の中で,ろう児が図版と文を統合的に解釈しながら読解できている部分と課題となっている部分が明確にでき,個々の今後の指導方針に反映させることができるといえる。
本研究の目的は,ろう児の第二言語としての日本語の読解力を評価する方法を開発することにあった。そのためにDLAの考え方を援用し,Visual-Gestural modeの言語を用いるろう児の適性に応じた手続きをとる評価法とした。それを日本手話・日本語バイリンガル教育を実践しているろう学校小学部のろう児に対して試行することによって,第二言語としての日本語の読解力評価法の構成概念妥当性について検討した。
そこで,DLAの「導入会話」,「語彙力チェック」と〈読む〉をろう児の特性に応じて改訂を行った。「導入会話」を「はじめの会話」として,音声日本語による会話を,日本語による筆談とした。「語彙力チェック」は指文字による解答を求めることにした。〈読む〉はレベル別テキストを,ろう児の実態に合わせてろう児のための多読用日本語学習読本から選定し,レベルを別として設定した。また,これらの「実践ガイド」を作成した。
次に,日本手話・日本語バイリンガル教育を実践しているろう学校小学部低学年のろう児16名に対して試行したところ,「はじめの会話」の試行では,第3学年に達すると,書き言葉によるコミュニケーションである日本語の筆談のCFが達成されてくる様子が観察された。「語彙力チェック」では,学年が上がるにしたがって日本語で表出できる語彙の正答数が上昇していた。ただし,その個人差がかなりあることが分かった。〈読む〉では,あらすじ再生や「あらすじチェック」,「理解を深めるための質問」を行うことで,その解答やテキストの日本語文の読みの実態や課題が個別に明らかできることが分かった。また,語彙数や文型に考慮したリライトされた読み物は,ろう児が,日本語のテキストを読み味わうこと,すなわち読書を楽しむことを学ぶ上で有効であることが示唆された。
佐々木15)では,translanguagingの理念とそれのろう児への教育への応用について述べているが,その中で「バイリンガルが自分の言語レパートリー全体を一つの集合体と見て,そこからその場のコミュニケーションに最適な言語要素を選んで使う」と示している。今回のろう児のための日本語読解力評価法は,評価者との対話によるアセスメントであるがゆえに,自己のもつ日本手話と日本語という言語資源を有効に活用して,筆談をしたり,日本語テキストを読んだり,日本手話で再話をしたりする行為が対話の中で表れてくる。その表れ方は児童一人ひとりで異なるのはもちろんのこと,対話の相手や読む対象によっても変化していくダイナミックなプロセスであった。ろう児が第二言語の日本語を「読む」行為の全体のプロセスがtranslanguagingとして可視化できる評価法になっていると考え,構成概念妥当性がある評価法になっていると判断した。
今後は,本評価の基準関連妥当性の検証方法を検討するとともに,高学年用のレベル別テキストを開発し,高学年のろう児に試行することで,第二言語としての日本語の読みがどのように習得され,日本手話と日本語が統合的に育っていく中で,どのように学習言語が表れてくるのかを明らかにしていきたい。
本研究は日本学術振興会学術研究助成基金助成金「基盤研究(C)」(課題番号:15K04582及び18K02770)による助成を受けた研究成果の一部である。
本研究の一部は,日本特殊教育学会第56回大会(大阪大会)ポスター発表P6-28「日本手話・日本語バイリンガル児童の読解力評価―DLA〈はじめの一歩〉及び〈読む〉を日本手話・日本語バイリンガル児童に適用する」で発表した。