Human Sciences
Online ISSN : 2434-4753
Original Article
Identifying factors affecting multiple object tracking skills: an experimental study
Ryousuke FurukadoHirohisa IsogaiDaisuke AkiyamaYoshiko Saito
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2020 Volume 2 Pages 82-90

Details
抄録

本研究の目的は,複数対象追跡(Multiple Object Tracking,以下MOT)スキルと関連する要因を視覚探索方略,視機能,認知機能の中でも選択的注意力,情報処理速度の視点から検討することであった。実験参加者は平均年齢19.44歳の男子大学生25名であった。実験参加者のMOTスキルの測定にはNeuro Tracker式MOT課題を用いた。また,MOT課題の測定時には眼球運動測定装置を使用し,視覚探索活動も併せて測定した。なお,眼球運動指標は視線移動距離,停留回数,停留時間,停留点の移動速度を算出した。視機能測定は,スポーツビジョン研究会で用いられている静止視力などの8項目を採用した。認知機能の測定には,新ストループ検査IIを用いた。従属変数にMOTスキル,独立変数に眼球運動指標,視機能,認知機能を代入し,独立変数毎に重回帰分析を行った結果,視機能の中で瞬間的に情報を獲得する機能がMOTスキルと関連する要因であることが明らかになった。本研究で得られた知見は,MOTスキルトレーニング方法の拡充やその規定要因の検討に関して活用されるだろう。

Abstract

[Purpose] This study examined the visual and cognitive factors affecting Multiple Object Tracking (MOT) skills using visual search strategies. Cognitive functions of selective attention and information processing speed were studied. [Subjects] Participants were 25 male college students with 19.44 years as average age. [Methods] The Neuro Tracker MOT task was used to measure the participants’ MOT skills. We used glasses measuring Ocular Motor Skills to simultaneously measure visual search activity during the task. Ocular Motor Skills data included the gaze travel distance, the number of stops, the stop time, and the stationary point’s travel speed. For visual function measurement, we adopted eight standard Japanese items (Static Visual Acuity, Kinetic Visual Acuity, Dynamic Visual Acuity, Contrast Sensitivity, Ocular Motor Skills, Depth Perception, Visual Reaction Time, and Eye/Hand Coordination). For cognitive function measurement, we used the Stroop/Reverse-Stroop Test-II. [Results] MOT skills were designated as the dependent variable, Ocular Motor Skill data (4 items), visual function (8 items), and cognitive function (2 items) were designated as the independent variables. Multiple regression analyses were performed for all the independent variables. No significant differences were found for any item with Ocular Motor Skill data and cognitive function as independent variables. However, among visual functions, a significant difference was observed in the Visual Reaction Time. [Conclusion] The results suggest that improving the visual functions to acquire information instantaneously (0.1 sec) may improve MOT skills. This study is useful for research on the expansion of conventional training methods and determinants of MOT skills.

1. 緒言

人間が日常生活をおくる上で,複数の対象を追跡する場面は数多くある。例えば,人ごみを歩くときは様々な方向に歩く人にぶつからないように避けながら多くの対象に注意を向ける必要がある。このように,視野内を移動する複数の対象を追跡することを複数対象追跡(Multiple Object Tracking,以下MOT)という。

このMOTという現象について,Pylyshyn and Storm1)はMOT課題を用いて視覚的注意のメカニズムを検討している。MOT課題の概要は,画面に提示された同一の10個の十字状の対象のうち,半分である5個があらかじめ点滅して指定される。次に,すべての対象が元の色,形に戻りランダムな方向に7–15 sec運動する。実験参加者は,対象の運動中に提示されるフラッシュが標的対象に提示された場合にボタンを押下する反応が求められるというものであった。その結果,10個の対象のうち,5個までを正しく追跡できたことが示された1)。現在では,一定時間経過後に対象を停止させ,ボタン等のデバイスにより標的対象の回答をする方法が多く用いられている。例えば,知覚・認知トレーニングプログラムとして3D-MOT課題であるNeuro Tracker(CogniSens Athletics社製,Neuro Tracker Pro 65)式MOT課題が開発された2)。Neuro Tracker式MOT課題は,速度閾値を評価基準に用いた適応的な設計であるため,対象の移動スピードを調節することにより難易度を一貫して維持できる特徴がある。

また,MOTはスキルとして捉えられ3),トレーニング可能であることが示されている4)。MOTスキルのトレーニング効果は,スポーツ分野をはじめ多くの研究で示されている。例えば,大学生を対象として5週間の期間,週に2回の頻度でMOTスキルのトレーニングを実施した研究では,作業記憶や認知機能,視覚情報処理速度が向上し,低周波数の脳波に比べてβ波が増加し,後頭皮質でγ波が定量的に増加したことが報告されている4)。スポーツ分野においてはMOTスキルとバスケットボールのパフォーマンスに有意な相関が認められたこと5)や,MOTスキルの向上がサッカーの意思決定スピードやパス精度の向上に影響すること6)が明らかにされている。

このようにMOTスキルのトレーニングによる転移効果が示されているが,MOTスキルを規定する要因やそのメカニズムについては,視覚的注意の観点からの研究が多い1)。Banich and Compton7)は,MOTスキルを規定する認知機能について,注意力や視覚情報処理速度などをあげている。また,先行研究4)では注意力の中でも選択的注意について,Delis-Kaplanの実行機能検査(以下,D-KEFS)の色彩言語干渉テスト8)を用いてMOTスキルの規定要因を検討している。D-KEFSテストは,4つの下位検査から成る視覚抑制の口頭でおこなう検査であり,ストループ干渉9)を測定することが可能である。また,逆ストループ干渉は口頭検査では通常生起しないが語が意味する色を複数のパッチの中から選択させるマッチング反応を用いると生起することが報告されている10)。しかし,D-KEFSテストは口頭反応による検査のため逆ストループ干渉率の測定ができないことに加えて,課題が英語で記述されている。そこで,本研究では日本人向けに開発された新ストループ検査II(トーヨーフィジカル発行)を用いた。新ストループ検査IIの詳細については方法で後述するが,この検査ではストループ干渉率と逆ストループ干渉率が算出され,選択的注意力と情報処理速度を測定することが可能である。

前述のBanich and Compton7)の知見に加え,MOTスキルと関連する要因は認知機能以外にも考えられる。MOT課題では,複数の対象の動きを眼で追跡するため,MOTスキルと関連する要因に情報の入力機構である視機能と視線を動かす方略も関わるのではないかと考えられる。本研究では,大学生のスポーツ競技者を対象としているため,スポーツのパフォーマンス発揮に重要な視機能(スポーツビジョン)を扱う。スポーツビジョンに関する研究は,1978年に,視力測定医や検眼士の組織であるAmerica Optometric Associationの中にSports Vision Sectionが発足した後に,多くおこなわれてきた。日本でも,競技力の高いアスリートは優秀なスポーツビジョンを有しているという知見が得られている11)。そこで,本研究では,スポーツビジョン研究会が測定している8項目(静止視力,縦動体視力,横動体視力,コントラスト感度,眼球運動,深視力,瞬間視力,眼と手の協応性)を測定した。

また,8項目の視機能の測定では,MOT課題における追跡を指定された複数の対象に対する視覚探索方略は検討されない。視覚探索とは「目前に広がる視野に存在する多くの視覚情報の中から,特定の情報を選択し,対象を正確に捉える過程」と定義されている12)。MOT課題においては,追跡すべき対象と妨害対象が視野内に存在する。視覚探索では,多くの視覚情報の中から注意によって情報を選択しつつ視線を動かすため,MOTスキルと視覚探索には関連があると考えられる。そこで,本研究ではMOT課題実施時の視覚探索を眼球運動測定装置により測定した。

以上より,MOTスキルと関連する要因を認知機能,視機能,視覚探索の視点から検討することで,MOTスキルのトレーニング方法の拡充につながり,MOTスキルの効率的な向上に関する知見が得られると考えられる。また,MOTスキルの向上はスポーツ,教育,QOLの向上など多くの利益をもたらすと考えられる。

そこで,本研究では,複数対象追跡スキルと関連する要因を認知機能,視機能,視覚探索方略の視点から検討し,これらの関係を明らかにすることを目的とした。

2. 方法

(1) 実験参加者

実験参加者は,A大学のスポーツ経験者25名(平均年齢19.44(SD=0.64)歳)とした。また,スポーツ競技年数は,平均11.64(SD=3.54)年であった。すべての実験参加者は本研究で測定する項目の経験が無い者であった。また,実験参加者は,実験の参加に支障がない正常な色覚および視機能を有している者とした。

(2) 実験装置

実験装置はPCにインストールしたNeuro Tracker式MOT課題,映像呈示用機器に47 型の3Dテレビ(Panasonic社製,TH-47AS650),3Dメガネ(Panasonic社製,TY-ER3D4MW),昇降式椅子,机,顎台で構成した(図1)。また,視覚探索測定は,グラス型の眼球運動測定装置(ナックイメージテクノロジー社製,EMR-9)を使用した。サンプリングレートは60 Hzであり,最小分解度は,0.1°であった。なお,視野レンズは44°を使用した。

図1 

実験装置

(3) 測定項目および手続き

本研究で測定した項目は4つであり,項目と手続きを以下に示す。

1) Neuro Tracker式MOT課題

Neuro Tracker式MOT課題は,多くの先行研究で用いられている方法を採用した2)4)13)。Neuro Tracker式MOT課題の内容を図2に示す。課題内容は,没入型の立方体(1辺1.5 m)画面内に黄色の球(直径10 cm)8個が存在するものであった(図2a)。最初に8個の球の中からランダムで4個が指定され,それらの球および縁が赤色に変化し,1 sec点灯する(図2b)。その後,すべての球が黄色に戻り他の球と区別がつかなくなる。そして,球は立方体の画面内をランダムに壁や球同士で衝突を繰り返しながら約8.70 sec(510フレーム)動き回り静止する(図2c)。球の動きが静止した後にすべての球に1から8までの番号が振られ,最初に指定された黄色の球4個の番号をキーボードで押下し回答すると,正答が実験参加者にフィードバックされるものであった(図2d)。なお,正答は指定された球の色および縁が赤色に変化することでフィードバックされた。この一連の流れが1試行であり,合計20試行を実験参加者に実施した。また,各試行は,階段法の手続きに基づいて実施した。階段法の手続きは,1試行毎に追跡を指定された4つの球すべてを正しく回答できた場合は球の移動速度が大きくなり,1つでも間違えた場合は移動速度が小さくなるものであった。速度閾値は,Levitt14)の1-up 1-down階段法を用いて求めた。試行に正解した場合,球の移動速度(従属変数)は,0.05 log刻みで増加し,間違った回答の場合も同じ比率で減少し,50%が閾値の基準となった。この階段法の手続きでは8回の反応変化が起こると中断し,最終的な速度閾値は,最後の4回の反応変化点の速度平均から求めた。なお,スタート時の球の移動速度は0.3 m/sで,その時の速度閾値は1.0であった。

図2 

Neuro Tracker式MOT課題

a)8個の球が呈示される,b)4個の球が指定され色が変わる,c)8個の球がランダムに動く,d)b)で指定された4個の球を回答,正答がフィードバックされる。また,a)–d)を1試行とし,合計20試行を実施する。

Neuro Tracker式MOT課題は,実験室内で実施した。はじめに,実験参加者にモニター画面から2.0 m離れた椅子に座るよう指示をした。次に,顎台に頭部を固定させ,実験参加者の目線の高さとモニター画面中央の高さが平行となるよう椅子の高さを調整した。そして,実験参加者に3Dメガネ(Panasonic社製,TY-ER3D4MW)を装着させ,Neuro Tracker式MOT課題を実施した。なお,実験室内で映像呈示をする際に,外光の影響をなくすため,壁面のブラインドシャッターを利用した。Neuro Tracker式MOT課題のスコアの評価については,20試行終了後の速度閾値とした。

2) 視覚探索方略の測定

視覚探索方略の測定は,Neuro Tracker式MOT課題の測定と同時に実施した。具体的には3Dメガネに眼球運動測定装置を取り付け,モニター画面から2.0 m離れた椅子に座るよう指示を行い顎台に頭部を固定させた。つぎに,眼球運動測定装置のキャリブレーション作業を9点で行った。また,実験中に頭部のずれが生じた場合は,その都度注視点のずれを修正するオフセット作業を行いデータの妥当性を保つようにした。

3) 視機能(スポーツビジョン)

スポーツビジョン検査は8項目から構成されており,詳細を以下に記述する。

a)静止視力(Static Visual Acuity, SVA)

静止視力は,静止した指標を見る項目である。まず,動体視力計(興和社製,AS-4F)を用い,両眼視における小数視力を測定した。その後,最小分離閾の視角(MAR; Minimum Angular Resolution)を常用対数に変換した対数視力(logMAR)で評価した。

b)縦動体視力(Kinetic Visual Acuity, KVA)

縦動体視力は,前方より接近してくる指標を見る項目であり,動体視力計(興和社製,AS-4F)を用い,小数視力を測定した。測定手順は,50 m遠方から近方2 mまでを8.3 m/secで接近するランドルト環の切れ目が認識できたらスイッチを押し,識別できた指標から視力を算出するものであった。2回の練習の後に5回測定し,平均値を記録した。本測定機器では,小数視力値0.1–1.6までの測定が可能であり,評価の際は対数視力(logMAR)に変換した。

c)横動体視力(Dynamic Visual Acuity, DVA)

横動体視力とは,眼前を素早く横切る指標を見るための項目であり,測定には動体視力計(興和社製,HI-10)を使用した。はじめに実験参加者を昇降式の椅子に座らせ顎台にあごを乗せ,額を固定した。その後,眼の動きだけで眼前0.8 mの半球型のスクリーン上を左から右に動くランドルト環を識別させた。また,指標がスクリーン上を動く速さを徐々に小さくした。すなわち,球面を40 rpmの速度でスタートし,段々と遅くなって下限値の15 rpmに達するようにした。環の切れ目がわかった時点で手元のスイッチを押し,同時に口頭で回答し,そのときのランドルド環の回転速度(rpm)を記録した。2回練習をした後に5回計測し,5回の測定平均値を算出した。なお,5回正解する前に3回誤答した場合は測定を中断し,5分の休憩後に再測定をおこなった。

d)コントラスト感度(Contrast Sensitivity, CS)

コントラスト感度は,モノクロの微妙な明暗の識別を行うための項目である。測定には,パネル(Vistech社製,Vision Contrast Test System)を用いた。パネルには周波数とコントラストの異なる45の指標が描かれており,縞模様の方向を右斜線,左斜線,縦直線の3種類から識別させた。パネルから3.0 mはなれた位置に被験者を立たせ,目線の高さにパネルを設置し,測定を開始した。なお,どの程度のコントラストまで縞模様が識別できたかをE1–E7までの7段階に分類し,その後,スポーツビジョン研究会が定めた5段階の評価基準で記録した15)。この5段階の評価基準は,トップレベルのスポーツ選手約300名のデータを基に,平均値を含めた中間位の30%が「3」,その上の20%が「4」,最上位の15%が「5」となり,下位の20%が「2」,最下位15%が「1」と決められている。

e)眼球運動(Ocular Motor Skill, OMS)

眼球運動では,静止した対象間に正確に眼を移動させることができるのかを測定する(衝突性眼球運動)。まず,PC画面から0.3 mの位置に実験参加者の眼がくるように配置し,昇降式の椅子に座らせた。測定は,PCにインストールされた眼球運動測定ソフト(興和社製,eyemov.exe)を用いた。実験参加者には,PC画面の背景が薄緑色の縦160 mm,横240 mmの範囲に0.5 sec間隔で125個の直径5 mmの丸の形をした対象がランダムな位置に出現するためこれを眼で追うように教示をした。なお,対象は濃緑色(ダミーターゲット)と黄色(メインターゲット)の2種類が存在し,5対1の比率で出現した。また,すべてのターゲットは画面上に出現してから0.5 secで消失する設定であった。実験参加者には,メインターゲットが出た瞬間にキーを押下するよう教示し,メインターゲットが出現してから消えるまでの間にキーを押下できれば正解となるが,遅れて押下した場合や押さなかった場合は不正解として扱った。メインターゲットに正しく反応できた割合を算出し,記録した。

f)深視力(Depth Perception, DP)

深視力とは,右目と左目の視差のズレによる距離間や立体感を正しく判断する項目である。測定には,電動式深視力計(興和社製,AS-7JS1)を使用した。深視力計の中には並んだ3本の棒が見える。また,両側の2本の棒は固定されて動かないが,中央の棒は,前後に50 mm/secで移動する。実験参加者は,椅子に座り顎台にあごを乗せて,2.5 mの距離から深視力計を見て3本の棒が平行に並んだように見えたら手元のスイッチを押下するよう教示した。実際に棒が3本真横に並ぶ位置をズレ0 mmとし,正負で最大80 mmの範囲でのズレを記録し,6回の測定値の平均を算出した。

g)瞬間視力(Visual Reaction Time, VRT)

瞬間視力は,一瞬でどれだけの情報が捉えられるかを測定する項目である。測定は,PCにインストールされた瞬間視力測定ソフト(興和社製,DigitTest_Xp.exe)を用いた。PC画面上に6桁の数字が0.1 secの間表示され,実験参加者はその数字を口頭で回答し,測定者が入力をした。2回の練習の後に3回測定し,順序と数字の両方が一致した個数で評価した。なお,点数は0–18点で記録した。

h)眼と手の協応性(Eye-Hand Coordination, EH)

眼と手の協応性は,パネル上のランダムな位置に呈示されるライトを両手示指ですばやく正確に手で反応し押下する項目である。測定にはアキュビジョン(興和社製,AS-24)を用いた。このパネル上には,直径3 cmの赤色に点灯するライトが120箇所に配置されている。ライトは,1試行につき60回連続で点灯し,点灯したライトを押下すると次のライトが点灯する設定であった。なお,1回の点灯したライトが消えるまでの指標表示時間は0.9 secであった。また,あるライトが点灯してから指標表示時間内にタッチできなかった場合はターゲットが消失し,次のライトが点灯する仕組みであった。実験参加者にはパネルまでの距離,タッチに用いる指などの制限は設けず,練習を10 secおこなったのちに,本測定を実施した。評価値は,60個のライトすべてが点灯し終わるまでの所要時間とした。

4) 認知機能

認知機能の測定については,特に情報処理速度や注意力の測定に適した新ストループ検査II(株式会社トーヨーフィジカル発行)を用いた。この検査は平仮名で印字された5種類の色名(“あか”,“あお”,“きいろ”,“みどり”,“くろ”)とこれらに対応する5種類の色パッチ(長方形)が使用されており,4つの課題がある。課題1と課題3は単純な文字処理と色処理が求められる課題で,課題2と課題4は前述の作業に加えて文字もしくは色を見てどちらかに注意を向ける作業を要するものである。課題1では,黒インクで書かれた文字が意味する色パッチを5種の中から選び印をつける(単純文字処理課題)。課題2では,インクの色と文字の意味が一致しない色付き文字を見て,その文字が意味する色を5種の色パッチの中から選び印をつける(逆ストループ課題)。課題3では,色パッチの表す文字を5種の中から選び,印をつける(単純色処理課題)。課題4では,インクの色と文字の意味が一致しない色付き文字(例えば赤色で“みどり”と書かれた文字)を見て,そのインクの色が表す文字を5種の色パッチの中から選び印をつける(ストループ課題)。各課題はA3用紙に100問(1段25問ずつ)が印刷されたものであった。

各課題の本試行の前に練習試行を10 secおこなわせた。本試行の遂行時間は,60 secであり,実験参加者にはできるだけ速く,正確におこない誤りに気づいた場合は該当箇所を修正し課題を続けるよう教示した。

(4) 測定期間および手順

Neuro Tracker式MOT課題と視覚探索は同時に測定し,視機能と認知機能はカウンターバランスを考慮して測定をおこなった。各項目の測定は2019年5月から6月の期間で実施した。

なお,実験参加者には,事前にインフォームドコンセントを実施した。具体的には,研究の目的,研究の内容および危険性についての説明を口頭および書面で十分に行い,研究参加にあたり文書による同意を得た。また,実験参加者には,実験参加を途中で自由に辞退できる旨も説明した。実験参加者には実験終了後に金銭報酬として図書カード1000円分を支払った。

(5) 分析方法

Neuro Tracker式MOT課題実施時の視覚探索方略については,各試行の眼球運動データを分析対象とした。具体的には,モニター画面内の球が動き出す瞬間から停止するまで(510 flame)を切り出し,この作業を1セッション(20試行)分繰り返した。そして,実験参加者ごとに切り出した1セッション(20試行)の眼球運動データを統合(10020 flame)し,分析の対象とした。また,眼球運動データは実験中のまばたきや測定装置のずれによりエラーデータが含まれることがある。そのため,本研究では分析に有効な眼球運動データが1セッションの90%以上を占めている眼球運動データを分析対象とした。なお,眼球運動測定装置のアングルエラーが10%以上の4名を分析対象から外し,有効なデータであった21名を分析対象とした。

眼球運動データの分析項目は,視差補正処理を行った両眼のチャネルデータについて,1セッションの視線の移動距離(m),停留回数,停留時間(sec),停留点の平均移動速度(degree/sec)を算出した。視線の移動距離は,各試行ごとに各フレーム間でのx,y座標値からユークリッド距離を求め,それらを合計して算出した。なお,本研究では注視状態の定義として,ある視対象に対して範囲が2°以内に133 msec以上視線が停留している場合とした16)。また,モニター画面内の立方体前方側に呈示される球に対する視角は約3.82°であった。これらの眼球運動データ分析にはナックイメージテクノロジー社製のEMR-dFactoryを用いた。

また,新ストループ検査IIにおいては,各課題の回答数から誤答数を引き,正答数を求めた。ストループ・逆ストループ干渉率は以下の式より算出した17)

逆ストループ干渉率=(“課題1正答数”-“課題2正答数”)/“課題1正答数”×100 …(1)

ストループ干渉率=(“課題3正答数”-“課題4正答数”)/“課題3正答数”×100 …(2)

分析手法は,MOTスキルを従属変数とし,視覚探索方略,視機能,認知機能を独立変数とする重回帰分析を行った。はじめに,各独立変数の関係を把握するため,独立変数は1カテゴリずつ投入し,分析した。つぎに,視機能(スポーツビジョン)では,独立変数間で相関係数が高く有意である項目があるため,独立変数に投入する項目を選定した。なお,すべての検定において,ソフトウェアはIBM SPSS Statistics Version 20.0を用いた。

3. 結果

まず,測定した各項目の平均値と標準偏差とともに最小値,最大値を算出したものを表1に示す。そして,視覚探索,視機能,認知機能がMOTスキルにあたえる影響を重回帰分析により検討した結果を順に記述する。

表1  各測定値の記述統計量
項目名(単位) 平均値(標準偏差) 最小値 最大値
MOTスキル MOTスコア(Speed threshold) 1.34(0.33) 0.89 1.92
視覚探索 視線移動距離(m) 96.17(35.45) 47.78 176.34
停留回数 255.38(69.1) 141​ 407​
停留時間(sec) 155.81(8.85) 129.43 165​
停留点の移動速度(deg/sec) 171.08(23.32) 119.62 210.57
視機能 静止視力(LogMAR) −0.05(0.17) −0.20 0.40
縦動体視力(LogMAR) 0.28(0.36) −.11 1.00
横動体視力(rpm) 35.76(3.02) 25.67 38.57
コントラスト感度 4.10(1.37) 1.00 5.00
眼球運動(%) 59.57(22.33) 16.00 95.00
深視力(mm) 12.50(14.05) 3.80 70.33
瞬間視 14.14(2.97) 8.00 18.00
眼と手の協応性(sec) 81.10(3.79) 72.00 88.00
認知機能 ストループ干渉率(%) 5.10(8.80) −8.51 24.00
逆ストループ干渉率(%) 13.10(9.42) −11.86 29.17

(1) MOTスキルと関連する視覚探索方略

MOTスコアを従属変数,視線移動距離,停留回数,停留時間,停留点の移動速度を独立変数とする重回帰分析を実施した結果を表2に示す。この結果より,眼球運動の指標(視線移動距離,停留回数,停留時間,停留点の移動速度)の標準回帰係数は有意水準に達しておらず,MOT課題実施中の視覚探索方略は,MOTスキルに影響を与えていないことが明らかになった。一方で,MOTスキルと停留点の移動速度のみ中程度の有意な正相関が認められた(r=.38, p<.05)。そこで,MOTスキルの速度閾値を横軸に,停留点の移動速度を縦軸にプロットし,線形最小二乗法により回帰式を求めたところ,回帰係数に有意差は認められず,決定係数も0.04と小さかった。すなわち,停留点の移動速度はMOTスキルの要因として認められないことが明らかとなった。

表2  MOTスキルと眼球運動指標の関係:重回帰分析の結果
視覚探索(独立変数) MOTスコア(従属変数)
標準回帰係数β 単相関係数r
視線移動距離 −.56 −.25
停留回数 .27 −.02
停留時間 −.15 .23
停留点の移動速度 .33 .38*
重相関係数 R .48
決定係数 R2 .23

R2は自由度調整済み。*p<.05。

(2) MOTスキルと関連する視機能

MOTスコアを従属変数とし,視機能の8項目を独立変数とする重回帰分析を行った結果,静止視力の項目でVIF(Variance Inflation Factor)の値が10をこえており,多重共線性が認められた。なお,静止視力との相関係数が有意に高い項目は,縦動体視力(r=.91, p<.001)およびコントラスト感度(r=−.73, p<.001)であった。そのため,静止視力およびコントラスト感度を独立変数から除去し,再度重回帰分析をおこなった(表3)。その結果,MOTスキルに影響を及ぼしている項目は瞬間視力であり,標準回帰係数の値も大きくMOTスキルへの寄与が有意水準に達していた(β=.75, p<.05)。一方で,眼球を大きく動かす横動体視力,眼球運動,眼と手の協応性や,奥行きの把握に関わる縦動体視力,深視力については標準回帰係数が有意水準に達しておらず,MOTスコアに影響を与えないことが明らかとなった。また,視機能とMOTスキルの相関係数に着目してみると,瞬間視力にのみ中程度の有意な正相関が認められた(r=.41, p<.05)。

表3  MOTスキルと視機能の関係:重回帰分析の結果
視機能(独立変数) MOTスコア(従属変数)
標準回帰係数β 単相関係数r
縦動体視力 −.44 .10
横動体視力 −.01 .05
眼球運動 −.43 −.23
深視力 .44 .05
瞬間視 .75* .41*
眼と手の協応性 .12 −.01
重相関係数 R .62
決定係数 R2 .12

R2は自由度調整済み。*p<.05。

(3) MOTスキルと関連する認知機能

MOTスコアを従属変数,ストループ干渉率,逆ストループ干渉率を独立変数とする重回帰分析を実施した結果を表4に示す。この結果より,認知機能に含まれる情報処理速度や選択的注意力を表すストループ干渉率や逆ストループ干渉率の標準回帰係数は有意水準に達していなかったことより,認知機能がMOTスキルに影響を与えないことが明らかになった。また,MOTスキルとストループ干渉率,逆ストループ干渉率について相関係数は小さく,有意な差は認められなかった。

表4  MOTスキルと認知機能の関係:重回帰分析の結果
認知機能(独立変数) MOTスコア(従属変数)
標準回帰係数β 単相関係数r
ストループ干渉率 .03 .003
逆ストループ干渉率 .003 .03
重相関係数 R .03
決定係数 R2 −.11

R2は自由度調整済み。

4. 考察

(1) 視覚探索方略とMOTスキルの関係

本研究は,大学生スポーツ競技者を対象にMOTスキルと関連する要因について,視覚探索方略,視機能,認知機能から検討し,これらの関係を考察するものであった。

視覚探索方略がMOTスキルに与える影響を検討したところ,すべての眼球運動指標の標準回帰係数は,有意水準に達していなかったことより,視覚探索方略はMOTスキルに影響を与える指標でないことが明らかになった。また,MOTスキルと視覚探索方略の単相関については,停留点の移動速度に弱い正相関が認められた。しかしながら,眼球運動データは個人差が大きいといわれているため18),停留点の移動速度データについて個人内比較をすることで,新たな知見が得られると考えられる。今後は,追跡対象が密集している箇所や対象同士の衝突や交差が起こる場面での停留点の位置を加味することで,MOTスキルの効率的な向上につながる視覚探索方略を明らかにできる可能性がある。

(2) 視機能とMOTスキルの関係

視機能の8項目を独立変数として重回帰分析を実施した結果,静止視力に多重共線性の問題が認められたため,静止視力およびコントラスト感度の2項目を分析から除外した。なお,除去した2項目については項目間で相関係数が高いと示されているため19)この選定は妥当性を有すると考えられる。加えて,静止視力については3Dモニター画面が2.0 mの位置から識別できればMOTスキルには影響を及ぼさないと考えられる。また,コントラスト感度は縞模様の明暗の差を識別する能力であるが,Neuro Tracker式MOT課題においては同じ黄色の球の動きを追跡する課題であるため,MOTスキルと関連しない項目である可能性が高いといえる。

そこで,静止視力とコントラスト感度を独立変数から除外し再度分析した結果,瞬間視以外の項目はMOTスキルに影響しないことが明らかになった。先行研究において,MOT課題の眼球運動を統制・非統制条件で比較した結果,正答率に差が認められないことが報告されている1)。そのため,本研究においてもMOTスキルに眼球を動かす項目である横動体視力,眼球運動,眼と手の協応性が影響しなかったと推察される。また,縦動体視力は眼球を動かさずに眼前に迫るランドルト環指標を識別する項目であり,Neuro Tracker式MOT課題の内容と差異があると考えられる。そのため,縦動体視力がMOTスキルに影響しなかったと推察される。さらに,深視力は両眼視による遠近の感覚を測定する項目である。Neuro Tracker式MOT課題は,3Dの立方体画面内で対象が衝突を繰り返しながら前後左右に移動するため,遠近の感覚は必要になると考えられる。しかしながら,深視力はMOTスキルに影響しないことが示された。これは,二次元と三次元のMOT課題においてその正答率に差がないという結果20)から,本研究においても立体視機能遠近感覚がMOTスコアに影響を及ぼさなかったと考えられる。

一方で,瞬間視力がMOTスキルへ寄与した理由について,Neuro Tracker式MOT課題には短期記憶が関与するとされており4),瞬間視力においても中心視野における短時間の視覚刺激によって記憶できる能力を測定する項目である点が共通していたためと考えられる。しかしながら,分析で用いたモデルの自由度調整済の決定係数は.12と小さかったため,本研究で得られた結果のみで判断するのではなく,データ数を増やして再度検討する余地がある。今後は,MOTスキルと関連する要因について,本研究で扱った視機能,認知機能,視覚探索方略以外の変数について検討する必要があると考えられる。

(3) 認知機能とMOTスキルの関係

認知機能の中でも情報処理速度や選択的注意力を表すストループ干渉率および逆ストループ干渉率はMOTスキルに影響を与えないことが明らかとなった。ストループ課題では,言語情報や色情報による干渉を受けるため,妨害刺激を抑制し,重要な情報に注意を向ける選択的注意21)や情報を素早く正確に処理する情報処理速度を客観的に測定できるとされている22)。また,ストループ干渉や逆ストループ干渉は,文字や色からの干渉を表す指標であるが,Neuro Tracker式MOT課題は,色,形,大きさが同じ対象を追跡する課題である。つまり,妨害刺激があるという条件は同じであるが,ストループ課題では色,文字の2種類の特徴を持つのに対し,Neuro Tracker式MOT課題は追跡対象でない対象は1つの特徴しか持たないため,MOTスキルとの関連が認められなかったのではないかと推察される。しかしながら,先行研究の知見を鑑みると,本研究で得られた結果のみで認知機能がMOTスキルに影響を与える要因でないと判断せず,新ストループ検査IIを含めて別の検査バッテリーを用いることが重要と考えられる。また,認知機能を測定する検査バッテリーについて,原版(英語版)との等価性を高めていくアプローチも必要と考えられる。例えば,先行研究で用いられたD-KEFSについて,信頼性・妥当性を確保した日本語版を作成し,データを収集することで研究の発展につながるといえる。

以上より,視線を動かす方略や視機能,認知機能の観点からMOTスキルに寄与する要因を検討した結果,視機能のなかでも瞬間視力がMOTスキルに影響を与えていることが明らかになった。今後は,瞬間視力に含まれる短期記憶について詳細に検討することでMOTスキルの解明につながると考えられる。また,本研究では,平均11.6年のスポーツ競技歴を持つ若年男性のMOTスキルと関連する要因について検討を進めた。しかしながら,長年のスポーツ経験によって実験参加者のMOTスキルが既に高くなっていた可能性がある。先行研究によると,競技レベルの高いスポーツ競技者は,MOTスキルの学習能力が高いことが報告されている23)。そのため,今後はスポーツ競技歴のない対照群を設けて,MOTスキルとスポーツ競技経験の関係を明らかにしていく必要がある。そして,本研究で得た知見をより一般化するためには,サンプル数の確保に加えてエラーデータを減らすためにMOTスキル測定の精度向上が求められる。そのためには,顎乗せ台での頭部固定に加えて額の固定,口頭式での回答をボタン式回答に変更するなどの措置が必要である。以上のような課題を踏まえ,今後の研究の蓄積がMOTスキル研究の発展につながるといえる。

5. おわりに

本研究の目的は,大学生スポーツ競技者のMOTスキルを測定し,これと関連する要因を視覚探索方略,視機能,認知機能から検討することであった。その結果,視機能の中で瞬間的に情報を獲得することがMOTスキルに影響を与えていることが明らかとなった。また,眼球運動データを基にした視覚探索や認知機能の中でも選択的注意力や情報処理速度はMOTスキルに影響しないことが示されたといえる。今後は,視覚的注意や脳波などの生理指標とMOTスキルを比較するなど研究の積み重ねが重要となるであろう。

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© 2020 Kyushu Sangyo University
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